何年か前に授かった御札を納めるべく、
秋葉山 圓通寺(あきばさん えんつうじ)を参拝しました。
圓通寺は、
熱田神宮・東門から南へすぐの場所。
こちらは圓通寺境内に建つ、
十一面観世音菩薩を祀る御堂。
こちらの御堂には弁財天が祀られています。
久しぶりに圓通寺を訪れましたところ、境内の一角には、
新しく毘沙門天像が祀られていました。
幡(のぼり旗)に記された奉安日から察するに、
昨年(令和3年)末頃に鎮座されたものと思われます。
毘沙門天王は、寅年に所縁のある尊格なので、
もしかしたら本年(令和4年)の干支、
壬寅(みずのえとら)を迎えるにあたっての記念事業として、
発願造立されたものなのかも知れません。
近くに寄りますと、こういった感じ。
『毘沙門天王 功徳経』には、毘沙門天の姿は、
「右手に宝珠棒を執り、左手に宝塔を捧げ持つ」とありますが、
こちらの尊像は、右手に三叉戟(さんさげき)を執るという、
巷間流布するスタイルで造られています。
幡には、毘沙門 “ 尊天 ” と染め抜かれていますが、
“ 尊天 ” と聞きますと、早川にとりましては何を措いても、
洛北・鞍馬山に鎮座する鞍馬寺の “ 尊天 ” であります。
鞍馬寺では、
千手観世音菩薩・毘沙門天・護法魔王尊、の三尊を融合し、
《 三身一体 “ 尊天 ” 》
として祀っておられます。
早川は20代前半から鞍馬寺に詣でるようになって以来幾星霜、
ここ数年は組織勤めに明け暮れ、足も遠のいておりますが、
“ エア参拝 ” とでも申しましょうか、ともすると、
心は鞍馬・貴船の地を彷徨っているような次第であります。
当ブログでは、何度も書かせて頂いております事ながら、
鞍馬寺に纏わる最も有名な伝説と言えば、以下の二説。
一つは、
今を去る “ 650万年前 ” 現在の鞍馬寺・奥之院所在地に、
金星から護法魔王尊が降臨、今なお奥之院の地下世界にて、
人類救済に向け御修行中・・・というもの。
もう一つは、
鞍馬寺に預けられた牛若丸、後の源義経(1159~1189)に、
鞍馬山に棲む “ 天狗 ” が剣法等の武術を教え授けたというもの。
以上二説のうち前説は、ほとんど “ MARVEL ” の世界。
護法魔王尊降臨伝説が醸成された経緯は複雑で、
筆力の乏しい早川が軽々に論じられるものではありませんが、
鞍馬寺に祀られている護法魔王尊の尊像は “ 天狗 ” の姿。
後説は源義経という歴史上の実在人物を巡る伝説ながら、
気になるのは、やはり “ 天狗 ” なる存在でありましょう。
かくの如く現実と夢幻とが壮大なスケールで融け合う “ 場 ” 、
それが鞍馬山であり、人々を再生へと導く霊山の一つと心得ます。
話を元に戻しまして秋葉山 圓通寺。
この寺院の御本尊 “ 秋葉権現 ” なる尊格は、
古来、火伏せ・火難除けに霊験ありとされてきました。
海外の石造り建築と違い、わが邦は長きに亘り、木と紙の家屋。
現実的な防火対策と共に、火防祈願は必須であったことから、
“ 秋葉権現 ” は広く信仰されてきた歴史があり、東京の電気街・
秋葉原の地名も “ 秋葉権現 ” に由来するものと伝わります。
では、この “ 秋葉権現 ” の姿たるや如何に?
既に御承知置きのこととは存じますが、
これが “ 天狗 ” なのであります。
とは言え、世に「権現(ごんげん)」と称される存在は、
その名の通り「権(かり)に現れた」ことを意味します。
つまり “ 秋葉権現 ” イコール “ 天狗 ” ではなく、
何者かが「権(かり)」に “ 天狗 ” の姿として「現」れたのが、
“ 秋葉権現 ” ということであります。
では、その「何者か」とは果たして誰なのであり、
“ 秋葉権現 ” と称されはするものの、
“ 天狗 ” にしか見えない尊格の正体とは一体誰のことなのか?
それが、
“ 不動明王 ” なのであります。
現代においては、
「あいつさぁ、ちょっと売れたからって、
最近 “ 天狗 ” になってるよね・・・」
という風に、
高慢な人間の代名詞とされる “ 天狗 ” ですが、
それはあくまでも “ 天狗 ” の面相で特徴的な長い鼻と、
得意げな様子を表す「鼻たかだか」という言葉とが、
後世において掛け合わされたまでのこと。
“ 天狗 ” の性格が高慢であるとするのは誤解でありましょう。
むしろ信仰・伝説・民話等々から浮かび上がってくるのは、
「天狗さま」「天狗どの」と慕われ親しまれてきた歴史。
“ 天狗 ” として現れる秋葉権現の姿で、共通する特徴は概ね二つ。
一つは、
右手に剣を執り、左手に羂索(けんさく、けんじゃく)を持つ、
というもので、これはまさしく不動明王の姿に他なりません。
もう一つは、背中に大きな翼を生やす、というもので、
この大きな翼は、どこか西欧の天使の翼を彷彿とさせます。
天使の造形が東へと伝わり、古代インド発祥の不動明王と融合。
“ 天狗 ” 仕様の秋葉権現は、日本の修験道において果たされた、
天使と不動明王との “ ハイブリッド尊格 ” ・・・、
などと申しては叱られもしましょうが、
鞍馬寺の護法魔王尊といい、圓通寺の秋葉権現といい、
“ 天狗 ” という異形の尊格には、
遥か遠い場所、遠い次元の響きを聴く思いがしてなりません。
さて秋葉山 圓通寺を後に致しまして、
こちらも久しぶりの熱田神宮へ。
弘法大師・空海上人(774~835)が植えたとされる大楠。
本日は、この角度から。
ふと気配を感じ、視線を転じてみれば、
いらっしゃいました・・・熱田の霊鳥。
皆様、良き日々でありますように!
秋葉山 圓通寺(あきばさん えんつうじ)を参拝しました。
圓通寺は、
熱田神宮・東門から南へすぐの場所。
こちらは圓通寺境内に建つ、
十一面観世音菩薩を祀る御堂。
こちらの御堂には弁財天が祀られています。
久しぶりに圓通寺を訪れましたところ、境内の一角には、
新しく毘沙門天像が祀られていました。
幡(のぼり旗)に記された奉安日から察するに、
昨年(令和3年)末頃に鎮座されたものと思われます。
毘沙門天王は、寅年に所縁のある尊格なので、
もしかしたら本年(令和4年)の干支、
壬寅(みずのえとら)を迎えるにあたっての記念事業として、
発願造立されたものなのかも知れません。
近くに寄りますと、こういった感じ。
『毘沙門天王 功徳経』には、毘沙門天の姿は、
「右手に宝珠棒を執り、左手に宝塔を捧げ持つ」とありますが、
こちらの尊像は、右手に三叉戟(さんさげき)を執るという、
巷間流布するスタイルで造られています。
幡には、毘沙門 “ 尊天 ” と染め抜かれていますが、
“ 尊天 ” と聞きますと、早川にとりましては何を措いても、
洛北・鞍馬山に鎮座する鞍馬寺の “ 尊天 ” であります。
鞍馬寺では、
千手観世音菩薩・毘沙門天・護法魔王尊、の三尊を融合し、
《 三身一体 “ 尊天 ” 》
として祀っておられます。
早川は20代前半から鞍馬寺に詣でるようになって以来幾星霜、
ここ数年は組織勤めに明け暮れ、足も遠のいておりますが、
“ エア参拝 ” とでも申しましょうか、ともすると、
心は鞍馬・貴船の地を彷徨っているような次第であります。
当ブログでは、何度も書かせて頂いております事ながら、
鞍馬寺に纏わる最も有名な伝説と言えば、以下の二説。
一つは、
今を去る “ 650万年前 ” 現在の鞍馬寺・奥之院所在地に、
金星から護法魔王尊が降臨、今なお奥之院の地下世界にて、
人類救済に向け御修行中・・・というもの。
もう一つは、
鞍馬寺に預けられた牛若丸、後の源義経(1159~1189)に、
鞍馬山に棲む “ 天狗 ” が剣法等の武術を教え授けたというもの。
以上二説のうち前説は、ほとんど “ MARVEL ” の世界。
護法魔王尊降臨伝説が醸成された経緯は複雑で、
筆力の乏しい早川が軽々に論じられるものではありませんが、
鞍馬寺に祀られている護法魔王尊の尊像は “ 天狗 ” の姿。
後説は源義経という歴史上の実在人物を巡る伝説ながら、
気になるのは、やはり “ 天狗 ” なる存在でありましょう。
かくの如く現実と夢幻とが壮大なスケールで融け合う “ 場 ” 、
それが鞍馬山であり、人々を再生へと導く霊山の一つと心得ます。
話を元に戻しまして秋葉山 圓通寺。
この寺院の御本尊 “ 秋葉権現 ” なる尊格は、
古来、火伏せ・火難除けに霊験ありとされてきました。
海外の石造り建築と違い、わが邦は長きに亘り、木と紙の家屋。
現実的な防火対策と共に、火防祈願は必須であったことから、
“ 秋葉権現 ” は広く信仰されてきた歴史があり、東京の電気街・
秋葉原の地名も “ 秋葉権現 ” に由来するものと伝わります。
では、この “ 秋葉権現 ” の姿たるや如何に?
既に御承知置きのこととは存じますが、
これが “ 天狗 ” なのであります。
とは言え、世に「権現(ごんげん)」と称される存在は、
その名の通り「権(かり)に現れた」ことを意味します。
つまり “ 秋葉権現 ” イコール “ 天狗 ” ではなく、
何者かが「権(かり)」に “ 天狗 ” の姿として「現」れたのが、
“ 秋葉権現 ” ということであります。
では、その「何者か」とは果たして誰なのであり、
“ 秋葉権現 ” と称されはするものの、
“ 天狗 ” にしか見えない尊格の正体とは一体誰のことなのか?
それが、
“ 不動明王 ” なのであります。
現代においては、
「あいつさぁ、ちょっと売れたからって、
最近 “ 天狗 ” になってるよね・・・」
という風に、
高慢な人間の代名詞とされる “ 天狗 ” ですが、
それはあくまでも “ 天狗 ” の面相で特徴的な長い鼻と、
得意げな様子を表す「鼻たかだか」という言葉とが、
後世において掛け合わされたまでのこと。
“ 天狗 ” の性格が高慢であるとするのは誤解でありましょう。
むしろ信仰・伝説・民話等々から浮かび上がってくるのは、
「天狗さま」「天狗どの」と慕われ親しまれてきた歴史。
“ 天狗 ” として現れる秋葉権現の姿で、共通する特徴は概ね二つ。
一つは、
右手に剣を執り、左手に羂索(けんさく、けんじゃく)を持つ、
というもので、これはまさしく不動明王の姿に他なりません。
もう一つは、背中に大きな翼を生やす、というもので、
この大きな翼は、どこか西欧の天使の翼を彷彿とさせます。
天使の造形が東へと伝わり、古代インド発祥の不動明王と融合。
“ 天狗 ” 仕様の秋葉権現は、日本の修験道において果たされた、
天使と不動明王との “ ハイブリッド尊格 ” ・・・、
などと申しては叱られもしましょうが、
鞍馬寺の護法魔王尊といい、圓通寺の秋葉権現といい、
“ 天狗 ” という異形の尊格には、
遥か遠い場所、遠い次元の響きを聴く思いがしてなりません。
さて秋葉山 圓通寺を後に致しまして、
こちらも久しぶりの熱田神宮へ。
弘法大師・空海上人(774~835)が植えたとされる大楠。
本日は、この角度から。
ふと気配を感じ、視線を転じてみれば、
いらっしゃいました・・・熱田の霊鳥。
皆様、良き日々でありますように!