サイコロの一点物日記、真央さんと共に!

浅田真央さんを応援します。そして、指原莉乃さんのファンでイコノイジョイも推してます。特に佐々木舞香さん推しです!

悪夢の平成23年3月11日。福島県の復興には、まだまだ皆さんのお力を貸してください。

平成23年3月11日14時46分18秒東日本大震災発生。 頑張れ!東北。頑張れ!福島。放射能の被害の甚大な福島県をず~っと応援します。◆ふくしま復興ステーション

■尊敬出来る方がいらっしゃると言う喜びは勇気にも繋がりますね。少しでも長く3Aを跳んで欲しいです。

2018年02月21日 00時04分00秒 | 日記と女性アスリート応援







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離れても真央さんと共に歩んでいます。(微笑)

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長洲未来さんと浅田真央さんの向いている方向が一致していたんですね。(微笑)



10代の頃から期待された潜在能力が、ついに開花。長洲のトリプルアクセルには観客も喝采した。


今更ですが、真央さんが現役の頃から切磋琢磨して欲しかったと思いますね。
未来さんが出て来たころには、本当に真央さんの最大のライバルがアメリカで暮らす日本人とは、と唖然としたものです。
それほど、演技に魅力がありましたが、どうも頭角を鋭く表すに至らず、でも、3Aを成功させて事で一皮剥けた事は間違いないでしょう。
未来さんの3A挑戦している期間が1日でも長く出来る事を祈ってます。

◆NUBER WEB 野口美惠 より


 一世一代のオリンピックの舞台。メダルを狙う人、記憶に残る演技を目指す人、それぞれの目標がある。24歳の長洲未来(米国)にとっての夢は、たった1つ。「オリンピックでトリプルアクセルを」だ。

 フィギュアスケート団体戦、女子フリー。演技を終えた瞬間、長洲は握りこぶしを何度も振りかざし雄叫びをあげる。伊藤みどり、浅田真央に続き、オリンピック史上3人目となる女子のトリプルアクセルの成功だった。
「未来には絶対できると信じてやってきました。降りたとき、皆が『出来た!』って叫んだのが聞こえて、楽しくて嬉しかったです」

 14歳で全米選手権を制し、天才少女と呼ばれてから10年。才能がありながら、何度も自信を失っては取り戻し、ようやく辿りついたトリプルアクセルだった。

 この演技を見ていた伝説の人、伊藤は言う。
「私も真央ちゃんも、子供の頃から跳んでいてオリンピックでも、という夢を持ってきました。未来ちゃんは24歳になってからの成功。オリンピックで決めるために挑戦し続けてきた、計画、ストーリーが彼女の中にしっかりとある。本当に価値あるトリプルアクセルです」

浅田真央の存在で人生観が変わった。
 女子の歴史に刻まれる快挙だった。

 ロサンゼルスで寿司屋を営む、日本人の両親のもとに生まれた。子供の頃は、学校が終わったあとスケートに行き、夜は寿司屋のカウンターの端っこに座って学校の宿題をする。
「両親との会話は日本語です。母からは日本人らしい躾とか教育というのを受けて育ってきました」

 ジュニアの頃から頭角を現した。'07年世界ジュニアで銀メダルを獲得し、16歳で出場した'10年バンクーバー五輪は、怖い物知らずの演技で4位と活躍した。

 それまでは、ただスケートが楽しくて滑ってきた長洲。このバンクーバー五輪で、浅田真央のトリプルアクセルを見て人生観が変わった。
「すごい。オリンピックのプレッシャーがかかってる舞台なのに綺麗に決めて。自分もそういうすごいジャンプを跳びたい」

身体が変化し始め、負傷と不調に悩む。
 その時の長洲は、身体が変化し始める16歳。身長が伸び、体重も増えるにつれ、トリプルアクセルを跳ぶどころか、他の3回転も跳べなくなっていった。
「水を飲んでも太るし、何を食べていいのか分からないです」

 どんなに食事制限をしても、体重が減らない。無茶な練習から何度も骨折をし、常に身体のどこかを負傷している状況が続いた。'14年全米選手権は3位となり、ソチ五輪代表の座を逃した。
「とにかくソチ五輪には出られなくて、悔しかった。でも人生には悔しい気持ちを感じるときも大事って思い直して。それからは『もうチャンスを逃したくない』って思ったし、『自分の満足いく演技をしたい、それは何かな』と思うようになりました」

 改めて自分にとってのスケートの夢を思い出す。それはバンクーバー五輪で見たトリプルアクセルだった。
「スケーターの競技人生は短いので、オリンピックでトリプルアクセルに挑戦するとしたら、24歳になる平昌オリンピックしかチャンスはない。ソチの涙をばねにしてトリプルアクセルを頑張ろう」

リバウンドしにくい身体を作った。
 平昌五輪にむけて、4年計画が始まった。
「当時、太っていたけれど、まずはトリプルアクセルを練習しました」

 '15年9月の国際大会で、初めてトリプルアクセルに挑戦。しかし回転不足の判定で、他のジャンプのミスもあり、ショート11位と出遅れる。試合で挑むには時期尚早だと痛感させられた。
「自分の頭の中で『トリプルアクセルを跳ぶためには、これとこれをしないと』と具体的な目標を決めました。週3回だったジムは週5回に増やしました。栄養士もつけて、単に食べないダイエットから、ちゃんとした食事制限を取り入れました。とにかく自分に厳しくしたんです」

 食事は生野菜がほとんどで、フルーツを少し。肉も炭水化物も量を減らした。ジムでは筋トレに取り組み、リバウンドしにくい身体を作る。身体は年々、絞れていった。コーチも変更し、ジャンプを基礎からやり直した。
 すべてはトリプルアクセルのため。しかし成功はないまま2年が経ち、'17年夏を迎えた。このシーズンオフが、集中的に練習するラストチャンスだった。

「高橋大輔選手の映像を見て……」
「『できない』と思ったことは一度もありませんでした。高橋大輔選手のトリプルアクセルの映像とかを見て、そこに自分を重ねて頭の中で映像化するんです。そして『私も出来る』と思って跳ぶ。そうやって毎日練習してきました」

 '18年2月のオリンピックまで、残された試合は少ない。すると長洲は、'17年夏に日本で行われたアイスショー「ザ・アイス」に出演し、トリプルアクセルを跳び続けた。アイスショーだからといってエキシビションの曲で楽しく踊るのではなく、本番を想定し、試合用のプログラムに本気で挑む。

 このショーを見ていた伊藤は言う。
「とにかく今季に絶対トリプルアクセルを決めてやる、という気合いを感じました。何度転んでも挑戦し続けて。これならシーズン中には成功させるだろうという、しっかりとした計画を感じさせてくれました」

 迎えたシーズン初戦のUSクラシック。長洲は迷うことなく、ショート、フリーともにトリプルアクセルに挑戦した。やや着氷は乱れたものの、回転そのものは認定される。GOEマイナス評価があったので完璧な「成功」とはされなかったが、実質的に女子史上8人目のトリプルアクセル達成者となった。

24歳、女子最高齢の成功を目指して。
 もちろん、ここがゴールではない。
「24歳。平昌が最後のオリンピックになる。そこで挑戦しなきゃもったいないです」

 五輪で成功させれば、24歳という女子最高齢での成功になる。それ以降の全試合、長洲はトリプルアクセルを跳んだ。NHK杯のショートでは、グランプリシリーズでの初認定となり、ガッツポーズも出た。
「日本での試合は大好き。コンビニに行けばおにぎりも買えるし、ダイエットを心配しないで生活できるから。カタカナと平仮名しか読めないし、米国国籍で米国代表だけど、未来は日本人の心も持っているんです。だからNHK杯で日本に『帰ってきた』という気持ちになって、それでトリプルアクセルを認定されたのが本当に嬉しいです」

「転ぶかなとドキドキした」けど。
 '18年1月には、平昌五輪代表をかけた全米選手権で、ショート、フリーともにトリプルアクセルに挑み、どちらも認定された。総合2位で五輪代表に。いよいよ、8年越しの夢に挑むチャンスを得たのだ。

 迷いはなかった。団体戦で、米国チームとして女子フリーにエントリー。『ミス・サイゴン』のプログラムで、アオザイに見立てた赤い衣装に身を包んだ長洲は、冒頭で力強くトリプルアクセルを踏み切った。きっちり3回転半まわりきって、パワーのある着氷。最高の「+3」をつけるジャッジもいるほどの、完ぺきなトリプルアクセルだった。
「ジャンプに入る前は緊張して、『転ぶかな』とドキドキもしました。でも助走でスピードを得て、そのままクリーンに降りました。もう嬉しい気持ちしかないです」

 このトリプルアクセルで波に乗ると、「3回転+3回転」、「ダブルアクセル+3回転+2回転」と、すべてのジャンプを着氷し、6種類の3回転すべてを成功させる快挙で、自己ベストの137.53点をマークした。

「尊敬に値するトリプルアクセル」
 この演技に感銘をうけた伊藤は言う。
「もう尊敬に値するトリプルアクセルです。今の採点ルールでは『3回転+3回転』のほうがトリプルアクセルよりも得点が高く、女子にとってトリプルアクセルは試合で挑戦することが難しい時代になっています。それでも今のルールに合わせて、全てのジャンプをバランス良く入れて高得点を出せている。絶賛に値する演技でした。これまでの全ての努力の成果が出て、このオリンピックにピタッとパワーが集約されたのでしょうね。スケートを続けてきて本当に良かったね、と伝えたいです」

 五輪での成功者は伊藤、浅田と日本人が続き、長洲も両親が日本人。なにかそこに秘訣はあるのか、と長洲に聞くと、こう答えた。
「やっぱり両親が日本人なので、いつも厳しく日本人らしく育てられたことが良かったのかな。お母さんは私に『未来ならもっと出来るよ、頑張りなさい』っていつも言います。私が『うるさい』って言うと、『お母さんの仕事はうるさいことだ』って返される。そんな愛があるんです。アメリカで暮らす小さな日本人家族だけど、お母さんたちが頑張ってるから、未来も頑張ろうと思ってきました」

 アメリカ西海岸に住む「頑張る」3人の日系人。トリプルアクセルは日本の心と共に、世界へと羽ばたいた。


成功すれば、今までの苦労など笑い話になりますからね。
気を良くしたことでなお一層の努力をお願いしますね。(微笑)
アメリカ人であっても、心は日本人である事を知ってますよ!(微笑)




やはりはっきりと隣国人は特別なんだと分かりました。
何事にもしつこい国民性が嫌われると同時に“ほっとけ!”“関わりたくない”と言う事が先行してしまうのか?
中国人は不正認定で隣国人は不正もオリンピック憲章違反も話題にすら上らなかったのに。
今でも記憶に有るのは、はっきりと自国の選手に有利に採点を繰り出すと言う宣言付の不正。
それでも、調査は当然ありませんでしたが・・・
しかし、今更!と驚きますよね。
これで、一気にISU全体に調査が及べばよいと思いますが、虚しいぬか喜びで終了でしょうね。
今までも節目節目で似たような騒動もあった気がします。(苦笑)
「言いつけてやる~!」と行きたいですね。

でも、一人の日本人選手を上回ってはいけないと言う暗黙の了解が有るのかな?
不思議な事件です!(棒笑)

◆ジ・アンサーより

フィギュア、中国人審判の不正採点疑惑が浮上 自国選手の高得点で調査へ…海外一斉報道羽生連覇の男子シングルで中国人ジャッジに疑惑浮上…金博洋の高得点巡りISU調査へ
 平昌五輪フィギュアスケート男子シングルは羽生結弦(ANA)が圧巻の舞いで金メダルを獲得し、66年ぶりとなる五輪連覇を果たした。銀メダルの宇野昌磨(トヨタ自動車)ら実力者が大会を彩ったが、中国人ジャッジの不正採点問題が浮上。調査が行われる方針という事態に発展している。スペイン地元紙「ムンド・デポルティーボ」など、海外メディアが一斉に報じている。

 記事によると、男子フィギュアで7番目のジャッジを務めた中国人のチェン・ウェイグアン氏が、採点を操作した疑惑が浮上。297.77点で4位に入った金博洋(中国)に対して高得点を与えたことが問題視されており、「他のジャッジは日本のユヅル・ハニュウ、ショウマ・ウノ、スペインのハビエル・フェルナンデスに続く4位に終わった中国人スケーターのプログラムに明確に低い採点をしていた」と報じられている。

 中国人ジャッジによる中国人スケーターに対する採点には疑問符が付いた。プログラム・コンポーネンツ・スコア(構成点)は他のジャッジが7点台をつけている要素で9点台を連発。一方、メダル争いのライバルとなったフェルナンデス、宇野に対して、9人中で最も低い評価を下している。

 国際スケート連盟(ISU)の規律委員会は今回の採点を調査する方針を固めたという。さらに、1年間の資格停止処分を受ける可能性も浮上している。

 この問題はメキシコテレビ局「ウニビジョン」、ドイツ地元紙「南ドイツ新聞」も報じるなど、世界に波及している。
THE ANSWER編集部


「この際だから、色々な不審な行動を洗ってみますか?」「賛成!」と言う言葉が起きれば良いですね。
期待するだけ無駄ですが妄想は自由ですからね。(微笑)




ジャーナリストも地に落ちたものですね。まぁ~マスゴミと違いはないようですね。
江川紹子と言えば新興宗教問題で色々と活躍されたと言う印象でしたが、ちょっとした常識を知らないとなると、これはほっとけませんね。
ただ、江川氏を擁護するならH選手は、ポッ!と出で金メダルですから個人で頑張ったかもしれませんね。
でも、宇野昌磨選手は、日本人としての誇りは持ち合わせておりますよ!

先に書いた様に、自分を超える事を許さないとするなら・・・、ここまで日本人離れした方はいらっしゃらないでしょうね。
連盟推しは・・・・。日本人の魂は無いでしょうね。

そして、リンク先の下にある五輪での男子の表彰式の動画が有るのですが、実に疑問の出る場面ですね。
とても不思議な光景です。

◆Share News JAPANより

羽生金・宇野銀】ジャーナリスト江川紹子氏のツイートに避難殺到!… 『「日本人スゴイ!」じゃなくて、「羽生選手すごい! 宇野選手すごい!」だから。』
▼ジャーナリスト江川紹子氏のツイート
テレビの人へ。「日本人スゴイ!」じゃなくて、「羽生選手すごい! 宇野選手すごい!」だから。




https://twitter.com/amneris84/status/964380640970883073

◆江川紹子プロフィール
江川 紹子は、日本のジャーナリストである。東京都杉並区生まれ。
千葉県立船橋高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部卒。卒業後の1982年(昭和57年)から1987年(昭和62年)まで、神奈川新聞社の社会部記者として警察取材や連載企画などを担当。29歳で退社し、フリーライターとなる。
1989年(平成元年)には、息子がオウム真理教に出家した母親から息子の脱会について相談され、弁護士の坂本堤を紹介する。その後弁護士一家が行方不明(のち一家皆殺しで発見。坂本堤弁護士一家殺害事件)となって以来、オウム真理教問題の取材に取り組む。その存在がオウム真理教に疎まれて暗殺が計画され、未明の就寝中部屋にホスゲンガスを注入されたが、音に気づいて電灯を点けたところ犯人たちが逃げ、噴霧された量が少なくて済んだため難を逃れた(江川紹子ホスゲン襲撃事件)。
生年月日: 1958年8月4日 (59歳)
江川紹子 – Wikipedia


しかし、率直な疑問ですが表彰台に乗る時に飛び乗ると言う事で悪かった筈の足は、大丈夫なの?
捻挫と言われて、痛くて痛くてしょうがない状況だったとマスゴミは言っていますが?
裏付けは取ったのかな?
また、しばらく滑らないと言う方向で、「あの時跳びならなければ良かった、あの時にまた、痛めてしまった。
だから、嫌わないで欲しい!」って訳が分かりません。
江川氏は悪いですよね!どんな時も、ジャーナリストが冷静さを失ってどうするの!(苦笑)




お名前をだせば、見てもらえる割合が増えるのでしょうね。
むやみに浅田真央さんのお名前をださないで欲しいものですね。
私が反応してしまいます。(笑)
良い事に使われるのが一番、ついつい、いつものマスゴミと考えると、良い事は一切ありませんからね。
真央さんのお名前を使う以上は、せめてスポーツに関わる事であって欲しいですからね。

◆スポーツ報知より

16歳・岩渕麗楽3位突破 真央さん超え最年少メダルだ
◆平昌五輪第11日 ▽スノーボード女子ビッグエア予選(19日、アルペンシア・ジャンプセンター)

 新種目の女子ビッグエア予選で、岩渕麗楽(れいら、16)=キララクエストク=が2回転半する「キャブ900」を決め、92・75点の3位で23日の決勝に進出。フィギュアスケート10年バンクーバー五輪銀メダルの浅田真央さんが持つ、冬季五輪の日本女子最年少メダル記録(19歳5か月)更新が見えてきた。藤森由香(31)=アルビレックス新潟=は94・25点の2位、鬼塚雅(19)=星野リゾート=は86・50点の7位で決勝へ進んだ。

記録に執着したところで、とても無意味、それより、記録が破られる時こそ、選手冥利に尽きると言うものですよね!真央さん!(微笑)




◆浅田真央さんの動画のご紹介です。
動画主の皆さま、ありがとうございます。ご紹介させて頂きます。(微笑)


★【60秒CM】沖縄ファミリーマート 『家族家 国道508号線「結」AKB48」篇』 / AKB48[公式]


◆村元哉中選手&クリス・リード選手組の実りある五輪、お疲れさまでした。
印象に残りました。(微笑)
★【NHK】ノーカット(実況なし)村元・リード組が魅せた!フィギュアスケート団体予選 アイスダンス・ショートダンス<ピョンチャン>


★【NHK】【ノーカット実況なし】村元・リード組が見せた桜の舞 アイスダンスフリーダンス<ピョンチャン>


◆ご存知ですか、アイスダンスは、ジャンプを跳びません。その分、選手の皆さんのスケーティングスキルは、高いと言われています。
★ペアとアイスダンスの違いとは


★ストナWEB限定ムービー「カゼニモマケズ」


★新潟米コシヒカリ×浅田真央 まおむすびメイキングムービー Vol.3「ごはんがとまらない」篇


★interview , backstage / DOI 2010


★浅田真央(mao asada) Web アイスショーへようこそ! ~ エキシビションのアンコール特集! 【保存版】


★WTT2013 EX Mao ASADA




いつもご覧頂きまして感謝申し上げます。いつまでも真央さんと舞さんをよろしくお願い致します。(微笑)
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辞めても真央さん応援は辞めません。(微笑)

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コメント (2)
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