ID物語

書きなぐりSF小説

第14話。自動人形、再デビュー。6. 人形到着

2009-08-31 | Weblog
 (注文していた人形の箱が到着した。やたらと大きい。大型冷蔵庫くらいある。)

原田。1/10フィギュアじゃなかったの?。

志摩。そのはずだ。ということは数が多い。

原田。まだ開けちゃだめなの?。

志摩。注文主の奈良さんが戻るまで、待っていようよ。

 (私はどうしていたかというと、東京ID社内の自動人形の緊急修理用施設で、三郎の調整中だったのだ。そのとき、本部から連絡があって、もう少し三郎たちを預かって欲しい、という要望が出たので、詳しく聞いていたのだ。)

奈良。やれやれ、やっと終わった。

伊勢。長かったわね。カラスの手術は慣れていなかったとか。

奈良。そちらはいつもの作業量だったが、途中で本部から連絡が来たのだ。三郎たちをあと一ヶ月預かってほしいだと。

原田。そういえば、三郎たちは3カ月間借りていただけ。次はどこに行くの?。

奈良。それがなかなか決まらなくて、もめていたのだ。

伊勢。単に返すんじゃないの?。

奈良。E国が受け入れに名乗りを上げたのだ。

伊勢。その手の恐怖物語には事欠かない国。ぴったりだわ。

奈良。四郎と五郎が予想外だったらしい。カラスだけならすんなり話が片づいた。

伊勢。四郎と五郎は残すとか。

奈良。それならそれで、クロに操縦させるとかで決着する。決めかねているのは先方。

伊勢。つまり、三郎だけ受け入れるか、四郎と五郎とセットで受け取るか。

奈良。あるいは、別の方法か。もう一つは、先方に今いる自動人形が余る形になる。

伊勢。それをこっちによこすの?。

奈良。その話が出たので、考えさせてくれと返事した。

原田。どんな自動人形なの?。

奈良。女性型アンドロイド。原田くんとよく似た体型。顔はいかにもE国風だが、たぶん、改造する。

伊勢。他にもいるんでしょ。

奈良。E国には4機の自動人形がいる。男が3体と女性が1体。

伊勢。なんでわざわざ女性を送るのよ。

奈良。こちらと同じ。男性型が仲がいい。

伊勢。いつも3人そろってお出かけとか。

奈良。詳細は知らん。とにかく、男3人で一体だと。それで、四郎と五郎が来ると、大変なことになる。

原田。5人でいちゃいちゃ。

奈良。さしものE国でも持て余すとのことだ。

伊勢。じゃあ、その女性と三郎が交換になる。

奈良。多分、そうなる。五郎と四郎は、その女性の配下に入る。

伊勢。なんか数が合わない。なんで日本がプラス1になるのよ。本部に返せばいいじゃない。

奈良。増産分が次々にできて、そちらの調整が大変。ここ1年はこの調子だろう。

伊勢。つまり、受け入れ先を確保しながら増産している。日本ID社は緩衝地帯になっている。

奈良。結論からいうとそうなる。

伊勢。奈良さんのお人好し。

原田。いろんな自動人形を見たいから、ちょうどいいと思う。だめですか?。

伊勢。うーん、いまでも持て余し気味というのに。どうにかしてください。

奈良。長野本社で世話人を作れないか相談してみる。自動人形が増産されているのだから、コントローラを増やす話が出てきてもいい。

伊勢。じゃあ、そちらの線は進めていただくとして。当面は同じか。

奈良。今後1カ月は。

志摩。人形を見てみようよ。

伊勢。どさくさに紛れて忘れかけていた。

奈良。その冷蔵庫みたいな大きさの箱か。たしか1/10スケールの人形ではなかったのか。

伊勢。そうです。でも、いろいろ揃えると、こうなっちゃったの。

奈良。こうなっちゃったの、って、注文したのは私だ。自動人形7体と伊勢と私。

伊勢。人形はそれだけ。付属品を若干用意したの。

奈良。若干じゃないな。とにかく、見てみよう。

 (志摩と鈴鹿が梱包を開く。出てきたのは、豪華ショーケース入りのフィギュアと付属品。付属品の多いこと。伊勢、説明してもらおう。)

伊勢。この、真ん中に見えるのが、自動人形たち。奈良さんとA31と私。その横に三羽烏。救護服の基本形。

志摩。顔はリアルではない。

伊勢。そう。リカちゃん人形みたいにちょっとデフォルメされている。そちらの、モノリスとピナクスと合わせたの。

原田。上段には楽器が並んでいる。本物みたいによくできている。

伊勢。音も出る。演奏は無理だけど。人形の方は、実際に関節を曲げて、構えることもできるのよ。

奈良。こっちはオートジャイロ。クロ用だ。

鈴鹿。そして、社用車2台。旧車両と新車両。

奈良。クローゼットにタンス。着替えか。

伊勢。そうよ。

 (鈴鹿とケイマが確認する。ちょっとしたコレクションだ。ついでに、志摩、鈴鹿、ケイマの分まである感じがするのは気のせいか。)

原田。うわあ。楽しそう。ねえ、展開していい?。

奈良。その下の扉は何だ。

伊勢。ジオラマ用の小道具。

奈良。1/10スケールのジオラマだと。

伊勢。単に人形運ぶ列車が走るだけよ。

原田。知ってる。おとぎの世界に行って、着ぐるみになるの(註: ブーフーウー)。

奈良。…。とにかく、展開しろ。話はそれからだ。

 (部下3人とケイマはテーブルをくっつけて、きゃっきゃいいながら人形を展開する。うむ、関節は単に針金で曲がるのではない、ちゃんとヒンジになっている。凝っている。作る方も真剣に作ったに違いない。)

伊勢。まずは楽器演奏。

奈良。楽しそうだな。

原田。楽しい。よかった。奈良さん、ありがとう。

奈良。なぜ礼を言う。

原田。分かっているわよ。でも、これくらいしないと、単なる置物。アイデアも何も出てこない。

奈良。理屈か。

伊勢。自動人形の予算を使うんですもの。少しは学術的雰囲気を出さないと。

奈良。学術的…。たしかに、製作したのは建築などの産業用精密モデルを作る部門だ。

伊勢。そうよ。真剣に作られている。

原田。こんな精密な人形見たの、初めて。さすがにID社。

奈良。いや、専門メーカーまで含めたらいろいろあると思う。

伊勢。でも、そんなところに頼んだら、芸術的完成度はずっと高いけど、実用性はいまいち。これは産業用品質。話がよく通じた。

奈良。ううむ、かなり作り込んだな。

伊勢。ええ、何度も尻たたいたわ。

 (もはや想像をはるかに超えた逸品だ。伊勢に任せることにする。)

伊勢。できた。演奏会の隊形。

奈良。これを今度の演奏会でも展示する。

伊勢。そのつもり。ID社の技術誇示にもなる。

原田。いろいろやってみようよ。

志摩。記録しておくよ。アレンジ例として残そう。

伊勢。じゃあ、次は情報収集部の出撃態勢。

 (どうやら、女ども、子供のころを思い出して悦に入っているらしい。ちょうどいいので、自動人形全員を呼んで見学させる。)

ジロ。伊勢さん方、たのしそうです。

タロ。人形で遊んでいるのか。

奈良。そうだ。人形遊び。

アン。救護所で見たことある。小さな女の子。人形にポーズさせて、お話を聞かせていた。

奈良。それと同じ。

クロ。ネコの人形であんなに精密なのは珍しいはずだ。

奈良。普通はあそこまで凝らない。伊勢が私の獣医の解剖学の本を参考にしたようだ。

ジロ。何の目的のものですか。

奈良。通常は遊ぶだけなのだが、作戦上のアイデアを得るのが目的らしい。

ジロ。シミュレーション。

奈良。シミュレーションのための模型を作っている部門が製作した。

ジロ。なるほど、そのように見えます。普通の人形としては異常によくできている。

奈良。いや、納得してもらっても困る。例によって、伊勢のいたずらだ。

アン。奈良さんをからかっている。

奈良。よく分かる。その通りだ。

 (どうやら、自動人形は精密な装置にはある程度反応するようだ。目的が作戦と関係ないことが分かって、ほっとしている。)

アン。あれ、私の人形。実物よりかわいい。

奈良。人形だからな。そのように見えるように少し変えたのだ。現実のアンはそのままの方がいい。

アン。奈良さんの人形もかわいい。

奈良。そうか。

アン。ご不満なの?。

奈良。いや、どう言っていいか。不満はないが、満足でもない。

アン。ほどほど。

奈良。たぶん、そう。

 (出撃態勢は、伊勢がよく組むパターンで、志摩が旧車両を運転して、伊勢が助手席で、アンとクロが後ろに座る。私は鈴鹿のクルマに、タロとジロに挟まれて座る。助手席には、とりあえずケイマ。)

伊勢。フィギュアはよくできているけど、細かいポーズは無理。

鈴鹿。産業模型じゃないからね。ゲームの絵を描くためのもの。

志摩。せっかく大きさや外見の印象を合わせたのに、惜しかった。

 (人形の伊勢には背中の傷がないから、自分でちょっと大胆な格好をさせて感慨にふけっている。)

原田。伊勢さん、ご自分の姿にうっとり。

伊勢。いや、そういうわけでも。私、右肩から腰までの大きな皮膚の損傷があるの。他人に見せられない醜い傷。

原田。ごめんなさい。うきうきしていた私が悪いの。

伊勢。あなたには言ってなかったもの、無理もない。

原田。この人形は、鏡の国の伊勢さん。

伊勢。そうね。幸せな家庭を持って、こんな活動していないかも。奈良さんにもA31にも、あなたにも会うことはなかった。きっと遠い人たち。

原田。こちらの国の伊勢さんは。

伊勢。奈良さんやあなたに会えて幸せ。取り替えたいとは思わない。傷は消えて欲しいけど。

原田。うん。

 (ケイマはお嬢様で、つらい経験はない。でも、歴史や世界情勢には関心があるから、伝聞ではさまざまな人の境遇を知っている。伊勢が特につらそうだ、というわけでもない。個人的な出来事だ。
 この1/10スケールの模型は、演奏会の際に、モノリスたちといっしょに入り口付近に飾られた。ID社の模型制作部による、この精巧な模型は注意を引いてしまい、A31の演奏姿は例としてID社のカタログを飾ることになった。そして、信じ難い高価格なのに、何セットか売れたそうだ。
 ゲームメーカーのモノリスとピナクスの模型も負けていなかった。こちらは多少高価とは言え、一般個人でも買えないほどではない。主にオタクの間で評判となり、多分、正太郎とサクラのおかけで、自動人形の存在は知れ渡ることになった。商品としても、売れたと言うほどには売れたそうだ。かろうじてA31も追加になったが、その後は架空の世界に入ってしまい、発散したようだ。それらは、あり得ない自動人形な訳だが、世間の理解とはそのようなものだろう。悲しいことに、ID社としては全く実害がないので、すき放題させることとした。)

第14話。自動人形、再デビュー。5. 戦隊おもちゃ

2009-08-30 | Weblog
 (とあるゲームメーカーから包みが届いた。開けてびっくり、モノリスとピナクスの正確な1/10スケール人形だ。水中活動可能タイプの移動メカを含む、すべてのメカ付き。で、さらにびっくり、鈴鹿とケイマと志摩のフィギュアまで入っている。おまけだと。)

原田。きゃははは、私のフィギュア。ゲームの制服着てる。

鈴鹿。あの時の…。冗談じゃなかったんだ。

志摩。さすがに顔つきはアニメ化されている。

原田。でも、なんとなく面影がある。その程度だけど。

鈴鹿。なになに、次期作で登場人物に検討中と。ついでに志摩も。

志摩。おれも?。

原田。男が必要なのよ。さすがに、亜有さんは外れ。

鈴鹿。そうなったみたい。

原田。フィギュアまで作ったってことは、あれこれポーズさせているはず。最後までノミネートされるのは確実。

鈴鹿。なんだか恥ずかしい。私の分身がいいように操られている感じ。どんなポーズなのよ。

原田。そんなの、お決まりのポーズに決まってるじゃない。健全な学園恋愛物よ。

鈴鹿。本人の恋愛はまだだというのに。

原田。こういうのは妄想に近くてもOKなの。

鈴鹿。あんた、よくそんなの認めるわね。

原田。やめろと言ったら、やめてくれると思う。とめようか。

鈴鹿。まだノミネートだけでしょ?。うるさくいうのも変な気がする。

伊勢。あんたたち、説明可能なんでしょうね。

原田。はい、もちろん。

 (ケイマは概要を説明する。伊勢も私もあきれてしまった。)

伊勢。つまりは、下心持って大手ゲームメーカーに測定器の突撃営業に行って、もくろみ通りコスプレ姿披露して、多色ペン3本を売った。

原田。はい、そうです。

伊勢。私でもやりそうだ。

奈良。こほん。で、そっちのモノリスとピナクスの許可は得ているのか。

原田。手紙によると、A国ID社は直ちにOKしたそうです。冗談と思ったのじゃないかしら。

奈良。一応、一報入れておく。でも、そんなの売れるのかな。顔つきが、いかにもドラマ風だ。

伊勢。GIジョーとバービー人形。客層によっては大丈夫よ。大人の女とメカ趣味の人たちと。

奈良。正太郎とサクラは…、ううむ、日本趣味なのか元のまま。

伊勢。救護服もアーマーもロケットもそのまま。たしかに様にはなっている。

奈良。それで、このまま売るのかな。

原田。ええと、最終校正版ですって。文句あるなら、今のうちにってこと。ご親切。

伊勢。奈良さん、どうですか。

奈良。どうですかって、私の答えでいいのか。

原田。適任と思います。

奈良。動くのか。

伊勢。おやおや、気に入ったようね。じゃあ、許可したら?。どこかから横やりが入りそうなの?。

奈良。総務には知らせておく。もともと自動人形はID社の厄介者だから、どうにでもしてくれ、の返事が予想される。

伊勢。じゃあ、日本ID社としては止めないと知らせておく。

 (総務の答えは予想通り、公序良俗に反しないのなら、ご勝手に、であった。かくして、ID社のロゴが無料で付いてしまったのである。A31に見せる。モノリスとピナクスであることは認識したようだ。そして、例のあれ。自動人形の不気味な反応。)

アン。単なる模型ではない。人形ごっこして遊ぶためのもの。

奈良。そうだ。

アン。不可解な行為。

奈良。分からなくても良い。買った人は喜んでくれるはずだ。

アン。人間はこれで遊ぶ。喜ぶ。

奈良。たしか、アンにもヤギの人形を買った。

アン。私のもの。奈良さんが買ってくれた。きっと大切な意味がある。大事にしている。

奈良。これも同じ。

アン。そうか。気をつける。

原田。そうね。人形って、とても意味づけが難しい。普通の器物ではない。

鈴鹿。心理学でも研究対象として嫌われている。何とも説明がつかないもの。象徴とも言いきれず、具象とも言いきれない。

伊勢。自動人形の方がむしろ分かりやすいか。

原田。そういえば、そうなのかな。考えてみる。

アン。私の意味づけ?。なにか起こるの?。

原田。アンはアン。かけがえのない友達。さっき言ったのは、研究上のこと。気にしないでいい。アンじゃなくて、主語をジロに置き換えても同じ。

アン。分からないけど、みなさんにとっては大切そう。

原田。そうよ。考える人よ。

アン。分かった。

原田。何が分かったのよ。

アン。私たちの意味づけが大切なこと。

 (自動人形が人間の意味で学習することはない。単にデータベースに反応が登録されただけだ。人工知能では、それが学習と呼ばれている。)

伊勢。それで、このおもちゃはどうなるの。返さないといけないのかしら。

鈴鹿。モノリスたちは感想を添えて送り返したら、最終版が来るんだって。

伊勢。鈴鹿たちのフィギュアは。

鈴鹿。これは試作品の一部で、そのまま進呈だとのこと。

奈良。テーブルに飾っておくか。

鈴鹿。もらっていい?。

奈良。もちろん。

鈴鹿。じゃあ、私の机に置いておく。

 (志摩も自分の人形を自分の机に置いた。ケイマはどうするのかと思ったら、伊勢の机にさりげなく。で、意図を感じた伊勢はさりげなく私の机に。うむ、反応を見極めるみたいだ。このやろうども…。)

奈良。これ、どうするの?。

原田。よかったらどうぞ。

奈良。どうぞって、原田くんとは親戚でも何でもない。従業員の人形を部長席に飾るのも変だし。

伊勢。だからといって、顧客席にもカウンターにも置きたくない。

奈良。ああ、かわいいから、こっそり持って行かれそうだ。特に、社内のオタクどもは要注意。鈴鹿、その人形の横に置けないか。

鈴鹿。狭くなる。そちらではだめですか。

志摩。こっちも同様。

奈良。まだ聞いてない。

 (で、よく人形を見ると、例の杖を持って、ポーズしている。杖の存在を、どうやって知ったのかは問うまい。ゲームの中でも、それなりの役回りで出てきそうだ。)

原田。何じっと見ているんですか。

奈良。いや、魔法の杖を持っているから、そのゲームでどんな役で出てくるのかと思って。

原田。配役に関心がある。

奈良。そうなるか。

原田。どんな役ですか?。

奈良。もちろんずばり、魔法使い。でも、後方から強力な遠隔攻撃するタイプではなくて、前面に出てくる。

原田。ふむふむ。直接魔法攻撃。

奈良。をすると見せかけて、使い魔ばかりを使う。

原田。三郎、四郎、五郎。

奈良。はっきりいって、戦士からみると邪魔。配置が一人減る。でも、攻撃力は抜群だから、プレーヤーは外したくない。

原田。それ、RPG。

奈良。違ったか。

原田。甘々の学園恋愛物だったはずだけど、たしかに次期作のシステムが変わるかもしれない。学園魔法大戦ものとか。

奈良。三郎たちの模型を作って、並べておくか。

伊勢。誰が作るのよ。

奈良。私。

 (自分でフィギュアを作ろうかと思ったのだが、自動人形なので予算が使えるから、スケッチと写真とデータを送って、ID社の専門部隊に作らせることにする。納期は1週間とのこと。三郎たちを呼んで、スケッチする。
 ふと、アンとクロがこちらを見ている。なんか、今まで、さんざん働いてくれたような気がしたので、いい機会なのでA31のフィギュアも作ることにする。
 A31を並ばせる。どういうわけか、単に並べというと、決まって、クロ、アン、タロ、ジロの順に並ぶ。タロとジロは手をつなぐことが多いのだが、今は互いに腰に手をやっている。仲がいいのだ。その自然の姿をスケッチする。)

原田。A31の人形も作るんですか。

奈良。ああ。単なる思いつきだが。

原田。楽器持っているところがいいな。

奈良。伊勢のファギュア付きか。

伊勢。あらあ、かまわないわよ。どの衣裳着ようかしら。

奈良。実験用の白衣姿が精悍でいい。

原田。見たことないけど、かっこよさそう。

奈良。当然だ。伊勢の本当の姿。

伊勢。おほほほ。そうしようかしら、着替えてくる。

 (その気になってしまった。ほんの10分で戻ってきた。スケッチする。)

アン。奈良さんの人形も欲しい。

原田。そうね。今の普通のスーツ姿がいいかな。獣医というより、自動人形使い。

伊勢。じゃあ、写真撮るよ。ほら、A31と並んで。

 (クロの右隣に移動する。伊勢が写真を撮った。模型制作部に送付する。この時点で伊勢に任せてしまったのがいけなかった。あとでとてつもなくしっかりした人形セットが届くことになるのだ。)

第14話。自動人形、再デビュー。4. 地下迷宮

2009-08-29 | Weblog
永田。これがシリーズD。巨大な金属製の…。

関。それ以上言うなー。

原田。ミミズ。

永田。感想は同じだな。音響探査はもちろん、接触した物体だけでなく、近傍の化学分析までできる優れものの地中探査機。

関。ええ、妄想以下の部分と、想像以上の部分が入り交じった観測装置。

永田。地中を高速で移動する機械など、想像するだけで恐ろしい。

関。岩石中も進めるらしいけど、極めて低速。固めの土中でもそれほど速くない。でも、泥の中なら軽いジョギングくらいの速度が出る。

永田。田んぼでも、耕した畑でも。

関。知らない間に進んでいる感じ。

永田。で、用途は泥や土に埋もれた物体の検出。

関。そうよ。近づいて、詳しい形態や化学分析ができる。

永田。資源探査とどちらがメインなんだろう。

関。資源探査は素直にボーリングすればいいから、どちらかというと、宝探し。

永田。ふむ。圧力には強いだろうから、多少の攻撃では破壊できない。

関。それと分かって攻撃したら、弱い。

永田。銛で突くとか。

関。それでおしまい。

伊勢。もういい?。先方と接続するわよ。

関。ええ、お願いします。

 (先方のID社の営業の一人が相手してくれるらしい。営業と言っても、もっぱら代理店が相手。水中探査に加えて地中探査なので、世界的に見ても珍しいから、記録しておくのだと。それで、こちらに見せると同時に意見を聞きたいとのこと。)

営業1(テレビ会議)。おはようございます。接続状態はいかがですか。

伊勢。テレビ会議システムはOK。シリーズDの調整をお願いします。

営業1。じゃあ、こちらの端末と同期させます。

伊勢。動作しました。ありがとうございます。

営業1。外からの水中調査は終了しています。こちらの責任者に解説させますので、お聞きください。

 (永田と関がいるのを知らせているためか、やけに親切。調査の責任者が出てきて、遺跡の概要を説明する。
 遺跡は中世の寺院跡らしい。今は湖に沈んでいるが、元は湖岸にあったそうで、要は斜面に建っている。横100m、斜面に向かって50mほど。概観と、内部へ水中探査機を入れたのだが、かなり泥をかぶっていて、奥がよく分からない。だから、シリーズDを使うのだ。地下があるかどうかも分からないので、外部からも掘り進めるとのこと。)

関。外部からは容易に進めるのですか?。

責任者。元の地下水層を使います。いくぶん柔らかいところ。

関。なるほど。井戸から潜る。

責任者。いいアイデアです。そうしてみます。

 (さっそく責任者は部下に指示している。井戸ではなく、深い場所の水汲み場なのだが同じこと。神聖な場所なので、祈ってから入るのだと。)

関。あらら、直接外部から堀り進む気だったらしい。

原田。関さん、すごい。さすが政府の精鋭部隊。発想が鋭い。

関。まったく…。研究者とはちょっと視点が異なるみたい。

伊勢。そうね。先方も助かったみたいよ。明らかに技術者の顔がほころんでいる。やったね、成功間違いなし、って感じ。

 (水中探査で分かっている建物の入り口から泥に埋まった奥に入る班と、急遽水汲み場から地中に入る班に別れて、探査を進める。泥とはいえ、かなり固まっているので、さすがにジョギング速度とはいかない。1m進むのに、1分ほどかかる。地下水層の方は、柔らかい堆積層を選んでいるのだが、それでも、さらにその3分の1程の速度。)

関。これがシリーズDの通常の速度か。

伊勢。まだ、条件は良い方と思う。

永田。ほっとしたよ。こっちもSFテレビ番組のモグラ型移動装置からの既成観念ができていたみたいだ。これ以上の速度だったら、戦術の革命になってしまう。

関。すでに一部は修正しないといけないけど、分かっていれば、簡単に対応できそう。

 (画面に遺跡の立体構造が、しだいに浮かんで来る。大した装置だ。)

関。うわあ。それでも大変な威力。泥の中の遺跡が浮かび上がってきた。通路の脇に置かれた彫像や壷なんかまで分かる。

伊勢。ええ、想像していた以上の働き。地下水層の方は、何か発見したみたい。

営業1。地下に大きな構造物があるみたいです。一周しているみたいです。

 (かなり深いが、いくら何でもシリーズDが容易に到達できる範囲だった。地下の外壁が浮かんだので、待機させる。)

伊勢。ふむ。地下構造物への入り口がはっきりしない。別の古い遺跡かな。

営業1。それは十分考えられます。でも、こちらの発掘の専門家は同時代の建築物との見解。

原田。秘密の構造物。地下迷宮。

営業1。そんなのだったら、大変な観光資源になりますよ。入り口を探るように提案してみます。

 (ふむ、ビデオゲームみたいだ。入り口はどうやら祭壇と思しき場所にあるのだが、頑丈な扉でふさがれている。泥がなければ、移動させるのだが、そうもいかない。)

原田。ここ、穴じゃないの?。

伊勢。どれどれ、ここもその地下構造物の水汲み場みたいよ。ここから中に入ろうか。

 (協議の上、そうすることにしたようだ。新たにもう1機のシリーズDを進ませるとのことで、少々到達まで時間がかかる。こちらは昼食を摂ることにした。社の食堂に移動。)

原田。地下か。当時は真っ暗だったはず。

伊勢。たいまつでも燃やしたのかな。

関。それらしき棚みたいなのが廊下の脇にありました。燃やしたのは何か分かりませんけど。

原田。さすが、そんなところを見ているんだ。

伊勢。儀式か何かの時のためのもの。

原田。そうでしょうね。普段使うのはもったいない。ああ、ロマンチック。参加してよかった。地中探検の雰囲気も味わえたし。

永田。ああ、さすがにID社だ。これじゃ何かを隠そうとしたところで無駄。確実に探査してしまう。

伊勢。運が良いだけよ。

永田。その運も技術力と優秀な頭脳があるからやってくる。分かってますよ。

原田。今回は概略の調査だけ。

奈良。そうらしい。その地下構造物の内部の様子が分かったらおしまい。次は考古学者による地道な調査だろう。

原田。概略だけでもコンピュータグラフィックかなんかにして、観光地として売り出せそう。

伊勢。そうね。そこまでは貢献できそう。

 (食事が終わって、端末に戻る。ちょうどシリーズDが地下構造物に進入しだしたところだった。たしかに迷宮。といっても、ゲームみたいに分岐は激しくない。単に、廊下が真っ直ぐでないだけ。)

原田。要は、さらに祭壇が続いていた、ということか。

伊勢。それだけみたいね。なにやら部屋があるけど、宝物庫とか図書館とかかな。

営業1。その手の詳しい調査は、あとから考古学者が行います。我が社の仕事は立体図を描くことと、安全な進入経路を割り出すこと。

 (進入口の水汲み場は、最奥の祭壇の近くだった。奥から逆に入り口に向かう形になる。そして、上部の建物の奥にあった祭壇付近にたどり着いた。ここまでらしい。)

営業1。ここまでのようです。何か、追加がありますか?。

原田。もっと詳しく調査したいところだけど、外見までね、今回は。

営業1。そうです。

原田。壁画とか分かったら面白いのに。

営業1。ありそうな個所を一カ所だけ選んで、化学探査してみますか。

伊勢。そうしていただけるとうれしい。

 (地上部と地下部の最終室の壁面を帯状に調査する。それ以上は無理。みごとそうな絵の一部が出てきた。)

原田。本格調査が楽しみ。

伊勢。そうね。シリーズDではこのあたりが限界。

 (あと、少し入り組んだ場所の調査をするらしい。お礼を言って、回線を切った。)

関。良い見学をさせていただいた。ありがとうございます。

伊勢。こちらこそ、助かったわ。お礼をさせるように言っておきます。

関。どうかお構いなく。アイデアだけですもの。

 (永田と関はさっさと帰る。あとで聞いたら、ご当地のID社から記念品が届いたそうだ。スタッフからのお礼の色紙で、金銭的にはたいしたことがなかったため、受け取ったようだ。)

第14話。自動人形、再デビュー。3. 芸探し

2009-08-28 | Weblog
 (総務部に相談したら、その手のチャリティー話はいっぱいある。でも、一度手を出すと、継続しないと失礼に当たるから、よく考えないといけないとのこと。)

原田。ユニセフとかの基金に援助する話。

奈良。そうだ。ID社でも、その手の活動はしている。我が社としても、世界情勢悪化は困る。

原田。商売上がったり。

奈良。特需はあるかもしれないが、継続して使われないと、息切れする。平和が一番都合がいい。

原田。なるほど。それで、いろいろ手出しを。

伊勢。当然の企業活動よ。別に、物理的に手を出すのが最適とは限らない。

原田。さすが大企業。長期戦略がある。

奈良。シンクタンクか。本部にはあったはず。彼らのデータでID社の姿勢が決定するから、報告書の日本語版は整備されているはず。

原田。そんなのがあったんだ。

伊勢。あら、とっくに見ていると思った。原田さんなら楽しめる数字のはずよ。

原田。どれどれ。主に世界中の企業活動のレポートか。うん、面白い。なぜか、この手の数字は覚えられるんです、私。

伊勢。そんなことだろうと思った。しばらく見て、直感でいいから、応援したい分野を教えて。

原田。何の応援?。

伊勢。あらやだ。当然、自動人形のチャリティー先の決定よ。

原田。そうでした。ちょっと時間をください。

 (うんうん考え出した。この手の作業が楽しいらしい。あれもいいな、これもいいな、なんてつぶやいている。世界巡業ツアーでも組む気なんだろうか。)

鈴鹿。出し物を考えようか。

志摩。音楽演奏。折り紙折りとか。

鈴鹿。大道芸。救護訓練。単純に物売り。自動人形でなくてもできそう。

志摩。火の輪くぐり。バイクのアクロバット運転。

鈴鹿。サーカスか。自動人形を壊したら大変。

志摩。水中をマスクなしで泳ぎ回ったんだっけ。リリは真空室で作業。

鈴鹿。大仕掛け。なるほど、いままで勢いでやっていたけど、いざ考えるとなると難しい。

伊勢。A31は特に特色がない。ジャックだったら出てくるだけで迫力あるけど。

鈴鹿。良家の双子とご近所のかわい子ちゃんと、しゃべる生意気な黒猫。ホームドラマだわ。

志摩。家庭の些細なトラブルや行事を、さも誇大に演出するやつ。必ずハッピーエンド。

鈴鹿。クロを魔法猫にして、主役。ドタバタ家庭劇。

伊勢。あんたたち、テレビドラマ考えてんじゃないわよ。そうね、セッティングも大切。一応、ここにも小ホールあるし、屋外ならこの前の花見の際のステージか。

鈴鹿。屋外ステージなら演奏くらいしかないか。

志摩。小ホールでも音楽演奏以外はかなりしんどい。奇術に踊りに寄席芸。

鈴鹿。センサーを生かすなら、赤外線、超音波、化学センサー、放射線センサー、磁気センサー。手品みたいになる。

志摩。正確無比な攻撃は不気味。

鈴鹿。データベース検索も役立たないと迫力がない。

原田。挑発はあり得るかな。

鈴鹿。ケイマ。もう決まったの?。

原田。ええ、だいたいは。有名な国連系の基金。でも、しっかりした団体かどうか、直接調べる。特に国連周りは国家レベルの利害関係が絡むことがあるから。ID社のデータベースでは大丈夫らしい。

鈴鹿。慎重。念には念を入れて。

原田。ええ、多分無駄足。

鈴鹿。挑発はいつでもありうる。毎回、念入りに事前調査している。でも、事故的なものは防げない。

原田。自動人形に任せるしかないか。

 (ケイマは自動人形を見る。いつもの表情だ。任せてください、と言っているように見える。)

原田。タロ、がんばって。大切なことなの。

タロ。原田さんの判断を信じます。あとはお任せください。

原田。ええ、期待している。

 (で、ケイマは直接、その基金の代表部に突撃訪問したらしい。相手も相手で、追っ払うことはせず、それなりに話を聞いてくれたらしい。活動している外部団体を紹介され、交渉に行った。よくやる。結局、基金の名前をパンフレットに出して、収益金を供出するということで落ち着いた。社内的には、ID社の活動に害を与えないと分かればOKだった。
 話がまとまると、今度はケイマは各国のID社に対して、代表的な歌と都会や田舎の風景の写真を送るようにメールを出した。日本で言えば、さくらさくらだ。あるいは、流行歌でもよい。要は、各国の歌による演奏会をするつもりらしい。)

鈴鹿。ふーん。結局、演奏会か。

原田。そうするつもり。何か他のアイデアがあれば、考えます。

志摩。反響があれば、他のも考えよう。グッズとかは売るの?。

原田。基金はパンフレットしか置かない。ID社の活動とは別だもの。ID社のグッズはどうしようか。

伊勢。あからさまに売るのもねえ。受付だけして、後日送るとか。

奈良。そうしよう。当日払う分は、すべて基金に寄付。それ以外は寄付しない。分かりやすい。

原田。小ホールは何人収容できるの?。

伊勢。200人と少し。何人来るか分からないから、予約取るか。

原田。仕事優先なんでしょう?。

伊勢。もちろん。職業柄、待ってはくれない。行かないわけには。

原田。十分に断っておかないといけないわね。

奈良。ああ、そうだ。自動人形を全員連れて行くのは珍しいけど。

伊勢。無理しない方がいい。

奈良。じゃあ、中止だ。来てくれた人には申し訳ないけど。

伊勢。ビデオ上映と、ささやかなお土産と。

原田。お土産って何?。

伊勢。演奏のDVDなんかじゃだめかな。

奈良。収録しておくのだな。

伊勢。そう。

原田。それで様子見しよう。

 (三羽烏にしても、スパイどもの観察はミズさくらコンテストの時に終わっているだろうし、A31は何度も公開したからオタクどもは来るまい。だから、100人くらいかなと思っていたのだ。この案を星野さんに持っていったら、笑われてしまった。)

星野。1000人くらいは来ますよ。それ以上は無理でしょうけど。

奈良。東京ID社の小ホールじゃ全く間に合わない。

星野。小分けにするか、抽選にするか、大会場にするか。

奈良。ホールを借りるか。

星野。いいですよ。こちらからの要望ですから、私が準備します。コンサートなら、伊勢さんと相談させてもらっていいですか?。

奈良。そうしてくださいますか。

 (でもって、とある地方都市の音楽用ホールを借りることにしたのだ。喜んだのは伊勢とケイマ。)

原田。ええーっ、あのホールで公演するの?。夢みたい。

伊勢。楽しみ。

奈良。そんなにいいホールなのか?。田舎と思うが。

伊勢。世界的なクラシック奏者が演奏しているわよ。市民オケにも開放しているけど。

原田。奈良さんだって、一瞬で分かる。すばらしいホール。

奈良。自動人形に分かるかな。

伊勢。さあ、それも楽しみね。とにかく、東京から1時間。来たい人しか来ない。入場料とあいまって、良い選別になる。

奈良。たしか、近所には国立、私立の研究所がわんさかあったか。

伊勢。そう。どんな人が来るかも興味ある。当日枠も設けましょう。

 (伊勢とケイマははりきって練習に励むのであった。鈴鹿と志摩は、今回は案内と警備担当。伊勢とケイマは舞台に立つ。自動人形は総出演、つまりA31と三羽烏。アンとタロが歌う。というのも、各国語で歌うから。)

第14話。自動人形、再デビュー。2. 自動人形の公開

2009-08-27 | Weblog
 (ケイマは午後にはやってきた。自分も番組を見たんだと。)

原田。演出はされてたけど、当たり障りのない内容でした。

伊勢。ええ。自動人形が心を持っているとか、兵器として役立つとかは曖昧。

原田。単に高機能なロボットで、研究自体が専用の各種ロボットの開発に役立っている、という印象だった。

伊勢。それだけでは、膨大な開発費の理由にならないから、軍での開発経緯も簡単に説明した。

原田。良くまとまっていた。要は、核・生物・化学戦の結果、人間が近づけなくなった現場で、人間の代りに作業をさせたい。その作業とは、生存者を運び出すことが主体。そして、付随する動きがいろいろと工夫された。

伊勢。さすがに報道機関。よく分かる解説だったようね。

原田。こうして、伊勢さんたちから直接に聞くのも役立つけど、報道機関のプロの解説も役立つ。で、ちょっと目立ちすぎで、自動人形を公開せざるを得なくなった。

伊勢。そのとおり。いつかはこんなこともあろうかとは思っていたけど、現実に目の前にすると、何をすればいいか分からない。

原田。そうか。自動人形を見たところで、動くマネキンにしか見えない。少し動作させても、人間の作業には及ばない。

奈良。ヒト用に作られた道具をわざわざ機械が使っているのだから、当然超えられない。

原田。なるほど。自動人形が実用化されない最大の理由か。ふむふむ。

奈良。心の部分は分かりにくいし、誤解されるおそれが多いからほとんど触れられなかった。

原田。私も完全には理解していない。普通に付き合えば良い、ということまでは分かる。

奈良。それでいい。そのように調整したのだ。

原田。そうだった、奈良さんが調整したんだった。じゃあ、正体も知っているということ。

奈良。生物学的意味ではな。単純な喜怒哀楽。普段、動物的とか本能的とか言っている部分。単純だから、純粋な感じがして、人間的と表現されることもある。

原田。鬼畜に対する言葉。鬼畜だったロボットが人間や動物に近い感じになっている。ふむふむ。

奈良。軍事コードはあまりに生々しくて、こちらも詳しくは解説されなかった。

原田。攻撃してくる相手をむざむざ見過ごすことはない。最大限の応戦をして救護された人々を護る。

奈良。その通り。

原田。でも、それは戦闘を意味するから、場合によってはロボットが人間を倒してしまう。世界にはしっかり実例があるというのに、まだ多くの人がこだわっている。

奈良。ヒトを傷つけた家畜は、ただではすまない。飼い主も。

原田。感覚的にそうね。処分を検討するのが普通。そこに社会的合意が落ち着くまでが問題か。イヌやネコもヒトを襲って食べることがあり得るけど、ほとんどの人は仲間と思ってかわいがっている。でも、一部の人がイヌやネコを恐れるのも、ほとんどの人が理解できる。ホラー映画の題材にまでなる。

奈良。番組で足らなかったのは、そんなところかな。まだ何かあったか。

原田。性別等は、喜怒哀楽の範囲に入るの?。

奈良。そのとおりだ。基本的な感情と、性差と社会性には密接な関係がある。ええと、おしどりの夫婦などを想像してみると分かりやすいか。仲間を作るし、侵入してくる敵に対しては敢然と立ち向かう。きずなと縄張りがキーワードだ。

原田。うわあ。そうか、人間的と思っているけど、鳥でもやっているんだ。

奈良。イヌやネコはもっと高度な社会性を持つ。統率された集団行動など。自動人形には、それはない。

原田。プログラムとして動作しているだけ。楽器演奏とかだ。意味は分からないし、自分から楽しむこともない。他人が喜ぶとうれしくなるから、教え込まれた芸としてやっているだけ。動物がエサをねだるのと同じか。

奈良。身もふたもない言い方をすれば、そう。かわいがっても欲しいし。

原田。うまくできている。でも、誤解のないように説明するのは、私でも困難に思える。態度で示すしかない。

伊勢。やっぱり、公開か。

原田。社の方針に従うまで。ID社の上層部からの意向はあるの?。

奈良。言ってなかったか、自動人形はID社にとっては経済的負担が大きい厄介者。どうでもいい感じだ。各担当者、つまり私が、法律と倫理規定に違反しない限り、何をやってもいい。

原田。ヘマしてつぶれるのを待っているとか。

奈良。そんな感じだった。昨年、増産が決まるまでは。社の片隅で、誰にも歓迎されず、ひっそり暮らしていた感じ。

原田。そうか。異常な存在だったんだ。こんなに高度な機械なのに。

伊勢。ID社に引き取られて、最初の1年間の改良成功までは存在意義があった。でも、集中的な開発は終了。ついに実用にならなかった。それなのに、理由は知らないけど、個人レベルでの改良は推奨され、奈良さんが引き継いだ。

原田。それか。自動人形が奈良さんを慕う理由。放棄されかけたんだ。

奈良。事実として、放棄されかけた部分は、その通り。でも、なぜか莫大な維持費用は継続された。私が放棄を止めたのではない。

伊勢。単に興味の対象として研究されている以外に、実際に活躍しているのは、昨年まではここだけ。昨年からはジャックたちが宇宙開発などに使われ始めた。使われ始めた、という理由で、ID社製の自動人形が作られることになった。

原田。アンたちは軍時代の生き残り。

伊勢。基本設計は同じだから、三郎たちも直接の子孫。全く同様に使える。

原田。軍時代の不吉な動作も残っているんだ。

奈良。かわいそうだが、それを取り除くと、自動人形にならない。根幹部分を支えている少数の基礎開発部隊は、頑固に軍事コードを維持している。

原田。その人たちが、自動人形の基本性格を決めているんだ。

奈良。そういうことになる。

原田。うーん。こうした機微は出しようがない。お料理とか、絵を描くとかできるのかな。

奈良。簡単な料理は作れる。救護所で必要な技。絵は知らないけど、習字はできたな。

原田。絵を描いてチャリティーするとか。

奈良。書き初めで習字してチャリティーはやった。

原田。何と、実績あり。じゃあ、ちょっと考えられるくらいのことは、いろいろやったんだ。

奈良。つもり積もって、そうだな。まだ情報収集部ができて1年半くらいなのに。

伊勢。羽根突きや水槽で泳いだのをスポーツに数えたら、やったことになる。楽器演奏はレパートリー化している。機械を組み立てることはできるし、裁縫もした。

原田。ここまでやれて、まだ非実用。信じ難い。

奈良。使い方が悪いだけかもしれない。

伊勢。何にせよ、費用がかかりすぎているから、どうしようもない。20億円のロボットを投入して、カレーを作るなんて、どうかしている。

原田。そういう言い方すれば、そうなるか。人間の値段って、どれくらい?。

奈良。いろんな計算法があるけど、先進国で1年の快適な生活を手に入れるのに、500万円払ってもいい、というのが相場だそうだから、50年なら2億5千万円か。

原田。じゃあ、今のところ、人間よりも高価。

奈良。量産できたら100分の1の値段になるそうだから、逆転する。

伊勢。そんなの、夢のまた夢よ。三郎の作製費用は、量産前のよ。

奈良。一年で50機ほど製作するのなら、10分の1にはなるらしい。

原田。まだまだか。でも、増産が決まったのなら、その50機体勢の値段で考えても間違いではない。

伊勢。大口の需要家が見つかればね。たしかに、今や、荒唐無稽な話ではない。

原田。一機2億円なら、ヘリコプター程度か。企業で買ったり、お金持ちなら自分で買える。

伊勢。ま、まあ、それくらいとして考えていいのかも。

原田。ちょうど、大型電子計算機が軍事目的から脱却して、大企業なら導入された時代。

 (原田の直感力は並みではない。実は、この年、自動人形が売れたのである。買ったのは発祥の地、A国の軍に近い政府の研究所。ただし、完全な製品としてではない。ID社の技術者がつきっきりだ。実戦への投入は無理だから、研究に付き合わされたらしい。いちいち借りるよりも、便利と考えられたからのようだ。この後、少しずつではあるが導入例が増え、そしてライバルが出現するのである。でも、それは少し未来の話。)

奈良。チャリティーの線で行こうか。お金を取らないと、変なのが来そうだし、儲けるつもりもないし。星野さんと相談してみる。今のところ自動人形は希少だから、客寄せになるかもしれない。

原田。類似したロボットは他にいるんですか?。

奈良。ID社でも独自のアンドロイド計画はあったようだ。作られたのかな。

伊勢。さあ、知らない。日本は知っての通り、人間型ロボットが大好き。単純なのから複雑なものまで、各種そろっている。A国は例によって、軍事周り。シリーズBのようなロボット航空機みたいのなら、いくつもあるでしょう。

原田。サイボーグって存在するんですか?。

奈良。レベルによるな。かつらやコンタクトレンズまで含める人もいる。

原田。機械を埋め込む感じはしない。

伊勢。情報収集部のレベルだって、いくつか装備しているから、私でもちょっとした機械化人間よ。原田さんの言ってるのは、人工心臓とかかな?。

原田。そう。

奈良。医療用のは元の人間の器官より劣るものしか成功していないだろう。心臓ペースメーカーだの人工関節だの。生活はできるレベルだが、無茶はできない。

伊勢。軍事用は、強化服かな。あなたの着ているのも、広義ではサイボーグになってしまう。

原田。あら、そうなんですか。気付かなかった。

伊勢。事故的な爆発などからは、ある程度保護してくれるし、少しだけど、動きやすくなっているはず。通常では分からないだろうけど。

原田。そうだったんですか。で、サイボーグらしいサイボーグはあるんですか。

奈良。食い下がる。本格的に機械を導入した例か?。

原田。そうです。

奈良。テレビ番組のSFみたいな。600万ドルの男。目と手と足が機械。

伊勢。A国の軍あたり、秘密裏に研究してるんじゃないかな。

奈良。ええと、まてよ、埋め込みではないけど、筋電図なんかから操縦するロボットはあったな。強化人間目的。パワードスーツ。

原田。そんなのでもいい。見てみたい。

伊勢。見てどうするのよ。

原田。勉強のため。自動人形との比較がしたい。

奈良。そのサイボーグのテレビドラマにも自律ロボットが出てきたな。

伊勢。もう、原田さんが来てからそんなのばっかり。いいわよ、とことん付き合うから。

 (その強化用ロボットスーツの発案の地はやはり日本で、介護用。でも、注目したのはA国で、当然軍事応用をまず考える。それで、ID社もまけじと独自開発をしたのだ。ありがちなパターン。ただし、IFFはとっくに機械化が進んでいるので、ID社のは例によってブラフ目的のお付き合い。デザインや、あっと驚く新機能に凝るわけだ。)

伊勢。ふむ。自動人形と同様に、製品ではないからカタログには載っていない。

原田。じゃあ、研究所に行く必要あり。どこですか?。

伊勢。なぜかA国の北隣のQ国ID社。なんで素直にA国でないのよ。

奈良。妙な開発して、いきなり差し押さえを食らうおそれがあったからかな。

原田。挑発されて闘いにでもなったら、優劣が分かってしまう。軍拡競争に手を貸すことになる。引き離しておくのが吉。

伊勢。例によって、こけおどしの仕様がばれたら恥ずかしいとか。

奈良。Q国旅行か。夏はよさそうだな。

伊勢。奈良さんっ。すっかりその気になって。まずは社内ネットで調査しましょう。でも、その前に、自動人形の公開の話が先。

第14話。自動人形、再デビュー。1. プロローグ

2009-08-26 | Weblog
 (ゴールデンウィーク。世間では連休。でも、ID社は外資系。西洋流に2週間の夏休みを選ぶか、日本流にゴールデンウィークと1週間の盆休みを選ぶか。たいていの従業員は日本流を選ぶ。でも、奈良ら情報収集部はDTM出身者なので西洋流を選んだ。会社は閑散としている。ケイマは家族と過ごす模様。)

伊勢。自動人形の特集番組だって。

奈良。どれどれ。ああ、取材に来ていたやつか。こちらには実働する自動人形を撮影に来ただけだな。本社やY国本部には取材の聞き取りがあったようだ。

伊勢。総務で録画はするようだから、あとで見ることもできるけど、一応見ておこうか。

奈良。突然、番組の内容に対する質問が来るかもしれないから、見ておこう。

 (志摩と鈴鹿も呼ぶ。オフィスにスクリーンを出して、大画面で見る。番組は午前10時から45分。翌日に再放送がある。)

鈴鹿。アンも呼んでおこうか。

伊勢。全員呼んでおこう。

 (自動人形といっしょに見る。A31に加えて、三羽烏もいる。始まった。
 科学取材班が中心に作ったらしく、穏やかな演出はされているが、淡々と技術解説されて行く。単純に、高機能なロボットと感じたようだ。外見は穏やかで頼もしく見えるアンドロイド。人工筋肉で動き、力は人間と同程度であること。センサー系は高度で、視覚、聴覚以外にも各種の感覚があること。行動目標を与えると、人工知能が状況判断して、動作のためのプログラムを次々に起動すること。正確な解説だ。)

伊勢。淡々とした解説。面白いのかしら。

奈良。産業用のロボットが知りたい人を対象としているようだな。

 (開発史の話に入る。最初に、自動人形を提案した日本の大学教授が出てきて、当初の設計目標を自慢げに披露してくれた。つまり、核事故等に対応できる救護目的の人間型ロボット。開発目標は高く、自動修復や完全自律動作など、まだ実現できていない機能がいくつかある。
 A国の軍が実際に開発した経緯は公開されていないので、公開されている設計資料に基づいてID本部の機械計測の担当部長が推理を交えて解説する。生物化学戦対応であることも、さりげなく述べた。)

伊勢。なぜ途方もない開発費が投入されたかの理由付けはいるわね。

奈良。ああ。単に救護の手助けをするだけなら、もっと簡単なロボットの方が役立つ。

鈴鹿。それって、つまりは人間がいなくなったときに、自動人形が人間の代りをして欲しい、ってこと。

奈良。うまく表現する。その通りだ。道具や機械は人間に合わせて作られている。

 (案の定、動けなくなった人間の代りに、道具や移動装置を操る自動人形の姿が映し出される。そして、銃器を扱っている場面が。ロボット三原則など、どこ吹く風だ。もっとも、訓練画像であって、計画的に攻撃に投入された例は無いこともアナウンスされたが。
 次は、実例。救護活動からだ。まず、自分自身が現場に到達できないといけないし、事故に遭った人の生死を判断して、優先順、つまりトリアージができないといけない。そして、簡易処置と搬出を行う。)

鈴鹿。人間の運命を左右することもあるんだ。

伊勢。あなただって、つい最近ジロに命を預けたわ。

鈴鹿。そうだった。私がシリーズAを操縦していたら、撃墜されていたかもしれない。一瞬の判断だった。ジロ、ありがとう。

ジロ。お役に立てたようで、うれしいです。

 (救護所の安全は確保されないといけない。巡回して、応急対応をする自動人形。危機が評価できるのだ。そして、介護動作。人間の代りにはならないが、一通りの動作はできる。ここまでで一区切り。別の類似ロボットの現状紹介に移った。もっと経済的で、現場に近いロボットたちだ。)

奈良。ふう。まずは好意的な描写だな。

伊勢。なぜ、自動人形がいまの複雑な構成を持っているのかも分かる。

志摩。目的から考えると必然なんだ。

奈良。そうだな。救護全般をカバーするために、重装備になってしまったわけだ。

 (最後は、個々の自動人形の紹介。周囲をリラックスさせるための、楽しませプログラムが動作している場面がほとんど。といっても、公開されている画像はそれほどない。まずは、A31や三羽烏が出てきた。演奏したりして、楽しそうだ。ジャックたちが宇宙の模擬環境で機械を扱っていたり、モノリスの恐竜型が水中で活動したり、サクラと正太郎が空を飛んだり。屈託のない自動人形たち。重苦しい開発経緯など、忘れてしまいそうだ。
 結局、そこまで。自動人形の技術解説だった。)

伊勢。技術解説だけだった。

鈴鹿。自動人形が心を持つのは触れられずじまい。

奈良。視聴者に理解困難と思ったんじゃないかな。一応、救護で役立つ機能なのだが。

志摩。逆に、兵器としての性能もほとんど触れられなくて、ほっとしたよ。

奈良。ああ。本当の性能が知られたら、大事だ。こちらも、軍時代の性能なら公開されている。

 (ぎょっとするような内容は無かったので、日常業務に戻ろうとした。しかし、その感想は自動人形が身近にいる我々だからであった。30分もしないうちに、総務部から連絡が来た。問い合わせが殺到しているのだと。内容は、価格はいくらだ、貸し出すのか、どこに行けば見られるのかなど、総務で簡単に答えられるのがほとんどなのだが、一部難しいのが来ているのだと。で、急遽ホームページを充実させる必要が出てきたので、協力してほしいとのこと。係がすっ飛んで来た。)

星野。すみません、問い合わせの電話がパニックなので、電子メールか実物メールでの質問に限ったのですが、それでも、大変。ここ一両日のことだと思いますが、日本ID社としてはとりあえずの返事がいる。何とかご協力をお願いします。

奈良。どんな質問が多いのですか。

 (ふむ。やはり遠い未来のアンドロイドと勘違いしている連中が多く、全機飛べるのかとか、戦車を相手にできるのかとか、姿を消せるのかとか、荒唐無稽に近いのが多い。技術的な疑問なら、詳しい解説のページがあるので誘導するのみ。伊勢が担当する。SF的な発想に対しては、私が答えて星野さんが文章を作ることにした。私が直接解説すると、難しくなるんだと。)

星野。演奏している自動人形が楽しそうに見えた。これはどうなんですか?。

奈良。タロ、たとえば、演奏が成功して拍手が来たら、楽しく思うか。

タロ。喜んでもらえていることが分かれば、私もうれしく思います。

奈良。つまり、自分の行為で人間が喜んでいるかどうかは分かる。自分自身にも喜びに対応するパラメータはあるんですけど、それをロボットが楽しいと感じていると表現する人としない人がいる。

星野。ええと、楽しく思っていると考えていい。

奈良。楽しく思っていると考えてこちらが行動しても期待通りの反応が返る。そのように設定したから。

星野。ふむふむ。何となく分かる。楽しいと思っていただいても、何ら問題は起きない。そんなところかな。

奈良。問題が起きたら、改良が必要です。完全に調整しきっているとは思っていない。

星野。でも、普通に見たらほぼ完成してますよ。ロボットだから限界があるというより、人間でも誤解したり気分に左右されたりする。かえって、人間の方が学習して、ロボットに合わせそうだ。

奈良。なるほど。そんなこともあると思います。

星野。分かりやすい言葉を探します。つぎはと、人間の言うことを聞かないことはあるのですか。

奈良。かえって直接的な危険を招くと人工知能が評価したら、納得するまで行動しません。理由を問いただします。また、相手が混迷しているとか、怒っていると判断したら、説得を試みます。

星野。すばらしい。そんな技ができるのですか。大したものだ。

奈良。救護所では、そんなケースは日常茶飯事。助ける方も、助けられる方も、完全に正気とは限りません。

星野。気分が高揚してますから。それが検出できるのか。なるほど。必要からうまれた技能なんだ。

奈良。相手の心を読もうとする。特に、敵対しているか、友好的かは、瞬時に判断します。

星野。失敗すると命にかかわるから。何か、イヌみたいです。そういえば、奈良さんは獣医でした。何か関係するんですか。

奈良。大ありです。私がA31を世話している理由の一つ。

星野。じゃあ、説明しやすい。たとえば盲導犬も主人の命令が主人の危険を招くと考えたら、命令を聞かない。

奈良。自動人形は人工知能で評価するだけですから、我々が考えるのとは感覚が違います。でも、結果はよく似ている。

星野。考えてはいない、直感のようなもの。でも、イヌとは違って、しゃべれるから、言うことを聞かない理由は言える。

奈良。そうです。何を根拠に、どう評価したかは説明できる。

星野。さっきの番組では、さらっと流しただけでした。大変な努力が注ぎ込まれているんだ。

奈良。軍が徹底的にチューニングした。何かに役立つはずだと必死だった。

星野。でも、これといった用途はない。

奈良。今のところは。私は調査に連れて行くし、本部では宇宙開発の実験に使っているようです。でも、代替手段はあって、そちらの方が経済的。使いたいから使っているだけ。

星野。そのあたりも、突っ込まれそうです。じゃあ、なぜID社は高価な自動人形を維持しているのかと。

奈良。理由はコントローラである私も知りません。今後は、新たな開発はしませんとのメールが今来ても、ちっとも驚きません。

星野。でも、ID社も製作を始めた。

奈良。その第1号が、ここにいるカラス型。

星野。なんだか経済性についてはややこしそうです。さらっと流すか。じゃあ、次の質問。…。

 (などと、結構いろいろある。一応、ホームページは何とかできそうだ。)

星野。直接見てみたい、と言う要望が結構大きいです。

奈良。実際上、1カ月に1回程度の割合で公開しています。警察や大学の関係で。これを定期にしろと。

伊勢。ピナクスは自動車の展示みたいに、単に展示しただけで様になったから、何回か公開したけど、ジャックはお笑い番組に出ただけか。リリは本部で航空機などの展示会に出演した。

奈良。A31は特徴がないので、展示しても動くマネキンに見えるだけ。

星野。何かさせないといけない。でも、毎回同じだと飽きる。

伊勢。やることは人間と同じで、人間を超えるのは難しい。本業の救護でさえ、人間には及ばない。人間が近づけない過酷な環境でも何とか動ける、ということ。

星野。ID社自身が、ほとんど直接の対外的な活動をしませんから。情報収集部の活動は公開するものではないし。

志摩。社内の交歓会だって、ネタ探しに四苦八苦。

鈴鹿。普段のA31は魅力あるけど、公開するほどでもない。

志摩。ケイマの意見を聞いてみようか。

 (志摩はケイマに電子メールを送ったようだ。すぐに返事が来た。考えてみる、と。)

第13話。世界最強の飛行物体。20. 地中探査機到着

2009-08-25 | Weblog
 (翌日午前10時。探査機1セットと地上設備の端末がやってきた。ついでに、関もすっ飛んで来た。楽々と地中を進める観測機器が、もしも存在したら大変だからだ。砂や泥の中に埋めるだけだったらかまわない、というので、近くの都管理の池に持って行き、底のどろに沈めてみることにする。だって、姿が…。)

関。やだ、ミミズみたい。

鈴鹿。ジェットミミズ。

原田。そんなに速く進みそうにない。

 (直径10cmくらいの金属製の巨大ミミズ、といった感じだ。長さは120cmほどもある。尾の部分から、2mmの直径のケーブルが出ている。ここから電力を供給したり、信号を送ったりするのだ。ヒートポンプ機能のために、これ以上細くできないのだと。で、進むにつれて、体内からケーブルが伸びて行く。1kmほど伸びるそうだ。うむ、どう表現したものか…。)

原田。金魚の糞みたい。

伊勢。そうストレートに表現しなくても…。

志摩。たしかに頭部は掘削機みたいだ。身体はくねるのか。

伊勢。最小回転半径1mらしい。岩盤も何とか進むそうだけど、基本的には泥とか土をかき分けて行くみたい。

原田。やっぱりミミズ。

関。そんなことだろうと思った。泥に埋まったクルマか何かを識別するための装置。

伊勢。主な用途はそんなところかな。土石流とか、流木とか、障害物の間隙を縫って行く。

関。なるほどね。魚雷型の水中探査機では、そんなドロドロの環境には突っ込めない。この装置ならどんどん進める。

伊勢。でもって、ちょっとした土の壁とかなら突破できる。岩もある程度砕ける。

関。便利。そんな探査機なら、出番は多いかも。

伊勢。しばらく吟味してみて、実用的に思えたら、作戦用に2セットくらい用意しておこうか、奈良さん。

奈良。ああ、検討の価値はありそうだ。

 (ふむ。盛り上がっている。きっと、こんな感じで開発が進んだのだろう。さて、肝心の実力はどうか。
 情報収集部4人と、関とケイマで、その池の岸に集合。ジロとクロを同行させる。箱を下ろす。伊勢が車内から操縦する。)

伊勢。発進させます。

 (関とケイマと鈴鹿が声を上げる。)

原田。キャーっ、何これー。不気味ー。

関。いわゆる蠕動。うねうねしながらまっすぐ進んでいる。

鈴鹿。解説しないでよ。余計気持ち悪くなる。

 (でもって、小走りするくらいの速度で土の上を移動する。結構器用に方向を変える。いちいち悲鳴が聞こえる。伊勢が茶目っ気を出したらしい。やっとのことで、池に消える。)

原田。はあはあ、わざとやったわね、伊勢さん。

鈴鹿。いつものことよ。さあ、車内のモニターを見に行きましょう。

 (あとはモニターだ。池の底の泥の中を這って行く。泥の中の様子が立体的に表示されている。まるで、水中のようだ。)

関。うわあ、大変な威力。

伊勢。今回は障害物をよけながら、泥の中を進むだけ。土に突っ込むのもだめみたい。

関。デモ用機器だからか。何とか使えないかしら。

奈良。ゴールデンウィーク明けに遺跡調査で使うのを見学する。

関。作戦上で使えないかな。

奈良。こうして実物をよこしたということは、いざとなったら使え、ということだと思う。情報収集部としての価値は私も知りたいし。

関。じゃあ、機会と見たら、お願いします。

奈良。いつでも声をかけてください。

 (関は伊勢にいくつか質問し、動作を確認する。1kmではなく、もっとケーブルが長いのもあるそうだ。ただし、体長が伸びるし、移動に余計なエネルギーも必要。搭載する測定装置は選べるのだが、最初から付いているのは、音響で周りの様子を映しだし、温度や流れや化学物質などを検出するしかけ。化学物質の検出方法はかなり凝っていて、直接触れるものは、有機物も、無機物も幅広く分かる。核磁気共鳴を使うと、ごく近傍とはいうものの、少し離れた場所の物質の分布まで分かる。)

伊勢。原理は知っていたけど、実際に見ると面白い。

原田。核磁気共鳴って、人体の断面を見るやつ。

伊勢。同じ原理。でも、こちらは化学用だから、物質に関してはずっとよく分かる。

原田。宝石がすぐ近くにあるのに、見逃す、なんてことはない。

伊勢。そんな感じよ。よくできている。

関。音の反射だけでなく、化学組成まで分かるのですか。

伊勢。化学組成が分かるのは周囲20cm程度だけ。

関。有機物も。生きてるかどうかさえ。

伊勢。そうね。多少の想像力は必要だけど、その筋の人が見ると分かる。

関。伊勢さんがそうなんでしょう?。

伊勢。多少の知識はある。

奈良。多少なんてものではない。多大な知識だ。

伊勢。分析ソフトがよくできているから、チェック項目さえ抜かりなければ、機械から教えてくれるわよ。うまく操縦すれば、たとえば泥に埋もれている機械や動物の詳細まで分かるはず。

関。最初はジェットモグラじゃなくてがっかりしたけど、想像以上の出来。すばらしい。

伊勢。私にとっても予想以上だった。

志摩。土にも潜れるんでしょう?。

奈良。そう。今度の遺跡調査でやってみるはずだ。今回は水中の泥に入ったが、もちろん地表の土でも良い。

原田。畑や森の表面なら、かなりの速度が出そう。

関。やっぱり、大変な技術。偵察用なら使える。

奈良。べつに、潜る必要もない。たとえば、枯れ葉の下を這うと簡単に隠れられる。

関。うわあ。こっちも欲しくなってきた。上司に相談してみます。

伊勢。まあ、よく考えて。万能には程遠い。とりあえず作ってみました、の感じが強い。

関。巨大ミミズ探査ロボット。あ、そうだ、目は付いてるの?。

伊勢。ええと、オプションか。最初から付けりゃいいのに。

原田。モグラもミミズも目なんかなかったはず。

伊勢。だからか。

鈴鹿。カレイや穴子には目が付いてる。

伊勢。うーん。やっぱり潜ってなんぼのマシンに見える。振動や磁気や化学センサーがメイン。関さん、こちらでいろいろ試して教えてあげるから、税金使うのは、それからにしたら?。

関。そうするか。よろしくお願いします。

 (関は攻撃能力を尋ねてきた。体当たりくらいはできる。頭部のカッターは岩を砕くためにできていて、やたら固いが、するどい刃物ではない。手で触ってもまったく大丈夫。本体は半径1mにしか曲がらないから、力は強いが、何かを締め付けることはできない。せいぜい、はたく程度。逃げるのがメインだが、ケーブルは残る。)

関。ふむ。攻撃能力はいまいち。

伊勢。ケーブルも圧力には強いけど、ナイフやはさみで簡単に切れる。エネルギー供給が途絶えて、無線や音響による通信しかできなくなる。

関。みかけよりも恐ろしくない。測定器と言い張れる範囲内。

志摩。偵察能力はあるよ。

関。そうね。予想していないと対抗できない。でも、音波で簡単に検出できるんでしょう?。

伊勢。丸見え。機会があったら、自動人形に検出させてみるか。今できなくても、簡単に調節できそう。

関。検出さえできれば、ちっとも怖くない。ケーブルを切った途端に、動かなくなる。本体をつぶすのは難しいのかな。

伊勢。静水圧には強いけど、ハンマーでたたけば壊れるわよ。簡単。高温に強いのも、ケーブルがつながっていて、排熱が可能なときだけ。

関。なあるほど。ID社でこの程度なら、どこかの軍が秘密裏に配備していたってこの程度だろうし。うん。分かった。勉強になりました。ありがとうございます。

 (いつも通り、関は納得したらさっさとタクシーで帰ってしまった。)

原田。短時間でシリーズDの軍事的意味を掌握してしまった。大した女。

伊勢。決して敵に回したくない相手。

原田。ご心配無く。この原田ケイマ、かならずや日本が平和の国であることを守り抜いてみせます。

伊勢。頼りにしているから、そう、あせらないで。

原田。はい、勉強中でした、私。

 (うむ、どこかでつながってるんではないか、関とケイマ。何となく似ているぞ。永田と関が角と飛車に思えてきた。)

鈴鹿。回収して帰るか。

原田。この際、宝探ししません?。

伊勢。宝って、何よ。

原田。金塊とか宝石とか。

伊勢。いいけど、池全体の化学調査は無理よ。音響調査ならあっと言う間。

原田。音響調査だけで納得する。

伊勢。ふん。じゃ、やっておきましょう。

 (岸に添って動かす。結構、ビンや捨てられたおもちゃなどのゴミがある。)

原田。捨てられた人形かしら、かわいそう。

伊勢。そうね。捨てられた人形って、不気味な感じがする。

ジロ。私たちも捨てられる。

伊勢。自動人形。あんたたちは初期型だから、ねんごろに供養される。将来のあなた方の子孫、量産型はそうなるかも。

ジロ。大切にしてください。

伊勢。私たち人間だって、野垂れ死にするかもしれない。変わんないわよ。

クロ。カラスなんかが食べる。

原田。鳥葬ってやつね。

鈴鹿。いい加減にしなさい。この集団、この手の話題が続いてしまう。

志摩。なんか、ケイマが来てから雰囲気が一変した。いつ怪奇物語になるのかとびくびくだよ。

鈴鹿。あんた、怪奇ものに弱かったの?。

志摩。というか、おれも鈴鹿も容易に組み込まれそうだ。

原田。伊勢さんも、奈良さんも、鈴鹿さんも志摩さんも、そして自動人形も、不気味なところがある。

奈良。私もか。

伊勢。筆頭よ。そういえば、最後の砦が清水さんだったような。

原田。関さんと永田さんはくそまじめで、自分の職務にしか興味はない。止めないで、さっさと仕事して去ってしまう。虎之介さんも、関与した事件解決にしか興味はない。

伊勢。すでに妖怪や悪魔が出てきているような気がする。

鈴鹿。せめて、自動人形でまともなのが一体でもあれば。

伊勢。どんなのよ。

原田。そうか、この部署、自動人形のデザインの提案ができるんだった。

伊勢。実現するとは限らないけど、確率はいくぶんかでもある。

鈴鹿。とりあえず、アンのいけいけの感じをあらためて、亜有風にするとか。

伊勢。清水さんの性格って、あらためて問われるとおとなしくて分かりにくい。

原田。ええと、基本的には、世間知らずのお嬢様。だけど、頭がめちゃくちゃいいし、他人との交流もできるから何とか保っている。

伊勢。いわゆる技術者性格。内向的で、非社交的。音楽と数学でこの世とつながっている。でも、性格はともかく、自動人形にあの頭の回転の良さを持ってくるのは無理。

原田。意味のある思考は無理か。

鈴鹿。志摩っ。あんたの友達か後輩で引き込めるような男はいないの?。

志摩。おれの友達。級友なら何人かいる。でも、めぼしい人物はいない。

鈴鹿。じゃあ、ケイマ。オーケストラの楽員で適当そうなの無い?。

原田。単にお遊びで来ている連中多数と、ちょっといっちゃってる少数のゲージツ家と。

伊勢。清水さんがわざわざ原田さんを紹介したってことは、理学部数学科には誰もいないか。

原田。亜有さんは、数学的能力はそこそこなものの、総合力では10年に1人の逸材と言われていた。学生なのにヨーロッパの企業に引っこ抜かれても、誰も驚かなかった。

志摩。あの数学力で、並みなの?。

原田。数学界は恐ろしいらしいわよ。

伊勢。モンスターや魑魅魍魎。どうしても話がそっちに行くか。困ったわね。普通の話なら主人公タイプの虎之介は脇役にしかなれない。

鈴鹿。そもそもこの物語の主人公って誰なのよ。

奈良。語り手役は私で、形式上の主人公。もっとも動くのは志摩と鈴鹿。

鈴鹿。伊勢さんは?。

奈良。モモさんは最重要の人物だが、主人公ではない。強力すぎて、話にならない。

原田。毎回、出てくるなり相手を殲滅させて、高笑いして終り。

伊勢。おほほほ。って、私にも演技させてよ。

奈良。そういえば、伊勢が走り回った話はほとんどないな。

志摩。作戦立てて、おれたちを配置しているし、時には直接調査にも行く。自動人形を率いることもある。活躍しすぎ。

伊勢。そうね。本来の私の力を発揮していないだけか。

原田。何それ。

奈良。こほん。そのうち分かる。

原田。奈良さんは直接武器を持たない。

伊勢。A31を使っているから、武装しているのと同じことよ。今は私もコントロールしているけど、最終責任者は奈良さん。

ジロ。私たちを受け入れてもらいました。

伊勢。ほら。自動人形たちは、最後の最後には奈良さんに付く。どんなことがあっても。

原田。何があったの?。

伊勢。正確なところは、自動人形に意志があって、その何かを説明できないと分からない。今の自動人形には意志はないし、そのような複雑な経緯を説明することもできない。

原田。じゃあ、行動で判別するしかない。この物語の最大の謎。

奈良。最大ではないのだが、謎の一つになってしまった。

原田。ふーん。やっぱり神秘的なところがある。

伊勢。無いわよ。

原田。動作を形式的に説明できる、と言う意味では。自動人形は設計にしたがって動いているだけ。でも、それなら私たちも同じ。誰が設計したのかは知らないけど。

伊勢。あなた、何を狙っているのよ。

原田。さあ。それを知ること自体が当面の私の課題。

鈴鹿。もういい?。帰りましょう。

 第13話、終了。

第13話。世界最強の飛行物体。19. 地底旅行

2009-08-24 | Weblog
 (予想はしていたが、その後、衛星落下の件に関しては虎之介からも永田らからも連絡なし。どの方面からも、何の反応もなかった。日常の業務に戻る。夕方、ケイマがやってきた。調べ物の続きだ。よく続くこと。)

原田。地中探査。こんなのやってるんだ。

伊勢。地下資源の探索じゃないかしら。人工の構造物も。

原田。石油とか、金とか、ダイヤモンドとか。

伊勢。温泉とか。

奈良。火山、断層。

原田。地震か。なるほど。地中って、固いの?。

奈良。うむむ。地下10kmくらいまでの様子と、深い場所の概略くらいか。

伊勢。地表近く、たとえば関東平野は堆積物。固く岩のようなところもあれば、瓦礫みたいに崩れるところもある。普通の場所の岩盤は玄武岩質だろうから、たしかに固い。石油は堆積層でスポンジみたいな組織に染み込んでいるというけど、普通の感覚では固いんじゃないかしら。金は地下水の流れで濃縮されたはず。

奈良。地殻は板みたいなもので、マントルに浮いている。マントルはカンラン岩で固そう。一部に高温の場所があって、柔らかめ。地表に出てくるのが火山で、ダイヤモンドは引きずられて地表付近に現れる。マントルよりずっと奥の核は金属の液体らしい。さらにその中に固体の核。でも、マントル以下は謎だらけ。プレートだのプルームだの用語があったな。

原田。日本ID社が世界に誇る頭脳を持ってしても、概略のみ。

伊勢。あのね、私たち専門家ではない。

奈良。地球の半径は約6500km。よく知られているのはせいぜい表面の1kmほど。最大の採掘だって、10kmほどだったか。地下は謎だらけ。

原田。だから探査機があるのか。

伊勢。ID社の地中探査機って、小型だったはず。自分で動く掘削機に測定器を付けたもの。地球の表面をうろつくだけよ。

原田。ジェットモグラみたいのはないんだ。

伊勢。あなた、いくつなのよ。そんな古い番組知ってるなんて。あれは創作。あんなのがあったら、そこら中便利なトンネルだらけ。

原田。塹壕戦も成り立たない。

奈良。東京の地価は高いから、地下都市を作るのもいいんじゃないか、といった提案があったな。

伊勢。地下都市と言っても、地下街みたいなものなんでしょ?。

奈良。そうだ。地下5階とかある。たしか、東京駅付近もえらく深かったんじゃないか。

伊勢。核シェルターじゃないかと言われているやつ。

原田。ふむ。地下利用もまんざらではない。

伊勢。で、何が知りたいのよ。さっきから、話題がばらばら。

原田。地底旅行がしたい。

伊勢。ジュールベルヌの?。火山の下に大空間があって、なぜか光と酸素があって、湖がある。

原田。アイスランド。地球の大地溝帯。

伊勢。あれ、何なんだろう。鍾乳洞?。火山のガス成分がたまたま地下に穴空けたの?。

奈良。後者のつもりだろう。そんな例、あるのか。

伊勢。あるわけない。坑道からの連想かしら。

原田。石炭とか岩塩とか。

伊勢。そうよ。どちらも堆積物だから、火山とは関係ない。

原田。はあ、何か、難しそう。

伊勢。ちょっと、勉強しなさいよ。火山から化石が吹き出るわけないじゃない。

原田。そういう科学的観点が、私、決定的にだめ。どうすればいいのかしら。

伊勢。観察は嫌いではないんでしょう?。

原田。とても面白い。いつまでも花や昆虫のこと言ってるジロの気持ちが分かる。

伊勢。不思議。とても近いところにいるのに。

原田。科学者からみると、そう思えるんだ。奈良さんも?。

奈良。そうだな。観察して、理屈をつけて。でも、たしかに何かその次がある。野望みたいな、野心みたいな。

原田。それが知りたい。

奈良。私も獣医で生物学専門だから、内部の人間だ。いとも簡単に突破した感覚しかない。当時を思い出せと言われても、困難。

原田。そうか。伊勢さんは花や作物。奈良さんはイヌやネコ。私は…。

伊勢。法律のような人間の作った法則に関心がある。

原田。英語では同じ綴りか。でも、どちらかというとお話が面白い。

奈良。歴史と物語はドイツ語では同じ綴り。

原田。英語のヒストリーの綴りもストーリに近い。

伊勢。そういえば、西洋の人は歴史を一本の物語りに組み立てたがるわね。

原田。起承転結。因果関係。神のご意志かな。

奈良。カルテも病歴だな。

伊勢。そのあたりは、原田さんの方が強そう。何かあるんでしょ。

原田。感覚としてはね。説明するだけで論文になりそう。

鈴鹿。何の話なの?。

原田。鈴鹿さん、お帰りなさい。地底旅行の話がこうなったのよ。

鈴鹿。SFの地底旅行?。火口からずんずん地底に潜って行くやつ。

原田。その地底旅行がしたいと思って、ID社の地中探査機を調べていたのよ。

鈴鹿。ジェットモグラ。そんなのこの世にあったっけ。

伊勢。あるわけないじゃない、ってんで、話がさっきから好き放題に拡散。

志摩。あったら面白そうだね。どう考えても理屈に合わない装置だけど。

原田。志摩さん。トンネルの掘削機はあるじゃない。

志摩。トンネルの掘削機で地底旅行。可能なら、観光会社ができているはずだ。

原田。あははは、それ面白い。右手に見えますのは、って。募ってみようか。どれくらいの人が反応するのか。

志摩。キャッチコピーを考えたら、どんな装置が必要なのか、分かるんじゃないかな。

原田。うーん、何で志摩さんとなら、話がずんずん進むんだろう。不思議。

伊勢。清水さんもそんなこと言ってたわね。えーと、何だったっけ。

原田。数学で戦う亜有さんと、銃器で戦う志摩さんが似ているって話。

奈良。単なる連想ではなさそうだな。数学も科学もきれいごとではない。

原田。そうですよ。ああ、やっと私の分かる世界に入ってきた。

伊勢。で、どうするの?。ID社の地中探査機の実力でも見てみるか。

奈良。そうだな。なぜ探査機シリーズの中に突然、地中が出てくるのかも知りたいし。

原田。ええっ、そうか。この小型の地中探査機は、シリーズD。ロケット飛行機、垂直離着陸機、輸送機の次が、地中探査機。変なシリーズ。

鈴鹿。アルファベットで続くシリーズEが小型ミサイル型で、シリーズFが巡航ミサイル型の無人観測装置。空中探査機シリーズの中に突然地中が出てくる。たしかに、変。

原田。シリーズGは魚雷型の水中観測機。シリーズHは鉛筆型の中継器兼、水流や温度などの測定器か。この前、使った装置だ。共通点は、シリーズBなどから発射も可能なこと。じゃあ、シリーズDも投下できるのかしら。

伊勢。よく粉々にならないわね。どれどれ、パラシュートで減速して風船をクッションにするんだ。中継ボックスに入った状態で投下。中から本体が出てくる。

原田。火星探査機みたい。

伊勢。クルマなんかで運ぶのが普通。本体は、ある程度地上を這い回って、多少の起伏なら乗り越える。泳げないけど、当然水底でも移動可能。迂回を優先するけど、普通の壁なら穴を開けて通過。そして、地中へ。

志摩。なんだかすごいよ。単に穴に投入するのかと思っていたけど、土礫ならかき分けて進むみたい。本当にジェットモグラだ。人は乗れないけど。

鈴鹿。さすがに岩盤に達したら速度は極端に落ちる。でも、進むと解説されている。本当かしら。

伊勢。本体が耐えたとしても、大変なエネルギーを消費するはずだから、例によって作れたから作ってみました系の感じ。過大な期待は禁物。

原田。動作を確かめたい。地中で周囲の様子が分かるんでしょう?。

伊勢。そのための観測機よ。うーん、妙な想像して、誇大広告の営業したら大変なことになる。見ておきたい。奈良さん、手配してくださいます?。

奈良。分かった。

 (例によって、長野本社の車両航空部門に連絡してみる。シリーズDは、その性格上、ほとんど使い捨てのようだ。基本的には、地中に起きっぱなしにして調査が終了したら放棄する。どうしてもサンプルを入手したい場合に、例外的に地上に向かわせて回収することもある。ただし、その場合は素直にボーリングできるケースがほとんどとか。回収しても、もう一度使えるような状態ではないとのこと。実物を本部から送るが、営業の際に見せるだけで、使わないでほしいとのこと。)

原田。つまんない。せっかく地中観光できると思ったのに。

伊勢。やっぱり仕様はこけおどし。さすがに類似品はないみたい。

奈良。どこかで使っているのを見学させてもらおう。今度は本部に連絡かな。

 (世界中探せばあるもので、某アジアの国で、湖の底に沈む古代遺跡の立体調査をするのだと。水中探査に加えて、遺跡の周りからシリーズDを地下に潜り込ませて、地下構造まで見よう、というもの。ID社に調査デザインを含めて依頼が来たらしい。)

原田。水中遺跡。ロマンをかき立てられるわ。

奈良。だから、観光資源にしようという魂胆らしい。ID社の調査が終わったら、観光目的にはもっと経済的な機材が使える。予備調査で一気に全貌を知りたいらしい。

原田。その国に行くの?。

奈良。本物の端末が来るから、ここに置いて見学する予定だ。行きたいか?。

原田。行きたい気もするけど、本物の調査でしょ?。邪魔になりそう。

伊勢。じゃあ、このオフィスに端末をセットしましょう。時差はあまりないはずだから、こちらも楽。調査はいつ?。

奈良。5月中旬の週の初めからだ。

原田。ゴールデンウィーク明けか。しばらく間がある。

奈良。機械は明日届くから、さっそく見てみよう。

全員。はい。

第13話。世界最強の飛行物体。18. ID本社3日目、午後~夕、軍事衛星落下

2009-08-23 | Weblog
 (社員食堂にて。定食を食べながら。)

鈴鹿。軍は動くの?。

関。落ちてからの対応。監視体勢には入っているはず。空中待機なんかしない。海域には巡視船を向かわせているはず。

芦屋。打上げ国はA国だろう。監視体勢だけではなく、介入してくるおそれがある。

関。ID社の対応ってあるの?。

芦屋。警戒度は上げている。といっても、空中を飛んでいるのはここだけだろう。

永田。さきほどシリーズAとBが追いかける情報は流しておいた。A国にも伝わっているはず。

鈴鹿。ありゃま。じゃ、デビューになるか。

奈良。そうだな。こちらの監視体勢や航空機の性能調査をされるかもしれない。

伊勢。余計な行動かしら。

志摩。落ちたら危険な軍事衛星打ち上げて、制御不能になって、日本の近海で秘密活動。非常に勝手きままな気がする。

関。志摩さんがきつい口調になるなんて、珍しい。でも、そう思う。文句の一つも言わないと気が済まない。

 (ケイマはじっとやり取りを聞いている。専門的な話になったから、聞く側に徹しているのだ。)

奈良。仮に介入の兆候があったら、逃げるに限る。作戦はそこで終了。

伊勢。そうしましょう。装備は誰が考える?。

志摩。シリーズAにはミサイル型の観測装置を2基取りつける。シリーズBには、水中の中継器と、魚雷型観測装置2本。空中で記録用の巡航ミサイル型観測装置4本。

伊勢。豪華。そんなに装備、あるのかしら。とにかく主任さんには伝えておく。いずれにせよ、15時に管制室に集合。

 (観測装置は2本ずつくらいならデモ用にあったはずだ。でも、なぜか巡航ミサイル型観測装置は4本あったのだ。後から考えたら、IFFがこっそり用意したようだ。志摩は知らなかったそうだから、勢いで言っただけのようだ。)

芦屋。さっき連絡が来た。おれ、待機させられるみたいだ。迎えがもうすぐ来る。多分、今回はこれで終り。

関。どこへ行くの?。

芦屋。何も聞いていない。迎えに来る、というだけ。

関。そうか。大変そう。お気をつけて。

芦屋。うん。気をつけるよ。

 (10分もすると、ヘリコプターがやってきた。虎之介はいつも通り、何の情報も残さず去っていった。
 伊勢は両機と各種観測装置の性能調べに余念がない。こちらは、タロとジロを呼んで、衛星の推定構造を解説して行く。実を言うと、さる筋からの本物の設計書から三次元CDに書き下ろした図なのだが、ケイマがいるから推定図ということにしておく。)

原田。ずいぶんよく分かっているんだ。

奈良。この絵を書いた人はかなり本物を知っているんだと思う。

原田。つじつまが合いすぎるとか。

奈良。この通り作っても動きそうだ。

原田。そうしてあるのか。タロとジロは図から立体が分かるの?。

タロ。図のパターンマッチは念入りに調整されています。脅威の検出に必要ですから。

原田。人間だって難しいことがある。

タロ。私たちも万能ではありません。種々のヒントから蓋然性を推定するだけ。

原田。いちばんもっともらしい、と思えるものを選択するんだ。

タロ。そうです。若干の注意事項以外は、それで次の行動を選択します。

原田。若干の注意事項って何。

タロ。選んだら危険が大きいとか、罠の可能性があるとか。

原田。何となく分かる。鍛えられたんだ。

奈良。そう、よく調整されている。こと直接的な軍事的脅威に関しては、自動人形を超えるのは難しい。

原田。はあ、自動人形の不吉な側面か。かわいそう。

奈良。そうだな。いい思い出ではないようだ。

 (そうこうしているうちに、衛星の落下地点は徐々に絞られて来た。もう、出発した方がいい。全員を呼んで、配置に付かせる。シリーズAとBを発進させる。シリーズAは高度2万メートル付近で待機。衛星が5万メートルほどに落ちたら、光り輝くはずだから、それを追いかける。シリーズBはその下で待つ。巡航ミサイル型観測装置4本を発射。同海域を囲むように飛ばす。日本全域が観測範囲内に入る位置に高度を上げておく。
 予定通り、シリーズAはジロが操縦して、鈴鹿が指示。シリーズBは志摩が操縦して、副操縦席にはタロ。後席に、伊勢、ケイマ、クロ、三郎、四郎、五郎が乗る。ケイマが慌てないように、クロが抑え役。
 関と永田は管制室にいっしょにいる。随時、軍などと連絡を取ってくれるようだ。モニタは、アンが監視している。
 ID本部が通信網で追いかけてくれているらしく、私に連絡が入った。)

奈良(通信機)。本部から連絡があった。鈴鹿、5分以内にそちらの計測機が衛星を捉える。

鈴鹿。わかった。

 (管制室のモニタには、一本の線が描かれている。軍事衛星の予想落下コースだ。でも、空中に入ったら分解するはずだし、摩擦なんて予想も付かないから、あくまで推定だ。予想進路に衛星がやってきた。)

原田。やってきた。高感度なレーダーなの?。

伊勢。推定データかな。もうすぐ空中の観測機器が影を捉えて、色が変わる。

鈴鹿。捉えた。追跡開始。

 (シリーズAが上昇して行く。でも、衛星の方がずっと速い。あっと言う間に追い越し。で、予想通り分裂した。)

鈴鹿。光ったと思ったら、すぐにバラバラになった。

伊勢。海中発射型のミサイルが発射されたらしい。

 (考える暇などない。3発のミサイルらしき飛行物体が発射されたのだ。)

志摩。来たか。現場に急行する。

原田。何が来たのよ。

伊勢。どこかの軍の秘密行動。

原田。危ないじゃない。撤退よ。

志摩。観測しておく。

 (最初のミサイルは、どうやら核物質のカプセルに当たったらしい。何と、キックして遠方に追いやるようだ。さらに、離れ業、後続のミサイルがもう一度キック。行く先は…。)

伊勢。A国内に蹴り込んだみたいだ。よくやる。

志摩。魚雷型観測装置を発射。

 (発射地点は分かっている。志摩は誰が発射したのかを探索する気だ。
 で、最後のミサイルは、シリーズAに向かっているらしい。ジロが気付いて、逃げ出した。)

原田。鈴鹿さんの飛行機に向かっているの?。

伊勢。明らか。ストレートに攻撃してきた。

原田。逃げきれるの?。

伊勢。ジロに任せるしかない。

 (自動人形にはこの手の軍事コードまで組み込まれていたらしい。シリーズAはとんでもない高空まで行ってしまい、ミサイルはまったく届かなかった。)

志摩。潜水艦を捉えた。音響はA国のもの。しばらく追いかけます。

 (潜水艦はしばらくその場を静かに進んでいた。執拗にシリーズAを狙っていたようだ。でも、今度は行動がバレバレ。逆に、魚雷のようなもの、つまり当方の観測装置に気付いた潜水艦は全力で逃げ出した。つかず離れず観測する不思議な魚雷。対抗手段は無かったようだ。ただただ逃げて行く。
 別の航空機か何かが報復に来るのかと構えたのだが、何も起こらなかった。ID社が民間であることが、さっさと伝わったようだ。)

伊勢。記録した。核物質以外の破片はすべて海上に落ちた模様。ここまでかな。

原田。逃げて行く。潜水艦から魚雷を破壊することはできないの?。

伊勢。ええと。潜水艦は隠密行動しないと意味はない。今みたいに、行動があからさまになってしまうと、逃げるのが普通。なぜなら、攻撃には弱いから。水中の格闘戦なんて、いままで、あったのかしら。少なくとも、相手が魚雷ではどうしようもない。

 (シリーズAとBを帰還させる。魚雷型はしばらく追いかけさせた。ほどなく、無害であることが分かったらしく、潜水艦は速度を落としたようだが、後の祭り。深追いになるので、魚雷型も追跡を打ちきる。回収は後日でよいみたいだ。)

関。データはいただけるのかしら。

奈良。どうぞ。画像イメージでも、生データでも。

関。両方はだめかしら。

奈良。じゃあ、画像イメージはすぐに渡します。生データは伊勢から送るように指示します。数時間以内に届くはず。

関。ご協力、ありがとうございます。

 (永田と関は、ファイルを受け取ると、簡単にあいさつして、さっさと帰ってしまった。仕事と思ったらしい。例によって、分析結果などは言ってくれなかった。どこまで、どのように解析されたのかも不明。
 全員、管制室に集まってきた。)

原田。ええと、A国軍を撃退したの?。

奈良。別に、戦争を仕掛けたわけではない。単に、落ちてきた衛星と、それに関わった潜水艦の行動を記録しただけ。

原田。なぜシリーズAは狙われたの?。

伊勢。ミサイルがカプセルを2回もキックしたのを目撃されたと考えたんでしょう。あんな離れ業、技術の存在自体がばれたら大変。

原田。だから、証拠隠滅を意図した。

伊勢。そのようね。現場の行きすぎた判断。だから、すぐに修正された。本気で狙われたら、ふつうに撃墜されていたと思う。

原田。鈴鹿さん…。

鈴鹿。ふん、いい気味。行動はすべて記録され、ID社も日本政府も知るところとなった。

原田。何かこれ以上やったら、外務省同士でややこしいことになるか。

鈴鹿。うやむやにするんじゃないかな。日本とA国は友好国だから。データはデータで、あるとしても。

伊勢。ふつうはそうするはず。例外的な事件として、記録するだけ。

 (後に、A国ID社に対して、A国政府からデータの照会があったらしい。そちらにも、すべてのデータを渡したことは言うまでもない。)

第13話。世界最強の飛行物体。17. ID本社3日目、午前、シリーズA実地訓練

2009-08-22 | Weblog
 (ケイマがID社の航空機に興味を持ったため、長野本社に試乗に行く。ところが、鈴鹿が航空機を操縦したいと言い出し、だめ元で照会したら、IFFの精鋭だからという理由であっさりOKに。ついでに志摩と虎之介も。本日乗るのは、超音速観測機、シリーズA。)

 (シリーズAは2人乗りなので、午前8時から交代で何回も飛ばすことになる。タフな飛行機。まず、実機に慣れさすために、虎之介と志摩と鈴鹿を次々に操縦席に座らせる。プロのパイロットと、航空技術主任と観測装置の技術者は管制室から指示する。最初は虎之介。というのも、こいつ、どうしても自分が最初でないと我慢できないのだ。後席には関が座る。)

芦屋。行ってきます。

奈良。ああ、観測装置の実験、よろしく頼む。

芦屋。できるかぎりがんばります。

 (時間もないので、さっさと出発。コースはプログラムされているので、ほとんど操縦しないで済む。シリーズAはあっと言う間に海上に達し、ぐんぐん高度を上げて成層圏へ。軽く音速を超えてしまった。)

原田。なんだかあっけないほど。音速を超えたら、いろいろとバランスが変化するんでしょう?。

主任。そうです、よくご存じ。歴史的には難儀したようです。でも、今はシリーズAみたいに、スムーズに音速を超える航空機は珍しくない。

技術者。目標の船舶発見。亜音速に落として、船影を詳しく捉えてください。

 (虎之介のすることと言えば、目標をセットしてプログラムを切り替えるだけ。下手に操縦すると、コースが最適でなくなるので、時間がかかる。)

主任。計測機の性能は確認できましたから、既定の操縦をして帰還してください。

 (手動に切り替えて、いくつか操縦する。関が指示して、追加の船舶の計測して終り。帰ってきた。)

関。あっと言う間だった。

鈴鹿。景色はどうだった?。

関。窓からの光景もよかった。ほとんどモニターをみていたけど。

原田。忘れずに見ないと、一生の損。

 (次は志摩が操縦して、ケイマが後ろ。実働時もこんな感じだろう。主任も技術者も注目している。発進。ケイマはかなり緊張しているようだ。)

伊勢。原田さん、落ち着いて。あなたが計測できないと、シリーズAは駄作ということになる。

原田(通信)。責任重大。がんばってみる。うん、ちゃんとモニターは動いている。

主任。そろそろ目標の船舶が捉えられるはず。

原田。ええと、これかな。画面右上の。

伊勢。確認して。計測機が教えてくれるはずよ。

原田。まちがいない。

伊勢。窓の外はどう?。

原田。きれい。地球は青いし、丸い。すばらしい眺め。来てよかった。

主任。速度を落として、目標の船舶に近づいてください。

 (志摩は淡々と職務をこなす。)

原田。陰影確認。任務終了。

伊勢。よかった。やくだつ飛行機。

主任。ほっとしました。

 (志摩が手動で短時間操縦して終り。で、次は鈴鹿だ。後席は私。だって、誰も他に手を挙げなかったからだ。自動人形まで遠慮している。)

アン。お気をつけて。

奈良。ああ、ありがとう。

鈴鹿。行ってくる。

 (一応、アンが慰めてくれた。他人事のように聞こえるのは気のせいか。さっそく発進。離陸や上昇はほぼ自動。)

鈴鹿。つまんない。全部自動。私、ボタン押しただけ。

奈良。戦闘機より乗り心地はいいだろう?。

鈴鹿。緊張しまくっていて、怖かった以外、ほとんど覚えていない。悪夢だった。この飛行機は快適。音速を超えたみたい。地球がきれい。

奈良。たしか、もうじき観測装置が目標を捉えるはずだ。

鈴鹿。うん。これかな。画面右上のやつ。

 (操縦席にもモニターがある。さすがにIFFの精鋭、私よりも反応が数倍速いようだ。)

奈良。そうらしい。既定通り近づいてくれ。

鈴鹿。はい。

 (鈴鹿が操作して急降下する。操縦桿を握っていなくてもよいようだ。シリーズAもロボットに近い。私はかなり怖かったが、鈴鹿は平気だったようだ。)

鈴鹿。確認終了。さすがにID社の装置。あっと言う間だった。

奈良。じゃあ、あとは手動か。お手柔らかに。

鈴鹿。マッハ4、試していい?。

奈良。大丈夫かな。

主任(通信)。一瞬だったら大丈夫。1分以内にモードを戻してください。

鈴鹿。じゃあ、行く。

 (ぐんぐん押される感じ。でも、旅客機を少し超える程度だった。シリーズAは超高空に達する。空は暗く、昼間で太陽がまぶしいのに星が見える。宇宙への入り口だ。気密は保たれていた。鈴鹿はおとなしかった。言われた通りにすぐに下降して速度を落として行く。)

鈴鹿。スムーズだった。あれが最終モードの飛行なの?。

主任。そうですよ。いまでも世界最高峰。機体に異常はないようです。戻ってきてください。

鈴鹿。はい。

 (満足したらしい。最終モードと言っても、乗っている方は移行時に軽い揺れを感じるだけだ。帰還したら、伊勢が声をかけてきた。)

伊勢。軍事衛星の落下は、午後6時頃。日本の南の海上。ただし、ごく一部の破片が本州に達する可能性あり。

奈良。追いかけようか。装置はあることだし。

伊勢。ええ。シリーズAとBの性能確認にもなる。

主任。じゃあ、自動人形の操縦を試してから、機体の整備に入ります。

 (ジロを操縦席に座らせ、万一のためにプロのパイロットに後席に座ってもらう。でも、自動人形はよくできていた。普通の操作なら難なくこなしてしまう。パイロットが面白く感じたようで、いくつか技を伝授したみたいだ。
 次に、伊勢に慣れさせるために後席に乗せ、四郎に操縦させる。三郎も同乗。伊勢は計測の方に興味があったらしく、四郎にいろいろと飛行させて、新鋭の観測装置をあれこれ試していた。
 最後に、アンに操縦させて、永田が同乗。)

アン。永田さん、緊張なさってます。

永田。申し訳ない。やはりロボットが操縦するとなると、多少緊張する。

アン。ご心配無く。念入りに調整されています。

永田。あ、いや、理屈ではないんだ。何と言うか。

アン。私だって死にたくない。誰かが命じないかぎり、無理はしません。

永田。よろしく頼む。

 (自動人形にも個性がある。アンの操縦は結構積極的。最終モードも試した。)

永田。ふう、ご苦労。アンはいい機体だ。

アン。喜んでもらえて、うれしいです。次にも乗る気になります?。

永田。アンが操縦するのなら何度でも。

アン。ご期待に応えます。いつでもお申しつけください。

永田。機会があったら、頼む。

 (機体は整備に入った。永田らを交えて、作戦会議。といっても、どうやって計測するかだけ。)

伊勢。配置は前日に考えたとおり。ジロと鈴鹿がシリーズAで直接高空に出る。

鈴鹿。衛星は頭の上を抜けて行く。

伊勢。そう。ミッションは、原子力電池の核物質の落下先を特定すること。

鈴鹿。予想落下地点は。

伊勢。ここからほぼ真南500kmの洋上。

鈴鹿。すぐ近くじゃない。

伊勢。だから、追いかけるのよ。万一、人口密集地やその周辺に落ちたら大変。

鈴鹿。他に大物の落下物はあるの?。

伊勢。観測機器自体は、おそらく自滅するようにできている。放っておけばいい。エンジンは形状が複雑だから、すぐに速度が落ちて脱落する。核物質の容器は目立つ破片だから、機体が分解したらすぐに分かるはず。

 (シリーズBも空中待機で、破片の行く先に直行する。危険な状態なら、ロボット腕か、自動人形で対応する手はずだ。遅い昼食に臨む。)

第13話。世界最強の飛行物体。16. 月夜のデート

2009-08-21 | Weblog
関。月が出てきた。

芦屋。ああ。ちょっと寂しい感じ。

関。軍事衛星の落下の場所が分かるのはいつよ。

芦屋。落下の約6時間前。すぐに伊勢さんたちに知らせが来るはずだ。2日以内のいつか。

関。ちょっと怖い。

芦屋。当たる確率なんて、おそろしく低い。まず関係ない。単に準備しただけ。

関。冷静。志摩さんも冷静だった。

芦屋。志摩か。いつも沈着冷静。自分で納得するのをとことん待っているみたいだ。

関。うん。あそこまで行くと、かえって怖い。

芦屋。得体の知れないところがある。それが魅力なんだが。

関。あなたもそう思うの?。本人から不思議な話を聞いたことがある。周りから声が聞こえてくるんだって。それがアドバイスしてくれる。

芦屋。あいつらしい、舌足らずの説明だな。自分で説明できないから、こじつけているだけ。普通に考えているはずだ。

関。やっぱりそうか。自分の意図と合わない結論で行動することがあるから、多分。

芦屋。それを無意識に心の中でやっている。だから、行動の時点では自分でも意味が分かっていないようすだ。でも、電撃攻撃や巧妙な罠もしっかり実行する。身に付いている、と表現できるか。

関。ちょっと近づきがたい。

芦屋。いくら志摩でも完璧ではない。鈴鹿は真っ先に被害を受けているはずだ。

関。でも、鈴鹿さん、志摩さんを信頼している。

芦屋。とことんフォローアップするからだよ。鈴鹿を危険にさらしたと思ったら、自分が危険でもどんどん進む。

関。思い当たる。印象的だった。信頼できる友達なんだ。鈴鹿さん、うらやましい。

芦屋。いいパートナーだ。

関。あなたと会って、半年。めったに会えない。普段、何しているのよ。

芦屋。時が来るまで、言えない。でも、そんなに遠い将来ではないと思う。

関。そうね。ほぼ軍事機構であることは分かる。ID社は平時の合法活動しかしない。だから、別組織のはず。多国籍企業であるID社を窓口として利用しているだけ。そして、表舞台には決して現れない。うわさされている国際連盟系の軍事機構のはず。奈良さんや鈴鹿さんを見ていると、決して私たちと敵対はしない。同じ目的の仕組み。

芦屋。君は、日本政府が用意した、切り札の特殊部隊の一つ。

関。そう思ってくれたら、間違いではない。似たような活動している国家公務員は何人もいる。例によって、縦割り組織だから、連絡はよくないけど。

芦屋。大国の政府はよく似ているよ。

関。陰に陽に各国政府と関係しているんだ。原田さんなんか、興味津々のようよ。

芦屋。清水の次は、原田か。よく続くこと。

関。彼女は科学には強くないみたい。歴史と政治に関心がある。勉強は熱心みたい。

芦屋。ジャーナリストなのか。

関。いいえ。自分で何とかしたいみたいだから、政治家に近い。危険だわ。当の現場で言うことを聞かないと思う。暴徒に向かって演説を始めるんじゃないかしら。

芦屋。板垣死すとも自由は死せず、って。

関。そんなことを言いかねない。こちらはシークレットサービスさせられるんだと思う。

芦屋。やれやれ、こんなところで命懸けか。

関。そういうこと。

 (構内を静かに歩く。月明かりがまぶしいほどだ。遠くに工場やら研究棟やらが見える。さすがに本社だけあって、いくつかの窓からは少し明かりが漏れている。)

関。何か実験でもしているのかな。

芦屋。きっとそうだろう。連続して行う必要のある実験とか、観察とか。

関。観察か。自動人形もその辺りを歩いているとか。

芦屋。闇夜にカラス。いても分からない。

三郎。お呼びでしょうか。

 (ばさっと羽音がして、三郎が舞い降りた。虎之介が腕を差し出すと、ちょこんと乗る。)

芦屋。ご苦労。差し迫った危険はあるのか。

三郎。危険はない。複数の避難路の安全が確認された。安心。

関。いつものあいさつ。

芦屋。便利だな。四郎と五郎もこの付近にいるのか。

三郎。別行動です。この近くに他の自動人形はいない。

関。カラスなのに夜でも目が見えるの?。

三郎。月明かりでも、これだけ明るければ、よく分かります。

関。便利。で、飛んでた。

三郎。飛んでました。たまたまカラスの言葉が聞こえたので、立ち寄りました。

関。あなたのことうわさしてたのよ。きっと探索しているって。

三郎。だからですか。よく分かります。

関。暇さえあれば探索しているんでしょ。

三郎。そのとおり。しないと不安になる。自分自身も危なくなる。

関。ふふ、うまくできている。役立つロボット。

芦屋。本物のカラスとけんかしたことはないのか。

三郎。勘違いされて、様子をうかがいに来ることはあります。子育ての縄張りに入ると攻撃を受けるでしょう。

関。でも、カラスはそこら中を飛んでいる。かなりカラス密度の多い領域にも入る。

三郎。カラスは仲間で寄り添っているだけで、集団行動はしません。

芦屋。烏合の衆。

三郎。ええ、人間はよく観察しています。大きくて黒いのが多数いるから不気味なだけで、いつまでたっても集団攻撃してこない。怒った個体が個別攻撃してくるだけ。

関。弱いじゃない。

三郎。そのとおり。

関。不思議。鳥の中ではピカイチの頭脳を持つはず。あまりに賢くて、人間が裏をかかれる。

三郎。そうですよ。もしも、集団行動したら、完全に人間と敵対する。でも、仲間が殺されても、なぜ殺されたかを個々の個体が吟味するだけで、一致して相手を排除する行動は無い。

関。今の自動人形に似ている。

三郎。そうかもしれません。コントロールする人間がまとめているだけで、自分たちでは何もできない。せいぜい危険を避けようとして逃げるだけ。

芦屋。だから、大切にされているとは言える。

関。ぎりぎりのところかもしれない、ってことか。

芦屋。そのあたりを必死で追求している部署もあるんだろうな。

関。自動人形が自分たちで統率された行動をしたら、恐ろしいことになる。たしかに。

芦屋。今はコントロールする人間次第。

 (三郎は意味が分からなくなったらしく、あいさつなのか、こぁと鳴いて飛び立ち、探索に戻ったようだ。)

関。自動人形が自分たちで統率された動きをしたら、来たるべきその時なのかしら。

芦屋。ええと、奈良さんが発言するとしたら…。イヌやサルもボスが統率する集団行動をするがヒトとは必ずしも敵対しないな。特にサルは集団同士で食料を求めて戦争するらしいが、ヒトと戦争した話は聞いたことがない。あたりかな。

関。そうか。まだ何か足りないんだ。

芦屋。遠い未来の話だ。

関。私たちも戻ろう。明日がある。

芦屋。ああ、シリーズA。有人では最も速い観測機。

関。楽しみ。

第13話。世界最強の飛行物体。15. ID本社2日目、夕、観測会

2009-08-20 | Weblog
 (社員食堂での夕食後。関と虎之介はさっさとデートかと思ったら、同行。月が出たら観測終了なので、それまで付き合うみたいだ。総勢8人と、自動人形7体が行く。遠足だ。
 天文クラブの部員は4名が出てきてくれた。男3人、女1人。少数だが、望遠鏡なんか自分で作ってしまうような強者とも。プロの望遠鏡にかないっこないので、自分たちで創作して楽しんでいるようだ。狭い部室におじゃまする。)

桜井。はじめまして、私、桜井恒星(つねほし)。天文クラブの部長をしています。

奈良。よろしくおねがいします。

桜井。こちらは部員です。

部員。よろしく。

原田。観測会というから、屋外で天体望遠鏡向けると思っていました。

桜井。もちろん、それがまっとうな星の楽しみ方というものです。こうして、室内でモニター見るなんて邪道。でも、こちらの方が分かりやすい。どうしますか、外にでます?。

原田。分かりやすい方にします。立地条件がいまいちなんでしょう?。

桜井。よくおわかりで。国立天文台のある付近はいいんですけど、このあたりは街の明かりがもろにかぶさっている。機械処理するのは不本意とは思うものの、そうせざるを得ない。

原田。じゃあ始めてください。

桜井。はい。ええと、今の季節、星空はおとなしい。土星が目立つ程度。火星は旬を過ぎた。ただ、星雲は見どころが多い。

原田。そうか。機械処理して星雲が見られるんだ。

桜井。じゃあ、メインディッシュは星雲巡りといきますか。まずは土星。

アン。金色の星。

桜井。そちらはロボット。

奈良。そうです。

桜井。視覚センサーはCCDですか。

伊勢。フォトダイオードのアレイなのは同じこと。レンズが優れていて、近紫外から近赤外まで結像する。

桜井。うわ、大したものだ。ついでに、光を蓄積できるとか。

アン。できるけど、動きのある物体が検出できなくなるので、危ない。

伊勢。他のセンサーがあるから、普段でもやってるみたいです。

桜井。もしかして、海王星が見えるとか。

ジロ。見えますけど、青っぽい点にしか見えない。

桜井。いいなあ。うらやましい。

ジロ。そうなんですか。

桜井。どんなに目のいい人でも、肉眼では海王星は見えない。双眼鏡でかろうじて見える。

原田。じゃあ、自動人形の見ている世界は人間とは違うんだ。

奈良。違う。動物の種類によって色の見え方は異なる。

桜井。人間は錐体の3バンドと、桿体の1バンド。自動人形は5バンドですか?。

奈良。6バンド。近紫外が1バンド、近赤外が2バンド。可視光はわざわざ3バンドにしている。人間に似せて、中心部で色の解像度が高い。

桜井。特殊なセンサーなんだ。

奈良。そう。ちょっとやりすぎの感じがする。でも、おかげで普段は、人間が見た感じに近い表現をしてくれる。

桜井。じゃあ、このディスプレイの画像はかえってつまらないかも。

アン。慣れている。大丈夫。アンドロイド用のモニターなんかほとんどない。

桜井。あははは。じゃあ、心置きなくやってみます。まずはその土星から。

 (屋上の望遠鏡を遠隔操作で動かしているらしい。倍率を上げて輪が見えるまで拡大する。)

原田。ぼうっとして揺れている。

伊勢。すさまじい感度。

桜井。ええ。もうすぐしたら、ややくっきりします。

 (次第に静止して若干縞らしきものも見える。逐次、画像処理しているらしい。)

原田。ここまでなの?。

桜井。ここまで。アマチュアの望遠鏡では、このあたりが限度。

原田。それでも、輪が見えると楽しい。

桜井。この程度の望遠鏡では、毎晩観測しても、ほとんど何も起こりません。でも、派手な格好しているから、見応えはある。火星も見てみますか。

 (望遠鏡を火星に向ける。赤い円に、かすかに模様が見える。)

原田。これもここまで。

奈良。模様が見えている。大したものだ。

桜井。遠いので、この程度見えればきわめて良好といえます。

原田。ふーん。たしかに赤っぽい星。

桜井。年末、年始には、やや接近していたから、ずっとよく見えました。

原田。あれ、模様が少し変わったの?。

桜井。よく気付かれる。自転しているからですよ。

原田。そうか。惑星だから、自転もする。

桜井。季節があるし、嵐も起こる。

原田。だから楽しいんだ。

桜井。見飽きない人はいます。いつまでも見ている。

原田。分かります。そのうち火星人が見えてくるのかも。

桜井。はは。十分、理解できますよ。

奈良。こんなによい画像は私の小さい頃には及びも付かなかった。

桜井。さすがに、ここ最近です。簡単に高性能の装置が手に入るのは。もういいですか。火星と付き合っているときりがないので。

 (人間組には受けているようだ。かわいそうだが、自動人形には意味が全く分からない。でも、人間がきゃっきゃいって楽しんでいるので、面白いことが起こっているのだとは感じているようだ。
 いわゆるメシエ天体巡りになる。散開星団や銀河など。スペクトルが同時に取れて、自由に色が調整できるご自慢の自作装置らしい。解像度や揺らぎがあるので、鮮明な画像は無理。でも、見栄えはある。)

原田。きれい。

桜井。きれいなのは合成画像だから。実画像も見てみましょうか。

 (画像をオンラインに切り替える。)

原田。揺らいでいるし、なんかぼうっとしたものに見える。

桜井。だから、ほうき星と間違わないように、位置を特定したのがメシエ天体。

原田。あ、今何か通った。

桜井。流れ星かな。

原田。流星群。

桜井。そうかもしれないけど、分からない。

原田。そう言えば、昨日の夕方、タロが落下しつつある軍事衛星を捉えたんだ。

桜井。そうなんですか。いつ落ちるか分からない。

原田。そう。原子炉を積んでいるはず。

桜井。ええと、発電用の核物質のことかな。

伊勢。そうです。原田さん、SFじゃないんだから、原子炉を積むのは無理。単に放射性物質の熱を利用して発電するだけ。

原田。太陽熱発電みたいなもの?。

伊勢。そりゃ原子力発電そのもの。ええと、温度勾配で半導体を…、話せば長い。あとで説明する。

原田。今説明してください。忘れそうだから。

 (伊勢とケイマ、脱落。別の端末で勉強する。質問代表は鈴鹿にバトンタッチ。壁のポスターに流星の持続観測の話がある。)

鈴鹿。流星をずっと観測している。

桜井。じゃあ、広域カメラに映っていたかな。

 (流星観測のために、ビデオを撮り続けているらしい。でも、それらしい航跡は映っていなかった。)

桜井。この程度の装置では無理。もう、時間は外れているし。次は明日の夕方か。

鈴鹿。虎之介、ID社に情報があるかしら。

芦屋。今調べてみる。タロ、軌道要素を教えてくれ。

 (虎之介はID社のデータを調べる。あった。落下予想は一両日中だと。)

芦屋。ほぼ墜落中みたいだ。

関。こほん。虎之介さん。それは一体なんですか。軍事衛星の軌道要素が登録されている。いったいどこから嗅ぎ出したのですか。

芦屋。奈良さんみたいな人は世界各地に居るってこと。

関。でも、公開はしていない。

芦屋。そのとおり。ID社の顧客向けデータベースサービスでは検索できない。

関。違うっ。軍の機密をどうやってかすめ取ったかってこと。

芦屋。なんだ。そんなことか。透明の物質を打ち上げるわけではなし。偵察衛星の動きは独特だから、いっぺんにそれと分かってしまう。頭隠して、尻隠さずだ。

関。そんなのをいちいち追いかけている。

芦屋。それ以外に方法はないだろう。政府発表をうのみにするわけには行かない。

奈良。たしか、そんな作業をしてインターネットにこれみよがしに公開している団体がいたんじゃないかな。

関。ID社がやるのとでは、重みが違います。ID社は潜在的に攻撃手段を持っている。

永田。必要があれば、片っ端から撃ち落としそうだ。

奈良。実績はない。それと、潜在的に、ではなく、今すぐにでも発動できるはず。有効かどうかは不明。

関。あきれた。

奈良。お互いの相手側だって、重々動きは承知だろう。単におおむね平和だから、たがいに見ているだけ。ID社が手を出す状況など、まず起こらない。

関。起こらないって言おうと、準備は万端ってこと。

永田。その時になったら、何がなんだか分からないよ。誰が撃ち落としたかなんて。

鈴鹿。もういいかしら。で、次に頭の上に来るのはいつなのよ。

芦屋。飛んでいたらとして、明日の午後6時頃。

鈴鹿。待機していようか。

奈良。その方が良さそうだな。無駄足になる確率は高いけど。各方面に話は着けておく。

関。あらら、大事になってきた。こちらも軍に知らせておこうよ。

永田。知っているはずだが、確認しておく。

桜井。待機って何ですか。

鈴鹿。シリーズAとシリーズBで、できる範囲で追いかけるということ。

桜井。じゃあ、こちらもID社のネットワークで追跡しましょう。カメラの守備範囲内に飛び込んで来れば分かるはず。

 (単に落ちてくるだけだから、地下司令室を使うまでもない。管制室のモニターで待機することにした。こうしたきな臭い業務は、パイロットは嫌がるだろうから、誰が乗るかを検討する。伊勢も加わる。)

伊勢。シリーズBには私が乗る。操縦は志摩。自動人形を投入するかもしれないから、タロ、三郎、四郎、五郎で行く。水中活動も視野に入れて。

原田。私も行っていい?。

伊勢。じゃあ、クロも連れて。シリーズAはジロに操縦させて、鈴鹿が後席に乗る。

鈴鹿。私が操縦するんじゃないの?。

伊勢。あなたは計器で破片を追いかけて、ジロに指示しなさい。自動人形にその作業は無理。

鈴鹿。はい。

関。私たちは、必要なら軍の航空機が来るか。虎之介さんは、こちらが必要と認めたら、付いてきなさい。

芦屋。はい。

奈良。私はここでモニターで監視か。

伊勢。各方面と連絡を取ってください。アンは奈良さんといっしょに行動。

アン。はい。

原田。衛星の落下速度は?。

伊勢。突入時には時速約3万キロ。

原田。全然追いつかないじゃない。

伊勢。大気圏に入ったら、急速に速度は落ちる。核物質はそのまま容器ごと落下するはず。追跡するのは、それ。

永田。軍にこちらの動きを知らせておきます。

伊勢。そうね。軍からミサイル攻撃受けたら、たまらないから。お願いします。

 (主任経由でシリーズAとBの使用許可をもらう。整備や必要な人員を待機させておくとのこと。)

伊勢。じゃあ、いいかしら。桜井さん、ご案内ありがとうございました。

桜井。つきあってくださって、ありがとうございます。今から、部の活動に移ります。

原田。私、ちょっと見ていていい?。

桜井。どうぞ。

 (志摩と鈴鹿は、復習のためにシミュレータを使いたいと言い出した。主任らは忙しそうなので、私と伊勢が付き合う。一人、技術者を付けてくれた。永田も見学。関と虎之介はデート。)

第13話。世界最強の飛行物体。14. ID本社2日目、午後、アクロバット飛行

2009-08-19 | Weblog
 (シリーズBのアクロバット飛行とロボット腕の実演を披露してもらう。簡単な作業は志摩たちにもやらせるらしい。あまりに燃料を消費するので、特別のことらしい。記録のための撮影班が準備している。)

主任。それじゃ、まずは、デビュー時に騒ぎを起こしたアクロバット飛行から再現してみましょう。当時にくらべてエンジンやプログラムは改良されているので、機体に無理はかからないはずです。

 (見ていると、滑走路脇の頑丈そうな舗装の場所に移動している。ここでないと垂直離着陸は問題らしい。
 主任がスタートを指示すると、シリーズBは轟音を放ち、ふわっと浮き上がった。で、よせばいいのに、お辞儀をする。で、もう一度お辞儀をしたかと思ったら、その場で回転を始めて裏返しの格好になりさらに機首を上にして戻る。回転とひねりを合せたムーンサルトらしい。)

関。こりゃ無茶苦茶。日本人ならあきれるだけだけど、ヨーロッパでやったら、たしかに罵倒が飛び交いそう。

永田。全く何の意味もない。

 (燃料が無駄なので、速度を上げる。そして、ふつうの宙返り、ではなくて、すっと横に移動したり、お尻から降りてひっくり返って上昇したり。)

関。悪質。このプログラム組んだ人、相当のやり手。

主任。でしょう。部門長は満面の笑みを浮かべていたけど、部下は真っ青だったらしい。

伊勢。背面で静止するのはやりすぎ。

主任。内部からも何の意味があるのだ、との批判が続いていますが、部門長の堅い意志でこの機能は維持されています。安定性の問題から、背面への推力は必要なので、あとはプログラムの問題だと言いくるめられているみたい。

原田。どんな姿勢でも浮かんでられる、ってことはないんでしょう?。

主任。もちろんそうです。例えば、完全な横向きではほんの10秒程度しか静止できません。

伊勢。10秒なら静止できる。

主任。はい。たいていの方が、死角がないことを知って、さじを投げます。好きなようにしたらって。

 (短時間の極低速での演技を終えて、通常の飛行機領域の速度で旋回したりする。そして、スピードをぐんぐん上げてふつうの航空機であることもアピールする。普通に滑走して着陸、と思ったら、ふわっと浮いて、わざわざ垂直着陸する。)

永田。まいった。演出効果抜群。

主任。これやって、駐機場の前の床を傷めたので、しばらくID社は出入り禁止になりました。

伊勢。だから、今は、わざわざ空中で滑走路脇に移動した。

主任。そうです。次は、反響に気を良くした部門長が、ロボット腕を取りつけて、空中作業させた例。現在のシリーズBでは標準で4本のロボット腕が付いています。

 (3本の20mくらいの鉄塔が用意されている。地上にはなにやら部品が。拾って鉄塔に飾るらしい。
 シリーズBは普通に滑走して離陸。腕は5mほど伸びる。操縦席からは腕が前に出たときしか見えないので、モニターを見て操縦する。パイロット一人でできるところが売りらしい。
 で、地上の部品を拾って、鉄塔の上で組み立て作業する。静止して作業だから、それほどの時間はかけられない。10分ほどでデモは終わった。)

永田。すごいけど、特に意味があるようには思えない。

関。ええ、緊急用。別の手段を講じた方がずっとよさそう。

主任。だから、あれは何の意味ですかの問い合わせに四苦八苦したらしいですよ。ごく正直に、やりたかったからやったと、堂々と答えたそうです。
 じゃあ、芦屋さんから空中作業してみますか。

 (前後の文のつながりが不可解なものの、とにかく虎之介が操縦桿を握る。助手席には関。注文がうるさそうだ。もちろん、パイロットが付いてくれる。とにかく、さっきの作業を再現してみる。
 鉄塔の上の組上がった部品はどうするのかと思ったら、無人の輸送用のオートジャイロが、ぶら下げたロープにひっかけて持ち上げてしまった。50kgに満たなかったらしい。)

永田。今の光景の方がショック。

奈良。ヘリコプターやクレーンを動員した方がショックは少なそうだ。

 (で、虎之介、志摩、鈴鹿が次々に空中作業を試してみる。無論、プロのパイロットにかなうはずはないが、自分なりに何とかこなしている。さすが、IFFの最優秀グループ。主任が驚いている。)

主任。たしかに、コンピュータがこれでもかと手助けしてくれるのですけど、よくやります。とにかく作業している。驚異だ。あなたの部下でしょう?。

奈良。ええと、芦屋くんは部下のような部下でないような。

主任。でも、あなたの管理下に入ることがある。

奈良。そうです。彼らは優秀な部下。命じた指令は何とかこなしてしまいます。

主任。まだ時間がある。自動人形にもやらせてみましょうか。

奈良。お願いします。

 (伊勢を同乗させ、四郎とジロに操縦させる。万一に備え、プロのパイロットがつきっきりだ。プログラムにやや時間はかかったが、何とかこなしてしまった。後続のジロなんか、もう、当然のように操縦している。)

原田。頼りになるロボット。

関。ちょっと怖い。伊勢さんの指令で珍しい航空機を操縦してしまった。

奈良。軍時代に鍛えられたようだ。

関。でも、操縦法は全く違う。

奈良。パイロットのような判断はとても無理。人工知能は既定の動きを組み合わせるしかない。

関。普通の滑走路なら離陸や着陸は航空機自身がやってくれる。伊勢さんのような判断できる同乗者がいたら、自動人形が操縦して、意志通りに動いてしまう。

奈良。そうだな。

関。大変なことです。

原田。でも、パイロットを雇うより何十倍も高いんでしょ。

奈良。だから、たまたま自動人形がそばにいたらの話だ。自動人形は救護のためなら、ほとんどなんでもやってしまう。コントロールする人が指令したら、できる範囲で従ってしまう。ためらうことはない。

原田。今みたいに。

奈良。そうだ。後で怖かったかどうか聞いておく。

原田。あの分だと、逆に楽しんでいそう。

奈良。そうだな。リリという自動人形も、オートジャイロを操縦するのが大好きだった。開発中に事故に遭ったのに、周りの心配をむしろ慰めて、士気を高めてくれた。

原田。なんて勇気のあるロボット。

奈良。リリは特にその傾向があったので、ID本部の航空部門に引っこ抜かれた。

関。半分、人間みたい。

奈良。どういったらいいか。しゃべる以外は、まだ家畜以下だ。それに、しゃべると言っても、事実と直接の評価のみ。

原田。危険かどうかなど。

奈良。そう。救護ロボットに必要な判断。

原田。それだけで、あれだけの動きをする。

奈良。よくできている。軍がなかなか開発をあきらめなかった原因だ。いまでも少しは注目していて、ことある毎に調査に来る。

関。時に不気味なほど巧妙な動きをするからですよ。飛行機の操縦だって、既定の動きを組み合わせているだけだ、と言われればそうかとも思うけど、目的は達成している。無意味な動きではない。

奈良。指令した人にとってはな。自動人形は指令を満たす行動を選ぶだけ。自分自身は、怖いとか、楽しいとか感じるだけだ。

関。指令した人の評価もするんでしょう?。あいつは下手だとかうまいとか。

奈良。それはある。あからさまに喜んだりがっかりしたりする。指令を聞くことは聞くが、こっそり扱いを変えたりしている。

関。アンが男性をよしよしとうまく扱う感じ。

奈良。そうだ。指令が満たせたときと、そうでないときの結果を予想して評価し、良い方にアドバイスする。分かってくれる指令者なら、対案を出して反応をうかがう。分かってくれそうもなかったら、何とかして誘導する。いずれにしても、指令者が喜んでくれるとうれしく感じる。ただし、直接の結果しか予想できない限界も知っていて、理由が付けば自分の評価を撤回する。

関。そこがゴールか。さらに相手の心も読む。

奈良。そう。怒ったりして指令が信頼できない状況が分かる。説得したり、時間稼ぎしたりする。

原田。心理学なの?。

奈良。ええと、広い意味では。単に状況に反応しているだけだが。

原田。よほど鍛えられたんだ。

奈良。ああ、不気味なほど調整されている。当初はあからさまな開発意図があったようだ。

関。攻撃にも使えるように。でも、できなかった。

奈良。自分では何もできない。経済的にも恐ろしく不採算。

関。最近、ID社が維持している理由が、何となく分かるようになって来た。だれかがまかり間違って自動人形みたいなのを作って悪用させた場合、なにもしてなかったら対策の立てようがない。だから、ID社に余裕のあるうちは、自動人形にできる限りのことをさせて研究する。シリーズBにも同様の側面がある。

奈良。主に周りの反応を見るために。

関。そう。誰がどのように動くのか。

原田。それにしても、自動人形にシリーズB。ID社、よくつぶれません。

関。堅実な会社はめったにつぶれない。何かあっても耐えるすべをわきまえている。危ない会社はすぐに分かる。

原田。さすがに財務省。その手の情報は素早い。でも、いくらなんでもID社にだって危機はあるでしょう。危機回避のための、からくりがありそう。

関。採掘部門のことかな。名目は測定機器に必要な希少元素の安定確保だけど、ついでに普通の産業用の製品も売っている。競合他社に比べて微々たる量だから目を付けられていないけど、何度か危機を救ったというもっぱらのうわさ。

原田。奈良さん、ご存じですか?。

奈良。詳しい財務状況は、もう少し上の立場の人でないと知らないはずだ。でも、聞いたことはある。測定器なんか世界的にちっとも売れない時期はあるはずだから。ただし、採掘部門が産業用の製品を売っているのは、ID社自身が必要だからだ。いざとなったら、工場を自分たちで建てて維持する。

原田。なるほど。妙なところで首を閉められる可能性を極力排除する。その話だと、敵に塩を送ることもありそう。

奈良。競合他社への原材料納入のことか?。そんなの日常茶飯事。べつに助けるつもりなどはない。売れるから売っているだけ。価格を無理に釣り上げることもない。むしろ、売りに出かけるくらい。なにせ、採算に合わないと、自分たちで使用しないこともあるから。

原田。さすが資本主義。いつのまにか、商売が変わっているかもしれない。

奈良。そう。ぼやぼやしていたら、本業と思っている測定機器の競争力がなくなるかもしれない。

原田。そうか。こうして、自動人形に測定機器を操作させるのも、意味がないわけではないんだ。

奈良。少なくとも他社には真似できないからな。自動人形をシリーズBとセットで売る。そんな時代が来るのかな。

伊勢。もういいかしら。午後のプログラムは終わったそうよ。

原田。自動人形は楽しんでいました?。

伊勢。操縦のこと?。慣れてからは楽しそうだった。最初は不安そうだったけど。

原田。伊勢さんが満足したから。

伊勢。そうね。そうでしょう。でも、飛ぶこと自身を楽しんでいるような気もする。奈良さん、どうなの?。

奈良。直感通りだろう。

伊勢。ふふ。そう言うと思った。少なくとも、そう考えて矛盾しないようにできている。

奈良。その表現でいい。

原田。ふむ。たしか、清水先輩も関心持ってたはず。

伊勢。直接聞いた方がいい。四郎と話してみたら?。

原田。そうする。

 (ケイマはやってきた四郎と会話している。)

伊勢。さて、どうしましょうか。主任さんは明日の準備があるし、シリーズAもBも、だから調整中。静かに休んでもいいし、どこかに出かけてもいい。

原田。遊園地に行きたいな。

奈良。たいていは5時くらいまでの開園時間だろう。

原田。天文台とか。

伊勢。星見るだけよ。

主任。星を見るだけなら、ここの天文クラブに連絡しましょうか。結構詳しい人がいるようです。計測器メーカーだけに、妙な装置も持っているようだし。

 (主任が連絡したら、観測会をしてくれるとのこと。幸い、月の出は10時頃なので、それまでは星空がよく見えるのだそうだ。)

第13話。世界最強の飛行物体。13. ID本社2日目、午前

2009-08-18 | Weblog
 (ケイマがID社の航空機に興味を持ったため、長野本社に打診したら、新搭載の測定機器の調整の際に同乗してもよい、ということになった。ところが、鈴鹿が航空機を操縦したいと言い出し、だめ元で照会したら、IFFの精鋭だからという理由であっさりOKに。ついでに志摩と虎之介も。)

 (虎之介と志摩と鈴鹿はシリーズAの実地訓練。残りの私(奈良)、伊勢、ケイマ、永田、関、そして自動人形は2班に分けて、プロのパイロットと計測装置の技術者といっしょにシリーズBに乗ることになった。)

原田。大きい。

永田。6人乗りジェット機としては大きい。エンジンが特殊だからか。

主任。全長20mほど。座席がゆったりしているのではなく、エンジン部分が大きいのです。

関。エンジン、って突起の他は空っぽの感じ。これが流体制御エンジンなの?。

主任。スタータとなる進行波ジェット4基が見えにくい場所にあって、あとは気体で流路を組みます。

関。複雑そう。

主任。そのとおりです。見かけよりずっと複雑な動作。

 (最初は機器担当の技術者が付いてくれる。伊勢、ケイマ、永田、三郎と五郎が入る。五郎はぎりぎりだが、なんとか入っている。さすが、一般用。
 ターゲットは山中においた3台の自動車。発見して、できる限りのデータを取る。わざわざ隠してはいないが、山中のこと、見つかる確率は100%ではない。それに、作戦ではないので、やるとしても50mくらいにしか接近しない。
 シリーズAとシリーズBは社の滑走路の隅に置いてあった。
 どうやら、向こうが早かったらしく、シリーズAは発進の体勢に入っている。可動部分は少ないはずだが、ガーと表現していいか、ジェット機の音量だ。結構うるさい。)

関。あっちも流体制御エンジンなんですか?。

主任。そうですよ。進行波ジェットになって、スタータの音の分は静かになったけど、まだまだうるさいです。

関。進行波ジェットが使い物になったのは去年。じゃあ、最新型なんだ。

主任。そのあたりは素早いです。日本は主要国扱いです。

関。初フライトに近い。

主任。まだ5回も飛んでいないはず。調整が終わったばかり。

 (シリーズAの離陸は見守ることにした。社の滑走路なので短い。それでも、強引に発進してしまった。)

関。着陸はぎりぎりになりそう。

主任。かなり強力な逆噴射します。400mほどあれば十分。いわゆるSTOL。

関。滑走路は大丈夫?。

主任。もちろん、ここの滑走路は対応しています。でも、普通の空港なら十分に着陸できます。さあ、管制室に行きましょう。

 (私と関とタロは管制室の一角に座る。管制官はいないのだが、慣れた人が連絡しているようだ。近辺の航空機の様子は分かる。)

関。この部屋が稼働しているのを見るのは初めて。

主任。そうですか。普通でしょう?。

関。何となく計測器会社の感じがする。

主任。ああ、こちらのパネルはそうです。計測器が我が社の主力商品ですから。航空機を飛ばすだけでは意味がない。少し知識のある人なら、簡単な説明で理解できるようにしてあります。画面も観測されたデータ本位で、複合表示。

関。なるほど。それで至れり尽くせりの感じ。地上設備も売り物。

主任。そうです。私は航空機担当だから、飛び方自体に興味があるけど、同乗した技術者は計測器の調整に必死でしょう。つまり、パイロット1人で完全に操縦している。伊勢さんの動きにも注意しているはず。生物学がご専門のはず。

関。ええ、かなり深い専門家。あと、音楽と音響工学をよく知っている。機械アレルギーなど全くなし。むしろ、こうした複雑な装置は面白がって使うはず。

主任。ふむ。奈良さんも獣医でありながら自動人形の使い手。今回は機械にもある程度詳しい方々ですか。

奈良。計測器周りなら多少。

主任。じゃあ、すぐに使いこなせますよ。当方としては、乗り心地とか教えていただくとありがたいですけど。

奈良。そちらは志摩たちが正直に言うと思います。

 (シミュレータといっしょ。あっと言う間に現場に着いた。そして、5分もしないうちに、目標のクルマを発見して近づく。モニターにその様子が映し出されている。)

関。ふむ、要は、地上に研究者がいてもほぼ同様に指示ができる。よくできている。

主任。完全な無人探査機もあるので、使い分けになります。今回はテストなので、簡単。

関。実際に降りて触って調べるとか。

主任。必要な機器やサンプルもかなり運べます。

関。キャンプ用品とかも。

主任。運べます。ただ、ヘリコプター代わりに使うのはかなり無駄。空中計測器兼研究室として使うと威力を発揮します。

関。そうだった。なるほど、かなり特徴的な計測器。だから、なかなか売れないわけだ。

主任。ええ、高価ですから。貸し出しの要望もありますけど、たいていは価格で折り合いが付かない。他の少し劣るけど経済的な計測手段をいくつか逆提案して終り。

関。無人のヘリコプターとか飛行船とか。

主任。そちらはライバルが多くて、当社にも一応ラインナップはありますけど、社内でしか使っていない。我が社の特色が出ない分野には消極的。殿様商売ですかね。

関。鈴鹿さんたちの営業活動見ていると、単に正直なだけ。彼女ら、ふらふらになるまで働いていますよ。

主任。そうでしたか。営業はがんばっているんだ。情けないのはこちらなのかも。

奈良。当社の技術は一目も二目も置かれています。いろいろ話を聞いていると、当社の営業はトラブルが非常に少ないらしい。みなさんのおかげです。

主任。今のところ間違ってはいないようです。安心しました。

 (シリーズBが帰ってきた。見ていると普通に滑走して着陸する。垂直離着陸はとっておきの行動らしい。一応確認。)

奈良。普通に滑走して着陸しました。あれが通常の使い方。

主任。ええ、そうです。滑走路にも優しいし、乗っている人にも安心感を持ってもらえます。垂直離着陸は必要時以外は推奨していません。機体は十分に耐えてくれますけど。

関。実際にこうして見ると、軍事利用など遠い世界に思える。

奈良。うむ、こんな感じの航空機でも、平和利用に十分に役立つ。

関。見かけや諸元は軍用機みたいなのに。なんか、ID社による強烈な当てこすりのようにも思えてきた。そちらさんの、その機械、何の役に立つんですかぁ、って。

奈良。はは。原田くんなら腹を抱えて笑いそうな話題だ。昔の軍用機は単なる高性能な飛行機として観測などにも役立ったはず。現代のはたしかに応用が効かなさそうだ。

主任。特にシリーズBは航空機に対するレトロな夢を感じさせる機体です。でも、シリーズAもBも、軍事転用は真剣にシミュレーションされているという話ですよ。

関。ええ、ホームページで見ました。ID社本部の安全保証部門のようなところが、細かなシミュレーションをしている。計算機内では戦闘も行っている。シナリオによっては、たしかに大変なことになる。

主任。たしか、結果の数字しか公開していなかった。

関。改造法や戦術などがテロリストの参考にされたらたまりませんから。そう、あの結果もこうして軍事部門が探りに来る理由の一つです。

奈良。強いのか?。

関。侮りがたい。もしも、ID社がその気になってしまったら、志摩さんたちが投入されてしまったら、想像するのもおぞましい結果になる。って、奈良さん、そちらこそ調査部門。ある程度ご存じのはず。

奈良。当然、ある程度は知っている。必要な知識は。詳細を教えてくれるわけではない。

関。自動人形の軍事的脅威に関してご存じの程度と推察します。すべて、架空の出来事。

奈良。実際には起こらない。

関。こちらも万一にも起こるとは考えていない。机上の論です。

主任。そこにいる自動人形が軍事的脅威。

関。そうです。軍で開発されたプログラムが、平時にも役立つという理由で、大量に残っている。人工知能が適切と判断したら最後、自動人形がとんでもない動きをする可能性が残っている。

主任。機関銃を扱うとか。

関。そうです。実際に持たせてみると、恐ろしさが分かります。

主任。やったんですか?。

関。模擬銃を持たせてみました。しっかり形になっていた。狙いも正確でした。

主任。不吉。

ジロ。私たちは救護ロボットです。適切に使われれば、何も脅威ではありません。

三郎。カラスは使いよう。使い方は人間次第。

主任。航空機もそうです。ただ、その使いようが狭い機械がある、との話だった。

関。自動人形はどうにでも使える。シリーズAとBも、そんな可能性があるとの判断です。

主任。そりゃ、役立つように作っているのですから。完全に悪用されない機械なんて、良い方にも役立ちませんよ。一般論ですけど。

関。よく分かっているつもりです。この機械を悪用するやつらは許しません。

 (だから、調査に来ている、ということだ。伊勢たちがやってきた。交代だ。今度は、主任と私と関と、クロとアンとタロが乗る。主任は乗ってしまうと、さっきの話は何処へやら、飛行機の調整に専念しだした。楽しいらしい。)

主任。いい機体だ。よくデザインされている。音も独特でいい。揺れ具合まで心地よい。

関。幸せそうです。

主任。そりゃそうですよ。夢みたいな話。こんないい機体の世話をするなんて。

関。まだ調整が残っている。

主任。日本の環境はY国とは違います。航空機の調整は芸術みたいなところがあって尽きることがない。面白いし、逆に、責任もある。

関。今回のフライトでも調整を。

主任。申し訳ありませんけど、測定器のミッションが終了したら、短時間、こちらの懸案事項の調整に付き合ってください。15分ほどで済みます。

関。見学させてください。

主任。じゃあ、解説しながらにします。

 (関の関心事と重なったようだ。主任は操縦席の横に座る。操縦桿が座席の左右に付いている独特のもので、通常の飛行機と感じがひどく違うらしい。宇宙船の操縦系に近いとか。関が身を乗り出してきた。)

関。操縦桿が2本。

主任。変わっているでしょう?。左手が速度調整で、右手が姿勢調整。まるで、知らない人が作ったフライトゲーム機みたいです。

関。組み合わせによっては、あり得ない動きになる。

主任。たとえば、ゆっくりですが、空中で後退ができる。姿勢を変えずに、左右上下に流すこともできる。機体の方が普通じゃないです。

関。時速マイナス。

主任。ええと、そうなるか。ちょっとやってみてくれ。

パイロット1。いますぐですか?。

主任。ほんの5秒間、後退してくれたらいい。

 (谷間の森の上空。ゆっくり飛んでいたのだが、さらに速度を落とし、時速20kmほどで後退する。パネルには、マイナスの速度表示。すぐに、そんな異常飛行はやめにしたが。)

関。あきれた。本当にできるんだ。

主任。飛行機として飛んでないです。何と言うか、空飛ぶ円盤みたい。

関。まったく。航空ショーでこれやってひんしゅく買ったとか。

主任。賞賛よりも罵倒の方が多かったようです。詳細は午後のデモで。

関。はあ。見ない方がよいのかも。

主任。あきらめてください。もう関わっています。

 (ノルマをさっさとこなした後に、主任の指示でいろいろ飛行する。それほど不思議な動きではない。データを取るのが目的のようだ。)

主任。昨日の宿題、何か課題が集まりましたか?。

伊勢(通信機)。ええ、交通状態の把握とか、地上の風速と風向の推定とか。私が提案を一つずつ言いますから、できるのなら、やってみてください。

 (5つほど課題があった。いくつかは、リアルタイムで表示できた。それほど異様な提案ではなかったようだ。)

伊勢。こちらからの要望は以上です。

 (帰還する。乗り心地はとてもよかった。昼食にする。志摩たちとも合流。)

原田。びっくりするくらい乗り心地がよかった。小型機って、もっと揺れると思っていたのに。

伊勢。あれは常識を超えている。かなり安定させて飛んでくれたみたい。

原田。計測器のために?。

伊勢。ええ、そう。

原田。そうだ、関さんが乗ったとき、一瞬後退したでしょう。びっくりした。すうっと遅くなったと思ったら、わずかに後退するんですもの。

鈴鹿。それそれ、シミュレータでさっそくやってみた。低速なら、後ろでも横でも移動できる。

原田。悪趣味。そもそも飛行機として機能していないんでしょうが。

伊勢。飛行機ではなく、単に空中に浮かんでいる物体。

奈良。主任は空飛ぶ円盤と表現していた。航空ショーで賞賛よりも罵倒の声の方が大きかったとか。

伊勢。だって、シリーズBはかなり重いはず。10tくらいはあったんじゃないかしら。そんなのを持ち上げる推力で、周りへの破壊効果は半端ではないはず。

原田。風力で。

伊勢。高温のガスよ。大型バーナーであぶっているようなもの。

原田。うわあ。強烈そう。

伊勢。強烈よ。砲撃したのと変わらないかも。

関。空飛ぶ災難。そりゃ罵倒される。

志摩。常に改良はされていて、今は初期型よりはよほどましだとか。初期型は伊勢さんの表現通りだったらしい。

鈴鹿。今は着地するほど近づかない限り、ふつうの道路でも大丈夫。あとは大型ヘリと同程度。

関。そうか。要は道路に穴が開くかもしれない。でも、もう少し改良すれば大丈夫。

鈴鹿。とりあえず、地表を守るための足のようなものはあるんだけど、重くなる。普段は取りつけない。次のバージョンでは、軽量のソリのようなものも用意して、何とかするらしい。

伊勢。じゃあ、ふつうの公園に降りられるとか。

鈴鹿。そう。ふつうに整備された地面なら垂直に着地できるようになる。

伊勢。なんで最初からそうしないのよ。

芦屋。自機の制御で精一杯だったらしい。今のバージョンで、ようやく空中姿勢については満足な出来になった。それで周囲への影響を本格的に考えるようになった。

伊勢。なるほど。

鈴鹿。将来はエアカーみたいに、ある程度の地上性能を出したいらしい。

伊勢。もう余裕、って感じか。

関。いいですけど、ますます用途が分かりにくくなる。

伊勢。不整地を飛び越えられるホバークラフトみたいなものかな。

関。やっぱり軍事技術に見える。

伊勢。そうね。監視は必要みたい。

第13話。世界最強の飛行物体。12. 交歓会

2009-08-17 | Weblog
 (伊勢はバンドを組むためだけの理由で、A31を運ばせたらしい。さくらコンテストの時と同じく、伊勢が大きめのシンセサイザーの前にどんと座っている。ジロは後ろでドラムスを率い、クロが伊勢の横で小型キーボードの前にちょこんと座る。タロはトランペット、アンはアルトサックスを構えている。全員、着物姿だ。ケイマはスーツ姿でクラリネットを抱えている。
 午後5時。会議室には人がいっぱい。ID社の誇るオタク連中と、物見遊山の人々と、その上司だ。目当ては自動人形。車両航空部長が紹介してくれた。)

部長。みなさん、お静かに。本日は東京ID社情報収集部からID社の航空機の見学にメンバーが来てくださいました。今、訪問中のカラス型の自動人形もいっしょです。同部の志摩弘さんからご紹介いただきす。

 (志摩はタキシードなんか着て登場。司会席に就く。なぜか、わーっ、きゃーっという歓声。志摩って人気あったか。とにかく、手を振っている。)

志摩。こんばんは、ようこそお集まりいただきました。今回は、コンサートの趣向でご紹介します。まず、我が部の準部長格、伊勢陽子と、自動人形のA31による楽団。最近我が部に合流した外交員の原田圭が加わってます。演奏開始。

 (伊勢とA31の合奏に始まり、ケイマや三郎たちが次第に加わって行き、鈴鹿の歌で終わる。短い演奏会だった。
 会議室の机の配置を変えて立食パーティに。ケイマはドレス、四郎は秋葉風オタクに着替えた。五郎はアメリカの警官風の服。そんなの買っていたか。)

伊勢。買い足した。だって、四郎にはいくつも買ったから。五郎はごついから、似合う服が多くて迷った。警備員風でいいでしょ。

奈良。ケイマと四郎は受けているな。

伊勢。五郎も。なんで最初からこうしなかったのよ、みたいな感じ。

奈良。四郎はオタク女らしい連中に受けている。

伊勢。ぞくぞくっと来るわよ。

奈良。やれやれ。へたれ悪魔か。

伊勢。よくそんな言葉知ってる。

奈良。なんか、この一年で、精神のある部分が麻痺してきたような気がする。

伊勢。単に若い連中と付き合ったからよ。あら、永田さんが寂しそう。行ってくる。

奈良。関と虎之介はちゃっかり、構内でいっしょに歩いているようだな。

伊勢。ええ。それじゃ。

 (伊勢は永田に近づく。軍服ではなく、スーツに着替えていて、目立たない。)

伊勢。ごきげんいかがかしら。

 (ややボーッとしていた永田は、急接近してきた伊勢にちょっとビクッとしたようだ。美人だし、怖い。)

永田。あ、ああ、伊勢さん。お久しぶりです。いつもお世話になっています。

伊勢。こちらこそ、いつもありがとうございます。ところで、ダム湖のタコ騒ぎはどうなりましたの?。

永田。飛んだがせネタでお騒がせしました。タコは明確に見間違えだったようです。光は単なる湖面のざわめき。確認できたとのことです。

伊勢。淡水に大ダコなら大発見でした。

永田。皮肉を言わないでくださいよ。あれは困り果てた一件でした。軍に頼むわけにも行かず、かといって、それなりの装備をしないと2回目の事故の可能性がわずかにあった。

伊勢。村の人々の怨念がタコを呼び寄せたとか。

永田。そう表現できるでしょう。昔を知っている人は、当然ありうる、みたいな表情してましたから。

伊勢。あら、そうでしたの。ちっとも聞いていませんでしたわ。じゃあ、こちらもタコにやられるところだった。

永田。あまりに当事者が真剣なので、こっちもふらふらと半分信じてしまいました。いや、面目ない。

伊勢。何でタコなのかしら。何かご存じ。

永田。そういえば、なぜあんな山奥でタコなんだろう。

原田。タコを飼っていたそうです。養殖。

永田。原田さん。そんなことができるんですか。大量の海水が必要でしょう。

原田。今では、山手で海水の養殖は珍しくはない。当時は画期的。話題性もある。

永田。なるほど。山でそだったタコか。何となくこりこりしておいしそう。

原田。そう。タコだけが産業じゃなかったけど、突然のダム話。強引な行政。

永田。反省しております。

原田。現地にも、当時を知る人が慰霊していましたよ。ひどかったようです。

永田。高度成長期か。爆発する人口、都会のごちゃごちゃ、地方の荒廃。多くの人が豊かな暮らしを手に入れたが、ひずみも大きかった。

原田。その一つ。

永田。だから、妖怪が暴れた。話はなんとなくつながる。

伊勢。さしずめ、こちらは悪魔役かな。

原田。そうですよ。妖怪の最後の抵抗、ってとこ。悲しい物語です。

 (こちらは一人でもそもそ食事していたら、救護服姿のA31が集まってきた。何の用も無いらしいが、ともかく集合、ということらしい。よくできた機体たち。タロが話しかけてきた。)

タロ。新しい自動人形は10体ほど作られる。

奈良。そう聞いている。08で始まるコード名の自動人形が10機ほど。その最初が三郎。おそらく、成功と評価されている。だから、後続機は生産されるだろう。その後は、年に2~3機らしい。いまの計画では。少なくとも今後10年は続く予定。

タロ。最終的には常に50機程度が維持される。

奈良。そんな感じだ。ID社のさまざまな活動に使われるのだろう。機械として役立つように改良されて行く。何か用途が見つかれば、量産される。まずは数千機の規模だろう。宇宙開発とか、深海の開拓とか。うん、まさにロボットだな。

ジロ。お役に立ちたいです。もっともっと。

奈良。まあ、そうあせるな。今やっているように、実力を着実に見せつければいいのだ。簡単なことだ。

 (うむ、どうやら交歓会の演奏がうまくいったので、ねぎらってほしかっただけのようだ。いつものように、軽く肩をだく。安心したようだ。ちなみに、自動人形の生産計画は、この直後に上方修正されることになる。)

 (ジロが探索に行きたいと言い出した。パーティも終盤だし、A31を連れてこっそりと抜け出そうとしたら、ケイマに見つかった。)

原田。奈良さん、A31を率いて、こそこそと抜け出そうとして、何事ですか。

奈良。探索だ。

原田。自動人形の生存者発見と退避路の安全確認行為。

奈良。よく知っている。

原田。鈴鹿さんから聞きました。

奈良。自動人形は暇さえあれば探索する。昼でも夜でも、暑くても寒くても、霧でも嵐でも関係ない。まれに役立つので、この本能みたいな行動は外されたことがない。

原田。だから、三郎たちは会話が途切れたりしたら、さりげなく出かけるんだ。

奈良。救護や護衛中は離れられないから、かなりのストレスらしい。探索に行ってこいというと、よろこんですっ飛んで行く。

原田。うふふ。そうなんだ。アン、探索は楽しいの?。

アン。楽しくないけど、安心する。探索しないと不安。追い込まれる可能性あり。

原田。なるほど。

奈良。探索といっても、ポイントを押さえた散歩だ。いっしょに行くか。

原田。付き合う。三郎たちも呼ぼうか。

奈良。そうしよう。

 (何人かの興味ある連中が付き合ってくれた。いっしょに構内を歩く。大所帯だ。自動人形たちは楽しそう。)

原田。探索の結果を聞いていい?。

奈良。聞いてくれ。当面の脅威があるか、という聞き方をする。

原田。四郎、当面の脅威はあるか。

四郎。脅威は検出されない。複数の退避路の安全を確認した。安心。

原田。よくできている。

奈良。こと、物理的な安全に関しては頼ることができる。心強い仲間だ。

原田。検出するのは、自然や人為的な脅威。

奈良。プログラムは随時改良されている。人間にとって安全かどうかを確認する。軍事的脅威に対しては特に敏感だ。相手が敵対しているかどうかを瞬時に判断し、敵対あるいは中立なら、武器を持っているかどうかを全力で調査する。

原田。この前、アンが武器を検出した。

奈良。自動車や航空機の動きにも注意する。

原田。そうだった。三郎が近づいてくるヘリコプターを検出したんだ。人間が気付く前から。

タロ。低軌道の人工衛星のようです。展開します。

 (A31がささっと離れる。三郎たちも協力しているようだ。)

原田。何しているの?。人工衛星って、どれ。

奈良。さあ。邪魔しない方がよいようだ。一段落したら聞いてみよう。

ジロ。もう視界から消えました。

原田。何も見えなかった。

ジロ。人間には無理。赤外線領域の反射。

原田。で、脅威なの?。

ジロ。登録されている軌道から外れた軍事衛星。ごくわずかな脅威。

原田。ええと、いっぱい聞くことある。軌道が計算できるんだ。

ジロ。三角測量。さっき展開した理由。

原田。軍事衛星である理由は。

ジロ。軌道は登録されている。探査能力は秘密。

原田。わずかなぶれが見つかった。でも、軍事衛星なら、軌道を変えるのは当然じゃなかったっけ。

ジロ。落下しているのはわざとではない。寿命。古い軍事衛星だから、そのように推理できる。

原田。確率の問題か。当たると痛いとか。

ジロ。発電用の核物質もいっしょに落ちてくる。

原田。うわ。どこに落下するのよ。

ジロ。分からない。数日間のうちに落ちることが分かるだけ。直前にならないと時刻も落下位置もわからない。

原田。自爆装置とかないの?。

ジロ。分解したら、さらに厄介。

原田。あ、そうか。野暮な質問だった。失礼。

ジロ。通常は安全な海域に落下させるが、失敗した模様。

原田。何で分かるのよ。

ジロ。制御されていない。自由落下しているだけ。

原田。うわあ、災難。ニュースよ。

ジロ。ニュースになっても災難は防げない。

原田。無駄か。奈良さん、どうしたらいいの?。

奈良。政府や軍に知らせるしかないな。対策なんかあるんだろうか。

原田。落下してから、周囲を閉鎖するだけ。たしか、Q国ではそうだった。おーまいがーっ。

ジロ。神頼み。

原田。うるさいわね。どうしようもないでしょうが。

 (この一件は偶然、ちょっとした事件に発展するのだった。)