風の子広場

特別な意味はありません。近くの広場です。
考えごとをするのに最適な場所です。
エッセーを中心に書いてゆくつもりです。

竜馬の生涯 No.44

2005-09-30 21:04:57 | 司馬遼太郎の言葉
「この国のかたち 五」文春文庫のあとがき
に「物事を成す魅力-竜馬」のこんなことが
書かれています。

1)発想や行動に、朱子学的な形がない
  別な言い方言い方するなら、こだわらない
  自由な発想をすること。

2)本質を掴む能力にたけていた
  独断だが、小さな時から自然と戯れ、遊ぶ
  ことが重要だと考えています。

「ともかくも、三十二年の生涯ながら、竜馬の
生涯にはあざやかな春夏秋冬がありました。
日本史上、竜馬ほどすばらしい青春を送った人
はいないのでは、ないでしょうか。」


阪神優勝か

2005-09-29 20:22:27 | 何でもシリーズ
もうほとんど、阪神優勝が決まりかけている。
今年の阪神は、強かった。阪神優勝の経済効果
は大きい。といっても、とりもなおさず、
日本の経済効果になる。

気になることといえば、道頓堀に飛び込む人が
なくなってほしいが。まだまだ、日本シリーズ
もあります。全力投球だ!阪神

他力(2) No.10

2005-09-28 21:01:14 | 五木寛之の言葉
「他力」五木寛之著 講談社文庫より。

「仏教には、〈他力〉という考えがあります。
自分以外の他者が自分という存在を支えている
と謙虚に受けとめることが重要なのです。他力
とは言葉を替えると、目に見えない大きな宇宙
の力と言ってもよく、大きなエネルギーが見え
ない風のように流れていると感じるのです。」

「自分ひとりの力でやったと考えるのは浅はか
なことで、それ以外の見えない大きな力が自分
の運命にかかわり合いを持っている。」

「それは運命論でもなければ、宿命論でもあり
ません。人はそれを知るとき、自己を超えた
大きな自由を感じるのです。」

まだよくわかりませんが、他力とは言わない
までも、宇宙の意志とかサムシング・グレート
などといっている人は多い。確認できた範囲
では、司馬遼太郎、稲盛和夫両氏は本の中で
書いています。

にわかに信じるとはいいませんが、なんとなく
そうなのかなと思うようになりました。

時代が違う

2005-09-27 20:53:37 | 何でもシリーズ
携帯TV、来年4月開始へ 地上デジタルの「目玉」に (共同通信) - goo ニュース

需要があるから、ケイタイでテレビが見れる
ようにするのだろう。私は、ここまでして、
テレビを見ようとは思わない。

だいたい、地下鉄の電車の中で、ケイタイで
メールを入力しているかと思うと、ゲームを
やっている人もいる。

ヤッパリ、時代が違うのかなと思う。防災の
観点からは、AMラジオ付きのケイタイがおす
すめだと思うが、いかがでしょうか。

電車で移動する人に、持っておいたほうが
よいのは次の三つですが、いかがでしょうか。

 ラジオ、懐中電灯(ハンドランプ)、地図




木が鉄を生む (No.43)

2005-09-26 20:59:17 | 司馬遼太郎の言葉
「この国のかたち 五」文春文庫より

近代以前の製鉄は、山を崩して砂鉄をとること
から成りたっていた。鉄鉱石からではないよう
だった。

「製錬現場で砂鉄を溶かすには、一山を裸に
するほどの木炭が要った。木が鉄を生むといって
いいほどに、砂鉄製錬は樹木を食い、古代として
は大規模な自然破壊をともなった。しかし日本の
森林には復元力があった。」

現代も「鉄器時代」と言えなくもないが、木が
石炭に変わった。昔は、木炭がなければ、「鉄器
時代」を維持できなかった。逆に言えば、森林が
なくなれば、文明が維持できなかった。

伐採だけが文明の盛衰を決めた要素ではない。
しかし、これからは炭酸ガスが文明の消長を
決めるようになる。森林資源の枯渇が、文明の
盛衰を決める要素になると指摘する人も多い。



神様 (No.42)

2005-09-25 20:12:07 | 司馬遼太郎の言葉
「この国のかたち 五」文春文庫より
「元来、神道は神名や神体があろうがなかろうが
、成立する。神職が一切洩らさないということも
、神道の不文の教義らしい」とあります。

日本の神様、仏様はいったいいくつあるかと
いうことに興味を持ったことがある。しかし、
とても数えられる数ではない。
八百万(やおよろず)の神というほどある
のだろう。

キリスト教、イスラム教世界では考えられない
神様がいることになる。除夜の鐘を聞いた後で、
その足で、初詣に行く。もう神も仏もない。

日本人に対して外国人が「あなたの宗教は?」
と聞けば、ほとんどの人は無宗教ですと答える
のだろう。無宗教と答えると、外国人には、
うさんくさい奴だと思われてしまう。

エコノミック・アニマルと言われて久しいが、
これも無宗教の人が多いせいもある。このブログ
をご覧の皆様もぜひ宗教を持ってもらいたい。
あくまでも、便宜的な話ですけど。

私は便宜的に、葬式仏教の宗派「曹洞宗」と
答えることにした。

秋分の日

2005-09-24 19:18:42 | 何でもシリーズ
秋分の日なので、ブログの更新を2日間休んで
田舎に帰ってきました。あいにく天気は悪く、
富士山は見えなかった。お墓からいつもなら、
きれいに富士の姿が見れるのに残念である。

田舎と言っても県庁所在地であり、だんだん
変わってゆく様を見ると、何かさびしい思い
がするのは、私一人だろうか。

子供の頃に魚釣りに行った川にもひさしぶりに
行ってみたが、風景は変わっていた。こんな
建物あったっけ、昔の面影はない。

だいたい、自分自身も年を重ねているのに、
風景が変わらないことを望むのはどだい無理
話ですが。

富士見えず 台風余波の 曇り空

     たまの帰省に 雨も降り出す

ふるさとの 山を思いて 懐かしく

      川辺で釣りする 昔の光景



転がる石 (No.9)

2005-09-21 21:08:33 | 五木寛之の言葉
「たしかに、みんなと一緒、同じなら寂しく
ないかもしれません。島国に住む日本人は、
これまでムラ社会のなかで折り合って暮らし
てきました。それでも、やはりそういうこと
から離れて、自分はひとりだと考えることが
大事なのです。」

「唯我独尊」で生まれてきたのですから、生きか
たも死にかたも一人ひとり違っていい。自分の
オリジナリティというものを選べばいいのです。
「犀のごとく独りゆけ」ということです。

「ぼくは転がる石のように生きていきたいと
思っていました。そのためには、どこかが歪んで
いたり、傾いていたほうがいいのです。」

「不安の力」五木寛之著 講談社文庫より

他力 No.8

2005-09-20 21:04:56 | 五木寛之の言葉
「他力とは、目に見えない自分以外の何か
大きな力が、自分の生き方を支えていると
いう考え方なのです。」

大きな力とは、宇宙の創造主とか目に見え
ない大きな宇宙の力とかで、表現されて
います。存在そのものは、多分証明はでき
ないが、存在するとしか考えられないもの
のようです。

人知を超えた不思議な力はたらいていると
しか考えられない。こんなことをいって
いるのは五木さんだけではないようです。
司馬さんも同じようなことを言っています。

他力といえば「他力本願」を思い出しますが
、あなた任せの意味はないようです。

五木寛之著「他力」講談社文庫より。

すみわたる

2005-09-18 21:43:10 | 何でもシリーズ
今日は中秋の名月です。
いつになく雲ひとつない一日でした。

すみわたる空に、満月が見事に見えます。
風は秋色になってきました。
心地よい風が吹いています。

 心地よい 風も秋色 名月に

      心のもやも 一時晴れるも