名古屋から発するブログつぶて・凡人のひとりごと

身の回り、世間のできごとをを日記風に記す(紙つぶてならぬブログつぶて)。

天皇が即位を宣言する「即位礼正殿の儀」挙行

2019-10-23 15:55:12 | Weblog
2019.10.22(火)
 天皇陛下が内外に即位を宣言する「即位礼正殿の儀」が今日(22日)午後、国事行為として皇居・宮殿で執り行われた。陛下は玉座「高御座(たかみくら)」に立ち、「国民の幸せと世界の平和を常に願い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓います」と述べられた。
 「正殿の儀」は即位礼の中心儀式で、各国の元首や王族、政府高官のほか、三権の長や閣僚、知事、各界の代表ら計1999人が参列したという。この儀式で安倍首相は床上で陛下を見上げ、祝辞の「寿詞(よごと)」を述べ、首相の発声で参列者が万歳三唱した、という。
 海外からは191か国・機関などの代表らが参列。英国のチャールズ皇太子やオランダのアレクサンダー国王夫妻、中国の王岐山国家副主席、韓国の李洛淵(イナギョン)首相らの姿があった。
 夜には同じく国事行為の「饗宴の儀」が開かれ、164の国・機関などの約300人が出席した。
 本来この日には、祝賀パレードも行われる予定であったが、台風19号による被害の甚大さから、11月10日に延期された。
 天皇の即位式は厳かに無事終えた。それはそれで結構ではあるが、メディアの報道の過熱ぶりには驚かされた。NHK の番組表は早朝から深夜まで途切れることなく、新天皇即位関連の内容で埋め尽くされた。
 安倍首相の言動やマスコミのこうした過熱気味の報道は国民に誤解を与えかねない、とひそかに心配である。

映画「砂の器」を鑑賞

2019-10-23 15:00:59 | Weblog
2019.10.23(水)
 昨日(22日、令和天皇即位礼正殿の日で祝日)、松本清張原作の名作「砂の器」を連れ合いと共に鑑賞した。
 これは、中京テレビが「砂の器」をシネ・マコンサート2019」と題して、名古屋市民会館で開催したもので、オリジナル映画のセリフや効果音はそのままに、音楽部分のみをフルオーケストラが生演奏する最新の技術を使って上映された。

 映画の中で演奏される曲は、テーマ曲の「宿命」ほかいくつかの名曲が中部フィルハーモニー交響楽団の生演奏によってよみがえった(指揮は竹本泰蔵、ピアノは近藤嘉宏)。
 松竹製作の映画「砂の器」は、1974年10月19日に公開されたもので、監督:野村芳太郎、脚本:橋本忍、山田洋次、音楽監督:芥川也寸志、作曲:菅野充亮。
 キャストは、丹波哲郎、加藤剛、森田健作、島田陽子、山口果林、加藤嘉、緒形拳、佐分利信、渥美清ら豪華な配役人である。
 
『物語は、東京・蒲田にある国鉄の操車場内で殺人事件が発生。しかし被害者の身許が不明で操作は難航。迷宮入りかと思われた矢先、被害者が殺される直前にある男とあっていたことが判明。二人の会話の中で交わされていた「カメダ」という言葉は地名か?人の名か?
 事件解明のために奔走する刑事、今西(丹波)と吉村(森田)は偶然、新進気鋭の天才音楽家、和賀英良(加藤剛)と遭遇する………。
 日本各地での長期ロケ。美しい四季折々の風景とともに描かれる人間の宿命とは何かを問うクライマックスシーンには、菅野充亮が作曲した組曲「宿命」が劇的に流れる。約40分の間に綴られる音楽と映像の融合がこの映画の真骨頂である。』(パンフより引用)

 筆者は若いころ、一冊の松本清張の作品から虜になり、以来全ての清張作品を読破した。
この「砂の器」ももちろん何度も読んだ。当然当時のこの映画も観た。
 主人公が幼いころ加藤嘉扮する老人と吹雪の中をさまよう場面が忘れられなかったが、再びこの光景を見て思わず涙ぐんでしまった。50年近い昔にタイムスリップしたのであろうか。

東京五輪、揺れる真夏の開催、マラソンは札幌での開催がほぼ決定

2019-10-18 11:59:16 | Weblog
2019.10.18(金)
 今朝の新聞朝刊では、来年の東京マラソンは東京ではなく札幌での開催が濃厚になったと報じている。国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長は17日、2020年東京五輪のマラソンと競歩の会場について「IOC理事会と大会組織委員会は札幌市に移すことに決めた」と述べ、すでに二者間では札幌開催で合意に達したとの認識を示した、という。組織委員会の森喜朗会長も受け入れる考えを表明した。
 オリンピックの目玉であるマラソンが開催地でなく他の都市で開催されるのは異例のことである。森会長は記者団に「暑さ対策の一環から見れば、やむを得ない。組織委として受け止めるのは当然」と語った。一方で、小池百合子都知事は「計画変更が唐突な形で発表され、このような進め方は大きな課題を残す」と疑問視するコメントを出した、という。
 マラソンの開始時間は当初午前8時とされていたが、暑さ対策を迫られて最終的には午前6時まで早められた。それでも実施日の8月9日の今年の気象データはレース終盤の午前8時で東京の気温は30.5度まで上昇した。これに反し札幌の同時刻の気温は22.7度で大きな差がある。
 9~10月にかけてドーハで開催された陸上の世界選手権では、暑さを考慮して深夜に開催されたがそれでも、男女のマラソン、20キロと50キロの競歩では棄権者が続出した。高温多湿の悪条件下で、選手が続々と車いすやカートで運ばれていくシーンは衝撃的だったという。要するにマラソンや長距離の競歩という競技は、真夏では不適であることは間違いない。
しかし意外にもこれまでのオリンピックは、過去20回の開催のうち、7月から8月にかけての開催が15回あり、秋の開催は1939年の東京五輪など5回にすぎない。
その理由として
1)オリンピックの発祥地であるギリシャや、イギリス、アメリカなどのキリスト教圏では8月や9月に学校の新学期が始まり、新学期前にオリンピックを開催するのが区切りがよいとされていること。
 2) 最近では、8月開催最大の理由はアメリカのテレビ局が儲かるようにしているためだとも言われている。MBL(メジャーリーグベースボール)は秋からポストシーズンに入り、NBA(バスケットボール)もシーズンが開幕する。アメリカでは視聴率が高いほどスポンサーから高いCM料を貰えるシステムになっているが、このシーズンにオリンピックが重なると視聴率がとれずテレビ局の収益が下がるので、アメリカ側の意向で8月開催までが多くなっているという。
 3)ヨーロッパなどは夏休みが長いので、夏の間中にオリンピックを開催してしまおう、ということ。
   いずれにしろそれらの理由はヨーロッパやアメリカの理由にすぎない。オリンピックを日本で行う以上、日本の暑さ対策は特別なものとして考えるべきものである。  そもそもアメリカのコマーシャリズムに押されて、7月開催を決めてしまったことが誤りの始まりであった。なぜ1939年の東京大会と同様、10月の開催に固執しなかったのか。このことを悔いるべきであろう。
    しかしもう手遅れである。9月に行われたマラソンの選考会では、五輪とほぼ同じコースで行われ、男女それぞれ二人が決まった。選手にしてみれば東京での実施に向けて準備してきたであろうから大いに戸惑うことになるに違いない。













あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」再開, 驚くべき河村名古屋市長の行動

2019-10-11 16:27:53 | Weblog
2019.10.11(金)
 賛否両論かしましい中で「表現の不自由展・その後」が10月8日再開された。安全確保のため、入り口には金属探知機まで導入するという物々しさという。
 この再開について河村名古屋市長の行動を新聞は次のように報道している。
「会場の外には午後2時の展示再会直前、河村名古屋市長が姿を見せた。市長の支持者や市民グループと一緒に、抗議の声をあげ始めた。マイクを握った市長は『こういう展示を公共施設でやると国民全体が展示内容を認めたことになる。表現の自由という名の暴力だ』と持論を展開。『そうだ、そうだ』という声が周囲から上がった。市長は『日本国民に問う!陛下への侮辱を許すのか!』とのプラカードを手に約7分間、座り込んだ。
 この河村市長の行動に、大村愛知県知事は8日、ツイッターに「公職者の方がやられることとは思えません。極めて危険な行為です。厳重に抗議します。」「誹謗中傷のプラカードを並べて、美術館の敷地の中で叫ぶ。芸術祭のお客様の迷惑も顧みず、常軌を逸しています」と批判した。
 河村市長はその後も名古屋市の都心や市庁舎の前でも座り込みを繰り返している。これは230万市民の代表者としての市長の行為として常軌を逸したものだ。
 そもそも3年ごとに開催される「あいちトリエンナーレ」はこれまでも県市共催の形で開催されてきたものと理解している。展示の内容については県市の職員同士の間でしっかりと共有されてきたはずである。河村市長は、こんな展示は知らなかったと言っているが、それは河村氏の怠慢を自ら認めているのと同じであると同時に、部下である市の職員を信頼していないことを現わしているといわれても仕方ない。
 座り込んでまでして抗議するなら、市長という230万名古屋市民の代表ではなく一個人として行うべきものである。こんな行為は支持する市民もいるが支持しない市民もいる。
 多くの市民を代表するという市長の身分は、不自由なのである。