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「私がおまえをあわれんでやったように、

2016年10月19日 15時26分59秒 | 聖書

おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか」(マタイ18:33)

王がAさんに6000億を貸していた。清算の時が来たが、Aは返済不能で、懇願するので、王はかわいそうに思い、赦し、借金の6000億を全額免除にした。

そのAが出て行くと、Aに100万の借金があるBに出会った。
Bも返済できず、Aに懇願した。もう少し待ってくれと。
しかし、Aは赦さず、Bを牢に投げ入れた。

心を痛めた仲間たちは、事の次第を王に報告した。
すると、王は怒って、Aに借金を全額返すまで投獄した。

せっかく免除された借金が、自分に負債のある者を赦さなかったばっかりに、返って来た。

免除された6000億は、そのままでなく、王が肩代わりし、その負債を負う事になるのだ。

何という王のあわれみだろう。測り知れない莫大なあわれみを受けているのに、人をあわれむ事ができない。

どこまでも自己中心で、これが人間の姿であり、罪の性質だ。
自分は神に赦されているのに、人を赦す事ができない。

二つの道がある。決して自分を変えないで、そういうものだと、誰でもそうだと、根に恨みと憎しみを持ったまま生きて行くか。

そうではなく、自分が変えられて、神に喜ばれる道、栄光が現される道へ向かうか。
岐路に立っているだろうか。自分にはできない。

しかし、神にはおできになる。
神は赦す力を与えて下さる。このままか、新たに信仰に前進するのか。
あなたの選択だ。
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私には出来なくても、神様には出来る。そう応答して行くことが信仰だ。
憎み続けることから解放して下さる神様を信じて、十字架を覚えて、変わって行けますように。

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