女優の淡島千景が死去。87歳。昔の日本映画をたくさん見て来て、淡島千景という人の存在の大きさを感じることが多い。川本三郎が戦後の映画女優17人にインタビューした名著「君美わしく」(文芸春秋)を読み直したら、題名は1960年の淡島主演映画「君美わしく」から取ったと書いてある。
(デビュー作「てんやわんや」)
淡島千景は宝塚出身である。1941年入団、1950年退団。今は退団するとミュージカルで活躍できるが、昔はほとんどが映画界に入った。映画全盛期だから、美人女優は映画会社が放っておかない。乙羽信子、新珠三千代、八千草薫、有馬稲子など戦後を代表する女優は宝塚出身が多い。もちろん資本が共通する東宝が多いが、淡島千景をスカウトしたのは、松竹だった。入社するときに、マネージャーがどの監督の作品にも出られるという条件を出したと先の川本さんの本にある。監督中心主義の松竹は、監督どうしの仲が悪く、ある監督に可愛がられると他の監督に使ってもらえないということもあった。
デビューは渋谷実監督の「てんやわんや」。これで大評判を取り、続いて「自由学校」に出演。どちらも当時大ベストセラーだった獅子文六の戦後社会風刺小説の映画化で、今見るとそれほど感じないのだが、水着姿や奔放な言動が「アプレゲール」(戦後派)の女優現ると大評判になったらしい。川本さんの評によれば、「シャーリー・マクレーンを思わせる天性のコメディエンヌの魅力」。そう言われてみるとなるほどと思う。さらに、小津安二郎の名作「麦秋」に出演。原節子との会話シーンで20何回直されたという伝説がある。しかし、「あんまりこたえないんですよ、あたしは。(笑)いわれるのが好きなんですね。」とインタビューに答えている。
(「自由学校」)
木下恵介監督作品もあるし、独立プロの今井正監督「にごりえ」にも出た。これは小津監督がほめてくれたという。最近見直す機会があったが、杉村春子の妻を持つ男・宮口精二に入れあげられる芸者役。樋口一葉作品3作を映画化した中の一本なので、出番は少ないが印象的な役だった。その頃から芸者役が多くなる。今回の報道では、代表作としてどこでも「夫婦善哉」が挙げられている。甲斐性なしの男森繁久弥を支える、しっかり者の芸者役。織田作之助原作、豊田四郎監督の傑作で、とにかく一代のはまり役。森繁も名演だけど、淡島とのコンビが最高。一本選ぶなら間違いなくこれ。おかげで、森繁とのコンビ、気のいいしっかり者の芸者役が多くなってしまったかもしれない。
森繁はいないが、4作作られた大ヒット作「大番」でも株屋のギューちゃん(加東大介)を支える年上の芸者を見事に演じている。ギューちゃんは株のことと故郷宇和島時代からの憧れの君、原節子しか頭にない。その男を戦前から戦後にかけて陰に日向に支え抜く。男の理想とする女性像を具現化したような役で、それが娯楽小説、娯楽映画の役割なんだろう。それを肉体化するためには淡島千景という個性が必要だった。「苦労が顔に出ない」しっかり者で明るいタイプがピッタリだった人である。
映画界が衰退して以来、多くの大女優と同じように商業演劇の世界で成功した。テレビでも重要な脇役として重宝され、晩年まで活躍した。しかし、商業演劇やテレビのことはよく判らない。というか映画だってよく判らないけど、映像は残っているので、今になって見直すことができる。女優の一番輝いていた頃を映像で残せる映画という存在は素晴らしい。
川本さんはインタビュー後に、成瀬巳喜男監督「鰯雲」を見直したという。これは戦争未亡人でモンペをはいて農作業をする場面もある映画である。「淡島さんらしくない役で、やりにくかったんではないですか」という問いに、淡島千景は「あたくしも戦争をくぐっていますから。『にごりえ』の酌婦より、ほんとうはこういう役のほうがよくわかるんです」と答えている。その時代を生きたすべての日本人と同じく、「戦争の時代を生き抜いてきた」女優だったのである。
気を付けて見てみると、芸者ばかりでなく、確かに戦後を生き抜く庶民の役も多い。思い出すのは、清水宏監督の遺作「母のおもかげ」というほとんど取り上げられることのない映画のことである。戦争未亡人で女の子がある。世話してくれる人があり、男の子がいる根上淳と再婚しないかという話になる。戦死したり空襲があったりで、小さな子を抱えたひとり親がいっぱいいた時代である。根上淳は実直でいい男である。子供も可愛い。淡島千景もしっかり者で職場でも大切にされている。どちらも立派に地道に生きている庶民である。お互いにひかれあう。見ている方も二人になんとか幸せになってもらいたいなあと強く願うし、応援したくなる。誰も悪い人は出てこないんだけど、問題は子どもである。
(「母のおもかげ」)
やはり実の母親が恋しく忘れられない男の子は、悪い子ではなく意地悪をして再婚させないようにするわけでもない。でも、どうしても淡島になつくことができない。男の気持ちも女の気持ちも、子どもの気持ちも全部よくわかる、誰も悪い人は出てこないのに、どうして登場人物が幸せになれないんだろうという映画である。思い出して書いてるだけで泣けてくる。戦争という悲劇はこんなにも庶民を悲しい目に合わせるんだということが身に沁みて伝わってくる映画だった。
淡島千景という女優は、戦後を生き抜く庶民を演じさせたら絶品だった。可愛くて、しっかり者で、芸達者だったから、芸者の役などを楽しそうに演じることが多かったけど。
(デビュー作「てんやわんや」)
淡島千景は宝塚出身である。1941年入団、1950年退団。今は退団するとミュージカルで活躍できるが、昔はほとんどが映画界に入った。映画全盛期だから、美人女優は映画会社が放っておかない。乙羽信子、新珠三千代、八千草薫、有馬稲子など戦後を代表する女優は宝塚出身が多い。もちろん資本が共通する東宝が多いが、淡島千景をスカウトしたのは、松竹だった。入社するときに、マネージャーがどの監督の作品にも出られるという条件を出したと先の川本さんの本にある。監督中心主義の松竹は、監督どうしの仲が悪く、ある監督に可愛がられると他の監督に使ってもらえないということもあった。
デビューは渋谷実監督の「てんやわんや」。これで大評判を取り、続いて「自由学校」に出演。どちらも当時大ベストセラーだった獅子文六の戦後社会風刺小説の映画化で、今見るとそれほど感じないのだが、水着姿や奔放な言動が「アプレゲール」(戦後派)の女優現ると大評判になったらしい。川本さんの評によれば、「シャーリー・マクレーンを思わせる天性のコメディエンヌの魅力」。そう言われてみるとなるほどと思う。さらに、小津安二郎の名作「麦秋」に出演。原節子との会話シーンで20何回直されたという伝説がある。しかし、「あんまりこたえないんですよ、あたしは。(笑)いわれるのが好きなんですね。」とインタビューに答えている。
(「自由学校」)
木下恵介監督作品もあるし、独立プロの今井正監督「にごりえ」にも出た。これは小津監督がほめてくれたという。最近見直す機会があったが、杉村春子の妻を持つ男・宮口精二に入れあげられる芸者役。樋口一葉作品3作を映画化した中の一本なので、出番は少ないが印象的な役だった。その頃から芸者役が多くなる。今回の報道では、代表作としてどこでも「夫婦善哉」が挙げられている。甲斐性なしの男森繁久弥を支える、しっかり者の芸者役。織田作之助原作、豊田四郎監督の傑作で、とにかく一代のはまり役。森繁も名演だけど、淡島とのコンビが最高。一本選ぶなら間違いなくこれ。おかげで、森繁とのコンビ、気のいいしっかり者の芸者役が多くなってしまったかもしれない。
森繁はいないが、4作作られた大ヒット作「大番」でも株屋のギューちゃん(加東大介)を支える年上の芸者を見事に演じている。ギューちゃんは株のことと故郷宇和島時代からの憧れの君、原節子しか頭にない。その男を戦前から戦後にかけて陰に日向に支え抜く。男の理想とする女性像を具現化したような役で、それが娯楽小説、娯楽映画の役割なんだろう。それを肉体化するためには淡島千景という個性が必要だった。「苦労が顔に出ない」しっかり者で明るいタイプがピッタリだった人である。
映画界が衰退して以来、多くの大女優と同じように商業演劇の世界で成功した。テレビでも重要な脇役として重宝され、晩年まで活躍した。しかし、商業演劇やテレビのことはよく判らない。というか映画だってよく判らないけど、映像は残っているので、今になって見直すことができる。女優の一番輝いていた頃を映像で残せる映画という存在は素晴らしい。
川本さんはインタビュー後に、成瀬巳喜男監督「鰯雲」を見直したという。これは戦争未亡人でモンペをはいて農作業をする場面もある映画である。「淡島さんらしくない役で、やりにくかったんではないですか」という問いに、淡島千景は「あたくしも戦争をくぐっていますから。『にごりえ』の酌婦より、ほんとうはこういう役のほうがよくわかるんです」と答えている。その時代を生きたすべての日本人と同じく、「戦争の時代を生き抜いてきた」女優だったのである。
気を付けて見てみると、芸者ばかりでなく、確かに戦後を生き抜く庶民の役も多い。思い出すのは、清水宏監督の遺作「母のおもかげ」というほとんど取り上げられることのない映画のことである。戦争未亡人で女の子がある。世話してくれる人があり、男の子がいる根上淳と再婚しないかという話になる。戦死したり空襲があったりで、小さな子を抱えたひとり親がいっぱいいた時代である。根上淳は実直でいい男である。子供も可愛い。淡島千景もしっかり者で職場でも大切にされている。どちらも立派に地道に生きている庶民である。お互いにひかれあう。見ている方も二人になんとか幸せになってもらいたいなあと強く願うし、応援したくなる。誰も悪い人は出てこないんだけど、問題は子どもである。
(「母のおもかげ」)
やはり実の母親が恋しく忘れられない男の子は、悪い子ではなく意地悪をして再婚させないようにするわけでもない。でも、どうしても淡島になつくことができない。男の気持ちも女の気持ちも、子どもの気持ちも全部よくわかる、誰も悪い人は出てこないのに、どうして登場人物が幸せになれないんだろうという映画である。思い出して書いてるだけで泣けてくる。戦争という悲劇はこんなにも庶民を悲しい目に合わせるんだということが身に沁みて伝わってくる映画だった。
淡島千景という女優は、戦後を生き抜く庶民を演じさせたら絶品だった。可愛くて、しっかり者で、芸達者だったから、芸者の役などを楽しそうに演じることが多かったけど。