名古屋から発するブログつぶて・凡人のひとりごと

身の回り、世間のできごとをを日記風に記す(紙つぶてならぬブログつぶて)。

今日は4木会(よんもく会)の集まり

2023-09-28 17:18:08 | Weblog
2023.9.28(木)
 大学時代の合唱仲間で、毎月第4木曜日のお昼に名古屋市内のレストランで食事会を行っている。長い月日を経て開催日や開催回数など変遷を経てきたが、現在は冒頭のとおり開催している。
メンバーはもとは30人程で出発したが、最近の集まりは高齢化もあり、10人前後となっている。
 今日はその4木会の日で、やや少ない8人ほどが集まって、正午から2時間ほど飲みながらの雑談を楽しんだ。80歳を半ばにもなると体力が衰え、どちらかといえば静かな飲み会ではある。筆者は一人では出歩くことができなくなったしまったので、外出はいつも連れ合いと一緒である。妻には申し訳ないが愚痴も言わずに参加してもらっている。
 会はただ集まっての雑談であるが、これで充分目的を果たしている。近況や最近の出来事など只々とりとめのない会である。しかし誰も不満などない。お互い元気な顔を見て安心して帰ることができるのである。料理もお酒もお値打ちの店であるから安心していただける。いつもあっという間の2時間ではある。この会の幹事をずっと筆者が請け負ってきたが、さすがに疲れたので他の仲間に請け負ってもらった。今日はその最初の日であったが、その分、酒も気楽にいただけた。いつものことながら、2時間はあっという間に終わった。今日休んだ仲間も、体調を悪くしたとの情報もあり、お互い高齢だから、それが一番の心配事ではある。しかしこうして昔の仲間と会えることの喜びが、一入(ひとしお)であることは言うまでもない。

美ヶ原高原と諏訪大社歴史探訪

2023-09-25 14:38:54 | Weblog
2023年9月25日(月)
 昨日(24日)、富士ツーリスト(南大高店)主催の標題の旅行に出かけた。参加者は35名ほどであった。
 午前9時に伊勢湾岸道を出て東海環状線~中央道を走り、午前11時に長野県の諏訪大社を訪れ拝観した。「生命の根源・生活の源を守る神・諏訪大社と美ヶ原高原の大自然を探訪する」と題した旅行である。昼食は上諏訪温泉の華乃井で「旬菜の小箱」と題した食事を賞味した後ビーナスラインを走り、美ヶ原高原を登って午後2時半に美術館に入館し、見学した。高原の中にある特色のある美術館である。じっくりと楽しんだ。その後、元気な人はハイキングを楽しんだようであるが、筆者はその元気はなく、休養に費やした。終わりは午後3時半であった。
 その後、東海環状~伊勢湾岸道をひた走り、富士ツーリスト南大高店に帰ったのは午後6時であった。

知多郡南知多町山海の内藤屋旅館に泊まる

2023-09-23 16:50:56 | Weblog
2023.9.24(日)
 昨日の23日(土)に連れ合いと息子の嫁の3人で南知多町の内藤屋旅館に出かけた。伊勢湾をまじかに見ることのできる所に位置している眺望のよいところである。この旅館には過去2回ほど利用したことのある所ではある。無愛想な亭主が受付に構えているのは昔から変わらない風景の旅館でもある。
 釣りをする訳でもなく、ただ美味しい魚料理を食するためである。必ず旬の魚を出してくれるので飽きることはない旅館でもある。この日も、夕食も朝食も伊勢湾の魚を中心にした料理でおいしくいただいた。5組の家族が客で来ていたが、みな満足気であったことは間違いないと思われる。
 すぐ前が絶好の釣り場であり好天ではあったが、釣り道具もなくただ眺めていたのみである。竿を出せばキスなどはいくらでも釣宇れそうな雰囲気ではあった。
 4日の日曜も朝食は魚料理中心の料理であったが、美味しくいただいた。午前10時に旅館を後にして帰路についたが、途中、昼食を食しながら自宅に帰り着いたのは24日の午後1時であった。

静岡(阪井)の平田漁港でタチウオ釣り

2023-09-22 08:27:20 | Weblog
9月20日(水)~ 21日(木)
 いつもの釣り仲間の兵頭輝敏さん、伊藤英昭さんら5人で標記の漁港から出船してタチウオ釣りに出かけた。
この日は朝から雨ふりで中止も心配したが 幸い現地では雨も上がりむしろ好天に恵まれ波も静かで絶好の釣り日和であった。
 午後8時15分、伊藤さんの迎えを受けて、途中兵頭さんらの待ち受ける場所で落ち合って平田漁港をめざした。
 釣りは天びん仕掛けで、錘は100号、水中ライトを使うタチウオ仕様で行う。釣りの開始は、漁場のルールで午前2時となっているらしく、それを待って早速開始した。
釣り座は希望の場所で決めたので、筆者はおおともに座った。いつもはここがおおむね良いのだが、この日は違って、一番悪い結果となってしまった。これだけは何ともならない仕方のないことではある。
 筆者の釣果は僅か4匹で情けない結果であった。他の4人は10~40匹という驚くべき釣果で羨ましいばかりの結果であった。こうなると筆者は要するに釣りが下手だと言われても仕方のない結果ではある。
 釣りの終了は21日の午前8時頃で、午前9時ごろには帰路についた。途中いつものレストランで昼食をとって兵頭さんらを自宅に送り、最後は伊藤さんに送られて午後5時ごろに帰宅した。翌日にはタチウオ料理を妻の料理でおいしくいただいた。これがたまらないのである。


 

日本の人口 100歳以上 92,139人

2023-09-15 19:21:33 | Weblog
2023年9月15日(金)
 9月18日の「敬老の日」を前に厚生労働省は今日(15日)、全国の100歳以上の高齢者が過去最高の92,139人になったと発表した。昨年から1613人増え、、53年連続で増加した。  全体のうち、女性が81,589人と88.5%を占め、男性は10,550人。最高齢は116歳であった。昨年からの増加数は男性が185人、女性が1428人であった。2023年度中に100歳になる人は47,107人(前年度比1966人増)だった。
 女性の最高齢は、大阪府柏原市の巽フサさんで、1907(明治40)年4月25日生まれの116歳。また、2023年度中に100歳になる人は40,710人(前年度比1966人増)だった。
男性は千葉県館山市の薗部儀三郎さんで、1911(明治44)年11月6日生まれの111歳。
 人口10万人当たりの100歳以上の高齢者数は73.74人。都道府県別では島根県が11年連続最多で155.17人。次いで高知146.01人、鳥取126.29人だった。一方、埼玉県が  44.79人で最も少なかった。
 100歳以上の高齢者は調査を始めた63年が153人で、81年に千人を突破。98年には1万人を超えた。医療や介護などの充実が背景とされる。
 厚労省によると、22年の日本人の平均寿命は女性が87.09歳、男性が81.05歳となり、2年連続で前年を下回った。新型コロナウイルス流行の影響とみられる。

緑文化小劇場で平和コンサートを聴く

2023-09-10 17:03:46 | Weblog
2023.9.10(日)
 今日9月9日(土)、緑文化小劇場で「平和コンサート」と題した音楽会が開催され、連れ合いと一緒に聴きに出かけた。
内容は、”合唱団みどり”による合唱と ”ビオラとピアノ”による共演という内容であった。
 合唱は、〇 花 〇 夕焼け小焼け 〇 林光作曲の「なぜ?」 〇 鶴見正夫「OH MY SOLDIER」 〇 宮澤賢治「祈り」 〇 永六輔「見上げてごらん夜の星を」の6曲を歌った。
ピアノとビオラの共演では 〇 エルガー「愛の挨拶」 〇 坂本龍一「戦場のメリークリスマス」などであった。 
 アマチュアらしさの演奏ではあるが、賢明な演奏ぶりで、ほぼ満席の会場から一曲ごとに盛大な拍手があり、さわやかな演奏会であったことは間違いない。

ガソリン価格の値上がりが止まらない

2023-09-07 09:35:52 | Weblog
2023.9.7(木)
 今朝の新聞によると、経済産業省が昨日6日発表した4日時点のレギュラーガソリン1リットル当たりの全国平均小売価格は、前週調査より90銭高い186円50銭となり、最高値を更新したと伝えている。値上がりは16週連続。このため、政府は価格抑制のため石油元売り会社に支給する補助金額を7日から拡充し、1リットル当たり17円40銭にする。原油相場は高騰しているが、補助拡充で来週の小売価格は下がる見通しという。
 都道府県別では41都道府県で値上がりし、4県で下がった。2県が横ばいだった。最高は長野県の194円50銭で、鹿児島県の192円90銭が続いた。一方、岩手県が181円10銭で最も安かった。調査した石油センターの担当者は「原油相場が上昇し円安も進行しているが、補助拡充で来週は値下がりを見込んでいる」と話している。経産省は補助がない場合の11日時点の価格を197円30銭と予測しており、補助金分を短銃に反映させると179円90銭になる計算である。11日時点の価格は13日に公表する、という。
 筆者は小型の乗用車に乗っているが、走行距離も少なくこの程度の値上がりの影響は幸いたいしたことではない。しかし、大型の輸送車やタクシーなどのガソリンの消費量から考えると、それなりの影響はあるに違いない。ガソリンは車両には必須のものだけに、その値上げが利用料金に跳ね返らないことを祈るのみである。

今日は関東大震災から100年

2023-09-01 19:59:41 | Weblog
2023.9.1(金)
 今日2023年9月1日は関東大震災が発生した1923年9月1日から数えて丁度100年目である。ある人の記憶では、「雨が降ったり、急に晴れたり、めまぐるしく天気が変わる日だった」という。約10万5千人の死者、行方不明者を出した。政府はこの日を「防災の日」と定めた。東京都内では犠牲者を悼む法要が営まれ、各地では虐殺された朝鮮人らの追悼式も営まれたという。岸田首相は「安全な場所に退避するなど、命を守る行動をとってほしい。経済的、社会的影響を最小限にするため、落ち着いて行動してほしい」と呼びかけた。
 東京都墨田区の都立公園にある慰霊堂では、都慰霊協会主催の大法要が営まれ、遺族代表ら約130人が参列した。小池百合子都知事の「安全安心で平和な東京を、持続可能なものとして次世代に引き継いでいくことを誓う」との追悼の辞が代読された。秋篠宮ご夫妻も参列し焼香された、という。一方、同園や埼玉県本庄市では流言が広まり、虐殺された朝鮮人犠牲者の追悼式も開かれた。
 関東大震災は昼食時間と重なり、火災が広範囲で延焼。犠牲者の約9割は火災での死亡だったという。津波や土砂災害も発生した。日本の歴史上、自然災害では最大の人的被害となった。太平洋戦争はその後、1941年~1945年(昭和16年~20年)にあり、東京都は焦土と化した。