怠慢主婦 ドイツで同居 

日本食を食べなくなって数年。義両親のドレイとなってすでに何年になるだろう。遠い目しながら、今日も行き抜いてやるぞっ

ミニマリストにはなれない

2017年02月24日 | カテゴリー分けするのに飽き
古本屋で、ちょいと親しくなってきたおじさんと地理について話題になった。
「ご実家のある辺りの緯度はどのくらいですか」
緯度というドイツ語も聞き取れなかった上に、東京付近の緯度も知らなかった私。
しどろもどろになっていたら、彼はたくさん並ぶ本の中から、ちょうど日本の中学校などで使うような地図を探し出して持ってきた。
「これをあなたに買って差し上げます」
と言うので、丁重に辞退した。なにせ、住まいには三冊もの地図帳がある。日本語の書籍なので私にはよりわかりやすい。
 
それでもおじさんはひどく固執するので、好意をありがたく受けることにした。たったの一ユーロだし。
しかし、この本は重たかった。他に荷物がたくさんあったのでちょいと苦労した。
手提げ袋はたくさん持ち歩かなければならないドイツ生活。

最近、夫にもらった傘。
なぜ傘?と思いながら広げたらウサギ柄。
リス柄を見つけたかったらしいが、なかったので、自分の愛称のウサギにしたらしい。

傘もねぇ・・・三本もあるのだけれどぉー、と言いたかったが、雰囲気を壊してはいけない。
夫は私が傘不足で悩んでいるのを解消するために買ってきたわけではない。面白い柄だから、とお遊びの感覚だったのだからありがたく一緒に面白がらなくてはならない!

このようにして、余計な物資がどんどん増えていく。
どれも大事にするように心がけている・・・
贈り物って難しいよなぁ、と誰かに何かをあげたいと思うとき悩んでしまう。

余計な物を持たずに暮すのを心がけている人たちは、贈り物にはどう対処しているのだろう。
無下に断るのは人間関係をちょいとまずくする場合もあるぞ。
人との関係を絶つ、という方法もあるが、関係がないと生きている楽しさがかなり減少してしまうのではなかろうか。
実家のように、親族で盆暮れの挨拶の品を省く話し合いをして実行しているのは好感が持てる。
夫や子供が、妻や母親を喜ばせるために贈り物を提供するのを断るのは難しい。
ウチでも誕生日やクリスマスの贈り物は廃止の傾向にあるかな。

無駄に感じる物資を保存しておける気持ちや場所のゆとりを持って生きるほうがお徳かもしれない。
私はミニマリストにはなれそうもない。


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