日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「セミ」の声が聞こえています。

2017-07-21 11:00:46 | 日本語学校
晴れ。

先週の終わり頃から、早朝「セミ(蝉)」の声がか細く聞こえていました。梅雨明け前から、「セミ」が啼いていたわけで、今年は「セミ」も健在と、まずは一安心。数年前、「セミ」の声が聞こえない夏がありましたから、それ以来、夏らしい暑さが続き始めると、「セミ、セミ、セミ」と気になってしまうのです。

「セミ」が、ポトリと落ち始めるのとほぼ同じ頃、「カナブン」もよく階段に落ちています。どうしてかわかりませんが。

最近、街では子どもの姿をよく見かけます。学校があるころは、外では見られないし、授業が終わってもクラブ活動などで帰りは遅くなる。そんなこんなで、普段はあまり見かけないのでしょうが、最近はよく見かけます。特に小学生が多い。

近くのプールへ行くのでしょうか、それとも友だちと公園へ行くのでしょうか。

それと共に、自転車が気になり始めます。

通勤の時に若い人がものすごい勢いで自転車を飛ばすのも怖いし、携帯で話しながら自転車を漕いだり、音楽を聞きながら走らせているのも怖い…のですが、子どもともなると、またこれは別物。これから夏休みが明けるまで要注意ですね。でも、自転車は必要ですから、乗らないわけにも行きません。

新しい人たちには、自転車のルールをテレビで放送していましたから、それをみせることにしているのですが、なかなか時間がとれません。聞き取れなくても、見るだけでもいいと思うのですが。

さて、7月生は、一昨日の学生で、だいたい一区切りがついたようです。あと二人来るはずの学生がいるのですが、これも彼らの国の事情でどうなるかわからず、のんびりと待つわけにも行きません。

『初級Ⅰ』のクラスは、夏休みまでに「12課」までやることになっています。他の一年生クラスは、それぞれ、出来るだけ早く進めるということですが、これとても、クラスの学生のレベル、素質、勉強の習慣、アルバイトの具合、既習未習などが関係してきますから、一概に速めればいいというものでもありません。

「Cクラス」と「Eクラス」は速く進められても、「Dクラス」には、初めてと言ってもいいネパールの学生が6人もいますし、それに、初めてのインド人と中国人学生が一人ずついますから、普通の速度でしかできないのです。

もっとも、もうインド人学生はネパール人学生を追い越しているようですが。

その点、二年生はいいですね。彼らの様子を見ながら、少しずつ、ニュース番組を入れたり、テレビの録画を見せたりすることもできます。「ぶっちぎりで勉強」の時間は少し減らして、常識(日本人が思うところの常識ですが)めいた知識を入れることが必要になってきているのです。これも、知識の不足から読解問題が解けないということを減らしていくため…、なのですが、数をこなしていけば、進学しても、困るということは、少なくなくなるでしょう。

もっとも、きちんと見てくれればということなのですが。

日々是好日
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梅雨が明けました。明けた日も、明けなかった日も、晴れだったのに?…でしょうね。

2017-07-20 07:47:01 | 日本語学校
晴れ。

昨日、関東地方の梅雨が明けました。やっとという感じです。今年の梅雨季は、少雨という言葉に代表されるようで、各地のダムの貯水量は、あまりはかばかしくありません。あんなに空梅雨だったのだから、しょうがないかというところですが、雨は降ったら降ったで困るし、降らなければこれまた当然のことで困る。

この世はままならぬもの。

さて、昨日、ネパールから一人やって来ました。バンコクで乗り継ぎ、初めての国外旅行、しかもたった一人、その上乗り継ぎまである…。心配で心配でずっと寝られなかったそうです。でも、空港で、先輩に会えて、ネパール語で話してもらって、ちょっと安心したでしょうね。

日本に来たばかりのネパール人学生は、スリランカやベトナムの学生とは違い、日本語力はかなり劣っているものの、素直さが目立ちます。こちらの言うことを素直に聞き、その通りにしようとするのです。出来ないことも多いのですが、それでも努力しようとする。この素直さは、外国語を勉強していく上で、大きな武器になります。

ただ、ネパール語と日本語との文法上の違いはどうなのでしょうね。スリランカでは、タミル民族は日本語とほとんど同じと言いましたし、シンハラ族も「文法は同じ、だから困らない」と言っていましたけれど、ネパール人は単語のみならず、文法もなかなかわかってくれないところがあって、どのように取り組んでいったら、まだ考えがまとまっていません。

今のところは力尽くで、とにかく、「繰り返し言わせて、暗記させる」という「非漢字圏」の学生を教える場合の常套手段でやっていますが、漢字は少しやり方を変えて、もう少し諄く、読みを繰り返させた方がいいのかもしません。どうもその方が書く練習をするにしても、スムーズに出来ているようです。

もちろん、日本に来てしまったからには、毎日学校へ来て、毎日の宿題をこなしていくよりほかないのですが。

日々是好日
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日本の生活は大変でしょうねえ、いえ、勉強だけではなく、諸所にわたって。

2017-07-19 08:08:41 | 日本語学校
曇り。

暑さは続いていますが、まだ梅雨は明けていないと言います。でも、これって真夏ですよね。日本を知らない新しい人たちは、日本ってこんなところだろうという顔つきで、我慢の時には我慢をしています。却って日本人の方がこの暑さに参っています。

けれども、いつの間にか、「アサガオ(朝顔)」が朝を彩り、「キョウチクトウ(夾竹桃)」の花が咲き、野草の蔓が伸びています。「アジサイ(紫陽花)」の花を、それほど楽しんだという記憶はないのに、既に花はひからび、色を失っています。これを見ても今年は梅雨らしい梅雨ではなかったというのがわかります。

でも、まだ明けていないんですよね。関東地方の沿岸部は雨らしい雨が降らなかったのに、列島の南では、豪雨が、町を村を打ちのめしています。梅雨の終わり頃にはいつも、確かに集中豪雨がやって来ていた、でも、これほどではなかった…というのが、偽らざる心境。何だか、日本じゃないみたいです。それに新たな気象用語を子どもまでが覚えるようになっているとは。

さて、学校です。

今年の4月生たちの表情が曇りがち。いえ、明るい顔つきでいられる人たちと、繭にしわを寄せている人たちとに分かれはじめていると言った方がいいのかもしれませんが。もちろん、中間層もいますし、どちらでもないと言った顔つきの人たちもいます。わずか20人ほどのクラスですのにねえ。

繭にしわを寄せている…そう見える…というのが、いわゆる、日本での勉強、生活のリズムに、アップアップしている一群。なにせ、ネパールからの学生達は、ここでの勉強がいわば初めての日本語の勉強みたいなもの。国で覚えてきた「ひらがな」「カタカナ」から、日本人教師に文句を付けられ、「テ形」を中心とする活用形が、少しずつわかり始めてきたとは言え、いまだにどこか茫漠たるもので、実体が掴めない…。

その点、スリランカの学生は文法が日本語に似ているそうで、楽勝です。

既習か未習かで、差が出るというのは、余りいいものではありませんが、勉強の仕方も違うから仕方がないと言うよりほかないのです。

授業が始まる前には教科書、ノートを、机の上に出しておくといった基本的なことから、字をきれいな書く(のが当然)といったことまで、日本での暮らしは、「さあ、大変」です。

「字をきれいに書かなければならないなんて、言われたことなどなかった」。

字だけじゃありません。数字もです。これは「G」なのか、「9」なのか、わからない。アルファベットと数字が混在していて、何がなにやらわからない。注意すると、皆で「日本だから、日本人がいうアルファベットを書こう」なんて言い合っています。これは日本だけじゃない。ネパール人だけがおかしなアルファベットと数字を書くのだ。他の国の人にはわからないと力んで言っても、人のよい彼らは、反対に、そういう私を気の毒そうな目で見ている。

本当にもう、こんなことを子供のときから現在に至るまで、何も言われずに育っていれば、確かに戸惑うのも無理はない話です。だが、国外に出てもずっとそうやられてしまうと、相手国の者が困る。4月生なら、2年間はこの学校にいるということになるわけで、書類など、どうやって書くつもりなのだと言いたくなってしまう。

というわけで、一事が万事であると。一つ一つを乗り越えていかねばならぬと。そうしなければ、文章が読めるまでには至れないと…私は思うのですけれどもねえ。

「ひらがな」や「カタカナ」が形をなしていなければ、「漢字」の説明を聞いてもわからないでしょう。だから、知識も何もかもそこで止まってしまうのです。それにアルファベット、数字、ひらがな、カタカナなど、たとえ、きれいに字が書けなくとも、きれいに書けるようにと、気をつけるべきなのです。そういう習慣が必要なのです。つまり、読める字を書くということ。

向こうもため息でしょうが、こちらはため息では終われません。大変です。毎日ノートを見なければなりませんから。教え方ひとつにしても、試行錯誤を繰り返しています。彼らの方じゃ気がつかないでしょうけれども。

日々是好日
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川村学園女子大学から、先生が実習生2名を連れてきてくれました。模擬授業です。

2017-07-14 08:42:03 | 日本語学校
晴れ。

まだ「梅雨明け宣言」は、なされていないけれども、暑い日が続いています。南国から来ている学生達も、ため息をつきながら、「暑い、暑い」を繰り返しています。

香港やタイなどから来ていれば、こういう暑さにも慣れているのでしょうが、スリランカやネパール、ベトナムからの学生はそうはいかないようです。

もっとも、2年目ともなりますと、「暑い」という一言にも、どこか余裕があるように見えます。初めて通る道は遠く感じられるけれども、二度目、三度目ともなりますと、そう遠くは思われなくなるのと同じことなのかもしれません。

さて、昨日、川村学園女子大学から、先生と二人の実習生がやってきて、二人が先生として、「テ形」と「ナイ形」の授業をしました。声も大きく、学生達に呑まれることもなく、迫力では学生の方が負けていたのかもしれません。学生の方も、17才くらいから三十才近くまでと、年齢層も広く、それはすぐに協力体制に入っていました。

「この『先生』は、どうして欲しいのだろう。どうしてあげたらいいのだろう」という気持ちも半分。そうは思っていても、「実力の然らしめるところ」でしか、協力は出来ませんから、歯がゆい部分もあったでしょうね。

このクラスはネパールからの学生が一番多いのです。今年の4月から入れるようにしたのですが、それまでは、クラスにネパール人が、一人か二人、そしていないということもありました。

彼らの先生である人たちにしても、『みんなの日本語Ⅰ』がきちんと教えられるかどうか、少々怪しい人たちもいるようで、これは行ってみなければわからないことでした。そういう人たちが、日本語を教え、日本での生活を語っていれば、学生達だってそういうものだと思って、そして来日したことでしょう。

極端に言えば、「ひらがな」や「カタカナ」も適当でいい。「漢字なんて…(よく判らない)」くらいのものでしょうし。

それが、日本に来るなり(4月生の場合です。7月生は私たちの方が懲りたので、面接の時に随分諄く、指導をしてきました。学生が書けると言ったので、書かせた「ひらがな」も「カタカナ」も、そういう代物でもなく、はっきりと「あいうえお…」を暗唱でき、スラスラと書けるようなレベルでもなかったのです。

けれども、教師である人たちの反応は鈍いものでした。「適当に話せればいい…はずなのに(どうして)」。「書くことは大切じゃない、話せることの方が大切だ」と言い放った人もいました(そんな学生は要りません)。

留学生、皆が皆、そうであれば、こちらもずっとレベルを落として授業をします。けれども、できないのはネパールから来た留学生だけとなりますと、一斉授業が成り立ちません。ここは小さな学校ですから。

おまけに、遠くネパールまで面接に行く意味もありません。だって、(面接のために行ったのに、相手が)話せないし、書けないのですから。私たちは何もを以て判断できるのでしょうか。「N5」テストに合格していたって、「ひらがな」が書けない人がいましたもの。信用できません。

ただ、面接の時の私たちの話をどう聞いたかは、そしてどう指導してくれたかは、次の面接まではわかりません。少なくとも、7月に来た学生は、「ひらがな」も「カタカナ」も、面接の時と大して違っていませんでした。

まあ、これは余談。実習に戻ります。

夜勤明けで来ている学生が3、4人いて、それがちょっと実習生には気の毒でした。そういうわけで途中で疲れて、コックリしてしまったのが一人出てしまいました。夜勤は金か土にするように言ってはいるのですが、なにせ、来日後3ヶ月あまり、大して話せないのです。それゆえ、望み通りにシフトが組めるわけでもなく、あと、2、3ヶ月ほど、辛い日が続くでしょうね。

半年ほども経ってしまえば、日本にも慣れ、また4月生であれば、酷暑の時期も過ぎることから、少しは楽になるでしょう。日本での生活はまずは、「日本語力」。これに気がつけば、後発組の(今、ネパールにいる)学生達にそれを伝えてくれるかもしれません。

ベトナムの時もそうでした。最初に来ていた学生は、『みんなの日本語』五課くらいまでしかやって来ておらず、アルバイトは見つからないは、勉強はわからないはで、大変でした。

今は、(ベトナムの学校には)私たちの希望として、『みんなの日本語』50課までは一応、流してでもいいから教えておいてもらっています。ベトナムの学生は、ベトナム語で書かれている文法書の説明が読めないのです。単語の説明でも、首をひねっていることがあり、単語の説明から、日本語でせねばならず、本当に困りました。鉛筆とか、消しゴムくらいならいいのですけれども。

それで、とにかく、ベトナムで、ベトナム人の先生に、意味だけは説明を受けてから来るように、そうでなければ、練習どころではなく、単語の意味がわかるかで、下手をすれば30分ほども終わってしまうこともありました。そういう人が10人ほどもクラスにいると、適当なところで切り上げるというわけにもいかず、彼らが理解できるまでは授業を進めることが出来ませんでした。

今は、ネパールからの学生たちがその状態です。これがベトナムの時と同じように、どうにかなってくれれば、いいのですが。そうでなければ、ネパールの学生だけは、ズリズリと下のクラスに落ちていくということにもなりかねません。

日々是好日
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満潮?干潮?この海はどこまでですか?…困ります。

2017-07-12 08:16:43 | 日本語学校
晴れ。

今朝も暑い。風があると少し過ごしやすいのですが、風が止まった朝は、ちと辛い。

ネパールの学生など、海の近く(行徳)に暮らしているというのに、湖のそばにいるくらいの感覚しかないようで、満潮とか干潮とか言っても、ピンときません。

それで、「近くに橋(すぐに海に至ります)があるでしょ。川の水が海へと流れている時もあれば、海の水が上流へと遡っていく時もある。今度、橋を渡る時に注意して、波の様子を見てご覧なさい」。はて、見たでしょうか。半知半解といった表情でしたから、ストンと落ちてはいないでしょうね。

そういえば、中国内陸部の友人が、満潮は1日に二度あるって本当?と言っていましたっけ。私などが雪国の暮らしにピンと来ないのと同様、山国の人たちは、海なるものを、なかなか掴めないようです。(先日、「かまくら」の中には何を入れているのか聞いて笑われました。だって、中でお餅を焼くのです。火を使っているのに、雪が解けないなんて信じられません。ですから、中に何か入れているものと、この年になるまでずっと信じていたのです。)

と、ネパールの学生を見つめて話していたのですが、ふと前に座っているベトナムの学生に、「わかるでしょ?」と聞くと、海を見たことがないからわからないという答え。「ええっ?どうして?。だって、(国では)海のすぐそばでしょ」と言いはしたものの、はっとして、「そうか、じゃあ、ここで見るね」。いえ、いえ、もう何度も見たはずです。鎌倉に行ったときには、ザブザブと入って、波が来る度にジャンプしていましたもの。

でも、やはり、ピンと来ないのでしょうね。

内モンゴルから来た学生が多かった頃には、「この海はどこまでですか」と聞かれて、「う~ん」。なんと答えていいかわかりませんでした。相手は本気でしたから。

日本人など、山の子でも、家族旅行で行くのは別としても、小学校の学期毎の遠足やら何やかやで、いろいろなところへ連れて行ってもらえる機会があり、海に行ったことがない、入ったことがないという人は、まず、いないでしょう。

ところが、彼らの中には、来日するまで、一度も自分の村から出たことがないという人もいるのです。留学が決まった途端に、結婚するという女性も少なくありません。留学するから結婚しないというのなら、わかるのですが、留学が決まったから、結婚?えっ?じゃあ、来日して何をするの?というのが、正直な気持ち。でも、こう考える方が彼らからしてみればおかしいのでしょうねえ。

「夫が来たから、勉強をやめます」という人もいました。それ(夫が来る)は端っからわかっていたことではないのかしらんとちょっと騙されたような嫌な気持ちになりました。

ただ、こういう国では、一人一人が自由に自分の望むことができるというものでもありません。国や彼らの社会の習慣というだけではなく、家庭の事情というのもあるのでしょう。

そういう人が、結婚相手のビザで自由に日本へ来ることができれば、こんな問題は発生しないでしょうし、日本で働きたいと思っている人が、そういうビザで来られれば、問題はないのでしょうけれども。

三ヶ月ほども一緒に勉強していますと、特に一生懸命に勉強している学生には、情が移ります。もちろん、だからといって、相手を縛るつもりはないのですが、今、ここでやめてもなあと思ってしまうのです。

三ヶ月ほど学べば、工場で働くくらいなら出来ます。半年学べば、ヒアリングのいい学生であったら、レストランやコンビニでも働けます。なんと言いましても、今、日本は人手不足ですから。

数年前であったら、「外国人?『N2』に合格してなければ」などと言っていたレストランや和食の店までが、募集をかけてきます。三ヶ月ほどでもレストランやコンビニで(責任がそれほどある部署ではないと思いますが)働いています。

だから、以前に比べて生活面での苦労は少なくなったと思うのです。その分、勉強に励んでくれればいいのだがなとも思うのですけれども。

日々是好日
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学生が交通事故に遭いました…。

2017-07-11 08:19:25 | 日本語学校
晴れ。

丸い雲が、青空のあちこちに浮かんでいます。端は、風に流されているのでしょうか、青に呑まれ、白とも灰色とも区別が付かないような色になっています。

このブログを休んでいる間に、いろいろなことがありました。入学式(7月生)が終わり、七夕が終わり、ホッとする間もなく、アルバイト帰りに、4月生が交通事故に遭い…。

何もなかった…ような時はないのでしょうね、こういう日本語学校では。

車に慣れていないと言うよりも、分離帯なるものに慣れていないと言った方がいいのかもしれません。近道をする…彼らにとっては当たり前のこと。日本人がしているのを見れば、同じようにしてみようと思うのでしょうが、日本人の場合、遠回りになる横断歩道でなく、近場の道をササッと通っているように見えても、「右を見、左を見、なおかつ見られていない」ことを確かめ、意識しながら渡っているものなのですが。

しかしながら、彼らは、「日本人が渡っていた」ということだけが見えるものですから、同じようにササッと渡ってしまおうとします。細心の注意を払い、なおかつ、いけないことをしているという意識の下に、日本人は渡っているのですが、それに気づけないのです。まあ、それは教育の違いでもあり、社会の違いでもあり、習慣の違いでもあることで、気がつかないのも無理はない。だって、そんなもの、見えませんものね。

それは、悪いことであるという意識がないのです。アルバイトで疲れているから、早く家に帰って寝たいから…で、そのままそういうところを通ってしまうのです。

学生達には、事故に遭った人も骨折をして辛い。入院しなければならないし、勉強もアルバイトもできない。けれども、(分離帯の樹木の間から)人が出てくるはずがないと思って(本当は注意しなければならないのでしょうが)運転していた運転者も辛い。人を轢いてしまった…と、金銭的なことだけでなく、罪の意識はこれからずっとついて回ります。

何回もお見舞いに来て、そして謝ったと言います。でも彼女は、今年の4月に来たばかりで、余り日本語がわからない。

教員が何回も行っているのですが、言葉がわかりませんから、同じ国の学生を連れて行かねばなりません。それも上級生でなければ意味がありませんから、彼らも休ませることになってしまいます。

交通事故はここ、10年ほどありませんでしたので、ちょっとのんびり構えていたのが悪かったのかもしれません。

慌てて、学生に聞いてみますと、そこでアルバイトをしている4月生がまだ5人ほどいました。言葉がわからなければ、そういうところでしか働けません。電車を乗り継いで、それからバスで行けるようになっている…というのですが、工場のバスの時間に間に合えばいいのですが、間に合わず、いつも駅から歩いているようなのです。寮の近くでも(自転車で行ける所)あることはあるのですが、どうも「仕分けする物」が重く、比較的軽作業となると、そういうところしかない…ようなのです。

ちょうど先週、他の工場の、アルバイト募集の方が来られて、そこで「通勤のバス」の話もちらとしていました。今週も来られるという話でしたから、もう少し「バス」のことを聞いてみたいと思っています。もしちょうどいい時間帯がありましたら、そちらの方を進めてみたいと思っています。本当は自転車で行ける所が一番いいのですけれども。

日々是好日
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外は蒸し風呂状態です。

2017-07-03 10:03:59 | 日本語学校
晴れ。

台風3号が発生しているようです。前線を刺激し、雨の地も多いというのに、こちらは晴れ。35度と予測されていますから、梅雨が明け、もう真夏になったかのよう。今晩は熱帯夜になるかも。

梅雨の季節とはいえ、雨の降らない日が続き、降っても大したことがないという日が続き、「アジサイ(紫陽花)」は、全く元気がありません。色も褪せたような感じで、やはり雨を好む花には、雨が必要なのですね。毎日、雨でも生き生きとしていますもの。

さて、学校です。

7月生のうち、初めからやる人、四人がやって来ました。お母さんと弟付きの人もいました。弟さんはもう小学校の四年生ですから、そばに小さな先生がついているようなもの。他の学生に比べて有利ですね。

今日、成田に着く新入生もいます。ネパール組がそうで、午前中に二人、午後にも二人到着します。それで、午前の部には、二年生のネパール人学生二人が、午後には二年生と4月に来たばかりの学生二人が迎えに行きます。

二年生がいつも迎えに行くのではなく、一年生も連れて行ってくれると、次はもう彼らだけで行けるようになります。それに、来るときには全く何もわからず、とにかく学校へと急いだ道も、こうやって迎えに行くときには心にゆとりがありますから、成田空港も落ち着いて見ることができるというもの。

とはいえ、失敗もあります。ちゃんと「成田空港の第二」と言っておいたのに、自分が日本に来たときの「第一」を「成田空港とはこれである」と思い込み、第一の方で1時間ほどもじっと待っていた学生もいました。

「もう出てきたのに、迎えがない」という新入生からの電話に、成田空港に着いたという電話がとっくの昔にあったのにと学生に電話しますと、思い込みがありますから、なかなかそれがわかりません。やっとわかってくれて、大慌てで第二に移動したということもありました。

やはり「第二」の方を赤でチェックしておけばよかった。大丈夫というのを信じてはまずかったと反省しきり(私の方です)。どうしても、自分たちの空港と同じに考えてしまうのです。これはしょうがないことなのかもしれませんけれども。

さて、今回はどうでしょうね。

日々是好日
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今日も雨です。

2017-06-30 08:57:38 | 日本語学校
小雨。降ったり止んだりとのこと。

自転車で来る途中、雨粒がだんだん重くなっているのを感じました。けれども、無事到着。

ちょうど角を曲がってすぐのところに、いかにも涼しげな薄紫の花が咲いています、そこのお宅のお庭になのですが。見ると、これは洋物ですね。茎が「アマリリス」のように太く、花数も多く、しっかりとしています。

でも、色は涼しそう。こういう蒸し暑い雨の日、見るだけで涼しさを感じさせる色というのはいいですね。

さて、学校です。

ネパールからの「4月生」は、まだ五里霧中といったところ。試験の「形式」が掴めない人が少なくなく、そのたびに、彼我の違いを感じさせられています。だいたい試験問題の形式なんて、どこでも大差ないと思っていたのですが。それが大間違い。

とはいえ、日本で勉強していくためには、これが越えられないと大変です。ということで、順に「問題」の部分を担当することになった教員が、一つ一つ丁寧にやり方の説明をしているのですが、「五課」で説明して、わかったと見えた…でも、また「六課」でやると、ぼんやりしている。で、また説明を加える…の繰り返しで、もうすぐ『みんなの日本語Ⅰ』が終わろうとしています。もちろん、皆の連携作業で、この「ぼんやり」は少しずつ少なくなったし、どういうことかと自分で考えることが出来るようになった…これは、大きい。

だって、最初なんて全く手が付けられず、「先生!」と叫んだくらいでしたもの。

「わかったつもり」で、次も「ああ、わかった…つもり」で、次の次も、「うん、わかった…(まだまだ)つもり」…。そのたびに教師が走ります。

でも、今回は、こちらを呼ばず、自分で考えようとした…これは進歩です。

とはいえ、こちらとしても、あまりにあたりまえのことで、最初は、何がわからなくて当惑しているのかさえ、はっきりとは掴めませんでした。国で『みんなの日本語Ⅰ』くらいはきちんとやっていれば、そういうことはなかったでしょうにねえ。

もとより、(日本語をきちんと)教えられる教師がいないということもあり、彼らを責めてもしようのないこと。

だいたい、言語を学ぶというのは、覚えるだけではないのです。例外もありますが、そこには一定の規則がある。それを説明した本もあるというのに、「どうして、どうして」と、口での説明を求めてしまう。…私は日本人で、ネパールがわからないというのに…。

これは、自分で「まず読む。そして理解しようとする」という習慣がついていないのです。日本語で説明するには限界がありますから、「休」なら、「~ます」が動詞で、「~です」となったら名詞と言っておく。ところが、いちいち…どうして?とくる。

もっとも、最近は、彼らの方で、「~ます」は動詞で、「~です」は名詞(もちろん、これは「休みます」と「休みです」などの説明の時ですが)と言えるようになりました。が、言えることは言えるのですが、問題として出ると、途端に「これは何、先生」と、目で訴えられてしまう。

それがやっと、昨日、前に配ったプリントとホワイトボードに貼ってある表が同じものであることがわかったようで、こちらの方も反省しきり。配ってあるから、同じだからと安心してホワイトボードの表ばかりをみせて言わせていたのは問題だったなと気づいた次第。

問題を解かせ、答え合わせの時、その途中でも、終了後でも、答えの冊子を開かせて、「ここ、この頁に書いてある」と知らしめねばならぬということも、よく判りました。この一手間、二手間が必要だったのです。「この冊子に解答が書いてるから、自分で見ておきなさい」では、だめだったのです。それだけですと、霧の中に包まれたままで、勉強しようと思っていた学生までが、やり方がわからず出来なくなってしまうのです。

その点、国で『みんなの日本語Ⅱ』を終わらせて来ているベトナムの学生たちは強い。「どういうこと?」とネパールの学生達が、ぼんやりしている文法が、母国語でちゃんと入っているのですから。

とはいえ、ベトナムの学生も、以前は大変でした。入れ初めの頃は『みんなの日本語』五課くらいで、「N5」の 試験を受け、合格していたのですから。これはカンニングで通ったのかどうなのかはわかりませんでしたが、「合格」して来るのです。いざ、こちらで勉強を始めると、途端にメッキが剥げ、さあ大変。単語の意味からしてわからない。ベトナムで買ってきた日本語の文法やら単語の本が読めない(これは本当に不思議なのですが)こちらが説明するのだけれども、ドヨ~ンとした表情をしているので、「こりゃ、困ったナ」となる。

それでいて、アルバイトには困らない。生活力がありますから。

それが、きっちりと『みんなの日本語Ⅰ』を終えてから試験を受けさせるという学校を見つけてから、来日したベトナム人学生を教えるのが随分楽になりました。文法も単語もあらかた入っている。『Ⅱ』の途中で来ている人が多いのですが(『Ⅱ』は終わったけれども、ちゃんと勉強したのは「30課」までと、こっそり教えてくれるのでよく判ります)ここでは、使い方、応用を教えていけばそれで事足ります。『初級』で、躓いてしまうと、もう系統性をもたせて教えていくことが難しくなります。

ところが、ネパールの学生は、国の日本語力がそれほどには至っていないのでしょう、そうはいかない。まず、「ひらがな」や「カタカナ」が、「ナンジャモンジャの字」である。よって、宿題を出しても、教師のほとんどの精力はその文字の訂正に使われてしまう。…本当にもったいないのです。

少なくとも、『みんなの日本語Ⅰ』くらいはきちんと身につけて来日して欲しい。「N5」の試験も、それが終わってから受けて欲しい。「合格しているのに、『テ形』ができない」という状態だけは避けてもらいたい。これは、今回、面接したときに、諄いくらい言いました。4月生が来て初めてわかったことでしたから。

日々是好日
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学校の前で、「ムクドリ」が虫を食べていました。

2017-06-29 08:38:25 | 日本語学校
曇り。時々晴れ。

梅雨とはいえ、あまり梅雨らしくない。太い雨が降っていない…ような気がするのですが、これは「気」だけ?かしら。

梅雨に入ってから(土日は除くのですが)、ずっと自転車で出勤できています。これって、少し変。子どもの頃は、傘をさして雨靴穿いてが梅雨でしたし。それに学校帰りなど、雨が止むと、途端にあちらこちらで「チャンバラごっこ」が始まっていたものでした。

梅雨が明けて、夏になって、入道雲や夕立、そして虹。「セミ(蝉)」に「ホタル(蛍)」に…。思えば、歩いて行けるところに「ホタル」がいる川があった…。それも、中学に入る頃には、消えていましたけれども。

子どもの頃に、大きな「カエル(蛙)」を見たことがありました。大人の両手を合わせたくらいの大きさで(子どもでしたから、よけい、大きく感じたのかもしれませんが)。その「カエル」が、石段をノッシノッシと登っていたのです。「カエル」も太ると跳ねないんだと、わけのわからない感慨を抱いて見ていましたが。

実は今朝、学校のすぐ前で「ムクドリ(椋鳥)」が、虫を食べていたのです。道の真ん中にいたものですから、轢いちゃうよと注意を喚起したのですが、知らん顔。虫を何度も地面に落としては、また咥えるを繰り返していました。私がすぐそばに自転車を止めても、こ吹く風。人に慣れてしまって、もう危険とは見做されていないのかもしれません。

そういえば、以前、学校ができてまだ浅い頃。朝来てみると、「コウモリ(蝙蝠)」が、教室で寝ていたり、「トンボ(蜻蛉)」が入ってきたり、それから、「スズメ(雀)」や「ツバメ(燕)が飛び込んできたこともありましたっけ。もっと大型の、「ネコ(猫)」が押し入れで寝ていたこともありましたし。

そのころは、もしかしたら、近所の生き物たちに、ここはあまり知られていなかったのかもしれません。今では、誰もやって来ませんもの。

動物達がやって来なくなったのは、きっとここに人がいることがわかったからでしょう。人は増えました。最初の頃は二人だけ、それからだんだん人が増え、数年前からは、時には6クラス(だいたいは5クラスですが)できることもあり、そうなると、家族的な雰囲気がなくなりそうで、ちとそれが怖い。

どの教員も、学生達の顔を見知っており、だいたいの様子は判るというのがいいですね。

もちろん、わかると言いましても、授業に行っていなければ、学生達の内と外の顔の差は掴めませんから、それほどのことはないのですが。まあ、教員同士の話やら、登下校の折りの挨拶や交わす言葉の片鱗から、あらかたのことは感じ取れます。

ただ、顔は知っていても、名前を覚えるのが難しい。私などには、同じ音に聞こえるのに、学生達は違うと言う。あるいは「イ」が入っていると聞こえるか、入っていないように聞こえるかの違い。または同国人であれば、同じような名前が続いたりすると、もうお手上げ。「御免。間違えた」をしょっちゅう言っていなければならなくなります。

とても失礼なことで、彼らにしてみれば、ムッとすることも多いのでしょうが、最近はもう言い直されることは少なくなりました。もしかしたら、諦められているのかもしれません…。

日々是好日
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季節毎の服の色…って。

2017-06-28 08:37:00 | 日本語学校
雨。

一旦止んでいた雨がまた降り出しています。今朝は涼しく、長袖を一枚持っていると便利。でも、学生たちは、いつも通りの格好でやって来るでしょうね。昨日、半袖だった人は半袖で、長袖だった人は長袖で。

季節によって服を替えるとか、その日の暑さ寒さによって、一枚多くしたり、袖の長さ、服の厚さを変えたりというのは、どうも皆、苦手のようです。

日本には季節に応じて服の色を変えるとか、髪飾りにしても季節の動植物を生かしたものを身につけるとか、そういう習慣があったとかいうのも、皆、「フン、フン」と聞いてはいるものの、きっと耳を素通りしていることでしょうね。

この「左から右」、「右から左」と素通りして、少しも「引っかかっていない」というのが、以前は余りわかっていませんでした。「慣れれば、気がつくかな」などと単純に考えていました。実際、長くて二年、短い学生など一年三ヶ月で、卒業してしまうわけですから、毎日の暮らしの追われているうちに、卒業の日が来ちゃったというのが、学生達の率直な気持ちなのかもしれません。

その間に、こういう習慣を、ある程度、理解する、あるいは感じるというのは、彼らにとって、至難の業(もちろん、生来そういう感覚がある人は、いることはいるのですが)。ですから、それはそれで、しょうがない。それらを感じてもらおうとしても「無理」で終わり。

彼らの国においては、宗教的な大祭が区切りであり、その日までは毎日が延々とただ続くだけなのでしょう(私たちにはそう感じられるのですが)。その中で、彼らにとっては、日本人の季節の移ろいに対するのと同じような感覚で、日々の宗教的な行事などを行っているのでしょう。それはその地に生まれた人たちと風土や歴史との関係で生まれたこと。日本におけるのと同じような制約があるのもわかります。

それに、気温の差というのも、あるかないかくらいのものでしょうから、それほど季節の違いというのも気にならないのでしょう。

四季がある程度はっきりしていれば、季節毎の、時期によっては日ごとに変化して見える山野の様子、生き物たちの有り様などが、嫌でも昨日との違いを告げてくれます、比較的はっきりとした形で。

日本人なんて、「京都の何々の井戸の水と、他郷の水は違う」とかいう微細な違いを感じ取れる人は別にしても、普通の人だって、もしかしたら、ムキになって春の花、春の木、春の鳥、春の虫、春の何々を作りたがっているように見えるかもしれません。そして、それらの季節に合う色、形などを言い募れば、厄介なことと見えても仕方がありません、他国の人に。

都会に暮らす日本人の大半も、そういう習慣が見えるような暮らしは、もうほとんど出来なくなっています。家の中に、ある意味、何もしない人を抱え込むことができなくなっているからかもしれません。

「核家族」なんて言葉が生まれたのも、それ以前と比べてのことだったのでしょう。が、今ではそれが普通の家族の単位になっています。祖父母がいれば、四季の移ろいにも目が向き(散歩の折りに発見することだってあるでしょうし、その折りの話し相手などから聞かされることもあるでしょう)、それを家族に告げたり、家でやってみせたりすることもあるでしょうが、「核」で生活していれば、父母は仕事や家事に追われ、子は学校の行事や友人たちとの付き合いに追われ、季節を感じることなんてほとんどないでしょう。

昔は、それでも運動会や秋の遠足、春の遠足などがあり、季節を感じることも出来ました。運動会では、いつも秋の果物が供され、「秋」と「運動会」とを、セットで感じる人も多かったのです。

でも、今では、運動会も様々な事情から、「春」や「初夏」などに開催されているようですから、そこでは親と子の季節のとらえ方がまた違ってくるでしょう。私なども、「運動会」と聞くと、まず、「ナシ(梨)」や「クリ(栗)」、「ミカン(蜜柑)、「ブドウ(葡萄)」などと味覚が動き出します。でも、今の若い人は違うでしょうね。

移ろいの中で生きてきた日本人にしてからが、こうなのですから、況して外国人においてをやというところでしょうね。

それでも、学生達には、2年目の12月が終わる頃から、翌年の1月ころに、例年通り、そういう季節ごとの暮らしの装いなどについて触れる機会を作っています。

彼らが日本にいる限り、いつか、「あっ、これだったのか」と気づく日が来るかもしれませんもの。もしかしたら、生まれ育った国で暮らした年月よりも、この国で暮らしている年月の方が長くなるかもしれませんし。

日々是好日
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日本人の中にも、いろいろな人がいるのだけれども…。

2017-06-27 09:12:40 | 日本語学校
小雨。

また、降り出しました。今日は梅雨らしく、降ってはやみ、止んでは降りとなりそうです。

学校とは、ある意味では外の世界とかけ離れている面が必要となってきます。…現実に見えることと違うことを言わねばならぬこともあるのです。

特に外国人が相手ですと、「人間は、誰しも嘘も吐く。誰しも手前勝手である。誰しも不平不満で威張り散らしたり、文句を言ったりする」という事実は、脇に措いておかねばならないこともあります。

「決まりを守り、行列を作る」という日本人の中にだって、列に並ばない人もいるし、割り込む人だっている。全くの0というわけではない。しかしながら、それを最初に言ってしまうと、「列に並ばない。割り込む。ゴミのポイ捨てをする」のが、当然だという国から来た人たちは、「ああそうか、日本人だってそうか」とばかりに、来日前と同じ行動を取ってしまいます。黙っていれば、すぐに割り込みはするは、ゴミのポイ捨てをするは、国での日常茶飯事が、日本でも日常茶飯事となってしまうのです。

ですから、「日本人だってする人もいる」という事実は棚に上げて、「ゴミはきちんと持って帰って捨ててください」と言いますし、「きちんと並んでください」とも言うのです、彼らには。

もちろん、そうは言いましても、日本に一年ほども住んでいれば、コンビニの前で、車座になって、ビールを飲んで騒いでいる若い人も見ますし(彼らが去ったあとはゴミが散乱していることもあります)、すぐに切れて、彼らに罵声を浴びせかけるお年寄りにも出会います。

けれども、そのころには、自分たちの国との比較が出来るようになっていますから、「日本は(自分たちの国と比べて)ゴミは散らかっていないし、列の割り込みをする人もいなくい。だから、(日本に住んでいる自分たちも)ゴミのポイ捨てをしてはならないし、列の割り込みをしてはならない」と重い、そうすることが出来るのです。

以前、中国に留学していたとき、留学する者は、初めの2年間をある決まった大学で過ごさねばなりませんでした。これは日本だけに限らず、世界中のありとあらゆる国から来ていた留学生に課せられたことで、言わば「隔離」状態でした。もちろん自由に外に出られましたが、言葉の問題もあり、学校から出ていかないという人も少なくありませんでした。

けれども、この二年間で、あの地でクラスということが、かなりわかったような気がします。外国へ行ったことがある、外国で教えたことがあるそういう教師が大半を占めていましたから、いろいろな国から来た留学生が様々な問題を引き起こしても(中近東の歩くのとある国の留学生同士の喧嘩から大使館が出張ってきた頃もありました)、対処できたのです。その国の言葉で話せばよかったのですから。

それが、あるときから、自由になりました。直接、(中国の)好きな大学への留学が可能になったのです。途端に、それぞれの地で問題が頻発し、中国側は困ったでしょうね。多くの大学では、外国人に慣れていなかったのです、当時。また外国人の方でも、中国の特殊な事情がわからなかったし、教えてくれる人もいなかったので、面食らったでしょうね、非難されて。

今、日本でも、少なからぬ大学が、生き残りをかけて、直接、海外へ出向き、学生を勧誘しています。…もう、それも一段落したようですが。

私たちなどの日本語学校から見ますと、「冒険だなあ」という気がして、危なっかしてくてたまらないのですが。

日本語学校の2年間を通して、留学生たちは篩をかけられたように、選抜されていきます。アルバイトに勉強、慣れない地での生活…、その中で勉強を続けたいと望み、頑張りきれた人は、おそらく大学四年間でも頑張れるでしょう。もちろん、大学との相性もあることで、一概には言い切れないのですが。

日々是好日
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ぼんやり聞いていると……、やはり何も残っていませんでした。

2017-06-26 10:19:08 | 日本語学校
梅雨空。

湿度は高いものの、気温はそれほど高くなく、まあ、この時期としては過ごしやすいと言って良いかもしれません、今日は。

梅雨時の花が咲きそろいました。「クチナシ(梔子)」の花も今年はじめて見ましたし。

さて、学校です。

鬱陶しい日が続くと、体がだるくなるというのは、万国共通のようで、乾燥地帯から来たわけでもないのに、休む人、遅刻する人が増えてきます。来ても、ぼうっとしている人もチラホラ。一年生などは、まだ体が慣れていないのだろう、慣れるにはもう少し時間がかかるだろうと思いながら見ているのですが。

面白いことに、「出席率、命」の学生達は休みません。グタッとしていても、休みません(そういうことを、あまり考えなくてすむような学生の方が休むようです、今年は。例年は、上のクラスの学生は休まず、きちんと授業に参加するというのが普通だったのですが)。これは卒業生からの「伝言」なのかもしれません。「出席率が悪かったら、専門学校に入れないぞ」という。

で、グタッとしながらも学校に来る学生。復習をするという習慣はありませんし、その日の授業に、体は参加していても、頭が参加していませんから、多分、記憶としてはほとんど残っていないでしょうね。

その日はちゃんと皆と一緒に繰り返すことができ、その文型を使って文を作ることもできても、翌日になると、「えっ。そんなこと勉強したっけ」となるようです。

もっとも、こういうことを嫌になるくらい繰り返してきたので、こちらは少しも驚きません。またか、くらいのもの。それでも、担任であれば、毎日授業に入っているので、繰り返していけば、いつの間にか言えるようになっている。とはいえ、この「繰り返し」、ひどいときは2週間くらい前のものもやらねばならなくなるということもありました。

普通は1週間くらい(二課か三課くらい)前から復習しておればよいのですが。…これは、彼らが頭が悪いとか、言語の方面において著しく劣っているとか、そういうこととは全く関係がないのです。いわゆる疲れているだけのこと。

けれども、「毎日来る」というその態度に免じて、来た学生にはそれなりのものが身につくようにしておかねばなりません。

一年生というのは、この地に体が慣れていないゆえに疲れやすくなるというだけでなく、アルバイトをしながら勉強するということにも慣れていません。それに日本語があまりできないので、彼らには軽作業の仕事などないのです。いきおい、仕分け(それも水などの重いもの)などになってしまいます。

もちろん、一回教えただけで、すぐに出来るようになってくれれば、こんな楽なことはありません。けれども、自分はどうかというと、自分だって、そんなにすぐにはできませんでしたもの、(彼らと)同じです。学ぶという点では、出来ないという点では、彼我と大した差はないのです。

それゆえ、「勉強しなかったでしょ」とは言えますが、「だめねえ」とは絶対に言えません(言いたくなったら、代わりに「ブツブツ」言っておきます。私がブツブツと言い始めたら、不満だなと学生達は感じてくれます)。だいたい、言語なんて繰り返しだけなのですから、いいも悪いも、だめもへったくれもあるもんじゃない。

真面目だけれども、発音が悪い学生がいました。彼が「なかなか単語が覚えられない(文型の方も苦手だったのですが)」と言ったので、彼が勉強しているのを見ていると、何回か、小声で言って覚えようとしていました。

それで、「ボソボソ言わないで、大きい声で言ってごらん」と言ったのですが、彼の発音を聞いていると、ドンドン別の音になっていったので、愕然としてしまいました。努力すればするほど、音が正確には耳に残っていなかったのです。それで、書かせてみると、別のことばを書いてしまっていたのです。

今はだいぶよくなりました。が、それは彼自身の頑張りによるのでしょう。まず、毎日学校に来て授業に積極的に参加するということ。下手に発音やヒアリングがいいと、それだけで終わってしまい、「書く」という作業が疎かになってしまいます。そうすると、漢字が覚えられませんから、本が読めません。「N3」くらいまでなら、試験問題にルビが振ってあるので、どうにかなるのですが、それ以上はまず無理ということになってしまいます。

一応、書ける書けないに関わりなく、学校では漢字の時間があるので、少しは目に残るでしょうが、学校を離れてしまうと、よほどのことがない限り、漢字とは無縁の生活になってしまいます。

アインシュタインのような人でない限り、やはり「コツコツ」型が勝ってくるようです、日本語の世界でも。

日々是好日
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「虫」の話から…。

2017-06-23 08:38:23 | 日本語学校
晴れ。

今日も暑くなりそうです。「梅雨の晴れ間」は明日まで続くそうです。

一昨日は帰るとき大風が吹いて、まるで台風のようだったのですが、そのときには既に雨も止んでおり、それから昨日と、そのままいいお天気が続きました。今日も青空が広がり、学生達にしてみれば、「梅雨って(言ったでしょ)、雨じゃなかったっけ。梅雨はどこへ行ったの?」というところでしょう。そんな目で見ているのです。でも、私は知らん顔。

だって、お天道様のことなんて、明日のことなんて、正確な情報を、だれが伝えることが出来るでしょう。だから、知らんぷりしています。ま、問い詰められると困ってしまうと言うのが実情なのですけれども。

さて、学校です。

昨日「Aクラス」で、「『N2』文法」の時間に、「虫」の話になり、学生が、フィリピンの一人を除いて全員「虫嫌い」であることが判明しました。

で、その後を継いだ私、早速、その虫の話をぶり返してやります。小学校の時の(授業の)「虫を育てる」ことの大切さをこのときほど切実に感じたことはありません。…私の時は、幼稚園からでしたが。

まず、学校の先生が「虫が嫌い」ではなかったことも、大きいと思います。草の上を這い回っているいろいろな虫を捕らえては、先生や親に見せに行くというのが子どもの性。毒のある虫でなければ、たいてい褒められましたもの。「きれいだねえ」とか、「大きい虫を触れてすごいねえ」とか、まあ、いろいろ褒め言葉はあるでしょう。そしてにっこりと笑って見つめられたりすれば、子どもは有頂天になり、さらなる冒険をしようと、虫探索に勤しみます。

夏休みの宿題の定番。昆虫採集。これも大きかった。当時でさえ、山に連れて行ってもらって、図鑑でしか見たことのないような虫を貼り付けてきた友だちがいましたもの。

色とりどりの「チョウ(蝶)」やら、「トンボ(蜻蛉)」やら、大小様々な「セミ(蝉)」やら。

「オニヤンマ(鬼ヤンマ)」や「ギンヤン(銀ヤンマ)」は「シオカラトンボ」などより格が上で、捕まえて来たの者は鼻高々でした。「カブトムシ(甲虫)」や「クワガタ(鍬形)」も、今ほどではなかったにせよ、人気がありました。

と、そんな話をしても、彼らはピンともきてくれません。うんともすんとも言わず、却って困ったような顔をしています。

「でも、先生…(ホラ来た、と私は思います)、虫ですよ」…そう、虫です。たかが虫、されど虫。虫好きさんは、日本各地にいて、何ケース(虫が入っています)も部屋に並べて楽しんでいる人もいれば、卵から孵すのだけに情熱を傾ける人もいる。

「クモ(蜘蛛)」が好きな人は少ないかもしれないけれども、「クモ」は「カ(蚊)」を食べてくれる益虫であると思っていますから、苛めたりなんぞはしません。それに下手に苛めたら、攻撃されてしまいますもの、「カマキリ(蟷螂)」と同じです。

この、「クモ」の糸、きれいに貼られた網が雨に濡れてきらきら光っているのを、呆然と見つめた子ども時代を誰もが持っているはず。

「虫」という言葉一つでいろいろなことが思い出されてきます。「文法」の先生もいろいろ語ったでしょうし、私だって、話し始めたら…キリが…来るのはちょっとあとかなくらいのものですから、学生は困ったでしょうね。

とはいえ、これも「雑談」と言うべきではなく、日本人に関する「知識」の一つであると捕らえるべきなのです。

以前、私は、途上国の人達は皆、テレビで放送されていたように、学校で勉強したり、親を手伝って外で働いたりしてきたのだと思っていました。ところが留学してくる学生たちは、女子の場合はほとんどあまり家から、あるいは家族から離れて育っていないのです。

だから、「野」の大切さもわからないし、面白さもわからない。それどころか、そういうことは、「下の階級」の人たちがやることであるとさえ思っているようで、日本人が「米作り」や「虫の飼育」などを学校で学ぶということだって、驚きの一つなのでしょう。

授業が終わって、教室の後片付けやら、机を拭いたりしていると、驚いた顔でそんな私を見ていた学生だっていたのですから。「コイツはそんなことをやるような人間なのだ。下の人間なのだ」めいた目で見ていたのですから。そのとき、はっと気がついたのです。彼らには意識改革が必要であると。そういうことを一つ一つやっていかないと、汗を流して働くことの意義すらもわからないであろうと。まあ、どうせ、日本ではアルバイトをせねば生活できないのですから、自然にわかっていく部分もあるのでしょうが、変な自尊心というのは、なかなか打ち壊せません。

それらは「蔑視すべきもの」ではなく、反対に「羨む」べきものであると。自分たちはそういう教育を受けられなかったことを悲しむべきであると、…まあ、そこまでは言いませんでしたが、そういう気持ちは持つべきであると。彼らの国では、それは、貧しい子供たちの遊びであって、自分たちは違うという見方、態度は忌むべきであると、そう思うのです。

「ヒト」という動物にとって、そういう山野で、のびのびと遊び、色を知り、生き物を知り、風を感じる。そして自由な発想を身につけることほどすばらしいことはないと思うのですが。

日々是好日
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「困ったさん」は、毎期出てきます。 

2017-06-22 08:30:00 | 日本語学校
曇り。

昨日は、悪天候で、午後の学生など、帰るとき、雨こそ小降りになっていたものの、風の強かったこと、強かったこと。総武線が遅延になっていたので、夜遅く(アルバイト先から)戻る学生や、(アルバイトへ)行く学生などに注意すると(残念なことに、こういうちょっと大変なアルバイトをしてるのは、来日すぐの学生に多いのです)、不安そうな顔になってしまいました。

言わねばよかったかとも思ったのですが、もし電車が不通にでもなって、帰れなくなったら、これも困る。「わからなかったら、そばの日本人に聞くのですよ(簡単な日本語ならわかりますし、今はスマホがあるので、助けてくれる先輩もいる…はず)。あるいは駅員さんがいたら、駅員さんに聞くのですよ」と言って帰したのですが。

これが一年ほども経っていると、こちらが何か言う前に、先に「風が強いですね。電車が遅れるかも」なんて言っている。それに、彼らはもう、そういう大変なアルバイトではなく、自転車で行けるレストランやコンビニなどになっているので(もちろん、銀座とかお台場とかに通っている学生もいるのですが)、それほど困りません。結局は、「日本語力」ですねえ。それとレストランやコンビニなどの仕事であったら、「愛想」ですね。

面接に行くことがわかっていたら、必ず、「笑顔」と言っています。「えがお」はわからなくても、「笑って」と笑いかければ、学生も笑う。「そう、そう、その顔。緊張して怖い顔になってはいけません」というところでしょうか。

さて、授業です。

4月に来た、ネパールからの学生のうち、二人は、国で一ヶ月くらいしか勉強していません。しかしながら、懸命に頑張っているのがわかります(彼らの出来る範囲での)。それで、今のところ、彼らを落とさないような授業をしているのです。もっとも、やって来たとは言いましても、他の者も皆、それほどきちんと入っているわけではないので、(他の学生達にとっても)いい復習になっているはずです。

ところが、「習ったことがある」というのと、「既に身についている」の区別ができない人が若干名いて、不満顔。言わせてみると、1グループを2グループで言ってみたり、その逆を言ってみたりと、大して出来はしないのに。わかっていると言わんばかりの態度を取る。

小テストでも、せいぜい中ほどでしかないのに、この「データ」が見えない。で、授業中、初めてその文型を学ぶ学生(1か月勉強したと言っても、ネパールではせいぜい、二課くらいのもの)が、意味がよく掴めずに、…それでも口頭の練習はしますから、間違えたりしますと、「フン、見てられない」風の顔をしたりします。

これはいただけませんねえ。

彼らの国では、「わかっているように見える」「偉そうに見える」ことで、うまくたち回れる(実力とは別に)ことが多いのかもしれません。が、なにせ、ここは学校ですからね。ちょっと注意していれば、底が割れてしまいます。とはいえ、他の学生も、多かれ少なかれ、そういう世界で育ってきているからでしょう、それがわからない。これは困る。そのときには、他の学生にもそれを知らしめるべく、ちょいとした「作業」をしています。

そうでなければ、一斉授業なんてできません。

一斉授業というのは、ある程度、お互いのレベルがわかっていないと、教師もやりにくいし、学生も受けにくいものなのです。

「この人は読むのが苦手だな」とかその逆、「発音が悪いな」とかその逆、「単語を多く知っているな」とかその逆、「漢字をよく知っているな」とか。あるいは「授業中、発言はしないけれども、テストの点はいいな」とか。

誰でも、何かしら欠点はあるし、他者よりもよく出来るところもある(同しクラス内のことですので、髙が知れているのですが)。それを、毎日の学習を通して、互いに知り、認め合い、そして最後には助け合い、励まし合えるようになる…というのが、理想。一対一の授業では得られない醍醐味でしょう。

ところが、己の長所ばかり意識している人というのは、他者との関係が作りにくく、作れたとしても、それは、ほとんどが対等の関係とは言いがたく、こういう多国籍の学校では、往々にして、「困ったさん」になってしまうのです。

言わせると言えない…くせに、ほかの人が間違うと、大きな声で言ったりする。教師が待ってやっているのに、待てないで、これ見よがしに教えたりする。で、こちらが当てると、アタフタとなり答えられない。…いえ、別に嫌がらせではありません。でも、ほかの人の方がずっと出来るところがあるのに、どうしてそれが見えないのか。

来日後三ヶ月での成績なんて、頭の善し悪しも、勤勉さも関係ありません。国で「20課」までやった者は、「ゼロ」スタートのものより出来て当たり前。半年後、1年後を見れば、その差なんて微々たるもの。

本人は自惚れて、偉そうにしていても、半年後、1年後の尾羽打ち枯らした姿が想像できるので、どうにか改心させたいと思うのですが、そういう人ほど周りが見えていませんから、処置なしになってしまうのです。もっとも、本人はそう思っていないようで、だから世の中はうまく回っていくのでしょうけれども。

日々是好日
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ネパールから戻ってきました。

2017-06-21 08:31:22 | 日本語学校
雨。

うちを出るときには、止んでいたのに、着くと少し経ってから、急にざっときました。今日はこんな調子で一日中、降ったり止んだりということになるのでしょう。

さて、先週末から今週初にかけて、強行軍でネパールに行ってきました。

面接は、かねてからの三校の学生達のみ。とはいえ、疲れました。まず、行くまでが辛い。帰ってから翌日が「A,B、Dクラス」の授業が続き、これも疲れた。それから、ネパールでの面接も、相手が余り理解できていないことが多くて、リキが入ってしまい、これも疲れた。相手の学生も、教師の方も、これほど厳しく言われるとは思っていなかったでしょう。向こうも少し参ったかもしれません。けれども、どうでもいい、とにかく日本へ行ってしまえば(やってしまえば)、こちらのものだという学生だけは、いただけません。そのために、辛い思いまでして行っているのですから。

前回、面倒だった広州での乗り換え、入国審査なんども、今回は香港経由で、同一飛行機会社ということもあり、それもなし。香港での乗り換えはあっという間に終わり、帰りのお土産を見たり、余った時間は喫茶店で飛行機を見て過ごし、あまり疲れずに済みました。

ただネパールでの面接が疲れた。「N5」に合格しているというのに、「ひらがな」が書けない、自分の名前が「カタカナ」で書けない…という二人が含まれていたので、倍も疲れた…。

間に立っていたネパール人教師も愕然とし(彼が教えていなかったようです…。「N5」に合格しているというので引き受けたらしい)、すぐに自分が猛特訓をし、来日までに、きちんと筆順正しく書けるようにするから…。

そういえば、一時、ベトナムでもそういう学生によく会いましたっけ。『みんなの日本語』第五課くらいで、「N5」の試験を受け、合格すれば、それで終わり。「N5」は、別に印籠でも何でもないんですけれどもね。試験も受けていないのに、面接で「私は明日試験を受ける。問題ない。絶対に合格出来る」などと言った、「五課」くらいまで勉強した大卒の女性もいましたっけ。すぐに厳しく責めると、むかっ腹を立てて、「そっちの学校には行かない」と喚いていましたっけ。そう、あんなのは来てもらいたくない。適応力もゼロでしょうし。

こういう人が来日してしまうと、あとが大変なのです。日本語云々の問題ではなくなるのです。

以前は、ベトナムでも、「(最初のころは)おかしいな。合格しているのでしょ。あれは『25課』が終わらないと解けないはずなのだけれども…。何もわからないなんてありえないのだけれども」などと、今から考えれば、愚かとしか思われないようなことで悩んでいました(国や民族が変われば、それぞれ、教え方を変えなければなりません。それでこちらの問題ではないかと思ったのです)。

まあ、彼らの「からくり」がわかってからは、きちんと「25課」終了後に受験させるベトナムの学校を探し(「50課まで教えてから日本に送り出して欲しい」と頼んでいます。ベトナムの学生はヒアリングが余りよくないし、文法の理解力も劣っている人が少なくないので、一度ベトナム語で教えてもらっておいた方がいいのです)、今ではそこから二,三人送ってもらっています。

もちろん、「50課」まで教えたことになっていても、学生に聞くと、「合格がわかってからは、それほど気を入れてやらなかったから、『30課』くらいまでは大丈夫だけれども、50課までは…」というのが少なくないのですが。

けれども、「25課」までの内容を問う「プレスメントテスト」では、300点以上とれるようになっています。

ただ、ネパールでは8課くらいで試験を受けさせているようですから、試験用の対策のみで終わっている学生が少なくないのでしょう。

そういう学生が運悪く、来日してしまうと、さあ、大変です。こちらも大変、向こうも大変。

今回、そういう学生がいたので、その二人に、かなり厳しく言ったのですが、そのうちの一人は、「自分の学校の先生が悪い」とむくれていました。それで良いと言われたのに、そう思っていたのに、どうして厳しく責められるのだというところなのでしょう。

これは当たり前のことです。私たちは「日本の入管に認めてもらうために、合格していればいい」という日本語学校の「事務方」の人間ではなく、学生が来日して私たちの学校に来れば、嫌でも教えなければならなくなる「教える方」の人間だからです。だから、勉強の習慣がついていない人は来てほしくない(つまり、勉強する気のない人)。こちらが必死に教えても、左耳から入って右耳から出てしまうような人は願い下げです。

向こうでも何度も繰り返したのですが、出来れば大学へ行きたいという学生が欲しい。もちろん、専門学校でしか身につけられないような技術もあります。ですから、もし専門学校へ行きたいのなら、日本人ばかりが行くようなところを目指して欲しい。

ネパールの学校が、私たちの要求に応えられるような学生を送ってくれるといいのですが。

日々是好日
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