再び行ってまいりました。シアターコクーン。台風の影響があるかも、電車遅れるかも。。と、老婆心の塊となって早めに渋谷到着。
前回の教訓で、開場少し前に劇場扉前に行き、なんと一番乗り おかげで数少ないロビーソファで客席開場を座って待つことができました。(こういう人をおばちゃんと言う)
本日は待望の正面ベンチ。先日見られなかったところもばっちり見るぞ!
陪審員8号の堤さん、正面!なんと素敵なぶれない建築士。評議が開始される前から、「早く終わらせて帰ろうぜ!」などと適当な陪審員のざわめきの中で、窓(正面)をじっと見つめる姿が印象的でした。そして、今回もまた陪審員11号(三上市朗)に泣かされました。
「この国では、人と違う意見を言ってよいのだと思っていました。」
「それが民主主義の素晴らしさです」
陪審員11号は東欧からの移民で時計職人というプロフィールでしたが、さっさと終わらせてナイターに行きたいテキトー参加の陪審員7号(永山絢斗)が11号に「あなたは『有罪に対する合理的疑問』の意味がわかっていないのではないですか?」と言われて逆上した時、プライドを傷つけられ(移民は自分より下だと思っているからね。この人)「このドイツ野郎!」と叫んでいました。この作品は映画だと1957年なので、第二次世界大戦の終戦から12年ほどしか経っていません。だとすれば、この時計職人はナチス・ドイツの時代を生きてきたことになり、おそらくはホロコーストのような理不尽を加害者の国民として見てきたのかもしれないです。人としてやってはいけないと思いつつ、本当の気持ちを押し殺さねばならないつらい経験があったのかもしれません。
だからこそ、7号がさっさとこの評議を終わらせたいから「無罪でいいや」的な発言をしたときにものすごい怒りをもったのだと思います。
「人の命がかかっているのです。正しいことをしなけれないけない。」この時の11号は、それまでの控え目な態度ではなく、一歩も引かないというものすごい迫力でした。そうだ。「ならぬことは、ならぬのです。」
人は自分の物差しで様々な判断をする。でも、その物差しは、もしかしたら間違っているかもしれない。そういう振り返りをすることが大切なんだと、今回も強く強く思いました。スラムを嫌って狂ったかと思うほど罵声を吐き続ける10号(吉見一豊)に、「もういい。その汚い口をとじなさい!」ときっぱり言い放つ4号、石丸さんの毅然とした姿にも打たれました。4号はかなり終盤まで証拠の一つ一つに裏付けられた事実としての「有罪」を確信していましたが、放たれた疑問が有罪への「合理的な疑い」につながった途端に、さらりと自分の考え違いを認めるのです。感情に流されない知性を感じました。
最後まで犯人の少年と、思うように心が通じ合えない自分の息子の姿を重ね、「有罪」を主張する3号(山崎一)を見つめる11人の陪審員たち。それまでの姿勢をあらため、すっと背筋をまっすぐにしていた姿に胸がいっぱいになりました。
「あなたの子ではない。」
崩れ落ちる3号。この評議を通し、陪審員たちの人生も変わっていったんだろうなあと感じます。話し合うことの大切さ、そこから見えてくることの多さに驚かされる2時間15分でした。