今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

母が倒れた

2024年04月28日 | 身内

週末帰省して、母(94)との夕食を終えての夜9時過ぎ、1階の自室にいると、
ドーンという鈍いが大きな音が響いた。
家の前の道路で車が事故ったかと、窓の外を見たが、その気配がない。
屋外でないとすると音源は屋内となる。
自室内で何かが落下したかと見まわしても何もない。

さてはと、隣の母の部屋を覗くと室内は無人で、荷が落ちた形跡もない。
母はダイニングのある2階にいるようだ。
ダイニングは私の部屋の真上なので、そこが発信源だったと確信する。
2階で母が倒れたか。


2階に上がり、照明がついているダイニングに入ると、危惧した通り、母が床に仰向けに倒れていた。
両脚を伸し、両腕も体の側面にある、睡眠姿勢に近い。

急いで、母の顔を窺うと、意識があり、会話が可能(といっても発声は不明瞭〕。
後頭部が痛いという。
ということは、立位のままの姿勢で(崩れることなく)真後ろに頭から倒れたようだ。
さっきの音は、後頭部が床に叩きつけられた音だったのだ。

母はなぜこうなったのか記憶がないという。

倒れている母の足先には、椅子が背もたれをこちらに向けてきちんと置かれていて、
その椅子の上には、袋戸棚があって扉が開いている。
どうやら、高い所の戸棚の中の物を取り出すために、椅子に乗ろうとする前に、
急に意識を失ったようだ(扉だけなら椅子に乗らなくても開けられる)。
椅子に乗っていたら、もっとたいへんなことになっていた。

まずは母の頭の下に枕代わりのぬいぐるみを入れ、今の気分や後頭部以外の状態を尋ねた。
さらに脳梗塞既往者なので両手・両脚が動くか確認し、いずれも問題なかった。
意識があり(私の言うことも理解)、内的状態の異状も外傷もないのを確認して、
階上の弟一家に事態を知らせにいった。

彼らに今一度事態を説明し、弟がスマホで救急車を呼び、
その妻(義妹)が母の保険証・お薬手帳・診察券などの持ち物の準備をする。
倒れたまま(動かさない)の母は「救急車はいらない」と言ったが、
頭を打っているので、まずは脳内の精密検査が必要だと諭した
(実際、私も2010年に交通事故に遇った時、救急車で運ばれてまずは頭のCTスキャンを撮った→交通事故に遭う)。


やがて3名の救急隊員が室内にやってきて、母に問診をし、バイタルを測定する。
体温・心拍・血圧等に異状はないようだ。
見当識のチェックでは氏名と生年月日は答えられたが、今日の日付と曜日が答えられず、倒れる直前の記憶もない。
母のような老後生活者は職業人のように日付・曜日単位で生活していないので、
パッと曜日を答えるのはむずかしいかもしれない(私自身も日付はほとんど意識しない)。
そうこうしている間に、だんだん倒れる前の記憶が戻ってきた。
ただ、いつものめまいのように頭がふらつくなどの自覚症状がまったくないまま急に意識を失ったようだ。

救急隊員に玄関まで運ばれて、ストレッチャーに乗せられる。
同行する私に、義妹から母の荷物(靴も!)が渡される。

救急車内では、まずは搬送先の病院を探すのだが、
母の通院歴のある病院(診察カード参照)にはいずれもつながらず(あるいは救急担当医がいない)、
結局、受け容れ可能な、自宅からは少々遠く母には初めての順天堂病院に決まった。
母の同行としては3回目の救急車乗車(自分の搬送では過去2回)。

土曜夜ながら連休初日であるからか、ノンストップで病院に着いた。
さっそくストレッチャーのままER(救急救命室)に運ばれ、私は待ち合いの廊下で待機(必要書類に記入)。
時計を見たら午後11時。


深夜のER、私の横には若夫婦がいて、隣の診察室から赤ちゃんの激しい泣き声が響く。

書類を書き終え、手持ちぶさたになったので(読書できるタブレットは持参せず)、
般若心経と薬師如来の真言を唱える。
ERへの自動扉が開いたので、見ると、ストレッチャーに乗せられた母が、別室に運ばれる。
今から頭部のCTを撮るのだろう。

持参したのはスマホだけなので、暇つぶしに不要な写真を削除する(空き領域がかなり増えた)。
日付が換わって、午前1時近くになって、やっと私が呼ばれ、
ER室内のベッドで点滴を受けている母の所に案内された。

二人の若い医師が来て、検査結果を私に説明する。
まず、脳内に出血は見られないとのこと。
さらに、首から下の部位での大量出血が原因ともなるので、そちらも診たが出血はないとのこと。
言い換えると、今回の失神の直接原因は不明(ただしその原因となりうる重篤な状態ではない)。
自覚症状は後頭部の打撲だけで、そこも出血がないので、縫合措置など不要
(他に左前腕に出血部分があるが、痛みはない)。
ということで、入院は不要で、帰宅してよいという。
帰宅後、入浴はしないように。
明日は安静にしておいた方がいいかと尋ねると、普通に生活してよいという。


ということで、安心して帰宅する事にした。
といっても今は深夜2時になる。
弟に電話して、結果を報告し、ついでに車での迎えを頼んだが、すでに飲酒していたという。
この時間にタクシーを探すしかない。
そういえば今は、ネットでタクシーを探せるらしいがやったことがない。
とりあえずスマホにアプリをダウンロードした。

会計を済ませると(1割負担なので初診料含め5千円ちょい)、ありがたいことに病院の方でタクシーを手配してくれた。
やがてタクシーが来て(母は靴をはいて、乗るまで車椅子)、
深夜の空いた道を快走して2時過ぎに帰宅(深夜料金込みで2400円)

翌朝、母は予定通り、町会の集まりに出席し、
夜はこちらも予定通り義妹の誕生会を皆で祝うことができる。
私は本日は鎌倉に行く予定だったが、翌日に延ばした。


2016年に母が脳梗塞を発症したときも私が(旅行から帰った翌朝で)家にいて救急車に同乗した。→母が脳梗塞に
今回もたまたま私が帰省中に母が倒れて、その音を唯一聞いた私が真っ先に駆けつけることができた。
母の身体的不幸のたびに、その不幸を最小限にする幸運が私経由で作用する事に不思議さを感じる(これからも精進を重ねていく)。

追記:翌日、母は元気。ただし左前腕の傷の他、左胸脇に痛みが出て、さらに翌々日になって左下腿外側が内出血で腫れてきた。ということは、母はまっすぐ倒れたのではなく、左半身を食器棚類にぶつけて後、床に倒れたようだ。言い換えると、そのおかげで後頭部への衝撃は分散されたことになる(後頭部の瘤はその後縮小し、痛みもないという)。