(つづき)
色付きのバス停、12色目は福岡市城南区の「金色」。
このバス停には「18番」と「140番」のうち、「金山団地経由」のバスが停車するが、金山団地に用がない人にとっては遠回りとなってしまうこともあり、これらのバスのLEDの行先表示では「金山団地」の文字が四角で囲まれている。
以前取り上げた「若久団地」とは違って団地内の道路が駐車場化していないことから、団地の奥のほうまでバスが乗り入れており、日中や休日も運行されている。
団地内は一方通行運行で、また、以前はここが終点・始発であったことから、前後のバス停がどちらも「金山団地口」となっている。
ここから下った「金山団地口」のバス停付近には地下鉄七隈線の「金山駅」もある。
七隈線の開業で、七隈・茶山地区の路線は全体的に減便されたが、この金山団地系統については、駅まで歩くのを敬遠する層を取り込めるという判断からか、開業後に逆に増強されている。
しかし「駅まで歩くのを敬遠する層を取り込もう」という考えがもし本当にあるのであれば、七隈四角~干隈間を一日2.5往復にまで削減するようなことはないだろうし、現在バスが走っていない荒江団地~菊池橋交差点間、茶山~田島間、七隈小西交差点~梅林駅間などに路線の展開を検討する余地もあると思われる。
金山団地のように、本線から少し離れたところに立ち寄るために、途中で本線を外れて「寄り道」したあとにまた同じところに戻るというのは「バスならでは」のルート設定と言えるかもしれない。
個人的には「寄り道」をする路線に乗ると少し得した気分になる(その分、時間はかかるのだけど…)。
このような例は他にも、「1番」の橋本駅、「1-5番」などの拾六町団地、「3番」神の原経由の脇山小学校、「42番」「45番」の福岡女学院、「48番」のがんセンター&福翔高校などにあり(「より速く」よりも「よりきめ細かく」が追求されるコミュニティバスでは、さらに数多くの例がある)、かつては「12番」野芥方面の福大病院、「34番」の新生、「36番」の恵山閣などでもみることができた。
バス路線を新たに展開していくという「攻め」の姿勢から、現存する路線だけはなんとかして維持するという「守り」の姿勢への転換傾向がより強くなれば、少ない本数でより多くの場所を結ぶ必要が出てくるため、このような「寄り道」路線はまた増えていくものと思われる。
福岡市郊外の人口減少がもし顕著になれば、何十年か先には、都心から来た「3番」が星の原団地やさわら台団地に「寄り道」してから脇山方面に向かうような時代がやって来るかもしれない。
(つづく)
色付きのバス停、12色目は福岡市城南区の「金色」。
このバス停には「18番」と「140番」のうち、「金山団地経由」のバスが停車するが、金山団地に用がない人にとっては遠回りとなってしまうこともあり、これらのバスのLEDの行先表示では「金山団地」の文字が四角で囲まれている。
以前取り上げた「若久団地」とは違って団地内の道路が駐車場化していないことから、団地の奥のほうまでバスが乗り入れており、日中や休日も運行されている。
団地内は一方通行運行で、また、以前はここが終点・始発であったことから、前後のバス停がどちらも「金山団地口」となっている。
ここから下った「金山団地口」のバス停付近には地下鉄七隈線の「金山駅」もある。
七隈線の開業で、七隈・茶山地区の路線は全体的に減便されたが、この金山団地系統については、駅まで歩くのを敬遠する層を取り込めるという判断からか、開業後に逆に増強されている。
しかし「駅まで歩くのを敬遠する層を取り込もう」という考えがもし本当にあるのであれば、七隈四角~干隈間を一日2.5往復にまで削減するようなことはないだろうし、現在バスが走っていない荒江団地~菊池橋交差点間、茶山~田島間、七隈小西交差点~梅林駅間などに路線の展開を検討する余地もあると思われる。
金山団地のように、本線から少し離れたところに立ち寄るために、途中で本線を外れて「寄り道」したあとにまた同じところに戻るというのは「バスならでは」のルート設定と言えるかもしれない。
個人的には「寄り道」をする路線に乗ると少し得した気分になる(その分、時間はかかるのだけど…)。
このような例は他にも、「1番」の橋本駅、「1-5番」などの拾六町団地、「3番」神の原経由の脇山小学校、「42番」「45番」の福岡女学院、「48番」のがんセンター&福翔高校などにあり(「より速く」よりも「よりきめ細かく」が追求されるコミュニティバスでは、さらに数多くの例がある)、かつては「12番」野芥方面の福大病院、「34番」の新生、「36番」の恵山閣などでもみることができた。
バス路線を新たに展開していくという「攻め」の姿勢から、現存する路線だけはなんとかして維持するという「守り」の姿勢への転換傾向がより強くなれば、少ない本数でより多くの場所を結ぶ必要が出てくるため、このような「寄り道」路線はまた増えていくものと思われる。
福岡市郊外の人口減少がもし顕著になれば、何十年か先には、都心から来た「3番」が星の原団地やさわら台団地に「寄り道」してから脇山方面に向かうような時代がやって来るかもしれない。
(つづく)
(元?)地元民としては茶山~田島間、七隈小西交差点~梅林駅間は
現時点では、バス路線化はしてほしくないですね。
ただでさえ狭い道路なので、はるか昔ならいざ知らず、
歩道もないような道路でバスが行きかうのは
恐怖感すら覚えると思います。
仮に路線開設があるとすれば、道路拡張を市に陳情するでしょう。
やはり危険ですか…。
ついつい可能性がありそうなところにバスを通したくなってしまうのは悪い癖ですね(笑)。
暇工作さん、こんにちは。
昔は七隈地区から天神を通りこして香椎のほうまで行っていたらしいということを聞いたことがあるのですが、定かではありません。
そのころは違う番号だったのかもしれませんね。
西鉄の方針としては天神や博多駅まで直通するという方針でしょうから、
たぶん大型、あるいは中型ロングなどを投入せざるを得ないでしょう。
しかし、ここは視点を変えて、小型バスで
駅までのアクセスに限定するという形でなら、
可能なのではないでしょうか。
我が家の近所のコミュニティバスも小型バスで運行しています。
道路については、ご紹介の環境と似たり寄ったりです。
が、それほど恐怖感は感じていません。
よっぽどダンプや大型トラックの方が怖いですね。
そろそろ企業も利用者も、都心まで直通するというぬるま湯から、
脱却する時期に来ているかもしれません。
(ガソリン代下がってるから、脱却すると車に流れる?)
たしかに、駅まで限定の小型バスならば可能かもしれませんね。
ただ「都心直通」しか経験したことのない人にとっては、それが「ぬるま湯」であることすらわからないわけで、これからの時代は、そのあたりの「意識改革」というか啓蒙活動にももっと力を入れる必要があるのかもしれません。
ところで、七隈地区から香椎までのバス路線ですが、確かに存在していました。14番と全く同じルートで天神まで行き、さらに昭和通りに抜けて、香椎・下原まで走るという壮大なルートでした。ちなみに行先番号は15番。当然、市内電車がまだあった時代でしょうね。香椎方面廃止及び行先番号が14番に変わった時期は分かりませんが、一時期存在した「14番の博多駅行き」が昭和通り経由だったのは、これの名残りかもしれませんね。
やはり七隈地区から香椎方面へのバス路線は存在していたんですね。それも下原までとは…。
当時の狭い道の東西の横綱を合わせたような感じですね(東の方はまだ狭い箇所が残っていますが)。
たしかに14番の博多駅行きが県庁が東公園に移る前まで昭和通り経由だったのは、この名残りなのかもしれませんね。
金山団地は子供の頃から最寄りのバス停ではありましたが、本数が少なく当時は博多駅方面に行けなかったので金山団地口を使う事が多かったですね。(別府二丁目までの道が混雑するのでわざわざ長尾一丁目から乗る事もありました。)
その経験もあってか地下鉄に乗るまでの徒歩時間は特に気にならないですね。
本題ですが、記事の中で前後のバス停名が金山団地口なのはかつて終点・始発だったからと記載されていますが、自分記憶が確かなら終点・始発時代は直前のバス停名は書かれていなかったと思います。
直前のバス停名が書かれたのは福大病院方面に行くようになってからではなかったかな?その当時バス停の表記が変わってわくわくしていたような記憶が(笑))
当時は福大病院方面の金山団地口のバス停が現在位置より七隈寄りにあり、福大病院方面行きのバスは、金山団地口→金山団地→金山団地口と停車していたので前後が共に金山団地口でも間違いではなかったです。
ただ、そうすると福大病院方面から金山団地来たバスに対応していない事になるのでやはり記憶違いかも…
福大病院方面から金山団地に乗り入れするのはもっと後とかなら説明出来ますが、そこら辺の記憶は曖昧ですね。
長文失礼しましたm(__)m
返信がたいへん遅くなり申し訳ないです。
過去の記事を見ていただいて、たいへん嬉しいです。
私自身が書いた記事なのですが、内容を全く覚えておりませんでした…。
金山団地から城南学園通りとは反対方向に下りていくバスをいつの日か見てみたいものです。