「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・読書感想、独り言などを織り交ぜてつれづれなるままに書き記したブログです。

「スマートなオーディオ」 と 「泥くさいオーディオ」

2016年07月26日 | オーディオ談義

比較的長めだった梅雨が終わってようやく本格的な夏が到来した。九州地方では連日の猛暑が続いているが、今年は例年になく夏バテもせずに元気溌剌状態。(ま、暑さも序の口なので早計は禁物だが。)

これも、およそ1か月前のブログに登載したように地道に続けている「ハリウッド ヨガ」のおかげかもしれない。DVDを観ながら毎日およそ50分間、見よう見まねでガチガチに固まった体をほぐしているが、柔軟度からいくと画面に写るインストラクターの6割程度が関の山だが、1か月も続けていると段々と片足立ちや屈伸の具合がちょっぴり様(サマ)になってきた。

したがって快食、快飲、快眠にも恵まれ、それに伴うように五感が研ぎ澄まされてきたのは非常にありがたい。とりわけ聴覚が目覚ましい(笑)。

なにしろ、このところ(オーディオへの)打つ手、打つ手がピタリとツボにはまるのだからこたえられない。健全な肉体の支えがあってこその自我であり感性(=オーディオ)であることが、実際に体験してみてよ~く分かった。

これまで沢山のお宅でいろんな音を聴かせてもらったし、我が家でも散々混迷の度を深めてきたが、誰から何と言われようと「この音で十分」という心境になったのは40数年に亘るオーディオの中で初めてだ!

ただし~。「いい音」なんて世の中にゴマンとある。あくまでも「じぶん好みの音」という意味なのでくれぐれも誤解なきように。

後日のために、記念すべきシステムの構成を記録に残しておこう。(2016.7.26)

          

この画像の右側のスピーカーがそれで、2ウェイ方式だがその詳細は次のとおり。

ウーファー(~4000ヘルツ)

グッドマンの指定エンクロージャー(ARU付き)に入った「AXIOM300」(口径30センチ:アルニコ マグネット型)

ツィーター(4000ヘルツ~)

ワーフェデールの自作ホーン付き「コーン型ツィーター」(口径10センチ:アルニコ マグネット型)

           

「赤色マグネットに駄作なし」の伝説はやはり生きていた。改めて凄い性能を持つユニットだと唸らざるを得ない。それだけに愛情の注ぎ甲斐もあろうというもの。

まず、小さなバッフルを自作し、100円ショップで調達したブリキの小型バケツを改造したミニ・ホーンを付けている。後面開放式の後ろ側には白い袋に容れた羽毛入りの吸音材を被せている。これを被せる、被せないで音が変わるのだからユメユメ油断できない。

エンクロージャーも各ユニットも、そしてネットワークもすべてばらばらに購入して自分で組み立てたが、「音さえ良ければ見てくれなんてどうでもヨロシ」という仙人のような心境になったのは、はたして喜ぶべきことか、それとも悲しむべきことか(笑)。

ここで、ひとこと言わせて欲しい。

スピーカーやアンプなど市販の製品をそのままポンと置いて自分好みの音が出るかといえば、それが理想なんだけど、それほどオーディオは甘くない。市販の製品に手を変え品を変え改良を加えてはじめてそれは得られるものだと40年以上の体験が耳元でそうささやく。

前者を「スマートなオーディオ」とすれば、後者は「泥くさいオーディオ」とでも称するべきか。「オリジナル派」と「改造派」と言い換えることもできよう。

ただし、この辺は「いい音は見てくれもいいはず」という美的感覚を優先する方も当然いるだろうから、いい悪いは別の話で、オーディオは各人各様、なるべくおおらかにいきましょう~(笑)。

いずれにしてもこのスピーカーはウーファー、ツィーターともに「コーン型」同士の組み合わせなので相性の良さを痛感しているが、とりわけ弦楽器とボーカルにかけては独壇場である。

おっと、健忘症なので念のためにシステムの上流部分も記録しておこう。

CDトランスポート「ヴェルディ・ラ・スカラ」(dCS) → 「1394接続(SACD可)」 → DAコンバーター「エルガー プラス」(dCS) → 真空管プリアンプ「大西式」(ECC82が2ペア、ムラードとテレフンケンを使用) → 真空管パワーアンプ「PX25シングル」(初段管:STCの3A/107B、出力管:PX25(GECナス管)、整流管:シルヴァニア5931=5U4G)

この中でパワーアンプの整流管は迷いに迷ったが、直熱管の5931が手持ちの中ではベストだった。出力管にとっては傍熱管の方がやさしいのだが、もうこの歳だし「細~く長く」よりも「太く短く」を選んだがやはりここでも狙いは的中した(笑)。

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蘇った名曲

2016年07月23日 | 音楽談義

「若い頃に散々繰り返し聴いた曲だけど、今となってはポピュラーになり過ぎてあまり聴く気がしないなあ。第一、この曲はもうすっかり卒業したよ。」

そういう曲目がクラシックファンならどなたにもあるに違いない、しかしその一方で
久しぶりに聴きなおしてみると「やっぱり聴いて良かった!」というのがきっとあるはず。

今回は我が体験からそういう曲目を3つほど挙げてみよう。

☆ シューベルト作曲「交響曲第8番~未完成~」

去る17日(日)に放映された「クラシック音楽館」~NHK・Eテレ~で冒頭にシューベルトの「未完成交響曲」(ネーメ・ヤルヴィ指揮)が登場した。こうして2楽章まで通しで聴くのはもう50年ぶりくらいになる。

なにしろ学生時代に初めて買ったレコードが「運命/未完成」(ブルーノ・ワルター指揮)だったのだからそれ以来といっていい。

「アレグロの楽章が始まり、序奏のあとヴァイオリンの静かな呟きの上にオーボエとクライネットが甘~く美しい、ほのかな哀愁に満ちた歌を重ね合わせていく」、これぞまさしく老人を癒してくれるシューベルト(笑)!

「未完成交響曲ってやっぱりいいなあ。」と、ホトホト感じ入った。読書でもそうだが、同じ本でも若いときの読後感と散々人生経験を積んだ後の読後感とでは違うのと同じ。

しかし、シューベルトがなぜ2楽章まで書いてそれ以降の楽章を放棄したのかこればかりはご本人に訊いてみないと分からないが、有力な説は「シューベルトは健忘症だったので忘れたのだろう」とは、ちょっと味気ない(笑)。

思うに、今となっては未完成のままの方がよかったかもしれない。この1~2楽章に劣らない3~4楽章を書くのは至難の業だろうし、そもそも、ものごとは完結するよりも想像の範囲に留めておく方がイメージ的に美化されることだってある。

テレビ放映の後で他の指揮者の演奏も聴いてみようかと手元のCDを漁ってみたが皆無だった。そう、もうすっかり忘れられた存在だったのだ!

ま、指揮者によってそれほど変わる曲目でもない気がする。ネーメ・ヤルヴィとN響のコンビがあれば十分だろう。この番組は消去せずに永久保存といこう。

☆ ブラームス作曲「ヴァイオリン協奏曲」

この曲もポピュラーだが「女流ヴァイオリニストのジネット・ヌヴー+イッセルシュッテト指揮」という「神盤」がある。

1949年のモノラル録音、しかもライブ盤ときているので録音状態がひどいが、それがまったく気にならないほどの空前絶後の名演として知られている。一頃はもうそれは熱心に聴いたものだが、今となってはすっかり疎遠になってしまった。

この曲目の手元のCDを眺めてみると、新旧入り乱れて錚々たるヴァイオリニストが並ぶ。

レーピン、シェリング、オイストラフ(5種類)、ハーン、マルツィ、ハイフェッツ、ムター、グリュミオー、ヴィトー(2種類)、オークレール、コーガン

これらの名ヴァイオリニストたちが束になってかかっても心が揺り動かされずヌヴーの神演には及ばないので、聴く気がしない。むしろ近年の優秀なデジタル録音になればなるほど
白々しさを覚えてしまうのだから「刷り込み現象」というものは恐ろしい。

あのサーノイズやコンサートホールの“ざわめき”、そして“しわぶき”の一つひとつさえもが、名演の印象と分ちがたく結びついているのでどうしようもない!

だが、それに匹敵すべき演奏にようやく出会った。先日のブログでも触れた「フリッツ・クライスラー全集」(10枚組)。この中に収録されていた「メンデルスゾーーン/ブラームス」のヴァイオリン協奏曲がそれ。

メル友の「I」さん(東海地方)によると、「フリッツ・クライスラーは大変魅力的な人だったようですね。無頼を内包していることを窺わせる風貌もかっこいいと思います。」とのことだった。そう言われれば、そうですね(笑)。

              

モーツァルトのヴァイオリン協奏曲を聴いたついでに、このブラームスも聴いたのだが「この演奏はヌヴーに匹敵するかもしれない」と思わず酷暑の中を慄(おのの)いてしまった。

あえて両者の違いを挙げるとすればヌヴー盤は岩をも打ち砕くような力強さと泣く子も黙らせるような気迫に溢れ、クライスラー盤は包容力のある暖かい滋味深さといったところで、必然的に第一楽章(アレグロ)はヌヴーに、第二楽章(アダージョ)はクライスラーに軍配を上げたくなる。

なお、このクライスラー盤は録音の悪さもヌヴー盤と匹敵するのでかえって安心感があったと付け加えておこう(笑)。

☆ メンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」

いわゆる「メンコン」(メンデルゾーンのコンツェルトだからメンコン)と称され、クラシックの入門者向けとされる曲である。

ありふれたともいうべきこの曲をひとたびクライスラーで聴くと、ガラッとイメージが変わるから驚いた。

取り分け第二楽章の独奏ヴァイオリンによるひっそりとした風情と匂うように感じられる美しいロマンの香りは筆舌に尽くしがたく、まさにこれこそクライスラーの独壇場だ。

「まだこの演奏を聴いたことがない人は是非お薦めしたい」と、言いたいところだがちょっと「特殊な鑑賞力の世界」なので万人向けではないところが惜しい(笑)。

それにしても、こんなに録音が悪いのにどうしてこれほど甘い香りの音が出るのか、演奏と録音の摩訶不思議な関係につくづく打ちのめされてしまう。

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真空管の生涯

2016年07月21日 | オーディオ談義

今回は「英雄の生涯」(リヒャルト・シュトラウス作曲)ならぬ「真空管の生涯」について。

真空管愛好家の特有の心理だろうが、ときどき真空管と人間の生涯を比べてみたくなることがある。両者とも「寿命」という共通の運命に支配されているのでそう無理筋でもないと思うがどうなんだろう。

まず人間の生涯を大まかに分けると「幼年期~壮年期~老年期」に分けられるが、寿命は80年としてその内訳を順に「15年~35年~30年」としよう。もちろん肉体的にというわけだが、真空管はどうなんだろう。

球の種類もいろいろあるので諸説あろうが、十把一からげに大まかに時間単位でいくと寿命を6000時間として幼年期が100時間、壮年期が4000時間、老年期が2000時間といったところかな。人間に比べると幼年期がとても短いのが特徴。人間の幼児教育にはとても時間がかかるのだ(笑)。

さらに人間の場合、己がどの年期に属するのか把握するのは簡単そのものだが、真空管ともなるとはたしてどの時期に相当しているかこれを見分けるのが実に難しい。壮年期ならもちろんいいが、もし老年期に入ったとするといったいどのくらいで姥捨て山に行かせるか、その時期を常に意識せざるを得ないのが共通の課題だ。

それともう一つ、幼年期に冴えなかった球が壮年期に差し掛かると大化けする可能性もあるので、新品のときに「これはダメ」といちがいに決めつけるわけにもいかないので用心しなければならない。

つい最近も似たような経験をしたので述べてみよう。

今年(2016年)の3月頃に非常に信頼できる筋から手に入れた新品の電圧増幅管「MH4」。

          

持ち主が言うのもおかしいが、マニア垂涎の的と言ってもいいくらい極めて稀少な「メッシュプレート」管である。画像右側の球の「網の目状になったプレート」がお分かりだろうか。通常はここがのっぺりした板状のプレートになっている。

メーカー側にしてみると開発した初期の頃は音質の良さを広くPRしなければならないので手間はかかるが音がいい「メッシュプレート」タイプにするが、そのうちひと通り行き渡ると途端に手を抜きたがるのはどこの国でも同じ(笑)。

なにしろ「(コストを度外視して)いい製品を作るメーカーほど早く潰れる」という悲しい伝説が横行しているのが、この業界の特徴である(笑)。

したがって音質はそっちのけでコストダウンを図って開発費を回収しようとばかりツクリが簡単な「板状プレート」に移行してしまうのが常套手段である。まあ、耐久性への対策もあるんだろうが、音質的にけっして良くないのは同じこと。

したがって、メッシュプレートの球は板状プレートの球に比べて通常では2倍程度のお値段がするが、音さえ良ければそれで良し、期待に胸をふくらませてイザ御開帳。

すると、アレ~、何だか冴えない音!低音域はさすがに良く伸びるが中高音域がキリがかかったみたいにモヤっとしていて見通しが悪い。

おかしいなあ~、ガッカリだなあ~。当時、丁度試聴にお見えになったKさん(福岡)も「これはイケません」とばかり首を傾げられるばかり。

この時点から悶々とした苦悩が始まる。このまま、エージングを続けて大化けを期待しようか、それともいっそのこと新品同様ということでオークションに放出しようか(笑)。

「待て待て、メッシュプレートタイプに駄球はないはずだぞ。しっかりエージングを続けてみろ」と天の声がささやいた。こういうときにブランドとか定評とかが強力に背中を後押ししてくれるわけだが、言い換えると結局権威に頼る弱い自分がいるだけだ(笑)。

以降、忍の一字で我慢して連日5時間以上のエージング。そして、およそ1か月経ったとおぼしき頃から「信じれば通ず」で今ではこの球無くしてアンプの実力発揮は覚束ないほどの存在となった。中高音域が随分こなれて柔らかくなったのである。

やはり大器晩成型というのはあるんですよねえ(笑)。

           

これが「171シングルアンプ」(インターステージ・トランス入り)。一番左側が俎上に載せた「MH4」真空管だがこの小さな図体のアンプでウェストミンスターを堂々と駆動し、オペラを難なくこなすのである。ただし、高音域(4000ヘルツ~)のJBL075ツィーターのボリュームを通常は11時の位置から2時に変更しているのがご愛嬌だが。

最後に、我が家の顧問弁護士 兼 真空管博士に真空管の寿命のノウハウに関して伝授していただいたので紹介しておこう。

「真空管は頻繁にON-OFFを繰り返しますと著しく寿命を縮めます。真空管の寿命があとどれくらいあるのか推定するのは非常に難しいです。Hickok社のチューブテスタでライフテストを実施するのが最も簡便な方法でしょう。 

ライフテストはHickok社の特定のモデルのみで可能ですので機種の選定は重要です。ライフテストが可能な最も安価なモデルは533型と思います。現在私は533型を使用しています。 
 
539Cが最も有名な高級機種なのですが、完動品は〇〇万円以上します。WEタイプは更に高価で故障時のメンテナンス費用も相当にかかります。533型ですと本体〇万円に送料+メンテナンス費用くらいでしょうか。 
 
最も有名なチューブテスタTV-7はHickok社の設計ですが、ライフテストができませんので絶対買ってはなりません。私はチューブテスタのコレクターでもあり、修理待ちのテスタが15台以上あります。
 
チューブテスタの修理作業は非常に時間と費用がかかりますので1年に1台程度のペースで修理しています。部品が手に入らず10年以上手付かずのチューブテスタもあります。」

ご教示ありがとうございました。

以上により、これから我が家では真空管アンプの頻繁なスイッチの切り換えはご法度にした。

具体的には3系統のシステムがあるのでそれらを駆使することにし、平等に使ってアンプのスイッチの入り切りは原則として1日1回に留める。したがって場合によってはいったん入れたアンプの電源はたとえ不在中でも思い切ってそのままにしておく。

それから、チューブテスタを1台持っているととても便利そうだ。ノウハウやメンテナンスが難しそうなので博士のご尽力に負うこと大だが、自分の球のみならず広く仲間の分まで測定してあげることができるのがいい。もちろん測定代は無料にする方針(笑)。

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クライスラーが弾く「ヴァイオリン協奏曲」(モーツァルト)

2016年07月19日 | 音楽談義

およそ1か月前のブログに登載した「演奏をとるか、録音をとるか」について。

この中でフルトヴェングラー指揮のオペラ「ドン・ジョバンニ」(モーツァルト)を例に挙げて、「録音よりも演奏優位」とコメントしたが、すぐにジャズファンの方からメールが来て「ジャズの場合も演奏優先ですよ。」とあったのはちょっと意外だった。

ジャズファンといえば圧倒的にオーディオ愛好家が多くて、おそらく「音キチ」だろうから録音の方により一層こだわるはずと思っていたので・・・。どうやら勘違いしていたようでたいへん失礼しました(笑)。

それにしても、いくらCD盤といったって録音状態は周知のとおり千差万別だが、オーディオシステムの再生能力との関係はいったいどうなってるんだろう。

自分の経験では音が悪いCD盤ほどその中に刻み込まれた情報を余すところなく再生する必要があるので、システムの質の向上がより一層求められるように思っているが、有識者の見解を一度訊いてみたい気がする。

さて、表題のモーツァルトのヴァイオリン協奏曲だが、娘に貸していたCDがこの3連休(16日~18日)を利用して帰省したのでようやく手元に戻ってきた。音楽評論家によるランキングで最も評判のいい「グリュミオー」盤である。

久しぶりに「3番と5番」を聴いてみたが何だかやたらに甘美(技巧)に走り過ぎた演奏のような気がして、昔とはちょっと悪い方向に印象が変わってしまった。このところオーディオシステムが様変わりしたせいかもしれないし、前述のフルトヴェングラー盤で「音楽&オーディオ」観が少しばかり変わったせいかもしれない(笑)。

ちなみにモーツァルトのヴァイオリン協奏曲の最後となる5番は作品番号(KV:ケッヘル)219だから19歳のときの作品となる。一方、ピアノ協奏曲の最後となる27番はKV.595だから亡くなる年の35歳のときの作品だ。

「作曲家の本質は生涯に亘って間断なく取り組んだジャンルに顕われる」(石堂淑朗氏)とすれば、比較的若いときにモーツァルトはこのジャンルを放棄したことが分かる。あのベートーヴェンだってヴァイオリン協奏曲の表現力に限界を感じて1曲だけの作曲にとどまっているので、このジャンルの作品はそもそも大作曲家にとっては「画家の若描き」(未熟だけどシンプルな良さ)の類に属するのだろう。

改めてもっとマシな演奏はないものかと手持ちのCDを眺めてみた。

前述のグリュミオーのほかにフランチェスカッティ、レーピン、オイストラフ、ハイフェッツ、オークレール、シュタインバッハー(SACD)、そしてフリッツ・クライスラー。

フルトヴェングラーのこともあって、この中から一番期待した演奏はクライスラー(1875~1962)だった。往年の名ヴァイオリニストとしてつとに有名だが、何せ活躍した時代が時代だから現代に遺されたものはすべて78回転のSP時代の復刻版ばかり。

近代のデジタル録音からすると想像もできないような貧弱な音質に違いないとは聴く前から分かるが、あとは演奏がどうカバーするかだろう。

            

このクライスラーさんは自分が作曲した作品を大家の作品だと偽っていたことで有名だが、通常は逆で「大家の作品を自分の作曲だ」というのがありきたりのパターンなのでほんとにご愛嬌。

「フリッツ・クライスラー全集」(10枚セット)の中から、1939年に録音された「ヴァイオリン協奏曲第4番」(モーツァルト)を聴く。ちなみに昔の録音は少し大きめの音で聴くに限る。

音が出た途端に「こりゃアカン」と思った。高音も低音も伸びていなくて周波数レンジが狭く何だか押しこめられた様な印象を受けたが、段々聴いている内に耳が慣れてきたせいかとても滋味深い演奏のように思えてきた。

近年のハイレゾとはまったく無縁の世界だが、ときどきこういう録音に浸るのもいい。むしろ音質がどうのこうのと気にしないでいいから、つまり、はなっから諦めがついているので純粋に音楽を鑑賞するにはもってこいだろう。

はじめに「ウェストミンスター」で聴き、途中から「AXIOM80」に切り替えたが、このくらいの名演になると、もうどちらでもヨロシ(笑)。

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面白うて やがて悲しき 真空管

2016年07月16日 | 独り言

 参議院選挙が終わったと思ったら今度は東京都知事選挙。都民ではないのであれこれ言う資格はないが、とにかくテレビがいろいろと喧(かまびす)しい。 

昨日(15日)の民放のモーニングショーで、選挙の街頭宣伝カーに乗って27年という超ベテランのウグイス嬢が候補者の分析をしていた。

☆ 当選するタイプ

・ 日頃から地域と交流  ・ 欠点があっても改善しようとしている ・ とにかく明るい 

☆ 落選するタイプ

・ 仕事はできるが付き合いをしない ・ コミュニケーションが下手で改善する気がない ・ 常に上から目線で有権者を見ている

何だか一般社会で出世する人、しない人の区分にも適用できそうな分類だが、
これからすると、自分は当選するタイプにはほど遠いようだ(笑)。

他人から面と向かってネクラと言われたことはないが、自己分析ではどちらかというと悲観的に物事を考えるクセがあって少なくともネアカではないと断言できる。


たとえばアンプに使う真空管の話をすると分かりやすい。

まず使ってみて、出てきた音が悪い場合はガッカリして無駄遣いをしたと腹が立つ。その一方、メチャ音がいいとなると手放しで喜ぶものの、そのうち今度は真空管の寿命が尽きたらどうしようかと不安になり、スペアを確保しなければと焦ってしまう。


つまりどちらに転んでも精神の安定性を欠くのだからどうしようもないタイプだ(笑)。

こういう中、このほど「音が良くて丈夫な」真空管に巡り会って、しばし「魂の平穏」を得たので経緯を述べてみよう。

7日(木)のKさん宅の「245シングルアンプ」の音に痺れて、改めて我が家のアンプテストをした結果、前回のブログで述べたように「171シングル」がとても良かったが、実はこれと負けず劣らずだったのが「PX25シングルアンプ」。

この両方のアンプはその日の気分次第でどちらでもヨロシだが、強いて言えば前者はボーカルや小編成向き、後者はオーケストラなどの大編成向きという面がある。

日頃は球のお値段が手頃な「171」を使い、お客さんが見えたときは「鬼面人を驚かす」ではないが(笑)、冒頭の迫力勝負でもって結着をつけたいのでPX25を使うといったところだろう。

さて、このPX25アンプだがこれまでのブログでも繰り返し述べているように前段管次第で音質が千変万化する。

いろんな種類の球があって、「
いずれアヤメかカキツバタ」で甲乙つけ難しだが、一頭地を抜いているのが英国の名門「STC」ブランドの「3A/107B」。やや力強さに欠けるものの繊細な表現力はAXIOM80にもってこいだろう。

これで十分だと思ったが、いつものように欲が出て来たので顧問弁護士(?)の「北国の真空管博士」にお伺いを立ててみた。

「PX25アンプですがいろいろ差し替えてみましたが3A/107Bでようやく落ち着きました。しかし、もっと音のいい真空管はありませんかね?」

すると次のようなメールが返ってきた。

「3A/107Bはミューが7ですが、もう少しミューの高い直熱管がSTCにはあります。3A/110Bという球です。内部抵抗は3A/107Bや3A/109Bとほぼ同じでありながらミューは12あり繊細な表現を得意にしています。」

さっそく某ルートをつかって暗躍したところ、運良く測定値付きの新品「3A/110B」が手に入った。

それも次のような解説付きだった。

「STCの3Aシリーズはとても丈夫なことで知られています。これまで故障したという話を聞いたことがありません。中には <真空管を入れ替えて気分転換したいのにSTCの球は故障しないので困る> という苦情までありますよ。」

STCとは略語で正式には「Standard Telephones & Cables」という。そもそも通信用ということなので極めて丈夫に作ってあるのだそうだ。

音がいい上に丈夫とくれば、まず理想的な真空管である。これで3Aシリーズのうち3系統の球が揃った。

           

左から「3A/109B」(増幅率=4)、「3A/110B」(増幅率=12)、そして「3A/107B」(増幅率=7)。これから3種類の球のμ(ミュー:増幅率)の違いによる微妙な音の変化を楽しむことができるのはありがたい。

これだけあればPX25アンプの前段管は命尽きるまで大丈夫だろうが、その一方ではあまりに丈夫過ぎるというのも何だか「虚しい」気分にさせてしまうのは贅沢な悩みだろうか。

名句「面白うて やがて悲しき 鵜舟かな」(芭蕉)をもじって、「面白うて やがて悲しき 真空管」(笑)。

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