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天地わたる手帖

ほがらかに、おおらかに

白鵬のフロントネックロック

2019-07-20 06:10:21 | 格闘技


大相撲名古屋場所13日目、白鵬VS妙義龍に注目した。
立ち会い白鵬の左前回しを嫌った妙義龍の突き放しが光った。これで両者の間隔が開き妙義龍が突進すると白鵬は妙義龍の右腕を左腕で腕かかえ、頭を右腕で締め、じっとしていず前へ出た。
強引だなあと思ったが勝つための最短コースであった。右腕の首の絞め方がプロレスのフロントネックロックであり、これを堪えると首の骨が折れるので妙義龍は下がらざるを得ないのだ。土俵に踏み止まったところで白鵬は首をひねって落とした。
大相撲の決まり手は「小手投げ」しかないからそれを使用したが、その本質はネックブリーカーであった。その反動で優越感も加わって手が上がる形になって、高田川審判部副部長から「最後(のしぐさ)は余計」というクレームがついたが、それは枝葉末節。
大相撲関係者は技の解説をもっと踏み込んですべき。ちょこまか動き回る相手を捕まえる白鵬の技術の卓越さを見てやろうよ。
取り口が荒っぽく顰蹙を買う要素はあるが、白鵬は勝ち方を知っている。妙義龍のような突進型は誰にとっても厄介で間違うと一気に持って行かれる。その対策として横綱は荒っぽいがいちばん手っ取り早い方法を選択した。
相手を動かなくすること。
自分と密着させてしまうこと。
白鵬の相撲が最近荒っぽい、あるいは事を急いているのは全盛期よりスタミナが落ちているからであろう。本人がそれを知っていて速い決着をしようとしている。そういう裏の事情をも解説者は穿つべきだろう。
さらにいえば、動き回る炎鵬に苦慮する矢後をはじめ工夫のない力士たちへの絶好な指針となったはずである。首をがっちりロックすることが。
大相撲も俳句もほかのすべてにおいて本質を穿つ論評をもっとすべきだろう。

大相撲はプロレスに学べ

2019-07-13 05:40:16 | 格闘技

左:炎鵬、右:矢後


大相撲名古屋場所6日目、久しぶりに中入後の取組をすべて見た。
まず序盤の炎鵬VS矢後。
先場所も6日目で対戦し、炎鵬が矢後の懐に入り、右前まわしからひねって尻もちををつかせた。鮮やかな上手ひねりで会場が沸いた。
ほぼ2倍もある体重の力士が転がされたことにびっくりし炎鵬を認めたのであった。

炎鵬、身長168cm、体重99kg
矢後、身長187cm、体重178kg


きのうも立ち会ってすぐ炎鵬がもぐって同じ形になった。矢後が上から抱え込んで圧力をかけた。よもや先場所と同じ失敗はしないだろうと見ているが、矢後は取扱いに苦慮している。
息が苦しい炎鵬が先に動いて振り回すと矢後がばたばたして体勢を崩し、先場所と同じように転がった。
腕ひねり。

矢後のバカ、うすろの、とうへんぼく、ウドの大木め。おまえ、プロなんだろ、もっと工夫しろよ、と叫びたくなった。
締め方が甘いので炎鵬に動く余裕を与えてしまった。こういうときは動けば首の骨が折れるという状況にすべき。あるいは足を土俵から離す、吊り上げるかだ。
プロレスにフロントネックロックという技がある。全日本プロレスの秋山準の得意技である。彼はこれとボディーシザースとの複合で相手を落とすこともできる。
そう、ちょこまか動く炎鵬を落とそうと思わなければいけない。その厳しさが矢後にない。
もっとどぎついチョーク・スリーパーで頸動脈を絞めてもいい。
リバースフルネルソン(羽交い締め)は両腕を決める技でここから後ろへ投げるのがダブルアーム・スープレックス。日本名は人間風車、ビル・ロビンソンの代名詞の大技である。土俵でこれに似た形の大技を見てみたい。土俵から相手を引っこ抜くという発想があってもいいのではないか。大相撲に「居反り」という技があるから反則にはなるまい。

プロレスラーの方が大相撲から学んでいる。
たとえばジャイアント馬場が晩年多用した「河津掛け」。これは大関貴ノ浪が得意としていた技でずっと前からある。この技は柔道にもあったが禁じ手となってしまった。

大相撲で小さい力士に潜られて転がされる巨漢力士というのは情けなさを絵に描いたようなもの。いいかげんに工夫せよ。プロは他の格闘技から学ぶものだよ。



情けなさを絵に描いたように横転した矢後



優勝せよ栃ノ芯

2019-05-18 05:49:09 | 格闘技

6日目の栃ノ芯対逸ノ城戦。右、栃ノ芯


大相撲夏場所6日目、栃ノ芯が逸ノ城に勝って6戦全勝とした。
強い。大関に上がった場所の覇気と活力に満ちている。真っ赤になった渾身の引き付けに見る者も興奮する。こんなに強いのになぜ先場所8敗もしたのかと思うほど。相撲はままならぬ。
鶴竜も6連勝したがきのうは悪い癖のはたきが出て土俵際逆転で勝ちを拾った。
大関二人がていたらくゆえ、栃ノ芯と鶴竜の一騎打ちとなりそう。また、そうなってほしい。二人がぶつかるまで負けてほしくない。(と言っていると負けたりする……)

あとおもしろいのが炎鵬。
きのう解説をした舞の海さんとほぼ同じ体格で動き回る。168センチ、99キロ炎鵬が187センチ、178キロ矢後にくいついて右前みつを引いてひねり倒した。鮮やかであった。
小兵力士の出し投げは大相撲の醍醐味。舞の海さんは出し投げがなかったそうで代わりに内掛けとかの足技を使ったという。
舞の海さんが炎鵬に足技がないのを指摘するとやはり解説の錣山親方(元寺尾)が、出し投げは体を密着していないからできるのであり、足技は体を密着していないとできない技と解説し、舞の海さんが大きく頷いた。
錣山親方は風貌もいいし頭もいい。かっこいい。舞の海さんとのやりとりは深みがある。
舞の海―北の富士とはまた違った玄人受けする解説で味わいが出るいいコンビである。

心配なのが休場した貴景勝。
右ひざ内側の靱帯(じんたい)損傷で全治約3週間という。重傷でなければいいが下手をすると致命傷になりかねない。靭帯はやばい、骨折のほうが治りがはやい。
長引けば大関を落ちた照ノ富士になってしまう。東三段目49枚目で2戦2勝の照ノ富士、体が万全なら筍のようにぐんぐん上がってきてまた関取になるであろう。素質が凄いから期待する。
一方、貴景勝にはそうなってほしくない。
白鵬がいないこの隙に御嶽海が大勝ちして大関に駆け上がるチャンスなのだが彼は後半息切れして8勝止まりが多い。これを克服できるか。

勝ち負けの世界は辛い。見るのとやるのとではえらく違うだろう。

北勝海になれるか貴景勝

2019-04-01 06:12:35 | 格闘技

新大関、貴景勝(左)と彼が目指すべき横綱、北勝海(現八角親方)


きのうのTBSテレビの「サンデーモーニング」のスポーツコーナーで、
張本さんも同席した山﨑武司さん(元中日の強打者)も貴景勝の大関昇進を話題にし、横綱になるために四つ相撲を覚えるべきと言った。
ぼくも22歳の貴景勝は横綱を張るチャンスが十分で、そのモデルは北勝海であり北勝海をめざせと思っている。

北勝海は「突き押し」のイメージが濃いが、はて、四つ相撲を取ったのか、取れたのか、記憶が薄い。
ネットで相撲通の発言を調べてみると。興味深い記事があった。
「大相撲になりました! 最強の力士 北勝海 の八角理事長はポチとは呼ばれておりませんでした」というブログである。
ここの書き手は、
「北勝海は押し相撲の横綱だったとは、もちろん呼ばれません。」
とズバッという。さらに続けて、
「三役から大関昇進あたりまでは四つ相撲の割合が多く、グラデーションで変化していったような感じでした。20歳で入幕しているから、出世は速い力士。前ミツを引いて食い下がる相撲の型は素晴らしく、それだけで大関まではいけると思われる期待の若手力士でした。」と解説する。
大相撲関係者かもしれないと思うほどよく北勝海を知っている。ぼくの北勝海は突き押し一辺倒という思いこみに風穴をあけてくれた。
「押し相撲を前面に出しながらも、大一番で厳しい展開になったら、しぶとい四つ相撲の本来の相撲が生きて、乱戦を制するという場面が多々ありました。もちろん、千代の富士との猛稽古で培われた精神面の強さもあったでしょう。速攻の押し相撲でも長い相撲でも、強さを発揮した横綱でした。」

ぶっちゅまんさんのコメントも素晴らしい。
「貴景勝!四つ相撲をマスターし上を目指せ!」という見出しで、
「貴景勝には期待する。彼はかなりの個性を持った力士だ。
アンコ型で単純な突き押し相撲だが、自分の型というものをしっかり持っている。
突き押しに徹するというのは、これは難しいことだ。」とし、課題の四つ相撲に関し、
「四つ相撲と言っても、何も廻しを取るのが全てではない。差す技術だけでもいいのだ。
差し手を返し、相手の身体を浮き上がらせる戦法。
貴景勝は朝潮が脆かった下半身を強化し、北勝海のように頭を付けて喰いつくような四つ相撲であれば、相手にとってはこれまた嫌なタイプになるだろうと思う」(抜粋)とエールを送る。

貴景勝は現状の戦法で10番は勝てるが毎場所それ以上勝つのはむずかしい。白鵬をはじめ逸ノ城、栃ノ心などの四つ相撲を得意の力士を一気に持っていけず回しを引かれたらほぼ勝ち目がない。
いまの貴景勝はかつての大関・千代大海が回しを取られたら三段目の相撲しか取れなかったと一緒。
はじめ四つ相撲で出発し突き押しで開眼した北勝海と違い、突き押しからスタートした力士が四つを覚えるのはたぶん難しい。それをどう克服してゆくか。千代大海を越えられるか興味深い。

敵を立てて自分を際立てる芸道

2019-03-13 00:01:38 | 格闘技

ジャイアント馬場(左)とその弟子、三沢光晴(二人とも故人)


きのう、「ジャイアント馬場没20年追善興行」のことを当ブログで書いた。
プロレスは少年のころから熱中し、高校生・大学生を経て成人してもずっと好きなものであった。
少年のころレスラーはみな本気にまじめにやっていると思い込んでいて、「力道山、チョップチョップ!」と叫んでいた。
いつごろからか、こんなことをガチンコ(真剣)でやったら身体がもたないし、死傷事故が頻発して中止になってしまうだろうと考えはじめた。
「プロレスは八百長」と揶揄する大人の意見を聞くにつれショーなんだと思うに至った。
ショーでありまっとうなスポーツではないとしても、しかし、プロレスはずっと魅力に満ちたものであり続けた。

成人に近づくにつれ「プロレスは八百長」というのは間違いではないかと考えはじめた。
八百長は真剣に勝ち負けを競うから生じる言葉であり相撲やボクシングには該当するがプロレスにはそぐわない。プロレスは真剣に勝ち負けを競わないから八百長という言葉が変なのである。
いちおう勝ち負けを決めたりタイトルを獲ったり獲られたりはあるが、それはプロレスを盛り上げるスパイスである。
プロレスの本質は敵の存在を立てることで自分の魅力を際立てることにある。敵も自分もともに繁栄しようとする共存共栄の精神が根底にあり、それをぼくはよしとする。勝利至上主義をよしとし、共存共栄の精神を理解しない人は「プロレスは八百長」で片づける。

プロレスラーは相手の技を基本的に避けない。
AがBの腕をつかんでロープに振るとき、避けようとするならBは踏ん張るか転がれば避けることができるが、そうせずBはそう力の籠らないBのこの動作に従いロープへ飛ばされて、おまけに反転して背中をぶつけて、反動で返る。これは演技であり約束ごとなのだ。
ここへAのパンチや膝が入ることになる。
受けるはずのAの技をBはよけることもあり、受けることが絶対でないあやふやさもまたプロレスを奥ゆかしくする。
どこまで脚本で決まっていてどこがアドリブなのか。素人にはわからないように入り組んでいる。それが簡単に知れるようではプロフェショナルではない。

プロレスファンでない、たとえばボクシングファンは、なぜこんな嘘っぽいものがおもしろいのかと問うだろう。
ロープの反動で戻る動きは嘘だとしても次から次に繰り出される技の中に「ほんとう」が潜んでいる。
たとえば、リングの下で仰向きに伸びているところへコーナーポストから飛び降りて両足で腹に乗る(ストンピング)などは鳥肌が立ち、ぞーっとするではないか。やられる方はわかっていて、腹筋を最大限に締めるなどして防御を講じるだろうが、2m以上の高さから100kg超が落ちるのだから七転八倒のダメージ、間違えば内臓破裂である。これは<実>である。
殴られてやる、蹴らせるという<虚>の中に、<虚>ではあるが実際に激痛が生じ、大けがに通じかねないという<実>がぎらぎらしている。虚実は磯の岩に似る。岩という実についた藤壺は岩ではない虚だが、虚実は分ちがたく一体化している。
それがプロレスであり、強靭な身体能力がないと成立しない芸能である。

いま、飯島和一の『星夜航行』の下巻を読んでいる。
秀吉の朝鮮侵略の様子がまるで見てきたかのように書かれていて臨場感にぞくぞくする。作家は歴史的事実に想像を交えて世界を生動させる。
どこまでが史実でどこかに想像の所産を加味しているかまるでわからない。史実を曲げることはできない。それを踏まえたうえでどんな虚をまぶせば史実はくっきり見えるか。これが歴史ものを書く作家の技量である。そうする中で史実として通っていたものがほんとうにそうであったかまで問われたりしはじめる。正史というようなものはほんとうなのか、といった突っ込み、これが文学の深みであろう。
これはプロレスにおける虚と実とのからみに通底する。何が実で何が虚なのか。それを問うのがむなしくなるように激しく展開するプロレスは、身体を使った文芸といってもいい。ゆえにおもしろいのである。

プロレスが地上波から撤退して久しい。しかたなくケーブル(日テレジータス)で見ている。どこかで新日本プロレスを中継してほしい。
ぼくは死ぬまでプロレスを支持する。敵に花を持たせ自分も光るという共存共栄の精神を。


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写真の二人:ジャイアント馬場とその後継者の三沢光晴の味は、第一にペイソスと飄逸さであった。二人に共通していたのは、大きな声を出さなかったこと、マイクにたんたんと静かに語った。「この稼業きついんだよ」というニュアンスを馬場さんはぬーっとした風貌で、三沢は額の汗を人差し指でワイパーのように払うしぐさで表現した。
第二に、二人とも人並み外れた耐久力を持っていた。相手のきつい技を食らっても観客に跳ね返すだろうと思わせる安定感・安心感はずば抜けていた。
プロレス通が結局見たいのは、技を食らった後のワン・ツーである。スリーが簡単に入ってしまうのは凡戦で、強い二人の<ワン・ツー…跳ね返す>がえんえんと続くのを興奮して見続けたいのである。
二人は相手の技をきちんと受け止めて跳ね返す耐久力に秀でた代表格、最後に自分がワン・ツー・スリーを取ることが多い主役であった……含羞の。