天地わたる手帖

ほがらかに、おおらかに

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原人クラブと原人先生のこと

2019-09-06 12:09:18 | 人物


先日、戸田鮎子さんが小生を「原人」と言った。桑の実を摘んだり胡桃を拾ったりする「野生果実ハンター」のことを言い換えたのだろう。彼女の「原人」のルーツは彼女の富山の片田舎の小学校時代の「原人クラブ」とそれを指導した「原人先生」にあったようだ。
そのころの小学校の思い出について鮎子さんに取材した。


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【問1:原人クラブの人数は。鮎子さんはたった一人の女子ということですが同性から何か言われませんでしたか?】
たしか原人クラブは30人くらいいたような……。
仲良しグループの女の子たちに「みんなでお料理クラブに入ろう」と誘われましたが、料理ってレシピ本を見てひとりでもできることだし、クラブ活動としてあまり魅力を感じませんでした。
私は基本的になんでも周りに合わせていましたが、そのときはワクワク感に飢えていたのか「私は原人クラブに入る!」と押し通しました。
初めて周りに合わせなかったかもしれないですね、びっくりされました。
「原人クラブって男の子のクラブだよ? 汚くてダサいよ。」といろいろ言われた気がします。でも、なんだかんだでクラブが終わると「ね、今日何したの?」と女子が集まって聞いてきたので、実はみんな興味があったんだと思います。


【問2:原人クラブ一行がよその家の柿を盗んだとか。見張りは何人でどのように配置しましたか?】
たしか、正面入口と裏口に2人ずつ立っていたと思います。
でも、先生の家のご近所だったので、もしかしたらお知り合いのお宅だったかもしれません。見つかっても「悪いな!」で済む間柄だったかもしれないですね。
おそらく「こっそり柿をとる」というスリルを私たちに味わわせたかったのだと思います。
やらなくてもいいのに匍匐前進をしたり、ハンドサインや暗号で指示を出したり、楽しんでました。


【問3:とにか野外活動をやりたくて、先生はカモフラージュとして校庭で別のなにかをしたのですね】
「クラブの時間、学校の敷地内を出てはいけない」という規則があったので、教頭先生や校長先生を誤魔化すためにいつもチームを分けていました。
トラックの荷台にこっそり乗せてもらって海に行ったり、原っぱに行ったり、学校から出るチームと残るチームで別れてローテーションで学校から抜け出していました。
今の時代だったら大問題ですよね。


【問4:先生は校庭で縄文時代を擬した小屋を建てたとか…】
私が卒業して6年後ぐらいに、ボヤ騒ぎがあったと同級生の弟さんから聞きました。
実際に見ていないのですが、その弟さんたちが原人クラブで作った縄文式住居(木を組んで藁や茅で屋根を葺いた家)で餅か芋を焼いていて屋根に火が移って逃げて、先生の前髪が焦げたとのことでした。
でも、原人の小さな住居が燃えただけなのでボヤ騒ぎです。
たまたま先生にパン屋の駐車場でお会いしたとき「ごめんな~!やっと完成した家、燃えちゃって!ううっ…」と突然、泣き出されました。大人の先生が泣くなんて……驚きました。でも、立ち直りが早く「また、作るから!」と笑っていらっしゃいました。
底抜けに元気ですね。
その後、別の学校に転勤になったと聞きましたが罰なのかどうかは分かりません。



【問5:焼き物もしたんですね】

これはうっすらとしか覚えていないです。
土を練って器を作り、先生が海岸で火を起こして一晩中眠らずに見張って土器を焼いてくれました。でも、火力が足りなかったのですかね? 脆くて……すぐ皹割れ、ボロボロに砕けました。



【問6:先生の発言録。聴いておもしろかったこと、驚いたことなど】

私、乞音がひどくてほとんどしゃべらない目立たない子でした。
そしたら「卑弥呼さまになれ」と言われ、今日の獲物が取れる方角を予言する役目を与えられました。
みんな私に「今日はどの方角が吉ですか?」と聞きにきて、枝を立てて倒れた方角を指すだけで六年生にもお礼を言われて変な気分でした。
今思うと私が無理なく馴染めるようにしてくださったのかもしれません。
先生は、金管バンドの顧問もされていました。私も試験に受かって金管バンドに入れてもらいました。先生はいろいろな楽器が演奏できて、音楽の才能もありました。指揮がダイナミックで、情熱的で、面白かったです。
フォルティッシモのとき「もう打楽器は壊れるほど力いっぱい叩け!壊してもいい!穴開けて壊せ!」とおっしゃっていました。
先生が個性豊か、元気いっぱいな金管バンドに変えて、今まで一度も受賞したことがなかったのに賞をいくつももらえるようになりました。
市のお祭りのパレードのときも目立つことばかり考えて、あーしろこーしろとパフォーマンスをたくさん考えていましたね。
やりすぎで、恥ずかしかったです。
もう、詳しくは忘れちゃったのですが、とにかく周りに迷惑もたくさんかけていました。人も怒らせていました。
でも、立ち直りが早く、いつも元気で楽しそうでした。

思い出してみると、わたる先生と似ていますが、わたる先生の方がまだしも常識的な気がしてきました(笑)
あの先生は芸術家タイプでかなり変わり者で、破天荒でしたね。
ただ、どんな状況でも楽しめる心を持っているところが似てらっしゃるのだと思います。
どこからあんな元気が湧いてくるのでしょうか?
私はすぐ疲れたり、落ち込んだり、人の目が気になって、誰になんと思われてもこうしたい!という強い意志がないのです。
だから、羨ましいです。



【取材後の感想】==================================
小生が「原人」の名をいただくには恐れ多いほど破天荒で芸術的感性に恵まれた先生だと思います。27年ほど前、平成2、3年ころの富山の片田舎での出来事とはいえ、公教育の場でよくこんなことを何年にもわたりできたものだと仰天します。
公教育は「まとめる」「取り締まる」を基本としていて、人がはみ出さないようにして社会に国家に役に立つ人材をつくろうとします。
したがって算数、国語、理科、社会、道徳といった公式的なアイテムに入れて子どもを育てます。それはそれでいいのですが、国もその縦割りの弊害に気づき、いわゆる「総合」という視点も取り入れつつあります。しかし、しばしば学校を出て野山を駆け巡って何かを感じ取るというようなことを十全にできないでしょう。
そういうことは父母のやることのような気がします。
学校は原人先生が校内からしばしば出て行ったことを知っていて知らぬそぶりをしていたのではないでしょうか。校長、教頭もおおらかでいられる時代であり土地柄であったかもしれません。
ボヤを出したとはいえ、子どもたちにけがなどさせなかった野外活動の差配はみごとです。
ふと見るとある子が消えていて崖から落ちていたり、水中に沈んでしまうのが子どもですから。
吃音の鮎子さんに「卑弥呼」の役を与えた感性のすばらしさには特に感動しました。
こういう先生が多いと不登校も減ると思います。こういう先生がいられない今の公教育がそうとう問題を含んでいると言わざるを得ないでしょうね。
(天地わたる)





写真:府中市片町1丁目、京王線沿線
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鷹同人・久保いさをの絵ごころ

2019-03-09 00:00:34 | 人物

「春田鋤く」2019/3.08


鷹同人・久保いさをが「久保勲」でフェイスブックに出ていることを最近知った。自分で書いた絵を載せるためにフェイスブックを開設していることに驚いた。
絵描きなのだ。
たまたま小生の書くブログのカットにふさわしい絵を借りて「小川軽舟を読む」に使わせていただいたことがある。
2015年6月、小生がつくった鷹同人ネット句会「流星道場」へ来てくれたことで彼と知り合いになった。久保さんを道場へ連れて来たのは西村薫であり、当初ぼくは他結社の人と思いこんでいた。それほど鷹は広く知らない人材がいる。



「室津漁港」2018/1.19


次の句は久保が鷹で巻頭を得た鷹2018.5月号の特選句である。

寒紅引き黒髪に血を通はする 
小川軽舟評
化粧という行為に賭ける女の情念に慄然とさせられる一句である。白粉を刷き、眉を描き、そして唇に紅を引く。美しくあろうという思いは、血の通うはずのない黒髪にも血を通わせ、いきいきと艶めかせるのだ。
女は一生のうちにいったいどれほどの時間を化粧に費やすのだろう。毎日繰り返される日常でありながら、そこには日常そのものから変容しようとする意志が隠れている。鏡の中にわが身を置いた瞬間、女は女であることに目覚める。
多くの人が作者は女性だと思い込んだからか、句会では久保さんの名乗りに苦笑めいた声が上がった。しかし、この句は男の句でよいのである。日常にまぎれて女自身は忘れている化粧という行為の本質に、傍で見ている男だからこそ鳥肌の立つような畏怖を覚えたのである。


文明は時間を早め春の雲(鷹2018.5月号)
たしかに文明社会は忙しい。分刻み、秒刻みといった感じ。春の雲はうまく飛ばして間合いをつくった。


春愁やブルカに覗く眼の碧き(鷹2018.7月号)
黒髪の句もそうだが、作者はそうとう女好きである。女好きの男は信用できる。


昼酒の昼顔ほどの淡き酔ひ(鷹2018.9月号)
昼顔は薄い桃色。昼のリフレインをうまく決まってほろ酔いの気持ちよさ。




「水辺の風景」2018/7.25




松籟や廉太郎忌の丘のうへ(鷹2018.10月号)
6月29 日に死んだ滝廉太郎をビビッドに感じる松風である。


身投げしたきほどの深淵ななかまど(鷹2018.12月号)
久保は絵を描くほか山登りもよくするようだ。この赤い花は岩頭にへばりついている。


みかしほの播磨の沖の帰燕かな(鷹2019.1月号)
「みかしほ」は「播磨」にかかる枕言葉。その無用の用ゆえの情緒を生かした。


朽船の竜骨凛と神の留守(鷹2019.2月号)
神無月の寒く荒っぽくなった風を竜骨に感じる。ゆえに凛とする。


岩穿つ一縷の水や去年今年(鷹2019.3月号)
正攻法の句で作者の誠実な句づくりがよく出ている。




「精霊流し」2018/08.09




【久保いさをメモ】
丹下幸男透明水彩画会会員
神戸山歩き会会友
以前の職業: 株式会社きんでんのElectrician
出身地:広島県三原市出身
現住所:兵庫県明石市
   (以上、フェイスブックより)
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