私の70代

愈々90代に足を踏み入れ、人生の最終ラウンドに入った想いです。野菜作りとパソコンにも向き合っていきます。
 

船首像(フィギュアヘッド)

2014年07月22日 | Weblog

 「こんな状態で90歳までいけるのではないか,そう思うようになりました」と書いていますが、80代も半ばを過ぎ”正確には、86歳と6ヶ月”になり、90歳に手が届く位置になッたわけでです。当然のことですが、行動範囲も以前の事を思うと狭くなりました。それに行動を起こす前の気持ちが慎重?(マイナス思考)が、必ずついて回るようになりました。その心は、周囲に(子供達)迷惑をかけるような事を起してはいけない・・・の思いです。
 
 そんな意味で、蒲郡港行きも少し迷いましたが、慎重に行動すれば大丈夫!と決めて、家を出てからバス、JR、シャトルバスを乗り継いで港まで2時間半、見学で2時間、帰路2時間半の7時間(待ち時間を入れて)、無事帰ってきました。18日は、船を岸壁に繋いだまま帆を貼る「セイルドリル」訓練日で、撮った写真の半数はその訓練の様子で、フォトチャンネルの編集もそれを中心にして投稿しました。

                  
  この船首像は、見学者の大多数の人の目に必然的に飛び込んでこると思います。私も早い段階から、黄金の女性像を数枚撮っていました。「女神」という印象で、フォトチャンネルを編集して前回投稿しています。投稿後もこの「女神」に関心があって調べてみて、この投稿になりました。

 
 由来 1927年(昭和2年)3月鹿児島県立商船水産学校の練習船「霧島丸」が宮城県金華山沖にて暴風雨のため沈没、乗組員および生徒の合計53名が全員死亡するという惨事が発生した。この事故が契機となり、1928年(昭和3年)大型練習帆船2隻の建造が決定されました。
 1930年(昭和5年)1月27日に進水した第1船は「日本丸」、同年2月14日に進水した第2船は「海王丸」と名付けられて、日本に大型帆船二隻が誕生した姉妹船です。


  
写真は、日本丸二世(1984年(昭和59年)就航)          船首像は手を合わせて祈る女性の姿をしてお 
総トン数- 2570トン                                り、「藍青(らんじょう)」と名付けられている。

全長 - 110.09 m
全幅 - 13.80 m
 インマスト高 - 43.5 m

  
 写真は、海王丸二世(1989(平成元年)就航)      船首像は横笛を吹く女性で、「紺青(こんじょう)」
 総トン数 -2556トン                    と名付けられている。
 全長 - 110.09 m
 全幅 - 13.80 m
 メインマスト高 - 43.5 m

 日本丸、海王丸は、日本が誇ることが出来る大型帆船です。この二隻は、大きさや全型から見分けがつかない程の一卵性の姉妹船ということができます。ただ救命ボートと船首像の違いで見分けられるようです。

 初代日本丸、初代海王丸には唐草模様が施されていましたが、初代日本丸の老朽化にともない、代わりの新しい帆船の建造を機に、『日本丸2世と初代海王丸に船首像を贈る活動』が全国規模で行われ、2000点あまりのデザインと、5万6000人以上の方からのご寄附のもと、東京芸術大学の精鋭チームによって作られました。
 樹齢300年のけやきの木を使用しており、その長さは2.4mあり金箔が施されています。


 日本丸の藍青は、気高く優しさのうちに凛々しさを秘めた日本女性を表現しており、地球上の全ての生物の生みの親・育ての親である「わだつみの慈母」を意味し、合掌の姿は、日本丸の航海安全と実習生、乗組員の人生に幸多からんことを祈っています。

 海王丸の紺青は、藍青の妹として、未だ少女のあどけなさを残し、典雅な気品を備えた女性像で、能管を構えた姿は、見る人々に華麗で幽玄な日本の伝統の調べを偲ばせています。この笛は、嵐を鎮め、実習生、乗組員に嵐を乗り切る勇気を与え、さらには人々を幸せにする力を持つことを願っています。


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