夢幻泡影

「ゆめの世にかつもどろみて夢をまたかたるも夢よそれがまにまに」

オランダでの大麻購入、オランダ居住者のみになるそうです

2010年09月24日 11時11分06秒 |  オランダ


こんな記事がasahi.comに出ていました。
記事は下をクリックしてくださいね。

知られているようにオランダでは大麻が売られています。
ただ、日本でよく言われているような、野放しではないのですね。
ソフトに関しても、所持の上限があり、それを超えるとつかまってしまう。
また販売目的の場合はさらにそれ以上の重い罪になる。

オランダが寛容な理由としては、
1  政府(厚生省にあたるところ)でも、ソフトドラッグに関しては酒やタバコ以上に習慣性がなく、体には害が少ないと主張し、もしソフトドラッグを禁止するのであれば、酒やタバコも同列に処置しなければって言っています。
2  禁止することによって、これらの販売や、購入が闇に隠れてしまう。
これらを表に出しておいて、習慣性のある人に関しては徐々に減らすような策を練ることがベターである。


これらは、あくまでオランダ政府が出している小冊子から要点を引いたもので、私がそう思っているということではありませんので、ご注意くださいね。

ちなみに、2に関してはいろんな制度はありますけど、減らすような努力がどれだけ効果を挙げているのかは私には疑問です。

でも、同じような言い方をしていたものとして、オランダの安楽死がありますね。実際問題として、医師や家族が、助からない患者の命を絶つケースはたくさんある。それが闇から闇へと処理されているのが問題で、一定の条件の下にそれを認めることによって、それを表に出していくのだという説明がなされていました。
あまり知られてはいなかったけど、これと同じ考えは日本でもオランダの法制化よりも早く、判例として認められていたんですね。
無神論者が多くなったとはいえ、オランダはキリスト教国だったんです。自殺に等しい考えをコンセンサスとして受け入れるまで多くの議論が交わされたのですね。
その辺の反対意見との葛藤が日本では知られていないのがとても残念です。

話を戻しまして、特にEUになってからは、国境の通過が自由化され、オランダで大麻を買い付けて国に持ち帰る人が増えました。大麻を禁止している国は国境での歯止めが利かなくなってしまって、近隣諸国からの批判が出されているので、オランダ政府は自分の立場を正当化するための小冊子をたくさん作っているのです。
これらについての批判がありましたら、私にではなく、オランダ政府に言ってくださいね。

これらの意見の大本には、オランダが海洋貿易を進めてきた国。いろんな人々、文化があると言うことを前提にしている国であって、個人が自分の責任でやることに関してはできるだけ自由にするというのがあるのだと思います。

非居住者への販売を禁止する。これをあくまで国内の問題とすることで、EU諸国からの反対をかわす。実利的なオランダらしい解決法なのでしょうね。

麻薬に関しては多くの日本人がオランダのスタンスに反論を覚えるでしょうけど、でも、自分と相容れない意見を持っている相手もまた相手なんですね。相容れないからのけ者にしてしまう、押しつぶす、これはもっとも怖いことかもしれませんね。
逆に言えば、どんなに反論があろうと、自分のスタンスは押し通すだけの気概も必要なんですね。
なんてことが、少し前に書いていた、未完のライフワークの趣旨だったんですけど。



大麻購入「オランダ居住者に限定」 客集まり治安に不安(朝日新聞) - goo ニュース
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「シーボルト博物学」    雑感

2010年07月30日 13時44分44秒 |  オランダ
出版社をやっている知人から電話がかかってきた。
「本を送ったけど戻ってきちゃった。住所を教えて」
はいはい、住所不定ですみませんね~
ってことで、今朝、その本を頂きました。
東大の大場秀章教授と田賀井篤平教授の共著で「シーボルトの博物館」というもの。
前半を大場教授の植物、後半を田賀井教授の鉱物という構成。


本題の植物にしても、鉱物にしても、私のような門外漢にはちょっと難しすぎる。おまけに頂いて、斜めに読んだだけだし。
でもこの二つの章のそれぞれ前半を飾る、シーボルトのコレクションの生まれた状況から、なぜあんなにあちこちに分散されていったのかと言うような話、そしてシーボルトの研究の意義などは簡潔に纏められていて素晴らしかった。

ところで、この本を受け取って、知人にお礼の電話を入れたときに、日本の植物の紹介に尽くした大きな名前がいくつか抜けているなんて申しておりました。
一人は針灸をヨーロッパに紹介した人として有名で、医者としての評価が高いけど、いくつかの植物を紹介した業績もある。でも、これはシーボルトよりも200年近く前の人。やはりこの本とは関係なかったかな。
おまけに、もう一人はシーボルトの直前に来ていた人、民俗学的な資料の持ち帰りには相当な意味があったけど、植物はそれほどでもなかったか、、、
なんて、思いなおしておりました。
許されて。


書評を書けるような知識もないので、本については「本を買ってあげてよ」ってことで済ませちゃうけど、、って、いいながら、出版社の智書房で検索を掛けたらでてこなかった。
ほんとうは、智書房のアドレスはこちらにちゃんとあるんですけどね。それにしても、更新日 76/07/14 ってのはひどすぎない?
社長さんの話では、改訂作業中だとか。この本に関しても載っておりませんでした。
ちなみにこの本を買いたい方は下のアマゾンのリンクから購入できますので、興味のある方はどうぞ。
(アマゾンのリンク、表示がなんだか変ですね。一応私が四角の部分をクリックしたらこの本のところに飛びましたので、そのままにしておきますが、他の方がクリックしても大丈夫でしょうか。もし飛ばないようでしたらコメントを入れておいてください。別な通販サイトにリンクを変更いたしますので)



シーボルトはいろんなエピソードを残していますね。
たとえばシーボルト・スパイ説。
あれは別な知人が言い出したことで、ジャーナリスティックな言い方。
フランスに占領されて、日本との交易ができなくなっていたのが、やっと独立して交易を再開できるようになった。長い間日本との関係がなかったので交易を再開する上で日本のことを研究しなければってことで、国が助成金を出してシーボルトに研究させたってことが、そのスパイ説のもと。
当時、国禁だった地図を持ち出したことなどが背景にあるのですけど、まあ日本研究をする場合には地図は必需品ですよね。
それをもらって喜んで船に乗せたのはいいけど、台風が来て船が沈んでしまい、その荷物が岸に流れ着いて、ばれちゃったのはまずかった。
オランダでも、ヨーロッパの国々でも、昔は、国の地図やポルトラーノ(航海図)はトップシークレットの一つだったんですから、、、
言い出した当人はその辺は百も承知であんなことを言っているのだろうけど、、、、面白おかしい言葉って独り歩きしちゃうからね~

シーボルトが長崎に来て、出島の外の鳴滝というところで医学を教え始めた。日本としても最新の医学を学びたいという要求があったのですね。
江戸への参府の道筋や、彼の弟子達の集めた資料が、シーボルトの情報源になっていたのですけど、当時の弟子達の手紙なども結構素晴らしいオランダ語で書かれていて、いい弟子達に囲まれていたのだなって思います。

シーボルトやその弟子達の活動が、長崎大学の医学部、、、そしてひいては大阪大学(こちらはもう一つの流れがありますけど)や東京大学の医学部の土台になっていった。
もちろんシーボルト以前にもたくさんのオランダ商館の医師達の医学の伝習の歴史があるのですけど、その量と質からいっても日本の医学の基礎を作った功績は大きいのですよね。


ところでこのブログでも、オウムに言葉を教えるときに「オタケサン」って呼びかけるのは、シーボルトがオウムを持ち込んで嫁さんの名前をオウムに教え込んだのが始まりなんて書いておりましたけど、、、、さて、リンクを張ろうにもどこに書いたか忘れてしまった。

そのオタケサンの名前は、紫陽花をヨーロッパに紹介したときに「オタクサ」って名づけたのでも有名ですよね。長崎市の市の花はそれが縁で紫陽花になっています。

そのオタケサンとシーボルトの間の子孫とヨーロッパに帰った後の子孫たちも今、日本とヨーロッパに現存していて互いの交流もあるんですね。長崎市がシーボルト博物館を作ったときにはその二つの流れの子孫達が一同に会して友好を深めておりました。

シーボルトの(ヨーロッパの)子供も、日本の赤十字の黎明期にいろいろと手伝ったりした人。

もし、貴方が花や鉱物に、そして日本の学術史に興味がおありなら、この本、ぜひ一読されてみてください。

また、シーボルトの持ち帰った資料。標本類はあちこちに分散してしまいましたが、その一つの柱が、それを展示、研究するために作られたライデンの民俗学博物館。世界で始めての民俗学博物館です。

シーボルトが日本を離れてまだ150年ちょっと。でもシーボルトが集めた植物のいくつかは日本で絶滅してしまいました。大場教授は重複している標本を日本に持ち帰る準備をなさいました。私も1990年くらいからそれの受け入れ先を探すことに少しだけ関わっておりまして、長崎市や東京大学とも話をしておりました。
ちなみに、そのときに大阪のオランダ総領事館で文化を担当していたカイパース氏がオランダに戻り、シーボルトハウスの館長を勤め、来週あたりから東京のオランダ大使館内の企業誘致局の担当として戻ってくることになっています。

長崎の風物を書いた絵巻や、集めた民具、、、そのいくつかの風習や道具ももう見られなくなってきている。以前、民具の展覧会をやった博物館の学芸員が、「何の目的で使われていたものか分からない」って嘆いているものもありました、、、
長崎市へ非常に貴重な文化遺産だから何とかして欲しいって常々言ってはいたのですけど、これも厳しい状況。

以前、砺波市とリセ市が姉妹都市を結んだときに、砺波市の市長さんとご一緒しました。リセの球根博物館を訪ねたときに、今なら、古い農具はいくらでも手に入るから、互いに農具を交換したらって言いましたけど、砺波にはその後チューリップの博物館のような施設ができましたけど、さてあの話は、どうなったでしょう。
50年したら手に入れることが難しくなり、100年、200年したら、はて、何の目的で使われていた、、、、になってしまうかもしれません。


シーボルトが来日したとき、これは別に彼だけではないのですけど、日本へたどり着くのは決死の事柄でした。そんなことを思えば、先人達が努力し、研鑽してきた道筋を見ていくのはとても大切なことに思えるのです。
図版を見たり、その実物や、標本、レプリカを見たり、説明書きを見たり、それだけでなく、その後ろに隠れているものを見るのも、大切なことかな。

長崎楽会というのがあります。それの長崎と東京の責任者がきしくも出版関係。長崎では長崎文献社、東京ではこの智書房、一般受けするはずもないような歴史の研究資料などをこつこつと出版されています。
その活動を見ていて嬉しいし、がんばって欲しい。そしてその活動でさまざまな人たちがこの方面にもっと目を向けてもらえるチャンスを与えて欲しいそんな気持ちでおります。




シーボルト博物学―石と植物の物語
大場 秀章,田賀井 篤平
智書房


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ガツガツ作戦

2010年04月07日 14時10分19秒 |  オランダ
たまたま覗いたブログで、オランダでは今や、ガツガツ作戦が大流行との記事が出ていた。
個人のブログなので、ほんとうにそうかどうかは責任がもてませんけど、ご紹介まで。


先週末から今週の頭にかけて、キリスト教国ではイースターのお祭り。良識ある会社では、金曜日から月曜日までの4連休。
そして、オランダでは、これが終わると女王の日のお祭りが控えているんですね。
今の女王の誕生日は12月、でも寒いし暗いので、その時期を外して、前の女王の誕生日を女王の日としてお祝いするんです。
イギリスなんかも同じですね。

これまた良識ある地方、会社では五月の頭をチューリップウィークなんてことで休みにするところもあって、寒く厳しい冬が終わって、「春だ~~~!」って皆が大騒ぎするところ。

女王の日には、女王は、一つの町を決めて、その町でお祝いを受けられるので、担当になった町は大変。その準備にお金がかかるのですよ。

ここからがそのブログの記事の紹介です。文章そのものはリライトしています。

今年は女王の訪問地にミデルブルフが選ばれたとのこと。
そのためにミデルブルフでは、駐車可の場所に車を止めても、駐車票を貼っていないとあっという間に罰金を取られてしまったり、、、
アムステルダムなどの大都市ならともかく、ミデルブルフなどの中小都市では、普通はそんなことがないので、皆さん大パニックに陥っているみたい。

女王の訪問とは関係のない、別な町でも、信号無視の歩行者が罰金を取られたりと、かなりカネオクレ~作戦があちこちで浸透しているみたい

なのだそうです。
ちなみに、オランダは自己責任ってのがはっきりしているから、歩行者が警官の前で信号無視をしても、警官は何も言わないのが当たり前。
それで車にはねられても、日本のように運転手が何パーセントなんてことじゃなくって、第一原因を作った方が全て悪いになるし、下手をすると壊れた車の弁償が言ってくるかもしれないような国。
オランダ人にとっては金がない、金を集めなきゃって活動しているなんて見えてもおかしくない状態なんでしょうね。
皆さん、オランダに行かれるときにはご注意くださいね。
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