わんわんず

日々のあれこれ、感じたこと考えたこと

あーあ

2008-09-30 | 宇宙開発

 ハッブル宇宙望遠鏡を修理するために予定されていたスペースシャトルのミッションが、ハッブル宇宙望遠鏡に新たな故障が発生したため、来年に延期されることになった。

 通常よりも高い軌道での作業を行うために、非常事態が起きた場合に備えて救助用のシャトルまで準備していたのに、残念なことだ。
 延期した打上げ時期にもシャトル2機体制をとるなら、ただでさえ予定回数をこなせない打上げスケジュールに大混乱が起きることは間違いない。一度セットした機材をシャトルを整備塔に戻した上で撤去し、別のミッションのための機材を積みなおすだけでも大変そうなのに、乗員の訓練スケジュールや打上げ可能な時間帯の再設定をするのは、不可能への挑戦みたいな状況になりそうだ。

 この状況だと、相当強く日本側がプッシュしないと、ISSのきぼうモジュールが完成しないんじゃないだろうか。

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ぶれることなく着実に

2008-09-29 | 宇宙開発

 中国の神舟7号での船外活動が成功した。今回の活動は、船外活動用の宇宙服を着てエアロックから外に出ただけといってもいい位だが、とにかく実際に人間が着用して宇宙空間で使用した実績を持つ宇宙服を作ったという技術は素直に評価しないといけない。

 現在の日本は無人での宇宙開発技術を開発の中心に据えている。有人宇宙開発は、ある意味、「人が行った」という以上の意味を持たないというのも現実だ。それなら、ある程度自立して活動できる探査機を先行して月や火星、小惑星に送り込んだり、さまざまな機能を持った人工衛星を打上げたほうが良いという判断だ。

 打上げコストが1グラム当たり数百ドルになることを考えると、装備を含めて100キログラム(生命維持のための設備と地上に帰るための設備を考慮すると1トン位になるかな)を超える人間を宇宙に送り込むというのは、短期にリターンを求められるようなプロジェクトでは成立し得ない。現在の中国は国威発揚と国民の統合の象徴を求めて軍人が活動している状況だ。

 隣国が有人宇宙開発に乗り出したとなれば、心が動かないはずが無い。しかし、例えば、月開発を始めるときに、何百人も作業員を月に送り込むことはできないので、自律して活動するロボットが求められることは間違いないだろう。
 ここは自分が持っている強みを信じて、着実に技術開発を続けることが大事だと思う。


 そうは言っても、有人は広報としてのインパクトが強いんだよね。

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信用不安

2008-09-28 | 社会・経済

 時事通信の9月26日付け配信で

信用不安で金貨大人気

という記事があった。記事によると、アメリカの造幣局でバファロー1オンス金貨(約31.1グラム)が人気急騰で在庫切れになったため、販売を一時停止しているということだ。ドルに対する信任が揺らいでいることの一つの証明かもしれない。

 ごく単純に言って現在の貨幣(不換紙幣)は交換可能性を互いに信用することで成り立っている。近い将来紙幣が通用しなくなると思えば、素材価値と額面価値が一致する金貨や銀貨を保有したくなるのが当然だ。

 信用不安というと銀行などの金融機関の経営危機というイメージで報道されることが多い気がするが、本当の問題は、今手にしている紙幣が突然通用しなくなるかもしれないという、通貨自体の信用が揺らいでいるということだ。
 もしそうなれば、金融恐慌となり、銀行を中心とする信用創造によって成り立っている近代経済は破綻してしまう。

 この記事は、記憶に留めておいたほうがいいかもしれない(単に笑い話になる可能性も高いのだが)。

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公人としての自覚は無いのか

2008-09-27 | 国際・政治

 新任の中山国土交通大臣が、「日教組を解体するための活動を始める」という趣旨の発言をして、さすがに辞任に追い込まれたようだ。

 日教組への好き嫌いは別にして、大臣が特定の民間団体を名指しで「解体すべきだ」と記者会見で述べるのは常軌を逸している。例えば、「政教分離の原則に反しているから、創価学会は解体されるべきだし、そのための運動の先頭に立ちたい」などと大臣が発言したら大騒動になるだろう。
 大臣が公の場で特定の団体を解体させると発言するということは、その団体が非合法団体であると明言するようなものだ。個人ならともかく、口にしたことは政策として実行するということが前提となる立場の者が口にするような言葉ではない。

 普通、地位が上がるにつれて自分の発言が及ぼす影響を考えて口が重くなるのが当たり前だと思っていた。どうやら自分の常識が通用しなくなっているようだ。

 さて、日教組解体に賛成の立場(と思われる)産経新聞はどんな記事を出すのだろうか。

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政治家の評価

2008-09-26 | 国際・政治

 先日発足した麻生内閣だが、さっそく「成田はゴネ得だ」、「日本は単一民族」、「大分県の子供の学力が低いのは日教組のせいだ」と発言した中山国土交通大臣が非難されている。ほとんど始めての記者会見だろうに、すぐに撤回や謝罪が必要な発言をするというのはどういう見識の持ち主なんだろうか。撤回すればいいと思っているのであれば、「綸言汗の如し」という言葉をちゃんと理解して欲しい。

 ところで、政治家でない一般人から見た政治家の評価というのは、何度も書いているように結果論なので、一生懸命努力しても結果が出なければ駄目だと思っている。これも何度も書いているけど、個別の法案に対する投票行動が明らかとならない日本の制度では評価のしようが無いと思ってもいるのだが。

 一方、政治家同士の評価というのはどうなっているのだろうか。閣僚として任命を受けるからには一定の成果なり能力を示しているからだろう。経験を積ませるために副大臣や政務官に任命するということはありえても、大臣となるからには担当分野の知識や組織運営などの手腕があると認められてのことと思う。

 国土交通省といえば巨大な組織だし、担当分野も広そうだ。そういうところの大臣にいきなり失言で国会運営に支障をきたしかねない人物が登用されるということは、善意で考えれば失言癖を補って余りある手腕の持ち主ということになるが、果たして。

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