~ それでも世界は希望の糸を紡ぐ ~

早川太海、人と自然から様々な教えを頂きながら
つまずきつつ・・迷いつつ・・
作曲の道を歩いております。

我が力にて非ず

2023-12-24 16:30:55 | 日常
先日《12月22日》は “ 冬至 ” でした。
“ 陰 ” 極まり “ 陽 ” へと「復(か)へり来る」を以て、
「一陽来復」。

“ イチヨウライフク ”

いい響きですよね。

関東在住時、師走に入ると訪れたのは、
早稲田の地に歴史を刻む穴八幡宮(あなはちまんぐう)。
そこで授けられる「一陽来復」のお守りを、
冬至の夜中、午前零時、
定めれられた場所に定められた方角へ向け、
定められた方法で貼り掲げることを、
年の瀬の行事としていたことを、
懐かしく思い出します。

隣接する放生寺(ほうしょうじ)は、
400年近い歴史を持つ高野山真言宗の名刹。
穴八幡宮の別当寺(神社を管理する寺)として創建され、
本尊は聖観世音菩薩であります。

この放生寺で受ける御守りは、
暦名「一陽来復」の「復」に、
観音経に顕われる一説、

“ 福聚海無量(ふくじゅかいむりょう)”

の「福」を当てて、
「一陽来 “ 福 ” 」と記されています。

御承知置きの通り、
地球の自転軸(地軸)は、
公転面に対して約23.4度の傾きを持ちます。
その傾斜が影響して、
公転周期365日という流れの中では、
地球の球面上において、
太陽に近くなる場所、遠くなる場所が生まれ、
そこに生じる寒暖の差が春夏秋冬の巡りを生み、
また地軸の傾斜により、
北半球と南半球の季節は真逆になります。

北半球では、太陽から遠ざかり続けた地軸が、
冬至の日を境として今度は太陽に近づくため、
日照時間が伸びてゆきます。

こうした天体の運行に想いを馳せておりますと、
「一陽来復」といい「一陽来福」といい、
そこには、
地軸傾斜角23.4度で公転する地球の動きと、
それに伴う天文事象が秘められていることに気付かされます。

                 

奉職する学び舎では2学期が終了しました。
2学期は体育祭・文化祭・合唱コンクール等々、
行事が多かった為なのか、
学期中は時間の流れが遅くも感じられましたが、
終わってみれば、アッという間の3ヶ月半。

4月に入職して以来、
人生初の業務内容に戸惑いながらの日々でありました。
気持ちだけは若く在ろう・・・そう思っていても、
そこは「寄る年波」で、体調不良の折などは、
周囲に迷惑をかけぬよう振る舞うのが精一杯。
殊に学期末の1週間は発熱こそ抑え得たものの、
風邪の諸症状に責め立てられ、
這うようにして登下校するような具合でありました。

いま年の瀬を迎え、この特異な1年を振り返り、
念頭に浮かぶ言葉は、唯ひとつ、

“ 我が力にて非ず ”

これに尽きます。

かつて関東在住時、住まいする千葉県市川市から、
成田山新勝寺へ向けて敢行した成田街道の徒歩修行。
いや “ 修行 ” と呼ぶほどのことではないのですが、
なにせ短い足ゆえに10時間ほどかかるわけで、
成田山新勝寺の門前町が目に入る度、
必ず思われたのが、

“ わがちからにてあらず ”

この一語でありました。
「我が力」とは「自力」の意。
「自力に非ず」という以上、それは「他からの力」、
いわゆる「他力」。

自分の力で歩けたわけでは無いことを、
毎度、心の底から感じたのでありました。
要は、

「おかげさま」

ということであります。
古来、日本人は、
自身の背後、もしくは世界の背後、
つまりは「陰(かげ)」「影(かげ)」で働いている、
何らかの力や働きに「御」を冠した上、
さらに「様」を付与して、

「御陰様」

と尊び敬ってきました。

「御陰様」とは「他力」のこと。
しかし、この「他力」なるものは、
何も神仏の力だけを意味するものではないはず。
むしろ、
他者から差し伸べられる有形無形の支援、
言葉の支援、まなざしの支援、気遣いの支援等々、
他者から授かる数え切れない支援・恩恵こそが、
「他力」であり「御陰様」と申せましょう。

その意味において、この1年は、
「他力」に支えられ、
「御陰様」に救われた日々であり、

“ 我が力にて非ず ”

を実感する1年でありました。

                 

当ブログ、
「それでも世界は希望の糸を紡ぐ」は、
早川が日々に感じたことを、
ただ何となく綴っているだけのもの。

それでも訪れて下さる方がおられるとしたら、
望外の喜びであり、それも又、

“ 我が力にて非ず ”

と心より感謝を申し上げます。
ありがとうございました。
本年の更新は本日までとし、
次回は年明け1月7日(日)とさせて頂きます。


“ Warmth ”
~ 赤龍、宝珠を抱きて来る年を想う ~

皆様、どうぞ良いお年をお迎え下さい!


               








心の音域

2023-12-17 15:55:22 | 音楽関係
昨日《12月16日》は、
L.V.ベートーヴェン(1770~1827)の誕生日とされています。
「・・・とされています」と書きましたが、
“ 12月17日に洗礼を受けた ” という記録しかなく、
当時のドイツにおける出生と洗礼の慣習に照らして、
おそらく前日に生まれたのではないか?
という説が 有力なのだそうです。

ベートーヴェンが活躍していた時代、

未だ “ 88鍵 ” のピアノは存在していませんでした。

大師匠が30代前半の頃、
パリのピアノ製作者S.エラール(1752~1831)から、
“ 68鍵 ” のピアノを贈られ、このピアノを使って、
「ワルドシュタイン」「熱情」等の中期傑作群を生み、
40代後半の頃、ブロードウッド社から、
“ 73鍵 ” のピアノを贈られ、このピアノで、
「ハンマークラヴィーア」他の後期ソナタ群を創作。
(参考書籍:笠原潔「西洋音楽の歴史」/放送大学教材)

その時々に開発される新しい楽器から刺激を受け、
新しい楽器により拡がる音域を駆使して、
作曲に取り組んでいた大師匠の姿が浮かんできます。

晩年、
ウィーンのピアノ製作者C.グラーフ(1782~1851)から、
“ 78鍵 ” のピアノを贈られましたが、
既に病状が進んでいたものか、
ほとんど使われなかったようです。

“ 88鍵 ” のピアノが制作されたのは、
大師匠が旅立ってから約70年を経た、
1890年頃と謂われています。

もしも “ 88鍵 ” のピアノを使っていたら、
時の彼方の大師匠・・・、
どんな作品を生み出していたのだろうか?
などと思わぬでもありませんが、
それにしても、わずか “ 20鍵 ” 、
音域にして約 1オクターヴ半を拡張するのに、
およそ百年の歳月がかかったということで、
長きに亘る工夫や試行錯誤が必要だったんですねぇ。

                 

毎日、色々な方とお会いしておりますと、
人間の内界にも、
ある種の “ 霊的ピアノ ” が宿っていると、
そのような思いを抱くことがあります。

器量や度量が大きい方、懐の深い方、
押しなべて寛容寛大な方というのは、
その方の内界に在る “ 霊的ピアノ ” が司る音域、
言うなれば「心の音域」とでも申しましょうか、
その音域がとても広いように感じます。

職場でお世話になる或る方などは、
その鍵盤数 “12000鍵 ” なのではと思わせるほど。
“12000鍵 ” とは “1000オクターヴ ” 、
時に高く、時に低く奏でられる、
その音域の広いこと広いこと。

顧みて我が「心の音域」はどうか?
いや狭いこと狭いこと・・・。


“ Smiling Dragon Ⅰ ”
~ 笑龍 其の一 ~

皆様、良き日々でありますように!


               







「水の巻」より

2023-12-10 17:22:26 | 
本日(2023年12月10日)は、
用あって名古屋駅へ行ってまいりました。
名古屋駅および駅周辺の商業施設は、

クリスマス一色であります。


名古屋JRタカシマヤ前のクリスマスツリー

写真左手に見えるエスカレーターで2階に上がり、


そこから眺めますと、こんな感じ。



こちらは名鉄百貨店入り口の、

“ ナナちゃん ” 人形。

                 

宮本武蔵(1584~1645)が記した「五輪書」。
地・水・火・風・空、
森羅万象を生成する五つの輪(要素)になぞらえて、
剣の心と技を説いたものですが、
特に熱量の高い章が「水の巻」とも謂われます。

「水の巻」冒頭、

『兵法二天一流の心、水を本として、
 利方の法をおこなふによって水の巻として、
 一流の太刀筋、此書に書顕すもの也』
(宮本武蔵「五輪書」/ 解説:神子侃 / 徳間出版)

二天一流の兵法は、
水の心に習い、水の動きを研究し、
水の在り方を手本としていると、
武蔵自身が語っているのであります。

その「水の巻」には “ 太刀の持やうの事 ” 、
つまり “ 刀の握り方 ” について記載があり、
そこには、

『惣而 太刀にても、手にても、
 いつくとゆふ事をきらふ。
 いつくはしぬる手也。
 いつかざるはいきる手也。
 能々心得べきもの也。』

上掲引用元書籍の解説者:神子侃氏は、

『すべて太刀のうごきにせよ、
 手のもち方にせよ、
 固定してしまってはならない。
 “ 固定 ” は “ 死 ” であり、
 “ 固定せぬこと ” が “ 生 ” である。
 これを十分に心得るように。』

と現代語に訳された上で、
以下のように明察されています。

『物事は、変化し、発展することによって価値がある。
 国家も、企業も、個人も、進歩をとめた時、
 それは死滅を意味する。
 流れる水はくさらない。
 武蔵が短い言葉で、
 生成発展の理を説き明かしたことは、
 おどろくほど新鮮である。』

『流れる水はくさらない』

という辺りが、
水の在り方を旨とする二天一流の心なのかも知れません。

とかく世の中は、
「落ち着いた性格」「落ち着いた言動」
「落ち着いた振る舞い」「落ち着いた生活」、
総じて「落ち着いた人」が尊ばれます。
只、見方を変えますと、
「落ち着き」とは、
地面に落ち、そこに固着固定することでもあり、
武蔵の言葉を借りれば、

「いつく」

ことにもなりかねません。

『いつくは死ぬるなり。
 いつかざるは生きるなり。』

「いい加減、もう少し落ち着いたらどうだ」
「いい年をして、まだそんな夢をみてるのか」
「そんな浮き草人生でどうする」

そうした言葉を投げかけられる向きも多いかと思います。
早川もその一人。

いささか自己弁護に傾くようで恐縮ですが、
落ち着かないとか、
いい年してフワフワしているというのは、
良くも悪くも変化し続けられること、
流れ続けられることであり、
案外「いつかざる」に通じているのかも。

『いつくは死ぬるなり。
 いつかざるは生きるなり。』

生きてまいりましょう。


“ Dance of the Dragon Ⅲ ”
~ 龍神舞踊 其の三 ~

皆様、良き日々でありますように!


               









黒金で・・・

2023-12-03 15:36:40 | 日常
鷺(サギ)は警戒心が強く、

中々近づけません。

                 

サンプル音源の「ダウンロード版」購入など、
少しも苦にならないという方々がほとんどでありましょうが、
私にとりましては、これが “ ひと苦労 ” 。

実は先程、

“ 今ならまだ間に合います!
 黒金!BLACK FRIDAY 特価56%引き ”

の文言に誘われるまま、
海外製のエスニック音源をポチリ。

そこからの購入手続きと製品認証、
二つの会社でのマイページ作成、
アクティベーションに必要なコード番号を含む、
英文メールのやり取り、
圧縮ファイル解凍ソフトのダウンロード、
レジストレーションの実行、
インストールに必要な数々の工程等、

細かく数え上げれば、おそらくは、
50ステップを越える手続き作業が求められ、
未だに作業を完了することが出来ていません。

いや待てよ、
確か去年も同じ思いをしたはず。

これくらいのことに四苦八苦する、
我が身が情けない・・・というわけで、
このあと作業続行であります。


“ OBORO Ⅱ ” ~ 朧 其の二

皆様、良き日々でありますように!