天地わたる手帖

ほがらかに、おおらかに

「川柳マガジン」4月号を読む

2019-05-08 06:05:36 | 文化


先日、都立多摩図書館(西国分寺駅から500m)へ月刊「俳句」を読みに行った。それをすでに読んでいる人がいた。
それを待つ間さまざまな雑誌を手に取った。はじめて手に取る雑誌の多いこと。「川柳マガジン」の名は知っていたがひもとくのははじめてであった。
そこに「現代版川柳作家ベストコレクション!」なる企画があり、力のあると思われる方々の作品が並んでいた。
その中からちょっと惹かれた句を取り上げる。

大笑いしよういつかはしぼむから 井出ゆう子
「老ける」「年を取る」といわずに「しぼむ」といったことで奥行が出た。

言えるときたくさん言おうありがとう 浅川静子
これはやや標語っぽいがそれでも成り立つのが川柳。

柱になれるか試し切りをされる 熱田熊四郎
川柳のおもしろさの大いなる要素が隠喩。「柱」には「大黒柱」などあり野球では四番打者。一家では稼ぎ手。「試し切り」も比喩であり想像を駆り立てる。

ニンゲンが神と神とを戦わす 上嶋幸雀
小生の好みは隠喩や比喩にはなくこういった内容の句。キリスト教国とイスラムの戦争をすぐ思う。

原発はゼロ尿酸値は8以下 植竹団扇
次のひこばえ句会の冒頭講義が「並列・対称」。この句はまさにその技法。鮮やかな対比。

知られたい個人情報だってある 太秦三猿
笑いこそ川柳であり世の中の大きな流れに逆らうウィットこそ川柳魂。

まだ帰り着かぬであろう雨の音 太田ヒロ子
女が見送った男を思っている句。情事のあとであろう。「まだ帰り着かぬであろう春の雨」あるいは「まだ帰り着かぬであろう秋の雨」ではどうかとすぐ思った。季語を使いたくなる。

青雲を抱いて四月の丘に立つ 片野晃一
季語が入っていてこれは俳句ではないのか。すぐさま<春風や闘志いだきて丘に立つ 高浜虚子>を思った。

天寿得て笑みがこぼれるデスマスク 大場孔晶
これはぼく好み。着地を「デスマスク」で決めるとは演出万点。ここまでやっていいのが川柳。

首縦に振れば私が煙になる 大脇一荘
「煙になる」は私という存在がなくなるということ。徹底して反対する覚悟をうまく表現した。

みんな土になるのさ人間の祭り 岡崎 守
祭は人が土になる祝いというのは理解できおもしろい発想。しかし「人間の」とことわる必要ありや。

生きている破調の弦を掻き鳴らし 表よう子
全体あざとい。万葉集の<君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ天の火もがも 狭野弟上娘子>を思わせるようなオーバーな表現で、薄味をよいとする俳句の対極にある。

月蒼くして美しい子を宿す 日下部敦世
これは俳句に近い抒情で、<吾妻かの三日月ほどの吾子胎すか 中村草田男>を思った。川柳がそう抒情に傾くのは好きでない。

指輪くるくる約束なんて忘れてる 鈴木千代見
男がくれた指輪、それを回して無聊をかこつ女。安っぽい映画の一シーン。

年収に触れず職種は農と書く 土橋旗一
実直で世の中への批判も少しあっていい。

生涯を妻の種火に支えられ 角掛往来児
「妻の種火」がうまい。皮肉でなく妻への愛情がこめられている。

犬小屋の中に入ってゆく鎖 徳永政二
十数年前伊那市で川柳の大会があったときこの人と会ったことがある。この句は当時から有名でありこのセンスにぼくも惹かれた。<鳥の巣に鳥が入っていくところ 波多野爽波>と同じテーストだが、鎖としたところで別の味わいを出したのはみごと。

白は少し汚れて人を受け入れる 永井玲子
母はぼくら男の子に白い衣服をめったに買わなかった。すぐ汚すから。<男らの汚れるまへの祭足袋  飯島晴子>という俳句もありわかりやすい内容。

仲人が結んで神がほどく縁 西美和子
いかにも川柳の味わい。作者はキリスト教信者ではなさそう。

初孫へ目尻が八時二十分 福岡義降
俳句で読めぬ孫が堂々と登場。孫かわいいの内容だがにやけた顔を時計で表現したのは技あり。

出産の神秘カメラも息を呑む 福本清美
「どつき漫才」ほどどぎつい内容。俳句では考えられない世界。

もう少し長生きします悪しからず
 堀 正和
楽しくおかしく、笑えます。

猛練習テニスボールに紐つけて 三村 舞
これもおかしい。やや切なさもあって川柳である。





自宅から1km弱ほどの距離の都立多摩図書館。雑誌の宝庫であり人は多いが静かでいい。また何か初めての雑誌を見てみるか。