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川塵録

『インテグリティ ーコンプライアンスを超える組織論』重版出来!

コンプラを変え,会社を変え,日本を変える!

叱らんならんときには叱る

2025年01月16日 | リーダーシップ・コミュニケーション
怒ってはいけない。叱るのはいい。

いや、叱るのもいけない。feedbackするだけでいい。

「叱る」についてはいろんな考えがあります。

経営の神様・松下幸之助はズバリ。

叱らんならんときには叱る。

それを上手くやろうとすると、姑息になる。

ふむ。

令和の今にも、ある程度は通用するでしょう。

パワハラはもちろんいけないが、下に媚びるのはもっといけない。

下に媚びる組織は崩壊する。


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ウンパニ体操 ー笑顔のトレーニング

2025年01月05日 | リーダーシップ・コミュニケーション
ウンパニ体操ってのがあるんですね。笑顔のトレーニング。


あいうべ体操 こちら みたいなもんですかね。

このウンパニ体操をしている吉川充秀さんは、たしかに、笑顔がいい。若々しい。私と同世代。


 
私は あいうべ体操 を私なりにアレンジした あいうえお体操 を毎日ランニング時にやっているんですが、ウンパニ体操も取り入れてみよう。
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上司が使うべき枕詞  「私の責任ですが、、」

2024年12月23日 | リーダーシップ・コミュニケーション
部下の全てのミスは上司の責任。

特に、私みたいな、資格ある職業では、そう。アソシエイト弁護士とかならともかく、秘書・パラリーガルさんのミスは、すべて私=代表弁護士の責任。

ってか、私の事務所なんか、私がボスで私の名を関しているから、アソシエイト弁護士のミスだって、すべて私の責任。

ミスをするような部下を採用した私の責任。
部下を適切に教育できなかった私の責任。
ミスをするような部下にその仕事をさせた私の責任。

要するに、私の場合は特に、部下の全てのミスは私の責任。

____________

だから、事務所内でコミュニケーションミスをしたときに、二度とミスをしない対策を練るために、ミス原因を究明するときに、私は、部下に対して

すべては私の責任ですが、、

的に、「まずは私が責任を負います」ということを、最初に明らかにするようにしている。

____________

そして、こういう「自責の枕詞」で会話を始めると、部下は不思議と言い訳をしない。むしろ「いえ、私もすみませんでした、、、」と自責の言葉を言ってくれることが多い。

上司が自責するから、部下も自責する。

心地よい瞬間。

____________

世の上司のみなさま。

ミス分析における部下との会話を、「私の責任ですが、、」で開始されることをおすすめします。
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同窓会とか忘年会で何を言うか

2024年12月23日 | リーダーシップ・コミュニケーション
【ちょっと毒を吐きます】

忘年会シーズン。

「一人一言、今年を振り返って」とか「来年の抱負を」とか、人前で何か言う、みたいな機会が与えられます。

そこで何を言うか。

いろんな人の「一言」を聴いていると、そこに人格というか識見というか能力が垣間見える。

独りよがりの、「自分語り」を延々とされても、、聴いていて何も面白くなく、酒不味くなるよ、とか、時間の無駄だよ、とか思ってしまう。

「人前で話す」ということは、人様の時間を奪うこと。
10人の前で3分話すということは、人様の人生を合計30分奪うこと。

そういう緊張感を持って、「聴いている人にVALUEを与える」気概を持って、話したいものである。

残念なのは、同窓会的に、何十年ぶりに会うのに、「息子の塾の成績が上がりまして、、、、テヘ」的に、なーーーーーーーーーーんにも面白くないことを言う人。

あぁ、この人は、「聴いている人にVALUEを与えよう」と思っていない。

今まで何十年、ずっと、周りを明るくしようとか、周りを幸せにしようとか思ってこなかったんだな。

そこまで私は思ってしまう。

私が掲げるインテグリティってのは、要するに「他者へのリスペクト」と表現できる。道徳も倫理も同じようなもの。

人前で喋るときに、聴いている相手にVALUEを与えようとしない、利己的な人、他者へのリスペクトがない人とは、私は距離を置くことにしています。

人脈にも新陳代謝が必要。
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「ありがとう」と「ごめんなさい」が言える人に

2024年12月10日 | リーダーシップ・コミュニケーション
「ありがとう」と「ごめんなさい」が言える人になれば、偏差値も学歴も収入も財産もなくていい。

「ありがとう」と「ごめんなさい」が言えなければ、偏差値や学歴や収入や財産はあっても意味なし。

恩知らずは「ありがとう」と言えない。
傲慢だと「ありがとう」と言えない。
「ありがとう」と言えないのは恥知らず。

他責する人は「ごめんなさい」と言えない。
プライド高い人は「ごめんなさい」と言えない。
傲慢な人は「ごめんなさい」と言えない。

ーーーーーー

あなたの嫌いなあの人は、きっと、「ありがとう」と「ごめんなさい」が言えない人。





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小善と大善

2024年12月07日 | リーダーシップ・コミュニケーション
小善は大悪に似たり こちら
大善は無慈悲に似たり

京セラ/JALの稲盛和夫さんが、盛和塾でよく言っていた。

経営者の部下に対する態度の文脈で。

厳しく指導するのも、愛情だよ、と。

私も一度、「無慈悲」に思われることを覚悟で、不正をした部下に厳しい態度を取ったことがある。

30年後くらいに、その部下が私の「大善」に気づいてくれればと期待して。いや、期待はおまけ。

部下が私の「大善」に気づこうが気づくまいが、私には関係ない。無慈悲に思われるかもしれない態度を取った。

それが「大善」だと信じていたから。

この言葉は忘れていた。思い出せないのでググった。また忘れないように、こうして改めてブログに書きとどめている。
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あきんど感覚を磨こう

2024年12月06日 | リーダーシップ・コミュニケーション
楽しい人生を送るためには。
ツキを呼び込むためには。
モテるためには。
売上を上げるためには。


あきんど感覚」を身につけよう。


「あきんど感覚」は、まず、人を喜ばせること。

まずいラーメンを食っても、「美味しかったです!」という。
ひどいことをされても、「ありがとう!」という。

バカになる。
バカになるのも人生の修行の一つ。

なんでも「修行」だと思う。

それが「あきんど感覚」。




いつも、冒険心を持って。


レールがないところに、自分で、レールを敷いていく。

いつもニコニコしている。
この「顔施」、実はとっても難しい修行。

私も最近、クライアントにクレームを言われても、笑って「ありがとうございます」が言えるようになってきた。



清水克衛さんは、江戸川区の「読書のすすめ」って本屋のオーナー。

この本屋には陽明学の本がたくさん置いてました!

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吉野弘『祝婚歌』  -正しさと美しさ

2024年12月04日 | リーダーシップ・コミュニケーション
昨日のインテグリティ研究会で、「正しさ」と「美しさ」の話題。

「正しさ」が危ういね、という文脈で、私と、もうひとりの方が、以下の吉野弘『祝婚歌』に言及していました。

~~~以下引用~~~


二人が睦まじくいるためには

愚かでいるほうがいい

立派過ぎないほうがいい

立派過ぎることは

長持ちしないことだと

気づいているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい

完璧なんて不自然なことだと

うそぶいているほうがいい

二人のうち どちらかが

ふざけているほうがいい

ずっこけているほうがいい

互いに非難することがあっても

非難できる資格が自分にあったかどうか

あとで疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは

少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは

相手を傷つけやすいものだと

気づいているほうがいい

立派でありたいとか

正しくありたいとかいう

無理な緊張には色目を使わず

ゆったりゆたかに

光を浴びているほうがいい

健康で風に吹かれながら

生きていることのなつかしさに

ふと胸が熱くなる

そんな日があってもいい

そしてなぜ 胸が熱くなるのか

黙っていてもふたりには

わかるのであってほしい

~~~引用終わり~~~

いい詩ですね。

正しさを言うときは、控えめに。

正しさを言うときは、相手を傷つけることを念頭に。

自戒を込めて。
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「おかめ」を見習って口角を上げる

2024年11月18日 | リーダーシップ・コミュニケーション
「おかめ」を見習って口角を上げる

先日、東京の湯島にある旧岩崎邸と脇の三菱史料館に行ったら、三菱財閥の祖・岩崎弥太郎が明治9年に「おかめ」を飾って、士族に「笑え」と訓示していたことを知りました。


三菱系のクライアントにインテグリティをお話することがあるのですが、私がよく言う「口角を2ミリ上げる」の文脈でこの「おかめ」のお話をしたら、刺さりそうです。

三菱系以外の皆さんのご参考にも!
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大阪同窓会幹事に礼状

2024年11月18日 | リーダーシップ・コミュニケーション
週末の同窓会@大阪の、幹事に礼状を認めました。

お礼は過剰に!
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卑怯な人への対処法 3つ

2024年11月17日 | リーダーシップ・コミュニケーション
卑怯な人にどう対処するか。卑怯な人ってのは、まあ嘘つきみたいな人。

感情的に戦うのは骨が折れる。かといって、卑怯者がのさばるのを赦してはならない。

だから、卑怯者への対処方法は、以下の3種があるのではないか:
1 スルーする(逃げる、引き下がる)
2 それが卑怯であることを紳士的に示す
3 その嘘の事実を争う(言い争いになる)

波風立てたくない派は1のスルー。でもこれでは卑怯者がのさばる。世直しできない。

かといって3で真正面から争っては、卑怯者とのバチバチの戦争が始まって、自分もストレス。人生の貴重な時間を卑怯者との戦争に費やすのは、、、

だから私は2を取ります。チクリと牽制する。私は君が卑怯な嘘つきであることがわかっていますよ、と暗に示す、みたいな。

これも結構気を使うんですが、、、こういう場面で「イエスならどうするだろう」なんて基準を使うことがある。
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三菱社員は「おかめ」に学べ

2024年11月15日 | リーダーシップ・コミュニケーション
湯島の三菱史料館に行ってきた。旧岩崎邸の脇にあったので、岩崎邸に行ったついでに。

「おかめ」の面があった。

氏族がムスッとしていては商売にならないので、おかめを見倣ってニコニコ笑え、という岩崎弥太郎の考え。明治9年。


私は日頃からインテグリティ研修で「アラフィフは顔面筋が重力に負けて、普通の顔をしていても若手から見ると不機嫌に見える。だから1ミリでも口角を上げて目尻を下げて」って言っている。

同じことを岩崎弥太郎が言っていたのですね。

三菱系社員は特に、財閥の祖・岩崎弥太郎の「おかめ」からすべからく学ぶべし。
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会話における2者

2024年11月01日 | リーダーシップ・コミュニケーション
会話において、特にビジネス会話においては、以下の2者がいる:

1 自分の価値(バリュー)を上げようとする人
2 相手にとって価値(バリュー)があることを言う人

もちろん、後者の2が望ましいのだが、案外、多くないように思われる。

むしろ多くの方が、1(自分の価値を上げよう)ではないだろうか。

  • 「あ、それ私も知っています」(知識の披露)
  • 「それについては私は別のこんなことも知っています」(同上)
  • 「私もそんな経験をしたことがあります」(経験値の披露)

こんな感じの会話。

ビジネスでは全く意味はない。

ビジネスでは、相手の求めることを言わないと。

私は、特にビジネスでは、頭の良さとは「相手の求めることを過不足なく伝える」能力だと思っている。「過不足なく」には、当然、礼節をわきまえていることも含まれる。

上記の意味で、ほんとうに頭のいい人は案外少ない。私の体感的にも、100人に1人かそれ以下のように思われる。

自戒を込めて。

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愛は、知の極点である

2024年10月28日 | リーダーシップ・コミュニケーション
執行草舟が、西田幾多郎から受け取った言葉。

西田幾多郎の著作の、膨大な思索から、執行草舟が受け取ったのが

愛は、知の極点である

という西田幾多郎の言葉。

ちょっと独特。
普通、西田幾多郎って言ったら、誰もが、「絶対矛盾的自己同一」云々を言う。

執行草舟は違う。

そう。

違っていい。

本を読むこと、コミュニケーションすること、というのは、何を受け取るか」。

送り手がAと伝えても、受け手がA’とかBだと「受け取った」ら、コミュニケーションされた内容は、B。コミュニケーションは受け手が主役。

執行草舟の本の読み方は、万事、そういう感じ。
「何が書かれているか」ではない。
「著者が何を伝えようとしているか」でもない。

「読者が何を受け取るか」が大事。

だから内容はわからなくてもいい。
内容はわからなくても、わからないなりに、読者が何かを「受け取る」ことがある。

全集とか稀覯(きこう)本を蔵書として持つ効果も、そこにある。
内容が重要なんじゃない、「その本がそこにあること」が何かを語りかける。

____________

人は誤解されるのではない。
理解される努力が足りないだけ。

世の中の「誤解」というのは、そう「受け取った」ということ。

何を受け取られていいように、どう受け取られてもいいように、慎重にコミュニケーションしたいですね。

人(や組織)は「どうあるか」より、
「どう見られるか」だったりする。


 
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つまらぬことでもありがたく聞け

2024年10月27日 | リーダーシップ・コミュニケーション
つまらぬことでもありがたく聞け。
できない部下がつまらないことを言ってきても、ありがたく我慢して聞け。

こんな「仕事のライフハック」的なことを、『葉隠』では問いている。

人の意見を申し候時は、益に立たぬ事にても、
かたじけなくと深く請け合ひ申すべきなり

私にいちばん苦手なことかもしれません、どんな人のどんな意見もありがたく拝聴するようにします!


 
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