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ハッチがいた日常

夫は病死、仕事も辞めて被災猫ハッチと暮らしたけれど、10年で終わってしまった。これからは本当の一人暮らしの日々。

なかなか、思い出せなくて

2008年06月28日 08時52分04秒 | 
 布団の中で眼を覚ましたときは、あー、疲れた、変な夢だと思ったのですが、しばらくするとすぐ忘れてしまいます。

 このところ、どういうわけか、大学時代の講義を聴いたりゼミみたいな集まりの夢を見るんです。当時あまり勉強しなかったことへの後悔なのでしょうか(反省)。

 でも、夢の中では、結局、宴会をどこでやろうか、あそこはどうだからよくない、あそこはどうだ、とかそういう話ばかり出ていたような気がします。そして、なぜだか、音楽はトルコ音楽で、この方がお互いに理解しやすいのどうのって、不思議な感覚でした。

 

家出願望?

2008年06月24日 10時31分41秒 | 
 またまた、不思議な夢を見ました。
 昨夜は、相変わらず喧嘩していて、頭に来て眠ったのでした。
 私は専業主婦でしたが、夫が定年前に退職し、私の家事を横取りし?私がすることは、洗濯くらいなものになってしまいました。昨夜も、揚げ物の衣は私がつけるのに、すでに衣がついているとんかつを買ってきて、食器洗いも自分でするとか・・・。私は何をすればいいのやら。文句を言うと、文句を言わないで食べるだけでいいとか、人の言うことはちゃんと聞け!ということでした。
 それって、調教?私はウマじゃないんだっ!と離婚寸前の心境に。

 さっさと夫の揚げたとんかつを食べて寝ましたが、その結果の夢がこれ。

 よくわからない同性の友人と、発車時間間近の大型バスのツアーに乗り込んだのでした。それは畳敷きのバスで、トイレがついていて、案内してもらうとずっとずっと下にありました。きっと、道路ぎりぎりなんだろうなんて思いながらまた畳敷きの部屋に戻り、ツアーコンダクターの話をきいていました。なんだか私たちだけみたいで、目的地前に、ナントカ村を案内するとか。

 きっと、家出願望があって、こんな夢を見たのでしょう。主婦は家に一人で十分ですよ。私は人形じゃないっていうの。夫はなんでもハイハイというサイボーグと暮らせばいいのにね。

昨日の夢

2008年06月23日 08時18分55秒 | 

 最近、よく、夢を見ます。でも、すぐに忘れてしまうので、朝、まだ鮮明に覚えている間に書いておきたいと思いました。
 連載小説「徒然王子」を愛読しているせいかもしれないけれど、夢って、何か不思議な存在です。

 ここ数日、疲れるほどに現実的で刺激的な夢を見ています。最初は身内が行方不明になり、「誰でもいいって、どうして彼女なの?」と、まるで秋葉原事件の被害者遺族のような心境に陥りました。

 おそらく、ニュースや読んでいる本に影響されているのでしょう。今は、初めて読んでいるヴァージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」がようやく最後のほう。全ての混沌とした逸話がやっとまとまりました。でも、寝る前はそうじゃなかった。

 昭和天皇と同じ頃に亡くなった母が登場します。
 母と、青学の公開講座を受けに行く予定で、渋谷のどこかで待ち合わせしていました。待ち合わせの前、私は雑誌に出ていた青学の若者を、偶然にも百貨店で見かけるのです。彼はカウンターで水を貰い、薬を飲んでいたところ、慌ててそこを離れて、忘れ物を私に指摘されて引き返し、かなりシャイな様子で立ち去ります。
 母と合流し、大きな百貨店を歩き回り(かなりなセレブを対象とした店内でした、疲れる・・・。これはダロウェイ夫人のパーティーの様子が影響しているのでしょう)、広場ではまるで宮内庁の儀式みたいな大掛かりなイベントを見学し、さらにぐるぐるまわり、やっと通りに出ます。すると、東京じゃないような外国の町並みで、ミッション系のようなお嬢様たちがバス待ちをしています。私は青学まで歩けるかどうか聞くのですが、無理とのこと。ではタクシーを拾おうと通りで待っていても、なんだか外国風のタクシーは、止まってくれません。時計を見ると12時半。間に合うかどうか、やきもきしているうち、眼が覚めました。
 きっと、自分が想像しているロンドンが夢の舞台だったのかも。
 もっと母と一緒に出かけたかったという思いもあったのかな。父とはよく京都に旅行に行きましたが、母と一緒に旅をするというのは、一度もなかったです。今も、元気なうちに一緒に温泉旅行でも行きたかったと後悔があります。
 なぜ、青学なのか。私の母校は国学院。でも、先日、BCJのレクチャーコンサートに行ったから、それにちょっと異国的だからかな、イメージが。だから青学なのでしょう。渋谷というのも、それでですね。

 生きているうちに、親孝行をしてくださいね。