ID物語

書きなぐりSF小説

第32話。アクロニム。19. 空中観察

2010-11-11 | Weblog
 (朝食の片付けは鈴鹿がやった。虎之介が用意してくれた器具を点検して、作業開始。
 イチとレイが取っかかりとなるロープを張って行く。200m四方ほどの、狭い場所だ。空中サーフボードを使って、うまく木に飛び移る。伊勢が指示している。
 こちらは道無き道を行く。鈴鹿とエレキとマグネがいっしょだ。エレキが先頭で、次が鈴鹿。私が3番目で、最後尾がマグネ。
 やっとのことで、フィールドに到達する。こちらは観察しながら進む。マグネは先に進めて、危険があるかどうかをチェックする。)

奈良。堆積物を掻き分けた方がいい。

鈴鹿。いっぱいいる。いつも踏んづけているんだ。

奈良。避けるなんて不可能だ。

 (昆虫より小さい生物がたくさん居る。中でもダニ類は色がきれいだ。)

鈴鹿。これもダニかな。

奈良。8本足で、糸を出していなければダニだ。

鈴鹿。姿は小さなクモみたい。

 (地上の観察は2時間ほどで一巡できた。フィールドの様子が分かったので、モグに帰る。伊勢が出発の用意をしていたので、鈴鹿と行く。私は、モニタでイチたちの監視。ロープをうまく使って、林冠部の木の表面や葉の裏などを調べる。ダニ以外も多いし、あまりに個体数が多く、うまく調べないと、散漫になりそうだ。
 伊勢が到着。自分でもフィールド全体を回る気だ。時間をかけて観察している。伊勢と私では注目点がかなり違うらしく、鈴鹿は面白かったそうだ。
 帰ってきたのは、正午少し過ぎ。元気な鈴鹿は、昼食の用意。こちらは、作戦会議。何を重点的に見るか、順序はどうするかを決めて行く。文献を調査し、資料を取り寄せる。さすがに伊勢で、特徴的な化学物質によって種を特定する気だ。自然界で彼ら自身が使っている方法だ。ふと、気付くと鈴鹿がじっと見ている。)

鈴鹿。幸せそう。

伊勢。うふふ、まあね。浮世を忘れるってやつ。

奈良。鈴鹿も学者のエリートコースに乗っているはずだ。

鈴鹿。そういわれた。水本さんや土本さんは自覚がある。火本くんですら、自分の興味の赴くままではなくって、政治的意図を隠そうとしない。

伊勢。難しいわね。この調査はID社の指定項目だから、ID社が欲している情報でもある。

鈴鹿。伊勢さんや奈良さんの知恵を借りて、製品戦略の参考にする。

伊勢。だから、資金が出るのよ。タダじゃない。

鈴鹿。資金がなくてもやるんでしょ。

伊勢。あなた、よく分かっているじゃない。そうよ。暇があれば。

鈴鹿。一生かかっても、調査しきれない。

伊勢。それほどの山じゃないと、ちっとも面白くない。あなた、面白く思えるの?。

鈴鹿。微妙。彼らなりの世界があるのは興味がある。

伊勢。うふふ。1/1000になったアン人形。

鈴鹿。不思議の国のアリス。

奈良。とても面白いんだ。人間の目は0.1mmまで分解能があるけど、実際には1mmを下回ると普段は気付かない。

鈴鹿。同じ場所にいるのに、別の世界の住人。

奈良。そう。虫眼鏡の下は、全く別の原理で駆動している。

鈴鹿。素敵。

伊勢。素敵って、サイボーグ計画はそこまでやるんでしょうが。

鈴鹿。ええ。水本さんたち、知っているかな。

伊勢。教えてあげたら?。喜ぶかどうかで、彼らの実力が分かる。

鈴鹿。うん。試してみる。ささ、お昼ご飯をどうぞ。

伊勢。ううむ。おもいっきり主婦ご飯。そばにおむすび。

鈴鹿。てへへ。…、あんにゃろー、こんな食材選びやがって。

奈良。気が張らなくていい。ふつうにおいしいし。

伊勢。あらあ、心やさしい部長。

鈴鹿。特徴のある男ばかり集まってるから、世間の男ってどんなのか想像もつかない。

伊勢。そんな平凡なやつ、ちっとも面白くないわよ。きっとがっかりする。幸運よ。海原博士なんて、よく演技してくださる。って、あんた、営業しているでしょう。それよ、普通の男って。

鈴鹿。仕事で必死だし、こっちが演技してる。でも、何となく分かる。

伊勢。それが正常男よ。

奈良。こっちはヘンタイよいこか。

鈴鹿。何それ。

奈良。昭和は遠くなりにけり。

伊勢。クレージーキャッツとか知ってる?。

鈴鹿。「星よりひそかに」とか。

伊勢。全然違う。もういいわ。

 (食事が終わり、得られたデータを検討する。手当たり次第に見るだけだと、散漫になってしまう。テーマを絞らなくては。家畜は出てこないので、伊勢が化学物質中心に課題をまとめて行く。アナライザーで遠隔から分光分析できる利点がある。鈴鹿が目を丸くしている。)

鈴鹿。すごい。何でそんなにアイデアが出てくるの?。

伊勢。アイデアなんて大したことない。現実に使える形にするのが大変なのよ。

鈴鹿。そうなの?、奈良さん。

奈良。伊勢だからできるような気がする。

伊勢。奈良さんとは見方が違うから。何か入れたいテーマがある?。

奈良。大形動物が出てきたら、ダニの行動が変わるかどうかは、多少興味がある。

伊勢。なるほど。自動人形に注意するように言っておく。ウサギ以上の大きさの動物。

奈良。ムササビとかヘビとかか。どうしようかな。

伊勢。自動人形は、マウス以上の動物と、少数の危険動物に反応する。やっておく。

奈良。そっちは植物との対応か。

伊勢。当然。あとは日光とか温度とか湿度とか。

鈴鹿。化学物質って、分かってるの?。

伊勢。分かってるのもあるけど、ほとんどが未知。昆虫レベルでも、わずかな種類の刺激に反応しているだけ。ダニはさらに簡単なはず。

鈴鹿。よく生きられる。

伊勢。彼らなりの進化の頂点よ。興味あるの?。

鈴鹿。あまりないけど、話を聞くのは面白そう。

伊勢。それでいいわ。いつでも聞いてちょうだい。

鈴鹿。うん。

 (伊勢はさっさと手順を仕上げて行く。イチにアナライザーを調整させ、観察しては手順を考えて行く。しつこいので、イチは泣きそうになるが、レイが慰めている。)

鈴鹿。自動人形同士でもあんなことするのね。

奈良。会話は反応だ。そばにいるだけでいい。それを知らせるための仕草だ。

鈴鹿。いいコンビ。

奈良。イチとレイは、そばにいることが多いからな。役割ができているんだろう。

鈴鹿。だろう、って、奈良さんにも分からないんですか?。

奈良。そう見える。私の素直な感想を言っただけだ。本当のところは本人に聞かないと分からない。

鈴鹿。でも、聞いたところで、目の前の事実を解析してくれるだけ。

奈良。それだけだ。何も分からない。どれ、決まったようだな。エレキで試してみるか。

伊勢。ええ、やってみて。感想を聞かせて欲しい。

鈴鹿。こちらもいいコンビ。あうんの呼吸ってやつ。