RC-NET(レイプクライシス・ネットワーク) BLOG.

RC-NET STAFFによる、日常の些細な出来事から、お知らせまでいろいろなぶろぐ。

サバイバーが生きやすい社会を

2013-06-18 02:42:57 | スタッフ雑感
6/23~25 第一回レイプクライシス・ポスター展

6/23 オープニングパーティー

6/24 PANSAKU(ぱんちゃん)ライブ

6/25 タテタカコライブ


------------------------------------------------

ポスター展まであと5日、というところで、
いろいろと準備も進んできました。

印刷屋さんからポスターがあがってきて、一通り見ると、やはり思い浮かぶことは沢山。
こうして作品を作ってくれた人の想いであったり、ポスター展を開催するにあたり協力いただいた多くの人の顔、
出演を快諾してくださった森さんやPANSAKUさん、タテタカコさん。
まだどういう場が作られていくのかは分からないけれども、
願わくばこの場所が、一人でも多くのサバイバーにとって、心休まる場所になればと思っています。
この場所にこれなくても、
少しずつでも、この会を開くことが、誰かの心に残って、そして、
「サバイバーが生きやすい社会を」つくる原動力の少しだけでも、担えればなと願います。

被害にあった、ということは、多くのことに影響を及ぼすと思います。
もちろん、気持ちの面でもそうでしょうし、生活環境にも影響は及びます。
家庭や学校や職場、多くの場で生き辛さを感じることもあるかもしれないし、
具体的に、金銭的な問題や就労上での問題などが起こることがあるかもしれません。
そのことについて、より簡易な形でサポートが受けられるようになれば少しは生きやすくなるかもしれないし、
被害事態を「他人事」「違う世界のこと」と思わずに、
「誰にでも、自分にも起こり得ること」と人が認識することで、たったそれだけのことで、
サバイバーの生きやすさは増すとも思います。
サバイバーに起きていることは、決して自分自身にとっても無関係ではないんだと思えば、
心ない二次被害は減るのだと思います。

以前、講演の際に「マイノリティに優しくする、ということは分かりましたが、具体的にどうしたらいいのか」というような質問をうけました。
「まったく伝わらなかったんだな、という気持ち」です、と率直に言うしかありませんでした。
自分自身が言いたかったことを伝えるだけの技量のない自分を情けないなとも思いましたが、改めて、
「マイノリティは可哀相な存在じゃないです。優しくしてあげなければいけない存在じゃない。個人の問題は社会の問題です。だからこそ、具体的に困っていることがあればそこに対処できる社会にしなければいけない。」
というようなことを答えました。
これは、「サバイバー」と置き換えることが出来ると私は思っています。

優しくしてあげる、だとか、
助けてあげる、だとか、
気を使ってあげる、だとか、
「~してあげる」系の上から目線って、大概何も解決しません。
その時はいいかもしれないけど、ずっと見守って「あげる」ことなんて出来ないのだし、
してあげちゃったら最後、どうしても人は、その人が「自分の思う姿」になることを望んでしまうから。

人っておもしろい程に多様だし、
想像を遥かに越える力をもっているのだと思います。

だからこそ、
「性暴力ってなんだろう?」
「サバイバーが生きやすい社会ってなんだろう?」
その答えは、100人いれば100通りの答えがあっていいのだと思います。

みんなが違う想いを持っているけれども、
一つのテーマを同じ場所で共有して、それぞれの想いに目を、耳を、傾けていたい。
そしてその場所は、ことごとく、安全な場であるように。
このポスター展でやりたいことは、そういうことなんだろうな、と思っている今日この頃です。

誤解を恐れずに言うと、私は「サバイバー」が好きなのだと思います。
だって、ここまで生き抜いてきたし。
大変なこともあっただろうけども、今生きていることや、これからも生きようとすること、諦めてしまいそうな時、自暴自棄になるような時も含めて、
その姿は、とてもパワフルで、素敵だと思っています。
これからも一緒に生きていたいし、
いや、ていうか、一緒に生きているし。

だからこそ、
「サバイバーが生きやすい社会を」作っていきたいのです。

それに、サバイバーが生きやすい社会って、たぶん、サバイバーじゃない人にとっても、生きやすい社会だと思う。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ある画家の生涯。恐れず、おもねらず、あるがままに。

2010-11-07 00:10:47 | スタッフ雑感
今日は、ふと思い出した、私の尊敬する画家についての話をしたい。


戦時中、沢山の芸術家、画家が、自らの表現を封印せざるを得なかった。

その時、パターンは二通りあったと私は思う。
というか、2パターンの画家を個人的に知っている。

彼らは日本画家と、洋画家、だ。

日本画家も、好きな絵を描けなくなった。
しかし、彼は仕事を失うことにはならなかった。
『贅沢は敵だ』と標語をかき、国民を奮起させるための絵、デザイン制作に従事した画家は多い。コマーシャルアートとしての需要だ。

もちろん、そんな声をかけられなかった人も、そんなことするものか、と、しょっぴかれた人もいたわけだけど。
日本画、というツールは、奪われなかった。
彼らは、自分自身を奪われることはなかった。

一方洋画家は、ツールを奪われた。心酔していた、信じてきた、自分自身を奪われた。
しかしその画家は、油絵の具を失うことは、自分にとっての死だということを知っていた。
徴兵された時に、隠れて絵の具を持ち込んだ。
ただ、見ているだけでよかった。たまにあけて、匂いを嗅いだ。ヨーロッパの街並が、
ココロに浮かんだ。

上官に絵の具が見つかり、画家はひどく殴られる。
絵の具を捨てられ、絵を描くことを禁止された。
しかし、一つだけ、隠し持っていた絵の具のチューブがあった。
画家は、その絵の具を、夜中、トイレの近くに埋める。

画家は、絵を描くのをやめなかった。
トイレの中で、短い時間であらゆる紙の切れ端に絵を描いた。
何度も上官に見つかっては殴られる。

しかし、やめなかった。

画家は毎日見た。あらゆる物を、絵のモチーフとして、その一瞬のうちに、絵に出来るように、
描くことを、諦めないために。

画家は毎日願った。

戦争が終わり、ヨーロッパを自由に旅出来る日を。

そして、画家は終戦後、ヨーロッパはじめ、沢山の国に行き絵を描き続けた。

画家は老齢になり、子供たちに絵を教えるようになる。

『絵が上手になるコツはね、よーく見ることだ。葉っぱを描きたいならその葉脈の一つ一つまで理解することだ。そうすれば、自ずと自分の形になってくれるんだよ。とにかく、見ること、そして、描き続けること。画家っていうのはね、描くことですべてを知るんだよ。迷ったなら、描くこと。ただひたすらに、描き続けなさい』と、
子供たちに伝え続けた。

『君らは希望に満ちているんだ。まだ、生まれてもいない。恐れるな、失敗なんてない。』
画家は、自らを振り返っては、子供たちに、そう伝えていた。


私は、この人を尊敬している。
尊敬という言葉がこれほどフィットする人間は私の中で他にいない。


恐れるな、失敗なんてない。

まだ私たちは、生まれてもいない。



こうした思いの中で、戦後日本の美術というのは飛躍的に躍進したんじゃないかと思う。
岡本太郎の言った『芸術は爆発だ』という言葉、
まさにそう、あの時、芸術家たちの芸術への思いは、爆発していたのだ。

これは、今、私たちを取り巻く環境にも似ている。

性暴力被害者は長きにわたり虐げられてきた。
その中で諦めず闘い続けてきたフェミな方々や、当事者、支援者たち。
その土台ありきで、私たちは今ここにいる。
今、声を出せる今、
その思いを爆発させてもいい。

しかしなぜ、こんな長々と芸術家の話をしたかと言えば、
彼らは戦ったのではないからだ。
彼らは、戦わなかった。
ひたすらにに機が熟すのを待ち、
まわりがいくら変わろうとも、自分を変えなかったのだ。
そして、貫き通した。

その様は、まさに非暴力だった。

そして、彼らにとってそれは、義務ではなかった。とにかくココロを突き動かす衝動、信じたもの。自分の表現の発露。


だからこそ、人のココロを動かした。
私のココロを動かした。


これなんだ、私がやりたいことは。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

地域支援

2010-10-19 02:31:16 | スタッフ雑感
わかっている人は、わかっている。

それは、レイプクライシスを自分が代表としてやりだして、もしかした一番の実感として感じたことかもしれない。

今までずっと隠そうとしてきたこと、一人ぼっちだと思っていたこと、そうした人に、どう声をかけたらいいか、わからなかったこと、
それに対して、
あれ、
こんな人もいるんだ、
あれ、
こんな思いをもってる人がいるんだ、
と、
あらゆる出会いに、私はすごく力をもらいながら、この一年を過ごしてきた。

組織というものの中では見えてこなかったこと、
自分から発信し始めてから、それでこそ見えてきたものが、本当にたくさんある。

この一年は、私にとって、すごく大切な一年だった。

RCSNKを再開させる、と決めたとき、覚悟を決めた。
私は、これで生きていけるようにするんだ、と。
私だけじゃない。
学歴だとかキャリアだとかは、正直どうでもいい。
ただ、そこに思いを向けて、それについて、人生という学びの中で、必死に学び、真剣に考え、自分としての目指すものが見えた瞬間から、
市民活動というのは始まるのだと思う。
そこに賭ける人がいるのであれば、私は、この道で食っていくことが出来る人を創出していきたい。
世界を作っているのは、偉いさんの鶴の一声ではない。一般市民の、切実な、生の声だ。


私は、生涯を通じて、プロになりたくない。
一素人でいい。一市民でいい。
同じ土台に立って、 一緒に生きていきたい。
必死に足掻いていたい。一生懸命生きていたい。馬鹿だといわれても、生き辛くても、
自分の心に正直に生きていたい。

だからこそ、自分の思いで、自分の色で、どこまでいけるだろう、とチャレンジし続けたい。


と、いうのは、RCSNKを再開させてから、一年が経った(と、さっき気づいた)今、私の心にある思い。
その思いを持続できるだけの、素敵な出会いや、出来事がたくさんあった、そんな一年だった。

ありがとうございました。本当に。


と、そんな日ですが、
今日は梅田であった「HIV陽性者をめぐる地域支援の連続性」というシンポジウムに行ってきました。
私に、こうした世界で生きていくためのきっかけをくれた、ぷれいす東京から、生島さんが参加されるということで、生島さんの隠れファン(ダンディズム。ほんとに、“隠れ”ファン。面と向かっては、話せません。爆)な私は仕事をサボって行ってきたのですが(笑)
今回のHIV/AIDSの地域支援に関する研究、調査報告を生島さんたちがした後に、
関西でのHIV陽性者へのサポートを地域社会においてされている方々のお話がありました。
一番に思ったのは、
“分かってる人”、理解ある人は、いっぱいいてる。でも、それを“地域に戻って”実践出来る人は少ない。ということ。
でも、“いる”という事実。
いくら研究が進もうが、いくらコミュニティーが大きくなろうが、それが地域に還元されなければ、どうにもならない。
HIV/AIDSに対する差別や偏見はいまだに多い。
同じ職場にHIV+の人がいたら、HIV+、AIDS発症後の人のホームヘルプに入る要請があったら、
拒絶反応を起こす人は、やっぱり多い。
いくら“分かってる人”がいようとも、実際の地域に戻ったとき、それを実践できている人なんて、地域なんて、ほんの一握りなんだ。

ということは、
まだまだ、これからだ、ってことだ。
それでも、まだまだなんだ、ということだ。


性暴力でも同じだと思う。
実際目の前に当事者がいたら、社会は差別をする。偏見の目を向ける。
生き辛い。
被害者保護がどれほどに訴えられようとも、
リアルなものだと、感じてもらえない。
一部にどれほど思いを向けてくれる人がいようとも、
実際、生活は楽にはならないし、世間的な目もきつい。大きな声を出せない人は、社会という渦の中に、飲み込まれてしまうんじゃないか。

世界中には、ありとあらゆる“問題”がある。
私だって、その全てを理解しているわけでもなければ、知っているわけでもない。
当事者にとってはとてつもなく大きな問題である一方で、「自分には関係のないこと」と思ってしまったら最後、
一生涯、触れずともすむことだ。

私は、研究者でもなく、その道のプロでもなく、
地域社会の一市民として、これから社会に対して何が発信できるだろう。

まだまだ、わからない。
存在として、こんなちっぽけな一人の人間に出来ることは、きっと限られている。
だからこそ、そのちっぽけな声を、これから一人でも多くの人に、伝えていくのだ。


問題を大きく捉えて広く全体に伝えていくこと、
目の前にある問題に対して、この社会という資源を最大限、有意義に生かして一人の人に伝え、行動していくこと、
その二つの、
マリアージュ♪を、
私はこれから、味わっていきたい。

そうした存在に、なれたらいいなと思う。



「人生をフルコースで深く味わうための
幾つものスパイスが誰もに用意されていて
時には苦かったり
渋く思うこともあるだろう
そして最後のデザートを笑って食べる
君の側に僕は居たい」


ミスチルが心に沁みるZ!!

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

恐怖感というもの

2010-10-17 16:50:40 | スタッフ雑感
最近沸点が低すぎる、と友達に笑われた岡田です。

面目ない。

思うに、これまでの人生ではかなり、我慢していたんです。
ほら、あれですかね、
正しいことを正しいっていうのが恥ずかしいお年頃、みたいな感じだったんです。というと、私を知っている友人たちは、「んなことねぇだろ」と言うかもしれませんが、
私の内部事情としては、そうだったんですっ。(と、架空のことにすでに怒り気味。爆)


嫌なことを、嫌だって言えない。

居たくないのに、帰るって言えない。

痛いのに、痛いって言えない。

泣きたいのに、泣くことを拒んでしまう。

逃げたいのに、逃げられない。

怖いから。


先日、「命綱もなしに50mくらいんとこに登っても、俺には“落ちるかもしれない”という想定はないから怖くない。その、想定をなくすべき」と言うようなことをおっしゃった方に、
あぁそうだな、それはすごい分かるな、と思いながらも、

「でも、50mから命綱もなしに何度も何度も落ちていたり落とされていたりしたら、やっぱり怖いんだよ。
それでも“私は落ちないんだ”って思い込んで進むためには、めちゃくちゃ覚悟がいるんだよ」
と言うようなことを言った。

そうなんだ、
確かに怖い。だけど、その恐怖感は、もしかしたらただの“心配”に終わるのかもしれない。
だからこそ、前に進みたい。
でもそこにある恐怖心は、決して気のせいなんかではなく、気の弱さなんかではなく、確実にある、私自身の、そしてあなた自身の気持ち。

でもそこに留まりたくないなら、
やっぱり覚悟しなきゃならないときもある。

ただ一つ確かなのは、
そんな焦らないでいいし、ゆっくりでもいい、間違ってもいいし、グダグダでもいい、そして、
絶対に、諦めなければいいだけなんだと思う。

その日はいつか、来るって信じること。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

CM作ってみました

2010-09-16 17:26:15 | スタッフ雑感
完全に遊びの領域ですが。

<script type="text/javascript" charset="UTF-8" src="http://cmizer.com/javascripts/version02/swfobject.js"></script><script type="text/javascript" charset="UTF-8" src="http://cmizer.com/javascripts/version02/cmizer_1_0_1.js"></script><script type="text/javascript">var cm_option = new Object();cm_option["auto_play"]="true";cm_option["repeat_play"]="false";cm_option["mute"]="true";cm_option["volume"]="0";cm_option["jump_action"]="normal";SetPlayer("cmizer.com/swfs/cmizer_player.swf",420,390,"cmizer.com/cm/movie/p/75/3z/5if8t.xml","113793", cm_option);</script>


最後にどうしても「うちら結構出来る子やしね」が入ってしまう。
やめてーやめたげてー
でもこういうのも、おもろいですね。


追記(9/18)
15秒バージョンも作ってみた!
こっちの方が好きかも。

<script type="text/javascript" charset="UTF-8" src="http://cmizer.com/javascripts/version02/swfobject.js"></script><script type="text/javascript" charset="UTF-8" src="http://cmizer.com/javascripts/version02/cmizer_1_0_1.js"></script><script type="text/javascript">var cm_option = new Object();cm_option["auto_play"]="true";cm_option["repeat_play"]="false";cm_option["mute"]="true";cm_option["volume"]="0";cm_option["jump_action"]="normal";SetPlayer("cmizer.com/swfs/cmizer_player.swf",420,390,"cmizer.com/cm/movie/2/n9/4e/smj2v.xml","113792", cm_option);</script>

コメント
この記事をはてなブックマークに追加