夢幻泡影

「ゆめの世にかつもどろみて夢をまたかたるも夢よそれがまにまに」

狐 その3

2006年07月04日 12時53分19秒 |  河童、狸、狐
岬の平安は破られた。
翌日、早朝から狐の声が頭の中で響く。
「まだ寝ているのか」
狸親父のときも、まだ日が開け切れないうちから起こされていたことを思い出した。
「うぅ~」と唸りながらも、こいつらと付き合うのは朝型じゃなきゃ駄目だな、また生活パターンを変えなきゃと心に刻む。
「今、起きていく」って答えて、顔を洗い外にでた。
昨日の狐が二匹家の前に座っている。
「人間は電気だなんだって、いろんなものを作り出して、夜も生活できるっていいながら、その分朝が遅くなってしまった。ただ一日のスケジュールを遅らせただけじゃないか。
昔の人間は空が白む前から起きだしていたぞ。朝をやめて、わざわざ電気までともして夜型になるのなら、電気なんか発明しないで、朝型のままいればいいじゃないか」と狐は文句を言う。
「たしかに、昔の人間の朝は早かったと聞いたことがあるけど、今の生活に慣れてしまうとだんだん夜型になるんだよ」と言い訳をしながら、
「ところで、お前さんたちが私の師匠になるのなら、お前さんたちのことを少し教えておいてほしいな。だいたいお前さんたちに命じたという私の背後霊っていうのは誰なんだ。それにお前さんたちの名前はなんていう」
「名前。俺たちにはそんなものはない。戸籍みたいなものがあるわけじゃないんだからそんなもの必要ないよ。名前なんて、政府がお前たちを縛るためにあるんだろう。そのうち納税者番号なんてもので、お前たちの名前もなくなるよ。
俺たちは必要なら岬の古狐とかなんとかいって区別するくらいだな。夫婦でもおれ、お前だし。
俺たちにも名前はないが、神様も神様だ。それ以上の名前なんかしらないよ。
大体そんなものは人間が勝手につけたものだろう。
人間の存在以上のものに、人間が名前をつけるなんて人間がいかに不遜かという証拠だな」
「でもさ、同じお稲荷さんだって、仏教系の、ほら豊川稲荷みたいな、お狐さんもいれば、神道系のお狐様もいるんじゃない」
「知っているよ。仏教のお狐さんはジャッカルが日本に来て変ったものだっていうんだろう。神道系には飯縄なんかの管狐もいるっていうじゃないか。
でもそれは人間が勝手に作ったことで、俺たちには関係がない。俺たちにはご主人様とそれを伝える相手で充分。
大体神だの仏だのが誰であろうと神は神じゃないか。それが鰯の頭でもそれを神だと思う心が神にするんだ。名前なんかに意味はないよ」
「ふ~ん。昔の小説家が、名前に何があるのって書いていたけど、そんなもんかな」
「そうだよ。荼吉尼天(だきにてん)と呼ばれようと、宇賀御魂命(うかのみたまのみこと)と呼ばれようと、信じている人には神だよ。ご利益に変りはない。
その小説家に言わせれば同じように芳しいって言うんだろう」
おや、この狐、日本のことだけじゃなくてシェークスピアまで知っている。

そのとき雌狐が、ちょっとお腹をさする。若狐はおろおろして、「大丈夫かって聞く」お前さんは今までの祖先の知恵が頭に入っているのだろうって聞くと、若狐は、知識はあるけど、実践はないんだと情けない顔をしている。生まれたときからいろんなことは知っているけど、成長の過程でそれを習っていくんだ、一つ 一つ確認して身につけて行くんだという。 
そうか論語の学而の一だな。学んで時にこれを習うまた愉しからずやだよな。と変に納得する。

それにしてもそれだけの知識が最初から頭にあると、習うこともまた大変な作業だよなと心配になってくる。
「おれの親父が、人間がやっている映画をどっかの川原でいくつも見たらしい。昔は田舎でそんなことをやったらしいんだけど、その中にSFがあってな、人間の子供がコンピュータで教育されるというんだ。
俺たちの知識は、親の知識、そしてそのまた親の知識が生まれたときから頭に入っている。つまりお前たちが最近わかってきたDNAというやつだな。その遺伝子の中に後天的な知識まで刷り込まれるんだ。
お前たちがそれをやろうとするとその映画のようにコンピュータでデータを集めて頭の中に転送していくしかないだろうけどな。
でも、そうなるとそれが出来る組織が必要なデータだけが選ばれて入るようになる。
思想をコントロールできるような社会になるな」
「まさか、そんなことが出来るとは思わないけど」
「そうかな、だいぶ前にお前たちの組織が、期待される人間像なんて、国が求める人間像を出してきて、それを教育の現場に押し付けようとしたじゃないか。
もっとも、押し付けるほうは、これは一つの指針ですとか説明するだろうけど、現場じゃそれしか選びようがないような状況が作られるんだよね。
親もそれに 従っていれば、点数は上がるし子供の将来のためになるって、文句は言わないだろう」
「そういえば、そんなこともあったかな」
「俺たちにとっての知識の元、教育の責任者は両親なんだ。良くも悪くもそうなんだ。だから俺も俺の連れ合いも考え方がさまざまさ。それが社会というものじゃないかな」
「お前と話していると、子供の狐と話しているって感じじゃないな」
「当たり前だろう。知識的には何百歳なんだぞ」
若狐も、雌狐も胸を張っている。

はいはい、お師匠様。
これからもよろしくご指導のほどを。


2006年07月03日 / 岬な日々 「番外編」


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