日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「雨を見て、雪を思う」。「節分」。

2014-01-31 08:52:26 | 日本語の授業
 晴。あまり寒くありません。北の方では、ずっと雪が降り続いているというのに。

 昨日は、予報通りに、雨が降りました。午後の学生達が帰る頃には止んでいましたが。けれども、この雨に、一番がっかりしたのは、去年の冬を経験していない人たち。「もう、雪が降ることはないのか」と尋ねます。

 一月も末になり、どうも冬も終わりに近づきつつあるのではないかという気がしてきたのでしょう。

 「いやあ、4月に降ったこともある」と、期待が淡雪のように解けてしまわないように言っておきます。

 その点、「雪」と聞いてハッスルするのは、去年、雪を見た人たち。去年降ったことさえ忘れていた私に、「雪です。雪です。去年、窓を開けて、びっくりしたァ」。「えっ。去年降ったっけ」。

 非難するような目で私を見て、きっぱりと「降りましたよ。2日か3日残っていました」。「そう…でした…っけ…(ごめん)」。

 2、3年ほども、行徳に住んいれば、当然のことながら、雪に出くわす機会もあるのでしょうが(パラパラの程度であっても)、1年ぽっきりであれば、これは僥倖を当てにするようなもの。「霙」で終わってしまうことだってあるのですから。

 雪なんて、1年に1回くらいでしょう、降るのは。太平洋側の、このあたりなんて、そんなもんです(日本に来てすぐの頃、「日本は雪が降ると聞いてきた。見たい」と言う学生もいるのですが、どうも、北海道か新潟の映像を見ていたらしいのです)。雪が2㌢か3㌢でも積もったら、大ごとです。電があっちこっちで遅れたり、不通になったり、もしかしたら、臨時休校なんてのも出るかもしれません。歩いていて、滑って転んで、大けがをしたなんてのは、日常茶飯事で、救急車の出動回数がぐっと増えるんですもの。この辺りの都市では、雪が降ることを想定して計画されていないのです。

 さて、学校です。

 今日は、早めの「節分」をするということで、卒業生達は、「海苔巻き」作り。もちろん、「恵方巻き」を目指します。そして、一年生は、その恩恵を受けると言うことで、口を開けて待っています。

 これ(海苔巻き)も、芸術作品のようなもの(中身です。花の形になったり、自分の顔であったり)を作ったり、出来は普通の「海苔巻き」であっても、その飾りに趣向を凝らしたりと、なかなか見応えのあるものが出来上がってくるのですが、本当に数年に一度、全員が、型どおりの、ごくごく普通の「海苔巻き」を作り、飾りも「食えればいい」ようなもので終わることがあります。今年の彼等はどうでしょうか。

 一年生は、正規の授業をし、最後の30分ほどを使い、「節分」を楽しみます。まずは解説。そして、DVDを見ながら、卒業生達が作ってくれた「海苔巻き」を食べ、最後に「鬼は外、福は内」と、「福」を招き入れ、そして終了。

 今年は、卒業生も、まだ「福」が来ていない人達が数人、残っていますから、一年生達と一緒に、「鬼は外、福は内」をやった方がいいのかもしれません。

 ところで、この、最後の後片付けなのですが、中国人学生がいないと、率先して動く人がかなり少ないと見ておいた方がいいのです、男女とも。しかも、動く人はいつも限られていますから、なかなか、これが大変なのです。特に今年のスリランカの男子学生達は、甘やかされて育って来たなと思われる人が少なくないので、もしかしたら、それは「お前達の仕事」という態度で来るかもしれませんね。もちろん、そんな態度は潰していきますが、人数が多いと一度に叩き潰すというわけにもいきません。

 こういう人たちは、授業や課外活動、伝統行事などを通して、「働く」ことを学ばせていかねば、だいたい、彼等が希望する日本企業での就職だって難しいのです。

 日本企業の方だって、こういう時に、パッと働けない男なんて、だれもいらないでしょう。別に気働きをしろとまでは言いませんが。それがわからず、自分は特別だからみたいな意識や態度でいると、いつかどこかで、しっぺ返しがくると思うのですけれどもね。これがなかなかわからない。すでに20年くらい、こういう育てられ方できているわけですから、急に変われと言われても、まあ、確かに困るのでしょうが。

 こういう人は往々にして、授業の時でも、自分一人で受けているような態度を取り、皆の顰蹙を買ったりするのですけれども。もちろん、この学校にいる間に、変われる人もいます。また、変われないまま卒業するという人も、出てきます。私達も、彼等がそれに、まず、気づくように指導していくのですが、こういう人たちは(そうされると)、最初は、被害者のような気になるらしい(指導するにしても、使える言語がありませんから、簡単な既習の単語しか使えないので、そう感じさせてしまうのでしょうが)。

 「どうして、私だけに、言いますか」となるのです。それで、最近は、彼の周りの人もまとめて注意するようにしているのですが、そうすると、今度は「先生は、○○国の人間が嫌いです」となる。

 だいたい、そういう人と話しているのは、彼と同じ国の人間だけですから(他の国の人間は、授業中、ペチャクチャとずっと話し続けるなんてことは)。

 まあ、これも時間との闘い…ということになるのかもしれませんが。

日々是好日
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