杉村春子
「女の一代記」三夜連続。
ラストを飾るのは杉村春子っっ。
米倉涼子が主役ってことがプラスになったのか!?ったく~。
他の2作品と比べて萎びた蜜柑だぁ。ショボかったぁ。
どんな角度から杉村春子像に接近するのか。と思ってたら、
「悪女」になってた…。
着物姿は既に「黒皮の手帖」だったし…な…。
「誰が選んでくれたのでもない。自分で選んで歩き出した道ですもの。
間違いと知ったら、自分で間違いでないようにしなくちゃ」
”女の一生”の名台詞も、インパクト弱い弱い~。
TVじゃ描ききれなかった、杉村春子の91年間。
その生涯を埋めるのはこれだ!
『杉村春子 女優として、女として』(文藝春秋)
本棚の飾りだったこの本を読み出した、途端”文庫化”!
くっそ~!こっちは単行本。重いっちゅうねん。
楽屋見舞いに行って、出口まで見送ってくれるスターなんている?
それが”ファンサービス”という美しい言葉で覆われた”営業”であったとしても。
杉村春子贔屓にとっては至福の時だし、
それが、次回公演のチケット売り上げに貢献することは間違いないわけサ。
歌舞伎座で、
ある方の楽屋へお付き合いで伺ったことがありますが、
部屋の奥に鎮座ましましの御曹司は、ただの1度も動こうとはしませんでしたヨ。
平身低頭なのはお客の方~。
運営状況で、金銭面で、頭を悩まさずにすむ。=観客を軽んじてる。
ってことっすねー。
収支なんてどうでもいいなら、チンタラした覇気の無い舞台でも、
恥ずかしくも何ともないからな。ねぇ、梨園の方々~。
文楽じゃあね、
中堅の人までもが、ファンに人形の手ほどきしたり、舞台裏を案内してますヨ!
これに絆されない奴ぁいね~。
劇団四季では、
楽屋口でオロオロしていた私に、優しく声を掛けてくれた人がいた。
当時「エビータ」で主役演ってた久野綾希子だヨ!
”ファン大事”の心をキャッチしたよ~!贔屓度アップしたもん。
話を戻して、杉村春子の生涯だっ。
男性遍歴もあるけれど、彼女が生きた世界。
”演劇界”の怒涛の波にアップアップ~。
戦後の翻訳物とリアリズム演劇の流入。
そして、演劇が観客にとって単なる趣味ではなく、
思想を色濃く、艶やかに表した、個人の代弁者であった時代。
劇団を維持する為の金策!
劇団員がマスコミで稼いだ金の1部を劇団に入れる。
それは、ある時代の劇団なら多かれ少なかれやっていたことで、
土地を購入し共同生活をして、全てのギャラを団に入れていた所もあったんだじぇ。
今でも、江守徹のマスコミ露出度が際立ってるのは、そーいうこと?
劇団の為に、稼いでいるわけだ。
平淑恵は2時間ドラマも出るし、文学座の人って、アテレコ沢山演ってますヨー。
内野聖陽の『エリザベート』のギャラからも天引き…か。
杉村春子も例外ではなく、
生涯”チケットを売ること””金を稼ぐこと”から逃れることは出来なかったのだぁー。
舞台女優。という肩書きが大きいと思ってたけど、映画の出演は数知れず!!
TVドラマに併せたようにBS2で放映っ!
29(火) 「陸軍」(1944)
30(水) 「大曽根家の朝」(1946)
「野菊の如き君なりき」(1955)
文化功労者は受けたけど、文化勲章は謹んで辞退。
WOOO~!!名実ともにキングオブキングじゃああ~りませんか。
一生を捧げた文学座にとって、
「皇帝でも大統領でもなく、神様に近かった」とまで言わしめる存在。
解散や分裂を続ける新劇劇団の中で、生き残った文学座も、
1997年4月4日
杉村春子という太陽が沈んだのだから、
やがて、氷河期が訪れるのは必然だったのね…。
”新劇”の影が薄くなり、劇団体制は徐々に崩れて、
現在はプロデュース公演の方に客が集まる~。
三百人劇場(劇団昴)の閉鎖も決まったしよ…。
仲代達矢(無名塾)と奈良岡朋子(民藝)が、
劇団の枠を超えて初競演(「ドライビング・ミス・デイジー」2005・10)したからって、
若い演劇ファンが見向きをする話題でもあるまい。なぁ…。