Jさんブログ~つれづれなるままに~

糸の切れたタコのように日々ふわりふわりしているJさんの、ふわりふわりな出来事を書いてみました。

四国八十八ヶ所巡りの旅2~序章

2006年04月30日 | つれづれ旅行記
毎年GWが近づくと、突如大学の研究室の仲間から、それとなくスケジュール調整の連絡が来ます。大体期間としては3~5日程度。ここ数年恒例になっていたのですが、厄介なのは行き先が行くまで分からないという点。
去年はちょうど祖母が危篤に近い状態だったこともあり、こちらとしては行くなとは言われないものの、すぐ帰れる場所でなければ行かないで欲しい的な目線で見られる中、来ていたメールを見ると”パスポート持参要”とのこと。当然海外でも使えるグローバル携帯を買います。

そんな勢いで今まで連れて行かれたのは…
2003年…東京駅で朝集合したら、北海道へ行くぞと宣告。海に沈んだ温泉とか、道路から丸見えの温泉とかを巡りました。
2004年…スケジュール調整がつかず、言われるがまま新幹線で仙台へ行くと停まっていたのは1台のレンタカー。そこで告げられた旅の内容はただ早食いをするだけの東北旅。車酔いの中向かった八甲田山と、帰り1晩掛けて東北道を青森から縦断したのが地獄でした。
2005年…グローバル携帯を持参で臨んで集合場所で渡されたのは徳島行の夜行バスのチケット。四国八十八ヶ所巡りと言われ、朝6時~夜22時までひたすら寺を巡拝の4日間。いくら頑張っても一向に残る寺の数が減らないのが地獄でした。

まぁ毎年共通なのは、あり得ない強行スケジュール。
私も一応旅行会社に勤めて、ある程度国内だったら時間軸について尺度はあり、行き先とスケジュールを聞くと、毎年私の想定する一般人スケジュールの2倍近い移動距離とイベントを詰め込んで出掛けます。
ただ毎年気になっていたのは、請求額が高い。飛行機はほぼ正規料金、その他コース設定の段階からある程度配慮があれば、かなり割安にできる部分があり、常々指摘するも、やっぱりそこは長年の経験が生きる部分ゆえ、そう一般の人ができることではないのは確か。そこで私が助言…と行こうと思っても、私は行き先が行くまで分からない人なので、助言しようにもできないのが現状でした。

さて今年は…。

まだまだ寒い季節の中、例の方々から召集の連絡です。珍しい。
聞くところ今年は、全面的に企画に参加していいとのこと。
行き先は…今年も例によって四国八十八ヶ所巡礼の旅。去年、渋滞だったり、寺までの道路が崩落していて行けなかったりで、何ヶ所か飛ばしたのが仇となったのか、去年参加したメンバーは以来この一年、ツキにすごいこと見放され。今年はそのリベンジに行こうということのようです。
近くそんな機会もあるだろうと、この一年目を付けていたプランを早速申し込み、あっさり手配完了。あとは行くだけです。

今年は去年と違って、1人参加メンバーを増やし、合計4人での巡拝です。
旅は朝7:30発の徳島行の始発便の飛行機から始まります。
今年は去年の行程+1日の合計5日間の旅です。
また長い巡拝日記が始まりますが、どうかお付き合いの程。

電車って生活に欠かせない乗り物なんだね

2006年04月28日 | つれづれ日記
今日は遅くからテストをする予定が既に入っていて、逆に午前中はちょっぴり余裕なスケジュールだったので、ちょっと余裕をかまして、フレックスギリギリの10:15出勤をしようと、前日普段よりちょっぴり遅めに就寝。
目標は8:00起床。最近お気に入りの番組「ピタゴラスイッチ(教育テレビ平日8:10~)を見ながらぼんやり朝ごはんを食べようと作戦です。
作戦通りに目を覚まし、ごはんを食べようとリビングに座ると、ちょうど妹から母へメールが。そのメールは6:30に家を出た妹が、8:00の時点でまだ関内(我が家から通常20分くらいで着く場所)にいるとか。どうやら電車が止まっているらしい。
これはマズいと朝食をパスして、慌てて仕度を始めてからがら家を出発します。
当初出発予定8:38のところ、10分で身支度を整え8:10に出発。
これで電車が普通に動いていたら、コーヒーショップでのんびりブレックファーストと意気込み、家の前の歩道橋を渡り、駅ビルを抜けると…。

駅ビルを出ると、左手にバスターミナル、その奥が駅という配置。
バスターミナルも、バス停が7つ並ぶ、そこそこの大きさのバスターミナルです。
私が駅ビルを抜けて見たものは…バスターミナルを占拠する大勢のサラリーマン。
よく見ると、駅のあたりが大混乱になって、そこへ向かう人は駅の雑踏に巻き込まれて、折り返してバス停に並ぶという流れのようです。

まずは状況確認にと駅へ向かうと…大勢の警察官と困り果てた駅員の山。
それを取り囲むように、人が大勢群がり、問い合わせしたり、各種証明をもらっています。どうやら京浜東北線が信号機故障で全線止まっているとか。
これは困りました。私の住む港南台は、京浜東北線が唯一の鉄道線。これが止まるとどうやってもバス以外交通手段がなくなってしまう土地です。
急いで警察官からバス用と電車用の合わせて2種類の振替乗車票をもらい、会社を遅刻するだろうと遅延証明書をもらいに奔走。ただ朝のラッシュ前からこの状態だったからなのか、あり得ない混雑で、どこにそれがあるか探しても探しても見つからず。これではラチがあかないと断念。すぐ様バス停へと走ります。

今の状況。真ん中の島から出る清水橋経由上大岡駅方面のバス待ちの列は、あっさり島を突破し、バスの車道を占拠。それすら突破して、向かいの歩道に人の大群ができている状況。バスはコマ切れで普段よりちょっと増発が出てる程度。
洋光台駅方面のバス停は、上大岡駅方面の列に比べ若干少ない様子ながら、バスがなぜか断続的によく来ていたり。ただ私の向かう場所は、洋光台駅へ出たからと言って何ら事態が好転しないので断念。
そして私の狙う上永谷駅行の列は、まるで砂糖に群がるありんこのように、ずらーっと人が一列に並び、バスターミナルすら突破し、駅の向かいまで続いている有様。普段は港南台駅から出るバスでは、比較的本数の多い部類ながら、今日は別格。バスが来ても、バスの車道を占拠した人がなかなかどかず、ちっとも動けず立ち往生。なので次のバスもなかなか来ません。
そんな中、全くどこの駅にも行かず、誰も乗らない港南車庫行のバスが何台も。
神奈中バスは、朝ラッシュ終わりの入庫予定のバスを、全て臨時増発のバスに充てている様子なのに、交通局はそれに比べると怠慢です。

その後私はと言うと、8:15からバス待ちの列に並び続け、何台か行った後、既に洋光台駅から満員でやって来て、乗れて1人か2人というバスに、ヤセゆえスルっと飛び乗りなんとか上永谷駅へ。その時既に9:00を回っていました。
上永谷駅から地下鉄に乗り、湘南台より通常ルートで出勤。会社へ着いたのは、大遅刻の11:00前でした。なんか着いた時には既にヘロヘロ。金曜というのもあり、なかなか力が入りません。

しかし電車が止まっただけで、これだけ苦労を味わわなきゃならない。身近で当たり前に使っている公共交通も、バカにしちゃいけないんだな…ってなんか久々気付きました。呑んだ帰り道電車が終わっているのとは訳が違うんだなって。
いつか来るであろう大地震の後、電車は確実に何日もの間止まるんでしょうね。その時たぶん私はまだ会社員で、たぶん今の職場か新宿の職場で働いているんでしょう。そうなったら俺どうやって会社行くんだ?誰かの家に居候かな!?

プリウスドライブ~ちょっぴり練習

2006年04月23日 | つれづれ旅行記
前日に鬼うどんの旅があり、おそらく24時間レンタルでレンタカーを借り、前日8:00に借りる予定なので、8:00に車を返しに行くのは気合い的に無理。ということで今日はおまけということで、車のキーはまだ私の元にあります。
丁度来週、難しい道路が続く中運転を控えているのもあり、そうだとばかりに、一人練習ドライブに出掛けることに。
…と気合いを入れて前日寝て、今日目が覚めたのは12:30。レンタカーの返却期限は一応20:00ながら、今晩は先約が18:30にあるので、車は実質18:00までに返す必要がある。という訳で当初のドライブコースを諦め、近場でパパッと練習に出ることにしました。

家でのんびりごはんを食べているうちに時計は既に13:30。
家の前の駐車場から出発です。
外はあいにくの雨。でも雨のドライブは初なのでいい練習です。

まずは家の前から路地をすり抜け、環状3号線~国道1号線~横浜新道と抜け三ツ沢へ。三ツ沢で信号現示に従って行き先を決めようと、その色に目を配っていると、信号機の指し示す方向は首都高・三ツ沢i.c方向。ここから昨日深夜通ったペイブリッヂを渡り、首都高大黒線~横羽線へ。快調に川崎の街を通過しようというところで気分が一変。

「そうだ!来週は海沿いの街道をひたすら走るんだ!」

次のi.cを過ぎると首都高神奈川線を出ようというところで、一旦高速を降りて方向転換。京急大師線の産業道路の踏み切りを渡り、首都高湾岸線に乗り、一路三浦半島を目指します。
本牧を過ぎる頃には、車が極端に少なくなってきます。
他の車の流れに乗っていると、スピードメーターは130km/hを指しています。
関西の新快速で130km/hのスピード感は慣れたもの。意外と怖くありません。
今日の通算移動距離が100kmを越そうという頃、車は首都高を抜け、釜利谷jctから横浜横須賀道路へ。一気に終点・佐原i.cを目指します。
車で掛けていたラジオが16時の時報を伝える頃、佐原i.cを通過。ここで高速を降り、国道134号線で三浦半島を一周します。
ひとまずナビに「城ヶ島」をセットし、海沿いのドライブが始まります。

外は大粒の雨。でも狭い街道、交通量は多く、比較的どの車もスピードが出てるという環境は、来週行く場所と極めて似ています。ちょっぴりスピードが速い点、ハンドル操作が普段以上にデリケートにしながらも、ここのところ毎月1回のドライブを欠かさなかった効果もあり、意外とスムーズに動けます。

城ヶ島に着く頃、外は記念撮影をする気力を一瞬で削ぐほどの大雨。すぐ様目的地を「トヨタレンタリース港南(返却場所)」にセットし、続く道へと車を進めます。

三崎口駅を右手に眺め、そのまま海岸を進み、葉山御用邸の脇を抜け、幽霊トンネルを通り、鎌倉、北鎌倉、大船と過ぎ、地元の街へ。通算150kmの短いドライブは、意外と走った充実感を感じるドライブでした。しかしやっぱり一人ドライブは寂しい。ほんとに寂しいです。
今日は先約までの時間がなく、とても人を誘っても申し訳なく、一人で出かけたけど、次回以降一人はないなって感じでした。

さて来週、この練習の成果が生かせるか!
GW中は新聞に私の事故記事か載らないか皆さん大注目です。

プリウスドライブ~鬼うどん3

2006年04月22日 | つれづれ旅行記
ここのところまだ業務に不慣れな協力会社さんのフォローにものすごい時間がかかっていて、プラス通常業務が乗っかり日々てんてこまい。そんな最中に真後ろに座る、4月から1年次期システムで修行を積んで戻ってきた先輩から一言~「今週末鬼うどん行かない?」えっ!気のせい!?…いやいや違います。

鬼うどんとは、私の所属するJRチームのMGRの実家で経営しているうどん屋の名称。正式には”鬼うどん金勝”という名前のうどん屋です。
八高線・竹沢駅の近くにあるそのうどん屋は、いわばJRチームの巡礼の地。私がJRチームに配属になった04年7月に行って以来、事ある毎にうどん屋に行くツアーが企画されているようで、私が参戦するのはちょうど1年前に行くフリをした以来(その時は行く途中の高速車内で祖母危篤の知らせが入り、鬼うどん目前で帰ってしまいました)で久々。今日のメンバーは7人、でもMGRの部下、または過去部下だった人は私を含めてたったの3人、あとはつい来ちゃった人たちです。
たまたまMGRがご家族を連れて里帰り中ということで、せっかく部下から開放され、なかなか帰れない中貴重な家族サービスの時間に、騒ぐはしゃぐの我々一行が大挙押し寄せるそんな予定となりました。

企画の中で、いつの間にか鬼うどんまでの交通手段は私の借りるレンタカー、いつものプリウスで行くことに。途中自分の車で来る人2人を除いて、家の最寄り駅まで拾って、はるばる竹沢の地を目指す行程。お昼には鬼うどんに着きたい、ということで、出発はレンタカー屋の開く朝8:00です。

もう手馴れた手続きでさっさとレンタカーを借り、まずは1人目の乗組員の待つ十日市場駅へ。十日市場はよく行く場所なのでナビは一応念のためにセットしたものの、自分の思うままに快調なドライブ。途中俺の思う道は次の交差点を右、でもナビがしゃべらないからまっすぐなのかな…と思ったら、ナビが消音設定になっていたらしく、それに気付かず曲がり損ねるハプニングなんかもあり。
最高の行楽日和なだけあって、周囲の交通量は多め。でも渋滞という程ではなく、当初の予定よりちょっぴり遅れる程度で、全ての人を拾い終え、第一弾の集合場所である関越自動車道・高坂S.Aへ。
途中、高坂S.Aで合流する予定の先輩の車を発見。アクセルをちょっと強めに踏み追いつくと、白のシルビアに乗ったその人は、フルフェイスのメットを着用しながら、私の車に抜かされるのを待っていたかのように、制限速度80km/hで走っています。こちらの車に乗り込んだ一同はその様子に大爆笑。あれはない。

高坂S.Aで今日の参加メンバー一同集合し、鬼うどんツアーの際恒例の高坂S.Aでの写真撮影大会。今回は白のシルビア、プリウス、茶のポルシェの並びです。毎回ながら、今回も普通の車は1台もいません。
ふと気付くと時計は既に昼を過ぎ…お腹ぺこぺこな我ら一行は、鬼…いやいやMGRの待つ鬼うどんへと急ぎます。

でっかく赤字で「鬼」と書かれた看板が鬼うどんの目印。着くとすぐ様店内へと入ります。いつも優しく対応してくれるMGRのお母様のお出迎えの中、店の奥へと入っていくと、MGR一家が既にうどんを食べて団欒中です。初めてお会いするMGR奥様、そして3人のお子様。そんな家族の前でのMGRは、家庭の顔をしているのかと思いきや、意外と普段のMGRと一緒。違いといえば、ひざに乗っているのが、普段キングファイル・今お子さんというだけ。おしゃべりもいつもと一緒です。

MGRお母様のご配慮で山のように積まれたコーラとジュースを片手に雑談をしていると、いよいよ満を持して登場・鬼うどん。ここの名物・鬼うどん、何が鬼かと言えば、正式には別の意味があるのかもしれないけど、私の解釈は鬼のようなコシをしたぶっとい麺がゆえに鬼なのかと。そんじょそこらでは食べられない太さとコシです。私は名物天ざるうどんを注文、生姜卸しにうずらの卵がダシに添えられ、太いながらも喉越しのいい麺にアクセントを付けてくれます。思わず1杯では物足りずにお代わりカレーうどんを注文。擦ったタマネギをダシに溶かし、カレー粉よりタマネギの甘みを生かしたスープはこれはこれで美味でした。2杯も食べれはさすがに満足です。

お腹いっぱいになった後は、またまた恒例の大人たちの車遊び大会のスタートです。今回のネタは白のシルビア・プリウス・茶色のポルシェの3台。MGR以下車好きがとっかえひっかえ車を乗り換え、鬼うどん前の県道を行ったりきたり。その間お子さんは、一緒に来た後輩の見守る中、鬼うどん前のPR看板に石を投げて遊んでいます。子供は当然楽しそうなのですが、車を運転して遊ぶ大人はそれ以上に楽しそうです。

ひとしきり遊んだ後は、MGRのお子さんのたっての希望で近くのボーリング場へ。一所懸命スコアを上げようと頑張る子供に、真剣に指導する様子は、会社で私たちに指導するより格段に熱心です。そして投げたボールがピンを全部倒した瞬間のかわいいガッツポーズは、私の憧れる家族の構図そのものだった気がしました。

いつの間にかどっぷり陽も暮れ、MGRは実家へ戻り、我々は帰路へ。高坂S.Aで軽く食事をし解散した後、最初はおとなしく縦列で走っていたところ、ふとしたきっかけで関越自動車道レース大会スタート。160km/hを越しポルシェとシルビアのデッドヒート。当然プリウスは置いてけぼりです。当たり前です。車の性能が格段に違うんですから。
全ての人を希望の場所まで送り、ここは横浜市緑区。千葉に帰るポルシェは、私のわがままでまだついてきてもらっています。…ということでまだ時間も許す感じだったので、ちょっぴり夜のおまけドライブ。茶色のポルシェと一緒に首都高を走り、ペイブリッヂを渡り、大黒S.Aへ。S.Aではポルシェが人目をぐぐっとひきつけています。
軽くお茶をしポルシェともお別れ。私の運転するプリウスは、その後まっすぐは帰らず、鳥浜、朝比奈峠と経由し帰りました。総行程305km、まだ行けるかな?って実感です。

最近友達が一人、また一人と結婚し、家庭を持つ友人も日に日に増えていたり。ゆくゆく家庭は持ちたいと思うけど、その時自分の思い描く理想の家庭を作れるのか。たぶん今のままじゃ無理だな…って、MGRが子供に接するその様子を見て思ったり。まだまだ自分は子供だなって。でももう26歳、いい加減頑張らなきゃな…なんて焦ってみたり。

祝!ブログ開設1周年

2006年04月17日 | つれづれ日記
今日でこの”Jさんブログ~つれづれなるままに”は開設1周年!
…ということで、前沢牛さんが1周年のお祝いに登場してくれました。

最初はなんかコメントを返すルールも知らず、コメントを見ては、影でメールで返信していたり、トラックバック?何それ?レベルの手探り状態で始めたこのブログもなんとか1年持たすことができました。比較的飽き性な私なのに、正直よく持ったな…と思っていたり。
あんま日々の嫌だった事とかは書くと、その場は発散できて気持ちいいけど、後で振り返った時に厳しいかなと思って、旅行へ行ったり、楽しかったことだけを書くスタンスでやってるんですが、よくここまで楽しいことが見つけられたな…と自分でも歓心しています。
でも気付くと、開設以来、日に日に1投稿あたりの文章の長さが長くなっている気が。まぁそれもご愛嬌ってことで。ちなみに管理人フォルダには、ハワイ社員旅行あたりから、更新できずに「草稿中」ステータスになって書きかけ中のものが沢山。これを全部アップするのはいつのことになるんでしょう。
まだ飽きるまでなってないので、暫くは仕事やプライベートの合間に、ふっと暇になった時ベースで更新していく予定なので、ぱっかりと更新が止まったり、暇になって怒涛のごとく更新したり不定期な更新になるとは思いますが、今後共暇で暇で仕方ない時にでも見てやって下さいましm_m

家で仕事をするのはどうなん?

2006年04月16日 | つれづれ日記
今日は日曜日。でも外を見ると雲がどんよりしていて、今にも雨が降りそうな感じ。そうなったら、よく私に生えがちな背中の翼も、「雨降っちゃうと翼が濡れちゃうし…」くらいの勢いで出不精になったりします。
今パソコンに向かいながら、ちょっとした悩み…”金曜日終わらなかった月曜日昼リミットの会議資料を今のこの時間で仕上げるべきか”
別に時間もあるし、資料のデータは何かの時用に一応自宅に転送してある。だからやる気にさえなれば仕事もできるんだけど、それはするべきなのか。

自分のブログだからって、ここまでぶっちゃけていいのか分からないけど、よく会社であるのが、うちの会社の通常勤務で働ける時間は8:00~22:00。それ以外は必要な申請を事前にする必要があり、それにより深夜残業手当てがもらえる仕組み。
夜勤の時は当然その申請を出して、働いた分の対価をお給料で頂戴しているのですが、仕事がちょっぴり切りが悪くて22:00を越えそうな時、大体そういう時って気持ち的にその22:00のリミットを意識して、最大限にボルテージを上げ、また電話も鳴らない中で仕事もでき、ここ一番の集中をしている時間。そこを打ち切って帰ると、翌日またその流れを一から作るのは正直しんどい。
だからほんとにごめんなさいと思いつつ、切りのいいところまで、タイムカードを切って仕事をしてしまうこともあったり。
確かにそれなら申請を出して仕事をすればいいんだけど、自分ボルテージという自分勝手な理由で、深夜手当てなんていう対価をもらうのは、自分の気持ちとして申し訳ないなというのがその理由。それはいけないと上からはきつく言われているけど、実は配属してプロジェクトの作業が忙しくなりつつあった頃から、私だけでなくチームでは公然とよく行われていた事で、その習慣が未だ抜け切らず、今は回数としてほとんどなくなったけど、どうしてもやりたい…と思った時にしてしまっていたり。ほんとは対価のない労働はしてはいけないとは分かっているんだけど。

さぁそうなると、休日仕事を持ち帰ってやるのはどうなのか。
たまにうちの親父は部下の勤務査定など、あまり会社でし辛い仕事だけは持ち帰って勤務外なので、帰って相当遅い時間にコツコツやっているのは見るけど、それは事情ゆえ仕方ないかと。
今日の場合はどうなのか。午前中の会議の時間と、午前にやる会議資料を作る時間を考慮しても、8時過ぎに会社に行けば間に合うかなという試算。あとは…「①8時に行くために早起きをする、②家で仕事をして通常時間に出勤する」の二択。

でも答えはなんか出た気が。とりあえず①で。
家でさすがに家は家、落ち着いてのんびりする場所。会社は会社、常に戦場のごとく社の利益のために仕事で貢献する場所。そういう場所の切り分けをすることで、うまくモティベーションを切り分けるためにも、明日は早起きして頑張ろうかと。
やっぱ対価のつかない中で、気合いを高めながら仕事するのも辛いし、そんな中で作る報告書なんてどうせロクなものできないだろうし。

そうなったら今日はこれから遊ぶぞ!
今日こそ去年秋に買って、あまりに難しいラストステージに苦心していたTrain Simulator~京急・都営浅草・京成をクリアしようかな。それともどうでしょうDVDを見て大爆笑しようか。なんか休日が楽しみになってきたぞ!!