単気筒ライダー(だった男)のひとりごと

愛犬チビ と CB400SSライダーだった前期高齢者の日々

2022晩秋(2/2) 主要地方道盛岡横手線

2022-10-30 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

午前7時、最上階9階の部屋からフロントに下り、一番近いコンビニを尋ねた。

出て左に行くとあります・・・、いやいや遠いよ、来てみりゃ大通りの入り口じゃん。

 


 

珈琲とチーズパンを手に、桜城小学校の校庭前の小路を北上川のほうにブラブラ歩く。

爬虫類ショップ? 居酒屋と棟一つの小さな建物の狭い間口にドアひとつ・・・不気味だね。

爬虫類は大の苦手、可愛さのない鳥もボクの中では爬虫類に分類されて、それも苦手なんだ。

 


 

学生の頃、高松から盛岡駅行きのバス通りだった北上川沿いの狭い道に出た。

旭橋がすぐ上流側に出来てからは、今のバス路線はそっちを周っているのかな。

早朝散歩する市民の様子をよくテレビで観ていた北上川の河畔に初めて下りてみた。

 


 

早朝の空気と北上川の静かなせせらぎの音がそうさせるのか、とても心が落ち着く。

学生の頃、中津川には川辺の遊歩道はありましたが、北上川にはなかった・・・と思うよ。

申し訳ないけど、当時の北上川は散歩したくなるような様相じゃなかったしね。

 


 

上流には旭橋、その桁下の先には夕顔瀬橋が見える。

こうして見ると、夕顔瀬橋から駅前はこんなに近かったのですね。

徒歩が唯一の移動手段だった当時のボクには、この辺りは随分遠く感じたんですけどね。

 


 

川辺から初めて眺める駅方向のビル群の景色が、とても新鮮に映ります。

田舎者のお上りさんであることを差し引いても、落ち着きのあるいい街だと思います。

晴れた日曜の朝の静かな空気が、そのように演出してくれているのでしょうか。

 


 

遊歩道を行き交う市民の人たちも、それぞれのスタイルで散歩を楽しんでいます。

やっぱり早朝(といっても7時を過ぎてる)ということもあって、高齢の方が多いかな。

川面を覗いていて、意外に感じたことがひとつあります。

 


 

カモたちが、ボクが近くでじーっと観ていても、逃げずにそこに留まっているのです。

ボクの安いカメラでも、ズームせずともこんなに鮮明に写せるぐらいに近いんだよ。

ボクの地元のカモと比べ、肝が据わっているのか野生を捨てたか・・・、街のカモは違うね。

 


 

開運橋・・・この武骨でレトロな鉄骨の橋が、盛岡の名所のひとつになるなんて。

橋の上にいては分かりませんが、橋脚がないことも見栄えを良くしているとも思います。

 


 

橋の歴史を知らせる案内板には、ボクが初めて知る宮沢賢治の歌が記されていました。

 そら青く 開うんばしの せとものの らむぷゆかしき 冬をもたらす

この橋を「二度泣き橋」と呼ぶ由来を地元が語りすぎると・・・、ちょっとねえ。

 


 

開運橋左岸の交差点に交わる通りの一つ、ボクの好きな菜園通りについて検索してみた。

名の由来は南部藩の菜園があったことにあり、95年には映画のロケ地にもなったとか。

「口紅」というミステリーで、主演の服部妙子さんはボクの好きだった女優さんですね。

ちょっと調べてみるだけで、色々知ることのできる時代になったもんですね。

 


 

8時過ぎにホテルに戻りましたが、ガン先輩からもカマさんからも何の連絡もありません。

起こしては悪いと思いつつ、こちらから連絡を取らないと先輩には失礼だしねえ・・・

白沢せんべい店開店の時間を見ながら、先輩には「お先に失礼します」と電話を入れた。

電話しても出ないカマさんには、「白沢せんべい店によって帰る」とメールを残した。

 


 

帰りは、主要地方道盛岡横手線から国道107号国道13号とつないで帰ることにした。

雫石町に入り、どーーんと出迎えてくれる男助山には、「また来るよ」と声をかけた。

いつかは登ってはみたい山だけど、傾斜は半端ないし、ガイドの当てもないしね。

 


 

沿道の畑で栽培されているのは、たぶんリンドウかな。岩手県の名産ですもんね。

西和賀町や県北の安代町あたりでも広く栽培されているのを見たことがあります。

 


 

山伏トンネルを抜けて、秋田県との境をなす和賀山塊に目を奪われるのは、いつものこと。

右端のピークが最高峰の和賀岳・・・かな。

このバイクで真昼温泉から林道を走り、美郷町に抜けたことがありますが、もうこりごり。

 


 

標識「貝沢野」を一度は通り過ぎたものの気になってUターン、標識の矢印に従った。

県道から入り間もなく、小岩井農場を彷彿させる広々とした草原が現れた。

うわーーー、気持ちいいなあーーーー、でもここが「貝沢野」なのでしょうか。

 


 

県道に戻りさらに進むと、妙に存在感のある鳥居が農道の中ほどに立っていた。

鳥居もそうですが、傍に立つ標柱の真新しさに惹かれ、鳥居をくぐり奥へと進んだ。

 


 

そこに立つのは、神社の由来の説明板かと思いきや、「川舟断層」と記されていた。

一瞬、呆気にとられながら、何々・・・神社の由来には全く触れていない説明文を読んだ。

130年ほど前の大地震による延長15キロに及ぶ大断層の最北端が、ここだとある。

 


 

周囲をきょろきょろ・・・ここが最北端なら、この方向に断層が伸びていることになる。

上下変異最大2mとありますが、目の前の段差でも1mは優にある・・・これかなあ?

 


 

これが駒形神社の本殿、その由来は・・・

ボクに人一倍の宗教心があるわけでもないし、キリがないのでもう由来の検索はやめた。

ボクは、ぽつんと立つ鳥居や祠とその周辺の風景が、なんとなく好きなだけなんです。

 


 

昼食はおよね食道のそばにしようと思っていましたが、開店前だったので通過。

国道107号に入り、西の方角には暗~~い雲がかかり始めてきた。

朝の予報では、日本海側は午後二時を過ぎると雨だったので、それまでには帰り着きたい。

 


 

ちょうど昼時、「道の駅さんない」で好物の立ち食いソバを・・・、なんだこりゃあ!

その混雑にびっくり。駐車場は満車だったけど、二輪なら何とかなりそう。

売店に行くと、まだできないの~顔で待つ大勢の人を見て、昼食は諦めバイクに戻った。

 


 

湯沢ICから東北中央道に上がり、雄勝こまちICで下りたところで雨が降り始めた。

コンビニの駐車場で雨具を着たけれど、県境を越えたら雨は上がり、拍子抜け。

その後、西に傾むく日差しの中、雨の降った跡を残す路面を走り、午後3時に帰宅した。

楽しい仲間と再会を果たした盛岡の旅が、今シーズン最後のツーリングになります。

思い出の余韻に浸りながら、今シーズンは心置きなくバイクを降りることができました。


2022晩秋(1/2) 盛岡へ

2022-10-29 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

雨を覚悟して雨具を着て出たのですが、外はもう降り始めていました。

南から移動してくる雨雲を鳥海山がくい止めていたので、県境あたりで天気が回復した。

細心の注意とゆとりを持って走りましょう、230キロ先の盛岡へ。

 


 

秋田県に入り、大内JCTから国道105号に下りて、まずは大曲へ。

出羽丘陵を越えて走る沿道の風景が、この道を初めて走った時から好きでした。

 


 

かつては大内町や南外村の集落内を通る区間も多かった。今はバイパス化が進みました。

昔の風情が懐かしくて、わざわざ旧道を探して走ることもあります。

 


 

出羽丘陵を越え大曲に入ってからは、風景も明るく開けてきました。

玉川を渡れば角館です。JR田沢湖線の斜張橋が目を引きます。

町の風情が様変わりしてしまった角館には、一瞥もくれずボクは素通り。

 


 

あれは和賀岳でしょうか、当てずっぽうですけど。

山の向こうは西和賀町の有名な産直ハウスのある辺りですかねえ。

たぶん、明日の帰りの道は、そこを通るつもりです。

 


 

せっかくなので、メジャーな観光地のひとつ田沢湖に寄り道をしました。

盛岡までのルート上にある行楽シーズンの渋滞スポットが、角館と田沢湖と小岩井農場。

通る時間帯を考えないと、とんでもないことになります。

 


 

ヤス君と一緒だったら、ここから乳頭温泉に寄ってひと風呂浴びたいところ。

9月も半ばを過ぎた頃、着の身着のままの格好でみんなで泳いだことがありました。

八幡平を周って玉川の露天風呂に入ったあとだったかな。みんな二十代だったからね。

 


 

国道46号に戻り、仙岩峠を越えます。

あと、もうひと山かあ・・・・、久しぶりにバイクで行く盛岡は遠いよ。

 


 

仙岩峠の山々の紅葉はもう終盤の彩りです。

砂防堰堤から滝のように流れ落ちる渓流がいいアクセントになっていますね。

 


 

渓谷に広がる紅葉を観るには、どうしても渓谷に架かる橋の上になってしまいます。

二輪とはいえ、路肩の狭い橋の上にバイクを止めることは大変危険です。自戒を込めて。

坑口前の空いた場所にバイクを置き、徒歩で移動をしていますが、それでも緊張します。

 


 

ようやく、岩手県との県境にある仙岩トンネルの秋田県側の坑口まで来ました。

仙岩道路が開通したのはボクが大学を卒業した年の秋。

今でこそ長さ2600mは珍しくありませんが、ボクが初めて通った長大トンネルです。

 


 

仙岩峠を越えて国道46号を走りながら眺める岩手山の姿に、色々去来する思いがあります。

雲に覆われその姿を拝むことができないのではと覚悟もしましたが、よかったよかった。

 


 

小岩井付近で、「花巻IC辺りだよ」と鎌さんと同行するガン先輩から電話があった。

二人を待たせちゃいけないと思いつつ、懐かしい場所にちょっと寄り道。

ヤス君、大きなビルも建ったけど、この景色にはあの頃の空気がそのまま残っているだろ。

 


 

ヤスとボクが入れ替わりでお世話になった下宿屋が、ほとんど当時のままで残っています。

リンゴ畑の丘の上の下宿屋も、久保高脇のラグビーマンションも無くなっちゃったからね。

ここは卒業する年の一年間だけだったけど、色々あったし思い出深いですよ。

 


 

 

夕川瀬町商店街通りは、何年か前に通った時より商店街の色が薄れてきた感じがします。

大学まで通った路がまだ残っているだけでも、ホッとしますけど。

 


 

夕川瀬通りだけは当時のままだけど、その周辺の様変わりには戸惑うばかり。

最後の一年間でしたが、この界隈と縁が持てたことが良かったと思うのは何故なんでしょう。

 


 

今夜の集合場所「いかり」は、正面の大きなホテルのすぐ裏です。

ボク等が泊まるこのホテルは、昔はホテルサンルートじゃなかったかなあ。

正面のホテルだって経営が変わったようだし、三代目としては身につまされる話だよ。

 


 

「いかり」に入って早々、ジュンちゃんにキクちゃんが来られなくなったことを話した。

もうはっきりとわかる表情を見せて、ジュンちゃんはガッカリしていたよ。

鎌さんのたってのリクエストで、Nさんにも仲間に加わてもらいました。

 


いつもの通り、何をワイワイやっていたかはもう覚えていない。

全国トップレベルにあった当時の岩手の高校ラグビーの話とか。

県トップを競う盛工黒工の監督さんのこととか。どちらもボク等の大先輩。

両校に限らず、鉄拳制裁ありの時代だったんだね。カツがぶん殴られるのはわかるけど。

 


 

オサムが電話を掛けだした。秋田のヤス、福井のケンジ、京都のアライにもかあ・・・

Nさんが持っているのはボクの携帯。ボクがキクちゃんに掛けて渡したんだっけ。

オサムには、来年OB戦があったら一緒に出よう!と念を押したのは覚えている。

 


 

ガン先輩が運転免許証を返上したと聞いていたけど、不便すぎてやめたとか。

鎌さんに泉ヶ岳の話をしたら、あそこはつまんないといった話とか。

山はわからないという鎌さんが、山はオサムが何でも知っていると話したこととか。

 


 

誰かが食道園とか口にしていたけど、「いかり」で解散したと思う。

そんなに飲んだ覚えはないけど、飲み代5千円を支払ったあたりから記憶が消えている。

眼鏡もしていたしフロントでキーも受け取っているから、しっかりしていたとは思うけど。


キャンセル

2022-10-27 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

内川に集うカモの数が、秋の深まりとともに増えてきました。

のどかなこの秋の日和も、もうじき寒々とした冬の景色に変わるんだよね。

 


 

インターバルを取りながら遠く最上川峡を見やれば、今日もそこだけ霧雲がかかっています。

結局、雨に濡れるか霧に濡れるかの話かあ・・・その時、ポケットの携帯が鳴った。

キクちゃんからだあ・・・

 


 

行けなくなるかもということは、誘った時にも話していたけど・・・

「キクちゃん、来ないの?」と、少しガッカリするジュンちゃんの顔が浮かんだ。

これで、一関から鎌さんの車に同乗するルートが消え、仙岩峠越えの一択になった。

 


 

自宅に戻り、汗を流す前にキクちゃんの宿泊予約をキャンセル。

アネとヤスは既にキャンセル済み。ちょっと寂しいけど、また近いうちにね。

 


 

雨にも負けず 風にも負けず 晩秋の凍えるような寒さにも負けない・・・

あとは、バイク乗りとしてのボクの腹の座り方の問題だ。

さあ、行くぞーーー


怪しい雲行き

2022-10-26 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

今晩も、あとは閑古鳥に任せて自宅に帰ろうと灯りを消した時、電話が鳴った。

もう半ばボランティア精神で営んでいるような三代目稼業だもんな。

大阪からの客人が困っているとなれば・・・と、夜な夜なトリスを口に含んだ。

アンクル・トリスのラベルを見ると、あの頃の懐かしさについ手に取ってしまう。

学生の分際で、トリキンなんて飲めたもんじゃねえ・・・なんて言っていたのにね。

 


 

酔い加減がいい感じになってきたあたりで、思いもかけない御仁ふたりがTV画面に現れた。

オカバヤシとイズミヤの「ふたりのビッグショー」は、リアルタイムで観たよ。

当時は楽曲に馴染みがなくてガッカリした記憶があるが、今日の二人には心打たれた。

 


 

当時と同じ内容の作品を観ているのに、ここまで心打たれるって何故なんでしょう。

熱を帯びてしまった感情はあとの処理が面倒なので、深入りしないようにしていたのになあ。

師匠のオカバヤシに「やれ!と言われた」と言って、リードを弾くイズミヤに少しびっくり。

さすが、プロフェッショナルだね。

 


 

今年も思うようにツーリングができなかったので、週末の盛岡行きには期待をしています。

気になる空模様。表側はまずまずですが、問題は行き帰りの裏側の雲行きだよね。

表側に出る最短の一関まで自力で行って、あとはボクも鎌さんに乗っけてもらおうかなあ。

盛岡までの道中、4人でワイワイやっていたら、「いかり」で話すことがなくなるかあ。

 


 

国道46号で盛岡へ入るルートは、学生時代のJR田沢湖線の思い出に繋がる。

仙岩峠を越えて雫石の平野に入り、左手に見えてくる岩手山の姿にいつもジーーーンとくる。

ボクが仙岩峠越えの国道46号ルートに拘る理由は、そこなんですよね。

 


 

あの年から、ちょうど50年かあ・・・、50年!だって。

いやんなっちゃうなあ・・・・

この景色が観られるよう、雲行きの好転には最後の最後まで期待をしましょう。


耐寒テスト走行

2022-10-14 | ちょこっと旅・温泉

 

最上川に立谷沢川(画像右手)が合流する庄内町清川地区。

最上川峡の紅葉は、まだ始まってもいないと言ってもいいぐらいかな。

 


 

今月末の盛岡行きは、今シーズン最後のバイク・ツーリングになりそうです。

その頃の寒さに耐えられるかどうか、今日はその耐寒テストのつもりで走ってみます。

 


 

国道47号から県道を繋ぎ国道13号で湯沢方面にでもと思いつつ、やめた。

戸沢村にある温泉施設ぽんぽ館の湯が懐かしくなって来てはみたが、ここも考え直した。

この先に、もっとご無沙汰にしているお湯っこがある。

 


 

九年ぶりとなる羽根沢温泉は、この県道平田鮭川線沿いにある。

地元が望むこの路線の整備は、国が今事業中の新庄酒田道路の煽りを食うだろうな。

一体いつになるんでしょうね。

 


 

とてもこの先に温泉があるとは思えないような、寂れた感というか廃れた感が漂う。

だからと言って、下手に見栄えだけに投資しても、とても回収が難しいもんね。

身の丈というか足るを知るというか・・・、毎日ボクも実感しています。

 


 

羽根沢温泉には三軒の温泉旅館が営業しています。

鮭川村は何といってもキノコの名産地。お膳にはキノコ料理が沢山並ぶんでしょうね。

 


 

ボクはいつもの通り共同浴場を利用させてもらいます。

この小路の先、地区の集会場の一階にあります。

 


 

料金100円時代を知っています。現行200円かなと思ったら・・・300円。

無人ゆえマナー厳守は必須なのに、不届き者が横行し、監視カメラ施錠等が強化されました。

 


 

懐かしいなあ・・・熱っ! いやいや、このぐらいの熱さが丁度いいよ。

泉質は程よいアブラ臭と異次元のヌルヌル感。美人の湯美肌の湯っていうやつ。

かけ流しの源泉が注がれる音だけが静かに流れる・・・あの吉幾三の歌が聞こえてくるよ。

 


 

帰路、温泉にほど近い杉林に立つ赤い鳥居に寄り道。

今まで横目で見ながら素通りでしたが、今日逃すともうその機会がないような気がしてさ。

 


 

三宝荒神・・・仏教用語らしいです。

みちのくには所縁のある阿部貞任とTV鎌倉殿で話題の頼朝の先祖源義家の名が・・・

スズメバチ?があちこち飛び回っていて、読んでも内容が頭に入ってこない。

 


 

スズメバチが怖くて引き返そうとも思いましたが、それでは余りに中途半端。

思い切って、苔むす石段を昇ることにした。ハチを刺激しないよう、そーーーとね。

 


 

青銅造りの四面六臂のご尊像はこの中に祭られているんでしょうか。

ここじゃあ余りにも不用心だしねえ、もっと安全なところに納められいるんでしょうね。

 


 

盛岡までは最短でも230キロほど、今日の二倍以上走らなければなりません。

今日の気温は16~19度ほどでしたが、体の芯まで冷え込むことはありませんでした。

行き帰り両日の天候が今日のようであれば、晩秋のツーリングを楽しむことができそう。

でも、ヤスに拾ってもらおうかなとも考えていたので、ソロ・ツーとなると寂しいやね。


ガラパゴス人の哀しさ

2022-10-12 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

何気なく切り替えたNHKの画面に「姫神山」の文字を観た。

ああ、「にっぽん百低山」だあ。二十分も過ぎてる・・・もう終わりじゃん。

この登山ルートは、ボク等が三年前に登ったルートと同じような気がする。

 


 

頂上を目前にして、急に視界の開けた場所に出くわす。

そこで一息つく吉田類さんと伊藤歩さん。

「たぶんここに腰掛けて眺めたのかな?」は、石川啄木に思いを馳せてのものでしょう。

 


 

この場所は、三年前のボク等も岩手山を背景にスナップ写真を撮ったところだね。

もう少し晴れていたらなんて思ったけれど、放送時の濃霧と比べれば幸運だったんだね。

 


 

姫神山は全山花崗岩で出来ていて、山頂付近には巨岩奇岩が多く露出しているとのこと。

この「笠石」には、見覚えがあるなあ・・・

 


 

必死に登ろとするキクちゃんに、絶望的に背を向けたオサム。

あん時の岩じゃねえ・・・? ちょっと違うかあ。

 


 

今年目論んでいた泉ヶ岳とか栗駒山は、来年に持ち越しになりそうだね。

疫病が収まらなかったせいもあるけど、ボク等の体力もそう余裕があるわけじゃない。

ボク等の山登りには、お山の大将オサムがいないと始まらない。頼りにしているよ。

 


 

そして、今月末には二年ぶりとなる盛岡での再会。

ガン先輩と鎌さんにホテルを知らせようとメールを送ろうとしたけれど、何度も失敗。

時間帯を変えながら何度も何度も試みたけれど、「失敗しました」のメッセージ。

諦めかけた時、SMSに変換・・・が現れた。えっ?そうじゃなかったの。

電話番号で送受信できるものには、S!メールとSMSの二つがあるらしい。

どこでそうなったのか、S!で送ってしまっていた・・・ガラパゴス人の哀しさだね。


にかほ市金浦町にて

2022-10-03 | ちょこっと旅・温泉

 

早朝、チビと見上げたうろこ雲に秋の風情を感じるなあ。

遠く立谷沢の山々に霧雲が垂れ込めている・・・、国道47号はダメだね。

 


 

なので霧の東は諦め、国道七号を北上、県境を越え秋田県金浦町の役場前。

町内に観光案内板が見つからず、頼みの役場に来てはみたけれど中に入る勇気はない。

勢至公園、白瀬南極探検記念館、白瀬矗の生家等は、以前訪ねたことがあるしねえ。

 


 

ボクの住む町にも同程度の港のある集落はあるけれど、金浦町の印象は全く異質。

人の姿は見えないけれど、町が妙に明るくて歴史の深さも感じて、ここが好きなんです。

18切符で降り立ち、勢至公園でカップ酒片手に一人花見に興じたことも何度かあります。

 


 

時間をつぶす適当な場所が見つからず、早々に予定通りの温泉施設「はまなす」へ。

にかほ市内にはたくさんの日帰り温泉があり、どこのお湯っ子も満足できます。

どこにしようかなと迷うような時は、ここに来ればまず間違いありません。

 


 

新型コロナの流行で、どこの温泉への訪問も控えていましたが、ここも四年ぶりです。

濃厚な温泉の香りと感触が懐かしいですねえ・・・、少し湯の温度が下がったかなあ。

 


 

かけ流しの温泉なので、床にはその成分が以前にも増して結晶化しています。

昔訪れた青森との県境近くにある大館市の矢立温泉赤湯を思い出しました。

赤湯の床は強烈!です。ほぼほぼ月面クレーターのジオラマのようでしたよ。

 


 

今日のタイムスケジュールは、昼時の混雑を避けた「ちどりの中華そば」に合わせたもの。

ここも二年ぶりです。なにせ、外食そのものも久し振りですから。

 


 

地元(といっても40キロ先ですが)にいて、ここ以外の中華そばは自ら食べません。

細目の縮れ麺の歯ごたえある食感と旨味・・・・、嗚呼、相変わらずウマい!!

スープの濃さは控えめでほんのり甘い。初めての人はきっと薄いなあと言うだろうな。

原材料の値上がりの影響でしょうね。二年前より50円高い一杯700円也。

 


 

鳥海山麓の田んぼの半分ほどは稲刈りを終えていました。

秋の深まりはここから急速に進み、一ヶ月もすれば冬の前触れが訪れることになります。

今年もバイクに乗れなかったなあという印象は、ここ何年も続いています。

やっと日常が戻りつつあるのに、ボクが年々出不精になっていちゃあ仕様がないな。


トレーニング考

2022-10-01 | 暮らし・ジョギング

 

10月に入れば、今シーズンもバイクに残された日数は、あと一か月ほどかなあ。

ならば、こんだけ爽やかに晴れ上がった日ならば、迷わずツーリングでしょうよ。

 


 

なのに、ボクはバイクの爆音が響くバイパスの下を抜け、赤川堤に向かっています。

ここんところ、三代目稼業や盛岡の宿探しなどで三日続けて走られませんでした。

走る前に準備体操的にこなしている筋トレやストレッチも、自ずと休むことになります。

 


 

60歳を過ぎて、膝と肩にこれまでにない痛みを覚え、初めて医療機関で治療を受けました。

その経験はボクにとってまさに「目から鱗」、トレーニングの目的と方法が変わりました。

生きている限り、自分の足で歩いていたい、いや、走っていたい。ただそれだけです。

 


 

羽黒橋を渡っていると、反対側の歩道を結構なスピードで女性が走り抜けて行きました。

以前なら、オンナに負けてたまるか!なんてムキになっていたけど、今はもうありません。

すごいなあ、頑張っているなあ。よーーし、ボクも・・・って、素直なもんです。

 


 

トレーニングが三日も空くと、これ以上は空けられないと、罪悪感のような思いもします。

毎日は無理でも週4日は維持しないと、目標が絵空事になるような気がします。

滑稽に見えるかもしれませんが、必然である老化に必死に抗っているんでしょうね。

 


 

特にここ二年ほどは、毎日、体重体脂肪とともに実施状況を記録しています。

やらない日が続けば、否応なく連続する空虚な「枠」を目にすることになります。

やったことのある人なら分かるはずですが、これが相当に「継続」には効果があります。

 


 

身体が硬いのは生まれつきと諦めていたボクが、これまでにない柔軟性を体感しています。

すべては「怪我の功名」というわけですが、もっと若い時に会得したかったとも思います。

あと二日続けて、その翌日に天気が良ければ、今度こそバイクツーリングを満喫しよう。