ID物語

書きなぐりSF小説

第17話。銀将登場。17. 亜有、計画に参加する

2009-10-31 | Weblog
 (学生だけでは限界がある。それなりに知識はあっても、歴戦ではないからだ。案の定、何か足らないと思った久保田教授がこっちに来てくださった。食堂にて。)

久保田。やはり機械系に強い人がいないと、どうにもならないみたいです。

奈良。鈴鹿は機械好きだし、志摩は勉強家。まだだめですか。

久保田。どう表現したらいいんでしょうか。近くまでは行けるけど、詰めの一手が出ない。

奈良。清水くんを参加させようか。下手したら烏合の衆だけど、うまくしたら役立つ。

久保田。理学部数学科の学生だった。

奈良。担当教授は森口繁。現代幾何学の肩書きだけど、応用数学にやたら強かったはず。コネクションがいろいろあるんじゃないかな。

久保田。そうだった。森口教授。変な数学者。この大学の教授では最優秀集団の一人。おまけに、清水くんは計測機会社でなんだかたいそうな部門にいた。

奈良。我が社のヨーロッパ本部の航空部門。宇宙開発までやってしまう強者揃いの部署。その部門長が名物部門長で、とんでもない性能の航空機を開発するものだから、各国の関係者が注目している。

久保田。そんなところで通用する学生か。優秀そうだ。説得してみます。

奈良。一つお聞きしてよいですか?。

久保田。はい。何でしょうか。

奈良。本研究に力を入れてくださる理由が質問です。卒論って、こんなに大げさなものでしたか。

久保田。そうですよ。学問ですから、どんなに大げさでも良い。望むところです。そうですね、私の意見としては、この計画から何か産物ができたら儲け物。世の中に役立つ原理とか、装置とか。

奈良。通常の大学の研究と思えばいいんだ。

久保田。差なんてありませんよ。学生の程度によりますけど。トップクラスの卒論研究が世の中を変えることはある。いまじゃ、想像もつかなくなりましたけど、本来はそうあるべきです。

 (実際、ID社としては本計画からプロダクツは出て来ている。サイボーグと調査用潜水艇だ。さて、大学の方はどうなるのか。)

清水。来ました。用件をうかがいます。

奈良。単刀直入に言う。本計画に参加してほしい。

清水。連絡係じゃなくって、直接に実験計画に加わる。私を加えると5人。まだばらばらになりそうな人数ではない。構いませんけど、理由をお教え願いますか?。

久保田。機械系に強い人物に加わってほしいのだ。

清水。私は機械系はだめです。理論は何となく分かりますけど。

久保田。それでいい。鈴鹿くんや志摩くんは実際の機械の扱いはうまいようだが、理論までは到達していないようだ。補ってほしい。

清水。大がかりです。大学に対して、何か要望していいですか?。

久保田。そのためにも、参加してほしいのだ。

清水。動きやすくなるか。奈良さん、こんなの許されるんですか?。

奈良。大学との共同研究のことか?。普通の業務内だ。

清水。そうだった。ふたたび志摩くんや鈴鹿さんとタッグが組めるチャンス。ありがとうございます、教授。できるかぎりの努力をしてみます。

久保田。森口教授には連絡しておく。君の卒業論文にもなるように話を付けておく。

清水。理学部数学科の。うーん、成立するかな。

奈良。教授に任せよう。

清水。そうします。

 (森口教授とは連絡がついた。久保田教授はさっそく会いに行きたいと言い出した。久保田教授とギンと亜有を乗せ、志摩が運転する旧車両でキャンパスに行くことになった。自動人形はあった方がいいというので、ケイコとジロを乗せる。高速道に入って、都心を目指す。)

久保田。これもID社のクルマか。

清水。そうです。同型が売り出されている。後ろのモニターは別の商品ですけど。

久保田。ヨーロッパ製だな。そんな感じ。

清水。本部航空部門の設計、製作。輸入品です。

久保田。ガソリンエンジン車じゃない。

清水。ハイブリッドカー。モーターで動いている。エンジンはたしか…。

志摩。ガスタービン。燃料は灯油。ジェットエンジンみたいなの。やたらと高出力。

久保田。スピードメーターが260km/hまである。

清水。本当は、もっと出るそうです。

久保田。出さなくていい。

 (ギンは亜有と話をする。)

原田銀。清水さんはケイマの将棋の先輩。

清水。そうです。亜有って呼んでください。同学年。

原田銀。私はギンって呼んでください。妹とややこしいから。

清水。そうさせてもらいます。あなたの評判は志摩さんから聞いています。わざわざ海洋学部があるというので、この大学を選んだ。理学部生物学科でなく。

原田銀。そうです。海の全体像が知りたかった。ぴったりの学部は他にない。ここは理学部と農学部と工学部を合せた感じ。

清水。私は理学部数学科だけど、数学がどのように使われているかに関心があった。だから、ID社の資料が魅力的だった。純粋な数学にも惹かれるけど。

原田銀。ID社の製品は世界的に有名。特に計測機器。

清水。ええ。でも、プログラムやデータベースも製品にあるし、航空機などの観測装置を移動させる手段も売る。

原田銀。そうか。海洋での観測もID社の関心事なんだ。

清水。そうです。ID社の本部としては、海洋学部と久保田教授の活動に関心があったみたい。ぜひ何か獲得して来いとの指示です。

久保田。私の活動。地味な仕事なのに。

清水。ヨーロッパ本部の航空部門長は久保田先生の名前を知っていた。何か雑誌の解説記事で知っていたみたい。

久保田。欧米には研究者が多いというのに。なぜ私が。

清水。海洋学部におられるからですよ。しかも、捕鯨国日本のクジラの研究者。

久保田。もう、捕鯨などほとんどしていない。鯨肉など、一般には手に入らない。

清水。昔は、日本では貴重な蛋白源の一つだった。私はそう説明しています。今や、その必要はない。

久保田。現に必要はない。捕鯨するかどうかとは関係ないけど。

清水。不思議です。なぜ哺乳類が海洋を目指したか。

久保田。同意見だ。その研究をしている。何のニッチなのか。だれか先駆者がいるのか。

原田銀。いいなあ、そんな話が聞きたかったんだ。

清水。生々しい世界です。私の住んでいる世界とはちょっと違う。

原田銀。どんなの?。

 (亜有は、自分の考えている数学の世界を披露する。ギンも教授も、興味深そうに聞いていた。)

原田銀。おとぎ話みたい。

久保田。おとぎ話だって、元は何かの伝承だろう。いまや全く理解できない、何かの事実の。

清水。数学は不思議。法則の法則性の研究のはずだけど、本当はどこかで、この世に生きている。だから、現実にもどこかにいるはず。私の教授の考え。

原田銀。今から会いに行く森口教授。

清水。そうです。

第17話。銀将登場。16. 水族館、2日目昼、館内巡り

2009-10-30 | Weblog
 (4カ月前からID社情報収集部に押しかけている学生、原田桂(ケイマ)。その姉、原田銀(ギン)は、志摩と同じ学部学科の同級生。卒論のテーマを探していたところ、自動人形の水中での動作に興味を持ち、志摩と鈴鹿と、そしてケイマまで共同研究者にして調査することに。準備しているうちに話が大きくなり、亜有と虎之介が合流。大学の付属水族館で予備調査をすることになった。)

 (ギンはざっと飼育係に感触を聞いてから、志摩といっしょにタロに水中がどう感じられたかをインタビューしている。鈴鹿は館長に感想を聞こうとしたが、館長はイルカにタロの影響があるかどうかに関心が行ったらしく、飼育係とイルカを観察に行った。それで、ケイマといっしょに久保田教授と話をする。亜有は新車両のモニターを端末にして、本部の仕事のようだ。
 私は、水族館内をA31といっしょに探索。虎之介はすることがないみたいで、私に付いてきた。)

芦屋。今回はゆっくりと水族館を回れそうです。

奈良。ええと、前回はどうなったんだっけ。

芦屋。沖で訓練して、帰って休んだら貨物船の炎上騒ぎ。

奈良。そうだった。とは言っても、この水族館はそう広くない。昼食までに回れそうだ。その後はイルカのショーを見るか。

芦屋。ええ、そうします。

 (意外に素直なやつ。これが志摩と同期でIFFの最優秀の人間だ。志摩ほど学問には関心はないはずだが、さっきから盛んに水槽のなかを見ている。)

奈良。虎之介、こんなの見ていて面白いのか。

芦屋。正直言って、あまり面白くありません。でも、学問はどこで役立つか分からない。よい機会だし、見ておきます。

 (ということのようだ。とことんまじめな男。少しでも自分の役に立ちそうに思えたら、打ち込めるようだ。)

芦屋。奈良さんは面白いのですか?。

奈良。ある程度は。生物学という点でつながっている。農学部によっては水産がある。養殖は牧畜と同等。

芦屋。なるほど。じゃあ、魚やクラゲがかわいく見えることがある。

奈良。そのとおりだ。生きている仲間。それに、ペットとして魚類や軟体動物は動物病院に持ち込まれる可能性がある。さすがに、クラゲはないと思うが。

芦屋。そうか。ある意味、切実な問題なんだ。

奈良。そういうことには良く気がつくな、おまえは。

芦屋。そういうこと以外って、何ですか。

奈良。実用を離れた純学問。分類とか、生化学とか。

芦屋。識別は役立ちます。生化学は実用的。

奈良。おまえと話していると、ロマンがすっ飛ぶよ。

芦屋。許してください。さがみたいなものです。自動人形の方がロマンがあるのかな。アン、見ていて楽しいのか。

 (アンは私のまねなのか、じっと水槽のなかの魚やエビなどを見つめている。)

アン。面白い。動いている。観察のしがいがある。

芦屋。分かるのか?。

アン。何を持って分かるのかは、私には分からない。でも、あちらこちらで人間が興味深そうに見ている。きっと楽しいことがある。だから、観察している。虎之介さんは、説明できるの?。

芦屋。ぐぐっ。奈良さん、バトンタッチ。

奈良。私か。アン、どう解釈する。

アン。そうね。人間の本能。食べるのが可能かもしれないし、動いているから攻撃されるかもしれない。

奈良。そうだな、少なくとも半分はそう。

アン。あとの半分は?。

奈良。単に見ていて楽しい。それだけ。

アン。それだけ。見ていて楽しい。私も楽しい。きっとそう。

芦屋。これ、喜ばせプログラムですか?。

奈良。多分そうだ。伊勢か清水のいたずらかもしれない。意味深に見せかけるための。

 (久保田教授は、自分の書いたクジラの資料コーナーをチェックに行く。古い知識やデータがあれば、書き換えないといけないからだ。)

原田。自分の書いた原稿をチェックなさっている。

久保田。そうだ。学問には油断も隙もない。新知見で過去の記述が一瞬にしてゴミになってしまうことがある。

原田。クジラかあ。実物は見たことがない。

久保田。クジラを見るための観光ツアーは珍しくない。行けばいい。

原田。クジラを見るだけでしょ。本当のところは、分からない。

鈴鹿。クジラのどこに魅力を感じたんですか?。

久保田。定番の質問だな。私は家畜に興味があった。ウシやウマなど。野生種を学生時代には追跡していた。クジラは偶然だ。哺乳類をさかのぼって調べて行くと、海の哺乳類との接点があった。いまでも謎の部分が多い。

原田。カバやウシの仲間ではなかったのですか。

久保田。よく知っている。

原田。奈良さんからの受け売りです。

久保田。君たちの上司だった。

鈴鹿。私の上司です。ケイマとは地位上の関係は薄い。オフィスに出入りしてますけど。

久保田。獣医。じゃあ、きっとクジラの解剖や生理に関心があるんだ。

鈴鹿。そう思います。多分、病気や怪我したクジラやイルカを見たら、いてもたってもいられなくなるはず。

久保田。何が起こったか分かるし、手を下すことができる。私は見て、心配するだけだ。

原田。怖がられて、抵抗されても平気だろうな。こうすれば、よくなるんだって、言い聞かせながら接近する。動物からも分かるのかしら。

鈴鹿。奈良さんは、何度も痛い目に遭っているらしい。動物と心が通じるとは限らない。だから用心深い。でも、獣医のプロ意識が勝ってしまうみたい。

久保田。いい話だな。ここの展示に、奈良さんの文章や図を加えようか。

 (ということらしく、久保田教授からクジラやイルカの解剖と生理、および病気についての、高校生を想定した解説パネルの作製を依頼された。こちらも、家畜以外は素人に近い。でも、調べればあるもので、ある程度の量の文献が見つかった。この仕事は面白かった。久保田教授に感謝である。
 ギンは志摩といっしょに、タロにイルカや水槽がどう感じられたかについて尋ねている。)

タロ。自動人形のアクティブソナーの設計図や能力については公開されています。腕に付けるセンサーも、基本的には同じ。

志摩。分かっている。でも、データと感じとは違うんだ。タロがどう思ったかを教えてほしい。

タロ。気分だけなら単純です。うれしいとか悲しいとか。役には立たない。

志摩。そのとおり。ええと、プールの中は普通の体育館か何かと同じ感じか。

タロ。感じというキーワードが微妙。適当に言いますから、修正してください。

志摩。了解した。続けてくれ。

タロ。広い部屋の感じ。移動の感じは独特。空気と水は全く違う。粘度も音の速度も。

志摩。分かる。続けて。

タロ。水は粘度が高いから、抵抗に抗して進まないといけない。不便。でも、比重が高いから、浮くことはできるし、泳ぐこともできる。

志摩。視界はどうだ。

タロ。赤外線ではいくぶん改善されるものの、5mほど先までしか見えない。プール全体を把握するには、アクティブソナーが有効。

志摩。核心に近づいてきた。アクティブソナーでプールの形は分かるのか。

タロ。分かるけど、視覚とは異なる。広さは分かる。進んでも良い方向は分かる。でも、いよいよ近づかないと、壁は分からない。当然、水面の上の空中も、アクリル板の向こうも分からない。

原田銀。鏡の部屋にいるようなものかな。

タロ。良く似ていると思う。

志摩。イルカがソナーを使っているのは分かるか。

タロ。分かる。彼らなりの方法を使っているみたいだ。こちらとは違う感じ。詳細は不明。

志摩。それでいい。

原田銀。近づいてくるイルカは分かるの?。

タロ。もちろん。そのためのセンサーだ。

原田銀。イルカもあなたの位置を分かっているのかしら。

タロ。さかんに探索していた。どんな行動を取るのかに関心があったようだ。

原田銀。イルカの形はソナーで分かるの?。

タロ。ある程度の形や表面の柔らかさは分かる。波長が光とは桁違い。ぼうっとしか分からない。

原田銀。ええと、イルカの使う超音波の波長って。

志摩。150kHzくらいだから、水中での波長は1cm程度。分解能もそれくらい。だから、1cmの物体が分かるかどうか。

原田銀。ボケボケじゃない。

志摩。でも、それ以上は生体では発信できないだろう。

タロ。そうです。そもそもイルカにだって聞こえないし。私たち自動人形の方が、その点では有利。もう少し高い周波数も聞こえるし、大体の形も分かる。ただし、近距離でしか役立ちません。それに、人間の視覚だって、中心部以外は似たようなもの。

原田銀。そうか。君たちもそうなの?。

タロ。分解能が高いのは中心部だけ。周辺に行くと、動き検出が主なのは人間にわざと似せた。

原田銀。ソナーに戻って。ええと、ソナーにも指向性がある。

タロ。当然。正面の分解能が高く設計されている。視覚に似せている。

原田銀。音の発射方向を絞れるの?。

タロ。普段は半球状に発射。前面なら広い範囲で任意の方向に絞り込める。出力を集中させるため。でも、受信部は前頭部と頭頂部に分布していて、立体的に解析できる。イルカとは違う。

志摩。計算で再構成しているんだ。イルカが持っている音響レンズと同等。でも、計算なら係数を変えることをできるから、一回の音響発信で、多数の物体を同時に解析することができる。イルカはもっとシンプルなはず。その代わり、知恵がある。

原田銀。ロボットは解析するだけか。音響の物理やセンサーなどの要素を取り出すと似ていなくもないけど、構成はひどく違う。

志摩。カメラと眼を比較するようなもの。

原田銀。想像するだけ想像したら、人間と自動人形の視覚を比較した研究を調査して、参考にしましょう。ありそうな気がする。

志摩。じゃあ、まず討論にするか。鈴鹿とケイマを呼ぼう。

第17話。銀将登場。15. 水族館、2日目午前、イルカのプールにて

2009-10-29 | Weblog
 (とにかく、午前のスケジュールはギンが強引にまとめてしまった。午後は休憩で、水族館の公開が終了してから、イルカのプールで週末の出し物を検討する。
 プールに移動。とりあえず、ジロに装備させて水中で待機させる。シリーズHで音波を測定し、舞台上に設置したパソコンで結果を表示させる。)

飼育係1(男)。あの、あれ、ロボットですよね。沈んだまま。不気味。

志摩。ロボットですから、電源があれば動きます。背中のバッグみたいのに電源が入っている。

飼育係1(男)。循環型の呼吸器を背負っていると考えるとよいか。

 (人間が沈んでいるのはもちろん、マネキンが沈んでいても、たしかに気味悪い。慣れるしかない。)

奈良(通信機)。タロ、視界はどうだ。

タロ。端までは見えません。せいぜい5m程度。

奈良。ソナーで何か聞こえるか。

タロ。イルカの発信音が聞こえます。

久保田。ロボットだから、口を開けなくても発声できる。

奈良。スピーカに行くべき信号を通信機に向けています。

久保田。普通か。マネキンの形をしているから、どうしても人間の発想になってしまう。

鈴鹿。それが狙いです。救護用の設計。

久保田。慣れるまで時間がかかりそうだ。

 (用意したパソコンの画面には、イルカの発信音が表示されている。人間の可聴域よりはるかに高い音だ。)

原田。表示はされている。聞けないかな。

奈良。オクターブを下げることはできるだろう。志摩、その端末でできるか?。

志摩。できるはずです。ええと…。

 (志摩が操作したら、音が聞こえるようになった。久保田教授も館長も、ふーん、といった顔しているから、普段の研究で同じことをしているのだろう。)

奈良。タロ。まず普通に泳いでプールを一周してくれ。

 (推進器を使わずに、平泳ぎの形で救護服を着たままのタロが泳ぐ。器用だ。次にアクティブソナーを使わせる。)

奈良。プールの様子が分かるか。

タロ。ええ、十分に分かります。推進器を使いますか。

奈良。2周ほどしてくれ。

タロ。はい。

 (かなりの速度で泳ぐ。アクティブソナーを起動させている。イルカといえば、ちょっと反応したようだが、すぐに慣れたらしい。普段から人間がどかどか入るから、また新種か、って感じだろう。)

原田。逃げる訓練しておきましょう。

奈良。そうだな。タロ、イルカに突っ込まれた想定で、逃げて舞台に上がってくれ。

タロ。やってみます。

 (すーっと泳いで、ほとんどジャンプする勢いで舞台に上がる。ご丁寧にも、立って着地した。)

原田。うわあ、推進器って、大変な出力。

 (隣のプールのイルカがほとんど騒がないので、いっしょに入れることにした。まず一頭。タロは初対面なので、ちょっと警戒している。慣れるのに、5分ほどもかかった。)

久保田。予想通り、自分とは関係ないと思っている感じ。気にはしているけど。

原田。イルカの体重ってどれくらいなんですか?。

久保田。200kgほどだろう。

館長。そうです。

原田。じゃあ、タロの方がずっと軽い。

奈良。ここで終わるか、もっと自動人形を入れてみるか。

原田。イルカは何頭いるんですか?。

館長。本日出演するのは5頭。演技の都合で、最大2頭がこちらのプールに入る。

久保田。イルカ2、自動人形1から試そう。

 (飼育係の合図で、1頭が控えのプールに戻り、2頭が出てくる。やはり、新客に警戒しているようだ。様子をうかがいに来るが、極端には接近しない。)

原田。飼育係の方とは触れ合うんですか?。

飼育係。ええ、そうしてます。でも、ここではお客さんを水槽に入れて触れさせることはしない。だから、くっつかないみたいです。

 (タロを時速20kmほどで推進させる。ちょっと伴走して、すぐ飽きるらしく、離れる。何度かそんなことがあった。)

館長。本日はここまでかな。卒論でしょう?。まだ時間はあるでしょう。

久保田。ええ。イルカの機嫌のいいうちに、終了しましょう。

 (合図でイルカを戻す。タロは舞台に戻ってきた。)

原田。ご苦労さん。イルカは恐かった?。

タロ。ええ、恐いです。でも、向こうも警戒していたみたい。今日はあいさつだけ。

鈴鹿。イルカの動きは追跡できた?。

タロ。プール内なら十分に追跡できます。まず見逃すことはありません。自分で鳴いてくれますから。

奈良。こちらの位置を確認しているのか。

久保田。そのようです。でも、壁の位置を確認しているのがメインみたい。次の機会があったら、私たちが普段使っている水中マイクを使います。こちらの端末とは音の高さが微妙に違う。

志摩。ぜひ見せてください。

第17話。銀将登場。14. 水族館、2日目朝、会議

2009-10-28 | Weblog
 (私はいつものように早朝から散歩。たまたま探索中だったケイコが目ざとく付いてきた。向こうからは、亜有がやってきた。あちらもなぜかアンを引き連れて。)

清水。おはようございます。良いお天気です。

 (思い出したように胸をぐぐっと張っている。ケイコが反応してしまった。)

ケイコ。清水さん、でしたか。

清水。そうよ。名前の亜有って呼んでいい。

ケイコ。亜有さん、奈良さんを誘惑するのはやめてください。確信してやっているみたいです。

奈良。確信してやっている。いつものあいさつだ。

アン。じゃあ、私も。うんしょ。

 (アンまで胸を張っている。)

ケイコ。だああっ、何ですか。誰の教育ですか。

アン。一人しかいない。

ケイコ。奈良さんっ。あなたって人は。なんてことしてくれたんですか。これで我慢しなさい。ほらっ。

 (ケイコまで胸を張る。)

奈良。良くわかったから、その程度にしてくれ。頭がクラクラしてきた。

清水。もう、みんな調子に乗って。だれの調整かしら。自動人形って、もとからこんなのなんですか?。

奈良。よく分からん。それらしく男女差を調整したつもりが、こうなってしまったのだ。

清水。私はこれ以上修正する気になりません。

奈良。自動人形使いになったのか?。

清水。どうやら、伊勢さんの陰謀です。私の監視といいつつ、私の通信機にコントローラを仕込んだ。

奈良。本部ではリリが付くのか?。

清水。エスやリリのこともあるけど、たいていはジャックかクィーンが付いてくれる。通訳してくれるから、時に便利。本部のコントローラは負担がいくぶん減ったと、大喜び。

奈良。だから、今はアンが付いているのか。

アン。はい。そうです。亜有さんの指令は分かりやすい。行動しやすい。とても楽ちん。

奈良。誰に比べてかは、あえて言うまい。で、装備は増えたのか。

清水。私の装備は奈良さんたちの装備と同等だそうです。でもまだ、IDセンサは使いこなせてない。アナライザーの警告が頼り。

奈良。自動人形も役立つだろう。

清水。だから、自動人形に教えてもらっている。アンにはID装備が付いている。クィーンにも一時期付いていた。

奈良。こちらに来ていたときだ。何か武器になるものは付けているのか。

清水。そんなものありません。でも、拳銃とライフルは練習させられた。擲弾の扱い方も講習で。

奈良。戦術を理解するには必要だ。

清水。花火でも怪我する人がいるというのに、恐ろしいこと。試しに、クィーンに聞いたら、ことごとく知っていた。かわいそうに、悲しんでいたけど。

奈良。自動人形は脅威の程度を良く知っている。

清水。そうだった。そのための基礎データ。

アン。遠慮しないで、私たちに聞けばいい。使用される方がつらい。

清水。そうね。そうさせてもらう。

 (食堂に行ったら、館長が来ていた。ギンと話している。わくわくして、館長室に我々が行くまで、我慢できなかったようだ。)

館長。じゃあ、ロボットがイルカと会話できるのか。

原田銀。可能性だけです。実例は世界でもない。誰でも思いつきそうなのに。

館長。素人がやってみたところで、イルカが反応したのかどうかすら分からないだろう。逆に、気味悪がられて攻撃されても恐いし。

原田銀。自動人形は、イルカに噛まれたら故障するそうです。とんでもない修繕費がかかるって。

館長。慎重にならざるを得ないな。

原田銀。多分、すぐに気付いて、逃げる動作をするはず。推進器が付いていれば、逃げきれるそうです。

館長。そうだろうな。この前、その自動人形が高速で泳いでいるのを見た。大変なスピード。イルカのプールなら、最大速度まで試せるだろう。

奈良。おはようございます、館長、ギン。

館長。おはようございます。自動人形はアクティブソナーを使う。

奈良。ええ、使います。まともにイルカの使う音域と重なっている。自動人形は今のところそれほど使われていないので、イルカと遭遇したことは無い。

館長。イルカがどう反応するか。そこからか。音波の発信や受信はできるということ。

奈良。プログラムしだいです。もう一つ、彼らは音響発生器を持っている。遠方の対象を探るため。

館長。さすがに計測機メーカー。でも、イルカが潜水艦や漁船を取り囲んだという話はない。自分たちの使う音とはひどく違っているんでしょう。

奈良。そのあたりのご助言をお願いします。自動人形の性能については、志摩と鈴鹿がある程度知っているし、質問には調べてすぐに答えることができます。

館長。こんなことなら、もっと早く相談すべきでした。そうだ、久保田教授も呼んでおこう。この手の話はお好きだから、すっ飛んで来るはず。

原田銀。早い方がいいです。お弟子さんや学生を連れてくる可能性がある。

館長。そうだった。早朝だけど、構わず電話してみます。失礼、館長室に戻ります。

 (食事をさっさと切り上げて、行ってしまった。久保田教授は、昨日は、ギンや自動人形の装備を見て、しばらくしてバスと電車で帰ってしまったのだが、やっぱり今日も来るらしい。自分の自家用車で。9時からの打ち合わせの予定だったのを、自分も参加させろと言うものだから、30分遅らせる。結局、午前は協議の後に、自動人形とイルカとの初対面ということになる。)

 (会議室には卒論研究の4人と虎之介と亜有、自動人形全機、そして、館長と久保田教授が来ている。主要メンバーでいないのは、伊勢くらい。)

館長。本日は平日なので、イルカのショーは午後の2回だけ。話がまとまり次第、プールに行きましょう。

原田銀。志摩さん、自動人形のソナーの音響にはいくつかのパターンがあるんですか。

志摩。ある。タロ、説明してくれ。

タロ。通常は、音を聞くだけです。アクティブソナーは警戒しているときだけ。極近距離から、50m先まで、出力を変えます。音が出て行くのは前頭部と頭頂部からで、受けるのも同じ部位。

久保田。イルカとほぼ同じだな。

タロ。はっきりした音を使うことはありますが、普段は周波数拡散技術を使うので、ざっという雑音に聞こえるはず。イルカの使う音とはひどく違うはずです。通信も同様。

原田銀。その周波数拡散技術って何ですか?。

志摩。ええと、分からない人は手を上げて。

 (久保田教授も正直に手を上げている。知らないはずはない。詳しく知りたいらしい。志摩が要領よく説明する。)

久保田。要するに、トータルの出力は大きいけど、いろんな高さの音に分散しているから耳には大きな音には聞こえない。イルカにも。

志摩。そうです。

原田。軍事技術。

志摩。技術自身は周知で、今は民生機器にも応用されている。たしかに、昔は衛星通信くらいにしか使われなかった。

久保田。イルカの発生音と似せることはできるのか。

タロ。ものまねならできます。

久保田。やってみようか。イルカの反応が見たい。

原田銀。水中スピーカーでやったことはあるんでしょう?。

久保田。最初は何事かと寄ってくるが、すぐに人工音と分かって、関心がなくなる。だから、コミュニケーションには成功していない。むしろ、人工音で合図すると割り切る方がいい。水泳のスタート音みたいな。

鈴鹿。何となく結果が予想できる。すぐに無視されそう。

久保田。そう思える。やってみないと何ともいえないけれど。

原田銀。イルカがものまねすることはあるんですか。

久保田。あるようだ。意義は分からない。遊んでいるだけと思う。

原田。イルカのものまねの声は聞いたことがない。

久保田。人間には聞こえないんだ。超音波だから。

原田。彼らにとっては普通の音波。

久保田。そうだ。人間の使う音の範囲とまるで異なる。

原田。自動人形だったら聞けるかも。

久保田。そうだな。通訳してもらうか。

 (音響測定だけならシリーズHでできるので、1本用意することにした。)

原田。集団で襲ってくることはあるんですか?。

久保田。ない。ボスがいない。コミュニケーションは取っているらしいけど。

奈良。烏合の衆みたいなものかな。仲間で寄り添っているだけで、統率されていない。

久保田。館長はどう思います?。

館長。そんな感じ。カラスも飼えば良くなつくらしい。飼えないけど。

原田。そういえば、三郎もカラスたちに絡まれたことはない。

原田銀。三郎って誰?。

鈴鹿。三郎はカラス型の自動人形。かなり大型で体長60cm、体重2kg。翼を広げると、1mほどあって、恐いくらい。3カ月だけ日本にいた。

原田。じゃあ、イルカの集団はオオカミなんかとは違うんだ。

久保田。違う。

原田。自動人形にもボスはいない。

奈良。そうだ。だから、自動人形だけでは集団で襲ってこない。逃げるか、どうしようもなくなったら一機ずつ反撃するだけ。とても弱い。ただし、人間が統率できるから…。

原田。一瞬にして恐ろしい集団になる。

奈良。そのとおり。

原田。うわあ。じゃあ、この研究も値打ちがあるんだ。

久保田。おいおい、何の話だ。西洋史学科だからか、その発想は。

館長。イルカに集団で襲わせたなんて話は聞かないな。

原田。脳に手術するとか。

久保田。食い下がる。

奈良。ネコでやったことがあるみたいだけど、みごとに失敗。動物に無理させると、ろくなことはない。

原田。当面は安心ってことか。

久保田。やれやれ。イルカとまともにコミュニケーションできたら、それだけで世界的ニュース。そんなの起こるわけない。とにかくやってはみるけど。

原田。ぜひお願いします。

原田銀。じゃあ、まとめます。

第17話。銀将登場。13. 水族館、初日夕、散歩

2009-10-27 | Weblog
 (夕食は、近くのファミレスに繰り出すことにした。自動人形は、アンとジロだけを連れて行く。それでも、大人数。)

原田銀。鈴鹿さん、志摩さん、こってりハンバーグなんか食べて、大丈夫なの?。

志摩。はら減ったよ。これでいい。

鈴鹿。後でジョギングなんかするから、大丈夫。いっしょに来る?。

原田。やめた方がいい。人種が違う。

鈴鹿。何よそれ、化け物みたいに言わないで。

清水。ある意味、化け物よ。

原田銀。うん、分かった。私は普通に選ぶ。ええと…。

 (虎之介は私に声を掛ける。)

芦屋。今回はのんびりして休暇をもらったみたいです。

奈良。ああ、楽しんでくれ。

原田銀。虎之介さんは、普段はどんなことしているの?。

芦屋。本部で調査関係。志摩たちと同じような仕事。

原田銀。本部って、どこ?。

芦屋。Y国。でも、行くところは世界中。

原田銀。大変。でも、楽しそう。

芦屋。楽しくない。仕事。時に命懸け。

原田銀。そうだった。ごめんなさい。亜有さんとは良く会うの?。

清水。ほとんど会わない。虎之介は最前線で働いている。私ははるか後方。

原田銀。ID社って、大きいんだ。

清水。そう。私も、ようやく全貌を見ることができる立場になった。大きい。想像を絶するほど。

原田。あとで聞かせて。

清水。うん。知っていることだけだけど。

芦屋。亜有は変わった。ずいぶん立派な感じがする。

清水。まだ感じよ。本物にならなくちゃ。

奈良。たいそうなことになっているようだな。

清水。その通りです。振り回されている感じ。

鈴鹿。でも、その様子なら視野に捉えている感じ。

清水。ふふん、やり方は分かってきた。難しくない。

原田銀。何のことか分からないわ。私は明日のことだけで精一杯。

アン。それでいい。悩んでも、悩まなくてもいっしょ。

原田銀。何これ、慰めているつもりなの?。

アン。気に触った?。

原田銀。いいえ、驚嘆しているだけ。奈良さん、この反応は不気味です。

奈良。そうだな。だから、自動人形がなぜしばしば、このような反応をするか、追跡している連中がいる。

原田銀。奈良さんにも不明。

奈良。身もふたもなく言えば、機械が反応しているだけ。基本部分はすべて公開。何も不思議はないはず。それにもかからず、ヒトの琴線に触れる。

原田銀。分からないことも多い。

奈良。まだ序の口だ。自動人形には思考や意志がない。開発の目処さえ立っていない。それでもこのありさま。

原田銀。精神界は広い。

奈良。単に分かっていないだけと思う。そんなに複雑なのかな。

清水。生物の身体の構成に比べてってことですよ。単純ではない。

原田銀。ふむ、考えてみます。

 (鈴鹿が虎之介に意地悪く発言。)

鈴鹿。へへっ、お気の毒。志摩から美女どもがあんたに関心が行ったと思ったら、すぐに奈良さんにかっさらわれた。

芦屋。ほっとけ。

鈴鹿。あんた。下手なのよ。いい男に見えるのに。

芦屋。見えるだけか。

鈴鹿。どう改造したらいいかな。

芦屋。特に改造の必要を感じていない。

鈴鹿。直撃部隊だからいいのか。でも、こっちにたびたび来るなら何とかしないと。

芦屋。黙っているのが一番とか。

鈴鹿。そうね。次善の策。

原田。仲良さそう。どうなっているの?。

鈴鹿。虎之介と?。普通の仲間よ。特に親密なわけではない。

原田。それにしては、鼻を突き合わせていた。

鈴鹿。どう説明するか…。いっしょに行動するから、仲間割れは危機を意味する。

原田。そういうことか。男同士みたいな感じ。

鈴鹿。多分、それ。男でないから分からない。

芦屋。不思議なもんだが、鈴鹿とはそんな感じだ。ケイマとは決して感じない感じ。

原田。うらやましい。要するに、私は仲間にならない。

芦屋。鈴鹿とは同じ訓練を受けた。それだけ。

鈴鹿。こっちもそう。特に他の要因は無い。

原田。あうんの呼吸があるんだ。

鈴鹿。あとは、職種かな。伊勢さんとも同じような感じだけど、めったにいっしょには行動しない。

芦屋。伊勢さんは志摩を選ぶことが多い。

鈴鹿。志摩は強固だから。行動は素早く見えるけど、十分に地固めしているから、崩れない。脇に付けておくには、最適なやつ。奈良さんにはA31があるから、私が選ばれることが多い。

原田。なるほど。たしかに、自動人形がいるときは、伊勢さんも虎之介さんと鈴鹿さんを前に出している。

鈴鹿。自動人形単独では作戦遂行能力は無い。攻撃しているように見えるのは、奈良さんたちを護るための行動。その動機が消えたら、単純に退却するだけで、作戦にならない。

原田。ふーむ。結構派手だけど。

鈴鹿。そりゃそうよ。相手は本気になってかかってくるわけだから。自動人形も自動人形で、反応するチャンスを与えてしまったら、軍事コードが起動して、とことん反撃する。

原田。あなおそろしや。

鈴鹿。恐ろしいわよ。高度なデータ収集能力と、軍が総力をつぎ込んだ対応プログラム。相手の弱点に巧妙につけ込んで、崩してしまう。エンターテイメントや救護活動に使っているうちが吉。

原田。彼らの本来の役目。平時にも使えるのが救いか。

鈴鹿。うん。純粋な攻撃用アンドロイドじゃない。救護という元々の構想がどこかに必ず残っている。平和を好んでいるんじゃなくって、安全を選択しているだけだけど。

原田。それでいい。人間の使い方しだい。

 (ケイマはアンのところに行って、反応を確かめているようだ。夕食も終わり、水族館に戻る。原田姉妹の部屋にはケイコとクロを、鈴鹿と亜有の部屋にはアンを付ける。志摩と虎之介の部屋にはジロを、私の部屋にはタロと四郎と五郎。)

 (志摩と鈴鹿と虎之介は届けられたシリーズGを確認して新車両と旧車両に1本ずつ入れてから、仲良くジョギング。こちら(奈良)は自動人形を連れて探索。ケイコ一味を引き連れる。月はまだ出ていない。田舎なので暗めだが、湾には工業地帯もあり、暗黒ではない。自動人形の視覚センサーなら、楽々周りの様子が分かる。)

ケイコ。夜の海岸だ。まだ、人がまばらにいる。手持ちの花火が見える。

奈良。そうだな。食事している組みもあるようだ。

五郎。バーベキュー。かすかに香りがする。

 (化学センサーも鋭い。短い砂浜を抜け、森の脇を抜ける。その先は護岸工事がされていて、消波ブロックだらけだ。)

奈良。道路を引き返すか。

 (田舎の道路をとぼとぼ歩く。とはいっても、立派な舗装道路。交通量は少ないものの、トレーラーなどが走る。一周して戻ってきた。A31と交代して、私は再び探索に付き会う。今度は、反対方向へのルートを取る。
 志摩たちは、近くの丘まで駆け上がったようだ。)

鈴鹿。対岸が良く見える。

芦屋。いい眺めだな。

志摩。船も結構ある。

鈴鹿。そういえば、この前の冬に来たときに、沖の船の怪しい交信をモノリスたちが発見したんだ。

志摩。今回の装備も近いか。飛べるのはケイコとクロ。泳ぎは、あと全員。自転車程度の速度だけど、水上車もあるし。

芦屋。おまえら、潜水艦部隊を撃退したんだぞ。自覚あるのか。

鈴鹿。やっぱりそうだったの?。なーんにも知らせがないから、どうなったのか分からなかった。

志摩。伊勢さん、恐るべし。

芦屋。伊勢さんが穏便に対応してくれたから死者ゼロですんだんだ。

鈴鹿。私たちは後始末しただけよ。自動人形と伊勢さんだけで、撃退したことになる。

芦屋。彼らだけでは、細かい動きは無理。おまえらがいたから可能な作戦だった。

鈴鹿。ええと、虎之介はヘリコプター一機、撃墜するところだった。

芦屋。その直後、ミサイルが飛んで来たんだった。巻き添え食らうところだった。

鈴鹿。あれ以来、派手な動きに遭遇したことは無い。奈良さんは虎之介が影で片付けてくれていると思ってる。そうなの?。

芦屋。悪いが、秘密だ。そうしないと、君たちの存在の意味がない。

鈴鹿。分かったわよ。虎之介、感謝している。ありがと。

芦屋。こちらこそ。情報収集部の活動はIFFでも有名だ。ほぼ丸腰の集団がよくやること。

鈴鹿。丸腰でないと意味がない。伊勢さんが開き直る理由。

芦屋。今回は伊勢さんがいない。

鈴鹿。そのかわり、亜有がいる。何かあったら、彼女のデビューになる。

芦屋。そうだな。お手並み拝見と行くか。

志摩。いざとなったら、恐そうだよ。理詰めで来る。あんたたち、ちゃんと指示どおり動いてよね。でないと、計画が計画で無くなる。

鈴鹿。でも、予定通り事が進まなくっても、ちっとも慌てない。ふふん、そう来ましたか。でも、あんたらの手の内はバレバレなのよ、こうしたらおしまい。さあて、お次はどう来るのかしら、見ものね。なんちて。

芦屋。ありうる。こちらは完全に手足だ。

 (うむ、盛り上がっているようだ。しばらくして、3人はジョギングして帰ってきたようだ。静かに夜更けを迎える。って、社用車に誰かが潜り込んだようだ。モニターの電源が入る。)

清水。特に装備は変わっていない。

アン。亜有さんが抜けて、まだ4カ月しか経っていない。

清水。変わったのはケイコ一味か。

アン。そう。あとはシリーズBなどが使いやすくなった。

清水。戦力アップ。

アン。モノリスとピナクスができすぎ。キャッチアップするのに苦労した。

清水。ただでさえやりすぎなのに、贅沢よ。いまや、陸海空、何でもござれ。

アン。地中もある。

清水。シリーズDのことか。営業と考えると、かろうじてつじつまは合っている。

アン。こじつけ。

清水。やれやれ。

 (などといいながら、しっかり当方の戦力を念入りにチェックしている。このような仕事に就いているようだ。手際よく分析して行く。)

清水。ふむ。結局はIFF頼り。過剰装備に見えるのはこけおどしの範囲か。

アン。安心した?。

清水。ええ、安心した。戻ろうか。

アン。うん。

 (やっと全員休んだようだ。)

第17話。銀将登場。12. 水族館、初日午後、水中訓練パート2

2009-10-26 | Weblog
 (2時間程度の予定で、海岸と岩場をめぐり、沖に出ることにした。さすがにやや田舎なので、数は少ないものの、遊泳客はすぐ近くの砂浜にいる。社用車の水上での推進はスクリューむき出しではなく、ウォータージェットだから、やや安全とは言え、遊泳者を避けないといけない。ソナーなどは高級なのが装備された。作戦にも使えるようにとの配慮だ。
 旧車両は私が操縦し、新車両はタロが操縦する。水中にいるのは、志摩、鈴鹿、ケイマ、ギンの研究班。虎之介とジロ、ケイコと四郎と五郎。クロは旧車両にいる。
 ギンは当然だが、ケイマにもDTM手話は教えていないので、水中スクータの通信機の画面で合図したりする。)

志摩(通信機)。実験したい場所があったら、記録するからこちらに知らせて。

原田銀(表示)。知らせる。

原田。このあたりの海図はあるの?。

奈良。あるけど、今私が乗っている車両のセンサーで地図が作成できる。浅瀬なら詳しい。

志摩。水中スクータのソナーでもある程度分かる。記録できるから、地図も作れる。

 (ゆっくりと遊覧になった。太平洋側だが湾の中なので、波は穏やか。それでも揺れる。測定器には悪条件のはずだが、どうやらノウハウがあるらしく、何とか水中を測定している。シリーズGを用意した方が良さそうなので、2本注文する。簡単な架台付きだ。夕方には到着するはずだ。今は自動人形が頼りだ。
 今は練習の意味が大きいので、単純にそのあたりを回って、時々潜ったりして終了とする。浮かんでいる車両には、窓から転がり込むようにして入る。向こうは、鈴鹿とケイコが先に入って、ケイマとギンを引き上げたようだ。それを見届けて、こちらに志摩、虎之介、四郎、五郎、ジロが入ってきた。)

原田。ふー、後でじわっと疲れが出そう。

鈴鹿。うん。爆睡パターン。

原田銀。さすがに、かっこよくは入れない。

鈴鹿。だって、本来クルマとして設計されているのを、無理矢理水上に浮かべたんだもん。

原田銀。今日はデータを検討するだけ検討して、眠るか。

奈良(通信機)。そうしよう。明日、館長が一日付き合ってくださるそうだ。よく計画を練ろう。着替えて、会議室に集合。端末とプロジェクターを持って行く。

原田銀。このクルマの中でも検討できるのか。

鈴鹿。そう。そのためのモニター群。

原田銀。高級そう。これじゃ高価になるわけだ。私たち、海水でぬれているけど、大丈夫なの?。

鈴鹿。我が社の計測機は耐環境性抜群。海水も、砂ぼこりも、少しならびくともしない。そのかわり、高価。買えないほどではないけど。…あとで手入れしなきゃ。

原田。でも、こうして酷使される機械は幸せじゃないかな。

原田銀。あんた、面白い言い方する。でも、たしかに世話すると働いてくれそう。

鈴鹿。そうね。うまく使われている測定装置は、よく手入れされていることが多いと思う。気持ちの問題と思うけど。

 (会議室に集合。進行はギンに任せる。やはり、砂浜、岩場、沖で自動人形の見え方を検討することになった。対比するのは、本当はイルカだけど、文献調査と大学関係者や飼育係に話を聞くだけ。その穴埋めとして、我が社のセンサーと比較する。水中スクータには立体的に見えるソナーが付いているし、社用車もシリーズGもある。1か月後には、キャンピングカー型の潜水艇が届くはずだ。)

志摩。自動人形はどう使うの?。

原田銀。自動人形のセンサーのデータは手に入るの?。

志摩。入るけど、視覚情報は分かるものの、ソナーのデータなんか数字の羅列で、自動人形の感覚とはかけ離れている。視覚に訴えるように再構成したら、我が社のセンサーと同じような感じになる。

鈴鹿。その手の資料映像なら、軍時代の記録があるはず。あとで探してみよう。

原田。じゃあ、インタビューだ。どこに注目しているとか、刻々と報告させよう。

鈴鹿。私と志摩の状況の把握の仕方と対比する。

原田銀。そう。大型の魚とかがセンサーの範囲に現れたら面白いんだけど。

鈴鹿。多分、何度か潜っていたら遭遇するはず。岩場は面白いんじゃないかな。予想される事態をいくつか上げようか。

 (細かい話に入っていった。さすがに学生で、話がはずんでいるので、ジロを連れて、ジュースやお菓子を水族館の売店に買いに行く。)

ジロ。志摩さんたち、生き生きしていました。

奈良。面白いんだろうな。ジロも活躍するはずだ。

ジロ。うれしいです。私たちが周りをどのように把握しているかに関心がある。

奈良。そう。人間とは異なる。ほとんどの動物で感覚や捉え方は違うから、意外ではない。イヌやネコの感覚は人間とは明らかに異なる。違いは有用だ。人間にはまねのできない動きをしてくれる。

ジロ。だから役立つ。

奈良。そうだ。私はある程度分かっているつもりだが、彼らの感性も参考になるだろう。何か発見があったら儲け物だし。

ジロ。努力します。

奈良。ああ、頼む。

 (売店には軽食とおやつとお土産が並ぶ。みやげ物屋にコンビニ機能のある駅の売店を組み合わせたみたいだ。イルカの紹介の冊子を見つけたので、買っておく。ついでに、イルカのぬいぐるみも。見て、考えるためだ。ジュースとお茶とまんじゅうなどを買って会議室に向かう。
 会議室に戻ってみたら、ショーの話になっていた。デモ演技は、週末、つまり3日後の土曜と、日曜。今度は、亜有が取り仕切っている。)

鈴鹿。じゃあ、イルカといっしょには演技しない。

清水。ええ。ここのイルカは一頭が1演技で、それも短時間。興味をもたれて不意に接近されても恐い。

志摩。そうだね。歯は鋭かったはずだ。奈良さんでも時々治療中のイヌに噛まれているみたいだし。

奈良。ああ、その通りだ。動物の心がすべて分かったと思うのは、たいていは思い上がりだ。

原田。せめて習性が分からないかしら。

奈良。インターネットで分かるんじゃないかな。明日は館長が来るから聞いてみよう。今買ったこの冊子には載っているかな。

原田。(ぱらぱらとめくる)。書いてある。

清水。信頼できるんですか?。

奈良。ええと、ちょっと見せてくれるか。…かなり主観的な見解だな。経験だけで書いている部分が多いと思う。

清水。じゃあ、参考程度か。

奈良。そうしておくのが無難だ。

志摩。裏付けが必要ってこと。

清水。そうよ。

志摩。まとめてみる。

原田銀。私もやる。

志摩。手分けしようよ。冊子はどちらが読む?。

原田銀。良ければ、志摩さんが読んでみて。私は時々ここに来ているから、図書を探してみる。運がよければ、館員に聞くこともできる。

志摩。そうする。

鈴鹿。イルカと自動人形を会話させるの?。

奈良。館長に断ってからだな。下手すると攻撃された途端に軍事コードが起動して、とんでもないことになる。イルカも自動人形も、何をしでかすか分からない。

原田。イルカの血は赤いんですか?。

奈良。当然。我々と同じヘモグロビン。

原田。うわあ。

奈良。イルカの歯でまともにやられたら、自動人形と言えども、即、大修理だ。推進器があれば逃げきれるとは思うが。

原田。イルカは陸では走れない。

奈良。アン、タロ、ジロ、ケイコ。聞いたとおりだ、イルカが怒ってこちらに来たり、じゃれるために近づいてきたら、すぐに逃げて、舞台なんかに飛び出すのだ。反撃するのは最後の手段。

アン。分かった。そうする。

奈良。明日、練習の機会がある。

タロ。了解した。

鈴鹿。もういいかな。疲れたでしょう、みなさん。夕食して休みましょう。

原田銀。明日もある。そうさせてもらう。

第17話。銀将登場。11. 水中訓練開始

2009-10-25 | Weblog
 (私は残りのA31を引き連れて、伊勢と交代で付属水族館に行く。車内は窮屈。)

志摩。自動人形でなかったら、違法ですよ。

アン。任せて。見つかったら、マネキンのまねする。

奈良。ああ、頼むぞ。

 (ロボットだから、いざとなったら極端に消費電力を落とすことができる。大気温と同じになり、瞬きも息もしなくなる。完全に実物大の人形だ。
 何事もなく付属水族館に到着。鈴鹿らはとっくに館長にあいさつに行って、装備を付けていた。顔浸け練習からやっているもよう。こちらもゆうゆう間に合った。館長にあいさつして、私以外は準備する。志摩と虎之介が加わって、潜りの練習開始。
 四郎と五郎を水中で動かすには中継器をばらまく必要があるので、私が旧車両を運転して20mほどの沖に出す。中継器はシリーズHのことで、本来は魚雷型のシリーズGのデータ収集能力を上げるためのしかけだ。中継器を展開して、ケイコ一味を潜らせる。基本的なプログラムはあるので、微調整になる。)

奈良(通信機)。ケイコ、推進器の使い方は分かるか。

ケイコ。分かる。楽しい。腕の追加センサーにもすぐ慣れた。

奈良。四郎と五郎を動かしてくれ。

ケイコ。やってみる。

 (楽しいらしく、中継器の届く範囲を泳ぎ回っている。空気中とでは勝手が違うようだが、操縦に困難はないらしい。他動人形といっても、基本パターンは自律で動く。行動の組み立てや評価ができないだけで、とりあえずの動きはできるのだ。それでも、中継器との距離は短い方が良いみたいで、500m以上離すと、明らかに動きが悪くなる。理想的には、30m以内に近づけるのが良い。海では至近距離だ。シリーズHに追従させるように調整する。ちなみに、海面付近だと地上の通信網が使えるので、そちらを使えばよい。)

ケイコ。中継器を近づけたら、四郎と五郎の操作性が良くなった。この感じが保てるかな。

奈良。中継器に自動人形の移動に追従するようにプログラムした。近距離では、そちらからも操縦できるはずだ。

ケイコ。どれどれ。あ、便利。2本ほど従えた方がいい。

奈良。当面、その運用で行こう。

 (遅い昼食。全員、食堂に集まる。)

原田。楽しいけど、研究でないと潜る気はしない。怖いし、疲れる。

原田銀。ご同様。

清水。ご同様。

鈴鹿。伊勢さんは来ないのね。

奈良。サイボーグ計画に展開があったので、そちらに集中している。一段落したら、来れるかもしれない。

原田銀。サイボーグって、機械を人体に埋め込むやつ。

奈良。それもサイボーグだが、ID社で開発中のは、身体を包む形をしている。この前見たのは宇宙服型だったけど、今度のは知らない。伊勢が調整中。

原田銀。びっくりした。意味は人造人間だもの。

原田。それでも大変な技術よ。電動車イスとロボットの腕を組み合わせて、さらに耐環境性を加えた感じ。それが、宇宙服の大きさになる。

原田銀。そう説明すると、実現可能な気がする。少なくとも気味悪くはない。見てみたい。

原田。1カ月で完成。見たけりゃ見たらいい。

清水。私には気味悪い技術に思える。悪用されたら冗談では済まない。

奈良。まあ、見てからだな。技術は進む。止めることはできない。話を戻すが、ケイマくんらの水中装備は使えそうなのか。

鈴鹿。ええ、ちゃんと使っていたから、私たちがついていれば大丈夫。まだ単独行動は危険だけど。

原田。そんなのする気はありません。やっぱり海は恐ろしい。開発が遅々として進まない理由が分かる。鈴鹿さんたち、よくやる。

鈴鹿。恐いわよ。装備の性能の範囲で動いているだけ。

原田銀。やっぱり、かなりの知識と経験がいるみたい。無理のない計画を立てましょう。午後にもう一度潜ってみて、最初の計画を練りたい。

鈴鹿。ショーはどうなるの?。

奈良。今度はアシカやイルカのショーをやっているプールでやるみたいだ。夏だから。

清水。考えてみます。みなさんは卒論の研究が最優先。

原田。イルカといっしょに泳ぐの?。

奈良。危険と思う。家畜としての歴史はほとんどない。何かあったときに、どんな行動されるか、分かったものではない。からかわれただけで、こちらは大けが。個性もあるだろうし。館長と飼育係に相談して決めよう。

清水。じゃあ、とりあえず、私たちだけでできる演技。イルカと交代になるかもしれない。

奈良。イルカは人気者だから、そうなる可能性はある。イルカに負けない出し物が必要。

清水。ふむ。水中で。難題。イルカのショーを見てから考えます。

 (とりあえず、亜有は研究に関係がないので、ショーを見に行く。アンを付ける。)

アン。イルカがつかまって、飼われている。

清水。そう。エサがもらえる代りに、見せ物にされている。

アン。張りきって演技している。

清水。ええ、楽しそう。イルカは遊ぶ。その習性を利用している。

アン。イヌも最初はこんなのかな。

清水。あなた、ときどきぎょっとするこという。そうね、こうして人間に近づいたのかも。オオカミを飼っているようなもの。機嫌のいいときはいいけど、未知の部分が多い。

アン。私たちが投入される理由。

清水。そうよ。よく分かっている。あなたにはイルカの発する音が聞こえる。視界から消えても、どこにいるかが分かる。からかわれても、逃げることができる。

アン。やってみる。

 (舞台があって、その前がプールになっていて、前面はアクリルの窓になっていて、水中が見える。でも、水は濁っていて、ほんの5mくらいしか見えない。イルカが近づくと見えるのだ。舞台の後ろには、大きなスクリーンがあって、飼育係の持ったカメラから、水中の様子などが映し出されている。イルカがジャンプして、輪くぐりしたり、くす玉を割っている。)

清水。あんなのできる?。

アン。できると思うけど、私たちがやっても、たぶん受けない。

清水。そうか。そうかも。単に、その姿で潜っているだけでも驚異だもの。そこまでにしておくか。そうだ、腕のセンサーに視覚センサーはあるの?。

アン。ある。

清水。その映像をスクリーンに映し出せるかな。

アン。軍事機密に近い。奈良さんに相談してみる。

清水。そうして。

アン。連絡が付いた。別に水中カメラを用意した方が無難だって。用意するって。

清水。じゃあ、水中映像が利用できる。

アン。アトラクションになるかな。

清水。なるなる。それで行こう。うん、アクションゲームみたい。楽しそう。

アン。水中って、面白いの?。

清水。泳ぐのは楽しい。あなただって、そうでしょ。

アン。楽しい。

清水。不思議ね。人間と同じ。

アン。魚だって同じ。

清水。プランクトンは感じない。

アン。分からないこと言わないで。

清水。あんたは反応するだけか。プランクトンと同じ。

アン。すでにあっちの世界に行っている。ショーはどうなったの?。

清水。そうだった。あら、ショーは終わっている。短かった。

アン。じゃあ、瞬間芸でいい。

清水。そうね。…不思議。どうして、あなたとは会話が成立するのかしら。不気味。

アン。私は反応しているだけ。亜有さんが合わせている。

清水。そうかも。幻影を見ているのか。

アン。ちがう。あなたの自分自身。

清水。引っかかんないわよ。もうパターンはバレバレなんだから。何か新しいパターンを仕込んでおこうか。

アン。よろしくお願いします。

 (亜有は自動人形の喜ばせプログラムに何か追加したようだ。
 ショーに関しては、スクリーンが大きいので、地上班は水中で使う遊具を投げ入れたり受け取ったりするだけ。自動人形や人間が水中で泳ぎ回って、輪くぐりしたり、キャッチボールしたりを映像で流す。プール前面のアクリル版の前では、あいさつするだけ。イルカはあいさつしてくれない。イルカと自動人形を同時に入れたら何が起こるかは、明日試すことになった。)

第17話。銀将登場。10. 水族館へ

2009-10-24 | Weblog
 (4カ月前からID社情報収集部に押しかけている学生、原田桂(ケイ、通称ケイマ)。その姉、原田銀(ギン)は、志摩と同じ学部学科の同級生。卒論のテーマを探していたところ、自動人形の水中での動作に興味を持ち、志摩と鈴鹿と、そしてケイマまで共同研究者にして調査することに。準備しているうちに話が大きくなり、本部から連絡のために亜有が派遣された。そして、海難事故を防ぐため、虎之介にも応援を頼んだ。)

 (社用車の改造は1週間ですんだ。なので、翌週、さっそく付属水族館に行く。泊まりでギンとケイマの水中動作の訓練だ。具体的な測定項目の検討もする。そして、週末にはエキジビションだ。私と、タロを除くA31は後追い。伊勢は最初から行く。久保田教授も最初だけ同行するというので、鈴鹿の新車両を大学に寄らせ、途中で教授を乗せて行く。ギンとケイマと亜有とタロが乗っている。教授は助手席。車内にて。)

久保田。このクルマは特製だな。

鈴鹿。ええ、ID社が作った車両です。ちょっとデザインを変えているけど、基本的には市販のものと同じ。

久保田。クルマまで作っているのか。

鈴鹿。計測用なので、高価。ほとんど売れていない。

久保田。そういえば、後ろの方になにやらモニターがある。このクルマでデータを収集するのか。

清水。そのつもりです。もう一台の車両にも同様の装置がある。ここでデータを解析しながら次の行動を指示します。

久保田。水陸両用に改造したのか。

鈴鹿。そうです。小さいから、多分、乗り心地はよくない。速度も10ノットほど。安定装置付きの車両ができるのは、一か月後。本格調査はそちらでやります。今回は訓練と予備調査。

久保田。慎重だな。しかし、相手は海。急に時化て、ひっくり返ったらどうなるのだ。

鈴鹿。設計上は元に戻るはず。転覆したままにはならない。でも、文字通り、木の葉が揺れるように揺れます。

久保田。逃げるが勝ちか。

鈴鹿。ええ。多分、川渡りとか湖面での使用を想定している。ほとんど錆びないから、海でも使えるというだけ。

久保田。それでも大したものだ。買えばいくらになるのだ。

鈴鹿。亜有、悪いけど、本社の営業に聞いてくれる?。運転しているから。

清水。はい。…。この車両と同様なら、計測機なしで4500万円。でも、単に海に浮かべて推進するだけなら、もう少し安くできるそうです。

久保田。買えるような買えないような微妙な値段。大型トレーラーというか、ロールスロイスというか。

鈴鹿。多分、そのあたりの値ごろ感を狙っています。ID社の得意技。

 (眠りかけていたケイマは、値段の話が出たので、すっかり目が覚めたようだ。)

原田。このクルマが売り物ですって!。

鈴鹿。あくまで、対外仕様車の話。今乗っているこのクルマは社内向け。微妙に機能を変えてある。

原田銀。システム売りするときは、社内仕様を使うとか。

鈴鹿。そういうこと。社内仕様車はメンテとかがややこしいので、単体では売らない。

久保田。そういうことか。

原田銀。教授はクルマにお詳しいのですか?。

久保田。人並みにはな。ID車のクルマ、今思い出した。一部のマニアには垂涎のクルマ。高級車ではない。装備や乗り心地はまあまあだからだ。でも、特徴がある。

鈴鹿。乗り心地は調整できます。やってみますか?。

久保田。できるのか。やってみてくれ。

鈴鹿。じゃあ、まずはジープ並みの武骨な感じ。

 (微妙な路面の振動が来る。)

久保田。うはは、そっくり。完全に同じでないところが妙味。

鈴鹿。次は、超高級車。

久保田。おー、飛行機みたいだ。

鈴鹿。次は、いわゆるアメ車風。

久保田。ふわふわでサービス満点。サーフボード持った若者が似合う。

原田銀。ただのサービス機能なの?。

鈴鹿。もちろん、実用的意義もある。たとえば、これ。

原田銀。うわあ、まったく揺れない。不気味。

鈴鹿。でしょう?。次はこれ。

原田銀。ええっ、どうなってるの?。

原田。水平を保っている。見たことある。戦車に応用されている。狙いを定めるための機能。

鈴鹿。気味悪いから、元に戻す。

久保田。なるほど。実用的意味があるわけだ。それで高価になる。

鈴鹿。やりすぎ。意義をとことん聞かれても困る。我が社の測定器は多少の振動や傾斜は平気。矛盾している。

久保田。それでも、測定精度を上げるには必要な機能と思う。体験できてよかったよ。ありがとう。

鈴鹿。どういたしまして。

 (一方の志摩が運転する旧車両。伊勢と虎之介とケイコ一味が乗っている。)

芦屋。ばたばたと女が増えたな。

伊勢。亜有にケイマにギン。全員、志摩が引っ張ってきた。エサみたいな男。

志摩。おれはエビですか。

芦屋。男は引っかからない。

伊勢。なぜかしらね。こんなにいい女がわんさかいるというのに。

芦屋。ええと、鈴鹿はたしかに男どもをひっかけている。

伊勢。オタクのこと?。社内のオタクは役立っている。社外のオタクどもは、まさに人畜無害。何の効果もない。

ケイコ。もう一人、かっこいいお兄さんがほしい。

伊勢。アンドロイドなら、いっぱいいるじゃない。

ケイコ。虎之介さんや志摩さんみたいな人間。

伊勢。とりあえず、歩兵は十分。どちらか欠けたらおおごとだけど。

志摩。パイロット。シルビアさんみたいな。

伊勢。千葉さんがいつでも助っ人に来てくれそう。DTMの一員ではないから、後方支援だけど、勇敢そう。いざとなったら、前面に躍り出て戦いそう。

芦屋。データは見せてもらった。大した男のようだ。シリーズBをあっと言う間に乗りこなしてしまった。

伊勢。本物のプロよ。話を付けておきましょう。動きやすいように。

志摩。新しく来るはずの潜水艇の運転手を募集するとか。

芦屋。ドライバーか。IFF内で探してみるか。

志摩。ドライバー、…。空木(うつぎ)はどうしているんだ?。

芦屋。自宅にいるんじゃないかな。

伊勢。君たちの友達?。

芦屋。一年下。空木影男。機械の扱いがうまかった。それで、名前が知られていた。レーサーを目指していたようだ。でも、事故で手足が動かなくなった。

伊勢。そうか。

芦屋。電動車イスとロボット手を器用に使っていたな。福祉分野で働くとかいっていた。

志摩。空木らしいな。機械の扱いになると、むきになるのに、普段の人当たりは穏やかだった。いいやつだ。事故後は性格が暗くなったけど、でも、そのようすだと、かなり立ち直ったみたいだ。

伊勢。分かる、その子の気持ち。…。こちらに引き込めないかな。

芦屋。いいですけど、スパイ部門に?。本部にいて司令させるのは無理ですよ。人を統率するタイプではない。自分が前面に出ないと我慢できない。

伊勢。その方がいい。自動人形を使おう。サイボーグの。

志摩。ケイマを入れようとしていた機体。空木を入れる。

伊勢。そう。至急用意しなきゃ。志摩。そのあたりで降ろしてちょうだい。タクシーでオフィスに戻る。

志摩。送りますよ。水につかるくらいなら、あっちだけで大丈夫でしょう。鈴鹿もタロもいるし。ここから戻るくらいの時間の余裕はあります。

伊勢。そうしてちょうだい。

 (伊勢はオフィスに帰るや否や、空木影男に連絡を取った。筋肉は以前よりは細くなっているものの、関節に拘縮などはない。絶望的な復活を夢見て、自分の身体に手入れしていたのだ。話を持ちかけると、とにかく、試すくらいはやってみたいとの返事。伊勢はさっそく各方面に話を付けた。幸い、日本向けのサイボーグ、08Wの製作はまだだった。製作部門は、用途に興味を持ち、設計し直すとのこと。完成は、1か月後だと。)

原田(通信機)。それじゃあ、私が中に入る話はなくなった。

伊勢。申し訳ない。期待していたらごめんなさい。

原田。いいえ、私はこのままの方がいい。ケイコ一味がいるから、私の行きたいところには、代りに行ってくれる。

伊勢。そうね。ケイコは心配りができる。いい機体。あなたが横にいたら、きっとはらはらして、仕事にならない。

原田。空木さんってどんな人なの?。

伊勢。電話ではおとなしい感じ。でも、機械を扱うと人が変わるらしい。鈴鹿をさらに強力にした感じだって。

原田。志摩さんと同じ組織の人。

伊勢。そうよ。一年下。過去の話だけど。

原田。再び引き込もうとしている。

伊勢。本人次第。そうか、ケイマにとっては一大事なんだ。

原田。そうです。大変なこと。すさまじい技術。本来の意味のサイボーグ。いい勉強になる。ちょっと生々しすぎるけど。

伊勢。そうね。私、何かとんでもないことしているんだ。

原田。ええと、元からです。伊勢さんらしい。誰にもまねできない。伊勢さんにやっていただかないと困ります。他の人にはさせたくない。

伊勢。分かった。あなたと話していると勇気が湧く。推進させてもらう。

原田。行き着くところまで。

伊勢。そうなる。

 (伊勢は直接、空木のところに行って説明した。家族にも。空木は自分が実験台にされると直感したらしく、少し迷ったのだが、他に展望もなく、ほどなく承知したらしい。
 とにかく、この件で伊勢は脱落、関係各方面への調整に忙しく、ショーどころではない。)

第17話。銀将登場。9. 虎之介現る

2009-10-23 | Weblog
 (海難事故などまっぴら。ギンもケイマも、何かあったら行動が予想できない。こちらの員数は必要だ。自動人形は護るだけで、直接的危険を感じない限り引き留めはしない。
 高度な判断には人間が必要なのだ。虎之介に連絡しようとしたら、どこでどう聞きつけたのか、オフィスに現れた。鈴鹿は久保田教授を駅に迎えに行っている。志摩とギンとケイマはパーティー用の食料等の買い出し中。)

芦屋。こんにちは。

奈良。何しに来た。

芦屋。人員が必要とお聞きしましたので。

奈良。まだ言ってない。

芦屋。武力を持つこちらを差し置いて暴漢の前で演説しかねないケイマ、思いついたら鈴鹿をしのぐスピードで核心に迫るギン、ぶるぶる震えながらもちゃっかり第二波、第三波の攻撃の準備に余念のない亜有。戦力アップはうれしいけど、実際に戦う員数も必要。

奈良。ええと、相手は誰だ。

芦屋。そんなもの、その時になってみないと分かりません。備えあれば憂いなし。

奈良。憂いが先に来そうだ。

伊勢。来てしまったものは仕方がない。もう一度要請するのも面倒だし、ここにいてくれる?。でも、来た目的はギンたちにお目にかかりたいからでしょ。この前は、一瞬来ただけだし。

芦屋。はは、いつもきついですね。

清水。図星だわ。現れるパターンに予想が付いてきた。なんか変だと思っていた。

伊勢。ついでに言うと、虎之介の席はないわ。亜有さんが使うの。本部のお達しよ。

芦屋。ええと、それじゃ顧客用端末か。

清水。あの、よければこの席を。

伊勢。清水さん。本部の派遣ということを忘れてくれたら困るわよ。しっかりしなさい。司令部を最後に守るのはあなたよ。虎之介には専用回線につながる端末があれば十分。自分の専用の端末とかないの?。

芦屋。持ってこなかった。

伊勢。あなた。最初に遭ったときからそうよ。詰めが甘い。根性で乗りきれる困難などたかが知れたもの。

芦屋。一応、その手のものはここには持って来れないことになっている。

伊勢。ふん。じゃあ代替物が必要。ええと、発注するか。虎之介用の緊急機材セット。こっち来なさい、相談よ。

 (志摩たちが帰ってきた。そのままのメンバーで共同の台所に行く。私は、自動人形を呼んで、オフィスのテーブルをセットする。久保田教授が鈴鹿といっしょに入ってきた。)

鈴鹿。いらっしゃいました。教授、どうぞこちらへ。我が情報収集部の部長、奈良治です。こちらは志摩の担当教授、久保田四海。海洋学部海洋生物学科で海の大型哺乳類の研究をなさってます。とても有名。

奈良。はじめまして。私が責任者の奈良治です。獣医です。こちらが直属の部下の伊勢陽子。生物学専門。伊勢の横にいるのが、ID本部から派遣された、我々の仲間、芦屋虎之介です。清水くんはご存じ。

久保田。はじめまして。久保田四海です。ええ、清水くんは知っています。つい最近まで本学の学生。今はID社の社員。ヨーロッパから今度の計画のためにわざわざ来た。

清水。ここが私の本拠になります。あらためて、よろしくお願いします。

久保田。そして、こちらが自動人形。ロボット。

奈良。そうです。我が国の大学で構想され、A国の軍が開発し、ID社で改良された救護ロボット。雄ネコがクロ、女性アンドロイドがアンとケイコ。男性アンドロイドがタロ、ジロ、四郎、五郎。

久保田。よろしく。

クロ(会話装置)。よろしく頼む。我々を使った実験か。

久保田。ネコがしゃべった。答えたらいいんですか?。

伊勢。ご自由に。自動人形は外界に対して反応する。会話も可能。

久保田。じゃあ、クロ。そのとおりだ。実験に協力してくれ。君たちのことをよく知りたいのだ。

クロ。分かった。存分に使ってくれ。できる限りの協力をする。

久保田。すばらしい。会話になってる。それと…、ケイコは原田くんの妹そっくり。偶然ではないでしょう。

伊勢。そのとおりです。わざわざ似るように改造された。少しがっしりした感じにはなっています。

久保田。何か理由でも。

伊勢。もともとケイコを管理していたE国流の冗談だったみたい。何かの役に立つかと、そのままにしています。

久保田。そうですか。能力は同じ。

奈良。すべて救護ロボットで、センサーは共通。力が異なる程度です。男女と動物で反応は若干変えて、それらしくしている。

久保田。わかりました。詳しくは後で聞きます。

 (パーティーの準備中、鈴鹿が顧客用端末で久保田教授にID社や自動人形などを概説している。その後、私の席に来た。教授も農学部の出身らしい。ただし、畜産が専門で獣医ではない。ちょっと獣医にあこがれていたらしく、いろいろ質問してくる。パーティーには間があるので、社内の獣医関係の施設を案内することにした。鈴鹿も付いてきた。ジロとケイコを同行させる。)

久保田。つまり、ID社で家畜関係の仕事もなさっている。

奈良。そうです。実際に動物が運ばれることもあるので、このような施設があります。

久保田。動物病院みたいだ。

奈良。ええ、たまに使います。

久保田。ヤギの写真だ。

 (生物兵器、チャームとストレンジの写真だ。毒を抜かれた後だが。)

久保田。ここで手術もする。

奈良。そうです。

 (手術器具や緊急用の薬品などをいちいち確かめている。うおっと、伊勢の本を隠すのを忘れていた。)

久保田。生物兵器の解説書だ。かなり詳しい。こちらのご専門でもある。

奈良。細菌学は一通り学んでいます。生物兵器も含めて。

鈴鹿。伊勢さんの本かな。

奈良。そうだろう。

久保田。計測機メーカーだからか。そういった相談が来るかもしれない。

 (良い方向に解釈されたようだ。さすがに兵器関係は少数で、後は生化学や分子生物学の、これも詳しい解説書が並んでいる。教授はこういうのがお好きなようで、熱心に見入っている。本は新しい。常に最新版を買っているようだ。伊勢は勉強家だ。大鎌を研いでいる魔女の姿が思い浮かぶのは気のせいか。
 伊勢から準備ができたとの連絡が入ったので、教授を説得してオフィスに行く。)

奈良。本日は某大学の有名教授、久保田四海教授をお招きして、4人の卒論研究のキックオフ会にしたいと思います。あいさつお願いします。

久保田。ご紹介にあずかりました久保田です。なにやら機械がいっぱい出てくるので、こちらも勉強させていただくつもりで来ました。文学部との連携も楽しみです。では、計画の成功を願って乾杯。

全員。乾杯。

 (いつものようにお茶で乾杯だ。教授は、今度は伊勢に近づいて、話している。伊勢が真剣に応答しているところを見ると、生物関係の話だろう。虎之介は、さっそくギンに接近している。)

芦屋。はじめまして。あなたがケイマくんのお姉さん。

原田銀。はじめまして。ケイマくんって、なれなれしいこと。でもいいか。あの妹を手なずけるのは不可能。せいぜいがんばって。私は原田銀。志摩くんと同じ教室で同じ学年の学生。名前の由来は将棋の銀よ。変な名前でしょ。

芦屋。こちらは芦屋虎之介だ。変な名前どうし。

原田銀。鈴鹿さーん、この男、信用していいの?。

鈴鹿。きたわよ。虎之介は信用できる。唯一の長所。虎之介っ。あんた、どうしてこうもへたくそなのよ。さっそく警戒されているじゃない。

芦屋。余計なお世話だ。

鈴鹿。ギン、あなたの直感は大当たりよ。虎之介はあなたを見に来たのよ。名目上は、助っ人だけど。

原田銀。何の助っ人?。

鈴鹿。あなたにケイマに亜有。素人が多すぎる。海難事故が心配。それで、経験豊かな虎之介を応援に呼んだわけ。というか、勝手に来たんだけど。

原田銀。そういえば、鍛えた感じ。鈴鹿さんも。何かのプロね。

鈴鹿。そう思っておいて。虎之介は私や志摩とは以前からの仲間。しかも、仲間内では最優秀。おまけに信用だけはできる。

芦屋。引っかかる言い方だな。

鈴鹿。ふん、ちゃんと女性の扱いを鍛えなさいよ。

原田銀。でも、女にもてそう。恋人がいるとか。

鈴鹿。いるわよ。あなたがこの前会った政府の人。

原田銀。第二工場で私に事情聴取した人。美人だった。

鈴鹿。そうでしょ。私たちと時に行動を共にする財務省のGメン。一目惚れよ。

原田銀。うわあ、ロマンチック。さっきのダサさと大違い。じゃあ、いいわよ。私の通称、ギンって呼び捨てで呼んでいい。たよりになりそう。よろしく、虎之介さん。

芦屋。よろしく、ギン。

原田銀。うーん、でもなんか取っ付きにくい。どうすれば垢抜けるかな。

鈴鹿。これでも、昔よりはずいぶんましよ。ここに来る前は、女なんかまったく気にしなかったもん。

原田銀。はて、ここに来る前は…。ははーん、伊勢さんか。

鈴鹿。何で分かるのよ。

原田銀。あの強烈な個性にメロメロになったわけだ。で、女に目覚めたと。

芦屋。すごい。志摩を女にした感じだ。冴えまくっている。

鈴鹿。誘い込まないでよ。ギンは私たちのホープ。傷つけたらただでは済まないからね。

芦屋。ああ、分かっている。無事に計画を運ぶようにするのがおれの仕事。

原田銀。そんなに危険なの?。

鈴鹿。単に海で作業するだけで危険。穏やかに見える遊泳場でも海難事故は後を絶たない。今回の調査は、もっと本格的なもの。

原田銀。それでわざわざ来てくださったの。ごめんなさい、誤解しかけたわ。

鈴鹿。虎之介が悪いのよ。

原田銀。そうか。こちらの行動のパターンを知りたいと。何でも聞いて。妹のことでも知っている範囲で答えるから。

 (虎之介はまじめな男だ。要点をさっさと聞いていったらしい。結局、ギンには防水で通信機能付きの時空間計を付けさせることにした。ケイマにも、亜有にも。)

原田銀。遭難を防ぐため。時計みたいな形。

鈴鹿。時刻だけでなく、位置と方角も分かる。通信方法が特殊で、海に沈んでも、こちらから位置が分かる。

原田銀。さすがID社。計測機のノウハウが込められているんだ。

鈴鹿。そんなところかな。デザインを選んでよ。端末で調べよう。

原田銀。うん。ケイマ、来なさい。時空間計というのを選ぶそうよ。私たちの安全のため。

原田。お姉さん、来たわ。海で使うのね。完全防水の時計。

鈴鹿。通信機能付き。

原田。デザインは時計そのもの。腕時計型が望ましい。

鈴鹿。そうして。

原田。普段から使っていいかな。

鈴鹿。当然。普通に時計としても使える。

第17話。銀将登場。8. 相談

2009-10-22 | Weblog
 (学生食堂にて。ケイマと亜有が会話。)

原田。亜有さん、変わった。ふわふわした感じが無くなった。

清水。志摩くんにもそういわれた。まだ3カ月しか経っていないのに。

原田。バイオリンは弾いているの?。

清水。時々は。そっちはどう?。情報収集部は期待通りの組織だった?。

原田。思い出した。亜有さん、なんてことしてくれたのよ、とんでもない目に遭っている。楽しいけど。

清水。その分だといろいろ事件に巻き込まれているようね。

原田。伊勢さんあたりが面白がっている。

清水。そうでしょう。気に入られているのよ。ふつうはこんなに歓迎しない。なにせ、スパイ組織だから。

原田。そうみたい。もっとも、表向きは合法的な調査しかしない。だから、開き直っている。

清水。来るなら来てみなさいよ、あなたに攻撃できるかしら、おほほほ、って感じ。

原田。そう。伊勢さんが優秀すぎる。鈴鹿さんのとんでもない実力も、この前、目の前で見た。不思議な組織。

清水。うん。そして、自動人形。これほど自動人形を生かしている組織は、ID社広しと言えど、ここしかない。

原田。自動人形は本部の航空部門で活躍しているらしい。

清水。こちらでも大活躍しているけど、日本の情報収集部ほど複雑な働きではない。情報収集部での自動人形の動きは特異。同程度に軍が作戦に使うのなら、大変なこと。でも、分かっていても真似できないみたい。他では単調な動きしか成功していない。何かさせようと無理すると、急速に意味のない行動になる。自動人形が混乱する。

原田。それじゃあ、そのうち動きがあるかな。狙われているの?。

清水。秘密。でも、これだけはいえる。狙われている。具体的な動きも目にするはず。もうあった?。

原田。そうか。覚悟しないと。あからさまなのは、まだ無い。奈良さんたちは知っているの?。

清水。情報収集部だもの。知らないわけないじゃない。

原田。余計な心配しかけた。そうだよね。

清水。案外、あなたの配備もそれに備えてのこと。

原田。何それ。私が利用されているの?。

清水。用心に越したことは無い。悪く思わないで。危ないと思ったら、すぐに撤退すること。奈良さんたちは追いかけてこないから安心して。

原田。うん。そうする。でも、私は彼らを守る方。何とかしないと、奈良さんたちが危ない。

清水。ふふ、ケイマらしい。

原田。亜有さん、あなた、何狙っているのよ。

清水。まだ言えない。でも、いずれあなたとは仲間になりそう。ID社と深く関与しようとも、そうでなくても。

原田。ふん、期待しているわ。いつまでも待つ。

 (志摩は鈴鹿につかまっている。)

鈴鹿。あんた。こんどはギンさん。どーゆー神経してるのよ。

志摩。単に共同研究だよ。

鈴鹿。仲良く。

志摩。偶然、同じ学部、同じ学科、同じ学年。不自然かな。

鈴鹿。何の前触れもなく、突然。

志摩。伏線はなかったな。ここの配属前の鈴鹿とおれくらいの距離だった。

鈴鹿。接近を許した。

志摩。こちらも卒論で困っていたから。鈴鹿も同じ。

鈴鹿。ふん、まあいいか。そばで監視できるし。

志摩。なにそれ。

鈴鹿。あんた、自覚ない。あんたは放っておけば、ドン・ファンになる。身の破滅よ。

志摩。そんな大それたこと。

鈴鹿。いいよ、私がいるから大丈夫。

志摩。大丈夫って、混乱に拍車をかけているような気がしないでもないような。

鈴鹿。気のせいよ。それより、装備の手配はどこまでできたの?。

志摩。新しく用意するのは、ケイマとギンの水中用具一式。つまり、ドライスーツとボンベなどと水中スクータ。ケイコ一味の水中用具。具体的には、蓄電器と推進器と付加軍事センサーだ。確認しておく。亜有の装備は変更しないといけないのかな。

鈴鹿。私が確認しておく。多分、今までと同じ、民間人レベル。

志摩。そうだろうな。作戦に巻き込まれたら大事だ。こちら側にもう一人ほしいな。

鈴鹿。虎之介を引き込むか。

志摩。すぐ来れるかどうか、聞いておくよ。

鈴鹿。そんなことしたら、多分、すっ飛んで来る。理由ができたから。

志摩。なにそれ。

鈴鹿。あんた、あれだけ振り回されて、何とも思わないの。

志摩。虎之介のこと?。いいやつだ。

鈴鹿。こりゃだめだ。男も女も見境なし。

志摩。激烈な言いようだな。

第17話。銀将登場。7. 亜有、再登場

2009-10-21 | Weblog
 (2日後の朝。知っている人物が尋ねてきた。清水亜有。ID社本部に勤めているはずだ。何しに来たのだ。)

清水。お久しぶりです、奈良さん。

奈良。1年も経っていない。元気そうだな。

清水。ええ、とっても。DTMのこともよく分かるようになった。ID社がごく一部だってことも。

奈良。いいけど、楽しいのか?。

清水。楽しんでいる。いろいろ経歴を積みたい。私も貢献したい。

奈良。無理するなよ。大きな計画だ。

清水。はい。やりがいがあります。

鈴鹿。亜有、久しぶり。元気そうでよかった。

清水。ここは変わってない。

志摩。自動人形は、少し変わったよ。(通信機)ケイコ、来てくれ。四郎と五郎を連れて。

 (救護服の3体が入ってきた。亜有は事態にすぐ気付いたようだ。)

清水。な、悪趣味。ケイマそっくり。誰の発案よ。

ケイコ。はじめまして、ケイコと言います。コード名B04。日本に来る際に改造されました。でも、活躍させてもらっている。うれしい。

四郎。四郎と言います。ケイコが操縦する他動人形。今年作られました。召喚された悪魔役。

五郎。五郎です。こちらもケイコが操縦する他動人形。本年製。ゴーレム役。

清水。私は清水亜有。この3月までここにおじゃましていた。今はID社本部で秘書しながら、いろいろ勉強している。よろしく。

伊勢。ドッペルゲンガーの発案は鈴鹿。冗談のつもりだったらしいのが、実現してしまった。悪魔とゴーレムはケイマさん。

清水。うーん、役立つかどうか、微妙なところ。

奈良。まだ直接役立ったことは無い。

清水。申し遅れました。私、自動人形の水中での情報収集とコミュニケーション研究について、航空部門長から連絡係を仰せつかりました。しばらく、ここにいさせていただきます。

奈良。いさせていただきますって、そちらの仕事はどうなるのだ。家から通うのか。卒論にするつもりか。

清水。ええと、仕事はこちらでもできます。端末があればですが。

伊勢。虎之介の席を使いなさい。席はあるのに、ちっとも来ないから、好き勝手に改造しちゃってちょうだい。

清水。お言葉に甘えることにします。(席に移動。鈴鹿の隣だ)。ふーん、今度は、こちら側の人間か。

伊勢。後で感想を聞かせてちょうだい。

清水。はい。家にはときどき帰ります。こちらに宿泊したい。何かと便利。

伊勢。まあ、妥当な線。手配しておく。

清水。卒論か。何も考えていなかった。でも、本計画では幾何学の知識もかなり動員しそう。

奈良。だから、派遣されたのか。

清水。私が派遣されたってことは、そうでしょう。自動人形の外界の認識について、本格的な調査をしろってこと。維持だけでなくって、ID社の本流の一つにしたいみたい。

伊勢。なんだか立派になって。そうだ、仕事上、海洋学部の教授にあいさつに行く必要がある。今から行ってきなさいよ。

清水。そうします。午後は荷物を片付けます。

伊勢。夕方に歓迎パーティーしましょう。いろいろ話も聞きたいし。

志摩。教授室に集まるよう、連絡するよ。

 (社用車で大学に行く。鈴鹿が運転している。車内にて。)

鈴鹿。ふうん。じゃあ、ID本部の情報収集部みたいなところにいるんだ。

清水。対外的には航空部門就き。こちらの情報収集部門にも作戦部隊はあるけど、私とは別の課。それに、私は秘書で、まだ直接に活動に対する決定権はない。

鈴鹿。でも、勧告とかはできるんでしょう?。

清水。当然、調査や研究はする。相談もする。そのためにいる。失敗すれば、最前線の人たちの命にかかわる。

志摩。ちょっと雰囲気が変わった。あのほわほわした感じが、薄くなった。

清水。志摩さんのせいよ。こうなったのは。

志摩。責任感じてます。

清水。冗談よ。深刻に受け取らないで。だって、いま幸せですもの。

鈴鹿。DTM本部にも行ったの?。

清水。行った。鈴鹿さんや志摩さんのふるさと。とんでもない組織。概要を教えてもらったけど、まだほんの少ししか見学していない。

鈴鹿。私はDTMの出身だから、当たり前のこと。学校では習ったけど、多分、かえって、全貌はしらない。

清水。うん。自分自身だものね。外部から見て、初めて分かることもある。最初からDTMの友人がいるのはラッキーだった。考え方がよく分かる。

鈴鹿。懐かしいな。まだ私の方がよく知っているから、何か疑問な点があったら、聞いて。答えられる範囲で答える。

清水。そうする。

 (亜有は先に数学科の元担当教授のところにも行ったが、不在だった。数人の教員や学生には会えた。そのまま、3人で海洋学部に行く。)

清水。ふふ、志摩さんの学部。たのしみ。

志摩。たしかに、本学では異彩を放っている。

 (教授室に入る。教授と原田姉妹がいた。)

原田。亜有さん。なぜここにいるの。

清水。私が今回の計画のID社側の担当。本部から派遣された。教授、はじめまして。ID社本部で秘書をしてます、清水亜有です。

志摩。清水さんは、本学の理学部数学科の学生でした。いま休学中。

久保田。ちょっと聞いたことがある。学生なのに、外国の会社に引っこ抜かれたのがいたって。それが君なのか。

清水。たぶん、それです。

久保田。それで、そっちは学生なのに就職中。おかげで、授業の途中で仕事にすっ飛んで行く。

志摩。すみません。

久保田。でも、何とか卒論研究はできそうだな。付属水族館には話を通した。あちらは館長が世話してくれるらしい。

原田銀。私が詰めることになりそう。

久保田。研究スペースが確保できるよう要請しておく。

志摩。教授は海の大型哺乳類が専門。この計画はどう思われます?。

久保田。参考にはなる。クジラに気持ちを聞くことはできないからな。機械の反応が理解できたら、あるていど、クジラの世界が身近になるかもしれない。

志摩。類似研究はあるんですか。

久保田。あるけど、遅々として進んでいないだろう。人間の感覚とは異なるから。突破口の一つとしても面白い。ええと、自動人形というのはどんなのだ。

志摩。あ、連れてくればよかった。

鈴鹿。もしよろしければ、夕方のパーティーに来てくださいます?。自動人形全員に会えます。

久保田。突然だな。予定はと…(手帳を繰る)。暇か。志摩くんの就職先。行ってみようか。

鈴鹿。連絡しておきます。私の上司は、獣医と理学部生物学科の天才。きっと話が合うと思います。

久保田。それは手強そうだな。覚悟して行く。仕事は何なのだ。

志摩。ID社は実験機材を扱う多国籍企業。計測機器で有名。でも、活動は多彩で、筆記具の販売から宇宙開発まで請け負います。私の所属する日本ID社東京の情報収集部は、科学系企業の動向を調査してデータベースにすること。データベースも商品です。私と鈴鹿は営業部隊。小さな商品だったら直接販売するし、大きなシステムなどは担当部門を紹介する。ケイマも外交員という地位で、営業しています。

久保田。それで今回の計画を。大きな会社みたいだな。

鈴鹿。社員は全世界に10万人。日本の本社は長野県にあり、研究所と工場がある。工場は十勝と熊本にもある。東京ID社は支社で、主にオフィス機能が集中している。支店は主な都市にあります。

久保田。そうだったのか。実験機材という地味な商売だから、目立たないのか。

鈴鹿。一般向けではなく、商社などの代理店を使いますし、主力の計測機は高級品扱いで、大量に売れているとは言えない。志摩とケイマと私から注文することはできます。

久保田。ID社の計測機は有名だ。私も名前はよく聞く。カタログか何かあるか。

鈴鹿。ほら、志摩、商売よ。

志摩。これです、教授。

 (志摩はカタログを渡す。教授はパラパラとながめる。)

久保田。おわあ、大変な会社みたいだな。身近に関係者がいるのにしらなかったとは恥ずかしい。ええと、値段は書いてないな。

志摩。為替相場で変動するからです。インターネットの我が社のホームページで分かります。私たち営業に聞いてくださってもよい。携帯している端末で分かります。

久保田。ふーむ。ビーカーとかはともかく、筆記具まで売っているのか。

志摩。これです。

 (自分が使っている多色ペンを取り出す。)

久保田。お土産用じゃなくて、実用そうだな。値段は?。

 (志摩は端末で値段を調べる。)

久保田。買えなくはない値段だな。高級万年筆なら、もっと高価なのもある。

志摩。カートリッジは専用で、ちょっと高いし、納期もあります。

久保田。どれどれ、…使えないことはない。一本、もらおうか。

志摩。注文します。代金はクレジットか振替で。

久保田。クレジットだな。

 (その場で決済する。)

志摩。またのご利用を。

久保田。わかった。それで、用件はこれだけか。

清水。あいさつです。これからもよろしく。

久保田。清水くんが本計画のID社側の窓口。

鈴鹿。そうです。でも、口頭なら私たちでもよい。

久保田。なんだか、大げさになってきた。望むところだが。

鈴鹿。私たちの上司が乗ってきてしまったのですよ。ご迷惑なら差し控えるように言います。

久保田。いや、行けるところまで行ってみよう。計画倒れでも面白そうだ。何とか論文にするよ。

鈴鹿。じゃあ、計画を進めます。亜有、よろしく。

清水。よろしくお願いします。

鈴鹿。ギン、スキューバダイビングはやったことあるの?。

原田銀。無い。泳ぎは得意と思っている。

鈴鹿。じゃあ、そこからか。

原田銀。鈴鹿さんはやったことあるの?。

鈴鹿。何度か。亜有は前回の付属水族館の件の際に付き合わせた。

原田銀。さすがID社情報収集部。機材はどうしよう。

鈴鹿。計測用の設計になるからこちらで用意するよう、上司に交渉する。貸し出し扱いになる。

久保田。こちらは場を提供するだけになるのか。

鈴鹿。ええ。形式上はID社との共同研究になります。契約は、ありふれたものとなるでしょう。

久保田。教員や大学院生には説明したが、あまり興味は持たれなかった。原田くんが主任研究者になる。まとめてくれ。

原田銀。承知しました。

第17話。銀将登場。6. 再び教授室にて

2009-10-20 | Weblog
 (本を抱えて、海洋学部の教授室に入る。)

久保田。来たか。原田くん、一周してきたようだな。志摩くん、久しぶり。

志摩。皮肉言わないでくださいよ。卒論のテーマの相談です。

久保田。当たり前だ。で、2人で来たということは、共同研究か。話を聞こうじゃないか。

 (ギンが説明する。教授がうんうん考えている。)

久保田。微妙だな。途中経過で判断しよう。とにかくやってみよう。

原田銀。じゃあ、研究計画を組み立ててみます。

久保田。ああ、よく調べて。

原田銀。そうします。志摩さん、戻りましょう。形而上学クラブに。

志摩。なんで?。

原田銀。静かだから。

志摩。そうかな?。

原田銀。違うの?。

志摩。反対はしない。行ってみよう。

 (再びいっしょに歩く。ギンはちょっとよい気分になったようだ。気を許して志摩に話す。)

原田銀。男の人と歩くなんて、久しぶり。

志摩。そうなの?。引く手あまたの感じなのに。

原田銀。そう思う?。そうよね。世の中の男、見る目がない。

志摩。ギンは結構、男性に人気だ。無視しちゃだめだよ。ちょっとは愛敬振りまかなきゃ。でないと、かわいくないって、いろいろ影響が出るはずだ。

原田銀。損だわ。そうだ、志摩さん。私をほめてくれる?。参考にしたいから。

志摩。ふむ。頭がよくって、性格がよくって、スタイルがよくって、ルックスもいい。ゆーことなし。もう、それ以上のほめ言葉なんて思い浮かばないよ。

原田銀。うれしい。

原田。もしもーし、お姉さん。何してるのよ。いい雰囲気出しちゃって。

鈴鹿。志摩っ。今日という今日は、きっちりおとしまえ付けてくれるわ。

志摩。おわあ、ケイマ、鈴鹿。いつからいたんだ。

原田。海洋学部から、ずっといたわよ。全然気付かなかったみたいだけど。

鈴鹿。こっちも。どういうことよ。

原田銀。ああ、志摩さんと二人っきり。うれしい。

原田。こほん、お姉さん、いー加減にしなさい。しっかり4人連れよ。って、鈴鹿さん、あなたは何しているのよ。

鈴鹿。志摩の監視。志摩っ、ちょっとギンさんから離れなさいよ。何いい気分だしてんのよ。

原田銀。なんだかうるさいわ。烏合のカラスかしら。おじゃまね。

原田。おねー、けんか売ってんのか。

鈴鹿。志摩くーん、どーしても攻撃を受けたいとか。

志摩。勘弁してよ。どうするの?、ケイマ、鈴鹿。形而上学クラブを目指しているんだけど。

原田。あらあ、ぐーぜんいっち。私もそちらに行くの。まさか、鈴鹿さんは。

鈴鹿。他のクラブには入ってない。それより、志摩の監視が優先。

 (殺気立った二人を連れて、形而上学クラブに4人がなだれ込む。雰囲気を察知した他のクラブ員は、代表を含め、さりげなく出ていってしまった。)

原田。さあ、来たわよ。

鈴鹿。何をはじめるのかしら。

志摩。卒論の打ち合わせだよ。海洋生物学科の。

鈴鹿。二人で。

志摩。共同執筆。

原田。いつのまにー、そんな話が。聞いてなかったわよ。

志摩。ギンの本日の思いつきらしい。

原田銀。周到かつ壮大な計画よ。文学部とは関係ない。

原田。そんなの、聞いてからでないと判断できないわよ。さあ、聞かせてもらいましょう。

志摩。また最初から説明するの?。

鈴鹿。最後まできっちり。

 (志摩は分かっていることを説明する。)

鈴鹿。ふむ。たしかに、自動人形が海中をどう感じているかには興味がある。

原田。戦術上、重要よ。欠陥があれば、正さなきゃ。

原田銀。ええと、テーマは水中での情報収集とコミュニケーション、自動人形を例として。

鈴鹿。私も一口乗った。共同執筆者に加えてちょうだい。私の卒論にもする。

志摩。そんなことができるのか。

原田。私も加わる。私の興味の対象。鈴鹿さん。こっちの学部に交渉に行きましょう。

原田銀。待って、その交渉は私の担当教授が興味を持ちそう。あとで調整を試みる。

 (元々海洋学部は学際的雰囲気が高い。渋る文学部教授を久保田教授は丁寧に説得して、無理矢理文学部のテーマにもしてしまった。ええと、題は…、忘れた。とにかく、いったんやるとなったら、文学部の教授も乗ってきた。心理学科の教授は自動人形の状況の把握のやり方に興味を持ち、西洋史科の教授は自動人形の家畜イルカに対する国際バランスへの影響に興味を持った。)

 (夕方、関係者全員が情報収集部のオフィスに集まる。テーブルで4人があーでもない、こーでもないと詳細を詰めているようだ。)

伊勢。むりやり海洋学部と文学部の合同テーマにしてしまったのか。

奈良。文学部の考え方はよく分からん。特に、どうやったら論証になるのかなど。

伊勢。教授に任せましょうよ。でもって、やはり今度も付属水族館に行くのか。

奈良。そうだ。しっかり、デモ演技もしてくれと頼まれた。

伊勢。じゃあ、衣裳も揃えないと。

奈良。きさま。やる気十分だな。

伊勢。あらあ、いいじゃない。志摩と鈴鹿は学問に興味を持ってくれているし、アンやケイコの新しい水着もほしい。四郎や五郎も存分に泳げれば喜びそう。

奈良。訓練にもなるか。水上の移動装置はどうしよう。モノリスとピナクスはアメリカ。

伊勢。モノリスを借りるのも一手だけど、こちらでも揃えておきたい。

奈良。作戦にも役立つ船。シリーズxには無かった。

伊勢。私に考えさせていただけます?。うまく自動人形の予算に乗るようにしますから。

奈良。ああ、頼む。

 (何をするのかと思ったら、テーブルに行って志摩と鈴鹿だけでなく、原田姉妹を含めて作戦会議。4人の卒論のための装置でもあるから、かろうじて理屈は合っている。伊勢が各方面と連絡しているようだ。やたらと相談が長い。悪い予感がする。しばらくして、伊勢が相談に来た。)

伊勢。2台の情報収集部の社用車を水陸両用にする。車両航空部門に相談したら、設計を終了した段階で、改造は3日でできるらしい。仕様を決めてくれたら、設計はすぐにできるって。

奈良。そうか。簡単そうだな。

伊勢。それと、シリーズBにフロートを付けて、水上機にする。

奈良。なんじゃそれは。機動性とか損なわれないのか。

伊勢。フロートは風船にして格納可能にするのよ。シリーズBが極低速で発着できるからできる離れ業。

奈良。考えるのは自由だが、設計可能なのか?。

伊勢。本部航空部門に提案したら、やってみるとか言っていた。できます、自信満々です、の意味よ。

奈良。意地になっとるな。じゃあ、それで行くか。いろいろ応用が利いて、便利そうだ。

伊勢。まだある。小型潜水艇を作りたい。モノリスみたいに地上も走れるやつ。

奈良。ああはいはい、と言うと思ったのか。

伊勢。いいでしょ。あれ以来、何度かモノリスがあればなあ、って思ったじゃない。

奈良。たしかにそうだ。

伊勢。調査用の潜水艇はID社の商品としてあるから、その部門に相談します。

奈良。本部航空部門ではないのか。

伊勢。F国ID社の船舶部門。

奈良。F国か。大西洋にも地中海にも面している。

伊勢。何でもできる国。海洋も得意。特徴ある注文だというので、喜んでいたわ。

奈良。予算はどうする気だ。

伊勢。調査用だから、他動人形にする。モノリスみたいに。

奈良。無茶だな。

伊勢。だから張りきっていたのよ。任せなさい、って感じだった。

奈良。内装に凝るとか。

伊勢。よく分かる。数日間は海底で籠城できるようにする。

奈良。キャンピングカーとも言う、という落ちじゃないんだろうな。

伊勢。奈良さんには隠すことなどあり得ない。そうなると思う。

 (確信してやっているとは思ったものの、こんなところでけんか腰になるのはまずい。すっかりやる気になっているのだ。でも、やはり大仕掛けで、最優先でやってくれるのだが、1カ月かかるとのこと。水族館でのデモには間に合わない。とりあえず、潜水艇はなしで、話を進める。
 研究の方は4人がそれぞれ計画を立てるので、大丈夫かと思ったのだが、ギンは優秀で、何とかまとめてしまったようだ。
 F国ID社はもちろん本部に連絡を入れる。またもや本部航空部門長が興味を持ってしまったらしく、計画そのものと潜水艇の調整のために、短期間だがそれぞれの連絡係をよこすという。)

伊勢。大げさになってきた。

奈良。だれかさんのせいで。

伊勢。計画そのものに興味を持たれるなんて意外。

奈良。ジャック親子の利用の拡大の意味もあるんだろう。今までは、かなり軍時代の技術に頼ってきた。自動人形なんて、一部の人の興味の対象だったから。

伊勢。なるほど。調べる値打ちが出てきたってこと。

奈良。潜水艇は、新開発になる。

伊勢。ええ。こちらに導入するのは他動人形だけど、新車両みたいな普通の調査用ロボットカーとしてもすぐに転用できるようにするんだって。売り出す気よ。

奈良。だからデータ取りか。本命は、そちらのロボットカー。

伊勢。ええ。でも、本腰入れてくれるってこと。

第17話。銀将登場。5. 教授室にて

2009-10-19 | Weblog
 (4カ月前からID社情報収集部に押しかけている学生、原田桂(ケイマ)。その姉、原田銀(ギン)は、志摩と同じ学部学科の同級生。妹の行動に興味を持ったギンは事件に巻き込まれてしまい、我々の正体に肉薄した。でも、関心は学問にあるらしく、特にそれ以上は追いかけてこない。)

 (ギンは卒論の準備に忙しい。今日も朝から海洋学部海洋生物学科の教授、久保田四海のところに行っている。研究計画を練るためだ。教授室でお茶を飲みながら。)

久保田。付いてきていろいろ見るのもいいけど、そろそろテーマを絞らなきゃ。

原田銀。どうしよう。海の大型哺乳類なんか、そう簡単に見られるわけないし。水族館で観察しても、仕方がない気がする。

久保田。水族館のイルカはいやか。

原田銀。慣れすぎて、なんだかあわれ。かといって、野生のイルカは荒々しそう。

久保田。見るだけだからな。家畜みたいな役立ち方ではない。

原田銀。家畜として飼うことはあるんですか?。

久保田。嫌な話だが、軍事目的で探索や救助に使われる。

原田銀。探索、救助、軍事…。ID社情報収集部。そういえば、付属水族館で自動人形のショーがあったとか。思い出した。ばかばかしいと思ったから、見なかったけど。

久保田。どういう連想だ。

原田銀。ええと、資料があったかしら。これか。水族館の大型水槽でID社の自動人形がサメといっしょにショーをやった。恐竜型…。そんなのいなかったわ。

久保田。もしもーし。

原田銀。奈良さんは獣医。何か知っているかも。行ってみよう。教授、思い当たる節があるので、ちょっと行ってきます。

 (いつもながらの突撃行動だと、教授もあきらめているようだ。で、情報収集部のオフィス。)

奈良。はっくしょん。うう、夏だというのに風邪か。

伊勢。うわさよ。誰かしら。

原田銀。こんにちはー。

伊勢。出た。突撃娘。

原田銀。奈良さん、いますか。

奈良。目の前にいるだろう。何の用だ。

原田銀。海洋生物学科の卒論の相談です。奈良さんは獣医。

奈良。唐突だな。魚類はほとんど知らんぞ。イカやタコもクラゲも。

原田銀。エサとしてなら知っているでしょ。

奈良。ぐぐっ、痛いところを突く。栄養学だな。

原田銀。でも、不正解。イルカですよ。

奈良。哺乳類。たしかカバあたりと近かったはずだ。私の知っているのならウシか。しかし、肉食だったはずだ。

原田銀。さすが獣医。で、イルカは家畜として飼われる。

奈良。はて、肉を食べたか。母乳は利用できないだろうし、魚群を追う習性を利用した話はないし。

伊勢。あれよ、軍事応用。救助とか、機雷探知とか。

奈良。思い出した。とんでもない応用。イルカを危険にさらす。

原田銀。で、そこから連想。

伊勢。まさか、自動人形とか。

原田銀。正解。付属水族館でデモした恐竜型って、何です?。

奈良。まてまてー。卒論じゃないのか。海の大型哺乳類の研究とか、そんなんだろう。

原田銀。そうですけど、フィールド調査は大げさだし、水族館でイルカを見ても飼われた小鳥。

奈良。だったら、実験をする方がいいと。自動人形にはイルカ型はまだ無い。

伊勢。恐竜型自動人形なら、いまA国にある。モノリスとピナクスが、その名前。でも、恐竜と言っても、メカ風の外見で、泳ぐのはワニを参考にした創作。

原田銀。ソナーを使っている。

伊勢。アンたちにも備え付け。50m四方の様子が分かる。通信もできるはず。

原田銀。イルカとコミュニケーションした実績は?。

奈良。どこかでやったかな。不自然な発想ではない。

原田銀。実験できるのですね。

奈良。できるけど、よほどうまく実験計画を立てないと崩壊しそうだ。

原田銀。自動人形の貸し出しはできるんですか。

奈良。普通に借りると、途方もない金額。でも、応用を探るのはむしろ歓迎だから、こちらから提案した形にすればいい。

伊勢。ここにいる自動人形は奈良さんが管理しているから、ほぼ使い放題よ。不真面目でなければ、OK。

原田銀。鈴鹿さんと相談していいかな。

伊勢。志摩が同じ学科じゃなかったっけ。

原田銀。そうだった。忘れていた。

伊勢。そんな存在なのか。志摩って。

原田銀。ちょうどよかった。どこにいるかな。

奈良。夕方には帰ってくる。

原田銀。大学にいるのかな。

奈良。連絡してみる。…。形而上学クラブに行くみたいだ。

原田銀。行ってみる。

 (行ってしまった。何しに来たのだ。で、大学に戻って、形而上学クラブ。)

志摩。鈴鹿がいない。お茶でも飲むか。

代表。一人か。

志摩。うん。

代表。おまえ、女といることが多い。男といる方が少ないと言い換えが利くけど。

志摩。男友達はいる。

代表。見たことないぞ。

志摩。ここにはいないか。

原田銀。いたいた。志摩さーん。

志摩。原田さんか。

原田銀。もう、ギンって呼んで。そんな仲よ。

代表。あー、はいはい。おじゃましました。

志摩。いっちゃったぞ。多少誤解を与えたようだ。

原田銀。女ったらし。

志摩。何か用があるんだろう?。

原田銀。そのとおり。海洋生物学部の卒論を手伝ってほしいの。

志摩。おれが協力できるの?。

原田銀。それだけのために来たのよ。

志摩。ふむ。教授は海の大型哺乳類の研究者。どうつながるんだ。

原田銀。あなたも卒論がいるんでしょう?。共同執筆しましょう。

志摩。問題は研究の内容だ。イルカなどにはあまり興味がない。周辺の機械の話にしようと思っていたんだ。

原田銀。それよ。機械イルカ。

志摩。自動人形。自動人形で研究するってこと?。

原田銀。内容を詰めましょう。

志摩。詰めるって…。アクティブソナーか。

原田銀。イルカに話を聞くことはできない。でも、自動人形なら、海がどのように感じられるかが分かる。

志摩。自動人形は海中でもピントが合う。しかし、たいてい海は濁っていて視界が悪いから、せいぜい10mほどしか分からない。ソナーなら周囲の50mほどが立体的に分かるらしい。単に存在だけなら、携帯している音響発生器を使って数km先でも分かる。化学センサーは有効。通信も可能だろう。

原田銀。そのあたり。イルカとコミュニケーションしたことはあるの?。

志摩。本人に聞いてみようか。(通信機を出す)ジロ、イルカと会話したことはあるか。

ジロ(通信機)。ありません。必要が無かったから。音響的には可能なはず。

志摩。ジロ、ありがと。…聞いたとおりだ。

原田銀。自動人形の泳ぐ能力は?。

志摩。そのままだと、人間と同等で、呼吸停止できるのは10分ほど。でも、推進器をつけると、イルカ並みのスピードになる。蓄電器をつけると、水中で24時間以上活動可能。改造しなくても、水深600mに潜れる。簡単な改造で、地球上のどんな深い海にも潜れる。

原田銀。大変な装置。

志摩。そうだよ。水温が0℃でも活動に支障はない。つまり、電源さえ確保できれば、深海で、あの姿で活動できるということ。

原田銀。通信は。

志摩。音響でやっているはずだ。自動人形同士は独特の通信法。我々とは普通に会話できる。海中では音速なので伝播速度が遅いから、有線の中継器を利用することが多い。

原田銀。ええと、音波と電波を変換する。

志摩。そう。中継器で変換できる。

原田銀。便利。

志摩。論文になりそうなの?。

原田銀。教授と相談してみる。

志摩。今すぐ行くの?。

原田銀。もう、志摩さんの意地悪。ちゃんと付き合ってよ。あなたの担当教授でもあるでしょ。

志摩。そうだった。

 (2人並んで海洋学部の建物に向かう。形而上学クラブからは300mほど離れている。)

原田銀。妹が言っていた。志摩さんと歩くと安心だって。

志摩。意味深長にも取れる。

原田銀。頼りがいがあるってことよ。この色男。

志摩。そうだったらいいけど。

原田銀。人畜無害。

志摩。そんなことだろうと思った。

原田銀。自分で勝手に決めないの。

 (夏だし、ポカポカ陽気。木陰を歩く。図書館が見えた。)

原田銀。図書館だ。寄っていこう。

志摩。何を調べるの?。

原田銀。あきれた。イルカと海洋通信よ。

志摩。了解。

 (ギンは勉強熱心。志摩もどちらかというと、勉強熱心だ。2人で10冊ほど借りた。)

第17話。銀将登場。4. 残党の調査

2009-10-18 | Weblog
 (島崎さんがあせったのは無理もない。軍が動いたのだ。永田が要請したらしい。飛行船は上空から構内の動きを捉える。ギンのいる建物の隣、工場の音がした建物に、何人かが集結した。レーダーは活動を停止した。永田と関はゆうゆうとヘリコプターで敷地内に降り立つ。守衛もいなくなったので、伊勢のクルマも踏み込む。私はアンとタロと五郎といっしょに、第二工場に向かう。2時間はかかるだろう。伊勢と永田は合流。関と志摩とケイマが四郎といっしょにギンの部屋に行く。軍は第二工場の敷地内に突入し、建物に次々に入って行く。倉庫に見えた建物の一部は格納庫で、航空機などがあった。ドームはレーダーだった。塔は管制塔。そして、地対空ミサイル一式も押収。隠す暇が無かったようだ。)

志摩。迎えに来たよ。

原田銀。志摩さん。

原田。お姉さん。よく無事だった。

 (ケイマがギンに駆け寄って抱きつき、泣き出した。)

原田。心配した。どんどん進むんだもの。

原田銀。私は大丈夫。鈴鹿さんは銃を持って行ってしまった。

志摩。大丈夫だよ。通信機で連絡は取れる。

原田銀。よかった。

関。申し訳ないけど、簡単に説明願います。今すぐ。

 (ギンは経過を説明した。聴取は手短だった。)

関。そのお二人は、志摩さんのクルマに行ってください。

原田。はい。

 (島崎さんは警察に引き渡す。ギンとケイマは旧車両に行く。伊勢が待ち構えていた。)

伊勢。ああ、よかった。無事で。どうなることかと思った。ギンさん。今後は鈴鹿か志摩がストップかけますから、そこで停止してください。

原田銀。そうします。

伊勢。ここにいれば安心。

 (永田は、工場を遠巻きにした位置にいる。鈴鹿と志摩も集合した。)

永田。管制室にいた連中などは消えた。工場らしき建物には、一階に何も知らない従業員と、修理中の機械のみだった。本日は帰ってもらった。

志摩。ミサイルなどはあったんですか。

永田。いくつか、武力になるものを発見した。しかし、それらを扱っていた要員が消えた。工場の従業員は、上に行ったと証言しているのだが、上の階にはだれもいない。

志摩。トリックがある。

永田。下手すると膠着。

関。調査しましょう。工場は、何階あるの?。

永田。3階。従業員が修理していたのは1階。

関。じゃあ、2階から。情報収集部のみなさん、お知恵をご提供願います。

鈴鹿。じゃあ、行きましょう。

関。その前に、鈴鹿さん、その武器をいただきます。かわりに、この拳銃を装備して。

 (関は軍用の拳銃を志摩と鈴鹿に渡す。関と志摩と鈴鹿は、工場の2階に向かう。2階には虎之介がいた。)

関。虎之介さん。いつの間に。

芦屋。さっき到着した。元気そうだな。

関。もう、しようがないわね。私の拳銃を渡す。

 (関は、軍用の拳銃とカートリッジを虎之介に手渡し、自分は島崎さんから鈴鹿が奪った小銃を肩にかける。いつも持ち歩いている護身用の威力の小さな拳銃を確認。虎之介と関とジロ、鈴鹿と四郎、志摩とケイコの班に別れて捜索する。クロは建物の周囲の調査。
 2階と3階は開き室が並んでいて、修理用部品などの倉庫代わりに使っている部屋もある。すでに軍が踏み込んだ後で、足跡はいっぱい。
 鈴鹿と志摩は、アナライザーで2階と3階の地図を作製して行く。自動人形は、生存者の探索をするが、いないようだ。)

鈴鹿(通信機)。誰もいないようね。

志摩。屋上は出られるの?。

鈴鹿。出てみるか。

 (でも、何もなかった。)

志摩(通信機)。平面図は完成しました?。

伊勢。完成した。ほとんど手がかり無し。エレベーターとその横の縦穴を調査して。

 (縦穴にははしごがあって、地下に続いているようだ。)

芦屋。行ってみる。

鈴鹿。私も。

 (虎之介が降りて行く。ジロが続く。さらに鈴鹿と四郎。やはりしかけがあって、廊下になっているらしい。鉄製の扉がある。アナライザーでは、向こうは安全。扉を開ける。)

鈴鹿。うわ、崩れている。

芦屋。崩したんだろう。どれくらい続いているのかな。

 (アナライザーで音響調査するが、かなり先まで崩れている。分かるのはそこまで。)

伊勢。シリーズDを用意する。戻って。

芦屋。了解した。

 (志摩と鈴鹿は、自動人形を引き連れて構内の探索。浅い場所にトンネルは無いようだ。旧車両内にて。)

原田。慎重。

原田銀。あなた、いつもこんなことしているの?。

原田。たまに。

原田銀。たまに、って、何度かあるってこと。

原田。そうよ。私の関心事。

原田銀。危険よ。やめてちょうだい。

原田。お姉様の忠告、承りました。ケイマ、しっかりと心に刻みます。

原田銀。忠告は無駄みたいね。

原田。そんなことありません。これからも慎重に行動しますから。それと、お姉様。お姉様の探査能力は学問に生かすべき。私と違って、科学が分かってらっしゃいますもの。卒論で忙しいのではなかったのですか。

原田銀。そのとおり。忙しい。戻りたい。でも、今回だけは付き合わせてちょうだい。伊勢さん、お願いします。

伊勢。あなたが決めてください。邪魔になったら、こちらが阻止するから、すぐに分かる。

原田銀。ありがとうございます。忠告を受けたら、退却します。

伊勢。そうしてください。

 (シリーズDは30分で届いた。無人のオートジャイロで東京ID社から。直径10cmの金属ミミズ型、地中探査機だ。旧車両を工場の傍に着け、発進させる。がれきをかき分けながら、シリーズDが進む。廊下は曲がっている上に、念入りに50mほども崩されていた。その先に出た。)

原田。音響で見ているの?。

伊勢。そう。だから、白黒。光学センサーは付けなかった。

 (まるで、ビルごと地下に潜ったみたいだ。位置は敷地内。別の建物の下。その建物には軍がいるので、出られなかったようだ。)

永田。行ってみよう。

 (航空機のある格納庫だった。虎之介と関と鈴鹿が入り、調査する。ジロと四郎も入る。私(奈良)はようやく第二工場に新車両でたどりついた。)

伊勢。奈良さん、今、関さんと虎之介と鈴鹿が、格納庫を調査中。その地下に建物があるらしい。

奈良。シリーズDではそこまでか。

伊勢。そう。

 (地下への入り口は、簡単に見つかった。やはり軍がいるので、出るに出られなかったらしい。念のため、周辺も調査するが、出入り口はそこだけ。)

永田。軍に任せましょう。銃撃戦が予想されます。

 (特殊部隊に近い装備の部隊が入る。でも、またもや意外なことに、もぬけのから。)

永田。もう一度捜査か。まだやります?。

伊勢。やっておきましょう。

 (中は広いらしいので、A31全員を使う。ケイコ一味は戻した。関と虎之介と鈴鹿が入る。暗いけれど暗黒ではなかったし、アクティブソナーもあるので、自動人形はどんどん進む。人間が付いて行く形になった。
 地下工場だった。作っているのは精密機器。隠して製造する必要があるのだろう。隠し扉が6カ所もあった。軍に交代。一つずつ開けて捜索する。中にはやはり人がいた。20人ほどが発見され、武器もあったので取り調べのために身柄を拘束したらしい。
 しかし、再び、開かない縦穴が1カ所。)

伊勢。まあた。戦争でもはじめる気だったのかしら。

永田。その覚悟みたいです。武器も本格的。軍はさっさと扉を爆破したいようだけど、待ってもらっています。下手したら、双方の被害甚大。

伊勢。説得は?。

永田。聞こえていると思いますけど、音沙汰無し。

伊勢。じゃあ、スピーカか何かを使っている。

永田。ええ、振動で向こうの壁に音声を発声させるやつ。

 (四郎と五郎に建物内と周辺を回らせ、説得の音声が聞こえてくるかどうかを調査させる。やはり換気口が4カ所にあった。その中の一つから、クロを潜入させる。少なくとも、6人の所在を確認。しかし、何十人もいる、ってことはなさそうだ。)

原田。軍が入ったら、射殺する可能性はあるの?。

伊勢。少なくとも、十分に殺傷能力のある武器を持ってはいることは確か。

原田。素直に出てきたらいいのに。

伊勢。事情があるんでしょう。それより、さっさと逮捕しないと、仲間内で粛清が始まる。

 (永田も同様の意見だったようで、結局、軍に依頼し、軍は対テロ特殊部隊を使ったようだ。結果は教えてもらえなかった。
 ギンはじわっと恐くなってきたようだ。元気がなくなってきた。伊勢の提案で、一日だけ東京ID社の宿泊施設に姉妹で泊まることにした。クロとアンを付ける。)

アン。それじゃあ、鈴鹿さんはギンさんの暴走を止めなかったのですか。

クロ(会話装置)。そのようだな。もっとも、どこまで行くのかは分からなかっただろうが。

アン。急速に核心まで近づいたので、止める機会を逸した。

原田。そんな気がする。あっと言う間だった。

原田銀。鈴鹿さんが驚かなかったのは、志摩さんの行動が似ているから。

原田。確かめていないけど、そうでしょう。志摩さんもずんずん進んでいって、周りがあせってしまうタイプ。もちろん、予知能力なんか無いから、外れるときも激しい。

原田銀。私にも覚えがある。

原田。当たる時が鮮やかなので、つい警戒を忘れてしてしまう。この前は、ジェット機同士の空中衝突で、即座に3カ所に指示して、4人の命を救った。何もしなかったら、結果的に3人の命が危なかった。

原田銀。一瞬の判断ができるんだ。

原田。さんざん無駄に歩かされたこともあった。結局は偶然に救われたけど。

アン。いっしょに探索してみませんか?。

原田銀。探索って、なにを探すの?。

アン。生存者と当面の危険。

原田。自動人形は軍で開発された救護ロボット。周囲の危険に常に注意を払っている。自動人形がリラックスしている、ということは安全。

原田銀。それで、クロとアンを付けてくださったのか。

アン。いきたい、いきたい。

原田銀。誘っているの?。

原田。大切にしたい人に、ねだるようよ。

原田銀。私が大切なのか。

原田。そのようね。

原田銀。付き合う。行こう。

 (社内をぶらぶら歩く。結構広い。)

原田銀。ただの散歩。

原田。ほとんど毎回、ただの散歩。でも、危険はしっかり報告するから、防火管理者には重宝。

原田銀。役立つんだ。でも、20億円。

原田。一年あたり50機売れたら、2億円になる。乗用車並みに生産されたら、2000万円になる。

原田銀。買えないことはない値段。

原田。アンは高級すぎる。きっと普及版も出るはず。

原田銀。そんな時代が来るのかしら。

原田。私たちが生きている間に、その可能性がある。

原田銀。見届けたい。

クロ。安全確認できた。戻ろう。

第17話。銀将登場。3. 第二工場へ

2009-10-17 | Weblog
 (鈴鹿から連絡があった。ちょっと疑義のある企業の怪しい工場。例によって、伊勢と志摩を派遣する。クロとケイコを飛ばす。四郎とジロを同行させる。ケイマもいっしょ。)

原田。姉さんもいっしょか。

伊勢。まったく。いやな予感がしたけど、当たり。それにしても、あなたのお姉さん、ちょっと行動が変わっているって。何か吸い込まれるようにどんどん進んで行くみたい。

原田。志摩さんと同じ能力があるような気がする。何か、直感みたいなものが働くらしい。

伊勢。直感というより、よくあたりを観察していたわよ。冷静に判断している部分があるんだ。

原田。自覚無し。というか、自分でも不思議に思っているらしい。

伊勢。志摩と違うのは、ブラフを使う。その点はあなたとそっくり。協調性はあるの?。

原田。心配しないで。みなさんを陥れるようなことはしない。それより、無謀なところがあるから、早いとこ外さないと危ない。

伊勢。手遅れのような気がする。虎之介を要請しましょう。攻撃は虎之介に任せて、こちらは救出作戦になる。あなたのお姉さんの。

原田。ご迷惑おかけします。

伊勢。いつもより手間が多少増えるだけよ。

原田。ごめんなさい。

伊勢。これが私たちの仕事よ。よく見てなさい。

原田。そうします。

 (虎之介は直接侵入するようだ。永田にも第一報を入れておく。
 島崎さんが運転して、鈴鹿とギンの乗ったクルマは第二工場に出発。でも、すぐに島崎さんが提案。)

島崎。おなかがすいてきたな。お昼にしませんか。ちょうど、その先にファミレスがあります。

鈴鹿。うん、ちょっとおなかがすいたし。入りましょう。

 (レストランに入る。時間稼ぎのようだ。ちょうどいい、クロとケイコが間に合いそうだ。)

島崎。この程度だったら社費から出します。好きに選んでください。

原田銀。どれにしようかな。

鈴鹿。軽い方がいいよ。このスパゲティにしたら?。

原田銀。そうしておく。

 (ギンは素直に鈴鹿のアドバイスを聞いた。食事を済ませて、再び出発。30分もせずに着いた。本社工場よりもさらに田舎だ。おっと、守衛からして武装しているようだ。隠しているけど。)

島崎。ご苦労。社長命令でこちらのID社からのお二方に第二工場を見学していただく。

守衛1。聞いています。どうぞお入りください。

 (敷地内をゆっくりクルマで走る。ゆったりした土地利用。写真と同じく、倉庫群があって、真ん中に敷地内を突っ切る広い道路。反対側に建物が少数。なにやら塔がある。写真では消されていた。)

原田銀。塔がある。写真にあったかな。

鈴鹿。島崎さん、何か心当たりあります?。

島崎。さあ、以前からありますよ。写真に写ってなかった?。まさか。

原田銀。あちらにはドームまである。さすがに、最先端企業。きっと建物を作ったり壊したりしているんだ。

島崎。そうかもしれません。

 (敷地内で目立つビルの前に止まる。隣の建物から工場みたいな音がしている。ここでも、やっぱり会議室に案内された。お茶が出た。おおっと、睡眠薬入りのようだ。鈴鹿が付けているIDセンサーが検出したのだ。ギンが飲もうとしたので、鈴鹿が腕をぎゅっとつかむ。)

原田銀。鈴鹿さん、何か。

鈴鹿。窓の外を見てみようよ。

 (無理矢理立たせる。窓に行って、景色を眺める。広々とした工場だ。)

原田銀。広々としている。修理だけに使うには、もったいないほど。

島崎。そうですね。将来を考えてじゃないかな。

 (その時、警報のような音が聞こえてきた。クロのオートジャイロが高速で近づいてくるのをレーダーが捉えたので、警戒態勢に入ったのだ。)

原田銀。なに、あの音。火災報知機なの?。

島崎。そんな感じ。ちょっと行ってきます。

 (残された。鈴鹿はてばやくお茶を捨てる。)

原田銀。なにするのよ。飲みたかったのに。

鈴鹿。秘密。

原田銀。何が秘密よ。さっきから、あなたあやしい。いや、最初から変。隠している、何かを。

鈴鹿。しっ、誰か来る。合図したら眠たくなったふりして。もう一度合図するから、眠ったふりして。夜になったのが確認できるか、私が起こすまで、起きないで。我慢できなくなったら、寝ぼけたふりして、何かしゃべったり咳払いしていいから。

原田銀。まさか、あなた。

鈴鹿。従って。頼むから。

原田銀。その方が良さそう。やってみる。

鈴鹿。うん。大丈夫だよ。きっと。

 (クロから、第二工場からのレーダーの電波を検知し、地対空ミサイルの照準の電波らしきものを検知したとの報告。クロとケイコには高度を下げさせる。観測用飛行船を飛ばす。志摩から、シリーズEを飛ばすよう要請があったので、東京ID社の屋上から2本飛ばしてみる。あっと言う間に到達するはずだ。操縦は志摩に任せる。相手の反応を見るのだ。)

島崎。すみません。間違いだったようです。

 (すぐにまた警報が鳴った。今度はシリーズEを捉えたのだ。)

鈴鹿。よく鳴ること。

島崎。(無線機を出して) どうしたんだ。今度は何だ。

 (血相を変えて飛んでいった。シリーズEは敷地内を計測する。2度ほど往復して、去る。シリーズEは高速だし小さすぎるので、撃墜できるミサイルは今のところ存在しない。志摩の旧車両に着陸させる。もちろん、レーダーからは消えている。)

鈴鹿。じゃあ、眠たくなってきました。3分ほどしたら眠る。

原田銀。やってみる。

島崎。ふう、また間違い。あれ、鈴鹿さん、どうしました?。

 (鈴鹿は手を振って突っ伏す。ギンも同様。担架を持った人が入ってきた。)

島崎。運び出せ。最上階の部屋に運べ。

係。はい。

 (最上階に運ばれて行く。着いた先は、ホテルみたいな部屋。鈴鹿は通信機を、ギンはケータイを没収されてしまった。不思議なことに、LS砲とアナライザーと時空間計は無事。営業セットも丁寧に運んでくれた。部屋に監視カメラは無いようだ。安心して起きる。)

鈴鹿。起きて。安全みたい。

原田銀。何が起こったの?。

鈴鹿。部屋に閉じ込められた。スパイと思われたらしい。

原田銀。あなた、本物のスパイでしょうが。

鈴鹿。企業の調査をしているだけよ。

原田銀。それをスパイと呼ぶのよ。あきれた。おもいっきり危険じゃない。妹をどうする気よ。

鈴鹿。今は私たちの方が危険。

原田銀。そのようね。それにしては、あなた、落ち着いている。

鈴鹿。慌てても仕方がない。すぐに殺さなかったってことは、様子をうかがっているってこと。

原田銀。奈良さんたちの動きを探るための、私たちはおとり。

鈴鹿。そう。

原田銀。こんな部署が世の中には存在するって聞いていたけど、よりによって、あなたや志摩くんがそうだっただなんて。

鈴鹿。調査することは隠していない。非合法なことはしていない。

原田銀。でも、相手はそんなことはお構いなしよ。どうやら、ここには知られてはまずいものがあるらしい。

 (クロが現れた。すきまから入ってきたようだ。)

クロ(会話装置)。もう発見した。政府がこちらに向かっている。我々の役目は終りだ。調査はここまででいい。

原田銀。クロ。どうやってきたの?。

クロ。オートジャイロ。つまり、一種の航空機で近くまで飛んで来た。ほら、ケータイだ。悪いが、この構内ではスイッチを入れないでくれ。鈴鹿も、通信機だ。

原田銀。そうする。

 (ケイコが窓から入ってきた。)

ケイコ。失礼します。伊勢さんから、ギンさんを護れって指令を受けてきました。

原田銀。ここ、5階じゃないの?。

ケイコ。翼があるから大丈夫。あれ、誰か来る。

鈴鹿。原田さん、ここに立って、動かずに言葉で相手して。私たちは隠れるから。

 (わざわざノックをしてくれた。ギンが返事する。島崎さんの声。)

島崎。入るよ。

原田銀。どうぞ。

島崎。あれ、一人?。鈴鹿さんはどこに行った?。

原田銀。それより、その銃はなによ。本物なの?。銃刀法違反。

島崎。それがどうした。

原田銀。私が証言するわよ。あなたは警察につかまるわ。

島崎。それは不可能だな。

 (島崎さんは銃を構えようとする。とたんに、鈴鹿とケイコとクロが飛びかかった。ケイコは鎮静剤を打つ。2分ほどしたら、眠ってしまった。鈴鹿は銃などの武器と通信機を取り上げる。武装した。)

鈴鹿。行ってくる。クロ、いっしょに来なさい。

ケイコ。お気をつけて。

原田銀。鈴鹿さん!。なにが行ってくる、よ。調査は終わったんじゃないの?。

鈴鹿。工場の調査は終り。今度は、この武器に関する事項。

原田銀。しっかり装備しているじゃない。あなたは何者なのよ。

鈴鹿。いいから、そこでケイコの言うことを聞いていて。政府の人が助けに来るはず。

原田銀。選択の余地は無いみたい。そうする。