「日本にバレンタインデーはあるのか」
と義母に尋ねられた。
「女性が男性にチョコレートを贈る日ですよ」
と答えると
「それはちょっとヘンね」
と言いながらも、義母は納得していた。
ここでもバレンタインデーにさまざまな贈り物が飛び交うからだ。
さて、義母の子供の頃のバレンタインデーはこのようなものだったらしい。
祖父母が孫に現金を贈るのだ。
義母の祖父は吝嗇な人だったそうだ。
2月14日にきょうだいで祖父母の家を訪ね、まず、祖父に現金をねだった。
祖父はポケットを裏返して見せ、空っぽであることを証明し、
「おばあちゃんにもらいなさい」
と言い放つのだそう。
子供たちはもとともと祖父には期待していないので、形式的にねだる振りをし、
次に祖母のところでいくらかの小遣いをもらったのだそう。
この、義母の祖父は決して貧しかったわけでなく、むしろ、この集落での成功者だったらしい。
いまでも親族に残る広大な土地、身分不相応なウチのばかでかい敷地は彼の功績の名残である。
彼は身内には非常にケチだったらしい。
アメリカに移住した弟、ミュンヘンでパン屋を開業した他のきょうだいたちに資金援助を頼まれても一切を断っていたそうだ。
ところが、身内で無い人々には寛大だったそうで、
この集落に電気を通す事業に金を寄贈したりしていたそうだ。
自分の祖父を語る義母の表情には、彼に対する敬意や愛情を感じない。
あまりにも経済的にいやな思い出があると、このような感情になることを、私はよくわかる。
義母のバレンタインデーの思い出がケチな祖父、ってのが現在の社会状況とまるでそぐわないのでちょっと笑える。
貧しい時代のドイツ生活の様子を義母からいろいろ聴かされているが、
バレンタインデーも貧しかった彼女の思い出、ちょっと悲しい。
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スーパーなどの広告をみても「祖父母が孫にプレゼントをする日」という片鱗をうかがわせない。(右写真は孫に与えるぬいぐるみ、と見えても自然かな?)
義母の周辺だけの出来事だったのだろうか、時代とともに変遷していったのだろうか。
追記(急に思い出した)
あと数年で70歳になる友人の話。
山形の山奥が故郷の彼女の子供の頃、そこでは現金を使って生活する環境ではなかったとか。
義母が子供の頃に現金を贈られる可能性があったというのは、それだけでも凄いことだったのかもしれない。
世の中全体が貧しかった頃の話を聴くと、今の生活が質素にしていてどれだけ派手なのかを思い知らされる。
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