福田の雑記帖

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企業の社会的責任とは(1) JR宝塚線脱線事故判決を見て 

2017年06月18日 16時37分24秒 | 時事問題 社会問題
 乗客106人と運転士が死亡した2005年のJR宝塚線脱線事故で、業務上過失致死傷罪で強制起訴されたJR西日本の歴代3社長の無罪が確定した。
 遺族らが割り切れない思いを抱くのも当然である。

 日本の刑法では、過失責任は個人にしか問えない。
 日本の刑法は、違法・有責な行為を犯した人間個人を罰するものであり、会社などの法人を罰することはできない。したがって、今回の刑事訴訟は企業の経営幹部個人に刑事責任を問うことは最初から不可能だった、と思われる。この件では神戸地検は3社長を2度、容疑不十分で不起訴にしたが、検察審査会の議決を経て2010年、指定弁護士が強制起訴していた。

 最高裁によると、事件・事故の強制起訴は2009年の制度開始以降9件あるが、半数が無罪となっている。強制起訴での訴追は一般に見て困難なようである。

 一方、民事訴訟では、組織そのものの不法行為に基づく損害賠償請求をすることができる。会社の従業員が就業中に第三者に対して不法行為を犯した場合、その従業員自身のほか、その従業員を雇用する会社も責任を負う。また、その不法行為が会社自体の組織的な要因によって引き起こされた場合には、会社自体が行為の主体として不法行為責任を負うことになる。

 事故現場は事故の9年前に急カーブに変更されたが、JR西日本が安全装置を付けなかったことが争点となった。最高裁はJR西日本の管内に同種のカーブが2000以上あり、歴代社長の3人が「現場が特に事故の危険性が高いと認識できたとは認められない」として、個人の過失責任を否定した。
 刑事訴訟では初めから限界がある訴訟であったが、各々のカーブには安全運転の許容速度があるはずで、これを超過しないよう万全の対策を施すのは企業として当然のことと思う。企業として過失だったのではないか?

 JR西日本の組織のあり方が原因となって引き起こされたと言えるこの事故について、個人の責任は問えないまでも、英国のように組織自体の刑事責任を問うことのできる制度を導入すべきではないか、という意見がある。私もそう思う。

 企業活動による事故や隠蔽は後を絶たない。だが、捜査や原因調査でも、事故が起きた要因や責任の所在がはっきりしないまま終わることが繰り返されてきた。これでは、社会の安全向上は維持できないし、被害者は納得できるはずもない。

 我が国では、事故を起こした本人に対する処罰感情が強いとされるが、個々人まで責任を追及できるかは必ずしも定かではない。
 しかし、乗客の命を守れなかった企業責任を免じるものではない。

 最近の企業は能率第一主義、利益至上主義に転化した。企業理念、企業の社会的責任感が食い破られた。古いが、近江商人の是訓、「買い手よし」、「売り手よし」、「世間よし」は今も通用する企業の理念である。

 企業の社会的責任とは何か??
 それを一層明確にするために、日本の刑法はこのままで良いとは思えない。
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