まやの午睡

日常の記録です。

パパくんのおかあさんと婿クンのおかあさん

2017-09-03 17:50:58 | 日記
8月の30日、突然気温が10度以上も下がって、10月並みと言われるほどの肌寒さに突入した日、Kちゃんがパパ君のおかあさんに連れられてうちにやってきた。

数学教師だったパパ君のおかあさんは、この新学期からリタイアで、Kちゃんを5日あずかった後で、私たちにバトンタッチして、リヨンにいる長女(そこに3人の孫がいる)のところに出かけるのだと元気いっぱいだった。

でもKちゃんの「荷物」は、前日までの暑い気候に合わせたものしか入っていない。(Kちゃんはプール付きの別荘に行っていたのだ)

そのほかにもあれこれ足らないものが多くていろいろ買い足すことに。
聞いてみると、先週は次女はもう仕事していたので、休みを取っていたパパくんが、kちゃんを迎えに来た自分の両親に荷物を渡したそうだ。どうりでずさん。
次女が用意すればすべてそろっているのに。

すべてそろっていると言えば、長女のところの婿クンが用意するものも完璧。服もすべて分けてあり、きっちりアイロンがかかっている。長女はまったく手を貸さない。

婿クンの衣服の管理の完璧さは母親ゆずりで、私たちは婿クンの両親と、同じ孫を持つ者同士で付き合ってからざっと10年、彼らに合わせて私たちも完璧を目指した。だから孫クンたちを向こうのうちに連れて行くときは、すべての服が洗い上げられていてアイロンをかけられている。

(アイロンをかけるのはうちの夫だけれど。でもこの前、私は、7年半ぶりにアイロンかけをした。しわのある衣類がピシッとなるのを見るのは快感で、リフティングとかもこんな感じかなあと思ってしまう。だからアイロンかけは嫌いではない。でも、2010年の初めの肩関節炎以来、ナイフを持つのも重く感じるくらい利き腕の筋肉を失ったので、アイロン台を出すこともアイロンを持つことも、掃除機を使うことも、それこそ赤ちゃんを抱いたりおむつを替えることもできなかった。そしていつのまにか、私はそんなもんだという見方が定着して「歌うことと絵を描くこと以外何にもしないミア」になっていた。肩は治ってもその習慣とイメージはついて回っていたのだ。今は、YDM:やればできるミア、と自称している。)

そのせいで、パパくんちの両親に対しても、私たちは完璧さを心がけていたのに、パパくんの両親って、なんとなく、いつもリラックスしているので拍子抜けする。

婿クンの両親は、いつも一部の隙もない身なりだし、あらゆる所がピカピカだし、教養もあるし趣味も高尚だし、私たちはそれに合わせてきた。

でも、パパくんのおかあさんって飾り気がなさすぎ。
しかも、私たちが用意したケーキを「私は甘いもの一切食べないのよー」と手をつけず。
(婿くんのおかあさんはいつも自分でプロはだしのケーキを焼いている)


パパくんのおかあさんは両親ともが古い貴族の家系で、パパくんも彼女に対してVouvoyerの敬語を使っているし、ヴェルサイユの住人だし、どう考えても、長女のところの婿クンの両親と同じ感じかなあと想像していたのだけれど。

普通はよそさまの家庭のリラックス度だとかブルジョワ度とかまったく無関心でどうでもいいマイペースの私と夫だけれど、「孫を共有する」という立場になってからは、「向こうのご両親」への気配りがオートマティックにスイッチ・オンになる。その辺は私と夫が似たもの夫婦という感じだ。で、次女のところにKちゃんが登場して14ヶ月、接点がある度にカルチャーショックをコントロールしなくてはならないストレスが加わった。

救いは、婿クンもパパくんも、うちに来たらリラックスモードで完全にうちの子化していることくらいだ。
この社会の多くが「父系の継承」という強迫に駆られているのに、生物モードでは、「小さい子というのは母親の所有物で、母親はまたその母親の所有物」みたいなDNAがどこかにあるらしいのに驚く。

まあうちの場合は、夫が「全能の父」モードだけれど。

エゴイズムのない人から注がれる愛ほど無敵なものはない。












コメント
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