竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉雑記 色眼鏡 その卅五 もじり歌を楽しむ

2013年07月13日 | 万葉集 雑記
万葉雑記 色眼鏡 その卅五 もじり歌を楽しむ

 今回は「もじり歌」を楽しんで見たいと思います。
 あまり聞き慣れない言葉ではありますが、ここで「もじり」とは創作する文章や歌などの中にその話題について別の有名な言葉や句を取り込んだ、ある種の言葉遊びの一つと思って下さい。和歌の世界では古今和歌集の仮名序での次の文節がもじりの文章に相当し、この文節中には古今和歌集で取り上げた短歌十七首が組み込まれています。この状況をもじりと称することにします。似た技法では歌に物の名前を織り込む「物名」で分類される歌や特定の言葉の文字を隠し織り込む「折句」の歌があります。

折句の歌の参考;伊勢物語東下「かきつばた」の歌
から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞ思ふ

 そうした時、仮名序に「もじりの文章」が存在するなら、時に和歌自体にも「もじりの歌」が存在するのではないでしょうか。今回はこのような観点から万葉集を楽しんでいます。なお、もじり歌の最高傑作は万葉集では「竹取翁の歌」であり、古今和歌集では「ふるうたたてまつりし時のもくろくの、そのながうた」ですが、これは別途、ここのブログ「原万葉集を考察する『奈弖之故』編」と「竹取翁の歌を鑑賞する」で紹介していますので、ここでの紹介は割愛しています。
 最初に、その文章での「もじり」を古今和歌集仮名序から楽しんで見て下さい。

今の世の中 色につき人の心花になりにけるより あだなる歌 はかなき言のみいでくれば 色好みの家に 埋れ木の人知れぬこととなりて まめなるところには 花すすき穂にいだすべきことにもあらずなりにたり
その初めを思へば かかるべくなむあらぬ いにしへの世々の帝 春の花のあした 秋の月の夜ごとにさぶらふ人々をめして 事につけつつ歌をたてまつらしめたまふ
あるは花をそふとてたよりなき所にまどひ あるは月を思ふとてしるべなき闇にたどれる心々を見たまひて さかしおろかなりと知ろしめしけむ しかあるのみにあらず さざれ石にたとへ(01) 筑波山にかけて君を願ひ(02) 喜び身に過ぎ 楽しび心に余り(03) 富士の煙によそへて人をこひ(04) 松虫のねに友をしのび(05) 高砂 住の江の松もあひ生ひのやうにおぼえ(06) 男山の昔を思ひいでて(07) 女郎花の一時をくねるにも歌をいひてぞなぐさめける(08)
また春のあしたに花の散るを見 秋の夕ぐれに木の葉の落つるを聞き あるは年ごとに鏡の影に見ゆる雪と浪とを嘆き(09) 草の露水の泡を見てわが身をおどろき(10) あるは昨日は栄えおごりて時を失ひ世にわび 親しかりしもうとくなり あるは松山の浪をかけ(11) 野なかの水をくみ(12) 秋萩の下葉を眺め(13) 暁のしぎの羽がきを数へ(14) あるはくれ竹のうき節を人に言ひ(15) 吉野川をひきて世の中をうらみきつるに(16) 今は富士の山も煙たたずなり 長柄の橋も造るなり(17)と聞く人は歌にのみぞ心をなぐさめける
いにしへよりかく伝はるうちにも奈良の御時よりぞ広まりにける かの御代や歌の心を知ろしめしたりけむ

01 歌番343 わか君は千世にやちよにさざれいしのいはほとなりてこけのむすまて
02 歌番1095 つくはねのこのもかのもに影はあれど君かみかけにますかけはなし
03 歌番865 うれしきをなににつつまむ唐衣たもとゆたかにたてといはましを
04 歌番534 人しれぬ思ひをつねにするかなるふしの山こそわか身なりけれ
05 歌番200 君しのふ草にやつるるふるさとは松虫のねそかなしかりける
06 歌番909 誰をかもしる人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに
07 歌番889 今こそあれ我も昔はをとこ山さかゆく時も有りこしものを
08 歌番1016 秋ののになまめきたてるをみなへしあなかしかまし花もひと時
09 歌番460 うはたまのわかくろかみやかはるらむ鏡の影にふれるしらゆき
10 歌番827 うきなからけぬるあわともなりななむ流れてとたにたのまれぬ身は
11 歌番1093 君をおきてあたし心をわかもたはすゑの松山浪もこえなむ
12 歌番887 いにしへの野中のし水ぬるけれと本の心をしる人そくむ
13 歌番220 あきはきのしたは色つく今よりやひとりある人のいねかてにする
14 歌番761 暁のしきのはねかきももはかき君かこぬ夜は我そかすかく
15 歌番957 今更になにおひいつらむ竹のこのうきふししけき世とはしらすや
16 歌番828 流れては妹背の山のなかにおつるよしのの河のよしや世中
17 歌番1051 なにはなるなからのはしもつくるなり今はわか身をなににたとへむ

 一般に歌や文章に、これは「もじり」ですとは示していません。歌や文章を鑑賞する者が「もじり」か、どうかを判断し、それを楽しみます。また、すでに色々と紹介しましたが、文学的には本歌取、見立、掛詞などの技法の成立は古今和歌集以降であるとの暗黙の了解があり、本末転倒ですが万葉集にもそのような技法が見られるものもあると云う態度を取ります。つまり、仮名序の文節にもじりの技法があるからと云って、万葉集にその技法が遡ると云うことにはならないようです。
 その立場で万葉集の歌を鑑賞したものを先に紹介し、その後に今回の本題である「もじり歌」の可能性で解釈したものを紹介しようと思います。原文は例によって西本願寺本のものを使っていますので校本万葉集とは、若干、違いがあります。
 では、その「もじり歌」と思われる丹比国人が詠う筑波岳の歌を紹介します。紹介は、最初に原文、次に訓読み、その後に標準的な解釈である意訳文を集英社文庫の萬葉集から致します。

筑波岳丹比真人國人作謌一首并短謌
標訓 筑波の岳に登りて丹比真人國人の作れる歌一首并せて短歌
集歌382 鷄之鳴 東國尓 高山者 佐波尓雖有 明神之 貴山乃 儕立乃 見果石山跡 神代従 人之言嗣 國見為 筑羽乃山矣 冬木成 時敷跡 不見而徃者 益而戀石見 雪消為 山道尚矣 名積叙吾来前一
訓読 鶏(とり)し鳴く 東(あずま)し国に 高山(たかやま)は 多(さは)にあれども 明(あき)つ神し 貴(たふと)き山の 朋(とも)立ちの 見かほし磐山と 神代(かみよ)より 人し言(こと)継ぎ 国見する 筑波の山を 冬木なし 時しきと 見ずて行かば まして恋しみ 雪消(ゆきげ)なす 山道すらを なづみぞ吾が来めつ

標準的な意訳文(伊藤博「萬葉集」釋注二より引用)
ここ東の国に高い山はたくさんある、だが、中でとりわけ、男神と女神のいます貴い山で二つの嶺の並び立つさまが心をひきつける山と、神代の昔から人びとが言い伝え、春ごとに国見の行なわれてきた筑波の山よ、その山を今はまだ冬でその時期でないからと国見をしないで行ってしまったなら、これまで以上に恋しさばかりがつのるであろうと、雪解けのぬかるんだ山道なのに、苦労しながら私はやっと今この頂までやって来た。

伊藤博「萬葉集」釋注では、この意訳文に次いで歌の解説があります。解説から標準的な解釈が判ると思いますので、今回はそんなに大分ではありませんからあまり省略をせずに紹介いたします。

難渋しながら登ったとうたうのは、裏から筑波山をほめたことになる。そして歌は、多くの物の中から一つを取り出して強調する讃歌の型も踏んでいる。しかし、裏からの讃美は、表から迫るのには及ばない。ここには筑波山がどんな山かの描写がなく、作者の気持だけが先走っている。赤人の富士の歌(三一七~八)と比較すれば、その風格の差は大きい。
なお、この長反歌の用字には「田辺福麻呂集」の歌と共通するものが目立つという指摘がなされている。

 丹比国人が詠う筑波岳の歌について、伊藤博氏はこのように解釈・解説されています。意訳文や解説から判明するように伊藤博氏は歌を純粋に地方の国誉め歌と解釈しています。その立場での赤人と国人との比較を述べられています。参考として以下に紹介する赤人の富士山の歌を見て貰えば一目瞭然ですが、確かに山容を誉めるという点では赤人の富士山の歌と国人の筑波山の歌では雰囲気も風格も違います。伊藤博氏の評論はその論点や鑑賞の立つ場所からはもっともな事だと思います。

参考として掲載;
山部宿祢赤人望不盡山謌一首并短謌
標訓 山部宿祢赤人の不盡山(ふじのやま)を望める謌一首并せて短謌
集歌317 天地之 分時従 神左備手 高貴寸 駿河有 布士能高嶺乎 天原 振放見者 度日之 陰毛隠比 照月乃 光毛不見 白雲母 伊去波伐加利 時自久曽 雪者落家留 語告 言継将徃 不盡能高嶺者
訓読 天地し 別れし時ゆ 神さびて 高し貴(たふと)き 駿河なる 布士(ふじ)の高嶺(たかね)を 天つ原 振り放(さ)け見れば 渡る日し 影も隠(かく)らひ 照し月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくぞ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不尽(ふじ)の高嶺は
私訳 天と地とが別れた時から、神として高く貴く駿河にある富士の高き嶺を、天にある河原を振り仰いで見るように見ると、空を渡る太陽の光も高き嶺に隠れ、夜に照る月の光も遮られ見えず、白雲も流れ逝くのをためらい留まり、季節を限らず雪は降っている。語り継ぎ、言い伝えていきましょう。富士の高き嶺のことを。

 伊藤博氏は丹比国人が詠うこの歌に対し、引用ながらも田辺福麻呂集の歌と共通するものがあると認めています。その田辺福麻呂は柿本人麻呂の歌風の継承者とも評価される人物で、その作品には人麻呂時代の匂いがあります。伊藤博氏は丹比国人が詠うこの歌にはそのような田辺福麻呂の歌風の匂いがすると指摘します。
 ここではそのような柿本人麻呂時代の匂いがすると云う感覚を尊重し、歌の発声での詠みではなく、記述された表記に注目して歌を見直してみます。例として、「益而戀石見」と云う表現は訓読み万葉集では「益して恋しみ」と翻訳され、それを元に研究します。しかし、表記は「恋 石見」と云うものです。真剣な万葉集研究者が指摘する「田辺福麻呂集の歌と共通」であるとか、「柿本人麻呂時代の匂い」とは、この記述スタイルを示していますから、訓読み万葉集をベースにする人々には未知の領域です。そのような一般には未知の領域から、想定する「もじり」を下に鑑賞したものを次に示します。

集歌382 鷄之鳴 東國尓 高山者 佐波尓雖有 明神之 貴山乃 儕立乃 見果石山跡 神代従 人之言嗣 國見為 筑羽乃山矣 冬木成 時敷跡 不見而徃者 益而戀石見 雪消為 山道尚矣 名積叙吾来前一

訓読 鶏(とり)し鳴く 東(あずま)し国に 高山(たかやま)は 多(さは)にあれども 明(あき)つ神し 貴(たふと)き山の 朋(とも)立ちの 見かほし磐山と 神代(かみよ)より 人し言(こと)継ぎ 国見なす 筑波の山を 冬木なし 時しきと 見ずて行かば まして恋しみ 雪消(ゆきげ)なす 山道すらを なづみぞ吾が来めつ

私訳 高市皇子の挽歌の「鶏が鳴く吾妻」の東の国に、天智天皇の「高山」のような高き山は、数多くあるけれど、持統天皇の「吉野宮の御幸」で詠う神に相応しい、明つ神の貴い歌の山々の、その並び立つ姿のいつも眺めたい磐山と、神代の昔から人々が言い伝えて、舒明天皇の「国見」の歌から大伴旅人の「筑波」の歌までの歌々を、額田王の「春秋競の歌」で詠う冬籠るように、天武天皇の「三芳野」の歌の「時無く間無い」ように、今は時勢が悪いと返り見なくなってしまったら、きっと、人麻呂の「戀しい石見」のように後にそれらの歌々が恋しくなる。時勢の風向きが変わり大和歌への障害が雪解けし、その雪解けの山道を苦労して登るように、貴い歌の山々にどうにか私は登ってきた。

反謌
集歌383 築羽根矣 卌耳見乍 有金手 雪消乃道矣 名積来有鴨
訓読 筑波嶺(つくばね)を外(よそ)のみ見つつありかねて雪消(ゆきげ)の道をなづみ来あるかも
私訳 筑波の嶺の歌を、私には関係ないとそのままにしておくことが出来なくて、雪解けの山道を苦労して登るように貴い歌の山にどうにか私はたどり着くでしょうか。
注意 原文の「卌耳見乍」の「卌」は「四十」ですので「ヨ+ソ」と訓みます。

 ご存じのように武士(つわもの)から見ると東国は東海から東の地方、主に関東地方をイメージします。他方、文学分野では聖徳太子の遣隋使の国書に記すように、漢詩の詩歌(例えば懐風藻)が西国の日の沈む国である大唐のものに対して、和歌(例えば万葉集)は東国、日の出る国の日の本のものです。
 そうした時、万葉の時代、和歌の世界には二大巨頭が居ました。その一人が柿本人麻呂、もう一人が大伴旅人です。大伴家持でも山部赤人でもありません。大伴旅人です。人麻呂は漢字の持つ表語文字の力を最大限に活用し漢語と万葉仮名での和歌の世界を完璧に作り上げました。その余りに完璧に完成された漢語と万葉仮名での和歌の世界は「人麻呂のくびき」に近い状態の下、人々が和歌を詠むことが非常に困難な状況に陥りました。人麻呂の「表記する和歌」は、人麻呂に始まり、人麻呂に終わるに近い状況でした。その状況を打破したのが大伴旅人です。旅人は万葉仮名の三十一文字を使い、言葉に発する歌をそのままに表記することを提案し、実践しました。この旅人の実践から人麻呂により漢詩以上に高度となった和歌は、今一度、大衆の下へと取り戻しました。万葉集の常体歌が人麻呂の作り上げた最終形ならば、古今和歌集の変体仮名表記の歌は旅人の作り上げた歌の最終形となります。その二人の巨頭を丹比国人は「鶏し鳴く 東し国に 高山は 多にあれども 明つ神し 貴き山の 朋立ちの 見かほし磐山」と、万葉集巻一と二の歌を引用する形で譬えました。そして、反歌では丹比国人は、その二人の巨頭である人麻呂と旅人の詠う歌の境地にどうにか辿りつくことが出来たのではないかと詠い挙げます。
 丹比国人の詠う筑波岳の歌は、原万葉集を編纂する時の編者の気構えを示すものと思われます。万葉集を編纂する時、もし、対象とする事柄、人物に対し歌が不足することがあるならば、二人の巨頭と同じ歌の境地に立ち、編集の力で、その不足を補うとものです。
 この丹比国人の原万葉集編纂の心構えと編纂方針があるため、時に歌の標と歌自体とが一致しないものが現れますし、水難事故死したと思われる柿本人麻呂に辞世の歌が存在するのです。今回は原万葉集 奈弖之故のものと時期を同じくしましたので、奈弖之故の方にもご来場頂き、説明不足を補って頂ければ幸いです。
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