「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・身の回りの出来事を織り交ぜて書き記したブログです。

いじめの風景

2017年07月16日 | 音楽談義

「このハゲ~ェ~」    「違うだろーーーっ」。

1か月ほど前にテレビ音声から流れ出たこの罵声が日本列島を震撼させた。

「豊田真由子」衆院議員が車中で運転中の私設秘書を怒鳴りつけ、殴打する音までもが録音されていたのだから誰もが驚いた。いやしくも国民の代表である国会議員がこの有様だ。

しかも彼女の学歴が「桜蔭高校」(女子の名門高)~東京大学法学部~ハーバード大学院という華麗なものだったからいっそう拍車をかけた。

それ以降、東京都議選のときに候補者を推薦するために立派な学歴を紹介しても「その方は学歴はいいんでしょうけど、人格的に大丈夫なんですか」と、都民から念を押されるようになったとテレビで解説者が言ってた。

昨日(15日)、3連休を利用して会社員の娘が帰省したので、この件を訊いてみると「ああいう人が管理職になって自分の上司になったらたいへんよね~。」と実感のこもった言葉が返ってきた。

個人的には、これは「東京大学法学部神話の崩壊」だと思っている。「学歴だけで人を判断する」ことへの社会的警鐘として、これからきっと語り継がれていくことだろう。

ただし、政治の世界に限らず「いじめ」は大なり小なりどんな世界にもあるようだ。

日本人として初めてウィーン・フィルハーモニーを指揮した
岩城宏之さん(1932~2006)の著作に「いじめの風景」(朝日新聞社刊)
というのがある。

一言でいうと「指揮者には音楽以外にも管理能力というものが要る
」という話だがまずは、
「叱り方の難しさ」。

一般的に中高年になって管理職になると部下の叱り方は誰もが当面する課題で、ことさらに意識しないで自然体に任せるのが一番いいのだがこれがまた結構難しい。

しょっちゅう叱ってもただの口やかましいオッサンになるし、それかといって逆に遠慮して叱らないでおくと”なめられて”しまう。

それに叱り方もいろいろあって、ある種の人間性が問われるところがあり、「叱り方=管理能力」という一面がたしかにあるのは間違いない。

ところが、音楽の世界でも「指揮者=管理職」、「オーケストラ楽員=部下」という構図の中で会社や役所とそっくり同じことが繰り返されているというのだから驚く。

☆ 指揮者の叱り方の実例

楽員のちょっとしたミスを指摘し、それを直し、あるいは自分の解釈に従って演奏者の演奏法を変えさせるのは指揮者の大切な役割で、練習ではいつもやっていることだが、これがときには「いじめ」と紙一重になる。

誰もが大人数の中で一人だけミスを指摘されて注意されるのは快くないが、あえてそれをするのが指揮者の仕事。問題はそのやり方で往年の名指揮者トスカニーニとカラヤンが実例として挙げられている。

トスカニーニの叱り方

全員の前でよく注意し、怒り、ときによっては出て行けと怒鳴ったそうで、クビにされた楽員がのちに演奏会の楽屋に爆弾を仕掛けたという話も伝わっている。

何回も注意をしたあとに、しまいには癇癪を爆発させて「アウト!」と叫ぶと、その途端にその楽員がクビになったという。

現在は世界中でオーケストラのユニオンが発達してそういうことはありえないが、指揮者にとって古きよき時代といえども、トスカニーニのワンマン、独裁力は抜きん出ていた。それでも、彼が指揮する音楽が素晴らしかったから許されていた。

カラヤンの叱り方

非常に民主的にその人を傷つけないやり方がカラヤンだった。たとえば、練習で第二ホルンの音程が悪いとすると、パッとオーケストラを止(と)めてヴァイオリンのほうに向かって自分の解釈を伝えてこうしてくれと注文する。そうしながら、ホルンの第一奏者に向かって目配せをするのだそうだ。

こうしてオーケストラの誰にでも個人的に皆の前で恥をかかせることはしなかったので、非常に働きやすく楽員から凄く人気があった。帝王として君臨したカラヤンの背景にはこうした楽員への心配りがあった。

☆ 若い指揮者へのいじめ

同じ人間同士に生まれていながら、片方は指揮者、片方は楽員で、楽員にとってどんなときでも指揮者の一挙一動に注目し従わなければならないというのは本来面白くないはず。

だから指揮者がちょっとした統率上の油断をしたり、音楽的に納得できないことが続くと当然反発する。

その反発は指揮者とオーケストラの力関係によって種類が変わってくるが指揮者が大変若くて新人の場合は集団での”いじめ”になることが多い。

職業上のいびりは学校のいじめと違って可愛げがなく、指揮者という職業をあきらめる新人が後を絶たないという。

いじめの実例 1

ある若い指揮者が日本のあるオーケストラを指揮したところ、練習中いろいろと難癖をつけられた。約百人対一人だし、若い指揮者の欠点というのは無数にある。

どんなことでもケチがつけられる。しまいには練習中にその指揮者はボロボロ涙を流して泣きながら最後を終えたそうである。

後日、岩城さんはその指揮者を呼び出してこう注意した。

「オーケストラの前で涙を流すヤツがあるか。どんなに悔しくても、悔しい顔を見せるな。泣き顔を見せたら、オーケストラは面白がって、ますます君の言うことを聞かなくなる。尊敬しなくなる、軽蔑する。それだけだ。泣きたいなら練習が終わって、一人で部屋で泣けばいい」

いじめの実例 2

今度は別のオーケストラの話で、例によってある若い指揮者をさんざんいびったところ、その指揮者は気が強くて、しまいには腹を立て、棒を叩き折って投げつけて出てきてしまい、音楽会をキャンセルした。

逆にいびったほうのオーケストラは非常に感心した。見所のあるやつだ、おもしろい。この指揮者はそのオーケストラにその後もよく指揮を依頼されたということだった。

以上のとおりだが、オーケストラといえば「芸術の創造」という高邁な志のもとに
俗世間を超越した存在かと思っていたが所詮は人間の集まりで、「いじめ」や「管理能力」なんて陳腐なものが横行しているとはちょっとガッカリ

しかし、政治家よりはまだマシかな~(笑)。

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