まやの午睡

日常の記録です。

皮膚がんを治す薬

2013-07-22 19:02:40 | 日記
7月22日は長女の誕生日だ。

18日の夜からリヨンの友人宅に遊びに行っていた長女一家は21日の深夜に帰ってきた。婿クンは5週間の長いバカンスに突入している。5月には2週間日本に行っていたし、11月にはインド洋に1週間行くし、8週間も休めるなんていい身分だ。

長女は自分の誕生日である22日だけ最後の出勤をした。しかも、夜にはオーストラリアからのVIPとの正式ディナーがあるそうで深夜にしか戻らない。次の日の早朝にはみなでサルデーニュ島に向かう。

で、婿クンがひとりで孫クンと妹ちゃんの世話をしていたので、私と夫が昼に寄ってみた。近くのおいしい日本レストランで、長女抜きで長女の誕生祝いをする。日本でおいしいすしを食べた孫クンは、今やパリ中にある中国人経営の日本レストランでのすし飯や海苔は嫌いで、日本人経営のレストランでなら喜んで食べるのだ。

手には小さなマニキュアのビンを二つしっかり持っている。

自分のお小遣いでパパといっしょに買ったママンへの誕生日プレゼントだそうだ。近所のドラッグストアみたいなところで選んだらしい。

でも、最初は「皮膚がんの治る薬を買いたい」といって熱心に探していたそうだ。

この暑い季節、ママンといると紫外線カットのクリームやサングラスでいつもガードされているのでそのためなのかなと思ったら、

「皮膚がんの治る薬をプレゼントしたらママンがお仕事しなくてすむから」

だそうだった。

長女の仕事は癌研で週1日は診療、4日はラボでメラノーマに効く新しい抗ガン剤の開発研究である。

最先端のことをやっているのでテレビやラジオでも時々インタビューされる。医学博士号に続く二つ目の博士論文PhDを仕上げたらロスアンジェルスの研究所に招かれている。家族ももちろんいっしょだ。

だからその話も孫クンにはしているのだろう。

でも彼にとっては、ママンは仕事で忙しい、「皮膚がんを治すお薬」をプレゼントしてあげればきっともう忙しくなくなる、という発想につながったのだ。

いや、そんな薬が売ってたら、ママンは失業しますから…

でもそんな薬がなかったので、大好きなママンのためにきらきらネイルの小瓶を2つ、となったらしい。

長女はマニキュアをしていないからね。

患者に触れたり実験をしたりするのにネイルアートの指先はまずいでしょ。

でも、翌日からの5週間のバカンス、きっと、息子がはじめて買ってくれたプレゼントのマニキュアをつけて出かけるんだろうね。

レストランから戻ってみんなでお祝いのカードを作った。

メインのハートと「MAMAN, JE T'AIME」の言葉は孫クン。

寄せ書きするつもりだった私と夫と婿クンは、その周りを飾るための星しか描かせてもらえない。

でも、孫クンはちょっと考えてから、カードの裏に日付とBON ANNIVERSAIRE(お誕生日おめでとう)の言葉を書くことを私に委託してきた。

「なんといってもミアがママンを生んだんだからね」

という理由で。

かわいいね、君。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

長男と孫クン

2013-07-05 16:28:56 | 日記
これまでフランスで長男と孫クンが顔を合わせた時は、互いにあまり親しげにふるまうことはなかった。孫クンは、もう一人のおじさんである婿クンの兄さんとはなかよしだ。年の近い従弟がいるのであちらの両親のところでよく顔を合わせるからだ。

ところが、長女夫妻と孫クンが5月に2週間、東京の長男のところに滞在した時に、よく遊んでもらったらしく、今回長男がパリに来た時は、孫クンは大喜びだった。日本でいっしょにやったゲームの話をし、孫クンは自分の部屋やおもちゃを熱心に長男に見せていた。

2人の仲があまりによさそうで楽しそうなので、そして年恰好からも孫クンは長男(婿クンの兄さんと同い年)の息子のように見えるので、その様子を見ていると、長男にもこれくらいの息子がいたらさぞ幸せだったんじゃないかとちらっと思った。ちょっと不憫かも、って。

夫と私と長男と孫クンの4人で日本レストランに行って、その後少しショッピングをした後で、長女のアパルトマンに戻り、婿クンの帰りを待つことになった。でも、おなかがいっぱいになったせいか眠くなった。

夫は孫クンのベッドで昼寝をしに行って、長男は雑誌を読み始めたので、恐竜ごっこをしている孫クンの話を聞くのが私の役目になったのだが、本を読もうとするととりあげられて、うとうとしては起こされ、もう限界だった。

で、これなら妹ちゃんを保育園に迎えに行った方がましだと思って長男に「孫クンとあそんでやって」とバトンタッチを頼んだら、心から面倒くさそうな顔をされた。

その時、家庭を持たない長男は全然不憫ではなくて、自由を謳歌しているだけで子供などいなくても全くかまわないのだということが電撃的に分かった。

長男って、実は私とそっくりだったのだ。

つまり、彼は、自分もパパや祖父母やおじさんたちにいつもかわいがってもらい遊んでもらった記憶しかない。子供を前にした大人が無視したり面倒そうにしたりうるさそうにしたりというのをまったく見たことがないのだ。だから、「ちっ、めんどくさい」という反応を外に表す回路が備わっていない。ごく自然に一生懸命遊んでやるから、子供に本気で好かれる。

私も全く同じで、孫クンだの妹ちゃんなどをあずかるはめになると、最初に頭に浮かぶのは「ああ面倒だ、疲れる」ということなのに、いざ彼らを前にすると、やさしいおばあちゃんになってしまって、彼らからすごく好かれるのである。そしてそんな私を見るからは、私ってすごく子供好きなんだと思われることになる。

猫は好きだけど、子供は別に好きじゃない。子供の面倒をみるのはもっと好きじゃない。

でも、祖父母も私にやさしかった。母もやさしかった。父母は私の子供たちにもいつもやさしかった、というシーンしか見たことがないので、自分の子供や孫や時には人の子供を前にすると、やさしくする以外のアクションがおこせないのである。

祖父母や両親に虐待されたり家庭内暴力を見て育ってきた人が、どんなに自分の子を大切にしたいと思い、実際に子供を愛しいと思うのに、なぜかやさしく振舞うことができなくて虐待に走るという負の連鎖のことは時々語られるが、正にその反対なのだ。

そのことはとうに気づいていたが、息子よ、そうか、君もそうだったか。

みなが私を見て子供好きだと勘違いするように、甥である孫クンと本気で遊んでやって目いっぱい好かれている君を見て、

「独身を謳歌しているように見えるけれどホンネは家庭的でいいパパになれそうで、ちょっとさみしいかも」

などとちらっと思ってしまったよ。

ほっと安心。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする