私の70代

愈々90代に足を踏み入れ、人生の最終ラウンドに入った想いです。野菜作りとパソコンにも向き合っていきます。
 

畑仕事の合間に

2016年03月29日 | Weblog

 毎日乾燥注意報が出ていいる状態です。そして畑の方は連日午前午後と出ています。畑に出るのは9時ごろ、午後の帰りは、3時ごろ目安にしています。朝一番にはトンネルやハウスの中の乾燥気味でないか?いも苗床の地温などの確認です。夏の野菜の、西瓜など果菜類の苗は、9割がた購入しますが、畑の準備やその他野菜の種まきで・・・、結構仕事がある訳です。それに、これだけ乾燥がつずくと”水やり”必要になります。

 3時にあがるのは、無理をしない働きにならないようしているわけですが、もう少し忙しくなり、又盛夏になると働く時間配分も違ってきます。畑にカメラを持っていく事が多くなって、仕事の合間にこの時期の桜を撮っておきました。

             

             
 畑から眺めることが出来ます。(上2枚の写真)植えられたご主人が老人施設に入ってみえます。確か「彼岸桜}です。以前は、近所で一番早く咲く桜でした。この桜が散る頃になると、「そめいよしの」満開になります。(今日現在「そめいよしの」は3分咲きです。)

             
 畑で仕事をしていると、知り合いが自転車を止めて「私の所も桜が満開です」と話していかれました。距離にすると数百メーター離れていますが、普段通らない道です。翌朝写真を撮りに出かけました。ご主人のおじいさんが、岐阜県根尾の「うすづみさくら」(天然記念物)の苗木を持ってきて植えられようです。上記の彼岸桜より、白みがかっており、古木と云えます。

 現代は、交流もさかんで個人で植えられていることが、ままあるようで・・・、結構花見ができます。

               
    「ヒヨドリ」が春の花の蜜を吸いに来ています。忙しく飛び回っていて良い写真を撮る事が出来ませでしたが・・・、
   自動車に乗れなくても、その気になれば近所でも、なんとかなります。 

 

 


さつま芋の苗床

2016年03月25日 | 野菜つくり

 天気の良い日が続いています。只北風が強く朝から夕方まで、一日中吹いています。だから乾燥気味で、畑の土は真っ白といった感じです。こんな天気が4月から5月にかけて、間を置いてやってきます。風速が10Mを超すと、作付していない畑は砂煙を巻き上げる土地柄です。畑につくったビニールトンネルが吹き飛ばされないよう、気配りが肝要です。

 昨日は、7~8Mの風が吹いていましたが、ハウスの中の仕事という事と、醗酵熱が来ていることから、さつま芋の苗場に種芋を植えました。3日前に、稲わら・ブロッコリーなど野菜屑・鶏糞などをいれてあります。毎年の作業ですが苗床作りは慎重になります。                                                         

                      

                     

                      
 ハウスが2棟毎年ですが作ってあります。手前がさつま芋専用のハウスです。奥が一般野菜苗床で、5種類ほどの種がまいてあります。以後トウモロコシ・枝豆・胡瓜・南瓜など夏野菜の種を順次蒔いていくつもりです。

    

 今年は、若いお母さんが芋の苗床作りを見に来てくれました。ご主人はIT関係に務めてみえるご夫婦で、共に野菜作りが  好きな方です。自分で藷苗を作る段取りのようです。
 
 一歳の赤ちゃんですが、最初は私を”奇異”(警戒心)な目でみていましたが、この時点では穏やかな目に変わっていました。初めての赤ちゃんの来訪です。   
   
                                                          


3月の畑と (野辺の野草)

2016年03月22日 | Weblog

 さくらの開花便りが聞かれるようになりました。畑の方も、雨の日と風の強い日を除いて、午前午後と畑に出るようにしています。耕作する面積も少なくするよう心掛けて、働く時間も 一日3時間ぐらいに抑えていますが、作業の種類によっては、途中で止めるわけにもいかづ、5時間ぐらいになることがたまにはあります。健康なうちは90代でも続けれるペースを模索している思いでいます。

 いつの間にか?葉物野菜を蒔いたトンネルが3本も出来ました。5種類の野菜が蒔いてあります。ビニールハウスを含めてまだ増えていく予定です。

                  

        
 3月10日に投稿したほうれん草と大根が大きくなり、間引きと追肥は済ましました。4月に入ると成長が早くなります。

        
  約一週間ぶりにシイタケの畑にいきました。榾木にシイタケ菌を打ってから、二年目の春ですからぼつぼつシイタケが出る
 はず!の期待をしていた訳です。200本の榾木で、今日2個のシイタケが出ているのを確認し、思はず微笑んでしまいまし
 た。スプリンクラーで確り散水をしてやりました。

  春日和で・・・カメラを持っていましたから、普段ほとんど通らない道を廻ってみました。

                  

                   

        上2枚の写真を撮ることが出来ました。もう春です。


太郎と花子 (慰問公演)

2016年03月20日 | Weblog

 昨年の10月に「縁は異なもの」というタイトルで、このような稿を投稿しています。その「縁」が今は確りと結びついてきたと、私は感じています。先回お伺いした時に、「三体千字文」と慰問公演にみえた「佐々歌謡舞踊団」の写真をSさんから戴いてきました。この施設では、この他に歌謡ショーや音楽演奏会などが、定期的に開かれているようで・・・、恵まれた環境であると私は思っています。

 Sさんは、カメラ・写真加工技術もあり、自分で印刷されて楽しんでおられます。が、ブログなどインターネットで投稿されることはありませんでした。お奨めして・・・、結果は私の「ブログ・私の70代」で公開することになりました。フォトチャンネル作成で少しお手伝いしただけで、Sさんの写真です。 
 
 そのSさんですが、私より約2歳上で共に戦前の教育を受けた身です。その教育は、端的にいって戦争に行って死ぬ事でした。ポツダム宣言を受託して日本は無条件降伏をしましたが、戦争末期と戦後の混乱を青春時代に体験した訳です。だから現在の繁栄は、ありがたいと思っています。長くない老後ですが、共に寄り添って生きていきたいと思っています。

 佐々歌謡舞踊団


「太郎と花子」の住人 (三体千字文)

2016年03月15日 | Weblog

 ご縁があって「太郎と花子」(老人福祉施設)に面会にいくようにようになって1年有余になります。そして二人のお友達ができました。
 
 お一人が、Tさんといって1936年生まれの方です。
もう一人が、Sさんといって1926年生まれの方で、そして私が1928年生まれで、共に立派な老人といったところです。この三人が、お互いを認め合った仲間といった感じです。そして健康で在宅で暮らしている関係で、私が参上していた訳です。 三人がお友達になれた理由は、写真とパソコンが共通の趣味といったところでしょうか・・・。

 過去、月に1回乃至2回 車で参上していました。(距離12キロ、時間で30分ほど)、2月で車に乗ることを止めた 訳で、自転車・バス・電車・タクシーを乗り継いでの訪問になりましたが、案じていた時よりも簡単で、効率的に行くことが出来て、「これだったら、元気なうちは、行けそう」の印象を持ちました。
 特に感じたことは、自家用車で行く場合、人と接触することは先ずない訳ですが、今回は三人の人と話すことができました。雑談といった程度でしたが、有益な情報があったり、勉強になることがありました。

 個々での話もしますが、三人での話では、違った話題を持てていることに気がつきました。同じ話を何回もするのが、老人の癖と考えています。まだ完璧ではないですが、違った話題がもてる仲間でありたいと思っています。そして出来たら、話の中身を投稿したいですね!! すでに、私は三回ほど投稿しているようですが、もう少し突っ込んだ話に・・・。

 14日お邪魔した時にSさんから、三体千字文という書を頂きました。
 初めて聞き、見る文です。Sさんは、書をたしなまれる知っており、ブログでも一度紹介しましたが、この「三体千字文」には、感動しました。書の由緒については、少しお話を聞き、ブログで投稿することを了解していただきました。
 Sさんは、筆を手にされたときは、2時間3時間と一気に書かれる”集中力”をお持ちのようです。とてもまねが出来ませんが、また一つ勉強しました。

 

 千字文とは!
 
 中国、梁(りょう) (502549) の周興嗣(しゅうこうし)が武帝の命により、文字習得のための教材として編んだ字種の異なる一千字の文書です。250の4字句から成ります。千字文は「天地玄黄」から「焉哉乎也」まで、天文地理政治経済社会歴史倫理などの森羅万象について述べています。 一夜で千字文を考え,皇帝に進上したときには白髪になっていたという伝説があるくらいです楷(かい)行(ぎょう)草(そう)の3書体を並べた「三体千字文」は、習字の手本として中国・日本で広く用いられてきました。

  


3月の畑 (春の芽吹き)

2016年03月10日 | Weblog

2月末に投稿した梅の花は、昨日の雨で大半が散り落ちました。間をおいてやってくる暖かさで、畑も緑の芽吹きを感じるようになってきました。畑も草取りを主な作業にしてきましたが、そんな余裕もあと一週間ぐらいです。夏に向けての本番の作業がボツボツ始まります。そんな畑にカメラを向けてみました。ここでの写真は、8日に撮って置いたものです。

                     

          
 上3枚の写真は、2月25日に蒔いたほうれん草と大根で、蒔いて11日目の状態です。約10メートルの畝に、ほうれん草と大根を半分ずつ蒔きました。一ケ所に、ほうれん草7粒・大根2粒で・・・、まぁ 順調な発芽です。大根が本葉2枚ぐらい出たところで1本に間引きし、両者に配合肥料で追肥します。

                    
 玉ねぎが、4百本ほど植わっています。この暖かさで急に緑ぽくなってきました。畑は乾燥気味ですが、昨日の雨は畑には慈雨でした。

           
      写真左 葱の苗です。6月から7月にかけて本圃に定植します。
      写真右 つまみ菜です。今畑にある野菜と云えば葱ぐらいです。じゃが芋・白菜・キャベツ(冷所に保管)大根・人参
            は(土の中に保存)しており、つまみ菜は、貴重な新鮮野菜です。

  
         

       
    花も畑の隅に咲きはじめました。

 


一本桜を撮る

2016年03月09日 | Weblog

 肌を刺した北風が止んで、4日頃から8日かけて春本番を思はせる”ポカポカ陽気になりました。それが一日ごとに気温が上がるのが、肌にわかる感じでした。昨日8日は気温が23度に上がって、畑では朝から上着を脱いでの作業になりました。しかし 予報では今日からは全国な雨模様で、気温は一気に10度下がると報じていました。まだ3月中旬に差し掛かるところで、寒い日と、暖かい日を繰り返す「三寒四温」の陽気がしばらく続く事でしょう。

 畑の方は、暖かい日は午前・午後と出るようにして春の作付の主に準備をしています。が 時間をかけているのは草取りです。今の草は、まだ小さいですが根っこは案外張っており、今抜いておくのが一番効率的で、大バケツに一杯二杯と抜いて捨てています。

 昨日は、朝一番に畑へ行く途中の桜を写真にとりました。3月に入ってから開花を気に留めていましたが、7日よりも8日が一気に開花したと感じた訳です。例年よりも一週間ぐらい早いと思いますが・・・?

           
  上2枚の写真は、去年の3月10日状況です。参考にするというよりも、私はブログを書く場合、去年は一昨年はどん”目線で”暮らしていただろうと、振り返っています。同じ季節が巡ってきますが、違った目線を持ちたいと念じていますから!。

                    

                   
          上二枚の写真は、河津桜です。

                   
           上の写真は、寒緋桜です。

            

 河津桜と寒緋桜の二品種は、本来私の地方には植わってない桜で、個人の愛好家が一本ずつ畑に植えてあるものです。河津桜は、伊豆地方で、寒緋桜は沖縄で有名です。

 車に乗ることを止めて一ヶ月経ちました。今のところ不自由とか後悔は?しておりません。畑へは荷物がある時は一輪車で歩いて行っています。ちょっと足が痛い感じですが、早くこの生活に慣れる事だと思っています。
 ブログのネタに困るおもいもありましたが、心掛けしだいのような気がします。小さな美を見つけて、綺麗な写真を撮りたいと念じています。


雲の観察

2016年03月02日 | 観察

 3月1日夜は、トイレに3回も起きました。朦朧とした頭のなかで「昨夜は、そんなに水分をとったのかな?」と、思ったりー「足元が小寒くて、寝相が悪くて布団がめくれあがっているかな?」と、足で整えたりした覚えです。トイレは普段が1回ですから、熟睡と言う訳にいかづ、うたた寝の状態で起床の時間になって、「あっ!もう5時半廻ってる!」と飛び起きて着替えをすまして、時計を見てみると普段よりも1時間早い起床でした。

 苦笑をしながら「寝不足の分は、昼寝で補えばいいゃ!」と、朝の担当を淡々とこなしておりました。明るくなって気がついてみると、外は薄っすらと雪が積もっており、庭の木々は可なり揺れています。気温を計るとマイナス3度、これは普通の冷えこみです。とすると、昨夜は一晩中可なりの風が吹いていたようで、室内でも小寒くなり、それがトイレ3回になり、足元が小寒く感じたようです。3月には珍しい体験になりました。午前中は外に出るのは控えようと、10時ごろから家の南側の縁側に出て「日向ぼっこ」と云う感じで過ごしました。陽は燦々と降り注いで正面からは眩しく、もっぱら背中に受けるという感じでした。

 北にあたる岐阜側は雪雲が垂れこめており、濃尾平野は晴れと云った感じで、ちぎれ雲が飛んでくる状態でした。その雲を見ていて、トイレへ行ったわけですが、帰ってみると先っき眺めていた”雲が消え”てしまっている感じで、あの雲は何処へ行ってしまったのだろうーと、興味をもって観察しました。まぁー閑でしたから・・・。
 北風(日本海側から太平洋側に)風速12~13メートルといったところです。家や樹木などあって視野は広くはない状態です。一つの雲を追ってみました。
 
 事例 1

    
        11時41分                              11時42分

    
      11時45分                              11時48分

                
                           5)   11時49分

      写真1は、家の屋根から突然出てきて、5枚の写真で9分間で雲は消滅していきました。


   事例 2

 
   11時50分

       
           11時51分

             
                  11時53分

                    
                          11時56分

                           
                                  11時58分
  家屋などがあって空が狭い視野でしたが、次々やってくる雲がおおよそ決まった位置へくると、消えていくのを写真に撮ることが出来ました。
 
 予期しなかったというか、思い付きの観察になりましたが、初めての経験です。冬の日本海側は雪、太平洋側は晴れの代表的な日です。北陸は雪のようで岐阜県の山間部の空には雪雲がへばり付いています。風速十数メートルの北風にのって飛んできますが、こういう状態で雲が消滅する事を知りました。その理論は全く解りませんが?・・・。

 午後から畑に出ましたが、日向に入れば暖かく感じます。しかし 風が通るところは身ぶるいする寒さでした。風邪をひいては大変と早々に帰りました。