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男バレエだった「クレオパトラ」

2017-10-29 09:30:06 | バレエ
熊谷哲也のKバレエの新作「クレオパトラ」を文化村オーチャート・ホールで観る。この日は、二回公演で夜というか16時30分の回。2幕構成で、一幕65分、休憩25分、二幕60分で、19時終演だが、結構長くカーテンコールがあり、雨で混み合っていたこともあり、劇場を出たのは19時半ごろだった。場内は超満員で、立ち見まで出ていた。Kバレエの人気に改めて驚かされる。

グッズの販売も人気で、豪華プログラムは3000円と驚くような値段と重さだが、結構売れている。新作バレエなのだ、物語が判らないと困るので、買おうかと思ったが、値段に驚いて手が出ず、チラシに印刷されていた物語を読んで済ませた。

新作の長編バレエ、それも物語バレエを作るというのは、大変なことで、物語も音楽も踊りも、美術も一から作ることになるので、こうしたことに挑み、興行的に成功させるバレエ団の努力には敬意を表する。この中では、音楽のハードルが高く、新作曲をする作曲家がなかなかいないので、今回はデンマークの作曲家カール・ニーセンの「アラジン」の劇付随音楽を借用したとある。「アラジン」はビントレーのバレエが新国立劇場でも上演されたが、その音楽とは異なる。ニーセンの「アラジン」は劇付随音楽となっているので、演劇の台詞のバックグラウンドとして作られた音楽で、物語性に富むところが、バレエにも使えるということなのだろう。しかし、一方、20世紀初頭のロマン派最後の生き残りみたいな音楽で、情景描写的なので、リズムのはっきりとした音楽は案外少ないかも知れない。

僕はといえば、中村祥子がクレオパトラに扮したチラシを見て、これは見たいなあということで、祥子を観にいった。

さて、物語の方だが、クレオパトラという題名になっているとおりに、クレオパトラが次々と男たちと交わり、その男たちは皆死んでしまうので、クレオパトラは魔性の女というか、昔風に言えば毒婦として描かれる。一幕ではクレオパトラは積極的に男たちを毒殺して、くねくねと蛇になって地を這ったりするが、後半は愛した男たちが他人に殺されて、自分も絶望して、最後はトスカのように高いところから身を投げて終わる。毒蛇に胸をかませたりはしない。

後半に関係を持つのは、主にカエサルとアントニウスだが、この二人はローマの内紛で殺されるので、その場面は男同士の殺し合いが長く続く。「スパルタカス」のような場面だ。クレオパトラの出演場面は少なくて、出たと思ったら、たいてい熱烈に愛し合うだけで、踊りとしての面白さがない。二幕で踊られるバレエらしい場面は、アントニウスとオクタヴィアのパ・ド・ドゥで、クレオパトラではなく、オクタヴィアがグラン・フェッテをしたりする。「あのー、僕はクレオパトラの中村祥子を見に来たんですけど」という感じ。

登場人物が多過ぎるので、一幕も二幕も、物語を進めるのに忙しく、バレエをじっくり見せることができていない。エジプトの娘たちが美しい群舞を見せるのではないかと密かに期待していたのだが、出てきたのは、勇ましいローマ兵士たちの群舞だった。やっぱり熊哲は男バレエが得意なのかなあ、と思う。

バレエでは、細かいことは説明しにくくて、同じような人物が出てくるとごちゃごちゃして判らなくなるので、登場人物を少し減らしたらどうか。極端な話、一幕は不要で、カエサルと、アントニウスとクレオパトラの三角関係、またはそれにオクタヴィアを加えた四角関係に絞ったら面白くなるのではないかと思う。

そうすれは、時間的に余裕ができるので、後半にクレオパトラの「夢のバレエ」場面を入れて、カエサルとクレオパトラ、アントニウスのパ・ド・トロワなんかをバレエ・ブランシュで入れたら面白いのではないかと思う。

この作品の中のクレオパトラが、絨毯に包まれてカエサルと出会う場面は、最も重要な場面なので、絨毯献上の行列とか、前口上とか、もっといろいろと演出で工夫した方が良いだろう。この場面は、バレエ・ファンならば、ディアギレフ率いるロシア・バレエ団が1909年にパリで公演した折に上演された「クレオパトラ」で、絨毯にくるまれたクレオパトラが登場したことを想い浮かべるだろう。

その時に絨毯の中から現れたのは、美人で名高かったイダ・ルビンシュタインで、踊りよりも、そのルックスで人々を魅了したという。ルビンシュタインはこれを持ち役にして何度も演じたようなので、よほどの人気演目だったのだろう。今回も中村祥子が出てくるのを楽しみにしていたのだが、案外さらりと登場して盛り上がりを欠いたように思う。

ともあれ、美術や衣装もきちんと作ってあり、力の入った作品だとは思うが、「クレオパトラ」という題名なのだから、もっとクレオパトラ中心の台本にしてほしい。

終わって劇場を出ると、雨の中でハロウィンの仮装をした若者たちが町に溢れていたので、巻き込まれないように急いで帰宅して、家で食事した。

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