尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

追悼ヘニング・マンケル

2015年10月07日 22時58分12秒 | 〃 (ミステリー)
 スウェーデンのミステリー、児童文学作家のヘニング・マンケル(1948~2015)が亡くなったと報道された。ガンで闘病していたということだが、まだ67歳だから残念なことである。あまり読んでいる人がいないかもしれないが、紹介という意味でも書いておきたい。僕はブログで2回書いている。「背後の足音」と「ファイアウォール」である。どちらもクルト・ヴァランダー警部もので、その後ノンシリーズの「北京から来た男」がハードカヴァーで出たが、読んでいない。

 ヘニング・マンケルという人は、僕は創元推理文庫で出ているミステリーで名前を知ったのだが、調べてみるとずいぶん波乱万丈の人生を送った人である。アフリカ南部、長年の内戦で苦しんできたモザンビークで劇場を作り、長いこと文化活動を行っていた。その時の経験を生かした子供向けの小説を書いて、「少年のはるかな海」と「炎の秘密」の2冊は日本語訳がある。後者の本は産経児童出版文化賞を受けているので、図書館などですぐに読めると思う。地雷のもたらす被害を描く児童文学である。モザンビークでの経験をもとにした本である。

 1970年代にはノルウェーに移り住んだこともあり、1998年には映画監督イングマル・ベルイマンの娘、エヴァ・ベルイマンと結婚している。代表作のヴァランダー・シリーズ終了後には、国際的人権活動家として活躍した。数年前にイスラエルがガザを封鎖した時、トルコを中心に国際救援船を送ったことがあるが、その船にも乗っていた。結局、船を強制的に退去させようとするイスラエル政府から国外追放されたとニュースになった。こういう、一筋縄ではいかない人生を貫いていたものはなんだろうか。それはヴァランダー・シリーズにもうかがわれる、世界に対する絶望を痛感しながらも、希望を捨てずに日々を生き抜くという人生なんだと思う。

 そういう人だから、ミステリーを書いても、それはいわゆる「社会派ミステリー」である。スウェーデン最南部のイースタで活動するクルト・ヴァランダーの扱う事件は、いつも社会的矛盾や国際的人道問題を突き付けてくる。日本では本国から10年遅れで紹介されたため、特に初期作品の「リガの猿たち」や「白い雌ライオン」を今読むと、ソ連崩壊やアパルトヘイト問題といった背景事情がもう古い。ミステリー小説としても、ものすごい傑作とも言えないだろう。だが、「目くらましの道」(1995、英国推理作家協会賞のゴールド・ダガー賞を受けた)が大傑作で、ここから大作家になったと思う。特に、日本人にとっては、似たようなケースを思い出さずにいられない事情もあり、同時代の病を見つめる作家の目に驚かざるを得ない。警部の個人的な家族事情も出てくるし、過去の事件に関する言及もあるので、順番に読むべき作家である。だけど、最初の頃の作品は長すぎるし、今書いたように背景事情がもう古い。今から読む人は「目くらましの道」から読めばいいように思う。

 その後のヴァランダー・シリーズは「五人目の女」「背後の足音」「ファイアーウォール」と現代世界の闇を見つめている。どんどん暗さが増してきて、これで大丈夫かという感じなんだけど、シリーズはあと2冊翻訳が残されている。他にノンシリーズの「タンゴステップ」「北京から来た男」がある。スウェーデンという小さな国は、日本から見るとずっと恵まれた国のように感じられるわけだが、やはり同じような現代の苦悩を生きているということを感じさせてくれる。北欧ミステリーの中でも、一番長くて重くて暗いシリーズだけど、現代世界を生き抜くという意味でぜひ読んで欲しい作家である。いや、もちろんミステリーだから謎解きの興味が大きいが、謎解きが深まると現代世界への懐疑も深まるのである。
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