ID物語

書きなぐりSF小説

第4話。魔女っ娘来襲。15. 模擬戦闘機

2009-02-28 | Weblog
 (翌日、火曜日。午前6時。目が覚めた。建物の周りを散歩する。どういうわけか、エスとばったり会う。突然ニシキヘビと出会うと、エスには気の毒だが、本能的にぎくっとする。次の瞬間、エスと分かって声をかける。会釈してくれる。すぐに、かわいく見えてくるのが不思議だ。
 私は通信機を握り、DTM手話でエスと会話しながら歩く。エスは20kgほどあるので、ずっと抱えるわけには行かない。横で這っている。)

奈良◎。差し迫った危険はあるか。

エス◎。危険は検出されません。大量の燃料などはあります。

 (ふと見ると、戦闘機のようなものが見える。最新鋭の戦闘機のようだが、識別マークは国軍のもの。なんで民間の航空部門の工場の敷地に。)

奈良◎。あの戦闘機は危険ではないのか。

エス◎。友軍機です。いまは兵器を搭載していないようですが、不吉です。

奈良◎。いや、たしか私の知識では、この国には配備されていなかったはずだ。

エス◎。混乱してきました。もしかして、A国の最新戦闘機と似ているから、そうおっしゃったのですか?。

奈良◎。その最新戦闘機、そのものではないのか。

エス◎。良く似ています。外見のコピーのようです。ID社がわざわざ何かの目的で作った機体のようです。見た目でいきなり攻撃されてはたまらないので、国軍のマークが付いているのでしょう。

奈良◎。要は偽物だな。資料にはアクセスできるのか。

エス◎。できます。なになに。やはり識別訓練用の機体で、公表されている性能はビジネス用小型ジェットクラスです。機体そのものの強度は本物に近く、改造したら大変な性能を持っているようです。

奈良◎。そんなことだろうと思った。やりすぎだ。

エス◎。そのままでは攻撃用兵器を搭載できません。遊園地の幼児用乗り物の高級版みたいなものです。

奈良◎。それは言い過ぎだろう。近づけるのか。

エス◎。なんの警備もしていません。近づいていいようです。

奈良◎。近づいて、解析せよ。

エス◎。了解。

 (要は、実際に飛べる実物大模型だ。エンジンはID社のもので、リミッターをかけて出力を押さえているらしい。実性能がばれたら、冗談では済まないようだ。
 その奥に、これまた攻撃用ヘリの飛べる模型がある。こちらは、速度等は本物に近いらしい。伊勢とリリもいた。エスはリリに近づいて、巻き付く。いつものセットだ。)

伊勢。奈良さん、おはようございます。

リリ。おはようございます。

奈良。おはよう。

伊勢。これ、実働する模型らしい。

奈良。ああ。リリに解析させたのか?。

伊勢。そう。そちらはエスに解析させた。

奈良。そうだ。

伊勢。目的は何かしら。オートジャイロと関係があるのかな。

奈良。そう考えるのが自然。しかし、内容はさっぱり思いつかない。大きさがまるで違うし、速度も違う。

伊勢。ヘリコプターの方は速度は均衡している。

奈良。そうだった。変なオートジャイロ。

 (主任が走ってきた。その内容とやらを聞けるようだ。)

主任。おはようございます。みなさん揃っているとは話が早い。本日午後に、この2機と空中戦をします。

伊勢。空中戦って、エスとリリのオートジャイロには武器はありません。よほど地形が有利でなければ、逃げきれるわけありません。

主任。模擬の小型ミサイルを搭載します。模擬と言っても、本物と同じ速度で飛翔するもの。エスのジャイロには2基、リリのジャイロには4基搭載できます。運動性能は若干犠牲になります。

伊勢。できますって、そりゃ理屈では搭載できるんでしょうけど、まずもって自動人形が非実用。それに、その気があるのなら、なんでわざわざオートジャイロに設計を。

 (こいつ伊勢、真剣に兵器応用を考えている。それに、本物と同じ性能の飛翔物体を模擬とは言わない。強引だ。)

主任。最終目的なんて分かりません。とにかく、受けるデモができるかどうかを探れ、というのが当面の指示内容です。

奈良。いやまあ。それはそれとして、兵器応用そのものが引っかかります。

伊勢。ちゃんと確かめておかないと。万一、兵器応用が可能なのなら、他の誰かが開発してしまうのは時間の問題。それからやおら対策を考えるのでは、あまりに遅い。

主任。それはあるでしょう。今の設計では、これ以上重い兵器は搭載できません。機関砲も無理。小型のロケット弾は実用ぎりぎり。対地攻撃用には…。

 (二人で考え出した。私はエスとリリを見る。
 自動人形は、初期構想こそ救護用だが、軍では兵器として役立つかどうかを確かめるために、実際に作られたのだ。40体も。そして、そのためのプログラムが多数搭載されている。結果は経済的理由から非実用で、難を逃れたわけだ。しかし、自動小銃などは軽々と扱い、並の人間が装備するよりも、はるかに恐ろしい武器となる。リリにも小火器を持たせてみたが、確かめるまでもなく、タロたちと性能は変わらなかった。
 完全な自律行動ができないので、今のところ、いくらでも対策を立てることができる。要点さえ知っていれば、簡単に破壊できるので、まるで怖くなく、つまり、兵器としては役立たない。しかし、万一、実用例が見つかると、状況が一変することはありうる。
 必死の主任は、素人のはずの伊勢の意見を一所懸命に聞いている。スタッフからは聞き尽くしたらしい。デモ内容と、本日のデータ取りの要点を考えているのだ。案の定、大型爆弾一発くらいは搭載できるかな、なんて議論している。伊勢は生物・化学戦の専門家だ。てきぱきと、要求される性能を述べている。主任が覚えきれずに、メモし出した。)

伊勢。あら、あらかじめ言ってくだされば、こちらで考えてメールで送りましたのに。

主任。そうでしたか、大変失礼しました。

伊勢。まだ実験は数時間後ですし、さっさとまとめてきます。では、失礼。

 (といって、そそくさと部屋に戻ってしまった。うむ、内容を言わなければ、商談か何かに聞こえるが、その内容というのが怖い。伊勢はこうした内容には全く平気だ。普通、怖がると思うが、主任は逆に感謝してきた。)

主任。あなたの部下はじつにすばらしい。うらやましい。才気にあふれている。

 (喜んでいいのか。)

奈良。食事に行きましょうか。

主任。ええ。できれば、そちらもご一緒に。

奈良。エス、リリ、食堂に純エタノールを持って集合せよ。

エス、リリ。了解。

 (伊勢も誘ったが、食堂であっと言う間に朝食を済ませたらしく、邪魔するな、との返事。好きなようにしてよろしい。)

 (工場内、食堂にて。)

主任。本日の午前9時から調整後のオートジャイロのデータを取ります。問題なければ、そのまま使用。戦闘機と戦闘ヘリを飛ばして、飛んでいるオートジャイロがどのように見えるかを実測します。午後、準備できしだい空中戦。その後はこちらは展示会に向けての会議に入りますから、そちらは暇になります。明日は宇宙訓練で、オートジャイロは展示に向けた最終調整に入ります。原子力電池に切り替えるのは、明日朝になります。

奈良。何かおすすめの観光コースなどありますか。

主任。史跡めぐりをしますか。どちらも2時間程度しか飛べませんが、行動半径は100kmはありますから、担当者をひとり付けます。お二人はコンソールで風景をお楽しみください。

 (エスとリリに説明する。リリが話しかけてくる。私たちが航空機に乗って戦闘機と戦うの?。その通り、どうなるのか誰も知らないから実験するのだ。オートジャイロもろとも壊れないんでしょうね。その可能性はある、ならないよう努力する。努力するって、なったら終わりじゃない。機体がきしみくらいはするだろう、そこで実験終わり。パラシュートくらい用意してよ。そりゃもっともな要求だ。)

主任。パラシュートは用意させます。本当は自分でたたむものですが、どうします?。

リリ。私がエスの分もたたむ。準備できたら教えてください。

 (ヘビ用パラシュートといっしょに午後までに急遽作ってくれるそうだ。オートジャイロは一機ずつ作ったのか、と聞いたら、デモ用に万全を期して、二機目も用意したとのこと。用意が良すぎる。)

 (午前9時。データ収集開始。昨日と同様の動作をさせながら、解析する。模擬ミサイルや、急遽作った爆弾や散布器の模型を付けて飛ばしても見る。散布器と言っても、散布するのは農薬とは限らないはずだ。伊勢があれこれ注文して、飛び方を指定している。)

伊勢。十分実用になりそう。怖いわ。

 (それをしかけたのは誰だ?。まあでも、実際に使われることはないだろう。自動人形自体が非実用で、単なるロボット航空機で十分に間に合うからだ。)

主任。ヘリと戦闘機を飛ばしてください。

 (予想はしていたが、どちらもものすごい騒音だ。進行波ジェットのオートジャイロがあまりに静かだったので、その対比が鮮明。
 模擬のミサイル付きのオートジャイロを様々に飛行させて、ヘリと戦闘機からデータ収集させる。エスもリリも慣れてきて、こちらの指示通り速度を出したり、ひらひら舞ったりする。低速時にはオートジャイロだから、運動性能は抜群で、十分に2機を翻弄させることができそう。もっとも、逃げ切れる感じはしない。ステルス性など微塵もないから、狙われればひとたまりもなさそう。高速時には、ヘリは振り切れるようだ。さすがジェット機。)

主任。予想通りかな。空中戦はできそうですか。

伊勢。何とかやってみます。

 (全機戻ってきた。オートジャイロには、エンジンも機体にも異状はないらしく、午後は予定通り空中戦に挑むことにした。
 伊勢とエスとリリで食堂に行き、午前の成果をまとめる。やはり、エスとリリにとっては不愉快な経験だったようだ。レーダーの電波が分かるからだ。)

エス(リリ)。模擬空中戦はやるのですか。戦闘機やヘリに狙われるのはあまり愉快ではありません。

リリ。もう、どうしようもないわね。とっととデータを取りなさい。

伊勢。頼むから、もう少し耐えて。その通り、データを取ったらおしまい。実戦で使われる可能性は全くないから。

奈良。我々は職務上、あらゆる可能性を探らないといけない。もしも、エスやリリと同じ自動人形が、実戦で使われてしまったら、どうなるのか、誰も知らない。あらゆるチャンスを利用しないといけないのだ。その時が今なのだ。

エス(リリ)。分かりましたから、手早くお願いします。

 (理解した、というより、こちらの熱意が伝わったということ。これだけでも優れた機体だと思うが、午後にはさらに度肝抜くことになる。)

第4話。魔女っ娘来襲。14. Sビークル完成

2009-02-27 | Weblog
 (もともとは、たまたま配属されたニシキヘビ型の救護ロボット、エスの移動用カバンを自力で動かそうという話だったのだ。空飛ぶカバンの発想からオートジャイロ案が出てきて、ID本部の航空部門に伊勢が気軽に発注したら、部門長がノリノリになってしまい、最新の進行波ジェットエンジン(本物語の創作)を使おうということになり、ことのついでに少女アンドロイドのリリの最新鋭オートジャイロまで作ることに。リリはリリで、宇宙開発用途に目をつけられてしまい、原子力電池を搭載させられた上、超高真空室で実験させられるありさま。
 どうやら、日本ID社が総力を上げて対応していると勘違いされているらしく、本部直属の航空部門が総力を上げて対応してくれている。まあ、伊勢の自信過剰な振る舞いと、それを裏付ける怪物的な技術、希有な存在の自動人形を意のままに操る私を見れば、勘違いされても不思議ではない。それに、日本ID社情報収集部の総力を上げていることには間違いがない。もう、どこまで発展するのか、皆目分からず、話は続く。
 ID本部に向かう旅客機内で。)

伊勢。奈良さんとはもう何度もこうしている気になるわ。

奈良。まだ2回目だ。うんざりしている雰囲気はよく出ている。

伊勢。単にオートジャイロの最終調整なら、2人も来る必要ないもの。

奈良。予定表には行く先と簡単な用件しか書いていなかった。

伊勢。まだ調整部分があるとかも。何かたくらんでいるみたい。

奈良。その感じは前回からあった。本日、つまり月曜夕に現地に着くわけだが、さっそく飛行してその夜に微調整、火曜に広範な飛行実験。水曜はまたもや宇宙訓練らしい。

伊勢。また原子力電池を使うの?。

奈良。そうだ。専用スーツの機能確認が目的らしい。

伊勢。その結果で、発表内容が変わる。

奈良。発表会は木曜と金曜だ。報道機関や各国大使館に概要を送りつけたようだ。

伊勢。まさか、自動人形を売り出すの?。

奈良。それはないだろう。基本的には進行波ジェットの初実用お披露目のはずだ。

伊勢。そうだった。今回失敗したら、目も当てられないわ。

奈良。ああ。航空部門長が必死になる理由の一つだろう。

伊勢。宇宙応用の展示もする。

奈良。デモ用の真空室に入れられるそうだ。

伊勢。原子力電池との取り替えを何度もするの?。

奈良。デモ用真空室内では電磁誘導による外部電源だ。そのための電力用アンテナをエスとリリに埋め込む。

伊勢。なるほど。でも、その真空室は宇宙のような超高真空にはならないのでしょう?。

奈良。多分、ならない。しかし、今回来るような見学者にはすぐ分かるはず。超高真空中で活動できることは実証済みだし。

伊勢。ふーん。(開発されたオートジャイロの緒元を見る。)巡航速度、毎時300kmって、オートジャイロじゃないわ。

奈良。なにしろ、一種の凧の推進がジェットエンジンだからな。不釣り合いこの上ない。何を考えているのか、よーわからん。ま、しかけたのはこっちだが。

伊勢。エスたちとコントローラとの通信は中継器を使う。

奈良。そうだ。そのあたりもハードルだな。自動人形が、目的通り動くかだ。

伊勢。何が起こるのか、全く分からない。

奈良。先方の知りたいところでもあろう。私も知りたい。

伊勢。たしかに、そう考えると楽しみだわ。

 (うむ、伊勢が楽しいと考えてくれるとはよい方向に進んでいる。不思議なことだが、これが私と伊勢を結ぶたった一本の糸なのだ。もしも科学がこの世になかったら、決して伊勢と出会うことはなかっただろう。
 例によって、用件がなくなったので、伊勢はすやすや寝てしまった。表情はモモさんそのもの。よほど良い夢を見ているに違いない。)

 (例の技術主任が空港に迎えに来てくれていた。どうやら、計画の責任を押し付けられたようで、かなり必死になっている。)

主任。お待ちしていました。本当に来てくださって、ありがとうございます。これで百人、いや二百人力です。

伊勢。当方も楽しみにして来ました。

 (主任といっしょにID社用車に入る。高速道を行く。直接、工場に向かっている。)

伊勢。ずいぶん速いオートジャイロです。作るのは大変だったでしょう。

主任。ほとんど部門長の言うなりです。おっしゃるとおり、オートジャイロなんてものではありません、全く新しい航空機です。形がオートジャイロに見えるだけです。でも、大変だったけど、仕上がりもよくできていますよ。きっと驚かれると思います。

 (うむ。すでに開発目標がエスのお手軽移動手段から大きく外れている。情報収集部での作戦で役立つのか、ちょっと不安になってきた。もう一台、ありきたりのオートジャイロを注文した、などというつまらない落ちがないことを祈ろう。)

奈良。デモ用の真空室とありましたが、超高真空室ですか?。

主任。間に合いませんでした。トカマク装置とか素粒子実験用大型リングとかどうしてるんでしょうかね。

 (そんなの当然知らない。しかし、その様子だと、大型の超高真空室を作る気だったようだ。考えてみれば、自動人形に宇宙で何かさせるのなら演習に必要な装置だ。)

 (工場に着いた。さっそくエスとリリを起こしに行く。)

エス(リリ)。目まぐるしく起きる場所が変わります。

奈良。もう少しの我慢だ。しかし、しばらく忙しいぞ。今日は今から君たち専用のオートジャイロのテストだ。

エス(リリ)。楽しみです。

リリ。私も楽しみ。

 (用意されたパイロット風の服に着替えさせる。何となく救護班の感じを残したデザイン。似合っている。本人も、動きやすく、良くできているとの感想。
 主任のカートに乗って、整備工場のようなところに行く。オートジャイロは用意されていた。見学者が多い。失敗すれば大変だからだ。
 エスのオートジャイロは大型の模型ヘリコプターみたいな形で、進行波ジェットエンジンは一基。この前乗った人間のスポーツ用オートジャイロと違って、かなり凝っているようだ。エスはベストをつけずにジャイロに乗り込む。付けていても良いそうだ。
 主任に案内されて、コンソールに座る。伊勢用のも用意されている。ちょうど、ゲームセンターにあるレーシングゲームの感じ。コントローラの中継器が付いていて、オートジャイロと無線でつながっている。なるほど。)

奈良。エス、操縦法は分かるか。

エス。マニュアル解析中。そんなに難しくありません。でもこれ、コンピュータ制御というより、自分ですべて操縦するみたいです。

奈良。その方が、融通が利くのじゃないか。

エス。融通は利きますが、間違うと機体を壊しそうです。何か、とんでもない性能のようです。

奈良。主任さん、飛行計画は?。

主任。ともかく、まずはそのあたりを一周してください。今週は、緊急事以外、工場敷地内の滑走路等は使い放題です。

奈良。了解。エス、発進しなさい。

エス。了解。エンジン始動。

 (みんなかたずをのんでいる。エンジンが動き出した。ゴーと風の音しかしない。ロータが回り出した。短距離の滑走で離陸するため、ある程度は回すのだ。しかし、短距離どころではなかった。少しロータが傾いて、ふわっと浮いたかと思うと、そのまま斜め前方に急速に上昇して行く。さすがに歓声が起こった。)

主任。分かってはいても感動です。

奈良。最初から驚きました。

 (エスに、敷地内を一周するように指示。この工場の敷地、一辺が5km程もある。エスのオートジャイロは40km/hほどのゆっくりした動きで、10mほどの高さをゆうゆうと飛行する。戻ってきた。着陸は本当に垂直着陸に見える。関係者が拍手している。
 やっと気づいたが、ものすごく静寂。一般のオートジャイロの音は推進用のエンジンの音がかなりの部分を占めるようだ。)

主任。設計通りです。良かった。次は、私が指示しますので、奈良さんはこちらの席で見ていてください。

 (といって、主任がコンソールに座る。エスに飛行計画を指示。一つずつ、確認事項をチェックして行く。エンジンは大丈夫だとの報告により、300km/hにも挑戦。一瞬だが、達成した。拍手が起こる。完璧なようだ。
 オートジャイロが整備工場内に着陸する。スライド式のドアが開いて、ニシキヘビが出てくる。何度見ても、慣れそうもない光景だ。私の腕に飛び込んで来た。よくやったので、軽く撫でてやる。離れた。)

主任。うわあ、強烈な印象です。エスのオートジャイロは微調整で済みそうです。では、次はリリさんのオートジャイロ。

 (リリのオートジャイロは、やや大型。といってもまだスポーツ用のオートジャイロよりずっと小さめ。ロータはエスのより少し大きいだけで、操縦は難しそう。アンドロイド専用、といった感じだ。進行波ジェットは二基。リリは口数が多いように設定しているので、すぐに感想を報告する。)

リリ。やった、私専用のオートジャイロ。みなさんありがとう。

伊勢。まだ早いわ。ちゃんと飛んでからの話よ。

 (リリにはヘルメットをかぶせ、席に座らせる。人間なら窮屈に感じるはずだ。もう一台のコンソールに、伊勢が座る。)

伊勢。リリ、発進しなさい。

リリ。了解。エンジン始動。

 (滑走はしたが、こちらもあっと言う間に離陸。滑走したのはほんの5mくらいに見えた。接地している距離はもっと短いらしい。敷地内の最初の一周は無難にこなした。)

伊勢。リリ、どうだった、乗り心地は。

リリ。乗り心地はいいけど、人間用のオートジャイロよりずっと不安定。これでいいのかしら。

主任。運動性能向上のため、かなり不安定に作っているのです。そのかわり、エスのオートジャイロと同じくらいすばしっこく動けるはず。

 (訓練が必要なようだ。同じく主任にコンソールを任せる。伊勢が主任の指示で、リリの動きの調整をする。最初は時間がかかった。何しろ、飛行特性を計測しながらの調整なのだ。しかし、次第に二人は慣れてきたらしく、確認事項をこなして行く。エスの倍はかかったと思うが、とにかく、本日やるべき分は達成したようだ。全員、胸をなで下ろしている。エンジンも調子よかったようだ。)

主任。手応えを感じました。このまま、うまく言ってくれるといいが…。

伊勢。設計図を見せてくださいます?。

主任。用意させます。

 (なにやら、あれこれ議論し始めた。機体やエンジンのそれぞれの担当技術者も含めて、意見を交わす。後で聞いたら、伊勢の要求水準がかなり高かったらしい。もう、この際、いけるところまで行こう、ということのようだ。部門長からも圧力がかかっているらしく、主任はとにかく自分の判断でできそうなことなら、積極的に意見を聞いたらしい。技術者連中には徹夜の機体の改良になるだろう。明日は広範なテストが待っている。
 リリはといえば、自分専用のオートジャイロがとてもうれしかったらしく、エスと抱き合って喜んでいる。探索を忘れるのかと思ったが、ほどなくしてしっかり付いてくることを要求してきた。主任が警備担当者を呼んでカートで敷地内を案内するよう要請する。前回同様、エスとリリといっしょに、避難経路の見学に移る。)

リリ(エス)。前回と変わらない。さすがに本部の施設、安全性に抜かりはなさそう。

奈良。安心したか。

リリ(エス)。ええ、とても。なんだか夢のよう。幸せです。

 (ううむ、幸せはある程度分かるとして、夢とは何を指しているのか。まあ、とにかく、うれしい、ということだろう。
 私と伊勢は工場内の宿泊施設に泊まる。エスとリリは伊勢の部屋。夜中には再び徒歩で探索行動をするのだろう。)

第4話。魔女っ娘来襲。13. 生還記念会

2009-02-26 | Weblog
 (今回ばかりはあまりの関の無謀さにあきれてしまった。結果は奇跡的に良かったものの、志摩まで失うところだった。関は永田と上官からこってり怒られ、さすがにしおれてこちらのオフィスにやってきた。
 志摩は、自分が犠牲にされるところだったのに、そういうことには物忘れがよく、関の働きをたたえている。)

志摩。関さん、無理しちゃだめだよ。本当に心配したよ。でも、結果はすばらしかったよ。君でないとできない。

関。ごめんなさい志摩さん。私、むちゃくちゃしたみたい。あなたを巻き添えにしたことは後悔している。

志摩。君が泣いているところなんて、初めて見たよ。困った。ぼくは君の笑顔が見たいのに。

 (関はようやく落ち着いてきた。そして、志摩が決死の思いでかばってくれたことを徐々に思い出したようだ。)

関。志摩さん、私をかばってくれたの?。あんなに無茶した私を救うために。

志摩。君を放っておくことはできない。君に先導されて、どこまでも付いて行く気になっていた。君が突入していたら、きっと一緒に行っていた。でも、君は落ち着いていた。よく永田さんを待ってくれたよ。だから、今こうしてお話しできる。

関。私、怖くて動けなかったの。志摩さんがいたから、正気を保つことができた。あなたがいなかったらと思うと、恐ろしい。

志摩。ぼくも同じだ。君がいたから、あの場に止まることができた。よくやってくれたよ。

鈴鹿。もしもーし、お二人さん。志摩っ、何いい雰囲気出しているのよ、いつも「おれ」って言ってるのに、関さんには「ぼく」と「君」なの?。関さん、志摩くんは渡しませんからね。

関。鈴鹿さん、ありがとう。元気になってきたわ。

リリ。あ、いたいた関さん。志摩さんも。よくあんな攻撃に耐えていたわ。永田さんが絶賛していた。

志摩。リリか。助けてくれてありがとう。リリがいなかったら、こちらの努力が無駄になっていた。

リリ。ふふん、どう、私の魔法の威力は。少しは認めた?。

志摩。ああ、手品とは大違いだな。もう二度とあんな大技は見たくないけど。

リリ。うん、ちょっと無謀だったと思う。

 (リリがあんまり自慢するので、関と志摩はちょっと可笑しく思った。伊勢はというと、きっと関と同じ立場なら同じように出過ぎた行動をしていただろう。ただし、関と違って、あたりは死屍累々だ。そうした自覚はあるようで、さっきから黙って関と志摩の会話を聞いている。)

奈良。二人の生還を祝って、ここでパーティーを開こうと思うが、どうか。

伊勢。あら、いいわね。鈴鹿、お料理や飲み物を買いに行きましょう。

鈴鹿。うん。リリも来る?。

リリ。付いて行く。

奈良。永田も上司からたっぷり怒られているだろうから、誘ってみよう。エス、会場の準備をしよう。

 (永田も来るという。私はエスといっしょにテーブルを運んだりする。大蛇なので力は十分。それに器用だ。良くできている。
 関は疲れ果ててソファでぐうぐう眠っている。こいつも、どこでも眠れるようだ。志摩もご同様で、自分の席で突っ伏して眠っている。)

奈良。関と志摩が生きていることに乾杯。

全員。乾杯。

 (グラスの中はジュースかお茶。どうやっても茶話会になってしまう、このメンバーでは。)

永田。志摩くん、感謝してるよ。関を救ってくれてありがとう。

志摩。こちらこそありがとうございます。迅速な対応、感謝しています。

 (この二人、妙な連帯感があって、互いに信頼している。志摩の方が一回り若いので、上のような言葉遣いになるが、現場で鉢合わせすると仕事仲間みたいになる。
 一時期、永田は我々4人の軍事的背景に興味があったようだが、軍から詮索するな、の横やりが入ったらしく、最近は誘導的な質問もしなくなった。私たちはDTMの役割にしたがって行動するのだが、上層部間でなんらかの取り決めがあるらしく、あれだけ派手に行動しても、特に問題が起こったことはない。永田らからは、我々は軍の秘蔵部隊に見えるようだ。真実としても、当たらずとも遠からず。
 志摩の一見屈託のない性格は永田のお気に入りで、そのことも信頼感に寄与しているようだ。鈴鹿は関と仲がいいので、対応をまかせているもよう。ただ、私(奈良)と伊勢に関しては得体の知れなさを感じており、明らかに警戒している。伊勢の過剰と言える自信と武器の扱いのうまさ、自動人形の正確無比な攻撃と私への絶対的な忠誠心は、異様に見えるようだ。)

関。奈良さん。志摩さんにご負担をかけました。申し訳ありませんでした。

奈良。作戦を指示したのは私だ。志摩はそれに従い、自分で判断して行動する。関さんが負担に思うことはない。

関。私、無謀だったのでしょうか。

奈良。今となっては難しい質問だな。一見無謀に見えたのは間違いない。しかし、志摩の行動は何か勝算があったようにも思える。もし無謀と判断したら、のこのこ君について行くことは無い。後で、彼から行動の意図を聞いてみよう。

関。どういうことですの。

奈良。そうだなあ。こういう質問はどうだ。関さん、志摩のことをどう思う。作戦上の行動についてだ。

関。正義感があって、一途で、行きすぎることもあるけど、最後まで粘る。仲間のためなら自分の命をかけてもよいと思っている。

奈良。それは君自身のことだな。志摩には冷酷なほど状況判断をしている節があるのだ。

関。ふむ。たしかに、今回の結果も、考えられる中では最善の結果です。

奈良。不思議だろ?。もし、もしもだが、その最善の結果を得るために、冷酷にも君を利用して危険にさらしたのだとすると。

関。信じたくないです。

奈良。君と同じく、志摩自身もそうは思っていないはずだ。私が言いたいのは、結果から逆に考えると、そうなっていることが多い。

関。そう考えない方が、私にとってはよさそうです。それでいいでしょ。

奈良。もちろん、単なる解釈の一つだ。あとは君自身の考え方だな。

関。奈良さんって、見かけによらず沈着冷静です。私の上司に似ている。上に立つ人に必要な資質なんでしょうか。

奈良。一般論は知らないけど、そう思うことはある。まあ、私自身、上から見たら君のような感じに見えるんだろうけど。

関。なんだか、世の中を見たようで、ちょっと寂しいです。

奈良。すまなかったな。フォローさせてもらうよ。君に代わる人物などいない。あの結果は、関さんだからできたのだ。他のだれにも達成できなかったはずだ。最良の結果で、誰しもが喜んでいるだろう。君の上司が全幅の信頼を置いているのがよくわかる。

関。ありがとうございます。そう考えることにします。

 (ちょっと怒ったかな、と思ったが、後で永田に聞くとそうでもなかったようで、志摩のことを観察するきっかけになったようだ。)

鈴鹿。関さんが奈良さんと話すなんて、珍しいです。どんなでした。

関。思ってたより、ずっと深く考えている方です。ちょっと世の中の勉強になったかな。

鈴鹿。あら、またあれです。正直な感想を言われたんだ。

関。そう。あれだけしゃべる上司も珍しいような気はするけど。

鈴鹿。そうなの?。あれが当たり前と思っていた。

関。理由なんか全然言わない上司が多いと思う。その場での考えを言ってくれたらいいのに。

鈴鹿。奈良さんは正直すぎて、こちらがショックを受けることでも平気で言うことがある。

関。さっきもきっとそうだった。ねえ、鈴鹿さん、志摩くんって深く考えて行動しているのかしら。

鈴鹿。ちっともそう見えないとは言えるわ。直接聞いてみたら面白そう。志摩っ、こっちに来なさい。

志摩。おれのこと呼んだ?。

鈴鹿。呼んだわよ。さっさと来るの。

志摩。で、何の用だい?。

鈴鹿。ストレートに聞くわ。あなた、ちゃんと考えて行動してる?。

志摩。どんなときのこと?。夢中になって考えずに行動することはあるよ。

鈴鹿。正直ね。関さん、これでいい?。

関。まったく答えになってないわ。志摩さん。

志摩。関さん、何、改まって。

関。私が例の倉庫で事務所に向かおうとしたとき、いったん止めたでしょ。

志摩。ええと、いつのことだっけ。事務所に行くも何も、逆に出口まで連れられて…。

関。その後よ。武器を奪ってから、あなたが逃げようと言ったのよ。

志摩。そうだった。そしたら、関さんが証拠隠滅阻止とかいって、事務所に向かっていったんだ。

関。そのとき、私の後を追ったでしょ。

志摩。そういうことになる。

関。そのとき、何を考えていたの、というのが質問よ。

志摩。もう忘れかけているよ。後を追った方が良いと思った、かな。

関。私を助けようと?。

志摩。それもある。

関。他にもあったの?。

志摩。他にもある。

関。だから、その他って何よ。

志摩。行った方が良いと思った。

関。堂々巡りだわ。

伊勢。あななたち、面白いこと言ってるわね。私も混ぜてよ。

関。伊勢さん。ええと、話せば長くなるけど。

伊勢。ちょっと聞いていた。つまり、関さんが一見無謀な判断で敵が待ち構えている事務所に一人で戻っていったとき、ふらふらと志摩が付いていった。

関。まあ…、そういう表現も可能だわ。

伊勢。その時の心境を教えて欲しいのよ。何を根拠にどう判断したの、志摩。

志摩。ええと、そうした方が良いと思った。

伊勢。何か良いことが起こると考えたの。

志摩。いや、行かないといけないと思った。あの、これ以上言わないといけない?。

伊勢。関さんの知りたい点よ。言いなさい。

志摩。関さんに誤解されたらいやだなあ。

関。誤解しない。約束する。

志摩。それなら言うよ。行きなさい、と言われたんだ。

関。誰に。

志摩。それも言うの?。

伊勢。そう。

志摩。誰にって、まわりのみんなが言うんだ。

関。それって、あれ?、電波みたいなもの?。

志摩。違う。実際に見れて、触れて、話しかけてくるもの。

関。分からないわ。

伊勢。まわりの見れて触れられるもののことよ。

関。つまり、壁や天井?。

志摩。それも含めて、まわりのみんなだ。その前がある。出口に連れていかれたとき、声が聞こえた。関は引き返そうと思っている。そして、きっと引き返す。だから、あなたも付いて行きなさい、私たちのためだから、お願いと。だから、出口で関さんの行動を見ていた。そしたら、引き返そうとした。

関。訳が分からないわ。

志摩。だから嫌だと言ったんだ。もうよしてよ。

伊勢。もうちょっと付き合って。声はいつまで続いたの。

志摩。付いて行く決心がついたら、もうこれで大丈夫、ありがとう、といって消えた。

伊勢。聞いたとおりよ。

関。何かの象徴なの。

伊勢。解釈は自由だわ。肝心なのは、志摩があなたに付いていった、という実際の行動。その説明が、今の。

関。そうなの。理解するには時間がかかりそう。

鈴鹿。リリの人工知能みたいなものかな。リリ、ちょっと来て。

リリ。はい、鈴鹿さん。

鈴鹿。あなたは途中合流組だけと、関さんと志摩くんのそばにいたでしょ。

リリ。奈良さんや伊勢さんや永田さんといっしょだった。あの時のこと?。

鈴鹿。そう。戦況は分析した?。

リリ。分析した。勝ち目はあった。少なくとも、絶望的な状況ではない。突破口は必要だった。だから、私たちが来た。

鈴鹿。その前の状況は分かる?。

リリ。分かるわけない。だっていなかったもの。

鈴鹿。想像はできないの。

リリ。無理ね。可能性がありすぎる。

鈴鹿。ここまでかな。ヒントにはならないわ。

関。いいえ、ヒントになった。なるほど。奈良さんの言った事ともちょっと違う、私の解釈は。それでいいんだ。

伊勢。ふふ、おいしく料理がいただけそうね。良かったんじゃない。

関。ええ。あとで考えをまとめてみる。きっと大丈夫。それと志摩くん。

志摩。何、関さん。

関。誤解せずに済みそうよ。解説ありがとう。

志摩。だったらうれしいよ。関さんの反応で、自分が変なのかなと思ったよ。

関。少なくとも独特だわ。ねえ、今、この部屋から声が聞こえる?。

志摩。聞こえないよ。ただのモノだよ。だから見たり触ったりはできるけど。何か起こらないと聞こえてこないし、聞こえるとは限らない。

関。あら、知りたかったのに。残念だわ。

志摩。何も言わないって事は満足してるんじゃないかな。

関。そう思うことにする。

 (おそらく、志摩は何かを説明しようとしたのだが、たとえようもないので、近い感覚を言ったのだろう。説明が下手だ、とは言える。)

第4話。魔女っ娘来襲。12. 輸出業者の倉庫にて

2009-02-25 | Weblog
 (志摩は電気業者に化けて倉庫に侵入するつもりらしい。めちゃくちゃ安易な手口なので、大丈夫かと思ったのだが、たまたま永田側が建物の監査に化けて侵入するので、相乗りさせてもらった。いつものように役所側は関が化けている。監査役は本物で、関はお付き。港に近い倉庫にて。)

監査役。建物の図面を見せていただけますか。

 (対する倉庫側は、代表者こそ人の良いおじさんに見えるのだが、他の従業員は、明らかにその筋っぽい人ばかり。関も志摩も、さっそく本部に応援を要請した。永田は警察に連絡して非常事態に備える。こちらは伊勢と私が行くことにした。伊勢は当然とばかりに、悪魔の兵器、分子シンセサイザーを携帯。自動人形は迷ったのだが、エスとリリに同行させる。まさか大変な事態に発展するとは思わなかったので、性能評価を兼ねてである。A31と能力的には同じだし。
 倉庫には棚はあるが、自動化されておらず、電気式のフォークリフトで運ぶ。案の定、管理は良いとは言えず、監査役はむっつりしている。おかげで、調査のしやすいこと。荷物の見放題だ。早くも、関が人形を発見。防火管理かなにかを理由に、業者に開けさせる。髪の毛はない。どこかで外されたのだ。
 髪の毛もすぐに見つかった。箱に正直に繊維製品と書かれてある。宛先はちょっと疑義のある国々だ。関は志摩を呼んで確かめさせる。たしかに例の高機能繊維だ。関はちょいとサンプルをくすねる。
 志摩は配線を見て、倉庫にしかけがあるかどうかを探っている。ありゃ、ついでに天井付近に狙撃者みたいなのが二人いる。関に知らせたら、気づいていたみたいだ。さすがだ。
 ようやく、倉庫側も関の不審な動きに気づいたらしい。監査者を呼びつけ、あれは何だ、建物の調査ではないのか、なぜ荷物を確かめる、と問い詰める。関が呼びつけられ、説明させられる。本当に正直に言ってのけた。)

関(変装中)。荷物の中に輸出禁制品が混じっているようです。公務員として見逃す訳にはまいりません。これから該当部署に連絡しますので、そのまま待機していてください。

 (関は踏み込むよう、永田に合図したらしい。志摩も同様に、我々に知らせてきた。
 関たちを怪しいおじさんが取り囲むように集まってきた。10人くらいはいる。天井の狙撃者も準備をはじめたようだ。居直ったのは、本物の監査役。正義感の塊のような中年男性。)

監査役。みなさん、威勢が良いようですな。我々は必要な監査はすべて行います。それが我々に許された権限です。おとなしく監査を受けられるのが身のためですぞ。

代表者。申し訳ありませんが、すぐにお引き取りください。商売の邪魔でしてな。

 (怪しいおじさんたちはそれぞれ武器を取り出す。拳銃や短刀など。ただ事ではない。
 どうしようもないので、監査役はいったん引き下がることにした。拳銃を持った二人に率いられ、3人は出口に。出ろ、との合図。)

関(変装中)。警察に知らせて、早く。

 (と、監査役に叫んで出口から追い出す。監査役は走って行った。志摩もいったん外に出て、出口付近に身を隠す。残りは関。関は隠していた護身用の小型の自動拳銃を取り出し、身分証を見せる。財務省と軍の身分を明かしたのだ。)

関(変装中)。おとなしく言うことを聞きなさい。そのまま待機しろと言ったでしょ。

 (身の程知らずとはこのこと。この下っ端どもが言うことを聞くわけはない。拳銃をこちらに向けてきた。関はすかさず一発を威嚇発射し、暴漢をつかんで投げ飛ばそうとする。志摩も飛び込んでもう一人を体当たりしてぶっ飛ばす。志摩は気絶させた上に武器を奪うことに成功。相手は素人のようだ。関は力負けしてしまった。志摩が殴り倒す。関は強力な拳銃を奪って、逃げるどころか、事務所に向かう。)

志摩。どっちに行くんだ。逃げるんだよ。

関。だめ、証拠隠滅を阻止するのよ。

 (こまったお嬢さんだ。自分で解決する気だ。しかたなく、志摩も付いて行く。目標は倉庫の向こう側の事務所だ。
 案の定、狙撃者が撃ってきた。こっちも素人のようで、幸運にも当たらない。二人で物陰に隠れる。やっぱり証拠隠滅を図っているらしく、危ない商品を事務所に運んでいる。揃ったら書類ともども火をかけるつもりだろう。
 無謀にも、関が狙撃者を狙って数発発砲。さすがの志摩も、バカかこいつは、と思ったようだ。援護のため、もう一人に拳銃を連射する。どちらも当たらなかったのだが、相手は素人、こっちの武器の性能をまったく過大評価したようで、さっさとライフルを置いて逃げてしまった。
 と、今度は正面から、据置の機関銃が発射。こちらもど素人くさく、狙いという概念はないようだ。しかし、さすがに今度は関も隠れて、がたがた震えている。性能を知っているようだ。
 サイレンが聞こえてきた。永田がやってきたのだ。関と志摩は戦況を報告。案の定、永田はあきれたようで、すぐ行くから待ってろの指示。
 警察と伊勢と私が合流し、突入。関の近くまでは来たが機関銃のため近寄れない。伊勢は警察がなぜか暴徒鎮圧用の音響手榴弾を持っているのを見て、一計を案じたらしい。永田によこすよう要請。永田もこのままでは近寄れないので、事態打開のため、貸すことにした。伊勢はリリに指示。明かりを壊せと。リリの分子シンセサイザーが発動。)

リリ。それっ、それっ、それっ、それーっ。

 (発射された氷の針が、天井の明かりを次々に壊して行く。正確無比だ。倉庫内はかなり薄暗くなった。)

リリ。チャージ。

 (わざわざ敵味方に分かるような大声で叫ぶ。リリは胸の前で手を合わせて念じている。)

奈良。あれなに。

伊勢。知らないの、次のターンで攻撃力が3倍になる魔法よ。

奈良。RPGの技だな。本当に攻撃力が増すのか。

伊勢。全然変わらない。私に準備しろとの合図。

リリ。それーっ。

 (大声で宣言してからリリは手を正面に伸ばす。三条の光が伸びて行く。三倍の威力の光線だ。ちなみに、こんな感じの兵器はこの世に存在しない。
 伊勢は光線が到達した頃を見計らって、発射器から音響手榴弾を発射。向かいの事務所の入り口付近で大爆発。音と光の爆弾だ。)

リリ。きゃー、成功したー、うれしー。

 (大音響の後に続いて、リリの技成功の雄叫びが倉庫内に響く。
 永田と関はしかけを知っているから、残りの警察官を説得していっしょに突入。相手方は、もう大混乱。ゲームを知っている者ほどショックは大きいだろう。リリとエスも救護のため突入、私が追いかける。音響手榴弾の威力で3人ほど倒れていた。命に別条はない。残りの者も、あまりの音響で腰を抜かしている。伊勢は機関銃の撃ち手を自分の分子シンセサイザーで片付けるつもりだったようだが、そいつも腰を抜かしていて、銃口もそっぽを向いている。
 警察のおかげで、鎮圧は成功。証拠も保全。関は機関銃を確保。志摩は、狙撃者のライフルを取りに行った。)

第4話。魔女っ娘来襲。11. 人形の髪の行方

2009-02-24 | Weblog
 (帰国したら、志摩からレポートが手渡された。先日、志摩が営業に行った、とある医療機器メーカーでの発見のまとめだ。
 志摩がそのメーカーの応接室で担当者を待っている間に、その部屋にある商品見本ケースの中のフランス人形に目が行ったのだ。この男、妙な直感力があって、医療機器メーカーに人形というのも変だと思ったらしい。ちゃっかりアナライザーで分析したら、髪の毛が特殊な高機能繊維だったのである。平和利用もできるが、軍事転用もできる。
 そばにあった説明書を見ると、数十の動きができる、ある種の病児用の訓練機器であるとのこと。髪の毛の特徴など書いてない。
 担当者は開発には関与していなかったが、そこは中小メーカーで、他部門の動きなど筒抜け。売っているのかと聞いたら、商社に納入するだけで、日本市場には出回っていないとのこと。全部輸出されているようなのだ。志摩が髪の毛のことを聞くと、単にその商社から、相手側が喜ぶ光沢なので使って欲しいと供給されるのだと。志摩がどうしても欲しいといったら、担当者が商社名を言ってしまったらしい。
 で、その商社に聞いたのだが、医療機器もフランス人形も扱っている。ところが、そのリストをもらったのだが、当のフランス人形は表向きには扱っていない。あやしい。ということだ。
 うーむ、考えすぎの可能性が高いが、調べないのも気味悪い。)

奈良。その高機能繊維のメーカー名は。

志摩。それはすぐに分かりました。特殊ですから。日本の大手メーカーです。メーカーに問い合わせたら、医療業界では大量に使われていて、その場合は製品内に加工されて組み込まれるから、転用は無理だとのことです。人形の髪の毛のことは言いませんでしたが。

奈良。人形の方は売っているのか。

志摩。納入先のヨーロッパの会社から、医療関係者には売られているようです。いわゆる相手先ブランド。こちらも動作が特殊なので、すぐに分かりました。日本にも逆輸入されているみたいです。

奈良。ふーん。やっぱり考えすぎか。

志摩。部長がヨーロッパに行っている間にその医療機関を割り出して潜入してきました。

 (こいつはっ。やりすぎだ。粗相はしなかっただろうな。)

志摩。人形のことを聞くので、変な業者とは思われたようですが、とにかく担当医師に会うことはでき、患児と人形を見ることができました。写真撮影はもちろん厳禁。関連する論文は紹介してもらいました。

 (やっぱり多少の粗相はしたようだ。)

志摩。その人形の髪の毛は単なるナイロンでした。

 (こっそりアナライザーで分析したようだ。)

奈良。なに。置き換わっていたのか。

伊勢。そのようね。その医療機関の例が特殊だったら別だけど。志摩、医療機器メーカーでの人形の様子を思い出してちょうだい。軍事転用できるかどうか、調べてみるから。

志摩。おれのアナライザーに記録が残っています。すぐファイルを渡します。

 (すぐに分かった。軍事転用可能で、ある種の攻撃兵器の性能を飛躍的に向上させるらしい。
 人形の販売元は怪しくないので、そのヨーロッパの会社に直接聞いてみた。何と、髪の毛は服装のデザインに合わせて、一体ごとに装着しているとのこと。つまり、髪の毛なしで輸出されていたのだ。
 証拠はないが、後で知らせても面倒なので、わずかな疑義あり、ということで永田に事情を知らせた。一応、調べてみる、とのこと。要領のいい奴で、2時間ほどしたら、わざわざ連絡をくれた。礼を兼ねているらしい。
 つまり、商社は輸出業者に渡しているだけと。繊維メーカーからすると医療機器会社に納入されているのだから、と、ちっとも怪しく思わなかったそうだし、商社も多少不審には思ったが、そのまま販売されているようなので追跡はしなかったようだ。
 とすると、怪しいのは、その輸出業者。永田の言うには、以前から怪しいうわさなので目をつけていたのだが、介入するきっかけがなかったのだと。何とか人形をネタにしてねじ込むつもりのようだ。)

伊勢。輸出業者の名前は教えてもらえたの?。

奈良。いや。もう永田らにまかせればよいだろう。

伊勢。ここまで来たら、きちんとフォローアップした方が良いと思います。

 (永田は正直な男で、伊勢の質問に輸出業者名を即答したらしい。ついでに、もう我々が介入するので、そちらは見ているだけでよい、とも言ったそうだ。)

伊勢。じゃ、近くで見せてもらいましょう。奈良さん、いいわね。志摩、指令よ。その輸出業者に潜入してちょうだい。人形の髪の毛の行く先を探るのよ。

志摩。わかりました。

 (こうなったら止められない。止めても勝手に行ってしまい、余計に面倒。何度も申し訳ないが、と永田に連絡して事情を説明。どうぞご勝手に、こちらの邪魔はしないように、とのいつもの返事。慣れたものだ。頭が痛い。)

第4話。魔女っ娘来襲。10. 宇宙訓練

2009-02-23 | Weblog
 (エスとリリと伊勢はアルプス見学をたっぷり楽しんだらしく、一時間以上も飛んでいた。途中の救助劇はあったものの、そんなに長時間飛べるとは思ってなかったので、主任に正直に言うと、にやにやしている。飛行速度は大したことないものの、これでは数十キロ先にまで行ってしまうではないか。
 伊勢も伊勢で、オートジャイロの初飛行のくせに慣れたものだ。)

奈良。よく飛んだな。初めてなのに、よく怖くなかったな。

伊勢。怖かったわよ。でも、楽しかった。奈良さんも機会があったらぜひ飛べばいいわ。

 (伊勢も航空機の操縦そのものは初めてではない。たしかに、飛行機に感覚は似ていた。リリもエスも面白かったらしい。
 空港の関係者にお礼を言って、我々は工場に戻る。)

 (夕食を食堂で主任としていたら、航空部門長が来た、食事の乗ったお盆を持って。どうやら、わざわざヘリコプターで来たらしい。それに、いやに笑顔だ。何か企んでいるようだ。)

部門長。いかがでした、空の旅は。

伊勢。本当に楽しかったです。ご配慮ありがとうございます。

部門長。そちらのリリさんはご活躍されたそうですな。

伊勢。ええ、救護用ロボットなので、けが人の探索は最優先なのです。ずいぶん遠くから発見しました。

主任。すばらしい働きでしたよ。部門長にもお見せしたかったです。

部門長。さっそくですが、お願いがありましてな。

奈良。何かお役に立つことでも。

部門長。進行波ジェットエンジンの調整が終わるまで、まる1日ある。つまり、明日の夕方です。それまで、リリとエスを貸していただきたいのです。ご帰国はあさってでよろしいですか。

奈良。ええ、早めに切り上げたいと思っていました。

部門長。では手配させましょう。(せっかちな性格らしく、さっそく電話連絡している。)

奈良。明日の件はいいですが、伊勢か私が500m以内にいないといけません。

部門長。十分です。実は、宇宙飛行士の訓練を体験していただきたいのです。

 (私と伊勢はしばし沈黙。そりゃなんじゃ、の心境だ。)

奈良。宇宙飛行士の訓練って、あの加速度の体験や水槽での訓練ですか。

部門長。よくご存じですな。この機会に自動人形について調べてみたのですが、どうやら真空に耐えられるようなので、船外活動が可能かどうか、確かめたいのです。

 (体験ではなく、思いっ切り実験ではないか。データを取るのが目的だ。それに、その言い方では、宇宙服を着せずに、生身のまま宇宙空間に放り出す気だ。)

奈良。いや、仕様上は耐えられても、酸素なしでは10分ほどしか活動できません。

部門長。原子力電池はご存じですな。

 (ご存じも何も、あの200年持つという変な電池だ。自動人形の推定寿命は20年というのに。燃料電池と違い、もちろん酸素など必要ない。)

奈良。知っています。しかし、その原子力電池はDTMの保管庫にあるはずですし、搭載にはそれなりの設備が必要です。

部門長。原子力電池は手配しました。ついては、電池の交換をお願いしたいのです。

 (ほぼ命令だ。しかし、たしかにめったにないチャンス。試してみたいのはやまやまだ。)

奈良。全面的に協力します。交換に必要な設備はどうしますか。

部門長。移動用の整備室を同時に手配しました。

 (手配しましたって、それもDTMの保管庫だ。バスくらいの大きさのはずだ。見たことないけど。簡単に手配と言うが、その保管庫とは16,000kmほど離れている、ほとんど地球の裏だ。この部門長、まさか、IFFの輸送隊を手配したのか。)

部門長。IFFの輸送部隊が明日未明、工場に電池と設備を運び込みます。リストにもれがないか、チェックしていただけますか。

 (何という行動力、恐れ入った。用意周到なことに、私と伊勢に用意する物品のリストが渡される。完璧に思ったが、伊勢は3つほど測定器を追加注文した。こいつも図に乗っている、ちゃっかり追加データを取る気だ。
 自動人形はもともと宇宙用になんか作られてはいないのだが、過酷な環境に耐えるよう、考えられるだけの工夫がされている。気圧がかなり低くても活動できるのは実証済み。しかし、真空まではどうか。真空に耐えられても、次に、動くかどうかが問題。そんな高真空室はあるのかと聞いたらあるらしい。さすがに宇宙航空部門だ。逆に、リリからガスが出て、真空室を壊すかどうか心配したのだが、そのおそれはある、と。だからやってみたいのだそうだ。エスも試してみたいらしい。宇宙ニシキヘビはさすがに世界初だろう。
 一応、本人たちにも聞いてみる。意味は分からないはずだが、OKとのこと。こちらのほのかな心配を察知して、ちょっと緊張したみたいだ。)

部門長。では、明日午前7時に再びお目にかかります。

奈良。よろしく。

 (伊勢に大変なことになって来たな、と話かける。あら、素敵じゃない、と、予想はされたがいつもの反応。どうせ、宇宙に行くのは別の自動人形でしょ。そうだろうな、と会話する。)

奈良。宇宙まで誰が付いて行くのかな。

伊勢。そちらの方が問題。宇宙ステーションでも日常的に稼働しはじめたら別だけど。

 (工場内の宿泊施設に移動。エスとリリは伊勢の部屋。伊勢は宇宙環境に自動人形が耐えられるかどうか、資料のチェックをはじめたようだ。一つは本体自身。次に救護服を含む装備。分子シンセサイザーは残念ながら、だめのようだ。
 軍時代に自動人形は真空に耐えられるかどうかのチェックはされていたらしい。やはりいくつかの注意点があるとのこと。改造というほどでもないので、移動整備室で対応できる。ただし、宇宙のような高真空までは想定されていない。そんな極端な環境で自動人形が動くかどうかは、全くの未知だ。おそらく、部門長はそれが知りたかったのだろう。伊勢から注目点は分かったの連絡が来たので、主任経由で部門長に伝える。
 リリとエスがやってきた。探索に付き合って欲しいとのこと。広大な敷地を見て回りたいとのことだ。こりゃ自転車でもいるかな、と思って主任に連絡すると、自分がカートを運転するという。ご厚意に甘えることとした。
 月夜の工場敷地を見て回る。)

リリ。広い。ずっと昔を思い出す。

 (多分、軍時代の経験だ。アンも青い空や広い場所に反応する。あまりよい思い出が付随していないので、それ以上は聞かない。)

奈良。差し迫った危険はあるか。

エス(リリ)。危険は検出されない。安全だ。月がまぶしい。

 (広大な敷地を一時間以上かけて巡る。ID社の航空機は何機もあるが、軍事用でないので自動人形は確認するのみ。大きな建物がいくつかある。通信施設も充実している。さすがに、本部直属の工場だ。
 主任にお礼を言って別れる。リリもエスも満足したようだ。
 部屋にかえって、リリとエスをねぎらう。よい機体だ。こちらが大変に満足していることが伝わるらしく、リリもエスもリラックスしている。
 自動人形の資料を私も再チェックする。なにしろ膨大な資料だ。記憶と検索機能を頼りに、問題になりそうな箇所をチェックする。電池の交換法も再確認。風呂に入ってから寝床に就く。)

 (翌朝、午前6時。食堂へ。伊勢も来ている。電池交換等の手順書を作製していた。チェックを入れる。いつも通り、欠陥はない。)

伊勢。あの部門長、何考えているのかしら。単にリリとエスを使った実験で済むなら楽だけど。

奈良。昨日は泡食って技術的なことしか聞かなかったな。DTMならともかく、ID社に有人飛行計画などあるはずがない。

伊勢。例によって、ライバル2社とかが有人宇宙飛行計画を出したら、やおらID社もできますよ、と言い出すんでしょうけど。そんな話、あったっけ。

奈良。ない。せいぜい弾道宇宙旅行だ。何分間か宇宙に行ってきました、程度。船外活動なんて、とんでもない。実際にはID社の技術では今すぐできるそうだけど。

伊勢。本人に聞くしかないか。

 (リリには救護服を着せ、部門長からの連絡を待つ。主任が迎えに来た。)

主任。準備はできています。いらしてください。

 (案内され、建物の外に出ると、工場内移動用のカートが用意されている。案内されたのは、とある屋根のある整備場。写真でしか見たことはない移動整備室がある。迷彩色で塗装されている。軍由来まるだしだ。
 中に入ってみると、手術台のようなものと測定機器群がある。伊勢と手分けして、扱えるかどうかを確認する。ちゃんと手入れされている。ID社東京にある簡易整備室とほぼ同等だ、装置はコンパクトだけど。)

伊勢。ちょっと心配してたけど、十分に使えそう。

奈良。そうでないと困る。伊勢、スケジュールをデータベースに打ち込んでくれ。こちらは電池などを確認する。

伊勢。すぐに済む。できたら合図する。

 (放射能の表示のある箱を開ける。原子力電池だ。燃料電池と違って、燃料と酸素の入り口がない。単純に発電するだけで、出力を止めることも上げることもできない。リリ用なので、ずいぶん小型。エスのはとても小さいのが数珠つなぎになっている。)

伊勢。準備できた。交換と調整を開始して。

 (リリを台に乗せ、電源を切る。自動人形の緊急修復など何度もしているが、いつまでたっても慣れない。緊張する。電池交換と真空用の調整に時間はかからなかった。皮膚を閉じてから、リリを起こす。)

奈良。起きよ、リリ。

リリ。内部動作確認完了、周囲の安全確認。異常なし。

奈良。どうだ、原子力電池は。

リリ。軍時代のコードがあるから、機能的には問題ない。でも、いつもとは感じがずいぶん違う。身体が熱い。

奈良。電池の出力の調整は不可能だからな。

 (5分ほど観察していたが、特に異変はない。身体の動きはいつもとほとんど同じ。救護服は気密なので、廃熱のために息をしている。ちょっとイヌみたいだ。次いで、エスの電池も交換、対真空用の調整を行う。)

エス(リリ)。恒温動物になった気分。悪くないけど。

 (面白いたとえだ。こちらも特に運動等には支障がないようだ。部門長に準備できたことを知らせる。意外に早かったことに驚いたようだ。指示に従い、実験棟へ行く。)

部門長。さすがだな。すばやい。外見は変わらないな。当然か。

奈良。リリは廃熱のために息をしています。問題になりませんか。

部門長。宇宙空間では問題になる。今回の実験では皮膚から廃熱させる。用意した水着に着替えてくれ。

 (おいおい、宇宙空間で水着だと。その水着が、効果を意識して慎重にデザインを選択したらしく、なんとなく宇宙っぽいのが可笑しい。リリの濃い色の肌が引き立っている。部門長が連れてきた二人の専門技術者(男性)の視線をくぎ付けにしている。着替えたら、皮膚からの廃熱で十分になったようで、息をしなくなった。)

 (まず、環境用の部屋に入れ、徐々に空気を薄くして行く。異変がないかを随時報告させる。対流がなくなったらどうなるかと思ったが、部屋を冷やせば放射熱で対応できるようだ。温度を上げると、異常が出そうだという。やはり、いくら何でも熱対策用の服は必要だ、ということになった。
 この部屋で目一杯空気を薄くしてみたが、作業には差し支えない。エスも同様だ。この程度は軍で実験していたみたいだ。
 次に、機器の動作確認用の、高度真空が実現できる小空間に入れる。その前に、大丈夫かと思えるほど念入りに洗浄されてしまった。きつめのシャワーのようなもので、あまり気持ちのよいものでは無かったようだ。
 部屋を冷やすことができないので、壁にくっついてもらって気圧を下げて行く。ガス漏れは起きなかった。動作自身は保たれていた。軍の開発時から宇宙用の配慮はあったようだ。視覚など、機能すべきセンサーにも異常なし。
 ただし、摩擦の感じが異なるという。慣れるには時間がかかりそうだとのこと。エスの方は這えるかどうか心配だったが、やはり、普通の這い方ではだめなようで、尺取り虫みたいな動作になるようだ。ともかく、移動はできる。
 真空の実験は終了した。部門長はというと、満面の笑みを浮かべている。こいつは使える、と直観したようだ。)

 (次に、加速度等の実験。といっても、リリやエスを壊すと大変なので、カタログデータを追認しただけ。大げさにも水中で作業実験させたが、単純作業は楽々とこなしてしまった。
 エタノールを飲む必要はない。瞬発用蓄電器の都合で、休む必要はある。)

部門長。思っていた以上の優れた機体です。驚きました。

奈良。こちらだって同じです。びっくりしました。まさか、宇宙での使用が考慮されていたとは。良い経験になりました。

部門長。いや、これからですぞ。忙しくなるのは。

 (せっかちな部門長は呼んで来た二人の技術者の尻をたたいて、計画遂行を指示したようだ。どんな計画かは知らないが。)

 (いつまでも水着かイヌの息ではかっこうがつかないので、燃料電池に戻したいと言うと、今日の実験は済んだからOKとのこと。ふたたび主任に連れられ、移動整備室に行き、燃料電池に戻す。)

奈良。リリ、エス、ご苦労だった。大変役立ったらしい。ありがとう。

エス(リリ)。興味深い実験でした。極限環境用のコードが使用されていました。間違いないですか。

奈良。その通りだ。ただし、今のところ実験だけで、実運用の計画は無いだろう。部門長は準備をはじめたので、ふたたび実験に借り出される可能性はある。よろしく頼む。

エス(リリ)。あの程度ならお安いご用です。初めて運用したコードもあり、緊張はしました。

 (主任が来た。進行波ジェットエンジンの調整が終了したので、聞きに来て欲しいとのこと。別の実験棟に移る。
 外見は昨日と同じ。出力を上げて行く。アナライザーの反応は昨日と打って変わって目だった音響ピークがない。リリにはサーと聞こえるはずだ。人間にはゴーという送風音と燃焼音しか聞こえない。)

リリ。音はするけど、昨日よりはずっとまし。これで最大音なの?。

奈良。そうらしい。これをリリ専用のオートジャイロに使うのだが、作戦上差し支えのある事態が予想できるか。

リリ。難しい質問だわ。でも、少なくとも聴覚センサーを大きく邪魔することは無くなった。だから、それをもって差し支えないとは言える。

奈良。質問の仕方が悪かったようだな。すまない。

 (主任は満足したようだ。伊勢の意見でも大丈夫だろうとのこと。これで開発を進めることにした。
 夕方近くなってしまった。部屋で休んでいたら、部門長からの連絡で、オートジャイロが完成する次回訪問時の打ち合わせを食堂でしたいという。主任も伊勢も自動人形も来ていた。)

部門長。次回の来訪は約二週間後になるでしょう。エスとリリの訓練の後、ちょっとした発表会に参加していただきたいのです。

奈良。この工場でですか。

部門長。そうです。なにしろ進行波ジェットエンジンの応用例など世界で初めてですから。なあに、エスとリリさんにそのあたりをシナリオ通りに飛んでいただくだけです。後は展示場で、ポーズを取る。

奈良。はあ、別にかまいませんけど。

 (と、このとき部門長に乗せられて承諾してしまったのが運の尽きで、次回に驚くことになるのだ。)

部門長。奈良さんと伊勢さんのどちらが来られる予定ですか。

奈良。まだ決めていません。

部門長。それではぜひ、もう一度お二人でご参加ください。

伊勢。何か理由でも。コントローラは一人で十分だと思っていたものですから。

部門長。航空機は速い。リリとエスさんにはデータ収集上、別行動をお願いすることもあるので、コントローラも二人必要なのです。どうしても来ていただけないなら、それでプログラムを組みます。

伊勢。いや、願っても無いチャンスです。ぜひ、完全なデータを収集してください。我々も期待しています。いいでしょ、奈良さん。

奈良。ああ、私も楽しみだ。自動人形には活躍させたい。こんなチャンスはめったにない。何とかしよう。

部門長。スタッフの士気も上がります。ご協力には感謝しておりますぞ。

 (実はこの時、部門長は広範な自動人形による実験を考えていたらしい。真空室に入れられて、人間と似た感覚で報告するような測定装置など、他にはないだろう。結局、リリとエスは両親役の自動人形とともに本部所属となり、航空部門で活躍することになるのだが、それは少し先の話だ。
 副次効果として、自動人形10機の追加生産が行われることになった。危険な作業が予想されたので、いよいよ自動人形を失う可能性が見えてきたからだ。A31をはじめとする初期開発の自動人形の耐用年数の問題もあったので、きっかけを探していたところに、航空部門での応用の話が飛び込んだ、というわけである。この後、自動人形が毎年生産されるようになった。)

第4話。魔女っ娘来襲。9. ID本部航空部門工場

2009-02-22 | Weblog
 (翌朝、現地時間7時。ホテルの食堂に行く。普通のバイキング形式。英米流の定番の品に加えて、ご当地客用の品揃えがある。具体的には各種蜂蜜とちょっと変わったナチュラルチーズ。パンにも特色がある。伊勢はこうした趣向が大好きなようで、ニコニコして味わっている。ふと思い出して、昨晩のリリの行動について尋ねる。)

伊勢。そうね、不思議だわ。私も撫でたのに、奈良さんのところに行ったのよ。別に怒っているようにも見えなかったし。

奈良。怒っているとも何とも言わなかったし、怒っているようには見えなかった。

伊勢。リリだけじゃない、A31だって同じ。必ず奈良さんのところに確かめに行く。

奈良。正直に言うが、何も思い当たる点はない。それに、作戦行動時にはむしろ君の傘下に入るのを好んでいるようだ。

伊勢。多分、私は答えを知っている。説明はできないけど。

奈良。なんだそれは。君らしくない発言だな。

伊勢。あら、奈良さんが一番感じていたと思っていた。

奈良。いや、感じるという点では同感だが、説明できない点も同感だ。感じとしては、「血は水よりも濃い」というやつだが、リリやA31とは親戚でもなんでもない。

伊勢。そうね、リリやA31はロボットだから、必ず対応する具体的な行動があるはず。それって何なんだろう。

奈良。ふむ…。申し訳ないが、保留だ。見当もつかない。

 (動物行動学的には明らかに、親子と他人とは行動が異なる。このつながり感覚は説明しがたいもので、動物ならば匂いや味だとか、感覚である程度説明可能な気がする。
 しかし、自動人形はロボットだから、そうは行かない。自分で「動物の心」を作ったのに説明できないとは歯がゆいが、分からないものは分からない。)

伊勢。考える時間ならたっぷりあるしね。

 (リリとエスは、いつものように純エタノールを飲んでいる。こちらの会話を楽しそうに眺めている。自動人形は、相手の心に敏感に反応する。こちらがリラックスしていると、自分たちも安心するのだ。)

 (午前8時、主任と部下が来た。荷物を持ってクルマへ。ID本社に寄ってリリとエスの箱や付属品を積み、工場へ出発。
 高速道路を延々2時間。アルプスに近いので、山々がよく見える。田舎だ。広大な敷地で、自動車用のテストコースや飛行機用の滑走路まで揃っている。工場の建物は大きいのがまばらに存在している。
 ID社の主力商品は計測機で、航空部門はその陸海空の運搬手段を設計、製造する部門だ。だから受注は多くない。しかし、ここは世界中から注文や大きな修理が来るのだから、結構忙しそうで、ひっきりなしに運搬車などが往来している。
 責任者にあいさつしてから、まずは大まかな見学。パンフレットでしか見たことのない機体もあり、それらの組み立て工場に案内される。私も伊勢もこちらの専門でないから、主任にあれはなんだ、これはなんだと質問しっぱなしとなる。主任も主任で、飽きることなく説明してくれるし、分からなかったら担当者に連絡して解説してもらう。リリとエスには意味は分からないが、とにかく、2機ともおとなしく付いてきてくれた。広い工場にはびっくりしていたようだ。
 リリのオートジャイロもリリ専用なので、リリの計測も行われた。こちらはアンドロイドの計測なので、すぐに済んだ。
 あっというまに、昼になった。社員食堂に案内され、食事。午後はオートジャイロの講習を受けてから、実際に乗ってみるという。リリとエスは探索。工場に入るときに、ゲスト用の名札をくれたので、エスにはベストにそれを付ける。ヘビロボットが来ることと、探索行動は周知されていたらしく、連絡は何回か来たが、騒ぎにはならなかったようだ。)

 (午後、講習を受ける。リリにも操縦させるし、主客はエスだから、結局2人と2機が生徒。本日は我々の行動を観察したいらしく、主任はつきっきりだ。
 オートジャイロはスポーツになっているくらいだから、操縦そのものは難しくないらしい。安定性が高く、機動性に優れている。簡単な講習だった。
 オートジャイロは工場敷地内の滑走路を使うのではなく、近くの空港にあるらしい。その前に、昨日急遽搭載が決まった進行波ジェットエンジンの模型とやらを見に行く。
 外見は筒のような形で、長さ50cm、直径10cmほどである。台に固定されていて、各種の計測に使われたらしい。主任が担当者に命じて、動作させる。たしかに送風機だ。ゴーっとたしかに風切り音はするが、あとは静かな燃焼音が聞こえるのみ。ところが、エスとリリが落ち着かない。伊勢がいち早く気づいたようだ。)

伊勢。どうしたの、何かあったの。

リリ。うるさい。何とかならないの、この音。

 (リリとエスの聴覚機構は人間のそれとはまるで異なる。軍が設計した聴覚センサー、つまり一種のマイクで、人間の可聴域をはるかに超えた音波の分析が可能である。
 IDセンサーも反応しているはずだから、アナライザーでざっと分析、200KHz付近の純音に近い騒音が発生しているようだ。人間の聴覚域のざっと10倍の高さの超音波だ。無害と判断されてしまったので、アナライザーからは報告がなかったのだ。)

主任。パラメータを少しずつ変えてくれるか。

 (と、主任が担当者に注文する。周波数分析器が持ってこられて、騒音を測定しながら各種の設定を変えて行く。少しずつ騒音も変化して行くがなかなか静かになってくれない。)

主任。うーん、軍用センサーで容易に検出できるのなら、作戦行動には使えません。どうしますかね。

伊勢。設計図を見せていただけますか。騒音の発生要因を探りましょう。

 (思い出したが、伊勢は音響工学を表向きの専門としている。つまり騒音には詳しいはずだ。主任にその旨伝えて、資料を用意してもらう。会議室に移動。
 伊勢は図面をもらってうんうん考えている。見た瞬間に原因は分かったらしいが、その解決法が思いつかないようだ。しかたがないので、このエンジンに詳しい技術者を呼び、伊勢が説明する。
 どうやら、その技術者は前からその騒音が気になっていたらしい。しかし、模型なのだからと、そのままにしていたとのこと。主任が改良は可能かと聞くと、すぐに調整してみる、ただし、変更個所が多岐に渡るので、まる一日かかる、とのこと。主任は、さっそく作業に移るよう指示する。
 主任は、なぜ伊勢が要注意人物なのかに気づき始めたようだ。幸い、今回は自分の得意分野でないと認識したから、途中で譲ったが、私からみても、明らかに魔物に憑りつかれたような感じだった。それに、伊勢は過度に緊張すると、微笑んだような表情になるのだ。いまは、ふっと緊張が取れ、いつものモモさん状態に戻っている。)

 (主任に案内され、近くの小さな空港へ。整備が済んだオートジャイロ2台が用意されていた。前後二人乗りの小さなヘリコプターのような外見で、風防は前方だけのオートバイのような感じ。ローターが目立つが、最初にある程度の回転を与えるだけで、後は自然に回っているだけ。これで揚力が生まれるのだ。背中の部分に推進用のエンジンとプロベラがついていて、さらに後方に飛行機みたいな尾翼がある。
 主任が飛行計画等を確認し、こちらへ来る。まず自分が飛ぶから、後からついてきて欲しいと。至れり尽くせりだ。まず私が単独で乗り込む。飛行機のような操舵装置だ。風はほとんどない。
 主任がロータを回し出した。私も回す。主任が発進、私もついて行く。ほんの一周して着陸。緊張したが難しくはなかった。伊勢も同様に一周。リリにも指示する。結構うまく操縦する。飛行できたので喜んでいる。
 少しずつ高度な操縦を取り入れて行く。私は、エスを乗せて操縦。伊勢は、機械を操るのは面白いらしく、楽しんでいる。技が複雑になるとアンドロイドの方が有利で、主任が指示したとおりにリリは操縦して複雑な飛行を行う。遊んでいるのではない、開発するオートジャイロの諸特性を考えているのだ。途中からリリの膝にエスを乗せることにした。私にはできない技をエスに観察させるためだ。
 リリがあまりに素早く上達したので、主任はやることがなくなったようだ。エス付きのリリと、伊勢とに編隊を組ませて遠出させることにした。急遽飛行コースを組み立て、伊勢に渡す。アルプスの見学コースらしい。ちと、うらやましい。
 2機のオートジャイロにモニター用のカメラを取り付け、発進させる。私と主任はモニターのある部屋に移動。)

主任。私が計画していた事項はすべてこなしました。考えていたより数倍速かったです。残りの滞在期間、どうされます。

 (一週間、こちらにいるつもりだった。それがわずか2日で用件が終わってしまったのだ。後はオートジャイロができてから、リリとエスを乗せて最終調整。2週間後なので、改めて来るつもりだ。付き添いは私か伊勢か、どちらか一人で十分だろう。
 このメンバーで観光旅行しても面白くない、などと考えていたら、リリから通信機に連絡が入る。)

リリ。山の斜面にけが人のような人が見えます。こちらに手を振っています。

奈良。近くに着陸できるのか。

主任。モニタを向けてもらえますか。

伊勢。こうですか。

主任。ありがとう。何とか着陸できそうですけど、一機だけです。

伊勢。では、リリとエスを着陸させます。要領を教えてやってください。

主任。了解。

 (主任の誘導で、けが人近くにリリとエスが着陸。応急手当てしたが、滑落したらしく、とても動けないらしい。オートジャイロの後席で運ぶのは無理そうなので、ヘリコプターを要請することにした。すぐに主任が連絡。伊勢は上空で旋回して待機。
 15分でヘリコプターが来た。もともと高速道路での事故に対応のためのドクターヘリのようだ。リリとエスは発進。代わりにヘリコプターが降りる。無事収容を確認してから、伊勢とリリは現場を離れる。)

主任。機動救護班でした。当方も欲しいくらいです。

奈良。今回、オートジャイロの威力を初めて知りました。大変便利な航空機と思います。よい体験になりました。いろいろありがとうございます。

主任。お役に立てましたか。残りの期間については、部門長と相談してみます。

 (主任が部門長に連絡する。部門長は、考える、後で連絡する、といったらしい。
 暇になったので、外に出て散歩。のどかな空港周辺、遠方に威容を放つ山々。伊勢とアンドロイドとロボットヘビが飛行中。ごく自然な風景なんだろうな、きっと。)

第4話。魔女っ娘来襲。8. ID本部訪問

2009-02-21 | Weblog
 (エスのオートジャイロは話が大げさになった。最初、伊勢が設計して、ID社の航空部門にお手軽に発注しようとしたのだが、向こうの技術者がロボットヘビのための航空機ということで、異様に興味を持ってしまい、あっと言う間に話が拡大してしまったのだ。伊勢も自分は航空には強くないことは自覚しているから、最終的には基本的なアイデアだけを申し述べて、設計と製作は、すべて本部の航空部門に任せることになった。技術は難しくはないので短期間だが、しかし、ちょっとしたプロジェクトになったようだ。むろん、研究開発費は全額向こう持ち。
 その主任技術者というのが、自分も大変な航空マニアで、最初、ヘビのオートジャイロなどと言うものだから、こちらも変人レベルの航空マニアだと勘違いしてしまい、大量の専門用語満載のメールが次々と届く。いや、自分はオートジャイロなど乗ったことがないというと、それでは、ぜひ我が航空部門に遊びに来い、体験させてやろう、という話になった。私も部下のヘビに乗せておいて、自分の経験がないというのも妙な感じがしてきたので、話に乗ったのである。
 もう一つ、伊勢がオートジャイロというものを映画でしか見てないのに、何となく飛びそうな設計図を送ったので、その主任技術者が驚いてしまい、どんな人物かを確かめたい、という意味もあるらしい。伊勢は結構有名で、スタッフに知る人がいて、まさかあの生物・化学戦のエキスパートじゃ、と調べると、その通りだったので、二度目のびっくり、というわけだ。普段の一見おっとりした彼女の姿を見たら、三度目のびっくりだろう。
 志摩と鈴鹿も行きたがっていたが、日本ID社情報収集部を留守にするわけにも行かず、私(奈良)と伊勢、リリとエスが行く。目的地はID社本部のあるヨーロッパの小国、ID本社航空部門の工場である。
 リリとエスはID社の輸送系で一歩早く現地へ送る。私と伊勢は普通の航空機でヨーロッパへ。)

伊勢。ID本部なんか久しぶりだわ。日本ID社情報収集部結成以来よ。

奈良。ああ、私もだ。それに、航空部門だなんて、初経験。楽しみだ。

伊勢。奈良さんは航空機に興味があるの。

奈良。そりゃ、男の子だったら誰でも一度くらいは興味を持つだろう。以前、軍(註。IFFのこと)で無理やり体験させられたが、それでも操縦自体は面白かったから。

伊勢。あら、女の子だってそうよ。私の方は、情報収集部の仕事をするなら、飛行機も操縦できないといけないとかの、よく分からない理屈だったわ。

 (そう、私も伊勢も、いざとなったら、この飛行機を操縦することができる。とても快適な飛行とは言えないだろうが。
 小国なので、飛行機を乗り継ぎ。結構時間がかかる。時差の関係でまだ昼間。そして、列車で首都へ。主任技術者が部下とともに迎えに来てくれていて、滞在中はその部下が案内するという。しかし、結局は興味津々の主任が最後まで付き添ってくれた。以下、日本語で記述。)

主任。よく訪問していただきました。歓迎します。そちらの女性が伊勢さんですか?。

奈良。ありがとうございます。とても楽しみにしてきました。

伊勢。私が伊勢です。私も楽しみにしております。

主任。まず、ID本部へ案内します。航空部門長にあいさつの必要がありますので。その後、すぐに私どもの工場へ案内します。

 (予想通り、主任も部下も、伊勢の平凡な姿にちょっと驚いたようだ。いまはリラックスしていて、モモさんの状態。黒髪が美しい優しい表情の女性だ。鋭い眼光はそのままだが、ちょっと見では分からない。まあ、そのうち、正体は分かるだろう。
 社用車でID本部へ。新市街はゆったりした土地利用で、ID本部も庭が結構広い。何度か来ているはずだが、こんなに落ち着いた気分で来たのは初めてなので、ちょっと新鮮に見える。もっとも、外見は良くデザインはされているが、ただの近代的ビルだ。
 リリとエスも紹介する必要があるので、起こしに行く。リリの衣裳はRPG風のだ。もちろん、受け狙いである。ちょっと正装にも見えるし。)

 (航空部門は当然はじめてなので、全員少し緊張して歩く。その筋のマニアが多いせいか、ヘビが巻き付いているせいか、リリは注目の的。伊勢は歩くとものすごい美人に見えるので、さらに注目の的。視線がくぎ付けになる社員が続出。)

部門長。よく来てくださいました。

 (航空部門長とのあいさつは形式的なものだった。エスと伊勢を見たかったらしい。表敬訪問には、私も伊勢も慣れているので、淡々とあいさつを交す。ただ、開発中の部外秘の最新技術はいくつか紹介してもらえた。ご自慢らしい。興味のある人なら、面白い話題だったのだろうが、あいにく私も伊勢も生物が専門。へえすごい、が正直な感想だ。
 部門長室の外に出ると何やら人垣が。注目されているのは、エス付きのリリ。何かしないと通してくれそうにない。主任が何人かと相談し、臨時で会議室に行く。何か技を披露して欲しいとのこと。しかたがない、わざわざ目立つ服を選んだこちらのせいでもあるので、付き合うことに。
 リリはファイヤーなどのいくつかの魔法芸を披露。これがいちいち受ける。その手の趣味の人が集まっているようだ。もう、やんやの喝采。この時間、仕事中のはずだが、関係なし。エス付きのリリといっしょに写真を取ったり、握手して感激してしまったり、この会社、大丈夫か。
 伊勢は静かに横から見ていたが、その姿がしとやかな日本女性に見えてよかったらしい。伊勢もリリと並べさせられ、記念写真の標的に。
 騒ぎを聞きつけたのか、部門長が、食事に誘ってくれた。お礼のようだ。工場は高速道路で二時間ほどの距離にあり、待っている人もいる。往復はクルマでは間に合わないので、ヘリコプターを利用することに。もうVIP扱いだ。)

 (当然、あっと言う間に工場に着く。一刻も早く、エスの身長や体重などの諸元を知りたかったようだ。設計が進まないからだ。あいさつは明日とし、さっそく計測が始まる。ヘビの計測など初めてだ、といいながらも、ある程度準備していたらしく、てきぱきと作業が終了。本日の予定は、これだけだったらしい。取って返して、ID本部に向かう。)

 (食事は地元のフランス料理店で。我々2人+2機と、主任と航空部門長。厚遇だ。出てきた料理は、普通のフランス料理のコース。しかし、フランス料理って、こんなにうまかったのか、と思えるくらいにおいしい。味付けをわざわざ工夫してくれたようだ。
 部門長は主任から、今回の訪問の詳細を聞く。部門長はプロジェクトを許可したはずだが、ヘビのオートジャイロには改めて興味を持ったようだ。なぜそんなものを発注する気になったのかをたずねられる。エスの移動用カバンの改良型だと説明すると、笑い出した。部門長のツボにはまったらしく、まずかばん屋に相談したのかなどと冗談を言う。カバンが飛んだら、その時点で航空機でしょう、と応酬すると、部門長は主任に、どこかで飛ぶカバンの開発はあったかなどと、真剣に問う。主任も主任で必死で類似例を思い出そうとしているようだ。両人とも、根っからの航空ファンらしい。
 ついでに、そのお嬢さん(リリのこと)用のオートジャイロもいるかと聞いてくる。とても欲しいのだが、例のコントローラから500mの制限を言う。すると、君らで編隊を組めばよいではないかなどと、まじめに言う。ううむ、なるほど。IFFなら即OKだろう。高速機動編隊A31+α。悪くはないが、あからさまに攻撃用だ。後から決断しても良いかと言うと、いつでもどうぞ、主任以下、最高のスタッフを配置してやろうなどと豪語する。愉快な部門長だ。
 伊勢は最初は我々の話を聞いていたが、途中から男性同士の与太話と判断したらしく、エスとリリにフランス料理の食し方の指導。もちろん、自動人形には最低限のコードは用意されているが、実体験も大切、機体ごとの微調整が必要だからだ。リリにはフランス料理は珍しかったらしく、すこしおどおどした感じで食べている。ただ、味付けは興味深かったらしく、慎重に味わっているようだった。
 しばらく話しているうちに、部門長の怪物さが現れてきた。パイロットのエスをじっと観察している。ヘビはほとんど音を立てないのに気付いたのだ。)

部門長。主任、計画中のエスのオートジャイロはプロペラ推進か。

主任。もちろんです。効率が良いですから。

部門長。かなり音はするな。

主任。普通のエンジンを使いますから、音は出ます。最近は設計と製造技術の進歩で騒音は激減しましたが。

部門長。低騒音のエンジンはないかな。

主任。あれ以上低騒音のレシプロエンジンなんてありません。回転させるなら電気モーターくらいでしょうか。エスに漕がせるなら別ですが。

部門長。エスはたしか燃料電池と人工筋肉で動いていたな。

主任。人工筋肉でプロペラ推進なんて、どこも成功していません。

部門長。電気モーターで推進するプロペラ機はあったな。

主任。それは模型飛行機ですよ。ペイロード20kgはきついです。

部門長。だったらあれか、進行波ジェット(註: フィクションである)。

主任。あれは実用になりません。この間だって、試作品として航空ショーに出したところ、アクロバットでもなんでもない巡航中に、進行波ジェットエンジンが2基とも停止してしまい、大恥かいたじゃないですか。パイロットが怪物級の実力持ってたから、何とか機体を損傷せずに着陸できたけど、その後の始末が大変だったの、覚えているでしょう。

部門長。ああ、大変だった。壊れるまでは、まるで送風機のような静寂性とまずまずの出力で調子よかったんだがな。停止してからはさらに静寂になったから、お静かですねとさんざん皮肉を浴びせられたな。ライバル各社は、またID社かと、あきれていただけだが。しかし、進行波ジェットの模型はよくできていたぞ。

 (後で聞いた話では、この航空部門長、名物部門長として鳴らしていて、無理を承知で技術を誇示するものだから、部下たちのフォローが大変らしい。もっとも、技術の向上は目を見張るものがあるので、上層部は何も言えないとか。
 ちなみに、IFFでは特殊な材料を使っているので、進行波ジェットは実用なのだが、ID社としては何とかして極秘部分を除いて商品にしたかったらしい。)

主任。なぜか、あの模型は壊れないのです。あれと同じものを搭載しろと。

部門長。他の提案はあるか。

主任。あるわけありません。とにかく、やってみます。

 (こうして、エスのオートジャイロは、お手軽路線から大きく逸脱し、超最先端技術搭載の最新鋭機になってしまったのだ。ついでに、模型のエンジンの出力でリリのオートジャイロもぎりぎり設計可能とのことで、製作することに。開発部門の士気が一気に上がったのは言うまでもない。)

 (結局、初日は首都のホテルで泊まることになる。伊勢はリリと、私はエスといっしょの部屋。高級そうなホテルだが、浴槽はなく、シャワーのみ。エスをざっと洗って、次に私がシャワーを浴びる。
 ソファに座ってエスを呼び、ご苦労さん、と軽く撫でてやる。エスが身を寄せてくる。もう慣れてしまったし、いわゆるハンドリングなので、こちらも気持ちいい。その気分が伝わるようで、リラックスしている。
 今回の旅行で自分が話題になっていることが分かるらしく、うれしいようだ。こちらが期待している雰囲気が伝わるようで、何か面白いことが起こると思っているみたいだ。
 リリが部屋に来た。救護服を着ている。探索に出かけるらしい。その前に、軽く撫でて欲しいようだ。伊勢はどうしているのかと聞いたら、私でないといけない、という。理由は分からない。とにかく、本日は活躍したのだから、応えないといけない。リリをそばに座らせ、軽く肩を撫でてやる。これだけでいいのだ。リリもうれしそうで、軽く身を寄せてくる。
 いつもよくしゃべるのに、おとなしいなと思ってリリを見ると、リリは私を見つめている。そういえば、A31もリラックスしたら、これと同じ表情になる。こちらの心を探っているのだ。何を確かめたいのかは、皆目分からぬが。
 ほんのしばらくして、リリは離れ、部屋を出て探索に出かける。安全な避難経路の確保のためだ。エスも洗ったばかりなのに、天井裏に入り、探索開始。リリもエスも救護用の自動人形、この探索行為はときに役立つので、世界中の自動人形で保持されている。)

第4話。魔女っ娘来襲。7. ファミリーレストランにて

2009-02-20 | Weblog
 (ファミリーレストランでは個室内の席順で一もめ。こだわっているのは関。リリの隣に座りたいのと、永田をリリと鈴鹿から離したいようだ。しかし、鈴鹿と関が隣になると、そこばかりでおしゃべりになる。結局、鈴鹿、リリ、関がその順に並び、それぞれの向かいに私(奈良)、エス、永田が座ることに。エスには会話装置を着けることにした。
 リリとエスは、例によって持参の純アルコールを飲む。リリはお子様ランチに興味があったようだが、このレストランでは小学生まで。なのに、注文が必要だとのことで、純野菜カレーを形式的に注文。さすがにエスは注文しなくても良かった。)

奈良。さっきのような場合、エスはどうやって救命救急するのか。

 (電気ショックは装置が必要で、自分でもAED等は扱える、心臓マッサージも人工呼吸もできるが、およそヘビらしからぬ格好になるので、よほどのときにしかしないとのこと。つまりは、他に誰もいないときにはやるようだ。たいてい、そばに誰か人がいるので、やってもらうことになるらしい。上述したように、基本的には探索用の機体だ。
 ちなみに、クロは飼い猫としては大きく、体重は8kgほどあるが、それでも心臓マッサージは飛び上がるか、支えを利用して踏ん張ることになり、ほとんどやったことはないという。
 医療班が間に合いそうもない場合は、薬物投与を行う。アンドロイドの持っている薬箱も小さいが、動物型の場合はさらに小さい。医療班の持っているアンプルと違い、物質そのもののマイクロカプセルなので大変危険で、いちかばちかの場合以外はとても使えない。
 分子シンセサイザーはID社の技術のもので、軍時代にはなかった。複雑で扱いが難しい上に、合成にエネルギーを使うので無駄が多く、リリのアームウォーマー以外は応用例はないようだ。)

 (関はアン(A02)の経験があるので、リリとの会話は最初からうまく行っているようだ。内容は他愛のないもので、料理に関するものらしい。リリは救護用なので、救護所での一応の作業はできる必要があり、家事もその中に入る。)

関。じゃ、香辛料の調合もできるの。

リリ。はい、できますよ。東京ではどんな食材も手に入りますから、時々は作っています。機会があったらごちそうします。

関。お願いね。おふくろの味ってことか。楽しみ。

リリ。関さんはどんな料理が得意なの?。

関。あまり作らないわね。カレーを温めたりするだけかな。

リリ。レトルトカレーですか。おいしいです。

関。自動人形って、食べることまでできるの?。

リリ。はい、味も匂いも食感も、もちろん分かります。人間とは感覚装置が異なるので、同じように感じるための調整が大変とのことです。でも、ほぼ同じ感じだそうです。確かめることはできませんけど。

関。そうね、残念だわ。でも、人間同士だって味わいは人それぞれだし。

リリ。エネルギー源は人間と多少異なるので、完全一致は無理とのことです。

関。純アルコールなんか人間は飲めないもの。おいしいの?。

リリ。欲しくはなりますし、アルコールは識別できますし、飲むと満足します。これがおいしいという感覚と同じなのかは分かりません。

関。なにやら難しそう。人間で言うと、空腹感とのどの渇きは別だ、ということかしら。

リリ。たぶん、そんなのだと思います。

 (永田はエスと話している。しだいにヘビの姿に慣れてきたみたいだ。エスも救護班だけあって、ヒトとの付き合いは重視されていて、巧妙に調整されている。私も調整した。だから、ヘビに抵抗がなくなれば、他の自動人形と同じく会話を続けることができる。
 永田は具体的な救護について聞きたかったようだが、自動人形にとって軍時代の経験は悲愴だったようで、アンと同じく口ごもってしまう。なにしろ、今は楽しい食事の会だ。何とか機能や理屈の話に持って行こうとする。途中から永田も気づいて、教科書的な内容の話に移ったようだ。)

 (残されたのは私と鈴鹿。職務以外で話すことなど、めったにない。むしろ、志摩との会話の方が多いくらいだ。)

鈴鹿。奈良さんとは仕事以外の話はめったにしません。

奈良。ああ、伊勢とはよく話しているが、内容はほとんど仕事のことばかり。君とはそれすらもあまりない。

鈴鹿。なんだか、指令内容ばかりが思い浮かびます。

奈良。うむ、こちらも同じだな。かといって、定番の、奥さんとはどうして知り合いになったのですか、のたぐいの話題はごめんだし。

鈴鹿。奈良さんて、面白いです。伊勢さんが慕う理由がよく分かります。

奈良。伊勢が私を慕っている…。想像もつかないな。

鈴鹿。自分の話が一瞬にして理解してもらえるのは、奈良さんぐらいだって。

奈良。それは、仕事上の話が多いからだろう。結論はほとんどの場合、少数しかない。私がいくつか予想している間に、彼女がその中の一つを吟味してしまうのだ。たいてい最良か、その次の選択と思えるので、話はそのまま進む。たまに食い違うと、大変なことになる。

鈴鹿。それで、たまにけんかしているように見えるわけです。激しいけんかです。

奈良。ああ、攻撃されている側はたまらん。なにせ、彼女は頭の回転が速い。なにもたもた考えているのよ、状態になる。

鈴鹿。そう思います?。

奈良。違うのか。

鈴鹿。奈良さんが何を言うのか、期待しているようですよ。

奈良。そんなものなのか。まあ、遊ばれている、ということだな。別にかまわないけれど。

鈴鹿。うふふ、奈良さんて、伊勢さんの話になると、とたんにうれしそうになります。

奈良。別に隠すことはない。その通りだ。

鈴鹿。私は奈良さんにとって、どうなの。

 (来たか、定番の質問。どうって、有能で信頼できて、しかもスタイルがよくて美人な部下なのだが。
 鈴鹿と私とは微妙に職種が異なる。私と伊勢はID社情報収集部の表稼業のエキスパートとして雇われている。志摩と鈴鹿は、営業は表向きで、どちらかというと裏稼業の実働部隊だ。日本ID社は、彼らにとっては踏み台の一つに過ぎない。結成時以来の付き合いとは言え、まだ数カ月しか経っていない。ようやく慣れてきたが、本部からの指令で、いつ交代になるか分からない。
 大学には入っているし、若いから、理屈としては将来の選択肢は広いとは言え、普通のコースとしては、軍事組織であるIFFで頭角を現すか、何か職人として手に職を付けるしかない。情報部員として、化け物のような実力を持っているのに。もっとも、それは私からの一方的な見方であって、今が彼女の一番輝いている時代と考えれば、それはそれでよいのかもしれない。)

奈良。有能で信頼できて、しかもスタイルがよくて美人な私の部下。

鈴鹿。それだけ?。

 (また来たか。と、気がつくと、会場が静かだ。リリやエス、それどころか、永田や関までが耳をそばだてている。
 これが伊勢だったら、正直に感想を述べるだけでよいのだが、鈴鹿の場合は反応の予想が付かない。黙っていれば、さらに変化球攻撃してくる。
 生返事でごまかそうとしたら、リリが隠し玉を投げてきた。)

リリ。鈴鹿姉さん、パパをいじめちゃだめ。パパは純情なんだから。

関。パパって、奈良さんのこと?。

リリ。そうよ、私の素敵なパパ。ねえ、パパ。

 (事態はさらにややこしくなった。いいかげん空腹なうえに、事態をややこしくする女二人(うち一台はアンドロイド)。)

鈴鹿。純情って、あなたのママはどこなのよ。奈良さんの今の結婚相手じゃないわよね。

関。まあっ、奈良さんがそんなだったなんて、今まで知りませんでした。先妻がいて子供を隠していたなんて、見る目が変わりました。

 (おいおい、誰か何とかしてくれ。話が勝手にでき上がって来ている。)

リリ。本当のママは知らないわ。育ててくれたパパとママなら、いま別のところにいる。でも、そんなことどうでもいいの。私のパパってところが肝心なんだから。

鈴鹿。でも気になる。奈良さん好みの最初の妻って、どんなひとかしら。

関。学生時代だから、きっと鈴鹿みたいなひと。

リリ。将来の鈴鹿さんが私のママ。どんなママになるのかしら。

 (ふー、なんだか話がそれてしまった。勝手に3人で話が弾んでいる。)

 (昼時に来てしまったせいか、30分くらいしてやっと食事がきた。エスはリリからカレーを分けてもらって、試食している。リリは、日本のカレーが大好きになってしまい、今回も味わいながら作り方を探っているようだ。永田と関は普通に食事。鈴鹿はさりげなく、社の交際費でサーロインステーキなどを食べている、私もご同様だ。
 エスが壁の突起をうまく使って登り、天井に設けられた保守用のふたから天井裏に入り込む。救護用自動人形の習慣、探索行動の開始。生存者探しや避難路の安全性を確認する。リリもちょっと探索したげだが、関が話しかけてくるので、相手している。
 私が永田に話かけようとした途端、リリがこちらを見てしゃべり出した。)

リリ。エスから連絡が入りました。これからヒトを襲うそうです。

奈良。なに。どこでだ。すぐ近くのはずだ。

リリ。個室のすぐ外、通常のテーブル席のある広間です。すぐに行きます。

 (リリは言うが早いか、すっ飛んでいった。ほとんど同時に、広間から悲鳴が聞こえる。)

奈良。鈴鹿。指令だ。直ちにエスの行動を確認、対応せよ。

鈴鹿。了解。行動に移ります。

 (ばたばたと全員個室を出る。)

 (表に飛び出した瞬間、現場が見えた。若い男性が倒れていて、その首にはエスがだらりと巻き付いている。リリがそばに行っていて、容体を見ている。男性は刃物を持っている。)

リリ。この人、気を失っているだけです。外傷はありません。エスは単に男性に乗っただけのようです。

 (近くで、ウェイトレスがしゃがんでいる。)

永田。どうされたのですか。

 (ウェイトレスはショックでほとんどしゃべれないようだ。たまたま近くにいた従業員が永田に事情を話す。
 その男性がウェイトレスの対応に突然怒り出し、刃物を持ち出して立ち上がり、ウェイトレスに近くまで迫ったそうだ。そして、身体に触れた瞬間、ヘビが天井から男性に落ちてきたそうだ。エスが襲ったのだ。ヘビだ、と叫んだあと、男性はわらわらと崩れ落ちたのだそうだ。)

奈良。つまり、大蛇に驚いて、一瞬ショックになっただけか。

 (男性の状態が分かったので、鈴鹿が刃物などを調べ出す。)

鈴鹿。この人、変です。短刀だけでなくて、スタンガンとか、催涙ガスの小さいボンベとか、いろいろ持っています。

関。私に任せて。

 (関が鈴鹿をどかす。鈴鹿への指令は終了。たしかに、ここは関の仕事だ。全身をチェックして、怪しいアイテム5点ほどを押収した。
 永田は警察に連絡。
 エスは、男性が気を失わなかった場合は、首を締めて窒息させるつもりだったという。男がヘビに弱くてよかった。
 永田はかけつけた店長にも事情を説明。エスが単なるロボットであること、男性に乗りかかっただけで、他には何もしなかったことなども。
 エスをこわごわ見ていた他の客も、店長のヘビはロボットだとの説明と、リリがエスを身体に巻き出した行動を見て一安心。
 ほどなく警察が到着。当然、男性は使うつもりの短刀を所持していた理由で、すぐに逮捕。永田は警察に事情を説明する。すぐにエスは解放された。)

永田。いろいろ見せていただいて、ありがとうございます。来た甲斐がありました。

関。鈴鹿さん、リリさん、またね。

鈴鹿。楽しかったです。

リリ。また会いたいです。

 (永田らは満足して警察のクルマで帰っていった。警察に対しても報告の義務があるらしい。食事会がなかったら、レポートは全然違ったはず、食い下がってよかった。
 危険情報をいち早く察知し、状況を人工知能で判断して直ちに行動に移れるヘビ。起動したのは軍時代に開発された対人用コード。今回は男性が数秒で崩れてしまったが、成り行きによっては威嚇したり、武器を払い落としたりと、何重もの動作が予定されていたらしい。
 永田らのように、武器をうまく扱えるなら簡単に対応できるが、普通の人はなすすべもない状態になるだろう。あの状態になったら、武器を使用するか、数人で力の限り引きはがすしかない。普通の大蛇と同様だ。)

第4話。魔女っ娘来襲。6. 政府からの使者

2009-02-19 | Weblog
 (伊勢特注の、リリ専用分子シンセサイザーは、2週間で到着した。リリから見た使用法はほとんど変わらないのだが、カートリッジの交換により、格段に原料の補充が楽になったし、一部の分子については、凍らせて飛ばせば、到達距離が300mほどにもなり、伊勢が携帯している分子シンセサイザー並みになった。ただし、発射音がするわりに、伊勢のと違って、破壊力はほとんどなく、救護と護身の機能を除いては、手品の延長であることには変わりない。
 政府Gメンである永田らは改良後のリリが見たいというので、完成を待っていたのだ。完成を知らせたら、取る物も取りあえず、すっ飛んで来た。
 ID社情報収集部のオフィスで待つ。私(奈良)と伊勢が同席、エスはアンに腹話術させることにした。)

奈良。本日の訪問者は、日本政府の特殊調査員の2人だ。任務で来るから、武器は携帯しているはず。彼らが自分から発砲することはないので、気にしないで対応するように。

エス、リリ。了解。

 (リリは、例の必殺の衣装に短い外套を着けている、ID装備付き。エスは浅い茶色の基本色、鮮やかできれいだ。
 政府の二人がID社のオフィスに入ってきた。)

永田。おはようございます。奈良さん、お久しぶりです。

関。おはようございます。

 (説明が必要だろう。永田衛(ながた まもる)。25才前後。財務省大臣官房専門情報調査課に所属。非合法な動きのある企業等に潜入し、勧告を行うのが仕事。ただし、当然、交渉は決裂することが多いので、ドラマの水戸黄門よろしく、相手がやおら闘いを挑んでくることが多い。そのため、永田側も実力を行使することに。その際に活動しやすいよう、軍の地位も持っている。
 潜入するところまでは、我々と仕事が似ている。バリバリの国家公務員で、まじめを絵に描いたような人物。なぜか現場でかち合う志摩とは仲がよい。
 関霞(せき かすみ)は永田とパートナーを組むことが多い同僚。同じ所属で同じ年代。こちらも、まじめで正義感あふれる国家公務員。同様に、鈴鹿と仲がよい。
 両者とも、任務時には武器を携帯する。正当と認められる場合は、発砲して被害が出てもとがめられない、めちゃくちゃな権限を持っている。
 自動人形A31の仕様と実能力については良く知っている(公開分のみ)。ID社情報収集部の裏稼業も良く知っているから、つまり、自動人形が作戦で稼働してしまったときの恐ろしさを承知ということ。伊勢さえも恐れているので、本物なのだろう。それが、2機増えたのだ。政府として調査しないといけない、そういうことだ。
 二人とも、いまにも敬礼しそうな格好で、我々と対峙した位置で立っている。)

奈良。よく来てくださいました。お待ちしていました。

永田。さっそくですが、用件に移ります。そちらが新しく来られた2体の自動人形ですか。ヘビと、南アジア風の少女。

 (エスは座っているアンの膝の上でおとなしくとぐろを巻いている。
 リリはさりげなくすっと立ち上がり、永田に接近、左腕をしっかり右手でつかんで左胸を左手でまさぐっている。何をしているのだ。関の顔がなんとなく、ひきつっている。何ですぐに追い払わないのか、イライラしている感じ。)

永田。ええと、あなたがリリさんですか。

リリ。はい、そうです。永田さん、男前です。

関。えー、こっほん。

 (と咳払いして、リリを引きはがす。と、今度はリリは関の腰をまさぐっている。リリが成熟していれば、かなり怪しい格好。)

リリ。関さん、いい感じです。

関。あの、リリさん、私にはそういう趣味は…。

 (リリは言われるとすぐに離れ、私の前にやってくる。なぜか両手に小型の自動拳銃を一丁ずつぶら下げている。)

リリ。拳銃を押収しました。隠し持っていました。

奈良。いいから、すぐに返しなさい。

リリ。いいんですか、怪しい2人です。

 (二人とも顔が真っ赤になっている。武器を失うなど、任務中の重大な失態。しかも、相手は救護用に調整された力のあるロボット。おそらく、素手ではかなりてこずる相手だ。)

奈良。怪しくない。作戦行動時にはいつも協力している味方だ。武器の所持は義務づけられていて、携帯しないわけには行かない。返しなさい。

 (リリはしぶしぶ押収した拳銃を二人に返す。
 永田と関は拳銃をホルダに戻すと、互いに向き合ってにらみつけている。なによ、中学生相手にぼーっとしちゃって、おまえこそ、まんまと陽動作戦にひっかかっていたではないか、そんな会話が聞こえてきそうだ。)

奈良。申し訳ありません。まだここでの調整が途中なのです。ご存じの通り、救護用自動人形は、危険情報に関しては過敏と言えるほどに反応してしまいます。

 (と、何とかごまかす。示威行為のつもりだったらしい。ぎりぎりの行為だ。この先が思いやられる。)

奈良。エス、あいさつしなさい。

エス(アン)。はじめまして、エスと申します。

永田。はじめまして。

奈良。ヘビが大丈夫なら、相手してやってください。かわいいてすよ。

永田。エス、こっちに来なさい。

 (エスは、するするとアンから降りて、永田の腕に登って行く。鼻を付き合わす動作はせず、顔を見て舌をちょろちょろと出す。すぐに満足したように、腕の中でとぐろを巻く。)

永田。結構重い。

奈良。20kgあります。インドニシキヘビのメスの成体の設定。機能は他の自動人形と同じ、救護用です。この2機が3ヶ月の予定で、日本ID社に配属されました。

 (関はおそるおそるエスに手を伸ばす。慣れたもので、エスはじっと関を見つめているまま。一応、触れることはできた。ヘビは苦手らしい。)

伊勢。リリ、あなたのとっておきの技を永田さんと関さんにお見せして。

リリ。はい。永田さん、関さん、ご覧ください。

 (リリはすっと手を伸ばして壁を指さす。一条の光が指先から出て、歩く速度くらいで壁に伸びて行く。壁に当たった瞬間、どこっ、と音がして小爆発。念のために言っておくと、こんな感じの兵器はこの世に存在しない。例によって、壁は無傷。
 爆発には敏感らしい。永田はエスをアンに預けて、関は直ちに壁に駆け寄る。何も変化はない。おまけに、床には発光物質のかすである液が点々と落ちている。ネタはばればれだ。)

リリ。きゃはは、成功した。うれしー。

 (この技の初めての披露が成功したのでうれしがっている。手品であることをわざわざばらしているようなものだ。)

永田。こほん。それでは、リリさんの特殊装備というのをご紹介いただけますか。

 (えっ、という感じで私は伊勢を見る。伊勢は会心の技を無視されて、憮然としている。)

奈良。今のがリリ専用の特殊装備の効果です。

永田。今の手品がですか。ご冗談でしょう。

奈良。では、リリ、ファイヤーを見せてあげなさい。

 (と、用意していたろうそくを取り出す。)

リリ。ファイヤー。

 (指から約2m離れた位置で、ぼっ、と小さな炎が上がり、ろうそくが灯る。しかし、掛け声がかえって逆効果だったらしい、永田は本官を侮辱しているのか、といった表情をしている。)

永田。ですから、なにか物を破壊するとか、対人的に効果があるとか。

奈良。ええと、ガラスビンを割るとかはできます。対人的には、2~3m先に鎮静剤などを発射できます。

永田。鎮静剤…。救護用ですか。

奈良。そのとおりです。暴れて近づけない患者のための。

 (あきらかに、永田も関も、来て損した、という表情をしている。
 しかし、自動人形が、対化学戦を目標に改良されたことは周知。鎮静剤ではなくて、毒物が数m先の目標に正確に音もなく発射されたらどうなるのか。それも、狙いを澄ませて、などという生易しいものではない。リリは走りながらでも、多少姿勢が崩れようと、かまわず攻撃してくるだろう。
 すばしっこいリリを完全に停止させるまで、どれほどのことが起きるのか、私でも想像もつかない。実績もないし、試すつもりもないから言わなかっただけだ。伊勢なら、ほんの数時間で改良完了、といったところだろう。I)

鈴鹿。おはようございます。

 (頃合いを見計らったのか、鈴鹿が入ってくる。急に関の顔が緩む。話し相手がやってきたからだ。永田に断って、鈴鹿の席の近くに行き、雑談開始。もう、とめどなくおしゃべりしている。日頃のストレスの度合いが分かる。リリは、ちょっと関に興味があったらしく、近くに行って鈴鹿とのやり取りを見守っている。)

 (永田に、さらに知りたい点があるかと聞いたら、エスの救護能力について聞いてきた。永田といっしょに、資料を探す。クロ(ネコ型自動人形)と同じく、生存者の探査が主力で、簡単な手当てができる。クロと同じくらいの大きさの隙間を通り抜けられ、引きずりだしたり、障害物をどけるのはクロよりも力があるのでやや有利。ただし、ヘビ嫌いには容易に近づけないから、多少鎮静させることもあるそうだ。)

 (仕事は終わったと考えたらしく、永田が帰ると言い出した。もう昼も近いから、いっしょに食事はどうですかと誘うと、形式的に、職務上できませんと断ってくる。でも、新しい自動人形の行動を観察できるチャンスですよ、と食い下がると、一人当たり1500円までの食事なら接待にあたらないのでOKという。細かい話だ。
 ペットOKで個室のあるファミリーレストランを予約。ロボットのヘビをつれていくことを断っておく。行くのは、永田と関とエスとリリ、そして私と鈴鹿。ID社用車を鈴鹿が運転する。車内での会話。)

エス(リリ)。永田さんは、普段は何をなさっているのですか。

 (助手席に座っている永田に、エスが腹話術で声をかける。)

永田。普段って、職場のことですか、それとも休日のことですか。

エス(リリ)。できれば両方。

永田。職場では結構書類書きが多い。あと、会議。我々の本来の仕事は企業等の調査なのですが、肝腎の仕事に打ち込めない。関もそう感じているでしょう。

関。書類書きは義務なので、しょうがないけれど、どうにかならないのかしら。

永田。事務方は、それで仕事しているのだから、書かないとどうにも動けないらしい。お互い様の面はあるな。

エス(リリ)。で、休日は。

永田。買い物にいったり、家でぶらぶらしたり。まあ、普通じゃないかな。

リリ。恋人はいるんですか。

 (永田のようなまじめ男は、結構女にもてる。関も、鈴鹿も、さりげなく聞き耳を立てている。関は恋人にまでするつもりはなさそうだが、さりとて、永田に近づいてくる女は気になるらしい。鈴鹿もご同様だが、志摩以上にからかいがいのある男と見なし、ことあるごとに接近するから関は気が気ではない。永田がいないと、二人は友達。リリは、一目惚れというほどでもないが、ちょっと気に入ったらしい。)

永田。恋人と言えるような人はいない。

リリ。恋人と言えないまでの人ならいる。

永田。仲間とか、友達のような人ならいる。

リリ。あーよかった。私と恋人にならない?。

 (またはじまった。このチューニングは面白いのでそのままにしているが、アンあたりがやると迫力ありすぎ。お遊びはリリだけの特権である。すばやく反応したのは、やっぱり関である。)

関。ちょっと、あなた、さっきから永田さんに近づきすぎよ。

リリ。関さんが恋人だったの、分からなかったわ。

鈴鹿。恋人一歩手前よ。でも、永田さんは私のことが気になるのよ。

 (といって、運転中に堂々と左手で永田の袖をつかむ。)

関。あーっ、また。離しなさい。永田さんがいやと言っているわよ。

永田。言ってない。

関。永田さんっ。言葉通り受け取って、どうするのよ。その女と付き合いたいの?。

永田。それも言ってない。

鈴鹿。付き合わなくても、私と永田さんはつながっているわ。太い糸で。

リリ。それ、赤い糸のこと?。

鈴鹿。切れない糸のことよ。

リリ。分かった。

関。分かってどうするのよ。あなたもあなたで、恋人になりたいなら鈴鹿さんを止めなさい。

リリ。うーん、どうしようかな。恋人になりたいけど、強力な敵が二人もいる。一人は素手で私を破壊できる。もう一人は常に武器所有。ということは、最適な戦略は二人を戦わせておいて、私が油揚を奪うこと。

関。よく堂々と手の内を明かすわね。この娘は。

鈴鹿。あれ、あの人倒れているみたい。

リリ。スーパーの前。鈴鹿さん、車を止めて。すぐに行かなきゃ。

鈴鹿。OK。

 (50才くらいの女性がうつぶせに倒れている。クルマから出たリリが駆けつけて、女性を仰向けにして、息を確かめている。息はしていない。)

リリ。鈴鹿さん、心臓マッサージできる?。

鈴鹿。うん。

永田。いや、心臓マッサージは私がやる。

 (心臓マッサージ開始。)

リリ。それじゃ、鈴鹿さんはAED(自動体外式除細動器)を探してきて。スーパーの中にある確率が高い。

鈴鹿。いや、そこの銀行にあるみたい。すぐに取ってくる。

リリ。奈良さん、救急車を呼んで。すぐ。

奈良。了解。

 (リリは人工呼吸している。私は119番に連絡。鈴鹿がAEDをもってきて装着。心臓は正常に動きはじめたようだ。しかし、息はまだ自分ではできないようだ。人工呼吸は継続。
 約5分、救急車がくる。救急隊に引き渡して終了。)

奈良。さすがに素早い動きだな。

リリ。役立てたようで、うれしいです。

 (永田と関のリリを見る目が変わっている。私にも、小さくて細めながらがっしりした体格のリリが頼もしく見える。
 そう、自動人形は救護用に開発され、今でもそれが主な用途。人間に取って代われるものではない。しかし、核事故等では役立つ可能性がある。もし、条件がそろってしまえば、救命できるのは彼女だけ。経済的でないから普及していないのだ。ただし、リリたちが決して廃棄されないのは、別の理由らしい。)

第4話。魔女っ娘来襲。5. 空飛ぶカバン構想

2009-02-18 | Weblog
 (その日から伊勢はさっそくリリの分子シンセサイザーの改良と、それに関するリリの動きのチューニングに取り組む。伊勢の分子シンセサイザーはタフな装置であり、極端な条件でない限り、どんな場所でも、どんな天候でも使えるようになっている。リリの分子シンセサイザーは、救護と護身以外の動きは特定のプログラムと結びついていて、融通が利かない。さすがに伊勢で、コンセプトはすぐに決まり、新しい分子シンセサイザーを発注するとともに、リリの訓練開始。リリも結構楽しんだらしい。)

リリ。アン(A02)姉さんの動きにはびっくりしたけど、私もかなり近づけるようになりました。

伊勢。そうね。自動人形って、結構個性がある。アンの調整を公開するだけでいいと思っていたけれど、あなた専用の改良も必要。来てくれてありがとう、勉強になったわ。

リリ。私もうれしいです。なんだか、からだが軽くなりました。

 (実際には、アンよりもすばしっこいし、ジャンプ力などでは勝っている。というのも、人工筋肉は細くなるが、体重が減るほどには力は減らないからだ。)

伊勢。アンの目標は何でもそつなくこなせることだけど、あなたには特別な能力が欲しい。小柄で軽い機体を生かした。

リリ。楽しみです。空中飛んだり、壁に張り付いたり。

伊勢。そんなの無理よ。でも、近いのならできるかな。努力してみる。

 (目的は、救護用アンドロイドとしていち早く現地に到達し、救護の準備をするとともに、自分で解決できる部分はしてしまう、ということだ。
 クロやエスほどは無理としても、細い経路を行くことができる。外見は子供だが、アンドロイドなので、被災者に与える安心感は大きいだろう。しかも、救護能力自体はA31と同等。もちろん、核事故の後始末等に使える。
 作戦行動上は、小型の機体は不利だ。しかし、動きがすばしっこくできるので、陽動作戦には向いている。空中を飛んだり、垂直に近い壁を登るかのような動作を見せると、心理的効果は抜群だろう。
 自動人形なので、目標設定は素早く、つまり、ある程度の連続動作ができ、人ならアクロバットの範疇に入る、八艘飛びみたいのや、木から木へ連続して飛び移る動作ができる。もっとも、失敗したときは悲惨なので、服などで保護する必要がある。成功したときは、すばらしい動作で、あっと言う間に移動してしまい、あっけにとられる。
 ただ、コントローラから半径500mの有効活動範囲の制限はいかんともしがたく、私(奈良)か伊勢が必死でリリを追いかけないといけない。リリもアンと同じく好奇心が強く、ちょこまかと動きたがるので、大変だ。
 壁上りは訓練した。靴にクライミングシューズの機能もつけた。クライミングはリリ自身が面白いらしく、得意技の一つになった。
 小魔法は、何度も同じのを見せるとタネがばれるので、レパートリーを増やす必要がある。この手のおちゃめなしかけは、伊勢は大好きで、思いつくままに種類を増やしたらしい。私の意見ではバリエーションを含めて50種類もあれば実用と思うのだが、図に乗って1000種近くを登録してしまったらしい。ただし、よく繰り出す代表技があって、それは10種ほどである。)

 (さて、私の方も負けていられない。
 エスのヘビとしての自然動作は、擬態としての効果の他は、あまり凝らないことにした。もともと、ヘビは普段はほとんど動かない。ややおしゃべりな設定で、いつも腹話術しているエスは、それだけで変。
 跳躍、木登り、穴くぐり、泳ぎなどはそのまま生かす。這う動作は普通は前進だが、ヘビによっては妙な這い方をするものがあり、可能な限り、エスにもできるようにした。
 救護活動に役立つ動作が求められていて、咬んで引っ張るとか、ねじるとかができる。ニシキヘビは首のところが細いので、ここに長めのベストを付け、上述したように、主につかむ動作のためのロボット腕(左右に2本ずつ、計4本)、救護用薬箱、会話装置などが取り付けられている。
 我々、情報部員と行動を共にすることが予想されたので、A31と同様に時空間計、通信機、アナライザーの情報統合部分を内蔵させた。IDセンサーも埋め込み。センサーは一部の鱗に擬態している。エス専用の小さなLS砲とアナライザーをベストに取りつける。
 舌を出し入れするのは匂いを検出するためらしく、息をしなくてよいので合理的だが、ヘビの気味悪い動作の筆頭であろう。エスの化学センサーは普通の嗅覚と、舌自身に付いている。有名なヘビの遠赤外線センサーは、建物の天井に取り付けられるヒトの検出センサーを流用している。
 目が視覚センサーなのは言うまでもないが、聴覚センサーも鱗の擬態で付いている。だから音はよく聞こえる。放射線センサーも、内蔵。)

奈良。(通信機で) エス、来てくれるか。だれかA31、腹話術に対応してくれ。

 (移動用かばんの改良を頭の中で考えていてもしかたがないので、実物を見て考えることにする。)

エス(アン)。お呼びですか。

 (アン(A02)が腹話術している。アンはいつもの救護服を着て、いすに座る。私の周りには、なぜかがっしりした体つきの女性が集まっているが、アンがその筆頭で、健康と美の象徴、といった感じだ。そのアンの膝の上でとぐろを巻いているニシキヘビがエス、そんな構図だ。ヘビは生命力と再生の象徴。かわいいエスを見ていると、なぜこれが悪魔に結びついたのか、想像もできない。)

奈良。ああ、呼んだ。エス、アン、来てくれてありがとう。

エス(アン)。指令は。

奈良。いや、インスピレーションのために呼んだだけだ。そのまましばらくいて欲しい。何か他の用件があったか。

エス(アン)。いえ、何もありません。お役に立つならうれしいです。

奈良。ふむ。

 (エスをじっと見る。現場まではID社用車で行ける。社用車の改造はもうできている。というのも、クロ(A01)の専用出入り口があるからだ。別の自動人形がいる場合は、例の旅行カバンか、たとえば、リリの究極の普段着の外套に隠れて移動。自分でも、側溝や天井裏を使ったりして簡単に隠密行動できる。逃げるときも、木登りはできるは、泳げるは。生物のデザインとして良くできている。
 あれこれ考えていると、志摩が正面入り口から入ってきた。営業の帰りらしい。感心感心。)

エス(アン)。志摩さん、お帰りなさい。お疲れさまです。

志摩。ああ、エスか、しゃべっているのは。ただいま。部長、帰ってきました。

奈良。どうだった。

志摩。ぜんぜんだめです。いつものことですが。価格表をちらっと見て、絶句して無言。取り付く島もありません。向こうの計画の話すら聞けませんでした。しつこく食い下がるのも、変ですし。ID社の紹介はさせてもらえたし、お茶も出してもらえましたけど。

奈良。なんでID社の営業なんか呼んだんだろう。

 (私は自分と志摩の茶を入れて、志摩の席に向かう。)

志摩。さあ。感じとしては、相見積もりが必要なので、ちょっと呼んでみたとか。そんな感じでした。あ、お茶ありがとうございます。

奈良。医療機器メーカーだったな。

志摩。そうです。売り出し中の。求人もやっているから、拡大路線のようです。実はちょっと気になることがあって、ご相談が…。

清水。こんにちは。

 (もう一人入ってきた。鈴鹿の同級生、清水亜有だ。ただの民間人。本物語の主要人物では、唯一マッドなところがない常識人。数学者の卵で、自然科学全般に関心がある、感心な学生。今日もID社の専用端末で調べものするらしい。通学用らしいカバンを持っている。入ってすぐにエスに気づいたようだ。
 志摩の相談はあまり緊急性がないようなので、後回しにした。DTM手話でその旨を伝えた。)

清水。インドニシキヘビ。本物ですか。かわいいです。

 (清水までかわいいと言っている。ニシキヘビの多少の知識があるからのようだ。エスには、分かる人には分かる魅力があるようだ。)

奈良。自動人形だ。クロみたいに動物型の機体。基本的能力はアンと同じ。

清水。良くできてます。触れますか。

奈良。大丈夫だ。エス、相手してやってくれ。外部の人間だが、我々と同様に、しゃべってくれてよい。

清水。エスが名前ですか。エスさん、はじまして。

エス(アン)。はじめまして。ごく最近、日本ID社に来ました。

清水。わあ、ヘビがしゃべる。おもしろーい。ヘビの心が分かるなんて素敵です。

エス(アン)。えーと、お名前は。

奈良。清水亜有(しみず あゆう)がその人物の名前だ。鈴鹿の級友で、理学部数学科の学生。得意技は数字列を一瞬で覚えること。清水くん、エスは体長2mの、小ぶりなメスの成体の設定だ。君と同様か、少し上の年齢と考えてもらえばよい。

エス(アン)。亜有さん。私はまだ調整中で、本物のニシキヘビとほとんど交友はありません。ヘビの気持ちが分かるとはいえますが。

清水。それで十分。いろいろお話ししてください。

エス(アン)。ええ、時間の許す限り。

清水。奈良さん、エスさんがここにいる理由は何ですか。単にいるだけとは思えません。

奈良。相変わらずするどいな。日本ID社にいること自体か、それとも、いま現在、この部屋にいる理由か。

清水。できれば両方。

奈良。日本IDには臨時で来ている。予定ではあと3ヶ月しかいない。私もそれ以上のことは知らない。いまここにいる理由は、移動手段を考えていたのだ。

清水。移動手段?。ああ、目立ちすぎる、ということですか。カバンに入れて持ち運べば?。

奈良。それは前の担当者が考えて、専用のカバンまである。重いので、屈強な男性か、アンドロイド型自動人形でしか運べない。自分で移動可能なカバンみたいなのがあれば、と思ったのだ。

清水。ふーん。

 (清水が考え出した、ということは、自明な解がない、ということだ。この女、なぜか単純な頭の回転速度は伊勢より速い。)

伊勢。あら、亜有さん。こんにちは。

 (伊勢が廊下側の入り口から入ってきた。リリの訓練終了、のようだ。リリも入ってくる。)

清水。こんにちは、伊勢さん。あら、また新しい自動人形です。いったい何機増えたのかしら。

 (なぜ自動人形と分かったのかといえば、アンに似たデザインの救護服を着ていたからだ。)

奈良。この2機だ。紹介しよう。名前はリリ、中学生の設定だ。機能はアンと同等。救護用アンドロイドだ。リリ、この人物は鈴鹿の友達で、清水亜有。数学が得意。調べもののためにここに来ている。リリ、あいさつしなさい。

リリ。はじめまして。リリです。よろしく。

清水。はじめまして。清水亜有といいます。

リリ。パパ、この女、パパの愛人?。

 (いっ、いきなりなんてことを。)

清水。パパって、奈良さんのこと?。

奈良。そうらしい。リリの設定では。

清水。残念ね、愛人になりたくても、奈良さんはID社きってのおしどり夫婦。あなただって、微妙だわ。

 (う、反撃か、女の戦いの始まりなのか。)

リリ。ううん、パパは本物のパパなの。それよりパパ、いい趣味してるわね。お胸の大きい女が好きなの?。

 (ぱっと亜有の顔が赤くなって、両腕で胸を隠そうとする。しかし、それは不可能だ。かえって、腕で胸が押さえられて、その、何と言うか、襟の間から見える部分が強調されてしまっている。
 いつも来るので、次第に慣れてしまっていたのだ。リリから指摘されるまで、すっかり忘れていた。)

リリ。宣戦布告ね。いいわ、パパは渡さない。リリが守ってみせる、この女の毒牙から。

アン。じゃ、私は毒牙ナンバー・ツー。

 (わざわざ自分の胸を見て言っている。あおる発言。自動人形って、こんなのだったか。)

奈良。毒牙って、この界隈では一番毒牙が少ないのが亜有なのだが。

伊勢。それは失礼しました。次回から私、毒牙のギミックも用意しておきます。ふふ、お覚悟を。

エス(アン)。私には毒牙がありません。何かの間違いでは。

 (口は災いのもと。リリがいいように場を操っている。特に、伊勢の発言は冗談に聞こえないところが怖い。
 救いの手を差し伸べたのは、志摩だった。)

志摩。リリ、君の技を亜有に見せてあげてよ。

リリ。しかたないわね。亜有さん、私はこう見えても魔法使いなの。伊勢さんの弟子なのよ。

清水。魔法?。魔法って、アニメなんかでありがちな、あの魔法?。伊勢さんも魔法使いなの?。

リリ。アブラカダブラ、えいっ。

 (アブラカダブラ、なんて良く知っているな。リリがゆびを指した1mほど先の空中。ぼんっ、と音がして、煙が上がる。それだけ。)

清水。わあ、すごい魔法。私もやりたい。

リリ。ふふん、あなたのような科学者には、しょせん無理ですわ。伊勢さんは特別なの。東洋一の魔法使いよ。

伊勢。世界一って言ってるでしょ。亜有さん、この技は危険なので人間には無理。発射装置を使えば仕掛けが分かる。リリ以外の自動人形がやると雰囲気が出ない。今のところ、リリ専用の技なの。

清水。うらやましい。リリさん、いいなー。

リリ。分かった?。魔法が必要ならいつでも呼んでね。

伊勢。で、何を話していたの。

 (私はいきさつを説明。伊勢がしばし考えるが、すぐにアイデアが出るわけでもなし。)

伊勢。リリの魔法で消して、また現れるなんてできたらいいのに。

 (おや、案外ロマンチックなことを言う。なるほど、透明人間ならぬ透明ヘビか。エスは本物のニシキヘビと違って、ある程度体表の色を変えられるので、カメレオンみたいに周りの色に溶け込ませることができる。しかし、それは動かない場合で、動いてしまうと、人間や動物の視覚をごまかすのは困難だ。
 あるいは、逆に目立ってしまってロボットということをアピールしてもよい。一輪車に乗っているとか、そんなの。
 順当に、自律移動かばん、という手もある。飛行するかばんという童話があったっけ。おや、これは行けるかな。)

伊勢。飛行かばん。できそう。私が設計してあげる。

志摩。かばんが飛んだら、それこそ目立ちます。

伊勢。単なるたとえよ。頭の中で車輪とオートジャイロをかばんに付けて、それからかばんを変形して行き、自然な形にするの。

志摩。オートジャイロ?。

伊勢。説明は難しいわ。ヘリコプターみたいな形だけど、翼はエンジンでは回さない。付いているだけ。

清水。それで飛ぶの?。

伊勢。飛ぶのよ。凧みたいなもの。回転する凧。ふふ、面白そう。奈良さん、資金は確保できる?。

奈良。エスの行動範囲が広がる計画だったら、エスの維持費の中に入れられるだろう。自動人形の維持費は莫大だから、積載量20kgのオートジャイロくらいお安いご用だ。何とかする。

第4話。魔女っ娘来襲。4. ID社にて

2009-02-17 | Weblog
 (さて、私の方は遅ればせながら、ニシキヘビについてあれこれ調べ始めた。獣医と言っても、すべての動物が扱えるわけではなく、家畜の知識が中心である。しかし、最近はペットとして爬虫類を選ぶ人も多く、ヘビを扱える獣医が増えている。残念なことに、私の知り合いに爬虫類に強い獣医はいない。
 ニシキヘビはペットとして人気が高いらしい。種類にもよるが、おとなしくて飼いやすく、頭がいいらしい。なるほど、W04がニシキヘビである訳である。想像だが、カラスくらいの知恵なのだろう。うっかりしていると、人間が煙に巻かれる。
 ただし、大蛇なので、大型になるとヒトを絞め殺す能力があるという。取扱注意だそうだ。ペット利用が増えれば、エスも社会的に受け入れられるようになるのだろう。ちなみに、エスの力はそれなりに強く、十分にヒトを含む大型獣を窒息させることができる。
 参考のために、ID社内で本物のニシキヘビを飼おうかと一瞬思ったのだが、理解する前にエスは新しいコントローラに引き取られるだろうから、本物のニシキヘビが残る、という構図になる。これはまずい。
 そこで、動物園に見学に行くことにした。
 志摩らが買い物にでかけている間に、私は動物園に行く。事情を説明したら、園長の配慮で、飼育係とはすぐに話ができた。そこで、インドニシキヘビの習性について聞くことができた。ペットになるだけあって、可愛いらしい。エスの愛敬のある印象は間違いなかったのである。あとは、調整だ。)

志摩。ただいま。

 (志摩らが帰ってきた。エスはオフィスに入るなり、私に寄りそってくる。リリばかりお相手されていたので、若干不機嫌なようだ。
 軽く撫でてやる。んー、たしかに可愛い。だんだんこちらが慣れてくる。不思議なものだ、動物とは(中身は機械だが)。なんだか、表情まで分かってくるような気がする。エスは、ちょっと機嫌を取り戻したようだ。ふたたび、鈴鹿のところに行く。)

リリ。パパ、服見てくれる。

 (まだパパなのか。いや、甘える時のみ?。考えてもしかたがないので、適当に付き合う。)

奈良。ぜひ見せてくれ。

リリ。着替えてくる。

 (リリは新しい服に夢中になっているので、ジロを呼んでエスの腹話術をさせる。)

奈良。デパートはどうだった。

エス(ジロ)。人が多いのには驚きました。さすがに東京です。商品も豊富でした。良い勉強になりました。

奈良。それは良かったな。電車には乗ったのか。

エス(ジロ)。乗りました。

奈良。だが、日本では大蛇の格好では外出しにくい。今回は鈴鹿の大胆行動が利用できたが、次回からは期待できまい。作戦時などなら単独で移動できるし、こうしてジロにヘビ使いさせるのだが。もともとどうしていた。

エス(ジロ)。同じようなものです。ヘビ嫌いの人が多いので、単独行動には危険がつきものです。

奈良。では、かばんを一つ作ろう。

エス(ジロ)。移動用のかばんならあります。ジロさんの力なら持てるでしょう。持ってきましょう。

 (エスとジロがかばんを取りに行く。入れ替わりに、リリが入る。)

リリ。どう、パパ。似合う?。

 (どう表現したらいいか。ゲームの登場人物と言うか、コスプレと言うか。全体としては明るい暖色のスーツの格好。きちっとした襟とネクタイ。なのにミニスカートで、膝上までの靴下。靴は短いが機動性はありそう。
 なに、志摩の趣味。どうりで。まあしかし、リリの闊達な性格には似合うかも。)

奈良。ああ、とても似合う。ちょっと派手だが、気に入っているのか。

リリ。うん、これなら活躍できそう。男の子趣味よ。

奈良。よく分かっているな。アニメ好きの男なら、視線がくぎ付け間違いなしだ。いや、オタク女性にも受ける余地がある。昨日のファイヤーなんかやれば、もうたまらなくキュートだ。

リリ。じゃ、ファイヤー(わざわざポーズを取る)。どう?。

奈良。おお、すごく似合う。ぴったり以上にぴったりの言葉が見つからない。RPGの主人公、間違いなしだ。

 (志摩は悦に入っている。よほど気に入っているらしい。伊勢と鈴鹿はしてやったりの表情だ。)

リリ。次は女の子趣味の服。待ってて。

 (リリはてってって、と部屋を出て行く。女の子趣味って、定番のあれか?。
 入れ替わりにかばんを持ったジロが入る。軽々と持っているが最低20kg、おそらく25kg程はある。私なら休み休みしか持てないだろう。茶色の、少し使い込んだ旅行カバンに擬態している。IDセンサー付きで、中から周りの様子をうかがっているようだ。隠し口が開いて、エスが出てくる。おおおー、いっぱしの怪奇映画だ。鈴鹿なんか、きゃー、ってわざとらしく言っている。ほうきを持って、とがった帽子をかぶったリリなんかに持たせたら、効果抜群だ。)

エス(ジロ)。いかがですか。実際に使われたこともあります。自分で移動できないのが難点です。

奈良。すばらしい。移動能力…、考えてみるか。

 (エスが出た後のカバンを持ってみる。やや重い。5kgはありそう。開けられるのか、と聞くと、開けてもいい、とのことなので、開ける。なにやらモニターやらボタンが並んでいて、スパイ映画に出てきそうなハイテク装備だ。実際に使えるのかと聞くと、以前はアナライザー機能を埋め込んでいたのが、あまり役立たないので今は飾りとのこと。かえっておもちゃに見えるので、擬態として残している。凝った作りだ。
 リリが入ってきた。予想通り、小学校低学年までの女の子向き魔女っ子アニメそのままの格好。具体的には、縁取りのきついドレスみたいで、ブーツもそれっぽい。魔法の杖までポケットに入れている。うれしいみたいで、その場でくるっと回ってみたりしている。さすがに、志摩の趣味ではあるまい。趣味?。)

奈良。ちょっとこっちに来なさい。

リリ。はい。

 (リリがそばに来る。私は服を見る。洋裁は詳しくはないが、見れば分かる。素材も縫製もしっかりしている。おもちゃ売り場の安っぽい宴会芸衣裳とは全然違う。素人のコスプレ用のその場しのぎの作りでもない。こんなのが最近は白昼堂々と売られているのだ。対して、魔法の杖は、さすがに安っぽい作りだ。調整の必要がある。おっと、私もだんだんとその世界に入ってきた。)

奈良。まいった。似合いすぎる。これ以上、どうするのか、といった感じだ。何か魔法みたいな動作はできるか。

リリ。はい、できますよ。それっ。

 (リリは杖を手にしてくるっと回す。とたんに光の点が杖の先から出て、空中に集まったかと思うとぱっと輝く。志摩たちから歓声が上がる。何か願いがかなうとか、そんなことは全然ないし、床には発光物質の残りかすのしずく(註: 無害)が落ちているから、手品丸出し。だが、これも状況によっては大きな効果があるだろう。なにしろ、左手の分子シンセサイザーが空いているのだ。手品と同様、さりげなく反対の手で何か攻撃でもしたら、錯覚に陥る人続出だろう。)

リリ。次は男の人向け、必殺の衣裳。

 (えっ、まだあるのか。必殺ってなんだ。わくわくしている自分がこわい。
 ところで、探しに行ったのは日本で浮いてしまわない服ではなかったか。先の2着は特定の場所で目立たないだけだぞ。楽しいけど。
 あっと言う間にリリが入ってきた。確かに必殺だ。)

リリ。どう、この格好、いける?。

奈良。いけすぎ。いや、完璧。ぐっと来る。究極の魅了服。

 (自分でも何言っているか分からないくらいに、良くできている。
 白と黒でまとめた、やや簡素に見えるシャツとキュロットスカートにベスト。ブーツも白。アームウォーマーは青のままだ。IFF(ID社の母体である地下組織DTMの軍事部門)の軽装に似てなくもない。
 どう究極かというと、伊勢のような精悍な女性に合いそうな格好なのだが、伊勢はえりやそでのない服は着ない。鈴鹿は大人過ぎて浮いてしまう。関(知り合いの政府Gメン。永田のパートナー)が着ると真剣すぎて怖い。アンは大人しすぎて、服まで沈黙。
 ところが、リリのような女性が着ると、中身が元気はつらつそうなのが幸いして、引き締まって見えるのだ。リリのちょっと子供っぽい感じが、逆に衣裳を引き立たせると言ってよい。これ以上でも、これ以下でもいけないのだ。
 女性がこうした服を選ぶと、どこか着飾ってしまうので不自然に見えるのだが、志摩の厳しいチェックが入ったのだろう、絶妙のバランスだ。)

リリ。どんなポーズしたら受ける?。

奈良。やはりここはあれだ、マスコットだ。クロでもいいが、エスも似合いそう。エス、リリに巻き付いて、肩から首を出してくれないか。

エス(リリ)。これでよいですか。

奈良。おお、なんだかそれっぽい。それというのが何を指すのか、自分でもあまり分からぬが。いや、これなら白昼堂々と歩けそう。ちょっと動いた方がいいな。リリ、2、3歩あるいて、両腕を突き出し、やーっとか言いながら、あの小型水蒸気爆発やってみてくれるか。

リリ。やーっ。(ぼんっ、と壁のあたりが小爆発。壁は無傷だが。)

奈良。うーん、それっぽい。志摩、さっきから黙っていないで、何とか言え。

志摩。部長が全部言ってしまいました。

伊勢。お気に入りのようね。では、ID装備を付けるように手配します。

奈良。最後のを普段着にするつもりか。

伊勢。よさそうじゃないかしら。ちょっと寒くなっても短い外套をつければ格好がつく。他のも、作戦時の擬態には役立ちそう。

奈良。いくらかかった。

伊勢。他も多少買ったから、全部で20万円ちょっと。

奈良。えらくかかったな。それを私が払うのか。

伊勢。そうね。一応、必要な品々だと上層部に訴えてみる。でも、半額くらいの補助かな。

奈良。複雑な心境とはこのことだ。

伊勢。あら、目に入れても痛くない娘じゃないの?。

奈良。当然そうだ。

 (と、リリを見る。うれしそうだ。やったね、といった感じでエスと鼻を突き合わせている。妻に紹介する必要があるな、これは。)

第4話。魔女っ娘来襲。3. デパートで買い物

2009-02-16 | Weblog
 (で、翌日。私は留守番。
 案の定、エスに関しては首にかわいいリボンをつけただけで、何の工夫もない。鈴鹿が胴に巻き付けて、肩からかま首をのぞかせる。位置づけは、エスの社会見学だそうだ。何度も警備や駅員や店員にとがめられたそうだが、単に良くできたロボットと言い通したそうだ。真実だ。だが、普通の精神力の女には真似できまい。もちろん、衆人の注目の的。同行している自動人形のリリの不自然動作など、誰も気にしない。鈴鹿は、この手の視線はまったく気にしない。途中で、鈴鹿の級友とばったり出会ったそうだが、いつものもの好きが出たらしい、くらいの評価だったそうだ。日頃のかっ飛んだ行いが功を奏している。
 エスはインドニシキヘビの成体としては小振りだが、それでも20kgもある。普通の女性なら、かなり重いと感じるだろう。鈴鹿は情報部員として鍛えているので、やや細身に見えても、スポーツウーマンほどの筋肉量がある。重かったそうだが、負担ではなかったようだ。それでも、荷物を持つのは無理なので、志摩が駆り出されたのだ。
 リリはご当地の普段着を着ている、ID装備付きの。日本人からみると民族衣装に見える。別に、不自然ではないが、目立ってしまう。それでも、インド風→ニシキヘビ、と連想した人が多かったのか、そのことも鈴鹿がエスを抱えていたわりには問題を起こさなかった一因なのかもしれない。当方のよい学習になった。
 とある高級そうなデパートの売り場に着く。)

リリ。かわいい女の子の服がいっぱいあります。あれもこれもいいな。

伊勢。待ってて、あなたに一番似合いそうな服を選んであげるから。

 (と、リリそっちのけで伊勢と鈴鹿があれこれ選んでいる。志摩は女性の服など全く興味がないらしく、時間を持て余している。リリが気遣ってくれた。)

リリ。志摩さん。暇そうです。

志摩。暇だ。でも、伊勢さんの命令だから。

リリ。ねえ、今から私と恋人ごっこしようか。

志摩。いいけど、どうするんだい。ちょっと気になった人はいたけれど、恋人なんかいなかったから。

リリ。私に任せて。まず、横に並ぶの。

志摩。普通そうするだろうな。

リリ。で会話する。

志摩。うん。奈良さんは周りの状況を報告させると面白いと言ってた。

リリ。だめよ、恋人同士の会話じゃないわ。たとえば、私の肌の色、どう思う。

志摩。健康そうに見える。

リリ。もっと言って。

志摩。とても美しい色だな。白いのも悪くはないけれど、人間はこれくらい濃い方が合っていると思う。君の可愛さを引き立てているよ。それに、君の肌はきめ細かくてきれいだ。こんな風?。

リリ。うれしいわ。じゃ私の目は。

 (正面を向いてくる。)

志摩。君の目?。少し薄くて茶色、光の加減によっては金色に見えそう。活発で、楽しくて、冒険心のある君にぴったりだ。瞳は黒く澄んでいて、吸い込まれそうだ。これでいい?。

リリ。私も吸い込まれそう、あなたに。夢中になっちゃいそうよ。うーん、キスしてくれる?。

 (目をつぶって、接近してくる。あわわ、どうすりゃいいんだ?。)

鈴鹿。もしもーし、お二人さん。志摩っ、なにお子様相手に雰囲気作っているのよ。

志摩。鈴鹿っ。

リリ。きゃはは、面白かった?。

鈴鹿。私というものがありながら。志摩っ、私の目はどうなの。言ってもらおうじゃない。

 (小柄なリリを押し分けて、今度はヘビ付きの大女が接近してくる。)

志摩。君の目?。日本人にありがちな、濃いめの茶。濃い目の色にもぐっと来るものがある。そう、接近されたら、多分…。

鈴鹿。多分、何?。

志摩。もうやめない?。

鈴鹿。だめ、最後まで言うの。

志摩。圧殺されそう、と思ったんだけど。

鈴鹿。覚悟はいい?。

 (殺気を感じたのか、エスがばさっと鈴鹿から降りる。)

伊勢。あんたたち、いいコンビだわ。リリがうらやましがってる。でも、もうおしまい。時間もないし、鈴鹿もまじめに選ぶ。エスもあおらない。志摩、リリ担当をしっかりしなさい。

志摩。おれって、リリ担当なんですか。

伊勢。リリ、どうする。

リリ。担当して欲しいです。

伊勢。ほら、リクエストよ。応えなさい。

 (結局、暇どころではなく、志摩はリリに振り回されることに。お子様とは言え、リリは志摩好みの美少女だ。志摩もまんざらではなかったらしい。鈴鹿も、伊勢の評価に一安心したらしい。
 自動人形は、自分の行動で相手が喜ぶと、自分もうれしいのだ。だから、扱いさえ間違えなければ、いくらでも楽しく付き合える。
 服一つ選ぶのに30分近くかかる。リリがいちいち志摩の意見を聞くからだ。)

リリ。志摩さん、これ似合う?。

志摩。伊勢さんが選んだんだから、いいだろ。

リリ。だめ。男の人にぐっと来なきゃ。

志摩。おれの意見でいいの。

リリ。いいよ。言って。

志摩。うん、落ち着いた感じはいいんだけれど、ちょっと大人っぽすぎるかな。リリは活発な感じがいいから、もう少し遊んで欲しいな。

 (この男、女性の服なんか分からない、と言ってなかったか。ああそうか、中身がリリならいいのか。失礼した。
 伊勢も鈴鹿もくすくす笑っている。そうか、志摩君はそんなのがいいんだ。じゃ、次は私も、なんて考えているのだろう、志摩に好き放題させる。
 いくつか買ったそうなので延々4時間。食堂に全員ふらふらで着いたのは午後2時。最初の大食堂ではヘビの件で追い出され、個室のある中華料理店へ。)

リリ。疲れました。

 (ちっとも疲れてない感じでいう。原因は誰だ。)

鈴鹿。好みがきついわよ。でも、満足してくれたのならうれしい。

伊勢。そうよ、リリが気に入らないのなら、来た意味がない。

 (リリとエスは、スポーツドリンクの容器に入った純アルコールを飲む。注文した料理が届きはじめたので、三人はめいめい皿にとって食べる。リリが気づいた。)

リリ。私もいっしょに食べたい。

伊勢。あらいいわよ。皿はあるわね。

リリ。楽しいです。みなさんに囲まれて。

 (エスも中華料理を食べ出す。器用だ。)

鈴鹿。インド料理だって、こんな風に、自分で取って食べるのよね。

リリ。はい、そうです。

 (リリがちょっと寂しい顔をしたような気がしたので、しばし沈黙。)

伊勢。何かあったの。

リリ。なんでもないです。私たちの思いでのこと。みなさんには関係ありません。

伊勢。それじゃ、おいおい話して。まだ時間はたっぷりある。

リリ。はい、ご心配かけてすみません。私、ここでたっぷり勉強して、みなさんのお役に立ちたいです。

 (自動人形だから、やや妙な発言。リリの設定が、そう言わせたのだろう。つまり、経歴から見て、リリはすでに自動人形として完成期に入っており、思春期なのは外見だけなのだ。勉強といっても調整が加わるだけ。ただ、伊勢と私(奈良)は今回のリリとエスの件で評判になり、その後、自動人形の調整のための貸出が相次いだため、あながち間違った表現ではない。)

第4話。魔女っ娘来襲。2. エスとリリ

2009-02-15 | Weblog
 (一週間後。W03とW04がそれぞれ専用の箱に入れられて送られて来た。A31も輸送の時は同様にして運ぶ。伊勢も私もコントローラ(腕時計型、時空間計を兼ねる)をはめている。指令が競合した場合は、私が制御を奪うことになっているが、矛盾しない場合は自動人形側が協議して役割を決めてしまう。
 歓迎会場のとなり、つまりオフィスの控え室で、箱を開ける。リリとエスだ。)

奈良。起きよ、自動人形。

 (リリとエスがむっくり起き出す。内部動作の確認ととりあえずの周辺の安全性を確認後、私たちと話し出す。まず話し出したのは、エスの方、リリに腹話術させる。A31のクロ(A01)と同じだ。)

エス(リリ)。W03とW04の内部動作確認完了、周囲の安全性、問題なしと断定しました。はじめまして。私の名前はエス。コード名はW04。よろしく。

 (エスは体長2mのメスのニシキヘビ。明るい茶色が基調だが、色は変えられるのだそうだ。
 と、飛びついてきた。重い。20kgもある。鼻を突き合わせてきた、そして、頬を交互に合わせる。多分、イヌのあいさつ動作か何かだ。やれやれ、ロボットと知ってなければ悲鳴を上げているところだ。こりゃ、ずいぶんと動作を改良する必要がある。伊勢は自分でなくてよかったと、心底思っているだろう。ちょっと撫でてやる。すぐに離れた。姿は可愛くはないが、愛敬はある。)

リリ。リリです。コード名はW03。

 (リリは、資料通りの色の救護服を着ている。やはりちょっと幼い感じだ。細めだが、がっしりした感じは保っていて、救護用であることが分かる。そしてあの、分子シンセサイザー、リリ特製アームウォーマーを両手にはめている。深い青色で、センサーがさりげなくついていてる、
 と、こちらも飛びついてきた。ヒトとしては軽い。鼻を突き合わせ、頬を交互に合わせる。そして、ゆっくりと言った。)

リリ。大切にしてね、パパ。

 (瞬時に伊勢が大爆笑。伊勢を笑わせるとはあっぱれな。いやまて、パパとは誰だ。その前に、まず離れろ。)

奈良。大切にするから、離れなさい。

リリ。私も撫でてくれなきゃやだ。

奈良。分かった。(ほんの軽く頬を撫でる。離れた。)

奈良。で、いつから私はリリのパパになったのだ。

リリ。やだ、パパ。リリのこと忘れたの?。

 (どういうチューニングをされているのだ、こいつは。サービスのつもりのプログラムか何かか、あるいは、単に機械におちょくられているのか。お約束通り、付き合ってやる。)

奈良。忘れたも何も、初対面だぞ。

リリ。忘れたの?。でも、良かった。私の思っていたとおりの素敵なパパだもの。

 (あー、はいはい、なりきっとるな、こいつは。で、いつまでパパと呼ばれていればいいのだ、私は。)

リリ。ああっ、この女は東洋きっての魔女、伊勢。

伊勢。世界一よ。あなただって魔法は使えるんでしょ。

 (伊勢まで乗ってきた。こいつはたいへんな機体だ。)

リリ。良く知っているわね。資料には書いてなかったはずよ。

伊勢。すぐに分かったわ。お仲間よ。

リリ。伊勢先生。私を最高の魔法使いにしてください。お願いします。

 (つまり、伊勢は魔法学校の教授かなにかか。微妙にぴったりだ。)

伊勢。修行は厳しいわよ。でも、呼ぶときは愛称のモモでいいわ。

リリ。モモさん、よろしく。

奈良。そのくらいでいいか。エス、今がいつで、ここがどこか分かるか。

エス(リリ)。内蔵の時空間計は正しく動作しています。ここは東京の都心、日本ID社のオフィスの控え室です。

奈良。私が奈良治、日本ID東京の情報収集部の部長。こちらの伊勢陽子は、所属は同じで、私の直属の部下。

伊勢。よろしく。

 (オフィスに移動。適当に部屋を飾り、テーブルを並べる。志摩と鈴鹿、A31が勢ぞろい。リリとエスはA31を見つけたので接近する。もともと、軍では共同生活していたはずだ。人間と違って、感慨もできないし昔話もできない。しかし、安心はするらしい。リリはタロの膝の上に乗った。しばしそのまま。その後横に降りた。エスもジロの膝の上に乗った。そして、しばらくすると降りた。あいさつみたいなものらしい。
 A31は、クロ(A01)、アン(A02)、タロ(A0P)、ジロ(A0N)の順に並ぶことが多い。リリとエスがどこに位置するか、ちょっと興味があったが、結局、リリはアンとタロの間、エスはジロの隣に位置した。その後の観察では、位置は安定はしていないようだ。あくまで、リリとエスは臨時の扱いのようだ。
 お互いに自己紹介。志摩は、リリをいっぺんに気に入ったようだ。志摩好みの美少女らしい。リリも普通に志摩と付き合えるようだ。このあたりは、救護用アンドロイドとして慣れたものだ。鈴鹿はエスが気に入ったようで、呼んで膝の上にとぐろを巻かせ、触っている。)

鈴鹿。冷たくて気持ちいい。んーかわいい。

 (大蛇を可愛いといっている。体に巻いたりして、喜んでいる。どういう感覚だ。でも、気まずい関係よりは、ずっといい。
 エスもエスで、ヘビなりに愛敬を振りまいている。不自然な動作だ。しかし、これは残したい特性、どうするか。仕事が増えそうだ。
 伊勢は自動人形を機械扱いするから大丈夫。
 志摩は、微妙だったが、実は、大蛇、もといエスは芸人だったのである。それはすぐ後で紹介する。)

リリ。それでは、リリ、特技をお見せしまーす。ファイヤー。

 (といって、テーブルにおかれたケーキのろうそくに火をつける。この掛け声、どこかで聞いたような(註: ぷよぷよ)、日本でしか受けないぞ、登録商標ではあるまいな。分子シンセサイザーをつかって少し離れた位置から発火できるのだ。そのポーズかまたいい。あのあれだ、魔法少女がテレビアニメでやる、あれそのまま。
 私も伊勢も、志摩も鈴鹿も拍手。そして、空中を突如光らせたり(化学ルミネセンス)、置物を倒したり(氷の針を飛ばす)、周りのものを吹き飛ばしたり(小さな水蒸気爆発)、なんというか、伊勢の所有する兵器としての分子シンセサイザーとは程遠い使い方。伊勢に聞くと、伊勢の装置でも同じことができるが、普段はやらないと。だから、とても参考になると。そして、リリに分子シンセサイザーの極限までの使い方を教授する意欲がわいてきたようだ。
 もともと救護用に必要な薬剤の塗布や注入のための機能だという。つまり、伊勢の予想どおり、薬箱の高度化は正しかったわけだ。もう一つ、リリ(150cm, 40kg)はアン(170cm, 60kg)よりも小さく軽いため、怒った被災者などの目標になりやすく、体当たりなどされたら吹っ飛ばされる可能性が高い。だから、数m離れた場所から鎮静や軽い麻痺を起こさせる、護身用途だ。つまり弱い動物が毒を持つようなものらしい。A31もかなり強力な鎮静剤などは持っているが、もちろん、手で操作するから接近しないといけない。
 救護と護身機能以外の、たとえば発火機能は子供だましに見え、実際、半径10mほどでしか役立たない。決して大魔法ではないのだ。しかし、後に意外に実戦で役立つことが判明する。)

エス(リリ)。お待たせしました。ショータイムです。

 (エスはあれだ、リリにヘビ使いと腹話術をやらせ、「レッドスネークカモーン」をやる(註、東京コミックショー)、両者とも日本に関する特訓を受けたらしい。志摩と鈴鹿には受けた。その後、ジロ(A0N)もヘビ使いができることが判明。こちらもなかなか面白い。
 なぜヘビか。ヘビほど両極端な評価をされる動物もないだろう。聖書では極悪人、イブをそそのかした悪魔そのものだ。しかし、日本では脱皮する理由で再生の象徴、縁起がいい。十二支にも入っているから、中国でもなにか良い面があるはずだ。
 医学ではヘビは聖獣、医神アスクレピオスの使いだ。しかるべき神殿でヘビがなめてくれると病気がたちどころに治る。多くの医師はヘビを吉兆と見なしており、救護所でヘビを見たなら、士気が上がるだろう。そのヘビが、実際に救護するとなると、伝説そのものだ。不思議な感覚に襲われても十分に理解可能だ。
 クロ(A01)と違って、つかむ動作などはどうするのかと思っていたら、専用ベストからロボット手を繰り出している。ちょっと不気味だが、ほかにどうしようもない。舌もかなり器用に動く。
 ヘビ嫌いの人にはどうにも接近しようがなく、微妙な設定だが、逆に調整しがいがあるとも言える。しばらくのめり込みそうだ。
 宴もたけなわ。)

鈴鹿。リリは普段はどんな服を着ているの。

 (いろいろ持ってきた、というので、伊勢と鈴鹿が衣装を確認しに行く。ちょっと日本では浮いてしまいそうな服ばかりだそうだ。)

鈴鹿。それじゃ、明日買いに行こうよ。伊勢さんもいい?。

伊勢。いっしょに行くわ。志摩も来なさい。

志摩。おれ、女の子の服なんか分からないよ。

伊勢。いいの、あなたの反応を見るだけだから。ついでに、荷物運びもお願い。

 (勝手に盛り上がっているが、服代を払うのは私だ。なに、エスも連れて行く?。どうするつもりだ。どう見ても大蛇。何か策略でもあるのか。)

第4話。魔女っ娘来襲。1. プロローグ

2009-02-14 | Weblog
 (日本ID社東京の1階にある情報収集部の訪問客用オフィス。私(奈良)と伊勢がカウンターの奥の机の前に座っている。私はメールチェック、伊勢は調べもの。訪問客はなく、いつものように暇。
 私に自動人形の2機が追加配備される計画が持ち上がったのは2週間前。どの機体が配備されるかの知らせが来た。伊勢と話する。)

奈良。自動人形が2機追加配備されることは話したかな。

伊勢。ええ、覚えている。まだどんな機体かは知らないけど。たしか、次のコントローラが見つかるまでのつなぎだった。

奈良。そのとおり。予定では最長、三ヶ月間の世話だ。その機体が決まったので知らせが来たのだ。知りたいか。

伊勢。もちろん。私だってコントローラを持っているのですもの。

奈良。じゃ、資料を転送するから見てくれ。

伊勢。(モニターを見る。)これね。設定年齢13才の女性と、ヘビ。ヘビって、にょろっと長いヘビのこと?。

奈良。インドニシキヘビだそうだ。メスだ。体長2m、重さ20kgらしい。小さい方だ。

伊勢。ちっとも小さくないっ。そんな自動人形もいたの…。知ってたのね。奈良さん、来る可能性があったのね。

奈良。どうした、伊勢。君らしくない慌てようだぞ。

伊勢。ヘビの自動人形、開発者はなに考えてるのよ。冗談…じゃなくって、これがその写真…。(絶句している)

奈良。私が獣医だから来たらしい。爬虫類は全然専門じゃないが。

伊勢。そういう問題ではなくて、絶対に断ってよ。

奈良。決定したから結果が送られて来たのだ。ヘビは嫌いなのか。

伊勢。気味悪いだけよ。あーもー、この動く災難。

奈良。動く災難とは私のことか。

伊勢。そうだよ。

奈良。すぐに慣れるって。それに、自動人形だから、ただのロボットだよ。

伊勢。でも、動きはそっくりなんでしょ。

奈良。それは知らないが、そっくりでなかったら、私が念入りに調整するから同じことだ。

伊勢。やっぱり。なんだか考えるのがいやになってきた。

奈良。いつもの私のセリフだな。

伊勢。奈良さんの気持ちが分かったような気がする。で、もう一人も奈良さんの趣味?。

奈良。ヘビも趣味ではないが…。13才か。一番扱い難い年齢だな。

伊勢。奈良さんにも、娘さんがいるでしょ。

奈良。まだ10才だ。3才の違いは大きい。

伊勢。練習にいいかも。それに、万一慕ってくれたら、かわいいわよ。ほら、ちょっと皮膚の色が深めだけど、かわいいじゃない。

奈良。万一なのか。

伊勢。いったい、他の自動人形はどんなのよ。あ、資料がある。なになに、設定年齢35才前後の男女。親子とペット。

奈良。ペットかどうかは知らないが、妥当な線だな。

伊勢。要は気のいいあなたに残りを押しつけた、って感じ。

奈良。さんざんな言われ様だな。まあ、A31も含め、そんなところだろうけど。

伊勢。あっさり認めた。で、いつ届くの。

奈良。いま日本の事情と日本語の特訓中だそうだ。一週間後が予定だそうだ。

伊勢。歓迎会をしましょう。思春期の娘とペット。

奈良。だから、ペットではないって。歓迎会は良いアイデアだな。この部屋でするか。

 (私は仕様等を調べる。伊勢も同様だ。W03が女性のコード名で、リリ(Lily)の愛称、W04がヘビのコード名で、S(エス: Es)という安易な愛称。両者とも、能力はもちろんA31と同等。動物の心を含む、ID社による改良付き。
 リリは設定年齢13才で、皮膚の色が少し濃いめの南アジア系の女性の感じ。たしかにかわいい。民族衣装が似合いそうだが、A31と同じで、救護服がいつもの装備。アン(A02)と同じで明るい灰色の地で、ただし、縁取りは赤に近い紫、つまり京紫で結構派手。特殊装備は、分子シンセサイザー。なに、伊勢と同じ?。使えるのか。)

奈良。見たか、分子シンセサイザー。

伊勢。見たわ。でも、両腕に装着するみたいで小さいし、私のほど複雑ではない。自動人形が装備している救急用の薬箱を少し高度化した感じ。何に使うのかしら。

奈良。腕輪を長くした感じ、腕貫(うでぬき)を短くした感じ。

伊勢。やだ、アームウォーマーよ。腕の方向にしか飛ばせないけど、効果は芝居がかって劇的。音速以下で飛ばせば音はしない。まるで魔法をかけるみたいな感じになる。

奈良。魔法少女?。

伊勢。魔女っ娘?。

 (顔を見合わせて笑う。それが冗談でないことは、後で思い知ることになった。)