まやの午睡

日常の記録です。

2022年の元旦に思う

2022-01-01 23:26:36 | 日記
新年おめでとうございます。

元日は次女が来て、30日からあずかっているKちゃんとPクンに合流した。

フランスは、クリスマスが家族の集まる日だけれど、今回は日本が「オミクロン鎖国」状態のため、長男が帰って来られなかった。レストランも映画館もすべて閉鎖されていた前年と違って、長男も私たちも孫クンを含めて大人全員がワクチンを接種していて店も開いているのに来られないなんてなんだか不当な気がする。
長男が来ないので、冬休みの初めから婿クンが孫クンら3人をあずけに来た。
一日テレワークをしてから、単身赴任の長女のアパルトマンに行き、クリスマスイブまでの数日間を2人で過ごしたようだ。

私たちは孫クン達を映画に連れて行ったり、ミュージアムに連れて行ったりした。レストランにも2度行った。孫クンはもう私より背が高いし、この3人はいつ見ても、うちの子の小さかった時代に戻ったような気にさせられる。孫クンにはピアノでシューベルトのセレナーデ、妹ちゃんにはギターでショスタコービッチのワルツ、末っ子チャンにはクリスマスソングと、それぞれの課題曲のおさらいを毎日してやり、デュオの曲も教えてやったので、バカンスなのになんだか生徒のレッスンをしているような気になった。
それにしても、自分の子たちにはなかなか教えられなかったけれど、孫たちは生徒たちのように素直にきいてくれるので、やりがいがある。生徒たちにもこうして毎日見てやれればすごく進歩するのになあ、などと思う。

長女と婿クンはクリスマス・イヴに合流し、次女とパパくんと子供たちはパパくんの両親の別荘でいとこたちと16人のクリスマス・イヴを祝った後で、クリスマスの昼にうちにやってきた。うちは、今回は長男がいないので11人だ。でも、兄のところでクリスマスのディナーに招かれていた長男とビデオ通話をしたので兄の家族の顔も久しぶりに見ることができた。
Pクンは2歳半で、今回が初めてクリスマスを特別に記憶することになるだろう。40年以上前、長男が同じ年だったクリスマスに実家の両親のところでクリスマスツリーを飾ったのを思い出す。
他の子たちはみなもう大きいので、クリスマスは一番小さい子どもが主役ということをよくわかっていてみんなで盛り上げているのもかわいい。

孫クンたち3人はすっかりうちの子のようにふるまっていて、長女が二階に上がろうとしたら、妹ちゃんに「階段ではスリッパを脱ぐんだよ」と言われた時、憮然として「そんなこと知ってるよ、ここは私の家だもの」と返していたのはおもしろかった。確かにこの数年、長女がうちに来るよりも、妹ちゃんたちがうちで過ごす期間の方が長いから、妹ちゃんには長女が「お客様」に見えたのかも。
孫たちだけでなく婿クンやパパくんも完全にリラックスで、うちには8人で座れるテーブルが4ヶ所にあるのだけれど、婿クンが甥のPクンと遊んでいたり、パパくんが同じく甥の孫クンとゲームをしていたり、末っ子ちゃんとK ちゃんがお絵かきしていたり、いろいろな組み合わせでいろいろな場所にいる。
夏のバカンスはコルシカで、万聖節のバカンスは長女宅でみんな一緒に過ごしているから全員がなかよしだ。

思えば、ブルドーザーのような長女は、二つの博士号、いろいろな免状、資格、タイトルを貪欲に獲得してきて、普通なら独身のままひたすら邁進といっても不思議でないようなキャリアなのに、もう中学生の孫クン、小学生の妹ちゃんや末っ子ちゃんと、3人の子供を世に送り出してくれた(うちの夫のように尽くしてくれる婿クンがいるからこそ可能なことだけれど)。孫たちを見ていると、これこそ「クリスマスの奇跡」だなあと思う。

孫クンら3人だけだった数日間は、大きいからもう楽だとはいっても、責任を感じるが、その後は、どんなに数が増えても、孫たちには両親がいっしょなんだから、私は基本的に「兵站」の手配だけでいいわけで楽だった。前年のように、長男が帰りの飛行機に乗る前にコロナ陽性にならないようにとびくびくする必要もなかった。(今回は、到着後に陽性者が一人でも出たら同便の全ての乗客が濃厚接触者として隔離など、大変だったから、そのリスクがないだけでも助かった。)
長男は北海道に雪見温泉の旅とか東京で数回のコンサートなど、楽しめたようだ。

大晦日の「カウントダウン」は、午後8時に設定して、KちゃんとPクンにカウントダウンさせ、祝いの言葉を言わせるなどしてビデオを撮り、零時に次女たちに送った。

大晦日も元日も、珍しい青空に春のような気温で過ごしやすかった。これも気候変動の一種と言われれば不安だけれど、ひとまずはこの穏やかな正月を享受することができて感謝しかない。

コロナ禍のとらえ方のバイアスの差が高齢者の間で大きすぎて、異常に苦しんでいる人たちの姿が見えてきた。彼らに届く言葉をなんとか見つけたい。