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天地わたる手帖

ほがらかに、おおらかに

七五三の大國魂神社

2019-11-05 04:58:57 | 身辺雑記


青空に槻の葉そよぎ七五三
長男の娘が7歳、二男の赤子が6ヶ月。娘は時期がぴったりだが赤子の宮参りは遅れて一緒にしようということになった。

立看の墨書にほへり菊花展
大輪の菊に見惚れて冷えにけり
菊という花は工芸品だと思う。まるで無機質で命が希薄に思えてならぬ。乾いていて冷たい印象である。





門に立ち人を待ちをる秋思かな
小生は朝、柿採りをしたので皆と現地で落ち合った。世の中の人、特に都会人は朝の出足が鈍いこと。彼らと合流したのは10時半。この時刻、小生は活動を終えようとする時刻。句会でない場合は。

爽やかや新婦に翳す赤き傘
紅葉且つ散る白無垢の新婦かな
神前結婚式である。我輩も40年前、神社で式を挙げた。梅雨時で太鼓が湿っぽい音であった。この新婦さんは爽やかや錫杖の音と笛の音に導かれ行く。





白雲のゆつくり流れ七五三
この神社の上空は春も秋も雲がゆっくり流れる。もしかしたらそれがここの功徳かと仰ぐ。

暗がりに赤き実あまた秋惜しむ
なんの実か知らぬが門の横の絵馬の影に散在している。食えそうにない。

色満ちて屋台いろいろ秋日和
参道に出る屋台が祭も七五三も盛り上げる。それにしても安っぽい色が多いことよ。子供だましの色は浮かれる色である。



秋晴や子の暴れをる乳母車
七五三ゆえ子どもが大勢いる。無理やりベビーカーに括りつけられ悶え泣く子をみんな見て通る。七転八倒という感じ。

唾つけて子の髪正し七五三
もの凄く大柄の御婦人がいて目が青い。我が子らしき男の子の乱れた前髪にべたべた唾を塗って整えている。外聞の悪さを気にするといった日本人的性状のない彼女とはすぐ友達になれそうに思ったが、さすがに撮影はできなかった。

流星や桶に天水なみなみと
本殿のこの水の仕掛けは情緒がある。とっさに山小屋の水を思った。飲み水に雨を使うことがありそれを尊び「天水」と呼ぶ。



神殿のかたへ水湧き百千鳥
水道ではなく地下から出ている水であろう。神殿の裏は鬱蒼とした森で木漏れ日と鳥の声がすばらしい。

泣きわめく子のばた足や秋暑し
七五三の神社はどこかで子どもが泣いている。この子は将来水泳選手向きかと眺める。

神殿に来て眠る子や豊の秋
日中暑かった。本殿へ上がると涼しくすやすや寝ている子もいる。子どもはどこでも寝て育つ。神様も文句はいうまい。



犬も歩けば胡桃に当たる

2019-11-04 04:41:25 | 身辺雑記

多摩川の河川敷は森が消滅して歩きやすい。胡桃もほぼ流れた


浅川の出会い広場。ここも洪水でほとんど流れた


きのう渋柿を求めて多摩川を4キロさかのぼった。ところが土手の木には4個ついているだけであった。柿の残りかたは「木守り」であり誰かに採られたようである。
では胡桃はどうかと「出会い広場」(勝手にそう呼んでいる)へ行くといちめん泥濘となっていた。泥濘の上の板を踏んで胡桃林を散策したがぱらぱらとあるばかり。落穂拾いである。



諦めて柿が輝くように実っているとあるお宅からすこしいただこうと歩き出すと、なんと、胡桃の木があって胡桃が銀杏のように散在しているのではないか。目を疑った。
そこは浅川と程久保川に挟まれた200mほど砂洲のように出っ張った地域(日野市落川)。
浅川から程久保川へ水路があったらしく水門の上に1本が立っていて、水路の中も胡桃だらけである。そこで500個ほど拾って振り返ると、小高いところにもう1本胡桃があって、こちらはまだたくさん青々として胡桃がついている。
それは先に鋏がついている竿で落とした。近所は家が密集しているのに誰も胡桃は見向きもしない。ありがたいがさみしい。
土手の柿は採られて残念であるが仲間がいるみたいでほっとする気持ちもある。



その2本の木の胡桃で自転車の前かご、後ろかごがいっぱいになった。もう柿をお恵みくださいと戸を叩くゆとりが消えた。
それにしても相性のいい土地というのがあるものである。
「出会い広場」で3月大量の胡桃に出会った。自転車にいっぱい積んで5回運ぶ量であった。颱風でそこもだめかと思っていたら小さな公園みたいなところでまた胡桃に遭遇した。このときも「犬も歩けば胡桃に当たる」と思った。またその思いである。
犬のように歩き回る野生果実ハンターは泥にもはまるが福もやってくる。とにかく歩くことである。



果肉が腐るのにひと月かかるだろう。割るのはそれから

ドリアンコーヒーはいかが

2019-11-03 05:21:58 | 身辺雑記




赤子ともどもマカオへ里帰りしていた息子の嫁が帰国した。みやげに乾燥芋とドリアンコーヒーを持ってきた。
妻は芋を喜びもう一つは捨てようかという。そんな無茶なとぼくがいただいた。妻はとにかく匂いが嫌い。汗やら雑多な匂いを放つ男とよく結婚などしたものかとときに思う。
ドリアンの原産地は東南アジアのマレー半島だからそこに近いマカオにドリアンはふんだんにあって、レストランではドリアン料理も出す。嫁の母はドリアン料理をよく食べていて顔がつやつやしている。そのせいかは知らぬが。

マカオへ行ったときいろいろな料理をごちそうになったが、ドリアン主体の料理は食べたことがない。3年マカオへ行っていた息子は妻の血をひき繊細で匂いものは嫌い、むろんそれに近づかなかったようだ。今ドリアン料理を食べなかったことが悔やまれる。30代のときカリマンタンへ旅したときドリアンがあったはずなのにナマを食べなかったことも残念である。

コーヒーといってもコーヒーの粉末をミックスしているのではなくドリアンの粉末である。いま粉末ドリアンを湯に溶いて飲んでいる。甘くてかの強烈な匂いはそうない。砂糖を入れたミルクの感じ。
マカオは暑くて湿度はいつも80~90%。舗道を歩くとゴキブリが足の先を逃げる。日本の海辺の舟虫みたいに街に散在していて親近感があった。それを気にする人は皆無であった。

白南風やふがふが聞こえ広東語
懐かしい。ドリアンのナマか料理を食べる機会が俺の人生に訪れるか。



柿を剝き柿を吊るす

2019-11-02 07:44:47 | 身辺雑記


きのは秋晴。
10個は熟していて不可。50個を剝いて吊るした。10個は実から枝のつまみが落ちてしまっていて紐を結べない。それらは四つ切にして籠へ入れた。柿を剝くことに集中している時間はほかの時間には替えられない。
柿簾と呼ぶにはささやかだが軒下の景色となった。食べごろは年の暮。



わくわくショッピング

2019-10-29 06:10:03 | 身辺雑記


毎日2足の運動靴をかわるがわる履いているのだが両方ともぼろぼろ。
買い替えなきゃと思っていたところへ、「鷹みやぎの」から思いもしない現金封筒が来るではないか。図書券かと封を切ったら、なんと、1万円入っていた。よもや原稿料が出るとは……舞い上がって鶴岡行馬に「両の手に紙幣をろがむ秋の暮」と礼状を出した。
その1万円を持ってきのう靴を買いに行った。

靴はいつも「東京靴流通センター府中店」で買っている。ここはよく特売品が出る。
3700円くらいのを2足買おうと探していたらまず3179円(税込み)が目に入った、履き心地がいい。これに決めようとしたら2079円(税込み)が目に入った。これも履き心地がいい。
3足買ったら税込でいくらか聞くと綺麗な女店員が「6937円です」と言う。「3179円のほうは400円の割引付きです」とも。女店員をいっそう綺麗に感じお茶に誘いたい衝動に駆られた(その衝動は抑えたが)。
3足買った。
野球で使える先発投手は多いほうがいいのと一緒で靴も複数使いまわしたほうが長持ちするのである。
気分は、
新の靴履いてスキップ秋の空

女性がブランド物を買い漁り50万円使ってしまう楽しさがいくぶんわかった。
「安物買いは銭失いよ」と妻が言うのだが、靴は8年この店の特売品を使っている。女房にブラウス1枚も買ってやれぬ身の上である。