今日は本家の親父さんの葬儀があって行ってきた、父とは従兄弟で86歳だった
この本家の親父さんは10人兄弟で、うち2人が子供のうちに亡くなり男4女4が成人した
そして今回、親父さんが亡くなり、男4全員亡くなった、ところが女4は全員生きている
女の命強さがよくわかる。
さてこの親父さんの父親は、私の爺さんと兄弟と言うことになるが、この兄弟もまた10人
近く居るのだ、だから葬儀も一族だけで40人近く集まった。
私の父達はこの本家の親父さんと「いとこ世代」だいたいが80歳を超えていて、生存歳年長は
94歳、次いで私の父が93歳だ、まだ6~7人、いとこ世代が残っている
今度本家を継ぐ長男は、私と「またいとこ世代」ということになり年代では40~60代が多い
いまやここが今回の葬儀を仕切ったわけだ。
このまたいとこ、これまた数十人いるわけだ、顔と名前は知っているが地元に居ても日常的な
つきあいがほとんど無い人が多い。
おときの席で隣に座ったYくんもそんな一人で、私より10歳くらい若いのかな?
けっこう地元紙を賑わす名物男だというのは知っていたが、内容は知らなかった
私の父の生い立ちを聞いてきたので、あれこれ話すうちに戦争の話になり、お互い戦争マニア
(アジア太平洋戦争)であることがわかり意気投合、急に盛り上がった
そこから話しは歴史、この本家の家の先祖はどんな人?という疑問をYくんが言い始め、実は
私は、その話を祖父が書き残していて覚えていたから
「ああ、それなら知ってる、武蔵国比企郡**村の生まれで『**の徳右衛門仲政』というのが先祖」
「ええ~~!出身は関東出身!どうしてこっちに来たんですか?」
「古河公方、関東管領の家来で・・多分足軽じゃない?、川越夜戦で北条氏康に負けて上杉謙信(長尾景虎)
を頼って逃げてきたときに一緒に来て帰農したらしい」
すると別のまたいとこが「北前船であちこちと商売していたと聞いたことがある」と言ったので
「それは、こっちに逃げて来たずっと後で、秀吉の重臣堀久太郎が越州を治めたときに、先祖は塩問屋の
免許をもらって商売を始めたと言うことだよ」
Y氏これを聞いて大喜び、本家の新世帯主に「この話知ってた?先祖は武士で塩問屋をやっていて・・
世が世なら大金持ちだったかも・・・・知ってた?」
本家氏つれなく「しらん・・」それでおわり、興味があるかないかで大違い、猫に小判だ
このY氏、なぜか縄文時代マニア、縄文人の日本海航海を実証するために縄文人が乗ったと言う丸木舟を作り
700kmの航海を実体験して成功したという強者(つわもの)
「なぜ?」と動機を聞いたら、自分の家の田畑に家を建てようと掘り返したら縄文土器などが次々と発掘された
それから興味を持ったらしく、今は縄文人見習いとして日々研究に没頭している男なのだ
私が持っている「先祖のものと伝承がある兜と、本家の伝承を書いた書きつけをもって今度彼の工房を訪ねる
約束をした。 これも仏様のお導きだと感謝している
我が父とYくんの父とは従兄弟同士だが犬猿の仲だった、だがその子供同士はこうして意気投合、時代なのかね?