ナドラー・日比野の「ブレイクスルー思考」では、人こそ最高の情報源だという。
標題の「問い続ける力」は、石川善樹のちくま新書、2019.4.10だ。「知の逆転」は、吉成真由美のNHK出版新書、2012.12.10だ。
前者は日本人ばかり9人との対談で、後者は世界の6人へのインタビューである。「知の逆転」の帯には「現代最高の知性6人が熱く語る一これが未来の設計図だ一」としている。
両者ともブレイクスルーの言う、最高の情報源である人から情報を引き出しており、内容は濃いと思う。
「問い続ける力」は、286頁のうち、前半69頁までが前書きであるが、一部はあとがきに書いた方がいいと思うものがある。また、9人の順番も入れ換えた方がいいと思うものもある。しかし、先日アクションラーニングの中核であるとされる、清宮普美代「質問会議」PHP, 2008.9.19を読んでいたので、「問い続ける力」のまえがきは、他人ではなく自問し自らが答えを導いていくという点で、私の性格と合っており、それなりに面白い。
「知の逆転」は、最高の知性と銘打っているだけあって、ピューリッツァー賞を受けた「銃・病原菌・鉄」などを書いているジャレド・ダイアモンドや、「心の社会」などを書いているマービン・ミンスキーらへのインタビューである。
「心の社会」は、1990年に書かれており、神保町の古本屋さんで、古本ながら3千円を超えていた。だが、30数年前に買った本なのだが、未だに終わりの方三分の一が読みきれていない。ダイアモンド博士は、Eテレのシリーズで何度か見て、著作も何冊か読んだ。どれも面白く一挙に読める内容だった。
対談やインタビュー本は深くは無理だが、対談相手の思考が濃縮されており、自分の興味を引く内容を探す時の案内として、手がかりを得るには最高であると思う。特に「知の逆転」の人達は、私自身がお会いすることが不可能に近い人ばかりであるので本当にありがたい。また、吉成の質問が簡潔で、かつ的を射ており心地よい。
「問い続ける力」の方は、対談であるため問うというよりも、石川自身の意見を披瀝する場面が多々あり、対談相手の本筋から話しが逸れてしまったり、誘導しているのではなかろうかと疑いたくなる傾向が見受けられるように思えてならない。質問者の力量が試される場面である。石川も優れた人ではあるが、インタビューとして質問に徹した方がすっきりしたのではないかと思う。他人から聞く、問うというのにも、それなりのテクニックがいるのだろう。「問い方」を自分に問い続けて、磨きをかけなければと思った。
標題の「問い続ける力」は、石川善樹のちくま新書、2019.4.10だ。「知の逆転」は、吉成真由美のNHK出版新書、2012.12.10だ。
前者は日本人ばかり9人との対談で、後者は世界の6人へのインタビューである。「知の逆転」の帯には「現代最高の知性6人が熱く語る一これが未来の設計図だ一」としている。
両者ともブレイクスルーの言う、最高の情報源である人から情報を引き出しており、内容は濃いと思う。
「問い続ける力」は、286頁のうち、前半69頁までが前書きであるが、一部はあとがきに書いた方がいいと思うものがある。また、9人の順番も入れ換えた方がいいと思うものもある。しかし、先日アクションラーニングの中核であるとされる、清宮普美代「質問会議」PHP, 2008.9.19を読んでいたので、「問い続ける力」のまえがきは、他人ではなく自問し自らが答えを導いていくという点で、私の性格と合っており、それなりに面白い。
「知の逆転」は、最高の知性と銘打っているだけあって、ピューリッツァー賞を受けた「銃・病原菌・鉄」などを書いているジャレド・ダイアモンドや、「心の社会」などを書いているマービン・ミンスキーらへのインタビューである。
「心の社会」は、1990年に書かれており、神保町の古本屋さんで、古本ながら3千円を超えていた。だが、30数年前に買った本なのだが、未だに終わりの方三分の一が読みきれていない。ダイアモンド博士は、Eテレのシリーズで何度か見て、著作も何冊か読んだ。どれも面白く一挙に読める内容だった。
対談やインタビュー本は深くは無理だが、対談相手の思考が濃縮されており、自分の興味を引く内容を探す時の案内として、手がかりを得るには最高であると思う。特に「知の逆転」の人達は、私自身がお会いすることが不可能に近い人ばかりであるので本当にありがたい。また、吉成の質問が簡潔で、かつ的を射ており心地よい。
「問い続ける力」の方は、対談であるため問うというよりも、石川自身の意見を披瀝する場面が多々あり、対談相手の本筋から話しが逸れてしまったり、誘導しているのではなかろうかと疑いたくなる傾向が見受けられるように思えてならない。質問者の力量が試される場面である。石川も優れた人ではあるが、インタビューとして質問に徹した方がすっきりしたのではないかと思う。他人から聞く、問うというのにも、それなりのテクニックがいるのだろう。「問い方」を自分に問い続けて、磨きをかけなければと思った。