はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 雨の章 その24 仇讐は壺中にあり

2022年06月29日 10時00分56秒 | 臥龍的陣 雨の章
そんな劉封《りゅうほう》にとって、劉表にぴったりくっついている蔡瑁《さいぼう》はダニに等しい存在であり、その蔡瑁の親戚である孔明は疑わしい存在らしい。
いまも、劉封は剣呑《けんのん》な目を孔明に向けてくる。

「『壺中』というのがでっち上げではないとなぜ言い切れます。すべて、われらを七年も欺いてきた斐仁《ひじん》のでまかせかもしれない。
斐仁が『狗屠《くと》』で、それが露見しそうになったから、許都から派遣されてきた役人の夏侯蘭《かこうらん》を殺そうとした。
しかし失敗したので、逐電《ちくでん》すべく家族を殺して身軽になったうえで、襄陽城へ向かった。
そう考えることもできるのではありませぬか」

「しかし、それにしては斐仁に知恵が回りすぎるのでは」
関羽のことばに、劉封は馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、顎で孔明のほうを示す。
「そこにいる御仁が知恵をつけたのかもしれませぬ」
「まさか」

劉備は困ったような顔をし、関羽と張飛は顔を見合わせ、ほかの武官、文官ともに、困惑の声をあげた。
「どうしてそう思う。まさか、孔明が徳珪《とくけい》どの(蔡瑁)の義理の甥だから、という理由だけでそんなことを言っているのではないだろうな」
劉備の問いに、劉封は悪びれず肩をすくめた。
「それで十分ではありませぬか」

「乱暴に過ぎるんじゃねえか。だいたい、軍師は徳珪どのの姪っ子とは別れたのだろう」
張飛のことばを孔明は訂正しなかった。
別れたというよりは、逃げられたというほうが正しいのだが、ややこしくなるため、孔明は黙るほかない。
それにしても、劉封がこれほどに自分を疑い、憎んでいたとは。

暗然たる気持ちでいると、劉封は得意そうに笑った。
「問題はかんたんに解決します。この御仁に問いただし、蔡瑁の真意を探るのです。それで、やつの野心を暴き、劉州牧に突きつける。
そうすれば、さすがのお人よしの劉州牧も、蔡瑁を斬る決断をされるでしょう。
蔡瑁という後ろ盾がなくなった次男の劉琮どのは自然と失脚。劉琦どのが後継者に決まります。いや、うまくすれば、義父上《ちちうえ》に出番が回ってくるかも」

「言葉が過ぎるぞっ」
さすがの劉備が声を荒げる。
劉封は黙ったが、しかし笑みはひっこめなかった。

「仮に軍師が蔡瑁とつながっているとして、だ」
関羽のことばに、となりの張飛がおいおい、とたしなめる。
「あくまで仮の話だ。劉封の説明はおかしなところがある。斐仁は襄陽城へ行って、なぜか劉琦どのではなく、劉琦どのの学友であった程子文《ていしぶん》を殺害した。それについてはどう説明する」
「劉公子と程子文をまちがえたのでしょう。ねえ、そうは思いませぬか」

劉封が同意を促したのは、となりにいる麋芳《びほう》であった。
ところが、いつもならガミガミがあがあとやかましいこの男が、今日に限っては静かである。
伊籍と同じくらいに蠟《ろう》のように白い顔をして、ぎゅっと両手の拳を握って、なにかに耐えているような風情だ。

「劉公子と程子文は姿かたちがまったくちがいます。間違えられることはありえない」
伊籍が震える声で発言する。
なぜ声が震えているのか、孔明にはわからなかった。
まさか、孔明が窮地にいるために、義憤にかられているというのではあるまい。
伊籍の目線は、劉封ではなく、なぜかそのとなりの麋芳に注がれていた。
しばらく、伊籍はじっと麋芳のほうをにらみつけていたが、やがて、目線を外し、劉備の前に、身を投げ出すようにして屈《かが》み出た。

「やはり、劉予州には正直に申し上げなければなりますまい」
「なんだい、なにか嘘でもついていたのか」
「いいえ、嘘はついておりませぬ。しかし、みなさまの応援ほしさに、黙っていたことがございます」
「それは?」
「程子文がそもそも殺されたのには理由がございます。けっして、劉公子に間違われたからではありませぬ。
程子文が殺されたのは、劉公子を州牧にするために決起しようとしたからでございます。
そして、そうするよう仕向けたのは、ほかならぬ、麋竺《びじく》どのなのでございます」
「なんだって!」

おどろき、劉備が探るように麋芳のほうを見る。
家臣たちも、いっせいに麋芳に目線をあつめた。
その矢のような視線の勢いに耐えきれなかったのだろう。
麋芳はがくりとうなだれると、絞るように言った。

「申し訳ありませぬ、わが君。兄が家で寝込んでいるというのは、うそです。
いえ、このところ夢見が悪いといって具合が悪かったのはほんとうです。
ですが、兄は十日以上前にとつぜん新野を出て、襄陽城に向かったのです」

「どうして」
「わかりませぬ。ただ」
麋芳はごにょごにょとことばを濁す。
「どうした」
「兄は女と逃げたようなのです。家の恥になると思い、黙らざるをえませんでした。まさか、出奔先でこのような大事をしでかすとは」
「女と逃げた?」
「さいごに兄の姿を見たものがそう申しておりました。そして、兄は軍師あての手紙を残しておりました」
「その手紙はどこへ」
「恐ろしくて、燃やしてしまいました。ですが、内容はおぼえております。そこには、一行だけはっきり書かれておりました」
「なんとあったのだ」

「『忘れるな、仇讐《きゅうしゅう》は壺中にあり』と」

みなの視線が、いっせいに自分に集まったのが、孔明にはわかった。

孔明の脳裏には、旧友の相貌が浮かんでいた。
崔州平《さいしゅうへい》。
かれとおなじ言葉を麋竺もまた残していった。

いったい、その言葉にどんな意味があるのだろう。
孔明は、ぞくっと背筋を這い上るものをおぼえた。

雨の章、おわり

臥龍的陣 花の章につづく

※ あとがき ※

〇 どうやら2010年代にも推敲した気配がある。記録に残っていないため、確実には言えないが…しかし、何度も推敲して、この誤字脱字のクオリティ…どうした、自分。
〇 麋竺の「び」の字を間違えていた様子。麋芳の「び」の字も当然、まちがえていた。大反省!
〇 初稿では「播天隆」だった名を「潘季鵬」に変えた。オリジナルキャラクターの名前をつけるのはむずかしい。いや、それにしても初稿当時の名前はおかしかった。これまた反省している。ただし、名前を変えても役割は変わらず。
〇 今回、「孤月的陣 夢の章」のリライト版を受けて、足したり削ったりした。
〇 「雨の章」に関しては、大筋を変えるところが少なかった。ただし、二つから三つの文章をむりやりくっつけて一つの文章にしたような、おかしな文章が多かったので、改めた。
〇 ラストの孔明と劉備たちの話し合いのシーンを追加した。
〇 趙雲とともに公孫瓚に仕えていた仲間として、初稿時には「朱季南」というオリジナルキャラクターが参加していた。
しかし、今回、夏侯蘭に差し替えた。一番の大きな変更点かもしれない。
夏侯蘭がどういう役割をしていくか、そこにご注目ください。

明日からもどうぞよろしくお願いしまーす!(^^)!


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