ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

ディズニーシーに一番乗りする方法

2012-10-31 | お出かけ

先週一週間、息子の「誕生日ウィーク」で遊び倒した我が家です。
一日ミラコスタ(ディズニーシーから直接出入りできるホテル)に宿泊し、
全くそのつもりはなかったのですが、「ライド一番乗り」の快挙(と呼べるなら)を
達成しましたので、ご報告。

週末のディズニーがいったいどんな惨状になるかは知らないではなかったのですが、
宿泊が週末にかかってしまったので仕方ありません。

宿泊者特典とも言える「開演20分前の入場」を利用して突入!

口では不承不承のようなことを言いながら、その場になると、これは燃えます。

週末、ディズニーリゾートはなんと開演が朝8時。
知りませんでした。お伽の国の朝は早い。

ただし土日祝祭日に限る。

「ホテルからのお知らせによると7時40分に専用入り口前に来るようにとのこと。


「行く・・・・よね?」
「行く」(きっぱり)

7時に息子をたたき起こすと、疲れているであろうのにがばっと跳ね起き、
「朝ご飯食べてる時間無いからライドに乗ってから食べる」

おい・・・。



ここが専用入り口。
係員が列に並ぼうとする人に宿泊証明の提示を求めます。
左の列は8時に入場しようと並ぶあまりにも多くの人々。

実は前回宿泊したときにはホテル内から直接入れたのですが、
いつから変わったのか「いったん外に出て専用入り口に並ぶ」という方法になりました。
ホテルのロビーを出てすぐ階段を下りるのですが、わたしたちがそこを通ったとき、
誰もいなかったので(案の定説明をろくに読んでいなかった)舞浜駅まで行ってしまい、

「あ、ここかな~たくさん並んでるし。(前の男性に)
あのここ、ホテル宿泊者専用入り口の列ですか?」
「トイレですけど・・・」(困惑の表情)
「あ・・・すみませんありがとうございま/////」

朝っぱらから恥を「一番かき」してしまったわ。



そんなことはどうでもよろしい。
早く入園した人たちのために、キャラクターが総出でお出迎え。
ピノキオに羽交い締めされる女の子。
これ微妙に嫌がってません?



これが目的で宿泊する人もいるのかな。

 

しかし、早く入ったからと言ってアトラクションに乗れるわけではありません。
ここから先には午前8時00分を過ぎないと行くことは出来ません。

 

信じられないくらい静かな瞬間。
ポップコーン屋さんもまだ開業前。

息子の綿密な計画により

「まずセンターオブジアースのファストパスを取って、その後、
レイジングスピリッツとインディアナジョーンズに二回ずつ乗る!」

はいはい。

開園になったとたん、走る息子。

なぜ走る。

こういうときに走るなどと、「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」の歌詞にもあるとおり
「紳士(勿論淑女も)たるもの決して走ってはならない。
但し飛行機の乗り換えに遅れそうな場合を除く」

を家訓にしている我が家の後継ぎとして恥ずかしいとは思わないのか。

「ママ、遅い!」

分かりましたよ走ればいいんでしょ走れば。
すると、彼方に見えてきたその景色は!



おお、見るがよい。
レイジング・スピリッツの前で、我々の一番乗りの健闘を讃えるために、
キャスト(従業員ね)が総出で手を振って迎えてくれているではないか。



「もしかして一番乗りですか?」
「そうです!おめでとうございます!」



最初の客には入り口からライドまでアテンドがつきます。
そして、たった二人で乗車。



朝一番の一番頂上から眺める景色は、お目に掛けられず残念ですが、最高でした。

以後、午前中は次々とファストパスを取りまくり、
この日は5時には次の予定のためパークを後にしたのですが、
「なんだか平日よりもずっとたくさんのアトラクション行ったね」
と二人で感心するほどの充実ぶり。

というわけで、「宿泊し、全力疾走し、そしてファストパスを乗ろうが乗るまいが、
取れる時間になったらさくさく取り粛々と予定をこなす」
というのが、休日のDRの効率的な楽しみ方であると会得しました。

・・・・会得したからなんだ、って話でもあるんですが。



朝ご飯を食べなかったので、何か食べようと言うことになり、
ご飯を薄いポークスライスで巻いたおにぎりのようなものを
(不本意でしたが)半分ずつ食べ、朝ご飯の代わりにしました。

ここでふと上を見やるとこんな看板が。



息子が見つけたのですが、この下の段に書かれた

「厳格なコーシャの小ダラ」

アメリカに住んでいたときに謎だったのがこの「コーシャ」。
ユダヤ教の戒律には食べ物に対する厳しい決まりがたくさんあるのですが、
その決まりに反しないような調理法、取得法を為されたものを「コーシャ」といいます。

塩、肉、この看板のように魚、あらゆるものに制限があるようですが、
「それではどういうものがコーシャか」ということは、あまりにも範囲が多岐にわたっていて、
外国人には皆目理解不能です。

屠殺するときに、「喉をかき切る方法ならコーシャである」というのは、

非常に印象的でしたので覚えているんですが。

息子が
「こんなところでコーシャって知っている人いるのかな」
「まあ、雰囲気よ、雰囲気」



雰囲気と言えば売店の上のこのでかでかとした看板。

「妻はこの掘っ立て小屋の前でメシを配っているが、
わしはここを後ろに廻ったところでまだエンジンの修理をしている」

これ、後ろに廻ってみると、本当に修理中のエンジンがありますよ。
もしレストラン「サクラ」の横のスナック売り場でこの看板を見たら確認してみて下さい。





パノラマ機能が初めてディズニーリゾートで役に立った瞬間。

ところで、この日「レイジング・スピリッツ」には合計4回乗ったのですが、
むかし息子はこれに乗るのが怖くて「乗ろうよ」というのを断固拒否していた時代があったのです。

そんなかれも13歳。
走ってそのローラーコースターの一番乗りを目指し、何回も乗りたがるお年頃。
そして、
「近いうちに友達と来ていい?」などと言い出しています。



そろそろディズニーにかれと行くわたしの「任務」も終りに近づいているのかもしれません。



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自衛隊観艦式観覧記~「がんばれ、ミサイルくん」

2012-10-30 | 自衛隊

こんな巨大な写真でアップするようなもんか?

という声が聞えてきそうですが、いいんです。
エリス中尉、この「ミサイルくん」がすっかり気に入ってしまったものですから。

このミサイルくんを演じた自衛官が誰だか分かったら、
この写真をパネルにして贈ってもいい、というくらい、萌えました。

先日、わたしが「自衛官カフェ ひゅうが」と書いたことについて

「自衛官カフェ」はいいですね。思わず想像してしまいました。

というさくらさんのコメントがありました。
最近コメントが多いのですぐにトップページから消えてしまい、
読んだ方があまりいないのではないかと思いますので、再掲しますと、
それに対するエリス中尉の返事は

「自衛官カフェ」
注文を受けた自衛官は必ずびしっと敬礼をしてくれ、
メニューには「海軍カレー」「海軍コーヒー」「自衛隊の缶詰ケーキ」、
また日替わりで各自衛艦の自慢のレシピによる「本艦のメニュー」があり、
BGMは海自音楽隊。

必ず1時間に一回「行進曲軍艦」が演奏されます。

お店のアトラクションは、寸劇「CIWSくんとミサイルくん」などのコントを
若い自衛官たちが身体を張ってやってくれ、
さらにお勘定を済ませると総員が白手袋を付け、帽振れをして送り出してくれます。

こんなカフェがあったら、絶対行きたい!


あ、ついでに、この際妄想全開で付け加えれば、この店では客にもそれなりの「海軍度」が求められ、
注文の際には必ず敬礼して
「願います」
と言わなくてはなりません。
入店するときは必ず掲揚されている自衛艦旗に向かって一礼し、さらには「願います」を
「ねえす」
と発音すれば「ただ者ではない!」と思われ、VIP扱いされます。


という具合に、相変わらずのエリス中尉ぶりを発揮しているようです。(←人ごと?)

前置きが長くなりましたが、このコメント中の「CIWSくんとミサイルくん」、これは実は実話です。

「ひゅうが」では、自衛官たちが見学者のために至るところで工夫を凝らした「出し物」を
見せてくれました。
これもその一つ。

「ひゅうが」には、護衛艦として当然の搭載武器がいくつかありますが、





どの艦でもすることですが、このように搭載武器の前に、
説明パネルを置いてあります。



良く出来ていると思ったので、説明部分アップ。
勿論近辺にいる自衛官たちも説明を求められれば、
かなり詳しく(詳しくない人もたまにはいるようですが)それに応じます。
 

この、甲板艦首部分に搭載されているCIWSですが、



ちゃんとこのようなパネルが前に置かれています。

興味をお持ちの方に説明すると、左側の文章は

Close-In Weapon System

自艦の防御システムをくぐり抜けた対艦対ミサイル等を
撃破するための最終防御システムです。

砲、レーダー、コンピュータが一体となっており、
目標の捜索から攻撃までが完全に自動化され、
射撃が開始されると、目標と弾丸の両方を追尾し、
コンピュータで目標と弾丸のずれを計算し、
誤差がなくなるように弾道を自動修正することで目標を撃墜します。

本艦CIWSには赤外線による自動追尾機能が追加され、
高、低速航空機、ヘリコプター、ボート、浮遊機雷、
艦対艦ミサイルの対処が可能です。

砲身は6本のバルカン砲を使用し(略)


すげー!

いちいち驚いてしまいますが、それでも命中率は百パーセントではない、
ということですね。
元海上幕僚長のお話によると。(←強調)


このCIWSについての説明がアトラクションで行われました。
なんと、空砲を作動させて見せてくれたのです。

ところで、何回かあの巨大エレベータで上がったり降りたりしたエリス中尉、
あるとき同じエレベータを待つ、怪しい人影を発見。



そう、これがミサイルくんとエリス中尉が出逢った瞬間でした。
「なんかあるんですか」
たまらず本人に尋ねると
「これから上でデモンストレーションがあります」

しかし、よくこんな黒子の被り物が自衛隊にあったなあ。
エレベーターを待つ間、カメラを向けると



か、かわいい・・・。
黒いVサインが可愛すぎる。
ちゃんとミサイルの炎もそれらしいですね。

わくわくしながらミサイルくんに着いていくと、



こちらの海曹が説明を始めました。
まずは、「CIWSくんが皆さんにご挨拶します~」
CIWSくん、ゆらゆらとお辞儀をして見せ、観客大喜び。

これは、横にいたインカムの自衛官が、階下の砲術係に
「はい、CIWSくんダンス願います」
とキューを出しているのにちがいない、などと思いながら見ていました。

この海曹氏もなんだかとぼけた人で、

「今からその説明をしますので、軽く聴いて下さい」

それにしても、CIWSくん。ダンス。ご挨拶。

まんまとこれは搭載武器を萌え化しているではないか。自衛隊。
いいのか?そんなことでいいのか?

とは個人的にはまったく思いませんでしたが、
旧軍の砲術屋が見たら真っ赤になって怒りそうな光景ではあります。

・・・・いや、ユーモアを解するのが海軍のモットーだから、もしかしたらこれもありかな。

さて、一通りの説明が「軽く」終わってから、いよいよミサイルくん登場。

実はこの後、艦内の特設ステージで自衛隊員出演、
「ひゅうが―俺たちの青春」みたいなタイトルで、艦隊勤務紹介アトラクションが行われました。
そのステージにも、かれが登場していたのでその様子を。



思いっきり暈けてますがご容赦を。
颯爽と登場してきたミサイルくん、CIWSくんにあえなく



撃破されてしまいました。
この舞台バージョンでは、なんとCIWSくんも登場。
右側の黒い物体が撃破されたミサイルくんです。

甲板上で実際のCIWSを使うデモでは、このときに空砲が撃たれ、
砲身の絞り出すもの凄い射出音が空気を震わせるのです。


ところで、観艦式が終わり、帰路につく中、もう一度甲板上ではこのショウ
(と言っていいものかどうか)が行われました。
ただし、そのときは甲板は海風が吹き荒れ、立っていることもままならない状態。

風で押されて足元がふらふらする、という「如何に狂風」そのままです。
やるのか?この強風にもかかわらず?



しっかりミサイルを抱えて全力疾走している(つもりの)ミサイルくん。
いや・・・これ、本当に凄かったんですよ。
写真でも薄々おわかりでしょうが、持ったミサイルが風に押されて、
いかに強靱な足腰を日頃鍛錬で作っている自衛官といえども、
完璧に風に脚を取られ、ほとんど千鳥足状態。
CIWSにたどり着くまでにずいぶん時間が(平常に比べ)かかっていました。

おまけに、甲板には一回目ほどの見物客もいなくなっていたという・・・。

「がんばれ~!」
「ミサイルくんがんばって!」

見ている数人から思わずこんな声援が飛びました。


それにしても、若い自衛官の諸君、ご苦労さま。
あなたがたの創意工夫の努力、特にミサイルくんの奮闘ぶりは、
このエリス中尉が、しかと見届けたぞ。


続く。


・・・・・えっ?まだ?











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最後の軍艦マーチ~海軍第四艦隊司令部附軍楽隊

2012-10-29 | 海軍






昨日、観艦式の「行進曲軍艦」について書いたところ、
鷲さんからこんなコメントをいただきました。

皆様に読んで頂きたくこの欄にアップいたします。


>今までエリス中尉、この「軍艦」を、
日本以外の媒体で見たことも聞いたこともないのです。

とのことですが、海上自衛隊にとって初の海外派遣任務であった
ペルシャ湾への掃海作業への出発式典のとき、
海自側は「軍艦」の音楽隊演奏により見送ろうと計画をしていました。

しかし、なんと首相官邸筋からの横槍で、
旧海軍を想像させる「軍艦」などまかりならぬ!とのこと。
泣く泣く、その演奏は見送られることになりました。
当時の総理大臣は、例の水玉模様のネクタイがトレードマークの方です。

さて式典も終わり、いよいよ出港となった時、
どこからともなく「軍艦」の勇壮なメロディーが響き渡ります。
防衛庁(当時)背広組の、あわてふためく様子を尻目に、
派遣部隊の姿が小さくなるまで、その演奏は続きました。

誰が演奏したか?

それはアメリカ海軍第7艦隊の音楽隊でした。
海自音楽隊の憤懣を聞きつけた彼らは、
僅か数日の練習で見事な「軍艦」の演奏を聴かせてくれたのです。

その場に出席していた海自幹部の多くが、友邦の友情に涙したとのことです。



最初のペルシャ湾への日本からの掃海派遣は1991年(平成3年)行われました。
水玉のネクタイ首相が誰か分からない方のために一応断ると、
当時の首相は海部俊樹。

ちなみに、天安門事件で孤立していた中国に世界で最初に「手をさしのべ」、
そして「南京大虐殺はあった」として、中国に「勝手に謝罪した」政治家でもあります。

そういった思想の政治家が「旧軍」にまつわるものを、その経緯やそれまでの慣習、
自衛隊に対する理解もそこの属する生身の人間への一片の思いやりもなく
「旧軍を思い出す」というそれだけの理由で禁止する。

世界的、一般常識的に見て異常なことでも、この日本では
「さもありなん」と思えてしまう、というのが何とも情けないことではありますが、
問題は「文化的なものの統制」という、憲法上問題を含む可能性もあることを
一国の首相がやってしまう、という「左ファッショ」の恐ろしさです。

(右側の発言なら『神の国』で大騒ぎするマスコミも、左ファッショに関しては寛容)

そして、その偏狭で頑迷な陋習じみた「ある政治家の自己満足的判断」に、
がつんと一発喰らわせてくれたのが、戦った当のアメリカであったと・・・。

痛快です。

快哉を叫びながら、鼻の奥がつーんとしてきてしまったエリス中尉です。
しかしながら、わたくし、このときはこの背広組でさえも慌てふためきながら
どこかで「やってくれた!」と思っていたのではないかと察します。
なんと言ってもあいては米軍。
彼らが「その行動の責任を取らされる」相手ではないのですから。


「軍艦マーチ」と米軍の関係についてこのブログでは二回テーマを扱っています。
一度目は、

「占領時代、新橋のパチンコ屋で海軍出身のオーナーが軍艦マーチを流ししたら、
飛んできたのは進駐軍ではなく丸の内警察だった。
しかし当の進駐軍は『別にかまわない』の鷹揚な一言だった」

という事件。
音楽という文化的なものに、アメリカ人は決して「排斥の対象」を設けなかった、
という、彼らの民度を証明する一例でした。

もう一つの例が本日タイトルの「最後の軍艦マーチ」です。

昨日、純粋な音楽的観点からはこの曲は世界的に認知されていない、
と「世界三大マーチ」を安易に標榜する向きに苦言を呈してみましたが、
それはあくまでも「音楽そのものの作品的価値」からの異論にすぎません。

音楽とは、時として個々の団体の精神そのものを象徴する「旗」の役目をするわけで、
音楽的に良く出来ているとか有名であるかとは全く関係なく、当事者は勿論、
それがたとえば軍隊の象徴的な曲であれば、たとえかつての敵であっても尊重し、
敬意を払うのが当然である、というのが、世界基準の文明国の考え方なのです。

その規範に照らして言うと、ただ単に自分の聞きかじった乏しい歴史認識と、
政局やら押しつけられた贖罪意識やらからひねり出してきた
「旧軍を思わせるから軍艦禁止」
などという、きっとアメリカ人も呆れかえったであろうみっともない措置を
国家元首が平気でやってのける国は文明国と呼べるのかどうか。

左になびいていれば「ある言論層」(得てして五月蝿い)を黙らせておける、
というような判断であれば、さらにこの政治家の底は推して知るべし。
まあ、皆さんご存じの通りこの人は最後「落選引退」でしたね。

それでは、もう一つの「軍艦マーチとアメリカ軍」のエピソードを
再掲になりますがお送りして終りとします。




昭和20年11月3日。
その日、トラック島のトロモン山の頂には上弦の月が輝き、
満天の星が冴え冴えと瞬いていました。

星空の下、ぼろぼろの楽譜に錆の浮いた譜面台を前に、
彼ら第四艦隊司令部附軍楽隊の隊員は、演奏体形を組み、
米軍、日本軍双方の幕僚のために最後の演奏をせんとしていました。

一年三カ月というもの、掘立小屋に隠されたままだった彼らの楽器は、
今やその主の手に抱かれ、音が奏でられる瞬間を待っています。
艦隊勤務の軍楽隊として派遣されながら、ここトラック島で
いつしか彼らは、小銃と拳銃半々しか武装のない応急の陸戦隊になっていました。
そして終戦。そのまま彼らは捕虜になります。

ある日、米側から捕虜である元軍楽隊に演奏の依頼がありました。。
練習不足と、楽団員を相当数戦闘で失っていたことから、
隊長はそれを辞退しました。

しかし今度は要請というよりむしろ懇願といった態で、
米軍側は再三の演奏依頼をしてきたのでした。

いわく。

「この時期、ベストの演奏が聴けるとは思わない。
お互いに身も心も疲れ果てていることもわかる。
しかしだからこそ生の音楽が聴きたい。
日本のパールハーバーともいうべきトラックで、
日本海軍軍楽隊の最後の生の演奏を聴きたい。
聴かせてほしい」



荒れ地に組んだ演奏会場に、裸電灯がパッと灯りました。
日本軍の原司令官を丁重に先に立てて、米軍の司令官、
続いて幕僚が寄ってきました。
錆びたクリップで留められたぼろ楽譜が風にひっきりなしに震えます。

両国国歌演奏の後、彼らはアメリカの音楽を二曲ほど演奏しました。
すると、米軍司令官が日本語でこう言いました。

「せっかくだが、日本の曲を聴かせてほしい。
アメリカの曲なら国に帰ればいくらでも聴けるのだから」

楽団員はそれに応え「さくらさくら」を演奏しました。

そして「軍艦マーチ」を。

その時です。
楽譜を覗きこんでいた米側の幕僚たちが一斉に立ち上がり、
軍艦マーチに合わせて行進を始めたのです。
右回りに、左回りに、子供のように大きく手を振って・・・。


「ここトラックを守備した日本軍の皆さん。
あなたたちの連日連夜の奮闘ぶりは立派でした。
戦争はお互い祖国のためで、仕方のないことでしたが、
それももう終わりました。
あなたたちは近いうち懐かしい日本に帰れます。

でも内地は大変荒れています。
内地の皆さんにも頑張るように伝えてください。
これからはみんなで力を合わせて、二度と戦争が起きないよう、
世界の平和のために・・・」

きれいな日本語でした。

最後の帝国海軍軍楽隊の演奏する「蛍の光」の演奏に送られ、
米側幕僚たちは、手を振り、
何度も振り返り振りかえりしながら下山していきました。


戦後、軍楽兵としてこの日最後の軍艦マーチを演奏した隊員は、
防衛庁資料室で第四艦隊の日誌を閲覧します。
当然のことながら記録は八月一五日を最後に終わっていました。

日本語で語りかけたあの米軍司令官の名前を知る術もありません。



参考:海軍軍楽隊「花も嵐も・・・」針尾玄三編著 近代消防社刊

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自衛隊観艦式観覧記~「陸自の軍艦マーチ」

2012-10-28 | 自衛隊

海軍海自に興味を持ちはじめて以降、ずっと、艦が出航するときに演奏される
軍艦マーチを一度聴きたいものだと思ってきました。

観艦式のプラチナ・チケットを手に入れたエリス中尉、実は何よりもわくわくしていたのが
この「軍艦演奏による出航セレモニー」です。
海軍の出陣の時には必ず皆が聴いた、このマーチ。
一度その状況で聴いてみたい!
そして、いよいよそのときがやってきたのでございます。


「ひゅうが」への乗艦が済み、隣に停泊していた「おおすみ」を見送って、
しばらくした頃、わたしのいた前甲板に、楽団が集まりました。

 

前にも書きましたが、「ひゅうが」に乗り込んでいたのは陸自の東部方面音楽隊です。

当たり前のことですが、フネでは全ての予定がきっちりと時間通りに行われ、
演奏開始も当然のことながらそれに即します。
演奏までの時間を、隊形を組んで待つ音楽隊の諸君。
期待は高まります。

「出航いたします!」

午前9時きっかりにアナウンスがあると、一息後に、「行進曲軍艦」が始まりました。
ああ、ついに、この曲を艦上で聴く日が・・・・・・

・・・・・・しかし思ったより早く来たなあ・・・・・・

などと、ひとかたならぬ感激にふけったエリス中尉であります。

ところで、この行進曲「軍艦」について、以前書いたことがあります。
横須賀に「軍艦の碑」というモニュメントがあり、その設立記念に、
関係者や元海軍軍人がこの曲への思いを語った文集を私費出版したのですが、
それを手に入れたのをきっかけに色々と調べたことを書いたのです。

その本に寄稿した人々は、一様に「軍艦」の素晴らしさを讃え、この曲との関わりを
熱く語っておりました。
その彼らの発言のなかでで一度ならず出てきた文言が

「世界三大マーチ」

というものです。

旧友、星条旗よ永遠なれ、そして軍艦。
この三つが世界三大マーチとして讃えられている、
と言われているのですが、そのときもひねくれ者のエリス中尉は、

「ではラデツキー行進曲(R・シュトラウス)の立場は?」

(だったかな)と疑問を呈してみました。
いや、ラデツキーに限らずとも、ざっと考えただけで

双頭の鷲の旗の下に
ボギー大佐
錨を上げて

もういくらでも世の中に有名なマーチはあるのですよ。
明らかに「軍艦」より有名なマーチが。

でね。

この「世界三大」という言い方なのですが、この段階ですでにこれは

「(日本人の考えるところ)の世界三大」

である、と言い切ってしまおうと思います。

World's best march
World's selection
World's strongest

英語ではこういう言い方をしますが決して「三大」とは言いません。
そして、たとえ「三大」にこだわらず、「世界のベストマーチ」というくくりであっても、
今までエリス中尉、この「軍艦」を、
日本以外の媒体で見たことも聞いたこともないのです。

「笑ってはいけない行進曲軍艦」
という項で、いろんな軍艦マーチの録音の収められたCDについてお話ししたことがあります。
この中でベルリンフィルをはじめ、3つくらいヨーロッパのオケが演奏した「軍艦」を

「ビーフ100パーセントのハンバーグ」

(その心は、お金がかかっており贅沢ではあるが美味しくない)
と揶揄ったように、これらの演奏は全く「軍艦」の音楽としての形を崩してしまっています。

ドイツの指揮者が作曲者の瀬戸口藤吉から送られた楽譜をかってに添削し、書き直し、
瀬戸口が激怒した話もそのときに書きましたが、彼らは
「所詮日本人の作品、音楽的な基礎もまったくできとらんじゃないか」
と思ったことは想像に難くありません。
ましてや、彼らの誰一人として、これを「世界の三大マーチに数えられる名曲である」
と思って演奏していないことは、聴く人間が聴けばわかります。

つまり彼らヨーロッパ人にとっての「Gunkan March」は
あくまでも

「キワモノ」

であるらしい、と実はエリス中尉見ているのでございます。

エリス中尉、海軍を愛し、この曲を愛するものの一人として、また、
日本人として、この曲が名曲であることに一毫の疑問も挟むつもりはありません。

が、また音楽関係者の末端を汚すものの一人として、汎世界的な音楽基準で、
つまり西洋理論の音楽常識から言うと、かなり控えめに言っても奇妙な部分があるのです。

「守るも攻むるもくろがねの 浮かべる城ぞ頼みなる」

という歌詞の部分が終わった後、歌詞の無い部分が始まりますが、問題はこれです。
この部分がなんだか解せないメロディだなあ、どこでフレーズが切れるのか分からなくて、
と思ったことのある方はおられませんか?
もしそうなら、あなたの音楽的な耳はかなり正常です。

この部分は小節の強拍の部分に「海行かば」のメロディをはめ込み、
それにあわせて細かい音符を装飾していく方法で作られているのですが、
問題はこの「海行かば」です。
何かとこういう間違いの多いwikiには、この「海行かば」が信時潔のものである、
と書かれていますが、「軍艦」の「海行かば」は東儀季芳作曲。
雅楽の東儀さんという方のご先祖です。

そもそも、「軍艦」の作曲されたのは1900年。
信時の「海行かば」は1937年ですから、時系列的にもありえませんね。

雅楽は西洋人の耳には「たまらない醜悪さ」に聞えるようで、その昔来日して
初めて雅楽を耳にしたある西洋人は

「耐えられない音程のなさ、リズムも無くとらえどころのない無意味な音楽」 

と酷評しているそうです。
その、リズムも拍もない雅楽を中間部に持ってきて、それを使って、
西洋音楽の形式でなんとかマーチに聞えるように編曲しようってんですから、
誰の意向かは知りませんが、(本人の意向でなければですが)
瀬戸口藤吉も頭を抱えたことでしょう。

わたしなど、この部分を見ると学生時代の対位法の課題を思い出してしまいます(笑)

というわけで、世界的に素晴らしいと讃えられるにはここがネックとなって、
とてもではないが「三大」どころか「ベスト」にも入れてもらっていない、
これが実は本当のところでしょう。

「世界三大」の前に、「日本人にとっての」を付ければ、勿論何の問題もありません。
念のため。

「軍艦」について少し検索すると、皆なんとなく「世界三大」をマクラにしてしまっているので、
この風潮に少し「水を差して」みました。

海軍だけに。


と、海軍が出たので、話を無理矢理観艦式に戻しますと、この日の軍艦は陸自によって行われました。



背中を向けているのが指揮者の三等陸佐。
向こうにいるのが文字通り陸自の自衛官ですが、制服の色が違いますね。
音楽隊は陸自の制服よりも青みがかった、バーミリオンとでもいう色をしています。

この「軍艦」のあと、「錨を上げて」など、「海軍的」音楽が演奏されました。
どちらの音楽も、陸自は海自ほど頻繁に演奏しないんだろうなあ。



そう思って、甲板の上の彼らにインタビューしてみました。

「軍艦行進曲は普段あまりされないのじゃないですか?」
「はい、でもこういう機会はよくありますので、結構します。
でも『陸自なら陸軍分裂行進曲をやって欲しい』と言われます」

まあ、そういう人は多いでしょうね。



この音楽隊の小太鼓は若い女性隊員です。
彼女は打楽器奏者ですが、専門はマリンバである模様。



「ひゅうが」では、観艦式、展示が全て終了してから帰路につく間、
陸自音楽隊によるコンサートが大々的に行われました。
その中の一曲でソロを取る彼女の勇姿。
超絶テクニックで満座の観客をうならせました。

友人のマリンバ奏者もそうであるように、きっと彼女も運動神経抜群に違いありません。
マリンバの演奏には、広い楽器の端から端まで瞬間移動する、非常に俊敏な動作が
最低限必要なので、鈍臭い人間には不可能な楽器なのです。



小太鼓のドリルでも一番左に。
マーチングバンドの花形はなんと言っても小太鼓です。
学校の音楽の授業では小太鼓を専門にしている息子は、
この日の演奏を最初から最後までiPodに録音していました。

三人の連奏による一糸乱れぬリズムの統制。
スネアドラムの響きには無条件で心をわしづかみにされます。
打楽器の説得力を実感する一瞬です。

コンサートは日本の童謡を何曲か入れ、その合間にこういった、
アクロバティックで華のある曲を盛り込んで、退屈しないプログラムにしています。
音楽に造詣が深くなくとも老若男女皆が楽しめる、といった選曲です。



ラテン風の曲はトランペットのソロでした。
ソロを取らせてもらう、というのはもちろんのこと彼自身が優秀だからでしょうが、
なんと言ってもトランペットという楽器が「主役」としてはまるからでしょう。

「海行かば 日本海海戦」という映画でも、軍楽隊のトランペット奏者が主人公でしたね。
トランペットという楽器は華やかな音色もさることながら、演奏姿もカッコイイのです。

古来、ヨーロッパでこの楽器は「英雄的」という代名詞のつくものとされてきました。



ベースはダブルベースとエレキベースの持ち替えです。
どうでもいいけど、陸自の制服にあまりエレベは似合わない気がするのは
わたしだけでしょうか。



ダブルベース(コントラバス)はなんとサイレント仕様の電気楽器です。
これは、弦楽器も夜練習できる!といううたい文句で発売された練習用の弦楽器で、
ヴァイオリン、チェロも発売されています。

身体に当たる部分のフレームだけが本物と同じフォルムをしており、
演奏には差し支えない程度に省略化されています。

オブジェとしてはなかなかいい感じです。

しかし、知り合いのチェリストによると「サイレント型では全然練習にならない」ということです。
エレクトリックピアノもそうですが、微妙なタッチのバランスは
電気を通して増幅すると再現できず、そういう学習をすることはできないのです。

しかし、アンプを通すこのような場所のコンサートでは、それなりに効果的なのかもしれません。



チューニングを行うのは通常のオケであればオーボエですが、ここではクラリネットです。
いまから彼がA(ラ)音を鳴らすので、全楽団員が注目したところ。

それにしても、皆さん、思いませんか?

「どうしてこんなにおじさんばかりなの?」

これはですね。
音楽大学を出た学生の就職の無さが一つの原因です。
ご存じのように日本にはオーケストラが少ない。
少ない上に、民主党政権になって以来、あの悪名高き蓮舫の仕分けショーで、
文化活動、ことに音楽全般に対する国からの予算というのは跡形もなく削られてしまったそうです。

ですから、これまでも決して就職先が潤沢と言えなかった音楽系大学卒の学生は、
このだめ押しにより、さらに一層卒業後の就職戦線で路頭に迷うことが多くなってしまったのです。

音大卒業者にとって、勿論各地にあるオーケストラに入団するのは最終目標ですが、
「自衛隊音楽隊」に入団するのもまた、実はかなりの「エリート」なのです。
そりゃそうですね。
入団すれば公務員で(一般オケのように「アルバイト」こそ出来ませんが)安定性は抜群。

こんな職場を、いったん入った者がおいそれとやめるわけがありません。
なので、欠員が出たときに入団する若い人はちらほらいても、
昔からいる隊員は、特に男性は「決してやめない」のです。
そしてやめないまま年を取っていく。楽団の平均年齢も一緒に上がる。というわけですね。

また別の日に書きますが、この観艦式の間、停泊していたフネの各音楽隊が、
みなとみらいでコンサートを開きました。
わたしはそれをわざわざ見に行ったのですが、
海自の方が陸自より幾分新陳代謝がされて平均年齢はかなり若いように思われました。

そして、陸自に関してはみたところどうも「男性優位」のようです。
狭き門でよほど優秀でないと入れない自衛隊音楽隊でソロを勤めたこの女性隊員は、
ですからよっぽど優秀であるのに違いありません。


次回は、「ひゅうが」艦上でのアトラクションについてご報告します。
続く。



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淡々と写真を貼るシリーズ~ディズニー・シー

2012-10-27 | お出かけ

秋休みにディズニーシーに行きました。
淡々と写真を(大量に)貼っていきます。
今ホテルなので、文章は出来るだけ省略。


最初のホテルは、アンバサダーホテル。



ただいま工事中です。



アメニティのシャンプーもミッキー仕様。
耳を持って開けやすい。



「魔法使いの弟子」のホウキ軍団。



鏡には魔法使いの弟子であるところのミッキーマウスが。

 

アンバサダーホテルからはシャトルバスでシーに行きます。


着いたら夕方でした。



ハロウィンの飾り付けがされています。
わたしがアメリカにいたとき(12年前)ハロウィンのことを友人にメールしたら、
「それ何のお祭り?」
と聴かれたのですが、今や日本でのハロウィンの認知度はディズニーのおかげで
画期的に上がったようです。



ミラコスタホテルの屋上に人影発見。
工事しています。



 



この日息子は誕生日当日だったので、ミラコスタの中華「シルクロード」で
夕ご飯を食べました。

 

小さなケーキも付いてきて、お店の人が歌を歌い、ちょっとしたプレゼントを
用意してくれています。

食事が済んでようやくパークに入り、することもないのでショウを見ることにしました。



前にも書きましたが、「ブラヴィッシーモ!」が終り、映像中心のショウです。
でも、はっきり言って前のショウの方がずっと感動度が高かったかな。
映像はどうも、安易にしか見えないんですよね。
家族三人とも「もうこのショウは二度と見なくていいや」と完璧に飽きていました。



開けて次の日。

息子と二人で一日またディズニーシーです。orz

 

「ユカタン・ベースキャンプ」付近は、ハロウィンに引っかけて、メキシコの
「死者の祭り」の骸骨がいっぱい。





息子のお気に入り、ミートパイ。

 

アクアトピアのポスターと「隠れミッキー」。



とか何とかやっているうちに夜になりました。



どこを撮っても様になる場所があるのがディズニーシー。
まるでベネチアです。



くらくなってから360度ループを回転するジェットコースター「レイジング・スピリッツ」
に乗りました。
キャーキャー言っている人もいたけど、わたしも息子も

「どうだった?」
「んー、普通」
「あまり怖くないね」

だんだんこの手の乗り物に対して刺激を感じなくなっている気がします。



晩ごはんは日本料理レストラン「さくら」に行きました。
アメリカン・ウォーターフロントに移民の日本人が店を出したという設定の店です。
二年前のお正月、ここでおせち料理を食べました。



トリの照り焼き。少し味が濃かったけどまあまあでした。



レジの上にあった招き猫。レトロです。



街灯はハロウィン仕様でカボチャの形です。
USJのときとほとんど同じスタイル。
コーディネートを考える暇が無かったので上着を変えただけ。


 

ホテルに帰ってきました。
ミラコスタなので、帰りは楽です。

明日はなんと8時から開園。
一足早く起きて、ホテル宿泊者特典の「アーリーチェックイン」をしよう、と
息子が申しております・・・・。

明日も長い一日になりそうなので、早く寝ます。
お休みなさい。








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自衛隊観艦式観覧記~「見たか銀翼この勇姿」

2012-10-26 | お出かけ

対潜爆弾を投下する前のP3-C。
コクピットの人影が何となく見えるような・・・。
観艦式における訓練展示、次々と現れる艦艇や飛行機、
勿論皆その威容に歓声を上げ喝采するのですが、
わたしはそういうときも「それを操縦している中の人」のことを考えます。

最近もまたF-2とF-15の違いが分からず、
「なんでそんなこともわからないのかこの自称中尉は」
と心ある読者をorz状態におとしいれたわけですが、
はばかりながらこのエリス中尉、海軍海自に興味を持っても、
それはあくまでも「そこにいる人間」が対象なのであって、
熱い気持ちで観察し考察しそして語りたいのは
武器飛行機艦船「そのもの」ではないのでございます。

とは言え、門前の小僧習わぬ経を読みとも言いまして、
それなりに詳しくない人よりは詳しいといえるくらいにはなった、
と言えなくもない程度にはなれた(←弱気)とは思いますが、
実際は詳しい読者の方たちの多大なお力添えによって
なんとかこのあたりのことは体裁を整えていると言えましょう。

いわば、「見ちゃいられん」と手をさしのべて下さる方のおかげで
ここまでやってきたブログでございます。
この場をお借りして、御礼申し上げます。

さて。

というようなエリス中尉が今回の観艦式参加において、
宝にも勝る貴重な体験を通し、新たに知り、驚いたことは多数です。

中でも訓練展示において表れる海自のポテンシャル、
特に攻撃力の可能性には目を見張りました。

航空部隊の展示は、P-3Cが中心です。



対潜爆弾を投下した瞬間のP-3C。

 

遠くから見ていると噴水程度にしか見えませんが、近距離ではこの通り。

P-3Cの搭載武器については、当ブログ軍事顧問であり、
このP-3Cを乗り機としていた鷲さんに語っていただく方が
間違いも無いと思いますが、取りあえず説明すると、

97式短魚雷
150キロ対潜爆弾

というのが搭載されている爆弾系武器です。
97式短魚雷を使用しているのは国内でも海自だけで、
しかもこれを乗せているのはP-3Cの一部であるとのこと。
この展示で落とされたのは対潜爆弾と考えていいかと思います。
(ですよね?)

ところで余談ですが、この「97式短魚雷」という名前につい反応してしまいました。
この命名の意味は、「この魚雷が1997年に制式になったから」です。

「九三式酸素魚雷」
「九四式酸素魚雷」

これらの旧軍時代の命名は勿論「皇紀2600年(西暦1940年)」を0として、
おのおの昭和8年、昭和9年に制式になった、と言う意味の命名ですが、
実はこっそり海自はこのネーミングを継承してたんですね。

勿論単に西暦に合わせただけなのですが、なんとなく開発者の意識が
この旧軍の酸素魚雷にフォーカスされていたのではないか?と感じます。
何より、こんなところにまで目を光らせイチャモンつけるような
マニアな地球市民はいなかったことは非常に喜ばしいことですが、ここはもう一息、

97式あらため、五七式短魚雷(1997年=皇紀2657年)

ではどうか?

旧軍懐古主義者なんて言われそうですが、逆に言いたい。
なぜ我が国の頂いている象徴たる皇室の起こりを元年としたこの暦を
使用せず、キリストの生まれた年を元年とする暦が中心になるのか。
なぜ紀元節が「軍国的」であるとして廃止されたのか。

なぜ我々はいつまでも反省させられるのか。

・・・・おっと、こういう話はまた別の機会にさせていただくとして、




見たか銀翼この勇姿
日本男児が精込めて
作って育てた我が愛機
空の護りは引き受けた

(『荒鷲の歌』 作詞作曲 東辰三)

この歌詞から本日表題を取ってみました。
このP-3Cの勇姿にぴったりですね。

ただしこの歌、この後が

来るなら来てみろ赤蜻蛉
ブンブン荒鷲ブンと飛ぶぞ

五行目がなんだか謎な歌詞ではあります。
赤とんぼって、日本機のあれですよね?



P-3C二機が三〇〇フィート上空から対潜爆弾を各機四発投下します。
重低音の爆発音と共に上がる水柱に、観客は息をのみます。

同じ写真ですが、確認用。

機体下部に開くボムベイと、そこから落下する爆弾が確認できますね。

訓練展示第二群はIRフレア発射です。



一機目。
P-3C哨戒機のIRフレア発射は、前々回の観艦式に初めて披露されました。
IRフレアとはデコイと同じく「ソフトキル」に類する欺瞞作戦で、
つまりこれを撒くことによって赤外線誘導ミサイルの命中を回避すると言う目的があります。

「紫電改のタカ」で、レーダーに感知させるために主人公が
アルミホイルを撒くシーンを思い出しました。
ついでに今ふと、昭和一九年当時、アルミ箔なんてそんな簡単に手に入ったんだろうか、
と考えてしまったのですが、その話はさておき。

「フレア」で画像検索すると、まるで花火のような美しいフレア画像が
たくさん出てきますが、それもこれも「攪乱」が目的なのですね。



二機目。実に情緒的にボケてしまいました。
機体の下部を見ると、赤く見えますが、
ここには六カ所のCMD(チャフ・フレア・ディスペンサー)があります。

このチャフ CHAFF には、籾殻という意味と、
「レーダー妨害用の金属片」というそのものの意味があります。
フレアは全部で60発発射されます。

さて、お次は?

訓練展示航空部隊の第三群は、救難飛行艇による離着水(の予定)です。



他の飛行機群に比べてやたら鮮明に撮れましたが、
それもそのはず、この飛行艇、思いっきり低速で飛んでいるからです。

皆、来るのを見ながら、
「あれ?全然来ないね」
「遅いね」
などざわざわしていたのですが、これはこの飛行機の特性。

「やったことはないがやれと言われれば不忍池にも着水してみせる」
と豪語するほどのピンポイント着水が可能なのだそうです。

パンフレットを見ながら

「これ、着水するらしいですよ」
「おお、すごいなあ」

そんな会話を行いつつ、固唾をのんで見守る観客。
・・・また、なかなか近づいてこないんだ、これが。




キターーーーー!!!!!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?

着水するようなそぶりでせずに行っちゃった。
この日着水しなかったのは予行演習だからだった、
と言う説もありますが、11日と14日は着水したらしいのです。



悔しいからニュース映像載せてやる。

前回(三年前)の本番は気象のため中止されたと言うことなので、
もしかしたらこれが観艦式初の着水の瞬間だったのでしょうか。
見ることができた人たち、ラッキーでしたね。


本当に観艦式は参加そのものも運なら、参加した後も運です。

というわけでメインイベントは終わったわけですが、

まだだ。まだ終わらんよ。






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自衛隊観艦式観覧記~「艦の上の懲りない人々」

2012-10-25 | 自衛隊

カテゴリーを「自衛隊」にしていいものやら迷いましたが、
2012年観艦式における「ひゅうが」艦上での出来事ですのでそうしました。

甲板は手すり沿いに一列だけパイプ椅子が固定されて並べられ、
速く乗艦した人はこの椅子を確保する、というのが
「観艦式リピーター」の「観艦式を快適に観る為の秘訣」だったようですが、
椅子が確保できなかった大多数の人々は、「海軍毛布」を一枚借りて、
それをピクニックのように甲板に敷き、お弁当を食べたりします。



マット持参の方もあり。
しかし、後々のことを考えたらマットはいらないかも・・・。
この方はマットだけでなく毛布ももらっていますね。


冒頭写真は甲板右舷側で、パイプ椅子のある「観覧側」と反対の方向。
もうすでにプログラムは終了してあとは帰るのみ、と言う頃です。
男性二人、実にいい雰囲気です。
背景をそのままワイキキのビーチに置き換えてもいい感じでしょう。

「兄貴、感動したっすね!俺コーフンしちゃいました」
「おお、そりゃよかった。二人で来れて良かったな。
このあと中華街で何か食べてくか、サブ」

などという会話が聞えてきそうじゃ・・・ないですかそうですか。

しかし注目していただきたいのはサブと兄貴ではなく、
彼らの後ろに見える艦艇です。

真横に見えるのはその特殊な形から、この観艦式中ずっと真横を走行していた
「あすか」ではないかと思いますが、他の艦、全て同じ方向に向かっています。

「観艦式は終わった後、艦隊を組んで帰って行く様子に風情があるんですよ」

そう仰った方がいましたが、朝の出航の張り切った感じ、昼の観艦式の華やかさ、
全てが終わって今帰って行くフネのすがたは、「祭りの後」という言葉を感じさせ、
この方の仰る「風情」が理解できたような気がします。

それはともかく、これら一連の観艦式の模様は、予行練習の直後から、
写真は勿論YouTubeにも、これでもかというくらいアップされました。
自分の撮った写真やビデオを観て欲しい、と言う人々がこんなにいたのかと驚きます。

ここでお話ししなければいけないことがあります。

インターネットに投稿する会心の作品、その一瞬をカメラにおさめるためには、
たとえば子供の運動会のカメラの場所取りでけんかして会を中止させたり、
入ってはいけない線路内に入り込んで逮捕されたり、まあそういった
「レンズを覗いていると理性が吹っ飛ぶ」人々が、ここにもたくさんいたということです。

 

たとえば皆さんに訓練展示の項でお見せしたこの写真ですが、
実はトリミングする前がこれ。
入り込んでしまってるんですね~。「カメラマンな人」が。

掃海母艦「ぶんご」に当日乗り込んださくらさんによると、「ぶんご」では
一番前に人が立つと、後ろの、背の低い子供や女性は海面が見えなかったようです。

「ひゅうが」では甲板が広いので、どこか必ず見える場所には立てるのですが、
ネットが張ってあり、その2メートルくらい内側にパイプ椅子があります。
パイプ椅子の前のスペースにも人は入っていいのですが、そこで立たれると、
座っている人が全く見えなくなるので、そこにいる人たちには自衛官たちが
「椅子の前の方は座ってくださ~い!」
と声をからして叫んで歩いていました。(ご苦労様です・・・・)

しかしこの「カメラマンな人」たちは、全く聞く耳持たないんだなこれが。



たとえばこんなシーンも、チャンスは一瞬で終わってしまいます。
そういうとき前に立ち上がられたりすると、これは皆頭に来ますよ。



このUターンの瞬間も、絵になるシーンは一瞬で過ぎ去ってしまいます。
この真ん中にいるベースボールキャップのおじさんは、この貴重なシーンに
実はずっと立ち上がったまま。
「あああ、せっかくのタイミングに!」
といらいらして、しかし何も言えないままやきもきしていたら、横にいたOさんが
「そこ、座って!」
と一喝してくれてなんとかこの画像が撮れました。



三脚立てちゃってますから。
後で写真を見ると、このおじさんのカメラが映り込んでいる写真、多数。
このときは訓練展示も一通り終わったというときだったのですが、
展示や観艦式の時は、この三脚どうなっていたんでしょうか。



放置されているし。
動かぬ証拠として撮っておきましたが、こうしてみると、
これはこれで一つの作品としてgoodかな、と・・・・・・。



カオスです。
この写真は、わざとこの「懲りない人々」を晒し上げするために撮りました。
(ヒトが悪いって?)
今はかがんでいる黒いジャンパーの女性は、いいシーンになると我慢できず、
立ち上がってしまって、後ろの椅子席からてんでに

「おねえさーん、どいて!」
「黒のおねえさん、座って下さい!」

と声のかかる人気者?だったのですが、それでも立ち上がるのでついには

「せーの」と誰jかがいうと、そこにいたほぼ全員が
「すわってくださ~~~~い!」

もう・・・・小学生かよ。
この写真はそれを聴いて彼女が座った瞬間。
彼女は振り向くと「おねえさん」というには若干無理のあるお歳だったのですが、
怒り心頭、といった調子の男性が、

「今度やったらババアって呼ぶからな!」

と青筋立てて口走っていました。
まあ、気持ちはわからなくもないけど、何もそこまで言わなくても。
楽しくやりましょうよ。せっかくの観艦式なんだから。

それに、この「おねえさん」の派手なアクションに皆気を取られていましたが、
この手前のカメラ男も、実はかなりの邪魔だったんですよ。
だいたいね、この人、脚立に乗ってるのですよ。折りたたみの。
で、この人の頭部だけがどれにも入ってくるの。(T_T)

何枚この人の頭部をトリミングしたことか。



こんな風に。
「おねえさーん」の後、誰が言うともなく

「あの脚立の人も邪魔よね」

などと本人に聞えるように、口々にブーたれていました。

しかし皆にいかに怨嗟の声を上げられようと、憎しみの目で見られようと、
これらの人々に共通しているのは、
「そんなこと知ったことか。自分さえいい写真を撮れればいいんだよ」
と言いたげな、平然、いや、傲然とした態度。
そして必ず、見るからにプロ仕様のカメラを持っていること。

いや、本当にプロなのかもしれません。
こんなフネにアルミの脚立を持って乗るなんて、まずフツーの人ではないでしょう。

観艦式直後からインターネットに溢れるほど出てきた素晴らしい写真。
人の迷惑も顧みず、人を押し分け押しのけして撮ったものだけではないでしょうが、
そのうちどのくらいが、このような人たちの利己的行為の賜なのでしょうか。

中川昭一さんのお葬式で、有名人を探しながらパチパチやるカメラマン、
暇なときにニヤニヤ笑いながら雑談している連中を見て、
どうしてこの手の連中はこんなSHIT揃いなのかとムカムカしたものです。

「ファインダーを覗く」という行為には、日頃常識的な人間でさえも
なにか、理性とか判断力とか公共心とか譲り合いの精神とか、
そういったものをどこかに置き去りにする作用でもあるのかとふと思ってしまいました。

カメラを趣味にしておられる方、自分が他人の邪魔になっていないか、
ときどきは後ろを振り返ってみてくださいね。



写真といえば、こんな人もいました。

この右端の人なんですが、皆楽隊を見ているのに、こっち向いてるでしょ?
これは、エリス中尉がカメラを向けたら、なぜかこっち向いちゃったんですよ。
たまーに赤の他人の写真に写りたがる人がいるけど、何なんでしょ。



ところで、信じられないことですが、艦にはかなり早い時間から甲板で熟睡、
しかも死んだように熟睡している人たちをたくさん見かけました。



死んだように、っていうか、まるで、まるでこれは・・・・・・・・・・。

戦    死    者      ?

「ひゅうが」の乗員には大変失礼というか、縁起でも無い想像をしてしまいました。
しかし、この「死体寝」してる人、結構いたんですよ。



よくこんな劣悪な環境で寝られるなあ。
夕べ寝てないのかしら。
こんな非日常な空間で、しかも行きたくていけなかった人がごまんといるというのに、
せっかく参加した観艦式の護衛艦の甲板でこんな過ごし方をする人たち。

まあどう過ごそうと人の勝手といえば勝手ですが、なんとも勿体ない。



靴だけ出ている感じが、いかにも、です。
このあと軍艦旗を掛けた台から海に滑り落とすのを待っている状態・・・・・・ですか?



2012年10月8日の太陽が今西に沈んでいきます。


それではお待ちかね、いよいよ航空部隊の訓練展示についてお伝えします。

明日に続く。








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ハロウィンのUSJに行った

2012-10-24 | お出かけ

少しここで観艦式の観覧記をお休み。
息子の秋休みで関西に行ってきましたので、淡々と写真を貼ります。



息子は13歳の誕生日をいつもお休み中に迎えます。
関西のわたしの実家に行って誕生日を祝ってもらうことも。

この写真を撮ったとき、カメラを母に見せついでに
「カール・ツァイスのレンズだから買ったんだけど」と自慢したら、
「ああ、カール・ツァイスね」(軽く)
「えっ!!お母さんどうしてその名前を知ってるの?」

驚きました。
カメラ、電子機器には全く縁の無い生活を未だに送っている母、
携帯電話すら持とうとしない彼女の口からなぜその名が?!

「だって、お父さんがいつも『カール・ツァイス』って言ってたから」

舶来もの、特にドイツのものは精密機器から文房具、スキーの板に至るまで
絶対の信頼を寄せていた父は、当然のことながら自分の病院で使用する
レントゲン写真を見るレンズにカール・ツァイスのものを導入しており、
実は未だにうちにある骨董品のような双眼鏡はツァイス・レンズのものだったのです。

母が、「何を今さら」といった口調でその話をするので灯台もと暗しとはこのことか、
と思うと同時に、数十年の年月を隔てて亡き父が愛したレンズを搭載した製品を、
娘が再び手にしたのも、縁というものかもしれないと思いました。



今回泊ったのは中之島のリーガロイヤル・ホテル。
このホテルは、実は震災直後放射線被害を心配してしばらく滞在していました。
震災後初めての宿泊だったので、ロビーに立ったとたん、ごく一瞬ですが、
あのときの何とも言えない気持ちがまたよみがえってくる気がしました。

ホテルでは震災後すぐ、以前デリだった部分を朝食などのレストランに改装したのだそうです。
ビュッフェ中心の食事をするためのレストランのようです。

今回の滞在の目的は、実家で母に孫の顔を見せること、そして、
ユニバーサルスタジオジャパン。

朝起きると、結構酷く雨が降っていました。
「行く?」
「行く」
「行くのか・・・・・」
仕方ありません。
ホテルに傘を一つ借りて出かけました。

 

ホテルからのシャトルバスには我々を入れて8人、USJに行く客が乗っていました。
雨にもかかわらずこうやって来る人がいるのね。
自分もそういう一人であることをすっかり忘れて驚きました。



着いてすぐ、ショップに突入しビニールのレインコートと傘を一本調達。
ショップ入り口にあったスヌーピーの着ぐるみ。
これ、冬は暖かくて部屋着にいいかもしれませんね。
これを来たまま宅急便の受け取りに出るのはすこし勇気がいりますが。



最初はターミネーター。
「ママ、寝ないように」
「寝ませんよ~」
しかし、昨日1時まで起きていて今朝はシャトルに乗るために7時起き。
何回見たこのアトラクションは、今回も「お昼寝タイム」になってしまいました。



テーマパークに雨の日に行くのは嫌いではありません。
なんと言っても空いているし、寒くさえなければなかなか風情のあるものだからです。

 

フロリダのユニバーサル・スタジオに行ったことがありますが、ここと全く同じ作りです。
駐車場(日本では駅)からゲートまで歩くのに、異様に長いアーケードを歩かせるのも同じ。
アトラクションは日本で知名度の無いもの、「ジミー・ニュートロン」とか「スポンジ・ボブ」
などもあります。



創始者なんでしょうが、いつも「この人、誰なんだろう」と思う
「USのウォルト・ディズニー」。
全く有名ではないので、この前で写真を撮る人は皆無です。

といいながら、気がついたら自分がこの前で撮ってるし。
(冒頭写真)





お昼は、以前無かった「カレーレストラン」に行ってみました。
チキンレッグがトッピングというのも妙な感じです。
カレーの隠し味はコーラ、ということでしたが、なぜコーラ?
もしかしてそれって話題だけ?
確かにコカコーラはUSJのビッグ・スポンサーですが、これ、どうなんでしょう。



前回、前々回と、「ウォーターワールド」に行くことが出来ませんでした。
もしかしたらこれを観ないUSJは、元がとれないんではないか?というくらいのお値打ちアトラクション。
今日は見逃さないようにぬかりなく時間をチェックしておきました。

ここでは写真OKなので、撮った写真を少しご紹介。





「水がかかる」ということを覚悟で前に座る観客」(大抵男子中高生)は結構いますが、
「大声合戦」の罰として思いっきり掛けられてもいい人!というコールに、
手を上げたのはなんと女の子。勇者ですね。

これが男子学生だったら、スタッフは遠慮会釈無く思いっきり至近距離から水を浴びせるのですが、
この写真でその瞬間を見ると分かるように、微妙にはずして掛けていますね。
思いやり、です。



しかし、観客は拍手喝采。
これ見るとそれでも結構濡れてますね。



この世界の「悪者」。
いつも同じヘアスタイルですが、前見たのとは違う人です。
どんなオーディションをして、どういうところから集められ、いくらギャラをもらっているんだろう、
と変な想像をしてしまいました。
我ながら夢がないなあ・・・。



登場してからゴルフボールを客席に向かって打ついつもの「お約束」。



それを今回見事にキャッチした中学生がいました。
こういうのを見たのは初めてです。
遠足で来ていた制服の学生をこの日たくさん見かけました。



ヒロインの「ヘレン」はじめ主役はいつも外国人です。
なかなか美人ですが、どうも最近日本国内で価値が急落した「ロシア系」ではないかという気が・・。



しかしこんなこともするのですから、綺麗なら誰でもいいって訳ではなさそうです。



主人公は跳んだりはねたり、ディンギーに乗ったり水に落ちたり逆さづりになったり。大変です。



全てのアトラクションの中でもっとも充実度があって、観ていて面白いのがこれ。
しかし、その日うちに帰るともうそのことは忘れているんですね。
前に同じものを見て感激したはずなのに、今日初めて見るような気がしました。
テーマパークのアトラクションって、花火みたいです。



息子が好きでこの日二回乗った「スペースファンタジー」のキャラクター。
このアトラクションはいわば室内ジェットコースターで、スペースマウンテンと似ていますが、
乗っているコースターがぐるぐるさらに回転するもの、と思って頂ければいいかと思います。

戦闘機でスタントをするパイロットの気持ちを味わえる、という理由で、わたしはこういうものが大好き。
何度でも付き合えます。

ところで75歳は軽く超えた白髪の老紳士がたった一人で乗っていましたが、
これ、アトラクションの中でもかなり過激で、「心臓の悪い方、寝不足の方、ご遠慮下さい」なライド。
老人が乗っているところはまず見たことがありません。
もしかしたら元パイロット?

さて、この日USJではハロウィーンのための催しがありました。



パレードです。
しかし、ディズニーと違い、パレードがあるといっても、人垣は出来ません。
せいぜい三重くらいの人が周りに集まるのみ。
始まる数時間前から場所を取るために座り込んで待つ、などという異常な行為は、
東京とアメリカのディズニーだけであるらしいことがわかりました。
ていうか、この日は午前中雨だったので、雨のやんだ後も場内は空いていたのです。



ノリノリです。



こういう、原価一円くらいのアクセサリーを、パレードの人たちが、あたかも
「餅巻き」や豆まきのように観客に向かって投げてきます。
わたしはたまたま手を伸ばして一つつかんだだけですが、
中には10くらいゲットして、じゃらじゃら付けて歩いている人もいました。



スタッフもカメラに向かっていちいちこんな顔をしてくれます。
観客が少ないからこそできる、心のこもったおもてなし。(T_T)





スタッフのテンションの高さと後ろの人垣の無さの対比が、何とも言えません・・。



パレードの頃雨はやんでいましたが、この日初めて太陽が顔を出しました。
こうなると、金木犀の香りの漂う快適なパーク内、
何もしなくても散歩だけで十分楽しいものです。



 



久しぶりのUSJ、それなりにわたしも息子も思いっきり楽しみました。
しかし、実はこれで終わったわけではありません。
この後ディズニーリゾート行きという苦行が待ち受けている(予定な)のです。
ブログの原稿制作もここのところ一日一ログの自転車操業状態なのに・・・・・

どうなる、わたし?

とにかく明日はまた観艦式の続きからお送りします。
どうぞお楽しみに。



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自衛隊観艦式観覧記~「水煙昇竜の舞」

2012-10-23 | 自衛隊

お待たせしました。
自衛隊観艦式、訓練展示観覧記です。

冒頭写真は艦艇部隊訓練展示第7群で甲板放水をする
ミサイル艦「くまたか」から立ちのぼった水煙。
「しらたか」と並んで放水した「くまたか」の水煙をトリミングしたら、

なんと。
そこにははっきりと昇竜のシルエットが。




 ね?

このことをぜひ「くまたか」の乗員に教えて差し上げたいわ。

タイトルにしてしまったのでこれから説明しますが、
実はこの展示は艦艇の部の一番最後のプログラムです。

「しらたか」「くまたか」ともに「はやぶさ」型のミサイル艇です。
ミサイル艇の定義は「対艦ミサイルを搭載していること」。
その高速性を生かして哨戒艇としての役目も果たします。

続いて「高速走行並びにIRデコイ発射」
IRはinfraredのIRで、赤外線を意味します。






827 ミサイル艇くまたか   829 ミサイル艇しらたか

デコイを発射してとっとと退場する「くまたか」「しらたか」。
デコイやフレアなど、おとりの煙や光を発射し攪乱する方法のことを、
実弾を使った戦闘の「ハードキル」に対し「ソフトキル」と言ったりします。

因みにこのミサイル艇が航行するとき、乗員は全員席に着き、
シートベルトを装着しなくてはなりません。

訓練展示は第一群、「はたかぜ」と「「しらね」の祝砲発射から始まります。



「はたかぜ」が祝砲を撃った瞬間。
この祝砲は54口径5インチ単装砲を搭載している艦にしか撃てません。
「はたかぜ」型の艦は「はたかぜ」と「しまかぜ」二艦のみ。
つまりこのどちらかが参加することは確定事項でした。



同砲を備えるもう一つの型である「しらね」の祝砲。
この一発は、とても美しく決まりました。

伸びていった天使の輪。

 まん丸くなって消えました。




訓練展示、第二群は「たかなみ」「おおなみ」「はるさめ」の戦術運動。
戦術運動とは艦隊の陣形を維持しながら、前進、後退、回転すること。
この日の戦術運動は揃っての回転です。
この後以前お伝えした第三群の潜水艦隊の展示があり、続いては




ヘリコプター発艦。
「いせ」から飛び立つへり。



前甲板。



後甲板アップ。



飛び立ったヘリは相模湾をまっすぐ陸に向かって飛んでいきました。

次は第5群展示の「洋上給油」。



補給用のチューブが前もって張られたラインに添ってするすると伸びていきます。
お母さんは「ましゅう」、餌をもらう子供は「はるゆき」。



餌や離部分超拡大。
認識しやすいように作業をする一は赤い服を着ていますね。
「フネに萌える傾向が一層悪化したエリス中尉、この光景を見て
「カワイイ~~~!」
胸がきゅ~んとしてしまいました。

と、突然、辺り一帯がやたらうるさくなりました(笑)



そう、、我等がエアクッション艇です、
それにしてもこいつ等は騒々しいなあ。
周りの人たちの感想も、速いとか何とかより、まず

「うるさい!」「うるさいね~」

でしたから。



このLCACの立てた水煙で、この後綺麗な虹が出来ました。
少し虹色をしているの、分かりますか?



昇竜、天使の輪、虹。
何かとファンタスティックな艦艇訓練となりました。


続く。




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自衛隊観艦式観覧記~「自衛官たち」

2012-10-22 | 自衛隊

先日、観艦式に予定されていた海保の巡視船「やしま」が出なかったことを、
「中国を刺激するという理由なら許さん」と言ってみましたが、
やはりこれは海保側の判断によるもので、尖閣に中国公船が現れたため
あきのPRイベントを中止してぎりぎりの運用をして「尖閣シフト」を敷いたため、
つまり「それどころではなかったため」ということが分かりました。

海保の皆さん、お疲れ様です。
尖閣のために集まった募金は、まず海保に充ててはどうでしょうか。

そして、一日でも早く憲法を改正して、自衛隊が出て行けるように、
安倍さんに頑張っていただきたい。

さて、普段周りに見ることのない自衛官たちを心ゆくまで観察できる、
これもまた観艦式の楽しみの一つでございます。

厳しい訓練のつらさのあまり思わず就職情報誌を買ったことがあったとしても、
訓練展示の喝采に達成感を覚え、「自衛官やってて良かった」と思ったり、
そしていつもと雰囲気の違う艦上で、それなりに「学祭気分」を味わったり。
彼らにとってもこの日はある意味「ハレ」の日。

日常とはまた違う姿ではあるのでしょうが、それでも我々にとっては、
見慣れない彼らの生態は非常に興味深いものです。

とくにエリス中尉のような趣味嗜好の人間にとっては。

というわけで、「ひゅうが」乗艦の間、失礼にならぬ程度に彼らを観察して参りました。

冒頭写真の自衛官、かれは甲板で見張りをしていた海曹ですが、
腕章していると階級分かりませんね。

「ひゅうが」について何も下調べ無しで行ったので、取りあえずかれには
「この艦の搭載武器を教えて下さい」と聞いてみました。

「はいっ、アスロック、CIWS、VLS、魚雷ですっ」

ほぼ「さみだれ」と同じですね。
そこで深い意味は無かったのですが、

「VLSって・・・・・ヴァーティカル・ランチャー・・・」
「はいっ!ヴァーティカル・ランチャー・・・・あれっ?・・・えーと」

甲板の士官が「ましゅう」の艦名を即答できなかったときも思ったけど、
自衛艦の装備だの武器の詳細だの、それに携わる当人はともかくとして、
その配置にない自衛官より一般の「おたく」の方が、ある意味詳しいのかもしれません。

エリス中尉がこの日たまたまそういう自衛官に当たっただけかもしれませんが、
自衛官だからといって、毎日「自衛隊ファン」や「朝雲ニュース」を熱心に読み、
艦船の排水量を皆すらすら言えるわけではないらしい、ということだけはよく分かりました。

ただし、あとでVLSの説明をしてくれた士官に、笑い話のつもりでそれを言うと

「後で叱っておきます」

おまけにこんなにでかでかと写真載せてるし。
本当に何かのきっかけでこれが上官の目にとまって叱られたらごめんなさい。
かれはど忘れしたか、あるいはアガっていたんですよ。
うん、きっとそうにちがいない。

写真を撮らせて下さい、と頼むと、

「普通でいいですか」

そう言われて普通のポーズを頼むはずがなかろうが。
このエリス中尉が。

「敬礼して下さい」

海軍式敬礼、キマってます。

 

甲板の上の自衛官。
左の方の腕章には「海幕」と読めます。
階級は三等海佐、旧軍の少佐ですか。
この日甲板には佐官以上の「偉い人」がいました。
こういう日にはすることが無いので接待係になるのかしら。



ところで、エリス中尉、この観艦式に参加するにあたりお世話になった赤☆様に、
大量の写真を貼り付けたお礼の手紙をお送りしたばかりなのですが、
そのなかでこの写真を「陸自の制服が」って書いちゃいました。

これは、どう見ても空自ですね~。orz

ちょうど階級が見えないけど、話している二佐より歳も取っていそうだから、
もしかして空将補?
このおじさんは部下を連れてただ者で無い偉そうな感じで歩き回っていました。
空自の飛行機も参加したので、その関係でしょう。

こういう偉い人の接待が、まあつまりこの日の甲板上の佐官の仕事である、
と理解したわけですが、最初のうちこそこういうアテンドや、あるいは質問攻めおじさんの
お相手などで忙しくとも、夕方になってくると

質問をしたい人は取りあえずしてしまって、おじさまたちは暇そうです。
もしかしてこの一佐(大佐)は「ひゅうが」艦長?
・・・・ってことはないだろうなあ。こんなところに立ってるんだから。

皆寒さのあまり船室に引っ込んだり、毛布にくるまって蓑虫のようになっているので、
自衛官たちもすることが無いのか、甲板で携帯メールを見ている人もいました。

あっ、これ書いちゃいけなかったかな。



全てが終わって帰路につく「ひゅうが」。
夕焼けが美しい日でした。
それにしても、自衛官って皆姿勢がいいんですよね。
いつも「見られている」という意識のなせる技か、職務中の緊張感か。



「立ったまま寝ている水兵さんを目撃した」
と何日か前に書きましたが、彼ではありません。
かれはちゃんとおめめをぱっちりと開けて立っていましたが、
たまたまシャッターの時に目をつぶってしまっただけです。

要所要所にはこういう赤い腕章(警備)を付けた水兵さんが立っていて、
見張りをしていました。
偉い人のように携帯を見たりは決して出来ないのに違いありません。←



艦内では観覧の後の時間にコンサートが行われましたが、その記録係。
前にも書きましたが、見学客の前に出てくるのはほとんどが士官、海曹クラスで、
セーラー服はその実際の人数の割にあまり見かけることはありませんでした。

 艦橋に一人発見。

 海士長ですね。通信係でしょうか。



艦橋はこの巨大艦「ひゅうが」ともなると、遙か高いところといった位置に見えます。



ズーム。



このズーム力を見るが良い。
どこの誰かまでちゃんと分かってしまいます。
この日の自衛官たちは、こうやって写真を撮られて全国に勤務状態を報告されてしまうわけで、
きっと気が抜けなかっただろうな、と思います。

真ん中で顔に手を当てているのは、もしかして、艦長?
にしては若いなあ。



さらにズーム。
カール・ツァイス、すげー!

これなら「くらま」の赤☆さまも写せたかも・・・・。

観艦式の後、自衛官の皆さんはインターネットで検索していて
つい自分や同僚の写真を発見してしまったりするのでしょうか。

 

艦橋にいる自衛官は、何となく艦の中でも「エリート」なのではないかと、
つい思ってしまいます。
この自衛官は飾緒を付けていますが、海自でこの飾緒をつけるのは

「基地警備隊員」

だけのようです。なぜ基地警備隊員がこのようなところに?

右は、まさかこんなところを写真に撮られているとは夢にも思っていない自衛官。
まったく、一般人にはときどきとんでもないやつがいるもんですよね。(誰のこった)



最初、サービス精神の旺盛な自衛官だなあ、子供をだっこして写真撮らせて、
なんて思っていたのですが、どうやらかれは本当に「パパ」らしい。

自衛官の家族だからって乗れるわけでは無いよ、と聴いていたので、
これを見ながらおそらくこの家族は本当に応募したのではと思いました。

もし何らかのつてを利用して無理矢理ねじ込んだのだとしたら、
同僚の目もあるこんなところで堂々とこんな風にできないだろうからです。

「昼間のパパはいい汗かいてる 昼間のパパは男だぜ」

という忌野清志郎「パパの歌」がふと浮かびました。
かっこいいパパにだっこしてもらって、女の子はとても嬉しそうです。



またもや超ズームしてみた、ヘリ搭載艦「あさゆき」の甲板。
やはり「揺れに耐えている」様子がありありと・・・・。

「今日の登舷礼、きつかったな」
「おお、俺ちょっとよろめいちゃったよ」

なんて後で会話があったりするのでしょうか。

左端の自衛官は、インカムで会話している通信係で、キャップにヘッドフォンを付けています。

・・・・・などと、新たに教えていただいた知識を得意げに披露しつつ、


次回に続く。







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自衛隊観艦式観覧記~「見てみい、旭日旗や」

2012-10-21 | 自衛隊

2012年海上自衛隊観艦式、全てが分単位で進むプログラムです。
訓練展示は予定の12時41分きっかりに始まりました。

ですから、この時間ちょうど航空機の通過を見るために見上げる空には、
まるで旭日旗のような反射とゴーストが映り込む写真となりました。

でも、いいの。

仰ぐ誉の軍艦旗、いや自衛艦旗。
その光輪を受けて飛ぶ、自衛隊機。
真珠湾で淵田美津雄中佐が思わず漏らした
「見てみい、旭日旗や」
という言葉がこんなに相応しい光景が果たしてあるでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・。

まじめに言うと、おそらくこのクラス(ソニーサイバーショットRX100)のカメラなら、
フレア防止のためのモードがあるはずなんですが、こう見えても結構無駄に忙しいエリス中尉、
カメラの説明書など、しかも英語で読んでいる時間などさらさらありません。
しかもフネと違って飛行機、来たと思ったらあっという間に行ってしまいます。
艦船を撮るよりもずっと「当てずっぽうにその辺を撮る」率が高くなり・・・・、

というわけで、ことごとく空に向けた写真は不本意なものばかりですが、
気を取り直してアップして参りたいと思います。



受閲航空部隊の指揮官機は、UP-3Cです。
スティング・レイのような尻尾が特徴的、
なんですが、ズームするにもモニターが見えず、フレームから外れるのが怖くてそのまま撮ったら、
こんな小さい画像に。

少し不思議なのですが、パンフレットには指揮官機は一機と書いてあるのに、
これを見ておわかりのように同型機が二機飛んでいます。

以前の項でも書きましたが、この観艦式、観る方は当たり前のように次々と現れる艦艇、
続いて航空機を眺めているわけですが、これ、見せる側の技術とプログラムの確かさ、
大変な力量が要求されるのではないでしょうか。

飛行機ともなると
「いけね、抜かされそう」とか、
「前の飛行機に追いついちゃった」
なんてのは論外、一定の距離を保ちつつ時間通りに艦隊の上を通過しなければならないのですから、

艦艇の観艦式も、あれだけ整然と一定のタイミングを保持してすれ違うのは、
「海軍力の高さ」にほかならない、と聴きましたが、さらにこの飛行機の観閲は凄い。
さらにこの航空機群は、、観閲部隊が観閲を終えてUターンを済ませ、艦艇の訓練展示が終わった頃
また戻ってきて今度は訓練展示を行うわけですから、まさに神業です。

・・・と思ったのでそう書いているのですが、やっぱりそんなに簡単じゃないですよね、鷲さん?




ヘリコプターが真横に並んでやってきました。
右の三機、くっつきすぎで怖い・・・・。



アップにしてみてもマジでくっついて飛んでます。
右三機、

「ちょ・・・両側もう少し離れて飛んで欲しいんですけど」
「左側の間隔と違うんだよ!もう少し向こうに散らばれよ」
「え?かっこわるいだろ―が、もう少しまとまって飛ぼうぜ」

左二機、

「あいつらなにやってんだよ」
「ちゃんと等間隔に散らばれよ~」

だったりして・・。(飛行機の萌え化現象、悪化)

因みに、この5機は両端が

UH-60J

真ん中三機が

MCH-101

であると思われます。
これは、航空部隊の第一群です。
続く第二群は、



MCH-101

先ほどの5機よりも大型ですが、これは掃海に使われる、
つまり「ぶんご」などに搭載される輸送機兼用の大型ヘリです。

大震災の時は八戸基地をベースに、輸送任務で大活躍。
南極への輸送も担うだけの力を持っています。
それにしても、ローターが全く静止して見えますね。
これもカール・ツァイスレンズのおかげ?



MH-53E

上のMCHより大型です。
これも掃海ヘリで、掃海具を海上から曳航したりします。
特徴的な機体両側の出っ張りですが、これはスポンソンと言い燃料タンク。
この大きさからも分かるように、通常の三倍の燃料を搭載することが出来ます。

エリス中尉、今回の観艦式で目覚めたことがいくつかあるのですが、その一つは
ヘリコプターのかっこよさ。
先ほどの編隊飛行などもですが、編隊を組むとかっこよさ倍増。
あれから、上空でヘリのプロペラ音がすると空を見上げるようになりました(笑)

このMH-53E、その名も「シードラゴン」

名前がまたいけているじゃないですか。




CH-47J(チヌ―ク)


陸軍、キターーーーー!
うーむ、やはり陸自の武器はいかついなあ。
迷彩色がまたコワモテって感じです。

この、ついついベトナム戦争を思い出してしまうツインローターのヘリは、
シリーズにネイティブアメリカン、つまりインディアンの部族の名がついています
この「チヌーク」もそうで、ほかには
「アパッチ」「シャイアン」「カイオワ」「イロコイ」「コマンチ」などなど。

これらインディアンを絶滅寸前まで追い込んだのはどこの国の人間だと
命名したアメリカ人に小一時間問い詰めてみたい気もしますが、それはさておき。



やっぱり逆光ですね・・・。



みんなこんな感じで次のが来るのを待っています。






US-1A(部分)US-2

どちらも救難飛行艇です。
US-2はIAの後継型。
大きな違いはグラス・コクピット(液晶表示)が搭載されていることです。

元をたどっていくとその技術は旧海軍の二式大艇に行き着きます。
かつて米軍がこの機を鹵獲してその技術に驚いたという逸話があります。

この機の凄いのは、たとえ高波でも海上に着水できるその性能。
まるで空中で静止しているかのようなスピードでゆっくり飛ぶことが出来、
さらにどんなせまいところでも着水することができるのだそうです。

訓練展示ではこの2型が海上着水する予定なのですが・・・。

次のがキター。



P-3C

鷲さん、見てますか~?
これは赤☆様の乗り機でもあります。



これは、訓練展示で低空を航行したとき。
P-3はもともと出自が旅客機なので、実に安定性があります。
オライオン(オリオン)という愛称がついています。
P-3Cは哨戒機ですが対潜機材を向上させたもので、訓練展示では

対潜爆弾投下
IRフレア発射

を見せてくれます。



F-15

ここから空自の飛行機です。
といっても、戦闘機群は速すぎてこれしか撮れなかったの。

F-15ができたとき、これを世界に輸出したいアメリカは大々的にセールスを展開。
しかしあまりに機体の値段が高く、結局買ってくれたのは
「サウジアラビア、イスラエル、日本」つまり金持ちの国だけ。

しかも後述の後発F-16に世界は飛びついてしまって、一層売れる気配もなくなりました。
アメリカが押しつけた高価なこのF-15、
日本のかつての栄光と、「ノーといえない日本」の悲哀を感じさせる戦闘機です。


ところで、すでに訂正済みですが、最初これを色だけでF2だと思っておりまして・・。
このF2について行きがかり上説明すると、エフツー、エフニ、などと呼ばれますが、
中の人たちは「バイパー・ゼロ」と呼んでいるとか。
「バイパー」はベースとなったF-16のこと、そしてゼロとは、2000年に運用になったから。
紀元2600年に運用になった「零戦」を彷彿とさせるネーミング(といってもあだ名ですが)です。

製造は三菱重工業。
その昔、三菱がFS-Xを手がけんとするとき、当時の三菱社長は

「防衛産業で日本のお役に立てなければ、三菱が存在する意味は無い。
儲かるからやる、儲からないからやらないではなく、持って生まれた宿命と思っている」

という、零戦ファンなら泣いてしまいそうな男前コメントを残しています。

しかし、このF-2、口の悪いアメリカ軍には
「Fake Falcon」と呼んでいるのだとか。

そういう台詞はなあ、一戦交えてから口にしてもらおうじゃないか、え?



と言うわけで、いよいよ佳境に入って参りました。

・・・・が、訓練展示に入る前に、少し寄り道します。

「文章はいらないので写真をもっと出せ」
と言い放ったあ な た も、少し我慢しておつきあい下さい。

・・・え?怒ってませんよ?










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自衛隊観艦式~「ひゅうが」乗艦記

2012-10-20 | 自衛隊

何日かにわたって海上で行われる観艦式の模様をお送りしてきました。

ここでいったん、われわれの乗っている「ひゅうが」艦内をご案内しましょう。



乗艦したらこのエレベータで甲板に上がります。
艦載機用なので、乗員がこのように日頃昇降に使うことは無いと思われます。
これほど巨大なものでありながら、信じられないほど動きはなめらか、しかも速い。
目を閉じていたらおそらく動いていることすら気づかないレベルです。

普通のエレベータと違って手すりも枠もありませんから、
一般客を乗せるこの日一日、15分に一度の稼働の際も、必ず自衛官が周りをチェック、
何人かが乗り込んで安全確保していました。

「ひゅうが」がデビューしたのは4年前。
一般公開の際、このエレベータは見学者を乗せて昇降したのですが、
「当初そのデモンストレーションは予定に無かった」とwikiには書いてあります。

現場の自衛官の
「見学者が8,200人もいるんですから、乗せて甲板に上げましょう」
「う~ん、予定に無かったけど、それいい考えかも」
という判断で行われた結果、非常に機能的に人員を移動させることができ(そりゃそうだ)
何より好評でもあったので、以後恒例化し、今回の観艦式にも大活躍、ということでしょうか。

他の大型艦に乗ったことがないので何とも言えませんが、
狭いフネの階段を上がっていかなくても甲板に出られるのは
「ひゅうが」ならではのお得だったかもしれません。

さて、それではエレベータでなく、階段を下りて艦内に入りましょう。



巨大艦であってもフネの階段はどこのも一緒。
乗ったことのある方はご存じでしょうが、護衛艦の階段というもの、
急なのは当たり前としても、どうしてあんなに段が狭いのでしょう。
普通の階段のように足を下ろすとつま先がはみ出るほど。
ジャイアント馬場ならおそらくカカトしか段にのせることは出来ないでしょう。

この階段を、登りはともかく下るとき、自衛官の皆さんは、特に作業着でない日など、
革靴で駆け下りてどうして転げ落ちないのか、不思議でたまりません。

ほとんどの階段の降り口には自衛官がいて見張りをしていました。
もし誰か転がり落ちたら、下で身体を張って受け止めてくれる気満々です。
一度手を出していただいたのでつかまって降りましたが、後ろにいたO氏(防大卒)には
手を引っ込めたらしく、O氏は後ろで

「僕には手貸してしてくれないの?」

基本的にお歳を召したように見えない男性には手を出さないようです。



格納フロアにはSH-60Jが一機展示用に置いてありました。

 

三菱が製造、とありますが、これはライセンス生産で、
元々シコスルキー社に発注したのだそうです。

♪ 翼の20ミリ雄叫び上げりゃ
墜ちるグラマン シコルスキシコルスキ~(搭乗員節)

のシコルスキーです。
「太平洋の翼」で、加山雄三、佐藤充、夏木陽介が歌っていましたね。

一昨日の項でJとKの違いについて見分け方を勉強したのですが、
Jは従来型で、改良型となったKとの最も大きな違いはどうやらローターのようですね。
冒頭の「ひゅうが」のマークは機の側面にあります。
搭載艦のマークをヘリも付けるものだと初めて知りました。

「さみだれ」はヘリが搭載されるときは「ヘリ基地から出動して艦の指揮下に入る」
ということでしたが、「ひゅうが」は飛行隊が最初から艦の指揮系統に入っています。



どれどれ、K型と見分けるポイント、ブレードの先端は・・・・あれ?
メインローターが、無いっ!



と思ったら、三枚とも羽は後ろにたたんでありました。
羽自体の重力でブレードに歪みが生じないように、(たぶん)赤いポールで羽を支えてあります。
そして、後ろに回ってびっくり、なんとヘリの尻尾も折りたたんでしまえるのですね。
太刀魚の切り身のような部分()は、尻尾の後ろの尾翼のようですが、これもたたんであります。

ヘリはどの機もこのようにたためるのでしょうか?
それとも艦載機だからフォルダーブル仕様?

その昔、伊潜には折りたたみの飛行機が搭載されており、
海上に浮上するやいなやもの凄い早さで飛行機を組み立て発進したそうですが、
日本人は「小さくすること」は異様に得意だからなあ。

その場所からふと横を見やれば



たくさんの人がここでたばこを吸っていました。
しかし、二枚上の写真を見てください。
「火気厳禁」
これ、「火気厳禁」と大書している真横のスペースにあるんですけど・・・・。

うーん、アマい。日本は喫煙者に対してアマすぎる。

エリス中尉、米軍の艦船に乗ったことは勿論ありませんが(来年乗れる可能性在り
アメリカのフネはどんなに巨大であろうと、「全艦禁煙」であろうと思います。
アメリカ人のたばこ排斥は徹底していて、飲食店の禁煙率は100パーセント。
レンタカーの禁煙率も100パーセント。(これだけは日本でも実地して欲しい)
遊園地、ショッピングモール、空港、デパートの禁煙率も100パーセント。
決してたばこを吸う人がいないわけでは無いのに、公的な場では100パーセント禁煙です。
ただでさえ狭いフネが禁煙で無いわけがありません。

この「喫煙場所」という札はマグネットプレートのように見えるので、
もしかしたらこの日だけの配慮だったのかもしれません。
船に乗っている間くらい我慢させれば?と吸わない人間としては思ってしまいますが、
どうしても我慢できない人間が甲板でたばこ吸って海にポイするかも、と憂慮したのでしょうか。

この階には、自衛隊の活動を説明するパネル展示もありました。



海賊対策でアデン沖に派遣されていたときの様子のようです。
こういうときには写真のようなヘルメットをかぶるのですね。

 

艦内に同じヘルメットとライフジャケット発見。

誰でも手に取れるようになっていました。
こっそりかぶって写真撮れば良かった・・・。



なぜか色の違うヘルメットも見つけました。
さらに探索していると、



自衛官食堂発見。
勿論ここに座っていても何も出てきません。
しかしモニターでは自衛隊の紹介ビデオがエンドレスで流れているので、
ここに陣取って見ている人(と自衛官)もいました。
観艦式の始まる前までは、皆甲板や艦内うろうろしていました。



食堂にあった掲示板。どれどれ・・・。

 モノ好きにもアップしてみる。

ちょっと萌え絵風。
海自、始まって・・・・ない?

 

自衛官から情報が漏れることは大変な国家機密が流出するおそれに繋がります。
そう言えば、イージス艦の情報が、自衛官を通じて中国人女性の手に渡った事件がありました。
冗談抜きで、共産党はそういう人物を日本に送り込み、あらゆるところに潜り込ませているそうです。
中には日本の国家中枢や軍事機密に携わる人物と結婚するために送り込まれているような
「自称留学生女子」もいるとか。
急に自分には不釣り合いなほどの中国美人が近づいてきたら、自衛官の諸君は警戒しましょう。



2005年に横須賀の潜水艦隊を中心に薬物事件が頻発しました。
それ以降、海自では自衛隊員が薬物所持事件に巻き込まれないよう神経をとがらせています。
何十万人もの団体ですから、犯罪に手を染める人間が何年かに一人や二人出ても不思議は無いのですが、
自衛隊の憂鬱は、一人でもこういう事件を起こすと、
「自衛隊は暴力組織!」「犯罪者のいる軍隊など解体せよ!」
などという極論をしたり顔で叫ぶ団体のそれ見たことか調の糾弾を避けられないことでしょう。
一般人なら記事にもならない軽犯罪でも、警察官、自衛官は個人名で報道されてしまいます。



こんなポスターもありましたよ。
小缶を二本飲むなら最初から大缶一本。
これはぜひ板倉光馬少佐にお教えしたい方法ですね。
しかし、大缶を飲んだ後ついもう一本、と手を出せば、かえって逆効果に。

さきほどの階段を下りたところには神棚がありました。
日本の軍艦には伝統的に神棚が装備されているようですね。
ちゃんと榊が備えてあるし(造花かな)、お掃除用の刷毛も完備。

後ろに立っていた自衛官(水兵さん)に
「こういうの手を合わせたりすることってあるんですか?」と聴くと、きっぱり
「ありません!」

そうなの?
出撃前にヘリ搭乗員がここでお辞儀をしていくんじゃないのね。

 

ハットラック。
写真を撮ろうとしたら、彼が写らないように立ち止まったので、
「入ってくれた方が嬉しいから歩いてきて下さい」
と注文を付けてパチリ。ちょっと照れ笑いしてます。
この日の自衛官の皆さんは公務なので、基本的に顔隠しはしませんでした。
ご了承ください。

先任海曹は、分隊長、分隊士の手助けをする、旧軍で言う先任下士です。
各分隊に一人配置されます。
「ひゅうが」は飛行機を搭載していますから、

第一分隊 砲雷科
第二分隊 船務科 航海科
第三分隊 機関科
第四分隊 補給科 衛生科
第五分隊 飛行科

計五人の先任海曹がいることになります。

この日、多数の見学者を乗せる「ひゅうが」は、至る所を見学者の休憩用に解放していました。

士官室。

O氏と艦内探検していたときに見つけ、入ってみました。
このときはもう観艦式も訓練展示も終わった後で、甲板はもの凄い強風。
暖かい室内でお茶を飲みつつビデオを見ている人でいっぱいです。



なぜか皆遠慮して座ろうとしない白いカバーの掛かったソファに
当然のように座るO氏(防大卒)とエリス中尉(自称尉官)。
すぐさま自衛官が飲み物の注文を取りに来て、お茶が出されました。
彼らの物腰も実にフレンドリーで、あたかも「自衛官カフェ ひゅうが」と言った雰囲気です。

我々の向かいには陸自士官OBの方が座っておられました。
やはり、白いカバーのソファに堂々と座る勇者は「その筋」だからなのか?
この方が話しかけてこられたのでそれなりに返事をしていたら、

「女の人で珍しいですね。どうしてですか」
「えー・・・・・」

・・・・もうそろそろ、こういう質問に対する簡潔な答えを用意しておくべきだ、と
エリス中尉、今日という今日は心の底から思いました。



あまりの風の強さに、人気のいなくなった(ように見える)甲板。



この写真を見て気づいたのですが、真後ろに「ちょうかい」と「あたご」が見えています。
艦尾から「ちょうかい」の写真を撮れば良かったなあ。
(次回の教訓にしようっと)



後甲板右舷から艦橋を望む。



空から識別できるように甲板に書いてある艦番号。
「ひゅうが」のナンバーは181です。



旗流信号。おそらく「ひゅうが」の認識旗?



調べても分からなかったてるてる坊主。
これなんだろう?ソナーシステムかなあ。



何だろうと言えばこの画面の右に見えている丸いものも。
実際にそこにいると全く目に入らないのに、写真を見ると不思議なモノがいっぱい写っている・・。



ところで艦内のパネルにあったこの写真。
射撃訓練は12.7ミリ単装機関銃で行っていると思われます。
機関銃の前に弾よけだか照準用だかわからないものがありますが、



艦首で同じものを見つけました。


あと、艦内を歩いていて感じたのは、さすがは海軍、
どこもかしこもぴかぴかに磨き上げられ、ちり一つ無かったこと。
比較的新しい艦であるせいもありますが、それは清潔でしたよ。
フェリーなどで感じる「狭い空間にこもった臭い」みたいなものはいっさいありませんでした。



次回は受閲航空部隊とその訓練展示をお送りします。

速度の遅いフネでさえ、あまりのまぶしさにカメラにどう写っているか分からなかったのに、
あっという間に行ってしまう飛行機が、モニターに全く確認できないため、めく、じゃなくて
視覚障害者撃ちでシャッターを取りあえず押した、エリス中尉。
はたしてその結果とは?

待て次号!






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自衛隊観艦式観覧記~「金甌無欠揺るぎなき」

2012-10-19 | 自衛隊

先日、銀座の海軍バー「ヨーソロ」で、恥ずかしげもなく愛国行進曲を熱唱したエリス中尉です。
この曲の一番は、雄大な富士の姿に日本の堅い護りへの情熱を重ねるもので、

「金甌無欠揺るぎなき 我が日本の誇りなれ」

と言う部分が、歌っていても実に爽快(←)です。
この「金甌無欠」という言葉は南北朝以降の中国の故事で、「南史」によると

「我国家猶若金甌無一傷欠」

つまり国威精強で、外襲を受けないことの譬え、と言う意味です。

外襲というものが決して絵空事では無くなってきた日本を取り巻く昨今の状況ですが、
そもそも観艦式のようなものは「その国の国威とともに軍事力を外国に向かって誇示する」
これが第一にして最終目標であるわけです。

つまりこの国が欲しくて攻め込んできても駄目だよ、ということ顕示する必要があるわけで、
それはある意味「最も平和的に外襲を未然に防ぐ方法」と言えます。
だからこそ、どこの国も定期的な軍事パレードを大々的に行うわけですね。

ところが、どういうわけか、日本人より他国民、ことにあの国やらあの国やらの国民感情、
および意見を異常に忖度する我が国のマスコミの中には
この「平和を維持するための恒例の軍事行為」がいたくお気に召さない社もあるようで。

「自衛隊が出過ぎるのは刺激を与えるとして消極的な声も政府内では上がっている」
(テレビ朝日)

「政府内」のその発言者って、だれですか?
そもそも誰にインタビューしたのかな?本当に誰かに意見を聞きましたか?

・・・・・・・・・・・。

さて、マスゴミに対する繰り言はそこそこにして、さっそく第五群の艦列から参りましょう。



464 掃海母艦ぶんご (5,700t)


やっほー!
さくらさん、見てますか~?

昨日掃海艇の勇ましい航行をアップしましたが、彼らの「お母さん」、「ぶんご」です。
掃海と機雷敷設、どちらの役目をも併せ持つ艦で、
航空掃海を行うためのヘリを搭載することも出来ます。

水中処分員が乗り組んでいるため、潜水病が懸念される彼らの作業への非常措置として
なんと減圧室も備えているのだとか。

先の震災の際、海上のがれきの上を跳躍する黒い潜水服を着た隊員の写真が
有名になりましたが、あれは「ぶんご」の水中処分員であるようです。
彼らはまた、行方不明者の捜索と遺体収容作業に大きな働きをしました。



688 掃海艇あいしま(510t)

掃海艇は全て「島」。掃海母艦が「水道、海峡」から名前を取っているようですね。
掃海艇部隊はこの「あいしま」以下、「みやじま」「ひらしま」「たかしま」「えのしま」。

「えのしま」は新鋭艦としてこの観艦式が「お披露目」となりました。
このフネが革新的なのは、海自初のFRP(繊維強化プラスチック)製船体が採用されているということです。

ところでこの「あいしま」のシルエット、変だと思いませんか?
艦尾に曳航されているように見える軍艦旗のついたのは、何?

これが噂の曳航型掃海具、DYAD(ダイヤード/磁気)とPNM(音響)というやつですか?
なんか、そういうものを引っ張っているように見えないんですが・・・・。



4003 輸送艦くにさき(8.900t)

横浜大桟橋で、先に出港していった「くにさき」。
第六群の先頭に立ちます。
せっかく再会したというのに、エリス中尉と来たら、
あまりのまぶしさにまたもや液晶画面を確認できず、(どう撮れたかチェックも出来ないくらい)
せっかくの「くにさき」のお尻が切れてしまいました。残念。
前を行く「えのしま」が写っているので許して下さい・・・。

「くにさき」の艦尾を見て下さい。
いかにもここががらっと開いて、何か出てきそうな形状をしていますね。

「くにさき」が率いるこの小さなフネは、ここから出てきたのでしょうか。

ここまで静かだった海が、急に騒々しくなりました。



LCAC 

この小さな艦体がもの凄い音を立てて航行します。
単なる行き足の速いゴムボートだと思ったら大間違い、これはホバークラフトで、水陸両用。
おおすみ型護衛艦に搭載されていて、揚陸艦から直接海上に出て水上を航行、
海浜から陸に上がればそのまま地上を走行、というもの凄いヤツです。

搭載武器もガトリングなど、機銃系中心で四台。
これが訓練展示の時は高速走行してみせるわけですが、
平常航行の時ですらこの水しぶき、この騒音。
観艦式の観閲航行だというのに、このフネだけはどこにも人影がありません。



ここで米軍の写真をwikiからお借りしてきました。
真ん中の、グレーのアスロックのような部分、ここに人を収納します。
このフネ、騒音と水しぶき、扇風機で作る合成風、
さらにガスタービンの排気で人間が外にいると大変なことになるからです。






水しぶきで船体が見えません・・・。
あまりのことにしばし呆然としていたら、これに続いたミサイル艇の「しらたか」「くまたか」
の写真を取り損ないました。
この二つはしかし、訓練展示で活躍しますのでそのときに紹介するとして、



158 護衛艦うみぎり(3.550t)

エリス中尉が6月に見学したDD-106さみだれと一緒に、
2011年6月から半年の間、ソマリアに海賊対策のため派遣された艦です。

ソマリアに派遣されている間は勿論寄港地で上陸もあるのですが、
ちょうど今日のニュースで、

「ソマリアに派遣されていた「ゆうぎり」乗り組みの21歳の海士長が、
同僚三人と海水浴に行った際溺れて死亡した」

と言うニュースが飛び込んできました。
先日の「そうりゅう」の三曹20歳、今回も21歳の、前途ある若者の将来が
またもや任務中に海に散ってしまったということです。

どちらの自衛官も「非番」「しかし任務地にいた」という共通点があります。
非番中とは言え、こういう状況での事故は本人の不注意だけで片付けられない一面があります。

ただでさえ危険で消耗する任務なのですから、海自には、二重三重の危険を想定、
対策をして、国民を守るという意思を持って集まってきた人々の安全をまず確保することに
全力を上げていただきたいと思います。

さて、国内部隊の最後を務めるのは、なんと、

PLH-22 巡視船やしま

海上保安庁の巡視船が、海自軍団のトリを務めるはず、だったのですが、
今年は尖閣問題の影響で(たぶん)中止になりました。

なぜだ。

最初に言ったように、観艦式とは外国に対する
「我が国にはこれだけの護りの盾がある。やれるものならやるがよい」
という示威行為であるわけですから、尖閣付近で現在先兵となって
国土防衛に当たっている海保のフネを出すことは、大いに意義があると思うのですが。

勿論、
「状況が状況だけに毎日出動でそれどころではないから」
という理由なら納得しないでも無いけど、もし万が一
「中国を刺激する」
とかいうタワけた理由なら、よしんば国民が許してもエリス中尉が許しませんよ。

それにしても、見たかったなあ、グレー軍団の最後を飾る海保の白いフネ。




かわりに、この夏前赤煉瓦倉庫前で撮った、PLH-31「いず」の写真をどうぞ。

というわけで、これで受観閲部隊のフネ全てをご紹介してきました。
観閲部隊は「ゆうだち」を先頭に、Uターンします。

Uターンするのは、まさに相模湾の富士が見える真ん前の位置。
冒頭写真は我々の二つ後ろの「あたご」と富士。



「ひゅうが」がUターンした瞬間。
後ろの「ちょうかい」「あたご」「あきづき」がこのような角度に見えます。


富士山と「ちょうかい」。



富士山と「あきづき」。


おお晴朗の朝雲に 聳ゆる富士の姿こそ

金甌無欠揺るぎなき 我が日本の誇りなれ


改めて名曲であると感動しつつ、次回に

続く!




・・・・・おまけ。

さくらさんのために「ぶんご」の後甲板を大アップしてみました。
白いシャツの人なんかは「これ自分」といえるくらいはっきりしていますが、
さすがにさくらさんは見つからないかな。
まあ、この中のどこかにいるってことで。

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自衛隊観艦式観覧記~「潜水艦隊浮上セリ」

2012-10-18 | 自衛隊

504 潜水艦けんりゅう (2.950t)

受閲艦隊部隊は全部で第七群まで、観艦式当日海外参加国
(オーストラリア、シンガポール、アメリカ)
からの祝賀部隊の三隻を加えると総勢29隻の巡航です。

その第4群、潜水艦隊が現れたとき、観客はどよめきました。
その様子を感慨深く眺めながら、その黒鉄の潜水艦が波を切って進むのを
おそらくその場の誰よりも深い思い入れと感動をもって目に焼き付けたエリス中尉です。

冒頭写真は「けんりゅう」の司令塔をアップしています。
写真に撮って初めて気づいたのですが、自衛隊旗ともう一つ、代将旗が掲げられています。
これは、潜水隊群司令たる一等海佐に対して掲揚されます。

ところで、今ふと思ったのだけど、潜水艦への乗り込みって、どうやって行うのだろう。



594 潜水艦いそしお (2.750t)



三隻の潜水艦はこのように進んできます。

587 潜水艦わかしお (2,459t

司令塔を大アップしました。
一番向こうが艦長なのは分かりますが、手前二人は水兵さんですね。
一つの穴から皆が顔を出している様子に萌え~。



しんがりを務めるわかしおの後ろ姿。
向こうに見えているのは「やまゆき」です。

観閲が終わったら、その後は訓練展示となります。
この様子は、別の日にまとめてお送りする予定ですが、
潜水艦群についてだけは、訓練展示の様子を今日アップします。


潜水艦の訓練展示は、ドルフィン運動、つまり専攻と浮上を急激に繰り返すものです。

しかしながら、このダイナミックな動きが可能なのは、「はるしお」型SSまで。
「はるしお」級は基準が2,450トン。
この潜水艦隊を率いる「けんりゅう」(2,950トン)では「重すぎて駄目」ということのようです。

この「はるしお」型潜水艦で現在現役なのは、この「わかしお」のみ。
同型艦の「あさしお」「ふゆしお」は練習潜水艦に変更されているからです。

つまり、この「わかしお」だけが、観艦式でドルフィン運動のできる国内唯一潜水艦。
艦隊二番艦の「いそしお」は、2.750トンなので、少し「重量オーバー」。
おそらく、「いそしお」は浮上だけを見せてくれるのでしょう。



訓練展示で「実働部隊」を率いる「けんりゅう」。
当然のことながら、「けんりゅう」は引率役なので潜りません。

司令塔部分拡大。

四人の乗員が立ち、一人は潜望鏡で後方の部隊を見ていますね。
司令塔の「フィン」の上には、窓のようなものが見えますが、これもハッチなのでしょうか。

そして・・・



「いそしお」、浮上セリ。



ある意味「目のない」潜水艦で、ちゃんと旗艦の正面に来たときに浮上するためには、
「けんりゅう」からの「キュー」がないと無理です。
「けんりゅう」司令塔の上の乗員は、その指示のために外に出ているというわけでしょう。



ここで、この潜水艦群のフォルムが一目瞭然のこの表を見ていただきたいのですが、
「はるしお型」の「わかしお」だけが、非常にスマートなノーズをしていますね。
重量もさることながら、「ドルフィン運動」にはこの水の抵抗のなさそうな艦体でないと駄目なのかもしれません。

というわけで、「わかしお」の動きをドキドキしながら見ていたわけですが、



「わかしお」浮上セリ。

・・・・・・あれ?

「ドルフィン運動」は?

この日、「わかしお」は、わたしの見ている限りでは「ドルフィン運動」はしませんでした。
よく、45度くらいの角度で海面に飛び出すように浮上している写真があるでしょ?
あんな感じじゃなかったのです。

うーん・・・・・。

考えられる理由は四つ。

1,旗艦のちょうど前で行ったあとだった。つまり「ひゅうが」の前では普通の浮上になった。
2,気象条件その他もろもろの事情により、本日の展示は「急浮上」ということになった。
3,「ドルフィン運動」ができる乗員が今日は乗っていなかった。
4,「ドルフィン運動」は大変なので観艦式本番当日しかやらない。

願わくば1であることを祈っておりますが、どなたか「ドルフィン運動見た」って言う方おられませんか?


勿論、普通の浮上であっても日頃このようなものを見慣れない一般人にとって、
潜水艦の動きはもの凄いインパクトであることに変わりません。

それにしても「わかしお」一隻しかこれをできる艦がいない、というのは、実に心配です。
日本の伝統芸能ではないけれど、早急に「はるしお」型の潜水艦を建造して、
この技を伝えるようにしていただきたい。

と一人で勝手に気を揉んでしまったエリス中尉でした。

ところで、この日10月8日、我々がこうやって黒鉄のフネの為す行列に喝采を送っていた同時刻、
海上自衛隊SS-505 「そうりゅう」で事故が起こっています。

当時「そうりゅう」は和歌山県沖を航行していたのですが、潜航していた艦内で20歳の三等海曹の
所在が分からないため、浮上して点検したところ、艦橋の操舵室、潜行時は海没する区域で
水死しているのが見つかったというものです。

遺書が見つかった、自殺である、原因はいじめだ、なぜ点呼しなかった、
あいかわらずネット上ではいろんな憶測とデマが飛びかっているようですが、
なぜ点呼をしないかというと、潜水艦では各員持ち場について、
各自点検結果を報告するため、それが点呼代わりになっているもののようです。
たまたまこの三曹は非番乗り組みだったため、気づかれなかったのでしょう。

こんな話の時になんですが、エリス中尉、「ひゅうが」の艦内を探検しているとき、
廊下の各所に配置されている水兵服の若い乗員の一人が「立ったまま寝ている」のを発見しました。
激務で朝の早い自衛官、特に「いくら寝ても寝足りない」若い人であれば、
非番の時に誰もいないところで居眠りしてしまっても、仕方がないことのように思います。

推測に過ぎませんが、この事件の三曹は、非番時に艦橋でうっかり眠り込んでしまい、
潜行に向けた艦内の動きに気づかないまま、取り残されたのではなかったでしょうか。

二十歳で三曹、というのは非常に早い昇進であったように思います。
いずれにせよ、新鋭艦乗り組みを配置された、優秀な自衛官であったのでしょう。

心からご冥福をお祈りします。




「ひゅうが」甲板の様子。
これはまだ観閲が始まっていない状態で、海面には
「あすか」「ちはや」「やまぎり」が並んで航行しています。

次回は、受閲艦艇部隊の第五群、さくらさんの乗っていた(ですよね)「ぶんご」からお送りします。
まだまだ続きますので、どうかおつきあい下さい。







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自衛隊観艦式観覧記~「秋津島根の守りなる」

2012-10-17 | 自衛隊

「てやんでえ!
ガタイのでかいフネばっかりがいくさぶねじゃねえぜ!」


とばかりに肩で風切り進んでくる・・・・・・・・・・・・・・可愛らしい勇ましいフネ。
前から

690みやじま(510t)、601ひらしま、603たかしま、604えのしま(各570t)

の掃海艇群。
受閲艦艇部隊の第五群に現れます。

エリス中尉、甲板で元掃海艇艦長のA氏にお話を伺っていたのですが、
掃海艇の仕事というのは機雷除去訓練は勿論、機雷敷設訓練もするのだそうです。

大戦末期に米軍が日本近海にばらまいた「スタベーション・オペレーション」(飢餓作戦)
のための機雷を、掃海艇乗組員が命をかけて処理したのは有名ですが、
今日でも、そのための訓練は変わらず行われています。

掃海艇が小さいのには実は理由があります。
小さい、すなわち軽いフネは、海中に没する「喫水線」が浅い。

そう、掃海艇の小ささは、機雷に接近したとき作動の可能性を低くする
必須の条件なのです。
列を作って進んでくる掃海艇群は愛らしいですが、こう見えても、

四方は海もて囲まれし 秋津島根の守りなる

誉れは高きいくさぶね みそなはすこそ目出度けれ

作詞:池田敬之助 作曲:佐藤清吾 『観艦式行進曲』より)

とうたわれるに相応しいフネなのです。

さて、今日はこの掃海艇はじめ、海上自衛隊の誇る「いくさぶね」の数々、
受閲艦艇部隊の艦艇群をご紹介しましょう。



115 護衛艦あきづき (5,050t)

「ひゅうが」「ちょうかい」「あたご」の後ろに、いつのまにかくっついて(笑)航行していた
「あきづき」。

前回、三年前の観艦式のときは「ひゅうが」がお披露目艦だったのですが、
今回の新鋭艦はこれに先立つこと忘れもしない二ヶ月前の8月21日、
出港式をしたこの「あきづき」です。
まだ生まれて二ヶ月、ぴかぴかの新人である「あきづき」。
でありながら、(というか、だからかな)いきなり受閲艦艇部隊の旗艦に任命されるという凄いやつです。




これも「あきづき」。
その向こうにも観閲部隊のフネ(「いなづま」とあ「あすか」?)がいます。
このように、受観閲部隊は、二列になった観閲隊の間を逆行して観閲されるわけです。

「あきづき」の後ろに続くのは



171 護衛艦はたかぜ (4,600t

この「はたかぜ」は、後ほど訓練展示において祝砲(空砲)を撃ちます。
この祝砲に撃つ54口径5インチ単装砲を備えています。




143 護衛艦しらね (5.200t)

同砲を備えるもうもう一つのフネは、「しらね」。
祝砲発射は「はたかぜ型」かこの「しらね」の参加無くしてありえません。


ところで、昔「しらね」に乗っていたという元自衛官の方からコメントを頂いたことがあります。
「宮城第五連隊」というHNの方でした。
宮城県在住で、その当時も船関係のお仕事をされているようでした。
そうたびたびコメントされる方では無かったのですが、その後、あの震災が起こりました。
それ以来一度もコメントがないのを、この「しらね」を見て思い出しました。

当時はもしご無事でもそれどころではないだろうと思い、コンタクトを控えていましたが、
宮城第五連隊さん、もし、ご無事でこれを見ておられたら、一言コメントをいただけないでしょうか。



110 護衛艦たかなみ(4,650t)

受閲艦艇部隊の第二群です。
先ほどの「あきづき」といいこれといい、どうして艦尾や艦首が切れているのかというと、
この時間12時、「ひゅうが」甲板は日差しが猛烈で、小さなデジカメのモニターは
角度によっては陽が反射して、ほとんど何も確認できない状態だったのです。
だいたいその辺に向けてシャッターを押す、みたいな写真の撮り方になってしまいました。



111 護衛艦おおなみ (4.650t)

これも逆光でシルエット。
この当日の日差しの強さは、凝らした目が痛くなるほどでした。



102 護衛艦はるさめ (4,550t)

すき焼きには欠かせませんよね、って何を言ってんだエリス中尉。
受閲艦の乗員は、このように観閲艦側の舷に立ち、登舷礼式を行います。
このはるさめ艦上で登舷礼する自衛官の皆さんの姿勢にご注目。

もしかして、これ、思いっきり揺れに耐えてませんか?

とくに左から二番目の自衛官、ほとんど斜めになってるし。
右から二番目も、後ろにエビぞって必死で姿勢をキープしているように見えます。
ふーむ、これは、かなり洋上での観閲、小さいフネの甲板は大変だと見た。
しかし、見た限り「おっとっと」とよろめいて蹈鞴を踏む自衛官は一人もいませんでした。
やっぱり皆、身体のコアっていうか、腹筋ができてるってことでしょうか。
それとも意識の持ち様?

この第二群の比較的小さな駆逐艦群は、訓練展示で戦術運動を見せてくれます。
「たかなみ」「おおなみ」「はるさめ」この三隻で、一斉に方向を変える運動です。

つまり運動性能が優れて小回りが利く艦ならではの大きさでもあるわけですが、
これを見ると、このクラスは波にはガブられそうだなあ・・・・・。

受閲艦隊部隊の第三群は・・・・



182 護衛艦いせ (13.950t)

「ひゅうが」型ヘリ搭載護衛艦で、海自の保有する艦では全長、排水量共に最大級です。
「いせ」は、訓練展示において「あさゆき」とともにヘリを発艦させます。



「いせ」艦上の搭載ヘリSH-60K(たぶん)。
上を飛んでいるのも同型でしょうか。

自分が乗っている艦の大きさは実感がありませんでしたが、
同じ大きさの「いせ」を見て、弩迫力とはこのことか、と感じ入りました。
「いせ」にも観客はいたようですが、ヘリの周りには立ち入れないようになっていたようで、
後甲板には誰もいません。



156 護衛艦せとぎり (3.550t)

護衛艦の中では最も小さいクラスが、この「あさぎり型」ですが、こう見えても対空火網は、
CIWS、62口径76ミリ速射砲、シースパローと、三重の装備を搭載しています。
2010年には海賊対策でソマリア沖にも派遣されました。

唯一写真が撮れなかった 128 護衛艦はるゆき (2,950t)
とともに、訓練展示では「ましゅう」から洋上補給される役目です。




132 護衛艦あさゆき (3.050t)

この「あさゆき」は、元々ヘリコプターを一機搭載しています。




このSH-60Jを、訓練展示では大きな「いせ」と共に発艦させます。
「あさゆき」の向こうを航行しているのは、試験艦「あすか」。
艦上で登舷礼をしているのは、水兵さんばかりですね。


さて、ここまでで、受観閲部隊のようやく半分に漕ぎつけました。
次回は、第四群、たぶん皆様お待ちかねの

「潜水艦隊」

からです。
最近潜水艦にどっぷりだったエリス中尉が最も興奮したのがこれ。
潜水艦ファンのあなた、そうでないあなたも

待て次号!!



 

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