はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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赤壁に龍は踊る 三章 その2 徐庶、仲裁に乗り出す

2024年05月17日 09時50分14秒 | 赤壁に龍は踊る 三章



荊州兵の宿舎はひどいことになっていた。
まるで餌にたかる蟻の一群のように、宿舎の一か所におおぜいの兵が集まっている。
わあわあと乱暴な言葉をがなりながら、血気盛んにあおる者がいると思えば、やめろと金切り声で叫ぶ者、喧嘩に参加しようとする者もいて、めちゃくちゃである。


「ますますひどいや」
呆れたように、徐庶の背後の梁朋《りょうほう》がつぶやいた。
宿舎の一室に具合の悪い者がいたようで、それを無理やりに外に出そうとしている者と揉めている。
さらに、それを仲裁しようとする者もいるのだが、いかんせん、権限がないからか、だれも言うことを聞こうとしていない。
どころか面白半分にそいつに殴りかかったのがいて、仲裁役も腹を立てて殴り返す。
すると、ほかの者が仲間を助けろと無責任なことを言って殴ってくる。
さらに、仲裁役の仲間のほうが、やり返せと叫びつつ喧嘩に参加した。


『まずいな』
かれらの、仕事をしたくないという気持ちは痛いほどよくわかる。
まして、具合の悪い者のぶんまで仕事をするなど、まっぴらだろう。
徐庶は荊州兵たちに深い同情を寄せていた。
わけのわからないうちに曹操に降らざるを得ず、無理に行軍させられて、あげくに烏林《うりん》の要塞を突貫工事で作らされる。
だれもが重い肉体労働の連続に、悲鳴をあげていた。
しかし、歯向かうことは許されない。
強大な曹操には従わなくてはならないが、だからといって黙々と従っていたなら苦しみが癒えるというわけでもなく。
その鬱屈した心が、弱い者に向かっていくのは当然と言えば当然である。
それを止めることこそ上の役目のはずだが……


「なんとかしておくれよ、元直さま。
これ以上騒ぎがおおきくなったら、お咎めがあるかもしれないよ」
焦《じ》れるように梁朋がいう。
「簡単に言ってくれるぜ。
この人数に歯向かわれたら、おれだってただじゃすまない」
言いつつ、徐庶は飛んできただれかの履物に、身をかわした。
「だからって、黙って騒ぎが落ち着くのを待つのかい。
このままじゃ、だれか死んじまうよ!」
じりじりしすぎて、徐庶の衣の袖をつかんで、こどものようにせがんでくる梁朋を見て、徐庶はため息をついた。


なんだかんだと、こういうふうに頼られてしまう。
もう半分は死んだような身なのに、どうしてだれもほうっておいてくれないのか。
梁朋は十五をこえたばかりだろう。
その仲間を想うひたむきな目が、生気にあふれたあの懐かしい友・孔明を思わせた。
梁朋の目が次第にうるんできた。
仲間が痛めつけられているのを見るのが、つらいらしい。


お人よしめ、と徐庶はこころの中で呆れてから、呼吸をととのえた。
すうっと大きく息を吸い、|丹田《たんでん》に思い切り力を籠めると、叫んだ。
「おい、おまえら、鎮まれっ」
徐庶の声は、大きな太鼓のようによく通る声である。
一喝されて、喧嘩に興じていた兵士たちが、手を止めて、はっとして徐庶を振り返った。
兵士たちのなかの、喧嘩を仲裁しようとしていた兵が、自分に殴りかかってきた兵を制しつつ、安堵の声を上げる。
「元直さま、よくきてくださいました!」
元直、と聞いて、兵士たちの猛々しい動きが、いくらか収まった。
人の腕をねじり上げていた者は、そのてをゆるめ、だれかの顔を踏みつけようとしていた者は、その足をぴたりと止めた。


「元直どのだとよ」
「玄徳さまの軍師だった御方だ」
そんな言葉が飛び交うのをつかまえて、徐庶は、
「そうだ、徐元直だ。喧嘩の仲裁にきたぞ、道を開けろ!」
と大声で言う。
蹴飛ばされた野犬のように目を三角にしていた兵士たちは、表情を今度は戸惑いにかえた。


徐庶は兵士たちをかき分けて、その騒ぎの中心へ向かう。
そうしながら、いまだに荊州の人間のなかで劉備の威光が効くことに、徐庶はうれしいような、悲しいような、複雑な気持ちをあじわっていた。
劉備の軍師だったからこそ、荊州の兵士たちは、徐庶を仲間だと認めているのだ。
しかし徐庶としては、劉備の元に帰りたいとは思わない。
もうすでに曹操の前に身を屈したのだから。
志半《こころざしなか》ばで劉備の前から消えた自分が、また曹操の前から身を隠すなどとしたら、どれだけ世間に嗤われるだろうかと思ってしまう。
自分が嗤《わら》われるということは、亡き母も恥をこうむるということでもある。
それだけは避けたかった。


やがて喧嘩の輪の中心に、宿舎の床にぐったり倒れている若い兵士がいるのが目に入った。
横倒しになっていて、見るからに生気が薄い肌の色をしている。
かろうじて生きているのは、その上下する腹の動きで分かった。
その隣には、いかにも屈強そうな男が、肩でふうふうと息をしながら燭台を片手に仁王立ちになっている。
燭台は途中で無残に曲がっていた。
どうやら、それで思い切り若い兵士を殴ったらしい。


徐庶はあわてて、若い兵士に駆け寄る。
「おい、大丈夫か」
触ると、さいわいなことに、まだ温かい。
だが、ぐったりしていて気力もなく、返事が出来ない様子だ。
そして、その兵の生白い額の中心からは、赤い筋がつうっと垂れていた。


血を見たことで、喧嘩っ早い自分からは卒業したはずの徐庶も、さすがにカッとした。
やにわに立ち上がると、その屈強な男の胸倉《むなぐら》を思いきり掴んだ。
「おまえがやったのか、ええ?」
男は目を泳がせつつ、反論してくる。
「そ、それがどうしたっ。こいつがちょっと熱があるってだけで、仕事を休もうとするのがいけないんじゃねえかっ」
屈強な男が叫ぶのと同時に、兵士たちの中から、やじが飛んだ。
「そうだ、ちょっと熱があるくらいで休まれちゃ困るんだよ!」
「ひとり減りゃあ、だれかがその分の仕事をしなくちゃならなくなる、不公平じゃねえか!」


やれやれ、一丁前に、不公平とか、そういう言葉はよく知ってやがる。
徐庶はこころのなかで苦くつぶやいてから、男の胸倉をぎりぎり掴み上げ、衣を掴んだ自分の手をぐるっと回し、そのまま力任せに男をぐっと自分の眼前に寄せた。
相手が抵抗しないとはいえ、片手で屈強な男を引きずった徐庶に、兵士たちが驚いて、
「おお」
と感嘆の声をあげた。


徐庶はそれにはかまわず、男に、気味が悪いほどの穏やかさで問う。
「具合が悪い者を無理に引っ張り出して、仲間を死なせたいのか、おまえは? どうなんだ、うん?」
「そ、それは」
「それともおまえは天下一のお節介で、仕事の苦しみを味合わせないように、こいつの命を先に奪ってやろうとか考えて、そいつでこいつをぶん殴ったのか?」
「そ、そうじゃねえ。こいつがなかなか寝台から出ようとしねえから……!」
「動けないほど具合が悪いってことだろうがっ!」


一喝したかと思うと、徐庶は男の胸倉をつかみ上げたまま、自身の額を思い切り、男の丸い額に突っ込ませた。
がつん! と鈍い音がした。
男は短く、ぐはっ、と叫んだ。
徐庶が胸倉から手を離すと、男はそのままへなへなとその場にへたり込んでしまった。


「馬鹿が! 仲間を傷つけるようなやつが、おれは一番嫌いなんだよ!」
徐庶も額が痛かったが、そこはやせ我慢をする。
屈強だったはずの男は、
「痛てえ、痛てえよお」
とべそをかいていた。


つづく

※ いつも閲覧してくださっているみなさま、どうもありがとうございます!(^^)!
ブログ村及びブログランキングに投票してくださっているみなさまも、どうもありがとうございます!(^^)!
本日は、ちょっぴり長めの更新でございます。
徐庶の活躍を楽しんでいただけたならと思います♪

次回は月曜日の更新です、どうぞお楽しみにー(*^▽^*)


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