全斗煥政権下の自動車合理化措置が解除され乗合車(ワンボックスカー)が生産出来るようになった現代自動車は、当時提携していた三菱自動車の最新鋭ワンボックスカー3代目デリカをベースにした乗合車グレースを生産することになり1986年12月より販売を開始した。途中、現代(ヒュンダイ)独自のデザインにアレンジされながらも3代目デリカをベースに生産されグレースは2004年まで生産された。
今回、紹介するのはグレースの中でも初期の方に生産されたデリカほぼそのままのデザインのタイプ、通称角グレースと呼ばれる個体を2台撮影出来たので紹介したい。
まずはこの個体。角グレースのガラスバン6人乗りモデル。フロントガーニッシュがあること、HYUNDAIロゴが真ん中にあるので1990年11月から1993年3月までのモデル。角グレースの中では後期のモデルとなる。
角グレースのバンモデルは当初はデリカと同じようにヘッドライトが角目2灯で生産されたが、1989年のモデルから乗用モデルと同じ角目4灯となっている。日本人からすると「顔はスターワゴンなのに車体はバンモデルなの?」という感覚にもなる。そこが韓国車の面白い所でもあるが。
車体の色も日本の三菱デリカバンではあまり見られない色、紺色なのも目を引く。日本的なデザインなのに韓国流にアレンジされてる日本由来の韓国車は見ていて興味深いし、似ているようで異なる日韓の文化の違いを見ている気分にもなる。
この個体は大邱7という一桁の貨物ナンバーで恐らく新車時からのナンバープレートだろう。タイヤも三菱デリカと同じスチールホイールである。
リア。バンモデルなのでリアワイパーは付いてない。
日本的なデザインの自動車と韓国の古い建物との組み合わせはずっと見てられる。日本でいう平成初期から韓国の変化を見届けてきたんだなという気分にもなる。
右下に最大積載量850KGの文字。さらにナンバープレートのハングルの毛筆体のフォントも目を引く。少しでも長く走ってほしいもの。
最後にもう一台
先ほどの角グレースと同じくバンモデルだが、こちらは6人乗りパネルバン。日本のデリカバンでも見たことないパネルバンなので前々から角グレースパネルバンは記録したかった。この個体のタイヤホイールは2代目グレンジャーからの流用品。日本の三菱の感覚で言えばデボネアのタイヤホイールを履いたデリカということになる。
年式は先ほどの角グレースと同じ、1990年11月から1993年3月までの年式だろう。さらに曰くつきの土地の不動車ということらしく、グレースのリアには大人用品(日本語でいうとアダルト用品)の看板が立てられている。
曰くつきの土地だろうと何だろうと自動車マニアからすると貴重な角グレースパネルバン。一日でも長く残ってほしいものだ。