少し前の千葉大学のリリースで、「感じられる時間の長さは、体験した出来事の数ではなく出来事を体験するための認知的負荷で決まっていた」というのがあった。
正確な理解ではないかもしれないが、同じだけの情報を提示されても、認識できなかったらないのと同じということだ。
実験では、指定されたターゲットを見つけるように指示された被験者は、ターゲットを見つけたときのほうが見落とした時よりも時間を長く感じたということだ(もちろん、時間は同じ)。
つまり、同じだけの情報を見ていても(目に入っていても)、何らかの認知負荷がかかっていたときのほうが時間を長く感じるということになる。
日常生活に引き寄せると、ぼんやりと眺めている時よりも、集中して細部まで確認している方が、同じ時間でも充実したと感じるということだろう。
リリースにもあるが、退屈な時間を短く感じさせる工夫を見つけるまで研究を続けてほしい。